グリッドマン リバース -Lost Letter- 作:od-
初めて人に宛てた手紙は拙くて、とても誰かに見せられるものにはならなかった。
当時のミミカが縋った言葉の入り口は、今までピンと来なかったラブソング。赤くなりながら便箋を使い切る日々はあっという間に過ぎ去って、いつしか本を開く事が増えた。気に入ったフレーズを繰り返し口ずさんだ。
一人で過ごす事が増えた。
自分で認められる手紙を書けるようになった頃には、あのゲームセンターに、赤髪の男の子は来なくなっていた。
きっと、違う遊びを見つけたのだろう。
小学生の興味なんて季節の変わり目より移ろう。
ヒビキユウタという男の子が通う学校も自分は知らない。彼宛てに書き直した手紙を全部試しに、ランドセルの中に詰めてみたことがある。驚く程軽くて、教科書の重みを思い知った。
ありきたりな初恋の、ありふれた失恋。
いつユウタに会っても渡せるように、肌身離さず持ち歩いた手紙も、ランドセルがスクールバッグになる頃には持たなくなった。というより、持てなくなった。
中学に上がった当初、一縷の望みをかけて持参した手紙を、入学早々人に見られたからだ。
誰が悪い訳でもなく原因は自分で、開きっぱなしの鞄からいつの間にか舞い落ちた封筒が、机と机の間に流れ着いたあの瞬間の、息を潜めて色めき立った周囲の反応は、恐らく生涯忘れない。
始業式の翌日からラブレターを持ち込んだミミカの風聞はクラスの外まで知れ渡り、無遠慮な好奇の視線が肌を刺した。
からかい半分に応援してくれる女子がいた。
勝手に勘違いする男子もいた。
次第に誰とも喋らなくなった。
躓いて始まった中学生活が一秒でも早く過ぎ去る事を願い続けた、十代の前半。昔よりも歌や物語に傾倒した。学校で息を殺しているミミカの安息は、放課後のカラオケにしかなかった。そこに入り浸って時間を潰せば、『友達と遊んでくるから』なんて、両親を安心させられたから。
海面から顔を出して胸一杯に息を吸い込みたいのに、藻搔いても足掻いても進めない息苦しさだけが付き纏う。まだ若いなんて気軽に言う先生や大人達は、この水槽の深さを揃いも揃って忘れている。
一層狭い個室で喉を張り上げるくらいでしか晴らせない気持ちもあって、救いを求めるように通い詰めたある日の事、運命は動き出した。
行きつけの店のエレベーターを待っていたその日、ミミカは信じられないくらい綺麗な少女と出会った。
ドアが動く直後まで、彼女は〝開〟のボタンを連打していたように思う。今から人を殺しそうな形相で眉間に皺を寄せて尚、露ほども台無しにならない美貌を備えた彼女の、桜色の髪と紫のパーカーが視界を掠め、見惚れていたミミカと肩がぶつかっても彼女は気にも留めなかった。
ただ携帯を取り出す拍子にポケットから落ちた〝何か〟にさえ彼女は気付かず、ミミカはそれを遅れて拾った。鏡面のように照り返す、歪んだ真珠だった。
「あの……」
咄嗟に呼び掛けても、肝心な時に蚊の鳴くような声しか出てこない。そんな小声でも彼女は立ち止まってくれたのに、殺気立った視線に射抜かれて、思わず足が竦んだ。
小柄な体躯から見積もっても、自分とそう変わらないであろう年端もいかない少女は、まるで道端のゴミでも見るかのような赤い瞳で睥睨し、臆したミミカが説明する暇もなく去っていった。嵐と対峙したかのような緊張感が抜けた後には、用途不明の真珠だけが手元に残されていた。
本来なら球体である筈のそれは両側から指で押し潰されでもしたのか、間の抜けたビーンズになりかけている。鮮やかな白金色の光沢もこの不格好では価値を発揮出来ない。真珠を摘み途方に暮れ、ひとまず予定通りカラオケの一室に向かうことにした。現実逃避とも言う。
