[完結] From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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83話『REBUILD』

 

 名もない存在(名無し)であり、(ニル)の名を得た存在は歩いた。

 果てなく広がる荒野を、ただ愚直に、ひたすら一歩ずつ踏みしめていく。視線は常に先を向いている。幾多の苦難に打ちのめされ、泥を啜ってきた過去があろうとも、もう俯くことはない。

 

 そうして歩み続け、乾いた大地の先に辿り着いた彼の視界に、待っていた“今”の仲間たちの姿が映り込んだ。

 

「ニル!!どうしてあんなことをしたんですか!?アリス、心配しました!」

 

 駆け寄ってきたアリスの声を口切りに、彼女の背後にはヒマリやリオ、そしてゲーム開発部の面々が次々と姿を現す。

 安堵と苛立ちの混ざり合った視線を一身に受けながら、彼は口元にどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「悪いな、どうしても勝ちを独り占めしたくなってな。許せアリス」

 

 そう言って、間合いを詰めてきたアリスの額を二本指で軽やかに小突いてみせる。

 まだ幼い(と一方的に偏見を抱いている)彼女に、誰かの命が潰え去る残酷な瞬間を突きつけたくはなかったからでもあったが、胸の奥に秘めたその真意を、彼があえて言葉にして口に出すような真似はしない。彼の自分勝手な行いだ、言い訳など彼は必要としていないし、言わない

 

「本当、勝手なことをなさらないでください……この麗しく聡明な私のオペレーションの復旧もできたでしょうに、それを放棄したまま戦うなんて……」

 

 車椅子の上で大袈裟に肩をすくめながら、ヒマリがやれやれと言わんばかりに小言を垂れ流す。

 

「ま、まぁ勝てたみたいだからよかったじゃない!」

 

 険悪になりかけた空気……というほどではないが説教が始まりそうな空気を察してか、モモイがどこか気まずそうに、だが安堵を隠しきれない様子で擁護の助け舟を出す。どちらかといえば微笑ましい空気だった。

 

 ヒマリがさらにくどくどと小言を重ねようとした、まさにその時。

 

「“終わったみたいだね”」

 

 壮大な一仕事を終えて集まっていた集団の中から先生が現れ、穏やかにそう告げた。その表情には、激戦を乗り越えてきた者だけが持つ確かな労いと安堵が滲んでいる。

 

「そうだが、少し違うな」

 

 名無しは先生の言葉を受け止めつつ、視線を少しだけ上空へと向けながら静かに言葉を返した。

 

「これから始まるんだ」

 

 彼が見上げた視線の先、空間を切り裂くようにしてシロコ*テラーが姿を現した。

 

「ん、お疲れ様」

 

「ああ、そっちもな。」

 

 無事に合流を果たした二人の間に、過剰な言葉は要らなかった。短く交わされる言葉の中に互いへの深い信頼が静かに宿っている。

 

「次はどうするの?」

 

 シロコはアサルトライフルを引き寄せながら、次の目的地を確かめるように尋ねた。

 

「ああ、その話だがな。前にサンクトゥムタワーの話をしたのを覚えてるか?」

 

 彼が問いかけると、シロコは少しだけ記憶を遡るように小首をかしげた。

 

「うん。確かリソースがなんとか……って話だったよね」

 

「そう、それだ。だがその前に少しやっておきたいことがある」

 

「……?」

 

 彼が見せたのは、これまでの過酷な道のりの中で浮かべてきたどんな顔よりも、どこか愉悦すら孕んだ悪そうな表情だった。

 

 その意図を読みかねて、シロコはさらに不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 

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「理解できぬ」

 

「理解できぬ」

 

 異空間。どこでもない場所にて。

 そこに集う白面の存在たちは、隠しきれぬ狼狽に揺れていた。

 なぜあの存在たちは、底知れぬ絶望を味わい尽くしてしてなお足掻き続けるのか。なぜ災害すらも退けてしまったのか。彼らの知性では、その理を解き明かすことなど不可能に近かった。

