グリッドマン リバース -Lost Letter-   作:od-

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Collision:2『片≒鱗』(1/2)

 

 二人きりの図書準備室に、探り合う沈黙が立ち込めて幾ばくか。『どうぞおかけになって下さい』と促されるまま会議テーブルに着席し、裕太は推定下級生女子と対面している。

 

 裕太の来訪を機に窓は閉め切られ、換気後の室温に段々肌が馴染んでいく。それだけの時間が過ぎるまで裕太は、言い知れぬ期待を寄せる紫苑の瞳に見つめられていた。

 

 テーブルの下で忙しなく脚を揺らし、両の頬杖を突いて少女は微笑みを絶やさずにいる。何がそこまで楽しいのか、名前も知らない彼女に聞きたい事は山程あった。

 

 「……確認だけど、君があの手紙書いた人、なんだよね?」

 

 切り出せば少女の肩とピンク髪のツインテールが最小限に跳ねた。間を置かずパイプ椅子が軋みを上げたのは彼女が椅子ごと身を寄せたからで、その食い付き方といったら尋常ではない。

 

 「はい! 私、美咲山ミミカっていいます。昨日のチョコ、もう食べてくれましたか? 響先輩?」

 

 漸く名乗った彼女──ミミカの眼は爛々と輝いていて、今度はこちらの椅子が軋む番だった。だがここで押し切られるくらいなら、裕太はそもそもここに来ていない。受け取ったチョコは響家の冷蔵庫に眠ったままであり、好意を無碍にする心苦しさもありはすれど、初めてのバレンタインデーは本来予約済みなのだ。心を鬼にして、裕太は本題に斬りかかる。

 

 「それは一身上の都合でまだ……。その! 気持ちは嬉しいけど、俺、付き合ってる人いるからっ。その人より先に食べるわけには、いかないっていうか……」

 

 覚悟は決めていた筈なのに歯切れの悪さが付き纏う。元々遠回りには慣れていないが、突っぱねる事も得意とはしていない。

 尻窄みの拒絶が室内に霧散するまま、意味を測りかねたようにきょとんとしているミミカの反応にいたたまれなくなり、裕太は机に視線を落とした。

 このまま真綿に首を絞められるように、相手が察してくれるのを待つのは残酷に思えて、裕太が再び唇を開きかけると、

 

 「響先輩、何か勘違いしてますよ?」

 「……というと?」

 

 ミミカはあっけらかんとした顔で小首を傾げ、訝しむ裕太の前でブレザーの袖口に口元を隠す。

 

 「……告白、されるつもりだったんですか?」

 

 悪戯っぽい流し目と囁きに釘刺された。

 二人きり。密室。バレンタインデー翌日。

 何も起きないはずがなくと早合点したのは裕太だけであり、顔面が茹で上がるのを感じた。

 

 「…………違うの?」

 「けど、当たらずとも遠からずです」

 「ごめん。わかるように言ってくれる……?」

 

 思わせぶりな下級生は尚も裕太を手玉に取り続け、小気味良い微笑を絶やさない。裕太の知り得る限りだと、調子に乗った南夢芽に一番近い人種だった。つまるところ、蓬というクッション抜きに関わってはいけない。

 いざしかし、季節外れの飛んで火に入る夏の虫に逃げ場はない。美咲山ミミカは主導権を手放さず、両手をテーブルに叩きつけ身を乗り出した。

 

 「私! ファンなんです!」

 「だから! 一体何の話⁉︎」

 

 彼女が乗り出した分だけ身を退け反らせ、裕太は叫ぶようにそう返した。勢い任せにミミカは(はらわた)をぶち撒けた。

 

 「〝グリッドマンユニバース〟の‼︎」

 「……へ?」

 

 裕太が酷く間抜けな声を上げたのは、彼女の唱えた一字一句が、矢のように過ぎ去った限りある季節を呼び起こしたからで、初めて顔を突き合わせた下級生との接点がここで初めて浮き彫りとなった。

 今にもテーブルを飛び越しそうな程前のめりになったミミカを見つめ返す。なされるがままの先輩を見下ろして、彼女は照れ臭そうに笑顔を傾けた。

 

 

 ◆

 

 

