『調子はいかがですか』
『……』
『これまでの戦闘経験を統合し、作り上げたオペレーション。無数の戦場を渡り歩いた貴方の頭脳。』
『そしてこの機体。万全の状態です。』
『……』
『……奴らが欲するのは“神秘”の一掃、そして破滅』
『そういう意味では目的は一致している。』
『“恐怖”の存在する世界など望む世界ではない』
『……そのために人間で在ることを諦めたと?』
『喪失と苦難が永遠と続くこの世界に存在の価値はない。ただ“恐怖”を破壊し続ける。』
『それが我々だ。もはや考慮する要素ではない。』
『復讐。必要なのはそれだけ、そう言いたいのですね。』
『……』
『そのはずだ』
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風を切って進む。悪くない気分だ。
眼前には濁り切った曇天が広がる空。日光一つ通さない黒い空には懐かしさを覚えさせられる。
ああ、覚えている。もう忘れるはずがない。この景色にこそ己のルーツはあった。ただひたすらに『楽園』を目指して歩き続けた日々の空と全く同じだ。
思い返せば沢山の出会いがあった。そして出会いの分と同じ数の喪失があった。そしてその何倍もの傷を負ってきた。だというのに今は清々しいとすら思える。
「ニル! 調子はどうですか?」
頭上からこの場にはあまりにも不釣り合いなほど透き通るような声が降ってくる。
「良好だ。そっちは」
「ばっちりです! アリス、いつでも戦えます!」
上から響くアリスの声に“あの頃”とは異なる、どこか新鮮な感覚を覚えていた。
そうか、そうだったな。
あの砂漠を歩き続けた記憶はとうの昔に過ぎ去った過去の話。思い出に浸っている暇はない。“今”を見ないとな。
それは忘れるという意味ではない。
真っ暗になった左側の視界を感じながら考える。この傷も苦難の経験も、すべてひっくるめて今の俺なんだ。
自分の根本は変わらなくとも、自分の全容を形作る要素はめまぐるしく変わっていく。犬の毛が生え変わるように。だが毛がいくら生え変わろうと犬は犬だ。本質は変わらない。
“俺”はいつだって“俺”なんだ。
俺のままでいられた。何度も屈しかけたが俺で在ること、人間で在ることは辞めなかった。
『あー、あー、聞こえますでしょうか? ミレニアムが誇る全知の超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、今回の作戦の最高総司令でもあるこの明星ヒマリのウグイスの如き美麗な声が、そちらの極限環境まで滞りなく届いていますでしょうか?』
耳元の通信機からノイズ混じりの極めて自信に満ちた声が鼓膜を叩いた。
「はい! ばっちりクリアに聞こえています、ヒマリ先輩!」
頭上から元気いっぱいの応答が響く。
『……私の声も、そちらの端末に同期されているかしら』
ヒマリの尊大な声音とは対照的で硬質な調月リオの冷徹な声が重なった。
「ああ。問題ない。よく聞こえてる。」
低く応じると、通信の向こうでリオが小さく息を吐く気配がした。
『構造上、精神体への直接同調を行っているわ。いかなる不確定変数があろうとも、通信が途絶することはないはずよ。……ヒマリ、本題を』
『おっと、そうでしたね。ではお二人に尋ねますが、私とリオ、そしてミレニアムの全技術を結集させて完成させた奇跡の次世代機“アビ・エシュフ NEXT”の動作環境はいかがでしょうか? 脳波リンク、駆動トルク、共にオールグリーンのはずですが』
「はい! どこも痛くないですし、アリスのやる気も限界突破のカンスト状態です!」
アリスの言う通り俺たちの身体を包むこの機体は、どこまでも滑らかに、かつ恐ろしいほどの出力を内包して駆動していた。
かつてリオが世界の滅亡に備えて設計した兵器『アビ・エシュフ』をベースに、ミレニアムの最高頭脳たちが文字通り“魔改造”を施した代物だった。
