グリッドマン リバース -Lost Letter-   作:od-

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 pixiv公開分を正月休み中順次投稿していきます。
 毎日13頃の予定です。誰かの暇潰しになれたら幸いです。


-First Letter-

 

 物心ついた頃から、自分の名前が好きじゃなかった。

 

 蓋を閉め忘れた筆箱や口のだらけた巾着袋。気付けば落とし物が絶えない自分を指差しては、有名な童話にちなんで『耳女』と呼び出したのは、もう顔も覚えていない男の子。

 美咲山ミミカ、という語感を嘲るように取って付けたようなあだ名は瞬く間にクラス中に広がって、わざとらしい学級裁判の末秋の空の如く鎮火した。昨日悪ふざけに乗りかかったクラスメイトは、数日経てば何事もなかったかのように新しいドラマの話題で笑っている。土足で踏み荒らされたちっぽけな胸の部屋を、抱え込んでいるのはミミカだけだ。

 

 男子とは口を利かなくなった。

 安直に『美』という響きを重ねた母を、ほんの少しだけ恨んだ。どうせなら母の名前に入った『麗』の字を貰いたかったと駄々をこねると、『ママに似たら、暗くなっちゃうと思って』と、浮かない顔でミミカの髪を撫でる手に、どうしようもなく血筋を感じた。

 クラスとの距離感が掴めなくなって、ミミカが塞ぎ込んでいた頃、気晴らしに母が近場のゲームセンターに連れて行ってくれた。

 母の手に引かれながら賑やかな音楽に囲まれて、自然と目に飛び込んだ女児向けのアーケードゲーム。着せ替えやリズムゲームの主流に乗った、ワンコインとカードを交換する数あるゲームの一つに、ミミカが虜になるまでそう時間は掛からなかった。

 母にねだって、事あるごとに連れて行って貰った。縦長の画面の向こうで待っているアイドルの卵達に会っている間に、瘡蓋は剥がれ落ちて、ついでに集めたカードも店内で落とした。

 

 それを拾ってくれたのが、赤い髪の男の子。

 

 頭髪に犬の耳みたいな癖のついたその子を、ミミカは最初、女の子だと思った。

 空を映したような青い瞳をぱちくり瞬かせて、カードを片手にその子は言った。

 

 「これ、落としたよ」

 

 たぶんお互い、小学校低学年くらい。ミミカとそう背丈も変わらない。屈託なく笑うその子に、「……ありがとう」と小さく返してカードを受け取る。男の子は「じゃあね!」と別れを告げるや、一目散に『バーチャルシューティング』のゾーンに駆け出していった。

 何のことはない。わかり易いくらい、男の子。折角落とし物を拾ってくれたのに、ミミカは裏切られた気分だった。一瞬でも同じゲームを遊んでくれる友達の存在を、どこかで期待したから。

 

 拾ってくれたカードは、特に光ってもいない。これならあってもなくても変わらない実感が、尚更ミミカを落胆させた。

 あんなに可愛らしい顔をして、結局はあの子も、野蛮なシューティングゲームにハマり込む男子の一員なのだ。

 棲んでいる水が違うと気付くと、いつ来ても独り占め出来るゲームもなんだか虚しかった。

 

 意識してみると、あの男の子を店内でよく見かけるようになった。

 相変わらず二人の遊び場は別れていて、交わることはない。

 時が流れると共に、クレーンゲームの中の景品が装いを変え続けた。知らない子供の顔が入れ替わる度に、真新しい遊戯も増えていった。

 ミミカが遊んでいる筐体だけ、いつまでも変わらない。

 コインを入れても新しいカードが出て来なくなった時、困り果てたミミカは勇気を出して店員に訊いてみた。

 店の奥で揉め事のようなやり取りがあった後、『ごめんね』と切り出した大人の人は、ミミカの手にあるカードを指差して、『これで全部なの』と説明し難そうに教えてくれた。

 

