From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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”彼“の物語はもう無い。もはや”彼“は主人公ではない。
旅の終わりには何も残らなかった。ただ全てが虚しいだけ。


0話『LOST EDEN』

 必死に走る。喉がぜえぜえと音を立てている。身体の外も中も傷だらけで、再生が追いついていないためか、動く度に激痛に見舞われる。確実に疲労も溜まってきており、精神的にも限界の一歩手前だ。

 でもそんな事はどうでもいい。あいつらだけは、殺されてはならない。

 

げほっ

 

 息苦しさなど微塵も感じない。故郷に帰りたがっていた彼の死に比べれば、何ともない。

 

「……っ!?」

 

 あれは……。

 赤く染まった毛皮のような何かが、地面を這いずっている。

 

「おいっ!お前……」

 

 あれは間違いない。助けないと。

 

はアっ……はアっ……遅かったじゃねェか……」

 

「しっかりしろ……!“奴ら”にやられたのか!?」

 

「……マルムはどうした?」

 

「あノ化け物どもがおレ達を殺しにきた……。だから俺とあいつは敵を撒くために二手に分かれた……ゲホッ」

 

「おレは……なんとか撒いたが……」

 

「あイつはまだ襲われててもおかしくない……!あいつを助けにいくぞ……!」

 

「お前……そんな怪我で……」

 

「そンな事関係ねぇんだ」

 

「おレ達は三人じゃなきゃ意味がねえ、急ぐぞ」

 

 彼が血を吹き出しながら立ち上がる。

 そうだ。三人生存していなきゃ、何の意味もない。

 

「走ルぞっ!」

 

「分かってる!」

 

 これまでにない限界だが、関係ない。痛みなど、何の脅威でもない。

 

「はア……はア……ゔっ……」

 

〈ドサッ〉

 

「おいっ!立て!こんなところでくたばるんじゃねえ!」

 

 血を流しすぎたせいか、彼が倒れた。その巨体に肩を貸し、脚に力を振り絞って全力で進む。

 

「くソっ……こんなとこで……」

 

「喋るなっ、体力の無駄だっ!」

 

「“おイる(オイル)”の匂いがする……あっちだ……」

 

 彼の嗅覚を頼りに、はぐれたもう一人の友人を探す。

 

おえっ……」

 

ビチャッ

 

 もうずっと体の奥から内容物が逆流し続けている。

 呼吸もままならない。

 

「おい、どっちの方向だ」

 

「おい!」

 

 担いだ巨体の体温が、感じられなくなっていく。

 

「(まずい、このままだと死ぬ。でも置いていっても死んじまう……)」

 

 やはり必要なのは知識だ。あいつなら、応急措置か何か手段を知っているはずだ。

 

バチッ

 

 火花が散るような音が、近くで聞こえた。

 

「おい、あっちだ!」

 

 高い枯草と、葉の無い低木の枝を掻き分けて無理やり進む。棘が刺さっても、関係ない。

 

「……!」

 

「おい……ウソだろ……おいっ……」

 

「あア……クソ……クソッ……」

 

 もう何年も前、俺達でなんとか組み立てたロボットの体。塗装もされていない、ジャンクな金属のパーツ。

 それらが、組み立てられる前よりも酷い形で、無惨に散らばっている。

 チップを内蔵していたはずの頭部は、跡形も無く潰されていた。

 

「おい……」

 

 潰れたチップの部分に手を伸ばし、触れる。

 

ビビッ

 

 アラームのような音が、潰れたパーツから聞こえた。そして音声が流れる。

 

『[コの音声データは保存された録音に過ぎない。私が修復不可能な状態に陥った時に再生させるようになっている。]』

 

『[コの音声が共に“楽園”を目指した二人に届いている事を願う。]』

 

 録音は続けて再生される。

 

『[ワたし()は幾年かオ前達と探求を続けた。]』

 

『[オそらく苦難の連続する日々だっただろう、だが……]』

 

『[オおく(多く)の“変化”を観測できた。私の内に湧いた状態の変化を“喜び”と定義付けた。]』

 

『[ワたし()は、既に“楽園(エデンではない)”を見つけていたのだ。]』

 

 録音が途切れた。

 

「……」

 

 別れを告げるための言葉も、感謝を述べるための礼も伝えないところが、あいつらしく思えた。

 

「なあ……」

 

 その鉄屑は呼びかけに答えない。もうとっくに、彼はそこにはいない。

 

〈ドサッ〉

 

 担いでいた体が体勢を崩し、倒れる。

 

「っ!!おい!しっかりしろ!」

 

「おレは……血を流しすぎた……もう……長くねえ……」

 

 もうそれから感じる体温は、微弱なものになっていた。

 

「……なア……」

 

「……おレが今、何を感じているかが分かるか」

 

 消えそうな声が、振り絞られて発せられる。

 

「あタまがおかしくなりそうなぐらい怒りでいっぱいなんだ……」

 

「もウ、悔しくて憎くて仕方がない」

 

「……俺もだ」

 

「なア、頼む あいつらを……“輪っか付き”共を全部……殺してくれ」

 

「おレは……あいつらが……許せ……な……い……」

 

「ぅ……ゥ……ぅ……」

 

 この世界で初めて出会った、話せる存在。

 孤独から自分を救い出してくれた、最初の友人の命が、今潰えた。

 