 

「『卑俗』が『崇高』へと至った。理解できぬ」

 

「人は人によって滅びる、そのはずだ。何故因果が覆った」

 

「さぁ、なんでだろうな」

 

「!?!?」

 

 突如として、その空間に到底響くはずのない異物の声が割り込んだ。

 『無名の司祭』と呼ばれる存在たちのひとつ、そのすぐ背後から放たれた声。

 

「理解できぬ理解できぬ理解できぬ理解できぬ理解できぬ」

 

「なんだ。そんなに変か」

 

 名もなき存在の口元に悪辣な笑みが張り付いていた。

 自身を、そして数多の世界を狂わせ、崩壊させた全ての元凶である無名の司祭たちと直接対面するのは、彼にとってもこれが初めてのことである。

 

「何故此処へ至れた。お前のような卑しき愚者が。人の身にそれが許されるはずもない。何から何まで理解できぬ」

 

「原理は省くが、理由ぐらいなら察せるだろ」

 

 一瞬にして彼の表情から悪辣な笑みが消え去った。

 

「仕返しだよ」

 

 そう言い捨てると、彼は合図を送るかのように静かに腕を掲げた。

 直後、歪んだ空間を割り裂き、『色彩』の光彩を通じて一人の少女が姿を現す。

 

 シロコ*テラーだ。

 

 その瞳の奥には、猛火のように渦巻く並々ならぬ怒りが宿っていた。

 けれど、その佇まいは不気味なほどに静かで、落ち着き払っている。静寂のなかで、冷徹に、そしてどこまでも理性的に、彼女は憤っていた。

 

「誰であろうと報いは受けるべきだよな?」

 

 名無しは鉈を引き抜いた。

 

 きっとこれは、ある種の『復讐』の肯定なのだろう。

 己を喪失し、その先にあるはずの未来すらも投げ打ってしまうような破滅的な手段でさえなければいい、ただそれだけの話なのだ。何より、一方的に踏みにじられたまま耐え忍ぶより、相応の仕返しをしてやった方が、よほど“良い気分”になれる。後に残すべきなのは一体何か、実に単純な話である。もっと自分の願望に正直に生きればいい。

 

 無名の司祭たちが次々とその場に打ち倒されていく。だが、その最中に数人には寸前のところで逃げられてしまった。

 

「くっ……逃げられた……」

 

 手応えを残しながらも完全に取り逃がした残党に向け、シロコは悔しさを滲ませた声を漏らす。

 

 そんな彼女の様子に、名無しは平然とした様子で言葉をかけた。

 

「100%はやり返せなかったな。それに今殺したつもりのやつも、実際死んだかどうか分からん。わけのわからねえ連中だ、何食わぬ顔でひょっこり復活してきてもおかしくはない」

 

「じゃあ……どうしてこんな事を?」

 

 結局のところ完全に息の根を止められる確証もないのに、なぜリスクを冒してまでここへ踏み込んだのか。シロコは不思議そうに問いかける。

 

「これで釘は刺せただろう。こっちはその気になればいつでも仕返しが出来るだけの力を得た。これで向こうも下手に手を出しては来なくなるはずだ」

 

「ん……理解」

 

 自分たちはもう、一方的に弄ばれるだけの弱い存在ではない。ラインを踏み越えてくればいくらでも“仕返し”ができるのだと相手にリスクを与えることで、当面の安全な猶予期間を得ようとしたのだ。

 

 おそらく、無名の司祭たちと現在のキヴォトス勢力による攻防は、これからも永遠に続いていくのだろう。だが、崩壊した世界を再建し、更なる脅威へ備えるための時間はいくらあってもいい。

 

「まぁ……少しは気が晴れただろ?」

 

 名無しにそう語りかけられ、シロコは引き締めていた口元をわずかに緩めると、満足そうに小さく頷いた。

 

