わるい子キタサン   作:ベルカナ

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トレーナーライセンス云々は適当な話です。
テイオーに少しダメージ入る描写あり。




 トレーナーがキタサンブラックと遊びに出かけるようになってからかなりの月日が経った。季節は巡り、互いの服装も最初の頃とは変わってきている。

 キタサンブラックもそれなりにGⅠで勝てるようになってきた。ならばこれ以上付き合う必要はないのではとも思うが、大型犬のように人懐っこく誘ってくる相手を断れない。結局ズルズルと誘いに乗ってしまっている。

 

「今日はどこで遊びましょう!?またバッティングしてもいいですか?」

「ああ、好きにしろ」

「変なところがあったら教えて下さいね!それじゃあ出発!」

 

 自然な流れでキタサンブラックはトレーナーと手をつないで歩き出す。果てしなく元気な彼女に引きずられるようにして彼はアミューズメント施設へと向かった。思えばトウカイテイオーに騙されたときもキタサンブラックとここで遊ぶことになったな、などと思う。

 

 そのトウカイテイオーは自分の担当なのにキタサンブラックと遊びに行き過ぎていると文句を言ってくるが身から出た錆だ。そうするように仕向けたのは彼女なのだから我慢してもらいたい。

 

 そうしてバッティングでホームランを狙うキタサンブラックの後ろ姿を眺めたり、ゲームセンターでハイスコアを狙ったりと好きなように過ごした。かなりの数のゲームを遊んだのでここにある筐体はほとんど網羅したのではないだろうか。子供の体力とは侮れないとつくづく感じる。付き合うだけで少し疲れた自分とは大違いだ。

 

 体力の衰えを実感しているトレーナーとは裏腹にキタサンブラックはまだまだ元気が有り余っていた。今日この日が楽しみで宿題も早めに済ませておいたのだ。目一杯遊ぶつもりだった。

 

 彼との時間は楽しい。一歩引いたような距離感だが冷たいとは思わない。むしろ見守ってもらっていると思えるのだ。それはこれまで長い時間を過ごしてきたからそう感じるのかもしれない。

 

 トレーナーといっしょのところをたまに知り合いやクラスメイトに見られて心配されるが、なぜそんなことを思うのかと疑問だった。それと同時に彼の良さはあまりわからないのだなと思うと不思議な優越感が湧いてくる。

 

 そんな彼とともに今日はハイスコアを目指していたが、残念ながらどのゲームでも更新することはできなかった。幾つかのゲームでは惜しいところまで行ったがどうしても一番になることはできなかった。

 理由は明白。圧倒的なスコアを残す相手がいたからだ。当然トウカイテイオーである。ゲームとはいえ彼女の存在を実感するのは普段なら誇らしいはず。だが最近は不思議ともやもやする。

 

 今日は彼と二人で遊びに来たはずなのだ。それなのにトウカイテイオーの存在を感じると面白くない。まるで自分たちの間に乱入されたようで……と考えたところでその奇妙さに気付いた。

 

「(あれ、なんでテイオーさんが来たら嫌なんだろう?)」

 

 いつもなら喜んで一緒に遊ぶはずだ。憧れの先輩と過ごせるのなら不満に思うはずがない。けれど確かに今この時は混ざってほしくない。

 

「???」

 

 その理由がわかるほどキタサンブラックは成熟していなかった。体は成長しても心はまだまだ子供のままだったのだ。消化されないもやもやを胸に次に遊ぶものを探していると丁度いいものを見つけた。俗に言うパンチングマシーン。思い切り殴りつけてその威力を測定する玩具。

 

「これやってみてもいいですか?」

「ウマ娘用のだろうな……ん。大丈夫そうだ。周りに気をつけてな」

「はい。それでは……そぉーれ、ワッショイ!」

 

 渾身の力で機械を殴りつけるとピロピロと電子音が響き渡る。やがてスコアが表示された。その後に出てきたランキングを見るに最高得点。一躍最上位ランカーになってしまった。

 

「おっ、すごいな。テイオーより高いんじゃないか?」

「えっ、テイオーさんもやったことあるんですか?」

「ああ。どれどれ、これか。やっぱな。あいつより良い点取れたな」

「ホントだ……あたしがテイオーさんより良いスコア取れるなんて」

 

