グリッドマン リバース -Lost Letter-   作:od-

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 流星の如く大気を切り裂き、携えた翼とブースターに押し上げられた推進力を鉤爪形の右脚に乗せ、ダイナソルジャー・ウイングコンバインは地上のガギュラに全身全霊のキックを見舞った。最高速度で打ち下ろしたにも関わらず、ガギュラは剥き出しの野生と本能で反応し、鎧の様な外骨格に覆われた剛腕を以ってそれを受け止めた。刹那、お互いを認識した両者の視線が交錯し、薙ぎ払うガギュラの力を利用するように弾かれて、蓬と夢芽は街の上空で体勢を立て直した。

 

 〈俺達も手を貸します! ナイトさん!〉

 〈ああ! 共にこの世界を守るぞ!〉

 

 蓬はガギュラを正面に見据えながら参戦の意を表明する。敵対怪獣を中央に、ナイトやゼッガーを含む味方陣営は三つ巴の包囲を形成していた。敵が誰を相手取ろうとすかさずフォローに入れる間合い。有効打は少ないが機動力に優れたウイングコンバインにおいては、正に打ってつけの戦場だった。

 

 「よし! 三体一だ!」

 「うん! これなら!」

 

 時を同じくして、内海の現着したジャンクシップ店内にも歓喜の声が広がった。ジャンクの前に座する六花は、バトンのように繋がっていく希望に信じる想いを漲らせる。

 

 ガギュラに後手を強いる最中、街の片隅で戦いを見守る二人に応えるように、ゼッガーが動き出す。この戦闘における自縄自縛怪獣の専売特許、不可視の衝撃波がガギュラの背中を撃ち抜いた。背負った灰色のアンテナ器官に亀裂が入る。くぐもった悲鳴を上げて仰け反ったガギュラのダメージを見て、グリッドナイトが即座に指示を飛ばした。

 

 〈ここで畳み掛けるぞ! 麻中蓬!〉

 〈はい! ナイトさん!〉

 

 ダイナウイングに運ばれナイトの頭上に静止すると、パージされたダイナソルジャーは落下しながら更なる変形を遂げた。二足歩行の竜人から目標を滅却する火砲へと。竜の大口を正面に固定し、自らの肩を砲台としたグリッドナイトの自重が、アスファルトの大地に深く沈み込む。

 

 〈〈ダイナミックキャノン‼︎〉〉

 

 これがダイナソルジャー単体における最大火力。グリッドナイトに適応したこの形態で怪獣を前にする時、蓬は無垢な命を摘み取った過去を思い出す。自分は今、同じ銃口をかつてのクラスメイトに向けている。

 

 ここが、生死の境目だからだろうか。最後までわかり合えなかった少年が望んだ怪獣の姿は、ダイナミックキャノン内部を通してより痛々しく映った。

 何者にも染まることのない、シズムが至上とする自由を色にしたような、ガギュラの白い肉体は、今や黒い斑点に蝕まれている。腐食する遺体を無理矢理墓から起こしたような忌避感を掻き立てる、死からも見放された彼を前に、蓬はやり切れない思いだった。

 

 〈シズム君……ッ〉

 

 言葉を交わす機会は当に通り過ぎた。後はもう指先一つ、コントローラーのスイッチを押し込むだけで全てが片付く。逡巡も躊躇も今はいらない。戦う事に慣れていく事が見て見ぬふりになってしまわないように、これは蓬自身のエゴに過ぎない。迷いを断ち切り、蓬はグリッドナイトと共に声を張り上げた。

 

 

 

 〈〈ダイナミック・ファイヤーーー‼︎〉〉

 

 

 

 「勝負あったな」

 「……はい」

 

 夕陽に彩られた都市に奔る火炎を、ボラーは王手と見て取った。

 

 地上の趨勢に囚われることなく、ジュウガは空の果てを見上げていた。

 

 茜色に染まった鱗雲が広がる頭上にて、怪獣使いの一人が察知したのはある種の気配。雨に匂いがあるように。嵐の前の静けさのように。天変地異の前触れは既に起きていた。

 

 空に一点の星が瞬いて、落雷の如く一条の光が地に落ちた。予見していたジュウガにさえ肉眼で捉える事は叶わず、飛来したそれはガギュラを紅蓮の炎から守るように粉塵を撒き上げて降着した。噴火と見紛う煙が立ち上り、ぶつかる拍子に枝分かれした火炎が霧散する。

 

 ツツジ台を揺るがした紫電の稲光は天上の鱗雲に風穴を空け、晴れ間を覗かせた夕焼けはただ茫漠と広がっている。

 