 「男ってなんっで毎回ああなんですかね……。何も言ってこない事を何もないみたいに勘違いして。私、あの後ずっと待ってたんですよ。すぐ電話切って蓬が追いかけてくれたら、まぁ、考えてあげよっかなって。私もバレンタインデーに目くじら立てるの、良い加減嫌だし。でも! でもですよ⁉︎ 蓬ってばあの後、私差し置いてユゥッタさんとずっと駄弁ってましたからね⁉︎ 真冬の外に彼女放り出してですよ⁉︎ どう思いますか六花さん⁉︎」

 「んぅ……、取り敢えず、当たり前のようにいるのね夢芽ちゃん……」

 「今日はうちの奢りだから。飲んで全部吐き出しなっ」

 「ありがとうございます! ママさん!」

 「声でっか……」

 

 六花の母、宝多織江が営む今日のジャンクショップ『絢』には、閑古鳥の代わりに逆毛の立った野良猫の慟哭が響き渡っていた。リサイクルショップとカフェを兼任するこの店のカウンター席で、夢芽がドリンク片手に居座って暫く。半日授業が終わり六花が帰宅した時点では、既に野良猫は居着いていた。

 互いに学生らしく指定のブレザーを重ねた格好だが、荒れている夢芽が実際に学校帰りなのかはあえて尋ねないでおく。

 

 「じゃ、後宜しくね〜」

 

 娘の帰着を認めるや否や店主は店の奥に引っ込んだ。触らぬ神に祟りなし。捨てる神あれば拾う神あり。夢芽へのおもてなしが六花に一任された瞬間である。友人同士でしか出来ない会話もあるので、経営観念はがさつだが時々妙に勘のいい母の心遣いは素直に有り難かった。

 

 「内海君から聞いたけど、蓬君は怪獣ゆうせぇ……しそぉ? の話、裕太に教えてただけなんでしょ? 回り回って皆を守る為なんだから、夢芽ちゃんを蔑ろにした訳じゃないと思うよ」

 「それを私がどう感じるかは別じゃないですか。……シズム君達がまた蘇ったなら、確かに心配だけど。六花さんだって、裕太さんがどこぞの馬の骨からチョコ貰った時、冷静じゃいられなかったですよね?」

 

 隣同士の席を詰め、夢芽がぐっと顔を寄せてくる。栗色のセミロングが舞い上がり、爬虫類の如き緑の瞳が六花を射抜く。夢芽と面識を持って早や半年以上の時が流れたが、彼女の手綱を取る蓬を抜きに、この距離感を維持出来ている現状は六花にとってこそばゆくもあった。共に恋人に不満を持つ者同士、割れた風船のようにガス抜き中の夢芽同様、六花の口も軽くなっていく。

 

 「そこ聞き込み済みかぁ。まぁ、大人気なかったかなーとは思うけど……」

 「うぇっへ。六花さんってけっこぉ……?」

 「夢芽ちゃんには言われたくないかなぁ……?」

 

 調子の昇りは青天井。初対面こそ澄まし顔の印象があったが、南夢芽という女子は知れば知る程に振り回れされる。

 恋バナ中の夢芽は水を得た魚であり、六花や裕太を弄る時に限りそれが顕著だ。中々どうして手に余るが、彼女との下らないやり取りの後に結局は面倒な胸中を自覚する事もままあって、自分を棚に上げて小悪魔と化した夢芽に突つかれたのは、図星という名のまだ見ぬ星々。何のことはない。六花が夢芽の本性を知らなかったように、六花も自分を知らずにいた。

 

 昨晩、彼氏の下駄箱に差出人不明のチョコが入っていただけで、頭の奥が芯から冷えた。『冷静ならそれはもう恋愛じゃない』とは夢芽の持ち台詞だが、この頃はその意味を実感するばかりだ。好奇心は猫をも殺すと言い伝えられる通り裕太を詮索しない態度を取ってはいるが、そうした対応も〝待ち〟の範疇であり六花自身正解を見出せずにいる。そして、内から漏れるもどかしさは夢芽の格好の餌食でもある。

 

 「……ところで、裕太さんが見当たらないですけど、六花さんこそ悠長に構えてていいんですか?」

 「……というと?」

 

 意図を掴みかねる夢芽の言動。彼女は急にブレザーを弄り始め、ポケットから探し当てた小振りな何かを六花の鼻先に突き付けた。

 

 「裕太さんは今! 泥棒猫と! 乳繰り合ってるかもしれないんですよ⁉︎」

 

 対泥棒猫用決戦兵器、猫じゃらしに眼前をくすぐられ、夢芽の剣幕に気圧される六花。

 