 じわじわと喜びが湧いてくる。何をしても勝てないと思ったのにフィジカル頼みのゲームとはいえ上回ることができた。今回ばかりはトウカイテイオーの名前を見ても気にならない。

 

「やったな。記念に何かクレーンゲームで取ってやるよ」

「そんな……悪いです」

「気にするな。俺も久々に遊びたくなったんだ。言い訳になってくれ」

「その言い方はズルいです。そういうことならあっちみたいですよ」

「じゃあ行くか」

 

 トレーナーと二人でクレーンゲームの筐体が並んだコーナーを訪れる。見たこともないキャラクターのグッズからテレビや雑誌で時折見かけるものまで様々な種類が置いてあった。

 その中には当然ウマ娘を模した人形もある。

 

「あ、これ……」

「こいつは……キタのぬいぐるみか。デカいな」

「あはは……あたしのじゃまだ売れ残っちゃうみたいですね……」

 

 二人の目の前にはキタサンブラックをモデルにしたかなり大きなぱかプチがあった。子供では抱えられそうにないような巨大サイズの人形がガラス越しにこちらを見ている。なるほど、この大きさを手に入れるのは骨が折れることだろう。残っているのも頷ける。

 

「ならこれにするか。時間がかかるかもしれないし、その辺ぶらついてていいぞ」

「いえ、見てます!」

「まぁ好きにすればいいが。じゃ始めるか」

「ドキドキ……!」

 

 こうしてクレーンゲームが始まった。めったに見ないような真剣さでトレーナーはレバー捌きを見せる。およそゲームとは思えないような気の入りようだった。

 自分に渡す景品のためにここまで真剣な顔を見せてくれることが嬉しい。そんな思いを抱きながらキタサンブラックはその横顔を見つめる。

 

 次々とコインが筐体に飲まれていく。トレーナーが下手な訳では無い。上手い場所に引っ掛けているのだが、アームが弱いのか景品が重いのか途中で落ちてしまうのだ。最初は時折笑みを見せていたトレーナーも徐々に険しい顔になる。そして再びぬいぐるみがアームから滑り落ちた。

 

「……キタ」

「は、はい。難しいみたいですね。あたしは別に他のものでも……」

「これを両替してきてくれ」

「え、ええっ!」

 

 そう言ってトレーナーは五千円札を手渡してきた。正気かと思ったが彼の目は本気だった。結局その瞳に押し切られるようにキタサンブラックは両替に行き、その甲斐あってか最終的には無事にクレーンゲームを成功させることができた。

 

「ふぅ、なんとかできたか。店員さんに助けてもらうのは情けないからな」

「そんなことないですけど……本当にあたしがもらっていいんですか?」

「記念って言っただろ。大人しく受け取れ」

「そこまで言ってくれるならもらいますね……えへへ」

 

 キタサンブラックの前髪をぽんぽんと叩きながらトレーナーがぬいぐるみを渡してくる。せっかくの髪型が崩れるのは困りごとだが彼にぞんざいに扱われるのは不思議と不快でなかった。その距離の近さがむしろ嬉しい。

 前を向く彼の背中を見つつ、自分を模したぬいぐるみを抱きしめながらキタサンブラックは人知れず笑みをこぼした。

 

 

 帰り道。夕日を浴びながら二人は連れ合って徒歩で帰っていた。トレーナーの手には大きな袋がある。もちろん中身はキタサンブラックの巨大ぱかプチだ。

 大きなぬいぐるみを抱えながら持ち歩く客を目にしたゲームセンター側が用意してくれた袋で、素手で持ち歩くのも大変だったのでありがたく頂戴したのだ。

 

 二人の会話は今日遊んだ感想に始まり、普段の生活やレースへと移っていった。彼の担当は言うまでもなくトウカイテイオーだが、ここまで親しくなってしまった以上キタサンブラックの活躍も気になるところだ。

 