 予想だにしない第三者の到来に、新世紀中学生達の顔付きが変わった。ある程度この展開を見越していた怪獣使い達に驚きはない。ただ淡々と、ジュウガは事務的なまでに変革を告げる。

 

 「この勝負、俺達の勝ちです」

 

 ◆

 

 戦闘の行く末に、六花と内海は爆炎に飲まれる怪獣を目撃した。少なくとも、ジャンク越しにはそう見えた。決着を確信して腕を振り上げた内海程ではないにせよ、六花も肩の荷が下りる思いだった。

 

 だが、黒煙が晴れた途端、希望は容易く塗り潰された。

 

 ガギュラの前に陣取り、爆炎の中に佇む戦士の後ろ姿がそこにはあった。それは絶望の淵から何度も六花達を掬い上げた鎧の戦士、他でもないグリッドマンの背中だった。

 

 「何、あれ……」

 「グリッドマンが、怪獣を庇った……?」

 「そんな筈、だって、今のグリッドマンは……」

 

 六花は二の句を継げずにいる。内海もこの光景を許容出来ていない。状況は言うに及ばず、〝Universe Fighter〟と分類されるグリッドマンの最強形態から、その印象は著しく離れている。姿形こそ同じだが、カラーリングが異なるのだ。青い四肢を特徴とするUniverse Fighterはその腕や脚部を毒々しい紫に染め上げていた。

 

 様々な形態に変化するグリッドマンだが、彼の戦いを身近に見守っている六花達をして、初めて目にするその姿は、どうしてか六花の脳裏に遠く離れた親友を呼び起こさせた。新条アカネがもう一度この世界に現れた際に披露した新たな装い。威風堂々とした彼女の戦装束と現在のグリッドマンが、否が応にも重なる。

 

 だがつい先刻、グリッドマンのコンディションが所謂不適合状態、特撮オタクの内海が名付ける所の〝Initial Fighter〟であった事を六花はこの目で確かめている。実体を持たないエネルギーとしてジャンクに宿るグリッドマンが現実世界に干渉する為には、アクセプター所有者の協力が不可欠。そうした手続きを抜きに、あのグリッドマンは顕現したのだ。

 整理のつかない頭の中は六花を懐疑的にさせるばかりだった。丁度その折、ジャンクの画面が切り替わり、青いグリッドマンが現れた。

 

 「グリッドマン……! 良かったここにいた……」

 「その姿……。ひょっとして、あのグリッドマンと、何か関係あるの?」

 

 画面内のグリッドマンは未だ音声を出力出来ず、ただ重々しく頷くだけに留めていた。

 

 事態が加速度的に急転する中、六花が説明を忘れていたせいもあって、内海がグリッドマンの状態を知るのはここが初めてだった。だが長年培った特撮の勘所が成せる業か、戸惑ってはいるものの理解が早い。主役の闇堕ちやコピーは創作物の定番と言って憚らない彼の主張も、あながち間違いではないのだろう。

 

 既にグリッドマンには、グリッドナイトという頼もしい騎士がいるというのに。あの紫のグリッドマンが、怪獣に与する謎の巨人が、六花には禍々しいモノに見えてならなかった。

 

 

 〈ナイトさん、これ、何がどうなってるんですかっ?〉

 〈なんでいきなり、グリッドマンさんが……〉

 

 

 火砲から人型に戻ったダイナソルジャーと、ホバリング中のダイナウイング内部で、蓬と夢芽は動揺を隠せずにいた。立ち上る黒煙に囲われながらも傷一つないガギュラも、紫電を纏って落下したグリッドマンの足元に広がる火の海も、最前線にいながら目の前にある全てが信じ難い。

 その衝撃は、グリッドナイトにしても同じ事。

 否。比べるべくもなく、追い続けて来た背中だからこそ、騎士の眼には紛い物にしか映らなかった。

 

 〈……貴様、グリッドマンではないな〉

 

 何の証拠もない。研ぎ澄まされた五感はあの巨人を限りなくグリッドマンに近い存在として承認している。であれば、経験に基づいたその判断を覆す第六感は、ともすればグリッドマンを倒す為に生まれたグリナイトの、アンチというカウンターとして息を吹き込まれた自分自身を否定する行為だった。ここで誤ってしまえば、己はグリッドマンの騎士を名乗れない。そんな誇りを天秤に乗せてまで、あえてグリッドナイトは切り込んだ。

 

 そして、紫電の超人は如何にも煩わしげな仕草で、肩越しにナイト達を睥睨した。

 怪獣の様に赤い瞳を煌めかせて。

 

 

 〈御明察。鋭いねぇ。流石はアンチ君だ〉

 

 

