わるい子キタサン   作:ベルカナ

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 トウカイテイオー行きつけのゲームセンターは確かに楽しかった。彼女としては、格ゲーやドライビングゲームにはあまり興味が湧かなかったが、その代わり音ゲーやシューティングはなかなか面白かった。

 何よりトウカイテイオーが得意とするダンスゲームを実際にプレイできたのが一番の収穫と言える。ハイスコアランキングに燦然と煌めく先輩の名。

 

 ランキングにすぐさまわかりそうなニックネームを載せているのは若干どうかと思うが、これもランカーの権利なら口出しするようなことでもないだろう。そんなことを思っていると横合いからペットボトルに入った飲み物が渡された。

 

「はいよ。これでも飲んどけ」

「ありがとうございます。トレーナーさん」

「あれだけ跳ねてたら喉も渇くだろ」

「確かに。思ったより運動になりました。流石にトレーニングには負けますけど」

「あいつがやってるところを見る機会も多いが、俺だったら一発で足を攣りそうだ」

「運動不足なんですか?」

「昔はともかく今はな……」

 

 一瞬遠い目をしたトレーナーだったがすぐにもとの顔つきに戻った。辺りを見渡しながら次の行き先を聞いてくる。

 

「少し早いが昼にするか?他に遊びたい場所があればそこでもいいが」

「そうですね……まだお腹が空いてなくて……」

 

 トレーナーと同様に周囲を見渡したキタサンブラックの目に緑色のネットが映る。窓に見えたそれは屋外に広がっているようで、ふとそれが気になった。

 

「あ、あそこ!なんですか?」

「あれか……バッセンだな」

「バッセン?」

「バッティングセンター。要は機械が投げてくるボールをバットで打ち返す場所だ」

「なるほど。じゃあ次はあそこにしましょう!」

「ん……わかった。行くか」

 

 トレーナーはなぜか躊躇うような態度を見せる。だが、それも瞬きの間だけだった。勝手知ったる足取りで先導する彼の後ろをひよこのようにキタサンブラックは付いていくのだった。

 

 そして実際にバッティングを試してみたところ――

 

「打てませーん!」

「大振りし過ぎだ。全力で当てなくてもどうせ飛ぶからコンパクトにやればいい」

「そう言われてもサッパリです!」

「潔いな……」

 

 どこか呆れた様子をしながらも、見かねたのかトレーナーはケージの中に入ってきた。そのままキタサンブラックの背後から手取り足取り教えてくれる。少し気恥ずかしい。

 

「まずは何球か振らずにそのまま見てみろ」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「……?足は肩幅程度に。頭は動かすな。予測は大事だが、この速度ならギリギリまでボールを見つめて自分のスイングで迎え入れてやればいい。力を込めずに当てるだけでいいぞ」

「は、はい!やってみます!」

 

 アドバイスをもとに再度キタサンブラックは挑戦する。先程までは思い切り振ろうとして失敗続きだった。力を抜いて、されど威力を秘めたスイングでマシンから発射された白球を迎え撃つ。

 

「(力を込めずに……ボールの軌道を見極めて迎え入れるっ!)」

 

 果たしてボールは吸い込まれるようにキタサンブラックのバットへと飛び込んできた。空気が破裂するような快音とともに白球は高く遠いネットへと突き刺さる。

 

「やった、できました!トレーナーさん!」

「おぉ、すげぇな。高さ的には完全にホームランだ」

 

 歓喜のあまりキタサンブラックはトレーナーに抱きついて喜びを示していた。女性らしい肉体が密着し、柔らかい部位もトレーナーの胸にぶつかって潰れている。あまりよろしくない状況だった。彼女を引き剥がして残りのバッティングへと注意を向けさせる。

 

「待て待て。まだ何球か残ってるんだから気をつけろ。俺は外に出てるから」

「あ、そうでした。見ててくださいね。また打ってみせますから!」

 

 その言葉は現実のものになった。コツを掴んだのかキタサンブラックはその後も大飛球を連発し、大いに楽しんでいた。一球打つごとに後ろを振り返り、跳ねて喜ぶ彼女の姿をトレーナーは苦笑いしながら見守り続ける。その瞳には郷愁とも後悔ともとれぬ思いが僅かに滲んでいた。

 

 

「いやぁ、バッティングしてたらお腹が空きました!」

「好きなもの頼めよ。どうせ安いしな」

「え、悪いです」

「お前に出させたことがテイオーにバレてみろ。面倒なことになる」

「そういうことなら……ごちそうになります」

 