 『稼働終了』という専門用語を懇切丁寧に噛み砕いて話してくれた対応も、その時のミミカにはよく理解出来なかった。ここに機械はあるのに、永遠にカードは出てこない。カードが出ないと、硬貨があってももう遊べない。それだけを念入りに言い聞かされ、母が迎えに来てくれるまで、ミミカは呆然としていた。

 あのゲームを遊んでいたのは、どうも自分だけだったらしい。

 それが、そんなにいけない事だろうかと、密かな優越感はその日の帰りも抜けなかった。納得出来ないもやもやを吐き出しても母は困ったように笑うだけで、自分に出来る事には限りがあって、たった一つしか、ミミカは冴えたやり方を知らなかった。

 

 手紙を書こうと思った。

 ミミカの名前を弄った、あの男の子がお仕置きされた時だってそうだった。

 筆記者の名前は抜きに、配られた白紙に主犯の名前を書いた。それからいじめは嘘みたいになくなって、あの時は学校や先生の言う事に従えば良かったけれど、校外は無法地帯。変えられる保証もないけれど、思いの丈を綴るくらいしか、ミミカにはもう思い付かなかった。

 親なりの優しさか、母はミミカの背を押してくれた。『ファンレターって、とっても力になるのよ』とやたら実感の籠った声と共に取っておきの便箋を貰った時は、訳もなく勝利を確信した。

 何度も何度も書き直した。出来得る限り綺麗な字に整えた。書き上げた手紙を胸にステップ気味に足を踊らせて、通い慣れたゲームセンターに入り込むと、いつもの筐体の置き場に別のゲームが置かれていた。

 

 ミミカが遊んでいたゲームは、どこにも見当たらなかった。

 お気に入りに取って代わった侵入者は、喧しい光線や怪獣の鳴き声をエンドレスに流している。ミミカが憧れたアイドルは何処にもいない。取られたと思った。男の子の世界に、また自分の居場所を取られたと、そう思った。

 ゲームセンターの賑やかな音楽が耳をつんざく。自分を素通りしていく同い年の子供達を見送って、置いてけぼりの小さな身体に感情が湧き立つ。涙は出なかった。いじめられたあの時も、涙は出なかった。心の逃がし方がミミカにはまだわからなくて、やり切れなくて、入れ替わった筐体の前で真っ二つに手紙を破り捨てた。

 真新しい便箋の上に一粒、涙が落ちて、

 

 「……泣いてるの?」

 

 顔を覗き込んでくる真っ赤な髪の男の子のまっさらに青い瞳と、ぱっちり目が合った。

 話したのはカードを拾ってくれた時の一度っきり。向こうも、それを覚えているかは怪しい。ただ案じるように垂れ下がる眉が、ミミカの現状をありありと伝えて来る。涙を拭う暇もなく、想いは堰を切って溢れ出す。

 

 「……ここのゲーム、なくなっちゃった、から。……遊んでたの。私だけ」

 「……それは、残念だね」

 

 知らない男の子も一緒に俯く。

 というか、うるうる貰い泣きしている。

 それを見ているとミミカまで余計に悲しくなって、そっくりゴシゴシ目元を拭った。

 

 「その、手紙は?」

 

 真っ赤な髪の男の子は、真っ赤なお鼻と真っ赤に泣き腫らした目で尋ねる。

 

 「書いたの。……ここで、もっとずっと、遊びたいです、って」

 

 潤んだ目で、掌に横たわった手紙の断片をミミカは見つめる。

 

 「……それ、捨てちゃうの?」

 「うん……。破ったから、そうする」

 「じゃあ、俺が貰ってもいい?」

 「……どうして?」

 「せっかく書いたのに、誰にも読まれないのは、悲しいから……」

 

 最初は泣きそうだったのに、今だって鼻を鳴らしているのに、男の子の眼差しはどこか凛々しい。弱気の虫に隠れたささやかな主張に、ミミカは渋々折れた。

 

 「……声に出さないでね」

 