 生きとし生けるものを嘲笑う、底無しに低い声音に怖気が立つ。

 己の存在を賭けた問い掛けが無駄ではなかった事を、グリッドナイトは確信した。

 

 〈貴様……‼︎ アレクシス・ケリヴか……‼︎〉

 

 忸怩たる思いを胸にグリッドナイトは怒気を叩き付けた。グリッドマンを騙り街を焦土に変えた巨人の内部に潜む影は、かつて多くの人々を拐かし陥れた悪魔の亡霊だった。

 

 不死身の肉体を持つが故に退屈を持て余し、虚ろな心を満たす為に人間の心を弄ぶ。邪智暴虐の類であるアレクシスがグリッドマンユニバースの件で手を貸し、志半ばで灰となった事をナイトはよく覚えている。だが、物質的に滅んだからといって、彼の不死性までが消え去った訳ではない。息を吹き返せばまた彼は暗躍を繰り返す。新世紀中学生含め誰もが懸念していた事態が、ここで明るみになったのだ。

 

 〈その名は捨てたんだがねぇ。昔のよしみだ。好きに呼びたまえ〉

 

 アレクシス・ケリヴは生前通りの飄々とした態度を崩さない。あまつさえ肩をすくめてみせて、グリッドマンらしからぬ挙動に拍車をかけていた。その一挙一動がナイトには度し難い。かつてグリッドマンに向けていた憎悪とは一線を画す、生理的なまでの嫌悪がグリッドナイトの心奥には渦巻いていた。

 

 〈見破った君には、ご褒美をあげよう〉

 

 向けられた激情を更に逆撫で、紫電のグリッドマンはその赤い瞳を一筋の軌跡としてグリッドナイトの前から一瞬で消えた。50メートル台の圧倒的質量が高速で動き出せば、戦場である足元の建造物も無事では済まない。ある物は基礎から崩れ、またある物は屋根から吹き飛び、瞬間移動と見紛う速度で姿を眩ます。

 

 〈速い⁉︎〉

 

 ダイナソルジャーの操縦者であるという一点以外、肉体的には平凡な高校生に過ぎない蓬では、この戦いの初動からついていけない。360度を台風のように駆け巡り、多発する土砂と瓦礫に囲われたグリッドナイトが中腰に見えざる魔の手を待ち構える?

 その暴威に巻き込まれるゼッガーは、視界の外を把握出来ない着ぐるみのように元々丸い体でぐるぐる回り、遂には目を回してその場に倒れ込んでいた。その様子をガギュラだけがシュールに見つめていた。

 

 全神経を張り巡らせたグリッドナイトは、背後に迫り来る手刀をコンマの差で避け、締める脇の下で相手の左腕を固定した。串刺しにするつもりがあえなく空を切ったその結果を、特に残念がるでもなくアレクシスは言う。

 

 〈フム。躱すか。少しは成長したようだ〉

 〈俺が誰を追いかけて来たと思っている〉

 

 どこか誇らしげに騎士は戯言を切り捨てた。道化の悪趣味に付き合うつもりは毛頭ない。じりじりと金属質な身体同士が密着し、ナイトは捕縛の手を緩めない。このまま全力で放り投げて、ガギュラごと押し倒す算段で力を込める。

 

 だが、ナイトの不意を突く程のさりげなさで、紫電のグリッドマンは己が左手を騎士の喉元に這い上らせた。愛猫を掻き撫でるような指先がナイトの顎を押し上げ、遂にはその首を絞め上げる。

 

 〈グ……ッ!〉

 〈言うようになったじゃないか。では、これならどうかな?〉

 

 耳元で妖しげにそう囁くと、紫の手甲が輝きを帯びた。その光はグリッドマンの象徴たる能力、フィクサービームに酷似していた。だが、その効果はまるで趣を異にしている。

 

 怪獣によって壊れた街を修復する光に触れながら、ナイトの身体は一向に回復の兆しを見せない。傷らしき傷を負っていないこの戦いではまず無意味。だが、ナイトは意気軒昂でありながら依然として束縛を解けずにいた。

 抵抗する力が入らない。

 首を絞める手を伝って、流れる光が毒素のように体内を駆け巡る。それらはやがてナイトの内側から体表にまで変化を引き起こし、騎士のバイザーにヒビを入れた。

 

 〈フィクサー……ビームだと⁉︎ いや、これは……ッ‼︎ ダメージだけを、蘇らせているのか……‼︎〉

 

 己が身体を蝕み始めた、忘れ得ぬ痛み。怪獣と戦う度手負わされた悪意を、アレクシスはここに再現しようとしていた。グリッドマンユニバースでの激戦後にも近いダメージがナイトの全身を支配する。身体の隅々にかつて刻まれていた擦過傷を皮切りに、見る間に傷口が広がっていく。

