そうして、朝が来た。
今日が仕事の日だ。コットンで出来た鎖を引きちぎり、私は希望を求めるように窓の外を見やる。いつも通りの青い空は砂塵で霞んで見えた。
毎日のタスクを一つ一つ機械的にこなせば残ったのは、いつものルーティンにはない朝食。昨日買った角食をトースターもないのでそのまま齧る。それは思ったより柔らかく、よく見る描写のザクッとしたものは焼いたことによるものなのかと少し悲しくなる。食べ終わったその手でクローゼットの異端、カラフルが目立つ服の横のいつもの服を手に取り袖を通す。
学園都市であるキヴォトスにおいて学校は誇張なしに国であり、運営を妨害する、ましてや取り壊すことは冒涜的なことであると想像に難くなくもちろん私、白妙ヒトミも分かっている。
それが正義のために必要なことも。
スナイパーライフルを背中に固定すれば、体がいつもの重みを取り戻していく。真っ白な布をかぶりどこでもない正面を向く。なんだか落ち着かなくて、予定時刻より幾分か早くなってしまったが、ロビーへと向かうことにした。
仄暗い廊下を歩く。
襲われるのはいつもの不安感。一段、また一段と重くなっていく足を引きずっていく。そんな時は決まって水筒を握る。少ないながらも私の中にある記憶。その最もが背中を押してくれるから。
大丈夫だ、よし。まだ動ける。まだ仕事ができる。
平和な世界のために。
あの時の恩を、返すために。
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「ホシノ先輩っっっ!!!!」
怒気を孕んだ声が室内をこだまする。怒りの矛先はここにはいないのだが、それでも彼女が怒っている理由は机に広げられている手紙にあった。間違いなく明るいのになぜか暗く見えるその部屋で、黒見セリカは収まらない怒りを吐き出し続ける。無論憤りを感じているのは彼女だけではなく、借金のために自分を売り出すと馬鹿を言う先輩を砂狼シロコは自分一人で助けに行こうと立ち上がるが、足並みをそろえようと言う奥空アヤネに止められた。
砂漠に似合わない、じめりとした雰囲気が流れ出した。しかしそれはすぐにかき消されることになる。
アビドス自治区のまだ生きている方向、そこからの爆発音によって。
全員が反射で音のする方を見る中、奥空アヤネは自身のタブレット端末で確認すればその状況に驚愕した。なぜなら
「こちらに向かって、数百近いPMCの兵力が進行してきています!」
「よりにもよってこのタイミングでっ!」
「……応戦、しないと」
「“今の爆発で巻き込まれている市民の方がいるかもしれない”」
「”落ち着いて行こう”」
そうして一人の欠けた対策委員会と外から来た大人、『先生』はアビドス自治区へ向かうことになった。
町へ出れば市民は一人もいなく、代わりというべきか自分たちの十倍はいるであろうPMCの兵隊。
そしてその先頭には顔は隠れて見えないが、一人の少女がいた。
「随分と、遅かったな」
「”君が……”」
「市民の皆さんはどこに!」
対策委員会の一人、十六夜ノノミが叫ぶ。
「少し大きな音を出せばみんな逃げていった」
「市民のみんなは関係ないでしょ!?なんでそんなひどいことを!」
「退去命令は出しているはずだ、それでも退かなかったから」
「そしてそれは、貴方たちも同じだ」
「それでも一企業が町を攻撃するなんて、そんな権利はないはずです!」
「それに、この学校はまだ私たちアビドスのものです!このような進行は明確な不法行為、連邦生徒会に通報しますよ!」
『連邦生徒会には通報してくれて構わない、尤も動くとは思えないがな』
アヤネの声にかぶせるように目の前に投影されたホログラムからPMC理事の声が流れる。
『そして最後のアビドス生徒会である小鳥遊ホシノが退学した今、学校の所有を主張する権利はない』
『何物でもない、君たちには』
「生徒会がなくてもアビドス対策委員会がある!私たちがいるのにそんな言い訳は」
そこまで言い連ねた時、セリカは気づいた。先ほどまで反論していたアヤネがうつむいていることに。