 バッティングセンターを後にした二人はそのまま施設を出て、近くの喫茶店で食事を選んでいた。キタサンブラックはメニューとにらめっこしているが、トレーナーはすでに決めている。一旦メニューから顔を上げたキタサンブラックは不思議そうな顔をしていた。

 

「メニューを見なくていいんですか?」

「何度も来たことあるからな」

「なるほど、テイオーさんと……」

 

 そもそも今日来たところだって何度もトウカイテイオーと遊んでいるのだろう。ならばその付近にあるこの店に馴染みがあるのも納得だった。疑問が氷解したキタサンブラックは再度メニューを眺め、遂に注文を決めた。

 訪れた店員へと注文を告げるとしばし静かな空間となった。先程までは遊んでいたから気兼ねなく話しかけられたが、今こうして話題が途切れるとどういう話をしていいのかわからなかった。

 

 トレーナーは気にする様子もなく先に届いたコーヒーを啜っている。思えば彼と二人きりになるのは今日が初めてだった。

 今まではトウカイテイオーといっしょだったり、キタサンブラックのトレーナーと彼が話し込んでいるところに混ざったりしたのだ。

 

 自分が尊敬する偉大な先輩、トウカイテイオー。その成績に彼の存在が関わっていることは明白だ。普段は軽口を叩いているトウカイテイオーだが、心の底では深く感謝していることをキタサンブラックは知っている。いつもの態度も甘えているようなものだ。

 

 そんな彼ならば自分の悩みに答えをくれるのではないか。以前盗み聞きをした時は打つ手がないと聞いたが、今ならば別のアドバイスをもらえるのではないか。そんなことを考えた。

 今のキタサンブラックは藁にもすがる思いだった。

 

「あの、トレーナーさん」

「ん?なんだ?」

「相談に乗ってほしいことがあるんですけど……」

「……!」

 

 その言葉を聞いたトレーナーが警戒するような気配を纏った。だがそれで怖じるほどなら最初から話には出さないのだ。続けて話そうとすると彼が遮った。

 

「待て。息抜きにこそ付き合ったが俺はお前の担当じゃないぞ」

「知ってます。けどトレーナーさんにも話を聞いてほしくて」

「あいつにはもう話し……てるよな。当然」

「はい。あたしのトレーナーさんにはもうずっと気にかけてもらって。けどレースで全然ダメで。お返しができなくて」

 

 トレーナーの脳裏に自分の後輩の姿が蘇る。普段は人懐っこく頼ってくる彼女も、最近は調子が悪そうだった。原因が何かなど考えるまでもない。キタサンブラックの不調を治せない自分を責めているのだ。

 

『私がダメなんです……キタちゃんは本当に能力がある子なのにトレーナーの私が役に立たないから……』

 

 互いに他者を責めない二人だからこそ自分を罰する。いつも明るく笑ってばかりの後輩だったのに近頃は沈んだ顔ばかりだ。

 こめかみを揉んだトレーナーは気が進まない様子ながらもキタサンブラックを促した。許可が出たことで彼女はおずおずと語り始める。

 

 以前は勝てていたこと。二着になって泣いていた相手を見てから自分の全力が出せないこと。特に最終直線になってから足に重りが付いたように走れなくなること。このまま自分は勝てないままレース人生を終えるのだろうか。そんな恐怖を含めて全て話しきった。相変わらずトレーナーはコーヒーを啜りながら冷静な顔をしていた。

 

「(ある程度はテイオーから聞いた通りか。相手を負かしたトラウマから全力が奮えない。そこまでして一着になりたいというエゴがないのか?だが勝つ気がないというわけでもないだろう。だから苦しんでいるわけだしな)」

 

 無言でトレーナーが考え込んでいるとキタサンブラックは緊張した面持ちで座っていた。膝の上で拳を握りしめて次に彼が発する言葉を待ち望んでいる。

 

「なぁ、大事なことを聞きたいんだが“勝ちたくない”わけじゃないよな?」

「違います!勝ちたいです!でも勝ったら他の子が……」

「なるほど、それならいい。(要は“勝つ”ことにマイナス面が付随するのが気になってるわけだ。ならそいつをプラスに考えさせてやれば……)」

 

 そこまで考えてトレーナーは心の中でため息をつく。効果があるかはわからないが、案自体は浮かんだ。そのためには苦い記憶を引っ張り出さなければならない。気は進まないが後輩と愛バのためだ。もう一度だけ大きなため息を心中でついて、キタサンブラックへと向き直った。

 