 万物が逃れ得ぬ劣化、過去と現在の差異を強制的に引き起こす、フィクサービームとは似て非なる力。

 言うなれば──ディファレンサービーム。

 

 〈私とグリッドマンでは、修復の定義から違うようだ。開いた古傷にもがきながら、君はここでゆっくり見てるといい〉

 

 それは人の理から外れた、アレクシス・ケリヴだけが持ち得る見識。

 ツツジ台が、元は怪獣に創られた街であったように。あるべき怪獣の風景を消し去り人に都合良く書き換えるのが修正なら、刻まれて然るべきナイトの傷を〝元に〟戻す所業は訂正に値する。解釈の異なるフィクサービームの応用は、今のアレクシス・ケリヴの姿が張りぼてでないことを意味していた。

 それを、我が身を以て体験させられたグリッドナイトは、内外ボロボロになった身体を支え切れず膝から崩れ落ち、やがて前のめりに倒れ伏した。

 

 〈グ、ハァッ……!〉

 〈ナイトさん!〉

 

 ほぼゼロ距離で張り付いていた二体の巨人が漸く離れ、ダイナウイングが主翼に擁する二門の主砲、ペネトレーターガンが火を吹いた。ナイトに当たらないよう機を見て放った攻撃を避ける素振りもなく、紫電の巨人はその胸部に火柱を受け止めた。が、傷一つつけられない。胸の上の残煙を埃のように手で払い、巨人は這いつくばるナイトを避けて歩き出す。

 

 〈これで2対2だ。結果の見え透いた勝負程、退屈なものはないがね〉

 

 勿体つけるような一歩一歩で民家を踏み潰し、彼は蓬と夢芽の元を目指す。前後をアレクシスとガギュラに塞がれた、絶体絶命の窮地。

 巨人が足元のナイトを通過し、悠々と置き去りにしかけたその時、

 

 〈黙れ……! その姿で、穢れた言葉を喋るな……‼︎〉

 

 アレクシスであった者の足首を掴み、グリッドナイトは己の存在を誇示するように吠え立てた。今や路傍の石に等しくとも、臓腑を燃やし尽くす程の怒りがこの身体を突き動かす。

 仮に秩序の番人たるハイパーエージェントに十戒があるのならば、彼奴はその全てを破いている。

 元来怪獣による爪痕を癒す修復光線、グリッドマンを模した騎士であるナイトにさえ扱えないあの清浄な光を、グリッドマンを騙る者が使う事。そして命ある者なら怪獣でさえ慈悲を与える程の愚直なまでの正義を持つ彼が、人々の営みを踏み潰す筈がない。

 存在そのものが冒涜だった。

 騎士が誇りに打ち立て目指した光は──断じて貴様などではない。

 不倶戴天の敵に向ける眼差しに込められた憤怒を、どこまでも贋作者は一笑に付す。

 

 〈懲りずに生き急ぐか。なら、いつか来る終わりをここで君にあげよう。死に損ないのグリッドマンもどき君〉

 

 鬱陶しげにナイトの手を振り解き、紫電のグリッドマンはその脚を引き上げた。何の感慨もなく、ただ蟻を踏み潰すように。

 巨人から伸びる影が騎士を覆い尽くす。

 ぐしゃりと、ナイトの頭を踏み潰すその寸前で、二体の頭上に次元の穴が開いた。

 

 パサルート。それは山中暦が暮らしているフジヨキ台から遥か時空を越えて繋げられた通り道。救援に馳せ参じた彼らを乗せる常盤色の潜水艦、サウンドラスはゲートウェイを抜け眼下の状況を把握すると同時に全砲門を解放した。

 

 〈お待たせしました! ナイト君を! 離してください‼︎〉

 

 操縦者の2代目の声と共に拡散される一斉掃射。そのどれもが目標に着弾し、これ以上ない手応えがあった。だが戦果は、敵の関心を引き付ける程度のものだった。ナイトを潰しかけていた脚を元の立ち位置に直し、紫電のグリッドマンはサウンドラスを見上げていた。

 

 〈おやおや。手荒いお客様だ〉

 

 戦艦と巨人の視線を掻っ攫うように、巨大な翼を誇る黄金の飛竜が両者の間を飛び去った。サウンドラスに続いてパサルートを通り、この世界に舞い降りた怪獣、ビッグゴルドバーンは外敵の殲滅でなく別の目的で動いていた。

 

 「お願い! ゴルドバーン!」

 