「対策委員会は公式に許可を受けている委員会じゃない」
「対策委員会ができたときもうアビドスに生徒会はいなかったから……」
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暗い部屋でモニターに映し出された映像を見る人物が二人、片方は人とは形容しがたい風貌をしているが。
体格の小さい方が口を開く。
「なんで、どうしてアビドスに侵攻をしているんだ!」
彼女が小鳥遊ホシノ。
アビドス高等学校の借金ために横にいる黒服と呼ばれる異形の契約を飲んだのだが、それを待っていたかのように侵攻をするPMCの軍を見て怒りを抑えられず叫ぶ。
「どうしてと言われましても……」
「なにもおかしいことはありませんよ」
黒服の言う通り、二人の間に交わされた契約は『ホシノの全ての権利を貰う代わりに、アビドスの借金の大半を返済する』それだけだった。そこにアビドスの存続を保証する旨はない。
「そんな、騙すような……」
「私も、あの黒髪の子と同じように働くことに……?」
「それは違います」
「……?」
「貴方のようなキヴォトス最高の神秘を手に入れたのに、まさか勿体無い形で消費させるなんてことは致しませんよ」
「私たちの観測のための実験体となっていただく、そのための契約です」
「今度こそ最後まで観るために」
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図体の大きいホログラムが晴れた先に少女が見える。
「まあ、そういうこと」
「別に貴方達への攻撃が目的じゃないから、退いてくれた方が楽なんだけど」
対策委員会には暗い雰囲気が流れ出し、それを代弁するように一人が口を開く。
「私たちがここで戦って何があるんでしょうか……」
「買収された土地も戻ってきません」
「この戦いに勝って、このまま続けたとしても大きな借金が残ったまま」
「ホシノ先輩もいなくて、生徒会もない」
「どうして私たちだけ、こんな……」
「……」
「話は終わった?」
「――それじゃあね、被害者気取りの皆さん」
そこまで言った頃。どかん。と人生で何回も聞いた、いや、それよりももっと強く、真後ろで爆発が起きた。そしてそれは連鎖的に、やむことを知らないかのように轟音を鳴らし続ける。
「合流予定のブラボー小隊が巻き込まれて……!!」
「東のマイク正体も……!」
後ろにいた軍隊は戦闘継続が不能に、さらにPMC内の共有回線の被害報告が絶えない。
「何が起きて――」
対策委員会のほうを見ても、あちらも状況を理解していないようだった。
「全く、大人しく聞いていれば、何を泣き言ばかり言っているのかしら」
「私たちがみた覆面水着団はそこまで軟な集団じゃなかったと思うのだけど?」
声が聞こえる方を見ればその主は資料でこちら側が雇った組織として見た便利屋68だった。
「便利屋68……!?」
「まさか、裏切ったのか?」
「付きたい方に付く、裏切りなんてアウトローの私たちには関係ないことよ。」
「ねぇ、室長?」
「アルちゃんかっこいい~それはそうとして、メガネっ子ちゃんをよくもいじめてくれたよね~」
途中までは順調に進んだ。友軍もまだいたし、何なら対策委員会も諦めてくれそうだった。
このまま進もうとしたとき。それが起きた。爆発、ともに現れた元凶である便利屋。
一連の流れは形勢を逆転させるには十分の出来事であった。そして何より。
まるで彼女らが、この物語の主人公のような気がして、妨害するような私が私たちが悪者に見えて。それが無性に癪に障った。
「どいつもこいつもッ!」
煤と焦げが付いた服を舞わせ、スナイパーライフルを構える。それに呼応して警戒が強まるのが感じ取れるが、無視して照準を合わせに銃身を動かす。
今乱入してきた赤髪の陸八魔アルに、一度は諦めても勢いを取り戻しつつあるアヤネに、一番前でずっと敵対心をあらわにしているシロコに。
違う!私が撃ちたいのは!