「参考になるかわからんが一つ話をしてやろう。古い話だ」

「はい……!」

「俺は子供の頃から野球をしててな。球児ってやつだ。小学校の途中から中高六年。寝る間も惜しんで全てを捧げてきた。というかそもそも野球を知ってるか?」

「はい、簡単なルールくらいなら。……あっ、昔は運動してたってそういう……」

「よく覚えていたな。今じゃ運動不足だが前はそれこそ夜遅くまでバットを振っていたさ。手の皮が剥けるまで何度も、な」

 

 キタサンブラックには納得するところがあった。バッティングセンターでも彼の指導はわかりやすく、効果的だった。トレーナー自身が経験者ならば頷ける。

 

「で、だ。当然高校生だった頃の俺の目標は全国大会。あの土のグラウンド目指して死にものぐるいで練習した。その甲斐あってか三年生になってやっとレギュラーになれた。地方大会も順調で、決勝まで進めた。全国は目の前だった」

「……!」

 

 決勝まで、ということは。その先を予測できたキタサンブラックの顔が強張る。

 

「決勝戦。相手は優勝候補だった。俺たちは死力を尽くした。最後まで負けてたまるかと思って食らいついた。点を取られたら取り返す。けれど力が及ばなかった。九回に突き放されて、そのまま負けだ。最後のバッターは俺だった」

「…………」

 

 滔々と語る彼に掛ける言葉をキタサンブラックは持たない。トレーナーの瞳はここではないどこか遠くを見ているようだった。

 

「今でも覚えている。渾身の力で打ち返したボールはセンターフライだった。相手がボールを掴んだ瞬間、俺の夏は、俺の野球は終わった。どれだけ泣いたか覚えていない。人間がこんなにも涙を出せるなんてあの時まで知らなかった」

「っ……」

 

 キタサンブラックの前にかつての光景がリフレインする。メイクを崩して号泣するウマ娘。トレーナーも同じ思いをしたのだろう。当事者でもないのに心臓が掴まれたように胸が苦しくなって息がしづらくなった。

 

「そうして俺たちを破って全国に行った相手に果たして俺はどんな感情を抱いたか。わかるか?」

「え、それは……」

 

 唐突に問いかけられてキタサンブラックは考え込んだ。浮かんだのは憎悪や悔しさといった負の感情。だがこれをそのまま話すわけにもいかない。困った様子で口ごもっていると、ふと彼は笑みをこぼして話を続けた。

 

「答えは“このまま勝ち続けて欲しい”だ。応援してたよ」

「えっ……そんな……」

「あいつらは全国でも勝ち続けた。最終的には全国制覇だ。そうして俺の負けは報われたのさ。全国一回戦で虫けらのように負ける相手に敗北したんじゃない。優勝旗を持ち帰ってくるような相手に俺は負けたんだと思えたんだ」

「報われた……」

 

 その言葉を何処か噛みしめるように呟くキタサンブラックへと彼は視線を移した。

 

「それはお前も同じだ」

「……へ?」

「お前が他人から勝ちを奪った事実は消えない。だがその敗北に名誉を添えることはできる。ただ負かすのが苦しいのなら、負けてなお相手が誇りを持てるようになれ」

 

 戸惑った様子のキタサンブラックにトレーナーは言葉を続ける。

 

「いつかお前が負かしたウマ娘が誰かに向かって『キタサンブラックと戦って負けたことが自分の誇りだ』と語れるように強くなれ。それがお前が用意できる精一杯の報いだ。誰よりも強くなって、伝説に残るようなウマ娘になってそれまで土をつけた相手へ報いてみせろ。それはお前が今後勝ち続けることでしか実現できない」

「勝ち続けて……負けた相手に誇りを……」

 

 その言葉がキタサンブラックの胸に染み込んでいく。負かした相手を泣かしたままにするのではなく、やがて笑顔にするための勝利。傲慢とも言えるその考えも天啓に思えた。蒙が啓かれるようにキタサンブラックの悩みが霧散していく。

 

「それで……いいんですか……?」

「いいさ。レースの勝者は一人だけ。一着だけが価値あるものでそれ以外は忘れ去られる。けれどそれは普通の場合だ。圧倒的強さの存在が関わったレースはずっと心に残る。キタサンブラックという神話の中にみんな混ぜてやればいい」

「あたしという神話に……レースで戦ったみんなを……!」

 

 突拍子もない話だった。それなのに胸が燃えるように熱くなった。熱い血潮が全身を駆け巡り、気づいたら一筋の涙が目元を伝っていた。

 