 サウンドラス内部で暦と隣立ち、モニター越しの飛竜へとちせは呼び掛ける。

 その意思に呼応したビッグゴルドバーンは、壊れた街並みに向けて金色の光線を放射した。怪獣の口から生まれたその光は辺りの瓦礫や破片へと注がれ、パズルを組み直すようにそれらを本来の形に戻していく。

 

 倒壊したマンションが、根本から折れた電柱が、慣れ親しんだ住宅街として元通りに蘇る。それは極めてフィクサービームに近似した力だったが、厳密には異なる。光を照射した物体のサイズを可変し、大小差異ある物質同士を組み合わせるのがゴルドバーンの能力の本質だ。この力であらゆる境界の結び目を担える怪獣は、これまで何度もグリッドナイトやグリッドマン達の合体を手助けしてきた。

 

 そして砕かれたガラスが全て同じサイズの欠片にはならないように、破壊された大小異なる物さえも合体させる。ビッグゴルドバーンの光線は実質的な修復光線として作用していた。

 ジェネリック・フィクサービーム。本物のグリッドマンが不在の今、怪獣はその役目を一心に背負う。

 

 だが裏を返せば、それは攻撃手段の乏しさも示唆している。根本を断たない以上破壊の波は終わらない。ビッグゴルドバーンは復興作業にあたりながら旋回し、上空から紫電のグリッドマンの背中を取って投げ槍さながらに突撃した。

 雄々しくも美しい翼が風を切り、全幅99メートルの質量が迫ってもなお敵は振り返ることもせず、不可視のバリアを発生させて攻撃を拒絶していた。

 ビッグゴルドバーンの両翼に連なる、ドリルのように前を向いた尖端がじりじりと防御を削る。

 その光景をサウンドラス内部から見つめる暦は次元旅行早々、森羅万象に混乱していた。

 

 「なんで、グリッドマンと戦ってんの……?」

 「よく見て下さいセンパイ! 色も! 中身も! グリッドマンさんと全然違いますよ!」

 「グリッドマン大体いつも違うじゃん……」

 「ですが、レーダーはグリッドマンと同様の反応を示しています。一体何故、アレクシス・ケリヴの声が……」

 

 従兄妹喧嘩を脇にする2代目もまた情報収集に駆られていた。出力サイズや記録されたフィクサービームの粒子。数少ない手掛かりから得られるデータはあのグリッドマンを本物と断定している。だが現在のグリッドマンはナイトの情報によれば、原因不明のスペックダウンを強いられているそうだ。

 理屈を抜きに辻褄を合わせるのなら、何らかの手段を用いたアレクシス・ケリヴが、グリッドマンの力を奪ったと考えるのが妥当。その方法だけが、皆目見当も付かない。

 

 敵としても味方としても、アレクシス・ケリヴの腹の中を読めた試しなどないのだから。結論から間違っているとすれば、分析に当たる頭数が足りていない。それでも真相の究明が戦闘の補助になると信じ、2代目は脳を休ませない。

 その悩ましげな横顔を案じて、ちせは助け舟を出すように話し掛ける。

 

 「2代目さん。そのアレクシスって人、確か灰になった人ですよね」

 「はい。不死身の肉体を失い、生死も曖昧なままでしたが……」

 「身体がないって事は、実体がないってことですよね。それって」

 

 常識の外にある事象でありながら、流石はあのゴルドバーンの生みの親とでも言うべきか。ちせの直感や考え方には2代目にも多くの気付きがあった。

 

 「実体を持たない、不死のエネルギー……。という事は! 今のアレクシス・ケリヴは!」

 

 形而上のエネルギーであるグリッドマンと、形而下から滅び去ったアレクシス。同じライン上に存在する二人が極めて近い概念同士であるならば、人と人が血を入れ替えるように、フィクサービームの粒子を扱える目算も付く。

 全てはまだ仮説に過ぎないが、同じ結論に導かれた2代目とちせは顔を見合わせて、そっくり口を開いた。

 

 「「限りなくグリッドマンに近い‼︎」」

 「仲良いんですね、二人とも……」

 

 蚊帳の外に追いやれながらも、従妹に新しい友達が出来た事を喜ぶ暦。だが急転する事態は和む暇も許してはくれなかった。

 

 〈どうやら役者は揃ったようだ。なら、こちらも利用させて貰うとしようか〉

 

 紫電のグリッドマンは鍔迫り合いの如く果敢に挑むビッグゴルドバーンを、右手一本で易々と押し返した。見えざる壁を押すようにして、その掌は指先一つとて相手に触れていない。

 右腕を伸ばし切り、堕ちた光の使徒はグリッドマンと同じその手で怪獣を〝掴む〟。

 