エレベーターで目的のフロアに昇り、予約した部屋を探して通路を歩く。一定間隔に並ぶドアを目でやり過ごす度、微かな音漏れをどうしても意識してしまう。自然と聴覚が過敏になっていたせいか、ミミカと同じく廊下に出ていた誰かの声が、やたらと耳に響いた。
「──ちょちょちょ⁉︎ キャリバーさん⁉︎ ダメっすよぉ‼︎」
慌てふためいた少年の顔がありありと思い浮かぶ、ただならぬ事態が同じフロアで起きていた。
通路の角から頭を出して辺りを伺うと、廊下の一本道のその先で、何やら黒スーツの壮年と取り込み中の、赤髪の少年の背中があった。
一目で、あの子だと思った。
全神経が眼球に注がれたかのような錯覚があった。赤髪の少年が押し留めている相手が帯刀している不審人物であっても、ちっとも気にも留まらない。〝彼〟しか、目に入らない。
〝ヒビキユウタ〟
数年前ゲームセンターで会ったあの男の子が今、視線の先に居る。なのに自分は昔と変わらず人見知りで、物陰に隠れる事しか出来ない。
暫く観察すれば、ユウタを含めた黒ずくめの集団もまた、張り込みの最中のようだった。まるで刑事ドラマのような風情だが、カラオケの趣旨とかけ離れた彼らの奇行を見守るミミカもまた、ストーカー予備軍に他ならない。
その日ミミカが最後まで見送ったのは、落胆してカラオケ店を出て行ったユウタの後ろ姿。
万に一つの奇跡によって果たされた再会を運命的に感じても、それ以上の事は出来なかった。
幼い頃、落ち込んでいた自分に彼が声を掛けてくれたように、恩返しする千載一遇のチャンスだったのに、一方的に彼を憶えているのは自分だけで、忘れられている可能性を思うと、地面に縫い留められたように足が動かなかった。
チャンスの前髪を、ミミカは掴めなかった。
それでも、ずっと探していた相手が同じ街に住んでいるという事実は、ミミカの胸中を随分と楽にしてくれた。偶然拾った真珠を御守りのようにして、夢見がちな〝もしも〟を思い描きながら日々を送ると、息苦しかった学校も足取りが軽くなった。
時を同じくして、都立ツツジ台高校校内に黒スーツの成人男性が彷徨っていたという目撃情報は、行動の大胆さからPTAを揺るがしミミカの通う中学にまで届いた。しかしSNSの発達したこの時代、情報の伝達が早ければ早いほど風化も速やかになる。受験生という時期も重なり、同級生の多くが保護者ほど深刻には捉えなかった。
件の不審者に心当たりがあったのはただ一人、ミミカだけだ。
ツツジ台高校の所在地をすぐに調べた。耳障りの良い校風を謳うホームページに一通り記載されていた学校行事の欄で一際輝く、『学園祭』の文字に目が留まる。土日に分けて行われる、生徒以外の出入りを許可したその期間を利用しない手はなく、連鎖する想像を止められない。
この学校がもしも、ミミカの知る不審者が出没した場所であるならば、そこにはユウタも居るのかもしれない。おおよそまともな発想じゃないと我ながら思う。恋を病のように例えた人は、どんな発明家よりも讃えられて然るべきだ。愚にもつかない思考は日毎脳味噌の容量を埋め尽くし、判断を麻痺させていく。
せめて一目、もう一度。
自分の気持ちを確認したくて、学園祭に赴いた。
集客のピークが見込まれる初日を避け、初めて参加した高校のお祭りは、ツツジ台高校が自由な校風の都立ということもあってか、その規模も賑やかさも中学の比ではなかった。校門を越えた瞬間から客引きに気圧され、どこを見回しても生徒達の出し物がごった返している。予てから目立つダンス部は元より、インドアな印象のある書道部すら中庭を陣取り、青空の下にパフォーマンス用の紙を広げ達筆を披露していた。