どうやって搭乗しているのかと言えば、いささか奇妙な、だがこれ以上なく合理的な形を取っている。
パワードスーツに近い構造をしたそのコックピット?の内部で、俺が下になり、半ばアリスを肩車するような位置関係で二人のパイロットが上下に重なって搭乗しているのだ。
元々のアビ・エシュフとは大きく異なり、外見は人型ロボットを思わせるほどに大型化している。あくまでパワードスーツの体であるため自分たちの一部は露出しているが。
身体のラインに吸い付くように固定された装甲の感触を確かめる。
ヒマリたちの説明によれば、アリスが秘める名もなき神々の王女としての莫大なエネルギー、そして俺が持つ“性質”、その似通ったする二つの特異性を同時に破綻なく循環させ、兵器としての出力に変換するためには、この“上下二連の精神同調構造”こそが唯一無二の最適解だったらしい。まぁ少し変な気もするが別にいいか。
闇を退けるように白く輝く次世代機。
全知の学位とセミナーの執政官が文字通りの最高傑作と豪語したこの機体は、光の如き速さで動けると比喩していた。
「これなら、どんなボスキャラ相手でも一撃必殺のワンパンです!」
アリスが楽しげに声を弾ませた。
「……しかし、ミドリがいて良かったな」
走行風の重低音に声を混ぜながら呟く。この『アビ・エシュフ NEXT』のデザインは、ミドリ(と、それに賛同したゲーム開発部)の激烈な抗議によって、彼女がデザイン監修を担当することになった。
「はい! あのままだと
アリスが我が意を得たりと声を弾ませる。あのリオ特有の、あまりにも実用一辺倒で独特すぎる
もっとも、そのデザイン変更に伴って航空力学や構造力学の観点から「非合理的」とリオが難色を示したデッドスペースや形状の歪みもいくつか生じたらしい。それを強引にカバーするために、俺の“性質”を介した常時微調整が組み込まれる仕様になっている。
この機体、見た目に反して実は恐ろしく脆い。
極限まで軽量化されたフレームは、まともに直撃を喰らえば一溜まりもない。だからこそ、超高密度のコジマ粒子……ではなく、名もなき神々の力を応用した光の盾を常時展開し、基本的にはあらゆる被弾を避けるという設計思想で作られている。
当然、機動と障壁に要求されるエネルギーの必要出力は、常軌を逸した莫大なものになる。だからこそ、かつて色彩の残滓を食らい、今や実質的に無限のエネルギー源と同義になった俺が、機体の生体バッテリーとしての役割を兼ねてこの位置に収まっているというわけだ。
その結果、俺は現在、上裸の状態で背中に何本もの生体接続プラグを深く突き刺されて固定されている。……上のアリスが純白のパワードスーツを纏う勇者なら、下の俺だけ絵面がバイオパンクかディストピアSFの実験体じみていないだろうか? まあ、動けば何でもいいのだが。
ちなみに、搭乗にあたって髪がデバイスの接続や視界の邪魔になると指摘されたため、アリスと共に髪を結んだ状態にしている。
アリスはツインテール。俺は無造作に伸びていた髪を邪魔にならないよう、後頭部で頑丈にひとまとめにした、いわゆる総髪のつもりだったのだが、出撃前にモニター越しに見たモモイから「あはは! ポニーテールじゃん! 似合ってて可愛いよ!」と大笑いされた。
からかわれたんだろうが、(多分)年下の小さな子供から何を言われようが、可愛らしいレベルのものだ。
現在、俺たちは何もないまっさらな土地を、ただ前方にある反応だけを目指して突き進んでいる。一瞬の間に何キロメートルもの距離が後方へと過ぎ去っていく。視界の端の景色が光の帯となって爆発的に流れていく、凄まじい加速Gだ。