 〈インスタンス・ドミネーション〉

 

 怪獣使い達が得意とするその構えで、指の隙間から覗かせた赤い眼にビッグゴルドバーンは囚われた。不可解な程に攻撃の意思を失った友の異変に、ちせは戦慄する。

 

 「ゴルドバーン⁉︎」

 

 太陽と見紛う黄金の飛竜の輝きが、何かに侵食されるように見る間に色を失っていく。原初に還るようにまっさらな白に染まったビッグゴルドバーンは、禍々しい真紅の双眼でグリッドマンを見つめ返すと、荒々しい咆哮をあげた。

 

 「嘘……」

 

 現実を受け入れられず、ちせの顔に表情という表情がなくなった。奥歯を噛み締めて暦は無言で彼女の肩を支える。

 翼を大きく広げたビッグゴルドバーンは街に君臨するように舞い上がり、紫電のグリッドマンの脚も地から離れ始めた。同じ標高に達した両者は、ダイナソルジャーやダイナウイングがそうしたように上空で合体を果たした。

 

 初雪のように汚れを知らぬ翼を背負い、脚を閉じて夕空に浮いた超人は、その両腕を広げ十字を形作っている。

 怪獣を従えたグリッドマンの威光を仰ぎ、グリッドナイトやゴルドバーンまで欠いた今、戦う意思を保てる者はいなかった。どんな絶望的な状況にも立ち上がるグリッドマンがいてくれたからこそ、皆が先陣を切り開けたのだ。他でもないグリッドマンが敵に回ってしまえば、なす術もない。ガウマも含め精神的支柱の不在は計り知れない影響を及ぼしていた。

 

 敵わない、と。誰もが心折れかける中、再び怪獣の咆哮が街を揺るがした。

 それは目覚めたゼッガーが発した雄叫びであり、上空に全力で放たれた衝撃波が超人を襲う。

 不意を突いた一撃もそよ風にしかならず、グリッドマンは胸部にある三つのエンブレム、トライジャスターを輝かせて光を収束させた。

 

 〈さて、君にも役立って貰うよ。〝美咲山くん〟〉

 

 狙いをゼッガーに定めた彼は、フィクサービームよりも禍々しい紫光を纏ったディファレンサービームを照射した。ゼッガーの巨体を包む程の光の束の洗礼は、防ぐ事もままならない。

 光の中でゼッガーのシルエットは端から崩れ縮小し、最後には人型程度の影になった。

 

 

 

 怪獣がいた筈の足元に残されたのは、瓦礫の山の頂上に横たわるピンク髪の少女と、その麓で意識を失った響裕太だった。

 

 

 

 「「裕太……!」」

 

 

 

 ジャンク越しに目に飛び込んだ、探し求めていた少年の姿に六花と内海は胸を掻き毟られた。誰かを助ける為に死に物狂いで奔走する彼が、グリッドマンを頼れずに孤独でいる。

 

 今すぐあの現場に駆けつけたいのに、六花も内海も動けずにいた。恐れからではない。

 グリッドマンを騙る者が次々と成す蛮行から、ただ目が離せない。

 

 奇しくも宝多織江がジャンクショップに帰還したのもその時だった。家の前で堪らず急ブレーキをかけ、乗り捨てるようにして車を降りると、中古のパソコンに張り付いた高校生達に慌てて声を掛ける。

 

 「ちょっと六花! 外回りのついでにお兄ちゃん拾ってきたけど! アンタも一緒逃げなさ……って何ぃ!?」

 「母さん、あれ……空が……」

 

 織江の肩を叩いて注意を引き戻したのが、宝多家では〝お兄〟と親しまれる現役大学生及び六花の兄である。センター分けした髪型と丸眼鏡の下でいつも涼しげな顔をしているが、今は見る影もない。彼が指差す空に織江も視線を投げると、避難の意気込みが一瞬にして消え失せた。

 

 「う〜わ……。逃げ場ないっすわ……」

 

 空に穴が開いていた。

 

 まるで異次元の入り口のような裂け目は綺麗な円環を展開し、断面から管の中を覗くようにピンクの粒子が絶えず奔流している。一体の超人を中心としてツツジ台全域を飲み込む程広がるそれは、天使の輪にしても冗談が過ぎていた。

 

 〈これは、グリッドマンとゴルドバーンの力で、パサルートを拡張している……⁉︎〉

 

 常軌を逸したエネルギーを観測し、サウンドラス内部もけたたましいアラート音に包まれていた。事に立ち会いながら2代目は、何が起こっているかわかるからこそ理解に苦しんでいる。

 