「それじゃ、戻るか。これでやっと“次のステップ”を進められる」

 

 

 

 

 

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 元の場所。何一つ風を遮るもののない空白の大陸。

 荒涼と広がるまっさらな世界には、まだ何も存在していない。

 

 異空間から戻ってきた二人を、待っていた人物が朗らかに迎えた。

 

「“あっ、おかえり!”」

 

 先生が二人へ向けて手を振る。

 

「うん。ただいま、先生」

 

 シロコは先生へと柔らかく微笑み返した。

 

「“さて、改めてこれからどうするの?”」

 

 先生は腕を組み、名無しへと視線を向けた。その問いを待っていたと言わんばかりに、名無しは楽しげに口角を吊り上げる。

 

「ああ、聞いて驚くなよ」

 

 どこか悪戯が成功した子どものような、妙に弾んだ声だった。

 

「これからキヴォトスを作る」

 

「“えっ”」

 

「えっ」

 

「ええぇぇっ!?」

 

 次の瞬間、周囲を取り囲んでいた一同から、怒涛の驚愕と困惑の声が一斉に上がった。

無理もない。主に当初から名無しとシロコの間で共有されていた計画を知らない層から。大体はぼんやりと復活できるぐらいにしか認識していなかったのだろう。

 

「あ、あの……少しよろしいでしょうか。そんなことが、本当に可能なのですか……?」

 

 困惑の渦の中から七神リンが一歩前に踏み出し、信じられないといった面持ちで問い正す。

 

「安心しろ。“素材”ならある」

 

 名無しはそう言うと、どこか不気味な光沢を放つ、再構成されたらしい黒いビニール袋をゴソゴソと取り出してみせた。ボールのようなものが入っているようだ。

 

「“それは何かな?”」

 

 先生は首を傾げ、興味津々にその袋を見つめる。

 

「まぁ、素材だ。特に知る必要はナシ!」

 

 名無しはきっぱりと、一切の追及を遮るように言い放った。

 

 ……が、その直後、彼は先生の隣へ滑り込むと、周囲に聞こえないよう耳元で小さく声を潜めた。

 

「(あんまデカい声で言えないんだがな、別の世界線の俺の生首なんだよこれ)」

 

「“あ、あぁ……あはは、なるほど……ね……”」

 

 衝撃的すぎる素材の正体に、さっきまでの興味津々だった先生の表情が見る見る引きつり、苦笑いを浮かべたのだった。

 

 名無しは少し歩みを進め、足元の感触を確かめるように周囲の場所を探り始めた。

 

「まぁ、この辺でいいだろう」

 

 そう呟くと、彼は躊躇なく地面を素手で掘り返し、先ほどの黒いビニール袋の中身をその深くへ埋めた。そして土を払って立ち上がると、固唾をのんで見守る集団へと向き直り、朗々と声を上げた。

 

「今から俺が名前を出した生徒は来てくれ」

 

 一瞬の静寂の後、彼は指を立てながら呼びかける。

 

「まずはアリス、そしてサオリ、次にホシノ、最後にシロコだ」

 

 名前を呼ばれた4人は、一体これから何が始まるのかと疑問を浮かべたり、あるいはどこか期待を寄せたりと、それぞれ異なる表情を浮かべながら彼のもとへと集まってきた。

 

「おじさんたちを呼んでどうするのさ?」

 

 ホシノが首をかしげて尋ねる。いや、正確にはかつて『テラー』の領域に足を踏み入れた生徒だ。サオリも、シロコも、そしてアリスも——ここに選ばれたのは皆、反転や異質なる『神秘』の縁を持つ者たちばかりであった。単に強大な力が必要だからという理由だけではないはず。

 

「悪い、少し触れるぞ」

 

 彼はそう断ると、集まった4人の頭上に浮かぶヘイローへと、順にそっと手を伸ばしていった。

 

「ひぃっ!?」

 

「な、なにをっ!?」

 