機体の背部には巨大な追加ブースターが積載されている。この圧倒的な速度はそいつの生み出す暴力的な推力によるものだが、これは長距離をただ一瞬で移動するためだけに設計された、いわば使い捨ての装備だった。作戦領域に到達する途中で、デッドウェイトとなる前に強引に切り離す仕様になっている。
なんでも、最初に試作されたこの巨大ブースターの図面を見たリオが、「大きすぎる……修正が必要ね」と眉をひそめて呟いたらしく、その結果、最終的に『途中で丸ごと使い捨てる』というこの豪快な設計に落ち着いたのだという。
効率を極限まで追求した末の、どこか狂気すら孕んだ割り切り。その発想は、俺の知るどの世界の兵器にもなくて新しい……惹かれるな。
『ターゲットの座標が急激に近づいてきました。これより本番です、各自戦闘態勢に入ってください』
耳の奥のレシーバーから、ヒマリのいつになく真剣なオペレートが響く。
硬質なバイザーがロックされる音が響いた。
「メインシステム、戦闘モードを起動します」
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背部で爆音を立てていた巨大な追加ブースターが火花と共にパージされ、砂のまっさらな地面へと打ち捨てられる。
衝撃を吸収しながら地表へと着地した瞬間、機体の慣性制御が働き、白い外装から余剰エネルギーの閃光が幾重にも吹き出した。
見据える先、地平の彼方から、ドス黒い煙を放ちながら急接近してくる影がある。
「……来やがったな、イカレ野郎」
生体プラグの痛みを噛み潰しながら、低く呟いた。
モニターが捉えたのは、黒く焼け焦げた機体。形状は歪んでいるが、ベースとなっているのはおそらくアビ・エシュフであろう装甲を纏った人型だった。また、こちらとは方法が異なるが、元来のアビ・エシュフでなく改修が加えられたもののようだ。
「あの機体……ニルと全く同じ気配がします……」
アリスが小さく呟く。
「まぁ、そういうことか」
いつだって最後に向き合うのは己自身、ということらしい。まぁ構わねえさ。そんなものは何度もやってきた。
「それに……何か、“もう一人”、あの中にいるような気がするんです」
怪訝そうにアリスが言葉を重ねる。もう一人?
思考を巡らせるより早く、黒い機体がその間合いを殺人的な速度で詰めてきた。とにかく、今は目の前の敵を叩き潰すだけだ。
「アリス、構えろ!」
「はい!」
アリスの凜とした声と共に、『アビ・エシュフ NEXT』」の腕部が滑らかに駆動する。この機体にレバーやペダルのような旧時代的なインターフェースは存在しない。搭乗者であるアリスの肉体の動きそのものをトレースし、機体の巨腕がダイレクトに連動する仕様だ。
こちらの主兵装は銃器パーツ、そして両肩のに積載された多連装ホーミングミサイル。どれも放たれた直後から現在進行形で弾倉などが再構成されるようになっている。
「手始めに……挨拶代わりだ!」
アリスの意志に応じ、背面のハッチが一斉に開放される。眩い光の尾を引きながら、無数のミサイルが撃ち出され、狂ったように軌跡を描きながら黒い影へと殺到した。視界を埋め尽くさんばかりの圧倒的な光の弾幕。
弾幕の網で敵の退路を断ち、同時に一気に距離を詰める。
足回りの制御、および三次元的な緊急回避の操作は、最下層で機体と神経を同調させている俺に委ねられている。
俺の脳波と『性質』がプラグを介して機体の駆動系を直撃し、機体が地表を蹴って跳躍。背部から強烈なブースト光を噴出させ、弾幕の影に隠れるようにして肉薄した。
だが、相手もまた『名もなき存在』であり『アビ・エシュフ』だ。
黒い機体は、まるで紙一重の死線を幻影のようにすり抜け、殺到するホーミングミサイルを最小限の制動だけで完全に回避してみせた。
白と黒、相反する二つの機動兵器が、曇天の戦場で鋭く交錯する。
『相手もアビ・エシュフなのかしら? ……しかし、変ね。私の知らない設計だわ。それに異様に損壊しているというのに、なぜ稼働し続けられているの……?』