「私のことを馬鹿にしたような目で見てきやがって!」
照準を外から来た大人。『先生』と呼ばれている男に合わせて撃つ。
彼は回避行動をとっていなかった。いやとれていなかった。
だからその弾丸はその男を貫くはずだった。
しかし
それは青くて透明なバリアに阻まれ、そして跳ねた。
「なっ……卑怯な!あんた……!」
「”待って、セリカ!”」
誰よりも早く体を動かしたセリカを先生は止めようとするも、止まるわけがなかった。
その脅威は彼にしか見えていないのだから。
セリカが少女にインファイトを仕掛け、それにスナイパーライフルを投げ捨て腰につけていたサブマシンガンで対応しようとした時。
二人を、いやこの場にいる全員を地響きが襲う。
「ハルカ!?まだこんな爆弾を用意していたの!?」
「ち、違いますこれは私じゃなくて」
そこから先が紡がれることはなかった。
便利屋68平社員伊草ハルカは見てしまったから。砂埃にもまみれないほどの巨体。遠くにいるはずなのに遠近感が仕事のしない大きさの其れはここにいる全員が知らない預言者。
違いを痛感する静観の理解者、第三セフィラ。ビナーの存在を。
巨体が存在だけで砂嵐を巻き起こす。先生はその場の全員に待機を指示するが、セリカのことを思い出す。彼女はここから少し離れている。
彼は自分の中の大人としての責任で砂嵐が絶えない町の中を歩き出した。
砂嵐はもちろん近接戦が起こるはずだった二人の間にもなだれ込んできた。
セリカは、あれほど近くにいたのに見えなくなった少女の姿を追う
予想外の砂嵐だが、先の行動で信頼に値すると信じた先生を不意打ちで撃たれた怒りはそれだけでは止まらず逃がさない、そして奇襲のため進む。だが、少女の姿は予想とは大きく違い思わず声を上げた。
「あ、あんたなんでそんなに震えているのよ……?」
少女はその場で座り込み、青ざめた顔で水筒の水を零しながら口に入れていた。
確かに大きな地響き、それにこの砂嵐が起きれば怖がることもあり得るが、ここは町のど真ん中であり、死ぬなんてことを考えるには大分及ばない状況であった。
「ひっ……ぁ」
そんな情けない声を出す少女を撃つことはセリカにはできなかった。
硬直した時間が過ぎたころ、先生がそこにたどり着いた。
「”大丈夫?”」
「あ、うん……」
「”この子は”」
白妙ヒトミは震えていた。砂嵐に巻き込まれるという経験が一度、昔にあるから。
そしてそれは明確な死の恐怖をヒトミに残した。
そんな極限状態では水筒から水がこぼれることも、先ほどまで敵対していた猫耳の子が来ても認識できなかった。だが、一つだけそれを通り抜けて入ってきた声があった。
外から来た、大人の声。同じ状況で昔に聞いたことがあるような善性しか感じない声。
そんなものを聞いた途端少し頭の中に映像が流れた。
「…………たし………し…………めだ…………」
ノイズ交じりだが少しだけ何かが聞こえたような昔の記憶。
再生が終わればひどい頭痛に襲われる。
頭痛の元凶から少しでも離れようと大人とは反対の方向に這いずる。水筒だけは持ったまま。
「”待って!」
逃げようとしたところに腕を掴まれる。振りほどこうとしても力が出なく、そして強くなる頭痛を感じながら、この大人は危険だと頭がアラームを鳴らす。
『撤退しろ、一度立て直す』
今度はちゃんと聞こえたノイズ交じりの理事の声を聴けば全力で掴まれた腕を払いのけ、水筒だけをもって逃げる。もう彼らは追ってこなかった。
唖然としていれば砂嵐も、PMCの軍隊も、一部が見たという巨大な蛇の化け物も姿を消していた。
対策委員会と便利屋は全員の無事を確認し、『次はホシノ先輩を』と決意を固めるのであった。
その中の二名に引っ掛かりを残して。
乱入してくるとはとんでもない奴だ。
新年あけましておめでとうございます。
本当に始まったばかりの作品ですが、応援していただけると幸いです。