「……」

 

 胸の奥から、頭の中心から、腹の底から。

 体の全てから、抑えられないほどの感情が燻った。

 

 渦巻く感情は、一つの概念に帰結する。

 

 そして“自分”が、焼かれ始めた。

 

「……してやる」

 

「……殺してやる」

 

「ああ、殺してやるさ」

 

「何が何でも食い殺してやる」

 

「残らず潰してやる」

 

「“輪っか付き”共を殺す」

 

俺も 憎くて仕方がない

 

憎悪の火が宿った

 

 

 

 

 

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グシャッ

 

グシャッ

 

グシャッ

 

バキッ

 

ガハッ

 

アテ……ナ……み……んな……

 

「死ねよ」

 

ぁ……ぁ……

 

バキッ

 

 動かなくなるまで鉈で叩きのめし、潰す。

 最後の友人の仇をやった。

 

「……」

 

 終わった。もう何年掛かったもわからない。どんな手段を用いてきたかも、ここがどこかも、もう分からない。

 

「……なんでだ」

 

 ついに最も憎い奴を殺した。なのに、何故かすっきりしない。

 

「……なあ」

 

 “友人”に話しかける。

 

「起きてるか」

 

「……」

 

 もう居ない事なんて分かりきっているせいか、声があまり出せなかった。

 馬鹿馬鹿しい、情けない気持ちで一杯になる。

 

「なあ……俺は、何を求めていたんだ……?」

 

 虚に聞く。

 返事はない。

 

「俺は……何がしたかったんだ」

 

 暗く赫い空に問う。

 返事はない。

 

「俺は 何だったんだ」

 

 もはや問うわけでもない。

 ただ、口にする。

 

「俺は、何だ……」

 

 “自分”に問う。

 

「“俺”って なんだ」

 

 “自身”に問う。

 

「……分からない」

 

「俺は何者だったんだ?」

 

「俺は何がしたかったんだ?」

 

「俺は何を感じてたんだ?」

 

「俺は、何だ」

 

「俺とは 何だ」

 

 分からない。分からなくなってしまった。何だったんだ。

 

 何も分からない。

 今感じるものが、寒さなのか痛みなのかも分からない。

 

 力が抜け、紅く湿った地面を背に、仰向けに倒れた。

 

 上には赫い空。

 真っ赤。どこもかしこも、真っ赤。

 

「俺は 死ぬのか」

 

「俺は、このまま死んでいくのか」

 

 死ぬ。

 死ぬのは嫌だったはずだ。きっと、何よりも避けたかったはずだ。

 

 何故?

 

「俺は、どうして存在したんだ(生まれたんだ)?」

 

「ただ苦しんで、惨たらしく死ぬために生まれてきたのか?」

 

 違う。楽しかったはずだ。喜ばしかったはずだ。何かを気に入っていたはずだ。

 俺は、俺達は、“何か”を求めていたはずだ。

 

「俺は  俺達は  何を求めていたんだ?」

 

 ずっと目指していたはずだ。

 

「俺は 何がしたかったんだ」

 

「“俺”とは 何だ」

 

「俺が……分からない……」

 

 俺はこんな時、何を感じていた?

 俺はどんな人物だった?

 俺はどんな望みを持っていた?

 

「俺の名前は……なんだ……?」

 

 俺に名前はあったのか?

 

 名前とは、何だ?

 

 その答えがない。

 

「返してくれよ」

 

 俺はその答えを知っていたはずだ。何故、分からない?

 

「返してくれ」

 

「返せ」

 

「かえせ」

 

「返せっ!!!」

 

 当たり散らすように、天に向かって叫んだ。

 そのつもりだった。

 

 だが声は掠れ切って、叫びにすらならず、何にも届くことはなかった。

 

「返して……くれよ……」

 

「…………」

 

 “黒い太陽”が見える。

 “黒い光”が差し込んでくる。

 

 眩い光が俺を刺して、剥いでいく。

 

 やめてくれ。俺を奪わないでくれ。

 俺を剥がないでくれ。

 

 俺を盗らないでくれ。

 

 俺が――

 俺でなくなる。

 

「ぁ……あぁ……ぁ……」

 

「ぁ……ぁ……」

 

「…………」

 

 自分が、体が、奪われた。

 

 

 

 

 

———————————————————-

 

 

 

 

 

「『色彩』が『知られざる長子』と接触した」

 

「『渇望』が『虚無』が『色彩』を導いたのかは分からぬ」

 

「『色彩』を導いたことが、“苦しみ”なのか“死”をもたらすのかは分からぬ」

 

 

「だが、その身に『憎悪』が残っているのなら」

 

「卑俗なるお前に『最初の殺人者(カイン)』の名を与える」

 

「憎き『忘れられた神々』を存分に殺すが良い」

 

「真の『神秘』も『恐怖』も『崇高』にも至れず、壊す事しかできぬ紛い物の悍ましき亡者よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





楽園を探す物語は 楽園を失う物語へと変わり果てた
全ては否定され、築いたものは裏返り、分解され、砕け散る
それでも物語の残滓は終わることができなかった

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”彼“の物語は終わりました。
これより先、自分を失った彼はもう“主人公”ではありません。


次回からキヴォトスでの本編が始まります。
キャラクターに違和感を感じた場合は指摘して頂けるとありがたいです。
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