 「……それ、いつも持ち歩いてるの?」

 

 降りかかる火の粉は払うには、あまりに心許ないとは、正直に言えなかった。

 

 

 

 「ボロクソ言われてんなぁ……」

 

 

 

 ヒートアップする女子トークを遠巻きにして、麻中蓬は店の隅で独りごちる。

 ネイビーブルーのタートルネックの上から水色のパーカーを着込み、フードを被って申し訳程度のマスクに顔を隠す事で、奇跡的にリサイクル品を物色する一般客を装えていた。

 マスクを除けば夢芽には見慣れた格好の筈だが、幸いにして尽きない愚痴のおかげで関心がこちらに向くこともない。複雑な心境のまま、謝る機会を逃したツケは続く。

 この先もっと痛い目に遭うであろう裕太の事が、ただただ不憫でならなかった。

 

 

 ◆

 

 

 「劇の終盤、多勢に無勢に囲まれたその時! 空からダイナレックスさんが降ってくるじゃないですか‼︎ 私、あのシーン大好きです‼︎」

 「そこね。あそこも名場面なのは勿論だけど、俺としてはもうちょい遡って、主人公がグリッドマンを助ける所も捨て難いんだよね」

 「わかります。熱いし、後ろめたそうなグリッドマンさんもちょっと可愛かったです」

 「それ本人気にするからやめたげてね……?」

 

 現在進行形でこき下ろされているとは露知らず、ツツジ台高校図書準備室で裕太は極めて偏った議論に白熱していた。世界初を超え宇宙初と言い切っても過言ではない『グリッドマンユニバース』なる演劇の感想をここまで語り合ったのは、言うまでもなく初めての事だった。

 

 聞けば土日を跨ぐ学園祭の、文字通り全ての回を観覧したらしいミミカの記憶力は凄まじく、劇の台本から関わっている裕太をして舌を巻く熱量があった。時に首が折れる程頷き合い、時に眦に涙を溜め、頭の中の宇宙を共有する一時。これがファンの触れ合いだと裕太の脳内でイマジナリー内海が咽び泣いている。

 長きに渡る特撮ファンの座を欲しいままにしながら孤独に耐えていた親友の気持ちが、今なら痛い程によくわかった。

 

 「でも別に、ラスト一分で覆らなかったですよね?」

 「ああいう謳い文句付けないと、人入らないんだって。もっとたくさんに見て欲しかったけど、美咲山さんみたいな人に届いたなら効果あったかも。……それで、盛り上がってるところ悪いんだけど、なんで俺なの?」

 

 夢のように心地良い空間だからこそ、裕太はあえて切り込んだ。ミミカは落差にきょとんとしている。畳み掛けるには充分な間が空いた。

 

 「美咲山さんと、こういう話が出来るのは楽しいけど……いまいちこの話と手紙が結び付かなくて。演劇の話をするだけなら、俺より主役の内海や、台本書いた六花の方が」

 

 同好の士として入れ込んでしまうからこそ、裕太は人選ミスを痛感していた。まるで関係者のような顔で語り合っているが、そもそもあのクラス演劇は六花や内海の属する2-Fの出し物であり、裕太が関わったのは下読み程度だ。

 主観的にも客観的にも立ち上げから内部に常駐していたとはいえ、立ち位置としては傍観者に近い。ミミカが話し相手に飢えていたのだとして、予め手紙で目的を明確にしていたら、六花や内海を交えてより有意義な場を設ける事も出来たのだ。ミミカが真意を伏せた理由だけが、一向に読めなかった。

 彼女は首を横に振り、用意していた答えを述べるように口を開く。

 

 「いいえ。響先輩じゃなきゃ駄目なんです。だって響先輩、あの会場で一番笑ってたじゃないですか」

 

 涼やかな笑顔を添えて、思い出し笑いをするように口許を手に隠す。言われて腹が捩れる程馬鹿笑いしていたかつての自分が脳裏を過り、裕太の耳はまた熱を持つ。

 ミミカは揃えた膝の上に手を置いて、これまでよりも落ち着いた声音で胸の内を語り出した。

 

 「一番演劇を楽しんでた響先輩だから、話してみたくって。手紙やバレンタインは、きっかけに丁度良かったからです。……駄目、でした?」

 