校舎の外にまで溢れる人波に紛れ、昇降口に辿り着き次の流れに乗る。そこから先は闇雲で、校内を歩くだけで腕の中がチラシで一杯になった。
単独行動故に声を掛け易い事と、隈なく受け取ったチラシが目印の意味も果たすのだろう。押しに弱いミミカは教室を覗く暇もなくビラ配りのカモにされた。
物見遊山で廊下はひしめき、窓際に縮こまるように歩く。
次こそは何があってもスルーしようと覚悟を決めていたのに、新たに差し出されたチラシに印刷された1-Eの記号と、向き合う男女の絵に惹かれて足が止まり、断るタイミングを失った。
「これ、どうぞ。うち、男女逆転喫茶やってるんで。是非来て下さい」
気さくに話し掛けてくれたその人は、用紙に記されたタイトルの示す通り、セーラー服に身を包んだ男子生徒。襟元やスカートの深い青と、一際目立つ真っ赤なスカーフ。水兵のトレードマークを着こなす彼の体格やウェストの位置は、やはり女子のそれと異なりはしたが、その童顔も相俟って非常に様になっていた。
赤い頭髪の左側をヘアゴムで括り、何ら恥じらう事なくビラ配りに勤しむ彼と目が合う。
どこからどう見ても、ヒビキユウタだった。
「……顔に、何か付いてます?」
どれだけ凝視していただろう? 落雷に打たれたかのように動けなくなったミミカの前で、ユウタが自身を指差している。壊れた扇風機のように首を振り、ミミカは待ったの効かない現実に向き合う。
「……すみっ、ません。あなたが、悪いんじゃなくて。その……」
あと一目、ほんの一瞬。明瞭を得ない未練の正体を探る為ここに来たのに、いざ面と向かって会ってしまうと、話す事なんて何も考えていなかった自分に気付く。時間は、持て余す程あった筈なのに。
「ゆっくりでいいから」
窓際に立つ彼の青い瞳が、宝石のような輝きを帯びている。窓と窓の合間で、壁に張り付くように歩いていたミミカからすれば、光と影に切り分けられた位置関係。相手が誰であっても、そんな優しい顔をするのだろうかと、上手く働かない頭が思い付くのはそれだけで、見つめ合う内に脈拍が早くなる。どこからどう見ても風体は可愛らしい女の子なのに、ミミカのフィルターを通した彼は初めて話した時と変わらない、記憶の中の屈託ない少年のままだった。
対して自分はどうだ。中学の三年間を棒に振ってしまったから、コミュニケーション力なんて赤子のままだ。手紙に頼らず言葉にするには、思考の渦はあまりに混沌としている。喉をつっかえていた言葉の出口は狭く、雑踏に掻き消されそうな小声で絞り出された。
「……わたしのこと、憶えて、いませんか……?」
祈りにも近い問いを投げ、唇を引き結んでユウタを見る。まるで心当たりがない顔で、彼は呆気に取られていた。ミミカは腕一杯のチラシをつい、くしゃりと押し潰す。
「え、知り合い? ひょっして、中学同じだったとか……?」
眉根を寄せて困惑する彼の記憶に、残っていないのも無理からぬ話だ。たった一日にも満たないやり取りを後生大事に、一方的に抱えたまま、あの日を繋ぎ直す術をミミカは知らない。花が手折れるように首は折れて、緩やかな諦めが足元を這い上がる。
俯いた途端、バチンと盛大な柏手の音が辺りに響いた。神社でもあるまいに遠慮なく打ち鳴らされた場違いな音色は他の誰でもなくユウタの手によるもので、彼はビラを脇に締め衆目も無視してミミカに頭を下げていた。
「ごめんなさい! 俺、先月から記憶喪失ってのになっちゃって。覚えてないんだよね、昔のこと……」
「きおくそうしつ……」
作り話めいた言い訳をオウム返しに呟く。どうしても目の前で手を合わせている女装男子と、物語の主役じみた設定が結び付かない。信じられる材料は、滝行に打たれたかのように瞼を瞑り、真剣な顔付きで謝罪の意を示す彼の態度だけ。