「最近は調子いいみたいだな。段々勝てるようになってるらしいし」

「あはは……それでも本当の一流どころ相手にはなかなか。テイオーさんには一度も勝てたことないですし」

「そう簡単に勝たれても困るさ。トレーニングをしてきた年月だって違うんだ」

「そうですけどそれだけじゃないっていうか。最後の競り合いで執念とすら言えるような思いの違いを感じちゃって。やっぱあたしにはエゴが足りないのかな」

「エゴ?」

「以前こっそり聞いちゃったんですけど、その時にトレーナーさんもそう言ってたじゃないですか。キタサンブラックには一番になりたいっていうエゴが欠如しているって」

「ああ、そんなこともあったな。あれ聞いてたのか」

 

 それも随分と前のことだ。今では改善したのかと思ったが本人としてはそうでもないらしい。だが逆に言えばそれだけの悩みを抱えていてなおGⅠ制覇を果たしたということだ。空恐ろしいほどの潜在能力と言えるだろう。

 

「トレーナーさんのお陰で勝つことは悪いことじゃないって思えるようになりましたけど、それでもテイオーさんみたいな歴戦のウマ娘と走ると思うんです。最後の最後、相手を蹴落としてでも勝ちを取りに行きたいなんて執念はやっぱないのかなって。それで負けちゃうのかなって」

 

 トレーナーが横を見るとキタサンブラックは少し沈んだような顔をしていた。が、彼からすれば話にならない悩みだった。勝ちたくないなんて思っている者が勝てるほどGⅠレースは甘くない。

彼女が自覚していないだけで執念自体はあるはずだ。以前までと違ってそれなりに長い時間をともに過ごしてきた彼にはそれがわかった。

 

 それを自覚させるにはどうしたらいいか。歩きながらトレーナーは考えていたが、ちょうど良さそうなものに思い至った。隣を歩くキタサンブラックへと声をかける。

 

「本当に自分にはエゴだとか執念がないなんて思うか?」

「はい。やっぱり……」

「ふっ。じゃあ聞くが、俺が今日取ったこれをやっぱテイオーに渡すって言ったらどうする?」

 

 そう言ってトレーナーは手に提げた袋を見せる。問われたキタサンブラックは考え込んだ。記念にくれるとは言っていたが金を出したのも実際にクレーンゲームで取ったのもトレーナーだ。その彼がそう言うのならば……。

 

「し、仕方ないと思います……。トレーナーさんが取ってくれたものだからあたしがどうこう言う権利なんて……」

「本当にそうか?テイオーにあげていいんだな?」

「…………」

 

 キタサンブラックはギュッと目を閉じた。

 想像する。あそこまで努力して自分のために取ってくれた自分のぱかプチ。

 本当に嬉しかった。それがトウカイテイオーのもとへと渡ったらどう思うか。

 

 渡された側は喜ぶだろう。後輩(キタサン)を模したぬいぐるみだが、トレーナーからもらえるものなら何でも嬉しいはずだ。トウカイテイオーがトレーナーを想っていることなどわかりきっていた。

 贈り物をもらった彼女は喜んで、いつものようなテンションでトレーナーに駆け寄ることだろう。そして勢いそのまま抱きついて……と考えたところでギチリと奥歯を噛み締めた。

 

 最初は自分にくれると言っていたプレゼント。それが別の相手へ、別の女性を喜ばせるために使われる。それは嫌だった。手放したくなかった。

 

「嫌、です。絶対に嫌です。あたしにください」

「くくく。もちろんそのつもりだが。あるじゃないか」

「へ?」

「何かを誰にも渡したくない。それは一つの欲望だ。お前にもエゴはある。それを自覚してなかっただけだ。後はレースで発揮できれば完璧だな」

「あたしにもエゴが、ある……?」

 

 トレーナーの後半の言葉は残念ながらキタサンブラックの耳に届いてなかった。虚を突かれたような彼女は急に浮かんできた想いを消化するのに精一杯だったからだ。

 

 なぜ彼がトウカイテイオーにぬいぐるみを渡したら嫌だったのか。

 なぜ憧れの先輩の喜びよりも自分のわがままを優先したくなったのか。

 なぜ絶対に手放したくなかったのか。いや、渡したくないのは“誰”だったのか。

 

「(ああ、あたしはこの人のことが好きなんだ)」

 