 片やあらゆる宇宙を管轄とするハイパーエージェントと、片や存在するだけで境界を脆くする怪獣の力。

 二つの属性を悪用する事で成し得た大規模パサルート。それが、〝高度を下げている〟

 

 「空が、落ちてる……? ダメ、ゴルドバーン。君の力は、こんな事の為にあるんじゃ……」

 

 例えるならそれは、鏡合わせの街が落ちてくるような重圧だった。最早モニターに頼らずともちせは操縦室から、肉眼であの大穴を目視出来る。友の力を利用され、我が事のように胸を痛めるちせの両肩を、暦はそっと支えている。仮にあのパサルートに飲み込まれても、二度と離れ離れになることがないように。

 

 刻一刻と降りる悪夢を見上げ、グリッドナイトは簒奪者に向けて問い糺す。

 

 〈一体何をするつもりだ! アレクシス・ケリヴ……!〉

 

 〈君達にネクストミッションを授けよう。

  お互い、退屈凌ぎには丁度いいだろう?〉

 

 全てを掌の上で弄ぶように彼は答えた。パサルート内にいち早く浮上し、その果てに身を隠す諸悪の根源に、グリッドナイトは届かない手を伸ばし、震える拳を握り込んだ。

 

 

 

 

 

 世界の終わりが今日だとしても、目の前の人を見捨てられなかった。

 

 うず高く積もった瓦礫の山を懸命に登り、響裕太は肩の傷口を押さえながら歩いている。視界はぼやけ耳鳴りがする。どこで怪我したかも覚えていない。落ちてくるビルに押し潰されかけたあの時なら、寧ろこの程度で済んだのが奇跡だ。だから、まだ動く脚に言い聞かせて、裕太は頂きを登り詰める。

 

 コンクリートの破片や折れ曲がったパイプ。惨憺たる有様の文明の残骸を下敷きに、美咲山ミミカは横たわっていた。どこかで髪紐が切れてしまったのか、ピンクの髪は彼女の肩から溢れる長さで散乱している。激しい乱闘に巻き込まれたように制服は乱れて、薄汚れた頬やスカートの下は真新しい切り傷を作り、ぐったりと瞼は落ちている。

 

 「美咲山、さん……」

 

 裕太は倒れ込むように彼女の元に辿り着き、繰り返し名を呼んだ。傷付いた彼女の惨状が、今に至るまでを物語っていた。

 

 「ありがとう……。美咲山さんが、俺を守ってくれたんだね……」

 

 裕太はずっと、温かい闇の中に居た。

 それが怪獣の中だと理解するまで、時間はそう掛からなかった。良い怪獣も悪い怪獣も肌身に染みて知っていたから、疑いもせずありのままを受け入れた。ミミカの手を握り裕太が俯いていると、いつしか彼女は薄く瞼を開いた。紫苑の瞳は今や常に赤色を宿していたが、裕太には少しも怖くはなかった。

 

 意識のピントを取り戻し、傍に居る人の顔を知ると、ミミカは安らいだように微笑んだ。

 

 「……最期に、名前で、呼んで貰って、いいですか……? 響、先輩……」

 

 何かを悟ったように、彼女は途切れ途切れにそう言った。必死に伝えようとしている彼女の言葉を拾いたいのに、やまない耳鳴りが口惜しい。やり切ったように憑物の落ちた眼差しはきちんと、裕太の顔を捉えられているのだろうか。空の大穴で天が塞がれたせいか、辺りは日食のように暗くなっていく。それでも挫けずに、裕太はミミカに呼び掛けた。

 

 「名前くらい、後でいくらでも呼んであげるから……っ。最期なんて言わないで……! 美咲山、ミミカさん……!!」

 

 熱を帯びた裕太の声を受けて、人為的な夜の麓で、ミミカは静かに首を振った。

 

 「ううん……。私の、ホントの名前は……」

 

 言いかけて、横たわる彼女は仰ぐ空に目を見開くと、握る手を振り払い裕太を突き飛ばした。

 

 瓦礫の山の頂上からふわりと身体が浮く。

 

 どこにそんな力があったのかと呆気に取られる程に、彼女の本質が怪獣である事を痛感する。

 

 目線が上を向いた事で、裕太は空を覆い隠していた存在が天上の大穴でなく、自分達を見下ろすガギュラである事を知った。

 

 スローモーションで景色が流れる。落ちていく。視界に安心し切った少女の顔を残して。落ちていく。喉笛に喰らい付くように、ガギュラの開いた大口が彼女を目指す様を見て。

 裕太が居た筈の空間ごと、怪獣の牙が全てを持ち去った。

 

 「ミミカさん!!!」

 