 それでも押し切られてしまったのは、男の子の顔に、いつか自分を弄ってきたものと同じ悪意を感じなかったせいだろう。

 手渡した封筒から男の子が便箋を取り出す。別たれた二枚を広げて、パズルの絵を繋げるみたいに恐る恐るくっつけていく。

 男の子が手紙を読んでいる間、ミミカはずっと、スカートを掴んで俯いていた。

 

 「ミミカさん、って言うの? 苗字はび……やま?」

 「みさきやまで、いい。名前は……好きじゃないから」

 「そうなの? 綺麗な響きなのに」

 

 思わず、ミミカは顔を跳ね上げた。

 今聞いた事が信じられなくて、目の前の男の子は、字に目を滑らせながらついでのように言う。

 

 「あ、俺は、ヒビキユウタって言うの」

 

 自己紹介のタイミングといい、マイペースな子だけれど、読むペースは一貫して熱心で、ミミカは自然とこの距離感を受け入れる。

 でも、何度も何度も書き直した文が人の目に触れるというのは、心を丸裸にされるようで、途中からミミカは耐え切れなくなった。

 

 「あの……そろそろ、終わり?」

 

 催促の声も疑問系。悲しいかなヒビキユウタと名乗った男子はもう暫く熱心に熟読し、やがて長距離のマラソンを走り切ったように息を吐いた。

 目にはやはり涙を浮かべていて、感情移入に忙しい。変な人だけど、悪い人ではないのだとミミカは思った。良い方向に、変な人。

 

 「……ホントに、好きだったんだね」

 

 ユウタが破れた便箋をそれぞれ丁寧に折り畳む。もぬけの殻の封筒の中に入れ直すと、切れ端を覗かせた手紙は顔を出したカタツムリみたいに間抜けだった。

 そんな風に考えられるくらいには、ミミカの中の哀しみは知らぬ間に上書きされていた。

 

 「……それ、ちゃんと捨ててね」

 

 遅れた気恥ずかしさが肌を粟立たせて口端に上る。ぷいと顔を逸らして絞り出した悪足掻きに返事はなく、手持ち無沙汰なミミカの左手を、ユウタが急に掴んだ。

 

 「こっち来て!」

 「えっ……! ちょっと……っ」

 

 肩越しに見えたユウタの笑顔。彼に手を引かれながら、店内の景色がめまぐるしく視界を横切る。

 目線の高さで景品が並んだクレーンゲームのゾーンを迷路みたいに二人で駆け抜ける。物言わぬぬいぐるみ達の視線を背に、ユウタに導かれたその場所は、彼が贔屓にしているバーチャルシューティングゲームの筐体だった。

 

 ミミカから離れたユウタの手が、筐体の前に用意された造り物の拳銃を取り出す。引き金に指をかける仕草は手慣れたものだったけど、子供の掌には物々しいサイズの銃は見掛け倒しで、銃口もコルクに詰められたようにチープな形状に伸びている。昔婦警をしていたという母が見たら笑っていたかもしれない。ミミカは一向に、笑う気分にはなれなかったが。

 

 「……何するの?」

 「これ、一緒にやろうよ。美咲山さんの好きなゲームがなくなったのは残念だけど……何か、気分転換に」

 

 ミミカの承諾も待たずに人数分の硬貨を入れて、奥まった筐体の画面が反応する。

 二人プレイまで想定されたゲーム機の前に隣合って、ユウタと同じく、目の前に備え付けられていた銃把を握ってみる。

 

 「……私、やったことない」

 「大丈夫。サポートするから」

 

 ユウタが歯を見せてにっこり笑う。やっぱり男子って、ちょっと勝手だとミミカは思う。そんな所は嫌いな子と似ているのに、今日は流されても良いと思えたのは、何故だろう? ミミカは観念して玩具の銃を取り出した。

 ゲームがスタートする。襲い来るエイリアンのなり損ないみたいなモンスターを迎え撃ち、ユウタの早技が光る。未だ心身が定まらないミミカは銃口を真下に腕をダラりと下げ、ただただプレイを眺めていた。

 

 「……撃つの、楽しい?」

 「うん! 美咲山さんも、いつでも参加していいから!」

 