 先刻とは打って変わり、笑みと余裕の絶えなかった少女の眉尻が、ここに来て初めて垂れ下がっている。まだ裕太には、建前と本音の見分けがついていない。彼女が裕太という上級生を悪しからず思ってくれているのだとしても、上手く応えられなかった。

 ミミカから目を逸らすように俯き、裕太は机の上で拳を握り込む。

 

 「……始めにも言ったけど、俺、付き合ってる人がいるんだよね。だからその人に、誤解させるような真似は、したくないんだ」

 

 円満に終わった学園祭を機に六花と付き合って、年を越して今日まで、めくるめく日々が過ぎた。

 友達では収まらない関係は裕太の中に譲れない優先順位を築き、昨夜夢芽に釘刺された通り、こうしている間も心のどこかに後ろめたさがある。違う出会い方なら、ミミカと親しくなることもあっただろう。

 それでも自分は、当の昔に選んだのだと、改めてミミカに視線を返す。彼女の眉は相変わらず、不安と戦っていた。

 

 「……友達でも?」

 「うん。……友達でも」

 「……そうですか」

 

 彼女はそれ以上追求しなかった。友達である以前に男女で、好意の正体を明らかにする前に可能性を摘んだのは裕太だ。痛みを覚える資格は自分にない。ここから紡ぐ言葉は慰めにしかならないとわかっていても、落ち込んだミミカにもう一度声を掛ける。

 

 「……代わりって言ったら変だけど、美咲山さんがあの演劇を好きでいてくれた事は、ちゃんと伝わったから。今度渡すよ。グリッドマンユニバースになる前の、ボツになった台本」

 

 突き放した形になっても、繋いだ縁まで嘘にはしたくなくて、裕太は提案を新たに場を仕切り直す。

 

 「いいんですか?」

 

 罪悪感から来る幻でなければ、精彩を欠いていたミミカの瞳が、光を取り戻したように見えた。

 『グリッドマンユニバース』は実際の本稿に至るまで二度の改稿を重ねて日の目を見た。その前の台本は処分される寸前に裕太が引き取った形となり、今も響家に眠ったままだ。

 いざこざもあり完璧な保存状態とは言えないが、紙の折れ目に至るまで短い歴史が詰まっている。裕太には既知だがミミカには未知。同じ熱に浮かされた仲間を前にそれを独り占めするのは、あまりに勿体なかった。

 

 「うん。今は俺より、君のとこにあった方がいいと思うから」

 「ありがとうございます。……やっぱり、優しいんですね。響先輩は」

 

 偽らざる裕太の本心を受けて、ミミカは感じ入るように目を伏せた。消え入る声をなかったことにするには図書準備室はあまりに狭く、裕太は反射的に訊き返す。

 

 「やっぱり、って?」

 

 まるで、以前から自分を知っているかのような口振りが気になった。

 問いをはぐらかすように、ミミカは首元の白いヘッドホンを両の手で持ち上げ、イヤパットを合わせるようにして口元を覆う。

 

 「乙女の秘密です」

 

 目は口ほどに物を言うと、言い残したのは誰だろう。

 細められた紫の瞳はまだ、裕太を捉えて離さない。

 

 

 ◆

 

 

 土曜授業から解き放たれた生徒達が思い思いに帰路に就く昼下がり、ツツジ台高校に程近いコンビニまでショートカットする道中に、緑に囲まれた昔ながらの公園がある。

 買い食いを始めとする生徒達の散財に専ら打って付けのそのルートは、半日授業で空いた小腹を埋めるのにも重宝されていた。

 

 赤髪とピンク髪の少年少女もその例に漏れる事なく、ブランコを脇目に公園を突っ切っていく。

 そんな二人の背中を木陰から見つめる、強面の男が呟く。

 

 「んだぁ? あの女……」

 

 そう言って、右手に握るプロテインバーをひと齧り。真冬にも関わらず袖を捲り上げた黒いスーツに、ショッキングピンクの髪色とお揃いのサングラス。極め付けには左頬に刻まれた物騒な傷跡が、その人物が尋常ならざる世界の住人だと知らしめていた。

 張り込み紛いを実践する男は今日、一度となくツツジ台高校正門前から追い返され、ここに行き着いていた。

 

 プロテインバーの食べカスが足元に落ち、どこからか小鳥が啄みに来てもその怪しさが損なわれる事はない。男の目線はサングラス越しにピンク髪の少女を捕捉し続け、公園に出る直前までそれは行われた。

 

 突然振り返った少女と目が合わなければ、男が監視を止める事はなかっただろう。

 

