[完結] From outside Kivotos 作:ケトゥ毛
「何ですって……? ミレニアム自治区中で停電が……?」
セミナーの事務室に、ユウカの悲鳴に近い声が響きわたる。
「はい! それであちこちに……」
「困ったわね……こんな事、今までで初めてよ……」
報告を受けるユウカは、眉間に深い皺を寄せて頭を抱えた。
「ユウカさん! 報告が……っ!」
息を切らせた生徒が慌ただしく室内に駆け込んでくる。
「今度は何……?」
「ミレニアム中で通信障害が発生しています! おまけに配置されていたロボットや機械は立て続けに動作不良を起こして混乱が発生しています……!」
「通信障害はともかく、ロボットの暴走や不調なんていつものことじゃない?」
「いえそれが……校舎内だけでなく、自治区全体にまで及んでいるようで……」
次々と持ち込まれる不吉な報せに、室内の空気は重く沈んでいく。
「こちらからも報告が……! ミレニアムから数十キロ離れた地点で“正体不明のスモッグ”が発生しているとのこと!」
報告と同時に、大型モニターに現地の空撮映像が映し出された。
「な、何よ……これ……」
上空から街を見下ろすように写されたその映像には、あまりにも不可解で異様な光景が記録されていた。
真っ黒な煙のような、ガスのような何かが街を丸ごと呑み込むように澱んで溜まっている。光を全く反射していないのか、まるで映像のその部分だけが丸ごとくり抜かれ、消失してしまったかのようにすら見えた。
「これ……よく見たら、少しずつ広がってきていませんか……?」
「そんな……」
「あっ……」
突如として映像に激しいノイズが走り、画面がプツリと暗転する。
「ドローンが……突然故障したようです……」
「私たちはどうしたら……!?」
「“会長”も居なくなったって時に、次々とこんな事故が……!」
ざわめく室内で、ユウカは青ざめた顔で画面を凝視していた。
「まさか……これが先生の言っていた“怪物”……?」
「……可能性があってもおかしくないわ。というか、タイミング的に考えてもそうでしょうね」
“怪物”の存在について先生から警告を受けたばかりだった。その直後に起きたこの異常事態……偶然と切り捨てるにはあまりにも出来過ぎている。
「あぁあ……あちこちから、機械の故障によって発生した事故の報告が舞い込んできます……!」
「ああもう! こんな時に!」
生徒会を統括するリオ会長の姿は現在どこにもない。こんな時に頼れる存在は、もうあの人しかいなかった。
「とりあえず、先生に連絡をするわ」
ユウカは急いで自分の端末を操作し、先生への回線を繋ごうとする。だが――
「繋がらない……」
虚しい呼び出し音すら鳴らず、画面にはエラーが表示されるだけだった。
「先生はあの会談の後、どこに行ったか分かる?」
「私は……すみません……分かりません……」
「あっ、私知ってます!」
「本当!? 今どこにいるか分かるの?」
「確か……外出したゲーム開発部を探して、今は外に……」
「そんな……先生も居ないなんて……」
ついさっきまで、先生との会談によって決定した“怪物”への対策のため、様々な防衛策やロボットを自治区内に配備させている最中だったのだ。
多忙を極めていた上にこの未曾有の事態が重なり、ユウカの心の余裕は急速に削り取られていく。
「どうしたら……」
必死に打開策を考え込んでいると、扉が開き、再び足音が響いた。
「すみません、少し宜しいでしょうか?」
「アカネにカリン、アスナ先輩も……! やっぱりそっちでも問題が……?」
現れたC&Cのメンバーに対し、ユウカが問いかける。
「実は……」
「ネル先輩との連絡がつかない……? 一緒には居なかったの?」
「そうなんです……少し前の時間に集合する約束をしていたのですが……いつまで経っても来なかった上に、何故かメッセージも送信できなくなってしまったので……」
通信障害の弊害だろう。あらゆる情報の伝達が滞り、現場の状況が掴めない。
自分たちの与知し得ない場所で、すでに取り返しのつかない恐ろしい事態が進行しているのではないか、そんな冷たい不安がユウカの脳裏をよぎる。
「ユウカちゃん。」
静かで落ち着いた声が、張り詰めた室内の空気を和らげた。
「ノア……」
「先生もこの異変には気づいておられるはずです。きっと事態を把握して、いずれ戻ってくるでしょう。ですから、とりあえず今は私たちに出来ることをしましょう? 私は各部活の部長を集めてきます。ユウカちゃんは現在把握している情報の整理をして、連邦生徒会に通達してもらえますか?」
優しく、しかし毅然としたノアの言葉に、ユウカは深く息を吐き出し、意を決して頷いた。
「……わかったわ。」
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「なるほど……それで私たちを呼んだわけだね?」
「そうなんですが……一応聞きますが、今回の騒動の発端として関わっているわけではありませんよね?」
ノアがエンジニア部の部長である白石ウタハへ、確認するように問いかける。
「ま、待ってくれノア! 確かに過去に騒ぎを起こしてしまったことはあるが、私たちは今回の件には……っ!」
「まあ、そうでしょうね……」
慌てるウタハに対し、ユウカは冷や汗を拭いながらため息をついた。