「な、なんですか!? 何かくすぐったい感じがしますっ!」

 

 ヘイローに直接触れられた生徒たちは、思わず体を縮こまらせた。痛むわけではない。ただ、心の奥を撫で回されるような、独特のむず痒い感覚が走るらしい。

 

 彼が手を離すと同時に、それぞれのヘイローから色鮮やかな“断片”が引き抜かれるようにして舞い上がった。

 

 アリスのヘイローからは“白”。

 サオリからは“紅”。

 ホシノからは“灰”。

 そしてシロコからは“黒”の色の断片が。

 

「うへぇ~……それって何? もしかしておじさんたちの魂? 物騒なことするねぇ……。」

 

 ホシノが自分の頭上と舞い上がる光を見比べながら不快そうに顔をしかめる。

 

「いや、もっと大雑把なもんだな」

 

 名無しは短く答えると同時に、自らの内に眠る『涅槃』の性質を呼び起こした。彼の身に纏う空気が一変し、『崇高』の状態へと至る。

 

 引き寄せられるようにして、引き抜かれた4つの断片が空中で重なり合い、引かれ合い始めた。白、紅、灰、黒、異なる色彩が混ざり合いながらぐるぐると渦を巻き、徐々に大きな“円環”の形を成していく。

 

 だが、その光の輪はまだ未完成だった。途中で途切れ、綺麗な円を閉じるには至っていない。

 

 空中で設計図を描くかのように、名無しは天へと手を滑らせた。未だ暗雲の残る空に、浮かび上がる歪な光の輪。

 

 すると直後。周囲を囲んでいたすべての生徒たちのヘイローから、一斉に無数の“色”の断片が解き放たれた。赤、青、黄、緑、紫、桃……色とりどりの輝きが筋となって空へ昇り、先ほどの未完成な円環へと次々に吸い込まれ、加わっていく。

 

 無数の『神秘』と『青春』の断片を組み込みながら、空の輪はみるみるうちに膨れ上がり、天を支えるほどの圧倒的なスケールへとその形を定めていった。

 

「“あれは……巨大なヘイロー?”」

 

 眩い光を見上げる先生が、息を呑んでぽつりと呟く。

 

 完成へ向かっていく巨大なヘイロー。それは多様な色彩を爆発させるように発光し続けだが最後の最後まで完全に円として閉じられることはなかった。

 

 終わりはない。閉じる必要など最初からどこにもないのだ。

 彼女たちの物語はこれからずっと、どこまでも続いていくのだから。

 

 名無しは、悟りを得た名もなき人の子は両手を合わせた。

 

 合掌とともに全員の視界が眩いばかりの光によって塗りつぶされた。

 

 どこまでも青く、ただ青く。

 透き通っていくように。

 

 

 

 

 

------------------

 

 

 

 

 

 

「“う~ん……”」

 

 強い残像が焼き付いた瞼の裏に、じわじわと意識が戻ってくる。ゆっくりと目を開けた。どうやら私は、地面に倒れていたらしい。

 

 視界いっぱいに広がっていたのは、澄み渡るような青空。けど完全な快晴というわけではなかった。うっすらと柔らかい雲が流れ、晴れと曇りのちょうど中間のような、どこか穏やかな空模様だ。

 

「ん、先生。大丈夫?」

 

 私の身を案じる声に促され、身体を起こす。シロコが差し伸べてくれた手を借りて立ち上がった。

 

「大丈夫みたいだね。ねぇ、見て」

 

 安堵したように息を吐いたシロコが、ふとある方向を指さした。

 

「“あれは……”」

 

 視線の先に聳え立っていたのは、天を突くほど巨大な塔のような建造物だった。どこか要塞を思わせる容貌でもある。その最上部には、先ほど私たちが目撃した、あの途切れることのない巨大なヘイローが悠然と浮かんでいた。

 

 けど塔の先端部分は剥き出しのままで、まるで建設の途中で時が止まったかのようだった。一見すると、まだ完璧とは程遠い未完成の姿。

 