ただ憶えていないと、手短にそう伝えるだけで丸く収まることなのに、心許ない信憑性は彼の愚直なまでの真っ直ぐさに裏打ちされていた。
「だから、気を悪くさせたらごめん……。信じてとは言い難いんだけど。俺とは、どういう関係だったの? あ、その前に。君の名前は?」
流されるがまま会話は進む。離れた時間を埋め直す作業が心の準備もなく舞い込んで、返事に詰まった。
「……美咲山、ミミカです」
「ごめん。思い出せない……」
心底申し訳なさそうに彼は言う。ある意味では押し掛けて来た側よりも残念がっているが、分かり易い喜怒哀楽のおかげでミミカの落胆も緩和されていた。夢見た展開とは違ったけれど、彼とまた言葉を重ねられる高揚感に、口数も増えていく。
「……いいんです。大したことじゃないんで。昔、偶々助けて貰っただけっていうか。……あの、怖くないんですか? 記憶がないのって?」
尋ねておきながらも内心は未だ半信半疑、彼の話を鵜呑みにするならおおよそ普通の学校生活は送れない。現在進行形で祭りに参加して女装で歩き回るのも、並大抵の精神では務まらないだろう。少なくとも、ミミカには無理だ。
「最初は不安もあったけど、今は友達がいるし。やらなくちゃいけないこともあるしね」
ユウタの答えに、迷いはなかった。
晴々とした顔で彼は反対側の校舎を見遣る。渡り廊下で繋がったツツジ台高校の風景は、相変わらずの客入りで上も下も人の頭が蠢いている。そんな景色を眺めて彼が何を思うのか、どうしても知りたくなった。
「やらなくちゃいけないこと、ですか?」
人と関わる事から逃げて来たミミカに、その決意は眩し過ぎた。仮に全てが事実なら、あらゆる難事を前に、彼は記憶喪失を盾にする事だって出来た筈なのに。
女装がやけに板に付いた少年の視線が舞い戻る。見た目の与える印象よりも凛とした顔付きで、彼は自らに科したルールを述べた。
「うん。俺にしか出来ない。俺のやるべきこと。今はこれだけど」
言い終えると同時に表情を和らげて、チラシをひらひらと泳がせる。ほんの一瞬、戦いに身を投じる兵士のような緊張感を走らせて、最後に笑いを取ったのは生来の天然が成せる業だろうか。
「……学校、好きなんですね」
「そうかな? そうかも」
照れ臭そうな笑顔を前に、胸を込み上げる羨望と憧憬。自分にはどうしても叶わなかった。一体どうしたら、あなたみたいになれるだろうかと、安っぽい問い掛けはしたくない。自分が水槽だと感じていた学校も、彼には海の様に美しく見えているのだろうと思うと、少し妬けた。
「出来たら美咲山さんにも、楽しんで行って欲しい」
曇りなく光の方へ誘う眼から顔を背け、ミミカはこくりと頷き返す。蝋の翼は太陽に耐えられないと、神話の時代から決まっている約束事を、染み染みと噛み締める。
そこから先のことは、あまりよく覚えていない。
ユウタが友人らしき長身の男子にヘルプで呼ばれてからは、それなりに学園祭を見て回ったものの、どれも記憶は朧気だ。
疲労感を手土産に家に着いて、これ以上何もしたくないのに、言い様のない焦燥感だけがあった。
大量に持ち運ぶ事になったチラシに紛れて、たった一つだけ自分で選んだ学校案内パンフレットだけが、燦然と輝いて見えた。
中学を卒業したら、所謂高校デビューというものに挑戦してみようと決めていた。ツツジ台高校の校則は原則としてバイトが禁止されている事以外は緩く、生徒達の服装も節度の範囲で自由気ままだ。
自分を変える為、形から入るには打って付けのタイミング。後戻りできないように、まず髪色を明るく染めてみた。気構えだけはあっても何しろ手本がなかったので、あのカラオケですれ違った少女を意識して、少々派手目なピンクに。