通信越しに、リオの困惑混じりの呟きが耳に滑り込んでくる。開発者である彼女の目から見ても、あの黒い機体は物理法則と設計思想の範疇を超えた不可解な存在なのだろう。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。敵はすでに目の前だ。
一気に間合いを詰め、身体を捻りながら右足で痛烈な蹴りを見舞う。
生身の頃から蹴りは一番の得意分野だ。そこにパワードスーツの莫大な質量と推進力が上乗せされた、一撃で戦車をも文字通り紙クズに変える物理破壊の鉄槌。
空間を割るような硬質な爆音が炸裂する。
驚くべきことに、黒い機体は寸分違わぬタイミング、寸分違わぬ軌道で『全く同じ蹴り』を放ち、こちらの質量攻撃を完璧に相殺してみせた。火花が激しく散り、互いに一切のダメージを許さない。
「全く同じ蹴りだな。一応聞くがお前は誰だ?」
火花が顔を焼くほどの至近距離、すれ違いざまにそう問いかけた。答えなど分かりきっている。だが、相手からは何の応答もない。ただ、濁り切った敵のセンサーの奥から、底知れない冷徹な殺意だけが返ってくるのみ。
直後、黒い機体は相殺の反動を利用してこちらを力任せに蹴り飛ばした。その凄まじい推力で瞬時に距離を離すと同時に、敵の背面ハッチが文字通り狂ったように開放される。
空襲の如く絶望的な数のミサイルがこちらに向けて一斉に放たれた。
『避けてくださいッ!!!』
通信の向こうでヒマリの声が響く。
「急発進するぞアリス! 舌噛むなよっ!」
「はいっ!」
全神経を機体のスラスターへと直結させる。白銀のネクストを強引に高速ターンさせて方向転換させると同時に、俺の無限のエネルギーを推進機関へ一気に叩き込んだ。
“オーバードブースト”と形容するほかない急加速を行う。
背後で無数のミサイルが次々と大爆発を起こし、その爆炎と衝撃波を間一髪で掠めながら、排煙に乗って駆け抜ける。
加速のGで内臓が潰れそうな重圧の中、右目の暗闇の奥で次の攻撃の算段を組み立てていた。
相手は十中八九、俺自身。だが懸念すべきは、アリスの言っていた“もう一人”の存在だ。あの壊れかけの黒い機体の内部に、何か違う異物が混ざり込んでいる。それが無名の司祭の仕込みなのか、あるいは別の何かなのかは分からないが、長引けば厄介なことになるのは目に見えていた。
仕方ない。まだ始まったばかりだが、出し惜しみせずに手札の一つを切ってしまおう。
「アリス! 『コードUZ』だ!」
「っ!! はい!」
通信回線を飛び越えたその暗号に、はるか遠方、作戦本部のオペレーター陣が即座に反応した。
機材が所狭しと配備された管制室で、ヒマリが鋭く指示を飛ばす。
『ユズ! 聞きましたか? すぐに準備を! リオ、例の“アレ”を出してください!』
『分かったわ』
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リオの迅速な端末操作と同時に、管制室の片隅の床がスライドし、まるで最新鋭のレースシミュレーターか戦闘機の操縦席のようなシートがせり上がってきた。そこに有無を言わさず座らされたゲーム開発部部長、花岡ユズは、あまりの急展開に喉を詰まらせる。
「ひゃぅ!? ど、どうしてわたしがここに……っ!?」
そう、コードUZ、それはゲーム開発部が誇る伝説のゲーマー『UZQueen』ことユズに、アビ・エシュフ NEXTの火器のエイムおよび遠隔攻撃制御を丸ごと委ねるという超力技の迎撃作戦だった。
『ユズ! アリスたちが現世を掴むための“必殺技”を繰り出すには、チャージ時間が必要です! そのための時間を稼いでください!』
「えぇぇぇぇえ!? そ、そんなぁ……っ! 急に戦うなんて、心の準備が……っ!」