 落ちていく。空の穴も自分の身体も。

 救ってくれた少女の名さえ、知らぬままに。

 

 

 

 

 パサルートの強制移動を逃れられず、始めにサウンドラスの消失が確認された。

 同じくツツジ台上空を飛行していたダイナウイングもまた、領空を奪われ退路を失いつつある。獲物を絡め取る大穴は翼の一端に触れ、蜘蛛の巣にかけるように自由を奪う。

 

 ビルからビルへと飛び移り、何処かへと引き摺りこまれていくダイナウイングへと更に跳躍すると、ダイナソルジャーは力一杯手を伸ばした。2機に乗り込んだ各々が、内部のインナースペースで竜人と同じ所作を取る。

 

 〈蓬ぃーーー‼︎〉

 

 〈夢芽ぇーーー‼︎〉

 

 コックピットを越えて声を張り上げる、二人の想いは同じだった。届きかけたダイナソルジャーの爪が空を切る。蓬は眉を吊り上げたまま、夢芽は目を見開いて、二人は引き離されて行く。

 

 程なく落ちた天蓋が、無情にダイナソルジャーを飲み込んだ。濁流に翻弄されるような衝撃が機体を襲い、蓬の視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 激しい戦闘の後だとは思えぬ程に、穏やかな川のせせらぎが蓬の耳を撫でた。

 

 自分は楽園に、あるいは黄泉の国にでも来てしまったのだろうか? 徐々に意識を取り戻して、蓬は弛緩した指を握り込み地べたの土を掴む。どうも、川辺に倒れ込んでいたらしい。

 

 「……ッ」

 

 疲れ切った身を起こすと、真昼の太陽が蓬の目を焼いた。ちかちかと瞬きを繰り返し、機能を取り戻した肉眼は見渡す限りの川の水面を視界に収めた。陽光を反射する宝石のような煌めき。どこにでもある河川敷の匂い。故郷のフジヨキ台で、飽きる程に見慣れた通学路と瓜二つの景色。今まで渦中に居た出来事との落差に、蓬は戸惑いを隠せなかった。

 

 ただ一つ、あの戦いが夢ではなかったと確信出来る証左は、パサルートに巻き込まれた余韻。うだるような後遺症は蓬の身体に残り、頭も上手く回らない。

 

 「ゆめ……さがさないと……」

 

 それでも覚束ない意識に鞭打って、蓬は立ち上がりよろめきながら歩き出した。目的地なんかない。ただ前へ前へ。そうしていると、やはり故郷で見慣れたのと全く同じ高架橋が見えてきた。

 

 あともう一歩、高架下の影に脚を踏み入れた途端、気が逸ったのか足が縺れて躓いた。自分が思う以上に疲弊ている。みっともないくらいに腹が鳴った。ここまで絶望の淵に立たされてまで、行き倒れていたガウマの事を思い出す。

 彼は大丈夫だろうか? 

 夢芽もお腹を空かせていないだろうか?

 知りたい事、助けたい人、やるべき事が山程あるのに、指先一つ動かない。

 

 吹雪に晒された遭難者のように、瞼がゆっくりと落ちていく。次も目覚める保証はあるのだろうか? 今は、何も考えられない。

 

 視覚に頼れず、意識が沈む中で川の流れだけが蓬に寄り添う。眠りに誘うせせらぎはいつしか、人の足音と重なり出した。ささやかだったその音はやがて蓬に近付き立ち止まると、女性の声として降り注いだ。

 

 「竜じゃなくて、人拾うのは初めて……。生きてるー? 少年ー?」

 

 屈み込んだのかぐっと距離を寄せたその声に引かれて、蓬は無理矢理面を上げた。人の顔よりも先に目に触れたのは、彼女が差し出したある食べ物だった。

 

 丁寧にラッピングされたそれは学食としても親しみある惣菜パン。輪切りにされたゆで卵を看板にして、バンズに色とりどりの野菜や具材を挟んだ、ボリューム満点の人気商品。だが挟まれているのは主役のソーセージではなく、色こそ似ているが別売りのカニカマだった。

 

 「スペシャルドッグ。余ってるからあげる」

 

 そう言って押し通す女性の顔を、蓬は初めて目視した。エキゾチックな赤い衣装に身を包む彼女は、汚れた蓬に笑いかけると、垂れ目がちな目元を柔和に細めた。

 

 「やっと前向いてくれたね。世界の終わりみたいな顔してないで、しっかり食べな?」

 

 片目を隠した深紫の髪を揺らして、彼女は向日葵のような笑顔を傾けた。

 

 

 グリッドマン リバース

 

  -Lost Letter-

 

 collision:3『天≒命』

 

 

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