 その瞳は、妖しく真紅に輝いていた。

 

 咄嗟に身を隠した男に驚いて、小鳥達が一斉に飛び立った。

 ついで、少女に連れ添う少年の方から、警鐘のような電子音が鳴り響いた。間違い電話のように、ほんの一瞬。木陰に隠れた傷の男は、耳を澄ませて出方を窺っている。

 

 「ごめん。急にびっくりさせたよね。怪獣じゃ、ないよな……」

 「いえ全然。音も鳴るんですね、そのアクセ」

 「アクセじゃなくて、プライマルアクセ……」

 

 二人の声が遠ざかって行く。少年は何らかの不穏を察知していたが、少女が意図的に煙に巻いたようにも聞こえた。

 

 「きな臭くなってきやがったな……」

 

 公園で最も怪しい男はもう一度プロテインバーを齧る。食べながら「……っぱカニカマのがウメェな……」と呟いて、男の視線はコンビニの方角に向かった。鳴り響く腹の音色にまた、小鳥が一羽旅立った。

 

 ◆

 

 「ガウマさん?」

 

 マナーモードにしていた携帯が震え出し、画面に表示された名を認め蓬は目を見開く。リサイクルショップ店内で一声も漏らすまいとの誓いは破れ、いそいそと店を出る。

 

 「今のバイブ音……」

 「夢芽ちゃん?」

 

 カウンター席から非常に恐ろしい声が聴こえたが、携帯から出力された懐かしい音声に気掛かりは上書きされた。

 

 《久し振りだな……蓬ぃ……》

 「お久し、ぶりです。……え、元気なくないですか? ガウマさん? 初めて会った時並みに死にかけてません?」

 《悪りぃな……。怪獣食事制限キツいんだよ……》

 「食事、ナイトさん達に合わせてるんですか? 律儀なとこありますよね。ガウマさん」

 

 電波の向こうに居る彼は様々な意味で蓬にとっての恩人であり、一時は安否すら危ぶまれる立場にあった。再会に溜めた目尻の熱さを覚えているのに、現実として今日も彼は生き生きと飢えている。

 だからと言って、あの頃の不安ごとちゃぶ台を返されたなどとは思わない。今も彼が息を繋いでいると実感する時、蓬の内には言い表せない安堵が込み上げるのだ。ちょっとやそっとでは尽きない信頼が、ガウマという人には積み上げられていた。

 

 「蓬?」

 

 携帯を当てていたのとは真反対の左耳に、聞き慣れた声が届いた。店の出入り口脇に立つ蓬を見つけて、夢芽が口端を微かに吊り上げている。

 蓬は慌ててマスクを引き上げ、一か八か他人の振りを決め込んだ。

 

 「……人違いです」

 「嘘下手っ。何? 追っかけて来たの? 変装して、ひっそり2代目さんの船乗り込んで? 立派なストーカーじゃん」

 「普通に喜んでんじゃん……」

 

 ハイテンションに顔を覗き込んでくる恋人の奇行が蓬の緊張を和らげる。当てずっぽうの推測が殆ど的中しているのも、白旗をあげる一助となった。丸一日も経っていないのに帰ってきた賑やかさは、欠けたピースが埋まったような安心感をもたらしてくれる。

 

 《ん? 夢芽もいんのか。相変わらずだな》

 「はい。お陰様で。それで、ガウマさん。訊きたい事って、シズム君達の事ですか?」

 

 スマートフォンを左手に持ち直し、夢芽と耳を寄せ合って音声を拾う。スピーカーにしても良かったのだが、ガウマのボリュームはいつ上がるか読めないのでそのままに。

 

 怪獣優生思想。

 

 ガウマや蓬や夢芽の人生の、ある限られた時間において切っても切り離せない彼らの存在が、過去から現在を動かしている。

 シズムらしき人物と接触したという裕太の報告を受けて、ガウマに連絡したのは蓬だ。当事者として、帯をひき締める思いだった。

 

 《本命はそっちだけどな。マジなら往生際が悪いぜ、ったく。念の為裕太の護衛に付いてんだが……どうも知らない女子と歩いててな。お前ら、心当たりあるか?》

 「「それしかないです」」

 

 昨夜の喧嘩も忘れ、蓬と夢芽は心を重ねた。

 怪獣優生思想なんのその。

 怪獣よりも生々しい危機が、すぐそこに迫っていた。

 

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