今でも彼女が、ミミカの短い人生で出会ってきた中で、一番綺麗な少女であったように思う。明らかな殺意を以て睨まれたのに、可憐な見た目が判断を鈍らせるのか、魔法にかけれられたように未だ嫌いになれずにいた。
直に目にしたモデル顔負けのプロポーションには流石に届かないけれど、真似事で買ってみたパーカーも存外気に入っている。後は何が出来るだろうかと考えあぐね、ノンホールのピアスについておっかなびっくり調べてみた。羽目を外し過ぎな気もしたけれど、可愛い顔をして果敢なユウタに並ぶには、これくらいの思い切りは必要だと自分に言い聞かせた。危うく家族会議になりかけた。若気の至りだった。
試行錯誤と手間暇を重ねただけあって、鏡に映る自分は別人のように変わったけれど、臆病で弱虫な内面は何も変わっていない。
それでも虚無一色の中学生活と比べると、自分で立てた目標に沿って努力する限られた時間の充足は計り知れず、その日を今か今かと待ち侘びた。
来たる2019年の春。御守りの真珠をパーカーのポケットに忍ばせて、ミミカはツツジ台高校の校門を潜った。
舞う桜の花弁以外、誰もミミカには寄り付かなかった。髪色が警告色になったのか、中学とは別の意味で早くも浮き始めていた。担任の野崎先生だけが、やたらと親身になってくれた。
そして探し求めていた赤髪も、校内ではやはり異彩を放っていた。ミミカが彼を見つける事は容易かったけれど、彼の視界にミミカが入る事はなかった。
学年が違うから。イメチェンしたから。原因は幾らでも挙げられたけど、どれも正確ではない。
前年の1-E、つまりは男女逆転喫茶をやり遂げたユウタのクラスを担任していたという野崎先生に、彼の人となりについて尋ねてみた事がある。孤立しているミミカを見かねてか、世間話の体で先生は快く教えてくれた。
二度目の記憶喪失だと、やはりフィクションのような背景は彼に付き物で、『響裕太』という正しい姓名も、ミミカはこの日始めて知る事が出来た。
記憶を失くして学力が疎かになっても、めげずに頑張っている男子だと、誇らしそうに野崎先生は話してくれた。ミミカの知っている、憧れた男の子のイメージそのものだった。
あなたのおかけで、前を向いて学校に来れたと、思いの丈を綴った行く宛のない手紙だけが、リュックの底深くにまだ眠っている。諦めがつかないのは、彼に対する想いの重さじゃなくて、懸けてきた時間を手放せないから。分かち難い気持ちの落とし所を探しているのは自分の問題で、思い出という唯一の接点を再び失ったミミカには、裕太の隣は近いようで遠い。
放課後の渡り廊下で柵にもたれながら、ミミカは帰途に就く裕太と友人の背中を見下ろしている。
学園祭当日も見かけた長身の男子は、前と変わらず裕太の側を歩いていた。
同性なら、何も考えずに自分も側にいられただろうか。そんな益体もない思考だけが、懇々と堰を切ったように湧き出す。長過ぎた片思いがただの執着になる前に、決着をつけたかった。
校門を越えかけた裕太の足が、長身の男子に肩を叩かれて立ち止まる。振り返った裕太から離れた後方で、リュックを背負った長髪の女子高生が歩いて来る。彼女を見つけた瞬間、裕太は尻尾を振る犬のように大きく手を振り出した。豆粒とはいかなくても、渡り廊下から見下ろす彼や彼女はミミカの目からは小さくて、なのにはち切れそうな笑顔まで手に取るようにわかった。
ずっと追い続けてきたからこそ、後ろ姿しか知らないその少女が裕太にとっての『特別』だと、そんな簡単な可能性すら見落としていた自分の迂闊さをミミカは呪う。
疼く胸の痛みに呼応するように、ポケットの中に眠る歪んだ真珠が、誰に知られる事なく胎動を繰り返している。