「行ってみよう」

 

 シロコに促され、私たちは塔の頂きから感じる『ある気配』のもとへと向かった。

 

 最上階へと辿り着くと、その気配の主は大の字になって倒れていた。全身の力を完全に使い果たしたようで、ぴくりとも動かない。

 

「“だ、大丈夫……?”」

 

 駆け寄って声をかけたものの、彼は息を切らしていたのか荒い呼吸をするばかりで、すぐには言葉を返してくれなかった。かなり負荷がかかったようだ。

 

「先生も来たのだな」

 

 背後から声を掛けられ、振り向く。そこにはサオリが立っていた。

 

「“うん、大丈夫かな彼……”」

 

「心配することはないだろう。先生も知っているはずだ。この男のしぶとさを」

 

 サオリの静かな言葉に、私も思わず苦笑する。

 

「“確かにそうだけど……”」

 

「しかし妙な場所だな。私にはこの塔はまだ“未完成”に思える」

 

 サオリは腕を組み、周囲の剥き出しになった鉄筋や未塗装の壁面を眺めながら、ぽつりと疑問をつぶやいた。

 

「“やっぱりそう思う?”」

 

 私も彼女と同じ違和感を口にしようと、相槌を打とうとしたその時だった。

 

「失敗した」

 

 突然、大の字に寝転がったままの名無しが、ぼそりとそう言った。

 

「“えっ”」

 

「えっ」

 

「なんだと?」

 

 サオリもシロコも、そして私も思わず声を揃えてびっくりしてしまう。

 

「クッソぉ、完成させらんなかったぞチクショー」

 

 悔しがるようなセリフの割には、どこかカラッとした、妙に軽めのトーンだ。あまり大きな問題ではないのかな?

 

「“そ、それって大丈夫なの? そもそもこれは……”」

 

 私が核心を尋ねようとする前に、横にいたシロコが静かに言葉を継いだ。

 

「これがあなたの作ったサンクトゥムタワーなんだね。でも……未完成で大丈夫なの?」

 

「いけると思ったんだがな。まだまだ俺が未熟だったな。サンクトゥムを完成させられるほど自分の力を扱いきれてなかったらしい。少し“傲慢”になりすぎて罰が当たったか……?」

 

 彼は自嘲気味にそう漏らす。だが、こちらの不安な気配を察したのか、ひょっこりと上半身だけを起こして付け加えた。

 

「ああ、一応最低限の目標は達成できてるから、根本的には問題ないぞ」

 

「“そうなの? じゃあ何が問題なんだ?”」

 

一番肝心なのはそこだ。見た目だけの建築途中の問題なのだろうか?

 

「本当はこれを完成させられたら、向こうのキヴォトスを丸ごとコピーできたはずなんだが……そこは機能不全で、こっちのキヴォトスを維持できるCPUの確保しかできなかった」

 

 彼はどこか遠くを見るように話を続けた。

 

「“それってつまり……どういうことなの?”」

 

 私がまだ状況を噛み砕けていないのを見て取ると、彼は再び面倒くさそうに身体を地面に倒し、天井の抜けた先に広がる空と、その向こうの風景を指さした。

 

「“何もない、まっさらな大地だね”」

 

「今から手作業でキヴォトスを再現することになります」

 

 唐突に、丁寧な敬語でそう言った。

 

「“えっ、手作業……?”」

 

「はい、全部手動です。便利なコピペはできません」

 

「“えぇぇぇ!?”」

 

 そ、そんなぁ……。

 

「……いや」

 

 サオリが腕を組み、静かに呟いた。

 

「そう悪い話ではないのではないか?」

 

 それに続くように、シロコも「うん、私もそう思う」と頷いた。

 

「そもそも私たちは皆、生き返るときに覚悟はできてるはずだからね。これぐらいなんてことないよ。それに……何もないなら、一から自分たちの理想のキヴォトスを創れるかもしれないし」