どうすればいいのか分からず、涙目でオロオロと視線を彷徨わせるユズ。その瞬間、眼前のコンソールから、彼女の手のひらに寸分の狂いもなく馴染む、見慣れた形状の特注コントローラーがガシャリとせり出してきた。
ノイズ混じりの通信から、名無しの落ち着いた声がユズの耳へと直接届く。
『ユズ。何も全部やってもらおうってわけじゃない。面倒な移動と三次元的な回避は全部、下の俺が引き受ける。あんたがやるのは、画面に映る敵をひたすら撃ち落とす……ごく単純な、いつものFPSだ。いけるか?』
「……!」
その言葉が、ユズの脳内のスイッチをパチンと切り替えた。
恐怖で震えていた肩がピタリと止まる。怯えに揺れていた瞳から、瞬時に頼りない少女の陰が消え失せ、底知れない熱を孕んだのゲーマーのプロファイリングがその横顔に浮かび上がる。
「あはは! ユズ、いっけぇー! ボコボコにしちゃえ!」
「ユズちゃんなら大丈夫です。私たちがついていますから」
背後から飛び込んできたモモイとミドリの力強い声援を受けながらUZQueenは、愛用の武器を握るようにコントローラーを力強く引き寄せた。
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銃器を携えた腕部が、ユズの遠隔操作によって精密に駆動し始めた。
その銃口は名無しの施す変則的な機動と寸分の狂いもなく完全に同調している。どのような姿勢、どのような速度からであっても、敵の予測動線へ寸分の狂いもなく弾丸を置きに行く完全無欠なエイム。死角からの牽制、退路を断つ偏差射撃、そのどれもが伝説のゲーマー『UZQUEEN』としての本領を発揮していた。
黒い機体とて、その神がかった狙撃の雨を浴び続ければひとたまりもない。敵は被弾を避けるために相応の回避労力を割かねばならず、戦況を膠着させるための牽制として、コードUZの効果は覿面だった。
敵の放つカウンターのミサイル群も、神経を研ぎ澄ます名無しのクイックブーストによって、空間に残光を残しながら紙一重で綺麗にかわされていく。
その極限のドッグファイトの最中、アリスは、静かに“必殺技”への算段を整えていた。
銃器を持つ手とは別のもう片方の腕に握られた武器。白く輝くエネルギーの奔流を微かに放ち始めたそれこそが“必殺技”の要であった。
程よい距離ならユズの銃撃と肩口のミサイルによる波状攻撃。間合いが詰まれば、名無しの脳波と直結した蹴りによる格闘。
互いの手の内を知り尽くしたかのような、一歩も引かないデッドヒートが曇天の空で繰り広げられる。
だが、その均衡を破るように、黒い機体の機構が耳障りな駆動音を立てて変形した。
黒い装甲の隙間からプライマルアーマーとも形容できそうな高密度のエネルギーバリアが張られた。敵はその球状の盾を前面に押し立て、ユズの精密な銃撃を強引に弾き飛ばしながら、一転して猛烈な突撃を仕掛け始めたのだ。
『っ、弾かれます……! どうしたら……!』
管制室のユズが悔しそうに声を上げたその瞬間、チャージ完了を告げる電子音が鋭く鳴り響いた。
「チャージ、完了しました! 勇者の必殺技、いつでもいけます!」
「よし、待たせたな」
名無しは己の身の内に眠る無限のエネルギーを、アリスの握る“そこ”へと一気に回し始めた。
特殊な兵装、あるいは未知のテクノロジーによって改造された決戦兵器に見えたその武器。それは、アリスという少女のアイデンティティの一部であった。
戦場に満ちる緊張感が最高潮に達したその瞬間、武器の機関部へと膨大なエネルギーが収束し始める。最初は仄暗い深海を思わせる深い青い光だったものが、臨界点を突破すると同時に、圧倒的な白い輝きへと変貌を遂げていった。
「私たちみんなで行きます!いいですか!?」
アリスの叫びが、通信回線を通じて仲間たちの胸を震わせる。その声に応えるように、これまで幾多の死線を共に潜り抜けてきた者たちの熱い意志が、言葉となって戦場に響き渡った。