「うぉっ!泣くほど嫌なら無理にとは言わない。気に食わない考えなら忘れてくれ。変なことを言ってすまなかったな」

「違います……嬉しいんです……今まで暗闇だったのにやっと進む道が見つかったみたいで……」

「そうか……ならいいが」

 

 ふとトレーナーが横を見ると、注文の品を持ってきた店員が気まずそうな顔をしていた。あまり見られたい場面ではない。それから少しの間トレーナーは針のむしろに座っているような気分を味わう羽目になった。

 

 

「カンパーイ!」

「テンション高いな」

「そりゃ高くもなりますよ!遂に、遂に!キタちゃんがGⅠ制覇です!」

 

 パチパチと声で拍手を再現しながら後輩は上機嫌な様子でグラスを傾ける。それに付き合ってトレーナーも自分のグラスの中身を味わう。

 彼が今いるのは駅前にある居酒屋だ。キタサンブラックを担当している後輩トレーナーに誘われて飲みに来たが、すでに酔っ払っているかのような相手のテンションに後悔し始めていた。

 

「いやぁ、何でも先輩が話を聞いてくれたらしいですね。その辺りからキタちゃんも目が変わったというかこれまで以上に練習に身が入ったというか。ありがたや~」

「軽くアドバイスをしただけだ。というか共有しただろ」

「そうですけど。私じゃ浮かびもしない内容だったんで。ありがたいことには変わりないですよ」

「そうか?」

「そうです!『お前という神話に混ぜてやれ』なんて……ププ。絶対言えませんよ」

「金は置いていく」

「待って!冗談!冗談なんです!」

 

 席を立とうとしたトレーナーに後輩が縋り付く。思わず茶化してしまったが感謝しているのは本当だった。それが伝わらずに帰してしまうのは申し訳ない。何より彼に嫌われるのは本意でなかった。なんかかんだ言いつつ面倒を見てくれる先輩のことは慕っているのだ。

 

「そう言えばかなりキタちゃんと親しくなったらしいですね」

「そうでもない」

「ネタは上がってるんですよ!月に何度かデートしてるらしいじゃないですか」

「無責任に焚きつけるだけというわけにも行かないだろう。俺の発言で何か悪影響がないか確かめるために付き合っただけだ」

「まぁそういうことにしておきましょう」

「そういうことも何も事実なんだが……」

 

 彼の欠点はたまに自分を客観視できなくなることだ。担当でもないウマ娘と二人で休みの日に出かけることなど普通のトレーナーならばほとんど経験しない。

 いくら彼がメンタル確認目的で付き合っていたとしても、そもそも遊びに誘われるというのがおかしいのだ。会うだけなら学園でも会えるのだから。

 

すなわちキタサンブラックが相当の好意を寄せているのは事実ということである。と言ってもそれは普段から担当トレーナーとして接している彼女からすれば目に見えてわかっていた。彼と遊びに行く前日は妙に機嫌がよく、走りの成績も良い。

 

「どうです?これを機に私とチームを組みませんか?」

「メンバーはどうなるんだよ」

「そりゃあもちろん、キタちゃんとテイオーちゃんです!」

「少なすぎだろ。というかキタもGⅠで勝てるなら俺が組まなくても十分やっていけるさ」

「そう言わずに!まだまだ先輩から教えてほしいことあるんですよ!」

 

 対面で飲み始めたはずなのに、いつの間にか後輩は横に腰掛けていた。こちらに酌をしながら妙な願いを押し込んでくる。

 

「ほら、いつでもお酌しますから」

「それで受けた場合俺の助力が安すぎないか?」

「私のお酌が高いんですよ」

「押し売りはやめろ」

 

 こうして軽口を叩き会える気楽な仲なのは事実だが、わざわざチームを組もうとは思わない。処理する書類も増えるし、すり合わせなどの仕事も増す。その上おそらく責任者は自分になるだろう。面倒すぎる。

 だからトレーナーは無理難題で追い払おうと思った。これで後輩も諦めるだろう。

 

「キタがテイオーに勝てたら考えてやるよ」

「ちょっと!そこまでできたら先輩に教えてもらうことなくなるじゃないですか!」

「俺はそうなってほしいんだよ。頑張れ頑張れ。応援してるぞ」

「雑!」

 

 文句を言う後輩を流しつつグラスを傾ける。BGMはやや騒がしいが料理は美味い。横でやけに早いスピードで飲み進めているナマモノのことは考えから消す。

 

 その後無理に飲んだのが祟ったのか、二軒目に行かずとも早々に酔い潰れた後輩の処理に困ることになったトレーナーなのだった。

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