 その考えはあっさりと腑に落ちた。自覚してしまえば簡単だった。彼を何度も遊びに誘ったのも一緒にいたいからだ。ともに同じ時間を過ごしたいからだ。

 例えトウカイテイオーでも、憧れている相手でも譲れない。絶対に手に入れたい。

 

「ふふ。そうですね。あたしにも絶対に渡したくないものがありました」

「そうだ。その思いを否定せずに昇華すればいい。そうすればお前はもっと勝てる」

「あれ?テイオーさんに勝ってもいいんですか?」

「お、急に生意気になったな。でもそうだな、勝てるならな。相変わらず最強無敵だなんて言ってるからお灸をすえる必要がある」

「わかりました。あの人にも勝てるように頑張りますね」

 

 話がどこかすれ違っていることにトレーナーは気づかないまま話を続ける。一方のキタサンブラックは上機嫌だった。

 言質は取った。トウカイテイオーに勝ってもいいと彼は言ってくれたのだ。

 ならばその言葉通り勝たせてもらうとしよう。そのためにも距離を縮める必要がある。あわよくば牽制になるともっといい。

 

「トレーナーさん、ライセンスを貸してもらってもいいですか?」

「あ?いきなりだな。何に使うんだこんなもん」

 

 そう言いながらもトレーナーは渡してくれた。

 学園にいるトレーナー陣はみな職に就くための資格を持っている。俗に言われるトレーナーライセンス。トレーナーとしての身分証明も兼ねて普段は運転免許証のようにライセンスカードを持ち歩く人間は多い。目の前の相手もそうだった。

 彼のライセンスの背面へとキタサンブラックは今日二人で撮ったプリクラを貼り付けていく。何も記されていない白色の裏面はあっという間に埋め尽くされていった。

 

「今日撮ったやつか」

「そうです。こうしておけばトレーナーさんも今日のことを忘れませんよね」

「はは、そうだな。けど他人に見られないようにしなきゃな」

「別に見せてもらってもいいんですよ?」

「学生と撮ったプリクラなんて見られてみろ。火種になるわ」

「そうかなぁ」

 

 軽くキタサンブラックへげんこつを落としつつトレーナーは苦笑する。仲が良いのは事実だが自分と隣のウマ娘には相当の年の差がある。その相手と寄り添って撮ったプリクラなど仮に理事長たちに見られたら厄介なことになるのは確実だった。

 

「剥がしはしないからそれで勘弁してくれ」

「それならOKです。次に撮りに行く時までそのままにしておいてくださいね」

「また撮るのか……?」

「はいっ!当然です!」

 

 そう言ってキタサンブラックはからりと笑った。夕焼けを背にした彼女のその笑みはまさしく日輪のようだった。

 

 

「う~ん、最近トレーナーと遊べないなぁ」

 

 トウカイテイオーは一人、トレーナー室でソファに寝そべっていた。以前はもっと頻繁に遊んでいたのだ。お気に入りは近くにある遊び場で、ゲームセンターを徹底的に荒らしたものだ。

 けれど近頃はトレーナーと過ごす時間が減った。原因はわかっている。自分の代わりに彼と遊んでいる相手がいるからだ。

 

 キタサンブラック。悩み沈んでいる彼女を元気づけようとだまし討ちするような形でトレーナーと引き合わせた。その日は結局一緒に遊んだらしく、当日のうちに彼女からも感謝してもらえた。

 

 それはいい。想定通りだ。問題はその後。

 何故か妙に仲良くなったキタサンブラックは継続的にトレーナーを誘うようになった。誘われた方もほとんど断ることなく付き合っているようだった。

 

 人間が使える時間にはどうしても限りがある。結果としてトウカイテイオーと過ごす時間は減ってしまったというわけだ。それでも月に何度かは遊んでいるので実際に休日に過ごす時間が無くなったわけではないが、彼女の主観としてはあまり遊べないように感じるというわけだ。

 

「暇だなー。トレーナーのせいだぞー。テイオー様をほっとくなんて」

 

 呟いた文句は誰に届くこともなく宙に溶けていく。先程までは近くでトレーナーが作業をしていたが誰かに呼ばれたとかで席を外しているのだ。

 せっかくの放課後なのに構う相手がいないというのも不満が生まれる理由だった。

 