「ああ!ブチかませ!」
『そこです!撃ち込んでください!』
『いけーーー!!』
様々な者の激情が入り混じる掛け声。それらが一つの巨大なうねりとなった刹那、“光の剣:スーパーノヴァ”の銃口から、天を穿ち大地を融解させるほどの極太の光線が放たれた。
「光よ!」
アリスの凛とした号令とともに解き放たれたのは、人智を超越した二つの名もなき神々の力による圧倒的なエネルギーの奔流を飲み込む。
鼓膜を鋭く引き裂くような甲高い音が響き渡り、視界のすべてが純白の閃光によって塗りつぶされる。熱量と質量が激突した爆心地からは、あらゆる物質を原子レベルで崩壊させるエネルギーの余波が霧散して広がった。
『AMSから、光が逆流する……!』
『や、やったの……?』
ノイズが激しく混じる通信の向こう側から、事態を見守っていたミドリとモモイの呟きが漏れ聞こえる。あれほどの出力を、しかも至近距離で叩き込んだのだ。いかなる怪物であろうとも、無傷でいられるはずがない。
だが。
激しい爆発の後に残された、濃密な排煙と煤煙の帳。不気味な風が鳴るような音が微かに聞こえる。
『行けません!回避してくださ……』
全戦況を瞬時に演算していたヒマリが、その声に焦燥をにじませて警告を発する。だがその声がアリスたちの耳に届き、肉体が反応を起こす頃には、すでにすべての判断が遅すぎた。
排煙を切り裂いて現れたのは、全身が黒焦げになり、装甲の随所から火花を撒き散らすボロボロの機体。しかし、その駆動系は死んでいなかった。それどころか、先ほど叩き込まれた最高威力の光をあえてその身に受け止め、推進力へと変換するかのような異常な挙動で、こちらに向かって猛烈な速度で急接近してきたのだ。
敵機はアリスたちの眼前に迫ると、全方位に展開していたバリアのエネルギーを暴発させた。それは防御のための盾を、一瞬で自爆兵器へと変貌させる一撃。全方位への大爆発が巻き起こり、破壊の衝撃波がアリスたちを完全に捉えた。
回避も防御も間に合わず、その凄まじい衝撃を諸に食らったアリスたちの機体は、制御を完全に失って激しくきりもみしながら、容赦なく硬い地面へと墜落していく。金属がひしゃげる凄絶な音が響き、衝撃で視界が暗転する。
「ぐはっ」
もろに衝撃を食らった名無しは血反吐を吐く。血だ。彼はじわじわと自分が生きた肉体に在ることを実感し始める。
「……アリス、無事か」
「アリスは大丈夫です……でも……」
アリスは彼の身を案じて、下を見た。腹部などが大きく損傷しているがすぐに彼の肉体は再生されていく。彼にとってまともに肉体が再生が機能するのも久々だろう。
「俺のことはいい、どうせすぐに直せる。……だが」
『~~~~~~~』
通信機器からノイズが鳴り一向にヒマリたちの声が聞こえてこない。機体のほうは無事にはいかなかったようだ。
「そこをやられたか。痛手だな。」
彼らは冷や汗を浮かべながら眼前を見据えた。
「まだまだ戦いは始まったばかり……ってことか……」
[補足]
-アビ・エシュフ NEXT
かなり大型化したパワードスーツ。高速移動に長けている。ちなみにところどころに『9』の番号が入っている。元ネタは文字通りあの人型律動兵器。
-SN-KRSW
上記の機体に合わせる形で新たに作られた光の剣:スーパーノヴァ。レールガンではなくレーザーライフル。発射するためにはチャージが必要。王女、そして長子の二者による莫大なエネルギーを凝縮して敵を無に帰す光を放つ。これを防げる者がいるのなら同じ力を扱える者だろう。
-黒い機体
黒く焼け焦げたアビ・エシュフをベースにしたであろうパワードスーツ。排煙が空を黒く汚染する。皮肉にもそれで発生した曇天はとても馴染み深いあの頃の景色だった。
-ニル
名無しは基本的にアリスにのみこの名前で呼ばれます。