リトルアーモリー:The day before 作:Bishop1911
ーーーーーーー州 ーーーーーー海軍ーーー
マイク・ウォーデン3等軍曹
1943年--月--日
「エルドリッジ!応答せよ!エルドリッジ!」
青白い閃光で眩んだ目が視力を取り戻すとデラウェア川からエルドリッジ号の姿は消えていた。
レーダーの画面やソナーにも何の反応も無く、先ほどから呼びかけ続けている通信兵の様子からすると無線にも応答は無いようだ。
川はまるで最初から何も無かったかのように静かだったが、川の上に黒い点が浮かんでいるように見えた。メガネか双眼鏡の汚れかと思った私は両方をハンカチで拭うが、その黒い点は変わらずそこにある。
「あれは…?」
周囲の喧騒をよそに双眼鏡で観察を続けると、ドクンと点が振動したように見えた。それは機械的なものでも自然現象的なものでもなく、どこか生物的な…それこそ心臓の鼓動のような振動だった。
ドクン………ドクン……ドクン…
点の鼓動は徐々に早くなり、最終的にその点はぐわっと生き物が口を開けるかのように5mほどの大きさに拡大した。
「大佐!アレを!」
私は通信兵の背後で頭を抱えていた基地司令を呼んだ。
「今度はなんだ!」
大佐に双眼鏡を手渡す頃には5mほどに広がった黒い点から何かが降りてくるところだった。
スラっと伸びた2本の脚だ。
「……女?」
状況が飲み込めずに困惑する大佐の隣で私は腰の拳銃を抜き、大佐を庇って1歩前へ出た。
現れた女は全身真っ黒で、喪服のようなドレスを纏った四肢には赤く光る線が走り、背中からは無線機のアンテナのような物が数本伸び、頭からはうさぎの耳のような何かが生えていた。
そして左腕には身体の半分を隠せそうなほど大きな盾を持ち、右腕には…
「銃だ…っ!!」
大佐を突き飛ばして指揮所に伏せた次の瞬間、指揮所を弾丸の雨が襲った。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
大佐に覆い被さりながら周囲の様子を伺うと、何が起きたかわからぬまま立ち尽くしていた水兵が横薙ぎに放たれた銃弾の雨に両断され、身体がほぼ真っ二つになるところだった。
銃弾が貫通した壁の木材や紙は飛び散り、コンクリート壁で覆われた司令室内を銃弾とコンクリートの破片が跳ね回る。無線機やタイプライターはフライパンの上で焼かれるポップコーンのように弾け飛んだ。
辺りは木片や何かの部品が散らばり、その上から飛び散った肉片と血が降り注ぎ、司令室の中を地獄絵図に塗り替える。
「い…いったい何が…?アレは何だ…!?」
「わかりません!大佐はとにかく逃げてください!」
狼狽える大佐を出口まで引きずり、蹴飛ばすように司令室の出口から逃がすと、入れ替わりで銃を持った水兵が数人入ってきた。
「軍曹!敵はどこですか?」
水兵の1人からM1ガーランドと予備弾薬が入ったバンダリアを受け取った私は窓の外を指して怒鳴る。
「敵はマシンガンを持ったクソビッチ1人だ!」
ガーランドのチャンバーを確認した私は立ち上がり、構える。
黒い女は造船所に停泊する駆逐艦の上に仁王立ちで逃げ惑う作業員めがけてマシンガンを乱射していた。
水兵や作業員たちは各々が銃を持って反撃するが、軽々と振り回す左腕の盾に弾かれ、右腕に抱えたマシンガンで掃射される。
木箱やジープくらいしかまともな遮蔽物の無い地上の水兵たちは、遮蔽物ごとホースで水を巻くかのように浴びせられるライフル弾の雨に遮蔽物ごと撃ち抜かれ、あっという間に殲滅されていく。
私は隣の水兵3人に配置に着くよう指示し、全員で狙いを定めた。
「撃て!」
ダンッ ダンッダンッ
4丁のガーランドから放たれた20発近い30-06スプリングフィールド弾は真っ直ぐ女へ向けて飛んで行ったが、マトモな射撃訓練を受けてない水兵を4名集めたところで結果は火を見るより明らかだった。
弾丸は女の周囲で駆逐艦の鋼板に弾かれ、やっと命中した数発は女の注意をこちらへ向けるだけだった。
「やばい、目が合った…!」
隣の水兵がポツリと呟く。水兵は慌ててもう一度銃を構えようとするが、全弾撃ち尽くしてクリップを吐き出したM1ガーランドはうんともすんとも言わない。私は立ち尽くす水兵を無理矢理伏せさせた。
黒い女の狙いは私たちに変わった。
女のマシンガンから絶えず浴びせられるライフル弾は司令室のコンクリート壁を削り取り、それは内部の鉄筋が露出するほどだった。
「ふざけやがって!これじゃ歯が立たない!」
どうしようもない火力差に私は何か使える物は無いかと周囲を見まわした私の目に対空砲が目に入った。
日本軍の空襲に備えて東海岸の基地でも気休め程度に配置された対空砲だが、まさかマシンガンを振り回す女相手に使うことになるとは思わなかった。
「お前たち、あれを動かし方わかるか?」
「わかりません!」
3人揃って首を横に降る…。どうやら自分で行くしか無いらしい。
私は水兵たちにここで女の気を引くよう命令すると、女の射線に入らないよう建物の間を縫って移動する。
幸い、弾薬は対空砲のすぐ隣に置いてあるようだ。
鳴り止まない銃声がまだ指揮所を狙っていることを確認した私は、全力で対空砲まで走った。
ボフォース40mm砲、ここにあるのは軍艦の艤装として搭載される物と違って砲身が1本しかない単装型だが、人間相手なら1発あれば充分だろう。
4発クリップを箱から取り出して装填した私は砲手席に座ってハンドルを回す。対空砲は遊園地の遊具のように回転し、女の方を向いた。
照準器で狙いを定めた時、私の殺気に気づいたのか女がこちらを向き、その赤い瞳と目が合った。
ドンドンドンドンッ
女のマシンガンがこちらを向くより先に4発の砲弾が放たれ、砲弾は駆逐艦のアンテナごと女を吹き飛ばした。
1発目は右下に外れて女をよろめかせ、左に寄った2発目と3発目の破片が盾ごと女の左脚を喰いちぎり、4発目の爆発で女は倒れた。
全てが終わった後、造船所は死体と怪我人で溢れていた。
無傷のように見える人間も、呆然と立ち尽くす者やひたすら泣き続ける者ばかりだ。
負傷者の手当てを手伝う私の下へさっきまで一緒に戦っていた水兵が駆け寄ってきた。
聞けば上層部の人間が私に事情を聞きたがっているらしい。
私はどこから湧いて出たのかわからない屈強な男たちに囲まれて車に押し込まれた。
造船所と隣接する海軍基地の病院で簡単な検査を行い、特に目立った怪我が無い事が確認されると着替えを渡され、また車で移動する。
着いたのはフィラデルフィアのどこにでもありそうなアパートだった。