「どうせなら宝探しでもしよっかな。どれどれ、何かあるかなー」

 

 暇になったトウカイテイオーはトレーナーの机付近で面白いものを探すことにした。もしバレてもお小言で済ませてくれるだろう。

 そうして悪びれなくごそごそと辺りを漁っていると珍しいものを見つけた。普段はトレーナーがいつも携帯しているライセンスカードだ。

 大抵の場合、首からぶら下げているのに今は机に放られていた。作業のときに外してそのままだったのだろうか。とはいえ置いてある理由はどうでも良かった。

 

 ふとトウカイテイオーの脳裏に、最近学園で流行っているおまじないの内容が浮かんできた。それは恋のおまじないの一種で、ライセンスカードの裏面に自分の写真を貼り付けておくと担当トレーナーと末永く過ごせるというもの。

 

 トレーナーにとってライセンスというものは言わば存在証明のようなものである。そのためのライセンスカードにウマ娘の写真を付随させておくことでトレーナーと自分への関係に見立てているわけだ。年頃の学生が考えそうな内容だった。

 そしてトウカイテイオーは年頃の女子である。こういうおまじないに興味があるのも当然だった。これがレース前のジンクスだったら気にせずに実力だけで邁進するがトレーナーとの関係ならそうは行かない。

 

 前に友だちと撮ったプリクラが鞄の中にまだ入っていたはずだ。それをくっつけてやろうと笑みを浮かべながらトウカイテイオーはライセンスカードを裏返して――

 

「……へ?」

 

 トウカイテイオーの笑みが凍った。何度見返しても現実は変わらない。そこはすでにプリクラで埋め尽くされていた。彼女のトレーナーとキタサンブラックが仲良さげに写っている。

 

 服装が違うことからするにどうやら別の日付に撮ったプリクラが何種類か使われているようだ。満面の笑みのキタサンブラックと微笑を浮かべたトレーナー。二人が親しそうに肩を寄せ合って写っていたり、何ならキタサンブラックが抱き上げられた格好のものまである。

 そんなことトウカイテイオーでさえされた経験はない。トレーナーの首に手を回して抱きついたキタサンブラックは本当に嬉しそうだった。

 

「何、これ……お姫様抱っこなんてボクにもしたことないじゃん……」

 

 声が震える。目の前の現実を上手く消化できない。まさかトレーナーが自分で貼っているのか?いや、それはありえない。ならばキタサンブラックが頼んで貼ってもらったのだろうか。そちらの方がまだありえそうな気がする。

 だがその場合は別の疑問が生じる。なぜキタサンブラックはプリクラを貼り付けるように頼んだのか?そのままぼぅっと立ち尽くしていたせいでドアが開く音にも気が付かなかった。

 

「あれ?テイオーさん。何してるんですか?」

「っ!キタちゃんっ!?」

「はい。そんなにビックリしなくても……」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどキタサンブラックが訪れていた。いつも通り朗らかな彼女には何か企みがあるようには見えない。けれどトウカイテイオーも知らないうちにプリクラを貼っていたのは事実だ。確かめなければ。

 

「キタちゃん……あのさ」

「なんですか?あ、それ!」

「これってやっぱりキタちゃんが……?」

「あはは。確かに他の人にバレちゃうとなんだか恥ずかしいですね。そうです。あたしが頼んでくっつけたままにしてもらってるんです」

「そ、そうなんだ……」

 

 少し照れながらキタサンブラックは答える。もじもじと揺れる体と赤く染まった頬からは危険な気配を感じた。まるで自分のテリトリーを侵されるような強い忌避感が首をもたげている。

 

「ボクからトレーナーに言っておくから止めておいたら?最近おまじないが流行ってるから誰かに見られたら変な勘違いされちゃうかも」

「大丈夫ですよ。勘違いじゃないですから。むしろ見られたほうが助かるかも、なんて」

 

 さらりと告げるキタサンブラック。その言葉を咀嚼したトウカイテイオーは思わず目を見張った。信じられないものを見たかのように心臓が脈打ち、鳥肌が立つ。

 目の前に最大級の敵がいるぞ、と本能がアラートを鳴らしていた。

 