 

「ああ。壊れたものは完全に元通りにはできない。でもこれなら、皆の帰る場所を作ってやれる。大した問題はない。アリウスの事は完遂させられなかったが、ここでなら……」

 

 二人の言葉には、一切の悲観も迷いもなかった。

 

 シロコもサオリも、本当に前向きだ。思えば、彼女たちはこれまで幾度となく絶望的な修羅場を潜り抜けてきたのだ。一度崩壊を経験し、それでも這いずり回って生を繋いできた彼女たちにとって、もう何の障害でもないのだろう。

 

 確かに、そうかもしれない。

 キヴォトスとは、そもそも生徒たちのための学園都市だ。大人たちの身勝手な欲望や歪んだ権力構造に振り回されることのない、本当の意味で生徒たちが自分たちの未来を描ける場所。

 

 未完成のサンクトゥムタワー。

 どこまでも広がる、何もない白紙の大地。

 

 完璧にコピーされた既製品の街じゃないからこそ、これから彼女たちの手で創り上げていくすべてが、本当の『青春』の1ページになる。

 

 未完成のまま。だからこそ、逆にこれで良かったのかもしれないな。

 

「先生、こちらにいましたか」

 

 背後から静かな声が響いた。振り返ると、そこにはリンちゃんや、他の連邦生徒会の面々が勢揃いしていた。

 

「この建築物は何でしょうか……?」

 

 見上げるほどの未完成の巨塔を前に、少し圧倒されたような面持ちで尋ねてくる。

 

「これが新しいサンクトゥムだ。仲良くしてやってくれ」

 

 大の字になったままの名無しが、気楽そうな調子で冗談混じりに口を挟んだ。

 

「これが……そうなのですね」

 

「……ふむ」

 

 リンちゃんは顎に手を当てて静かに塔を見上げ、少しの間を置いてから言った。

 

「見たところ、この塔はそのまま連邦生徒会の拠点として扱えそうですね。非常に大きいですし、しばらくの間は一時的な居住区としても扱えそうです」

 

 ……なんだ、彼女たちもすっかり再起のための心構えができているじゃないか。

 

 こんな風に生徒たちが皆前を向いているんだ、私も置いていかれてはいけないな。

 

「“いいね。それじゃあ私は、まず最初に何をしたらいいかな?”」

 

 私も前向きのつもりだ。生徒たちの力になれるように、そして何より、私自身がこれから始まる新しい日々を楽しむために、行動を起こさないとね。

 

「それでは、先生は……」

 

「そうですね……」

 

 リンちゃんは私を真っ直ぐに見つめ返し、静かに、けど確かな信頼を込めて告げた。

 

「……このまま、連邦捜査部シャーレの顧問としての活動を継続していただいてもよろしいでしょうか?」

 

 彼女の返答。それは、私にとってこれ以上なくしっくりとくるものだった。

 

「“もちろん! 生徒の力になるのが、私の役目だからね!”」

 

「“それで……名無しはどうするの?”」

 

 私は彼に聞く。

 彼もまた、この世界を再起させるための大きな役割を終えた。けど、彼の人生や旅路がここで終わったわけではないのだ。

 

「俺か? そうだな……」

 

 彼は後頭部の下で腕を組み、空を見上げたまま言葉を紡ぐ。

 

「しばらくは“あっちの”キヴォトスの地形とかデータとかの調査に行くかな。この先に何か不備があっても困るし、何か再現したい建築があったら参考になるデータがあってもいいだろ?」

 

 なるほど、と納得した。

 確かに、向こうのキヴォトスには私や生徒たちと同一の存在が残されている。私たちが下手に往来すれば混乱を生みかねないが、同一存在がいないであろう彼ならば、その役目にはうってつけだろう。

 

「それに、前は抱える問題が多すぎたせいでそれどころじゃなかったんだが……今度こそ、この青空の下でまともに生きれそうなんだ」

 