 当初の目的も忘れてか、裕太は既にゲームに夢中になっていた。お化け屋敷みたいに突然現れる敵を捌いて行く彼の立ち回りに倣って、ミミカも銃口を定めると、照準のポインターが連動した。

 回転寿司みたいに入れ替わる雑魚も案外一発では倒れない。目が窪み、膨らんだ風船のようになった怪物に向けて、ミミカもユウタに加勢し一発見舞った。

 偶々それがトドメになったのか、怪物は一発で霧散した。画面内で何らかのスコアに貢献したのを見て取ると、ミミカより早くユウタが両手を上げる。

 

 「やった! 美咲山さんの手柄だよ! 今の!」

 

 まるで自分の事のようにユウタが全身で喜ぶ。それを言うなら瀕死に追い込んだのは彼の手柄だけど、あんまり大袈裟な褒め方だったから「……ありがと」と、つい真に受けてしまった。

 肩慣らしのステージが進み、画面に複数敵が現れる局面が増えると、ミミカが銃を握る手にも力が篭っていった。

 一連托生に肩を並べ合い、ミミカが一発撃つ間にユウタは二発。化け物の悲鳴やリロードの合間に言葉を重ねる、餅つきみたいな共同作業。

 

 「……好きなの、銃?」

 「うん! 大っきくなったら、ガスガン買いたい!」

 「撃つとこないのに?」

 「ないけど、将来役立つかもしれないし」

 「こんなの、倒す為?」

 「ん〜……どっちかっていうと、守る為?」

 「守るって、誰から?」

 「怪獣……とか? あっ⁉︎」

 

 最終ステージに進む直前、考え事に気を取られたユウタの隙を見逃す程、ゲームの設定は甘くなかった。フォローが欠けたミミカも手を疎かに、あっという間にサンドバッグ。無慈悲に画面を占領する「GAME OVER」の横文字から視線をスライドさせ、涙目のユウタと顔を合わせた。

 

 「勝てると思う……? 怪獣……」

 

 銃口を上向きに、縋り付くように持ったユウタの情けない顔が、呆気に取られた遊戯の締め括りに一層笑いを誘った。

 

 「……これで勝てたら、雪でも降るんじゃないの? ……ふふっ」

 

 ミミカは玩具の銃を額に擦り付けるようにして肩を震わせた。張り詰めた糸がほぐれたミミカが顔を上げた時、ユウタの泣き虫は逃げて、優し気な表情を浮かべていた。

 

 「やっと笑った、美咲山さん」

 「……ん」

 

 あんまりにも曇りない青の眼差しから目を逸らし、ミミカは靴の爪先を床に擦り付ける。なんだか胸のざわめきが変だった。さっきまで落ち込んでいたのに、この変化は何だろう。血の流れすら加速したような違和感と惑い。その癖、引き金にかけたままの指や手が動かない。手紙を破った時とは何もかも違う、名前の知らない感情。

 

 「ユウタぁー」

 

 ふと、遠くから声がした。

 クレーンゲームとシューティングゲームに挟まれた通路の向こうで、買い物袋を提げた女の人が立っている。ユウタの髪色に近い頭髪から関係を察するのは容易く、仲の良い友達として映った微笑みがミミカにはいたたまれない。

 小さく手を振る保護者にユウタは大きく手を振り返し、立ち尽くすミミカに視線を移す。

 

 「迎え来たから、もう行かなきゃ。また遊ぼうね! バキュン!」

 

 玩具の銃口を悪戯っぽくミミカに向けて、ユウタは天真爛漫な笑みを残し嵐のように去っていった。胸ポケットからはみ出した、破れた手紙が背中に隠れる。遠くなっていく後ろ姿と、架空の弾丸に撃ち抜かれた胸の痛み。

 最初は派手なだけだった真っ赤な髪が、今のミミカの目には鮮明に映る。

 ぼうっとしていると、迎えに来た母に微熱を疑われた。

 目の覚めやらないその日の夜、届かない手紙が、一通増えた。

 

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