「え……?えっ!?で、でもトレーナーはボクの担当だよ!」

「知っています。けど、ごめんなさい」

 

 言葉とともに近づいてきたキタサンブラックはトウカイテイオーの手からするりとライセンスカードを抜き取ると、抱き寄せるように引き寄せて胸の前でかざした。まるでこれは自分のものだと言わんばかりに。

 

「あたしも、欲しくなっちゃったんです」

「……っ!」

 

 トウカイテイオーの目前でキタサンブラックはぺろりと舌を出した。笑みこそ浮かべているが、思わず後退りしたくなるほどの戦意だった。

 

 ゾクリと背筋が冷たくなった。寒いのではない。むしろその逆。傍にいるだけで焼き尽くされそうなほどの熱情がキタサンブラックから放射されているのだ。まるで陽光を間近で浴びるかのような熱量。

 

 トウカイテイオーの目の前で漆黒の太陽が咲いていた。

 

 けれどそれでも背を向けて逃げたりはしない。最初に彼を見出したのは自分なのだ。

 

「そ、それでも!負けないからねっ!トレーナーはボクのだから!」

「あたしだって負けません。勝たせてもらいますね」

 

 二人のウマ娘が闘志を剥き出しにして互いに宣戦布告をする。

 以前のキタサンブラックならば考えられない状況だったかもしれない。しかし今は違う。この胸には確かにエゴがあると彼から教えてもらったから。憧れの相手にも一歩を退かない自分に少し驚きながら、キタサンブラックは微笑んだ。

 

 

 一方トレーナーは後輩に絡まれていた。キタサンブラックを担当する彼女である。以前酔い潰れた際は結局トレーナーの部屋で介抱する羽目になったが、今回はカフェテリアなので泥酔の心配がないのがせめてもの救いか。

 

「せんぱーい。チーム組みましょうよ~」

「断る」

「言われた通りキタちゃんがテイオーちゃんにも勝ったじゃないですか~」

「あれは少し驚いたな。だが考えるとしか言ってないぞ」

「ぶーぶー。卑怯だぞ~」

「それがいい年した大人の姿か?」

 

 カフェテリアで絡んでくる後輩を押しのけながらトレーナーはカフェラテを啜る。用事があると言って呼び出されたから来てみれば勧誘だった。

 

「大体キタには話を通してるのか」

「そこは大丈夫です。むしろ是非にと熱烈に応援されましたよ」

「マジか……普通いきなりチーム加入とか思い留まるだろ」

「キタちゃんも先輩のこと大好きみたいですし、特に嫌がる理由がないのでは?」

 

 チームの話を聞いたキタサンブラックはやけに押しが強くなった。自分に協力できることがあったら何でもするから是非とも説得して欲しいと強い熱意で押してくるのだ。それだけの熱量にやや怪しいものも感じたが、好都合ではある。

 

「あーあ。アドバイスもらったお返しにキタちゃん頑張ってたのになー。GⅠで何回も勝ってそろそろ足りますかね?とか言ってたのになー。先輩は知らんぷりかー」

「あいつが自信を取り戻したならそれで十分さ。お返しなんて気にする必要はない」

「頑張ってたのになー!」

「ゴリ押しする気か、こいつ」

 

 机に身を投げ出しながら文句を垂れる後輩は置いといて、トレーナーは実際にチームを組んだときのことを考えてみる。キタサンブラックとトウカイテイオーとの仲は良好なはずだ。仮に同じチームになっても問題は起きないだろう。

 

 目の前の相手は態度こそふにゃふにゃしているが新人ながら優秀なトレーナー。自分とは違う視点でトウカイテイオーのことを見てもらえるのはプラスになるかもしれない。

 何よりこのまま延々と管を巻かれるのは面倒だった。最初は勘弁と思ったが、ここまで頼まれているのだしそれならいっそチームになってもいいかと考えつつある。

 

「テイオーが頷けばな」

「おお!いいんですか!?嘘だったらキタちゃんを突撃させますからね!」

「嘘じゃないからやめろ」

 

 すでに突撃していることなど露知らず、トレーナーたちはのん気に話し合う。知らぬが仏とはよく言ったものだった。

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