 以前の彼は、あまりにも多くの葛藤や精神的苦痛を抱え込んでいて、純粋に日常を味わう余裕なんて微塵もなかった。だからこそ、こうして純粋に学園都市という場所を愉しみ、生きる機会が巡ってきたのは本当に良かったと思う。

 

「“……”」

 

「“ねぇ”」

 

 少しだけ、余計なお世話だったかもしれない。けれど、私はここでずっと胸に引っかかっていたことを聞いてしまった。

 

「“君の友人のことは……もう大丈夫なの?”」

 

 遠い昔に失われた、彼の友人たち。

 その存在と、彼はもう本当の意味で振り切れたのだろうか。自分の中で折り合いをつけ、踏ん切りがついたということなのだろうか。

 

「……? まるで俺が昔のことを諦めたみたいに言うな」

 

 彼は心底おかしいとでも言いたげに、どこか私をバカにしたような笑みを浮かべた。

 

「んなわけねえだろ。これからも復活させる方法を探っていくさ。同時にやるんだよ」

 

 呆れたように息を吐きながら、彼は腕を空に伸ばして言い放つ。

 

「要するに俺は好きに生きるってことだ。あれもこれも、全部好きなようにやってくんだよ」

 

 天を見据えるその瞳には野心が溢れていた。

 

 諦めたから吹っ切れたのではない。何ひとつ諦めず、すべてを貪欲に掴み取るため。彼の『楽園』を目指す道はまた始まったんだ。

 

「……そういやあんたに昔の仲間の事話した事あったか?」

 

「“それは……あれ? どうだったっけ……私が一方的に記憶を覗いたことがあったから知ってたんだっけ?”」

 

「俺にプライバシーって無いの?」

 

 既に連邦生徒会は、次のステップへ向けて慌ただしく行動を始めている。未完成のタワーを検分し、通信網の仮復旧や人員の配置について声を掛け合う彼女たちの背中は、これから始まる果てしない復元作業への意欲に満ちているようだった。

 

「“……じゃあ、私もそろそろ仕事にかからないとね”」

 

 私はパンパンと膝の砂を払いながら立ち上がり、彼女たちと同じように、自分のなすべき仕事にとりかかろうと足を踏み出す。

 

「なぁ」

 

 去り際に、地面に寝そべったままの彼の声が届いた。

 

「満足してるか?」

 

 背後から低く投げかけられたその問い。

 唐突な投げかけに一瞬だけ足を止め、私は……そして僕はゆっくりと振り返って答える。

 

「いいや、まだまだ!」

 

 僕の即答を聞いて、彼も笑みを浮かべた。

 

「いい答えだ」

 

 言われてみて、自分でもはっきりとわかる。

 きっと今の私は、これまで生きてきた中で一番素晴らしく、清々しい笑顔をしているはずだ。

 

 何一つ終わってなんていない。

 この何もない世界で失われた全てを取り戻したところで、満足なんてできるはずがないのだ。

 

 まだまだだ。だからこそ、追い求めていく。

 そうやって、私は僕の往くべき道をどこまでも続けていくんだ。

 

 僕にとっての『楽園』を目指す人生だって、まだ始まったばかりなのだから。

 




[補足]
-未完成のサンクトゥム
 非常に巨大だがまだ完成していない。連邦生徒会の拠点としては大きすぎるサイズなのでしばらくはここに生徒が寝泊まりする。まるで途中で建設が止められてしまったような中途半端な外観を持っているが、傲慢の代償なのかもしれない。のちにこの塔は神話になぞらえて、『מגדל בבל(ミグダル・バベル)』と呼ばれた。
 実は素材から察する通り別の名無しの肉体が変容してできた建築物。もう意思がない抜け殻の肉体なのでそのまま建築にされた。

-晴れ?
 曇り混じりの空。純粋な透き通った物語ではない。だがそれにこそ価値は生まれる。
 

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