少なくとも、エンジニア部の作ったロボットや実験が直接の原因ではないだろう。現在のミレニアムで研究されている最新技術を総動員したとしても、あの街を呑み込むスモッグのようなものを発生させる研究など、ユウカの元に報告が届いたことは一度もなかった。
「ユウカ。」
「チヒロ先輩……どうでしたか?」
サイバー攻撃の類である可能性も捨てきれなかったため、ヴェリタスにも協力を仰ぎ、停電や通信障害の原因を探ってもらっていたのだ。チヒロは険しい表情で首を振る。
「あれは多分、ハッキングを受けたからああなっているっていう訳でも無さそうだね。通信がジャミングされているから障害が起きているのかと最初は思っていたけど、多分これも違うだろうね。」
「詳しく聞かせて頂けますか?」
「調査した結果からなんだけど……“そもそも電波が発信できていない”という可能性が高い。こっちの電波に周波数を合わせたものを発信して妨害するような一般的なECM攻撃とは違って、“電波という現象そのものが消滅してしまっている”可能性があるね。妨害というよりは“異状現象”に近いのかな。申し訳ないけど、こうなると私の専門分野ではなくなるから、これ以上は分からない……」
「そうですか……ありがとうございます……」
チヒロの言葉に、ユウカは深く考え込む。
「(もっと根本的……という事かしら?)」
「しかし、そんな異常現象が起きているのなら……これは単なる事故のようなものではなく、“災害”に近いのではないかい?」
ウタハの言葉に、室内の緊張感が一層高まる。確かにその通りだ。だとするなら、事態がこれ以上に悪化する可能性も十分に考えられる。
「……ノア」
「なんでしょう?」
「ミレニアム自治区内の全ての生徒と住民に、避難指示を出してもらえる? もしこれが災害レベルの事態だとするなら、このまま何の処置も取らないでおくと被害の規模がどんどん大きくなってしまうと思うの……」
「分かりました、ユウカちゃん。それでは――」
「待ってくれ。今は通信障害が発生しているのだろう? であれば機械の遠隔操作や一斉放送も不可能なはずだ。どのようにして避難勧告を出すつもりなんだい?」
「それは……」
言われてハッと息をのむ。確かにウタハの言う通りであった。
となると、残された手段は……。
「口頭で……でしょうか?」
「口頭か……」
一人ひとりに直接伝えていく手作業。間違いなく時間がかかる上に、この広大な自治区全体に知らせるにはあまりにも効率が悪く、危機感も伝わりづらい。
「どうすれば……」
頭を抱え、焦りのあまりよろけたユウカは、後ろのテーブルに縋るように手をつこうとした。
〈ガタッ〉
「あ……」
置かれていた何かに手がぶつかり、床へと転がり落ちる。
〈カチッ〉
床に落ちた衝撃でスイッチが入り、パッと眩い光が暗がりの中に広がった。
「これは……」
「懐中電灯……?」
落とした拍子で偶然ライトが点灯したようだ。
「………………」
ユウカはその光を見つめたまま、固まった。
頭の中で何かがカチリと噛み合っていく感覚。
電子機器は使えない。でも、それはあくまで“高度な電子機器や通信機器が使えない”というだけ……。
「……そうだ!」
「……? どうしました? ユウカちゃん」
「この懐中電灯みたいに、外部と通信を行わない構造のシンプルな道具なら、まだ問題なく使えるでしょう!?」
“機械が使えない”という先入観に囚われ過ぎていたのだ。
あくまで使えないのは通信や複雑な基板を持つ“電子機器”。懐中電灯のように回路が単純で、遠隔操作を伴わないような“物理的な道具”は普段通りに動作するはずだった。どうしてこんな単純なことに気づかなかったのだろう。
「確かにそうですが……」
「ウタハ先輩! “拡声器”のようなものはありますか!?」
「拡声器かい……? 確かにあるにはあるのだけれど……」
「拡声器を使って直接声を張り上げて避難誘導をすればいいと思いませんか!? それに自動車や離陸機も、完全自動運転のものでなければ手動で扱えるでしょうし……!」
「なるほど……それらを運用して、自治区内の人々へ物理的に避難指示を出していくわけだね? 幸い離陸機も多く保有しているし、手動での運転技術を持つ生徒もいるからね!」
単純極まりないが、確実な人海戦術だ。少なくとも、離陸機や自動車が大量に、それも立て続けに上空や路上を飛び交っていれば、どんな生徒であっても只事ではない異常事態であることに気づくだろう。
それにもし、先生がこの異変に気づかずに巻き込まれていた場合、上空からの捜索で見つかればついでに回収・保護できるかもしれない。
先生はゲーム開発部を探しに出て行ったと聞いている。つまり、ゲーム開発部の面々もミレニアムの安全圏内には居ない可能性が高いということだ。
「(心配ね……先生と合流していれば良いんだけど……)」
でも、先生といればきっと大丈夫。無事でいてくれているはずだ――。
そう自分に言い聞かせるように強く思い直し、ユウカはこれからの大規模な避難誘導作戦へと意識を集中させた。
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「ユウカちゃん……」
「んん……」
「ユウカちゃんっ」
肩を優しく揺さぶられ、ユウカは重い瞼を開けた。
「あれ……私……寝てたの……?」
確か徹夜で指示を出し続け、ミレニアム自治区内へ避難してきた生徒や住民たちの対応・管理に追われていたはずだったが……。
ノアから差し出された温かい飲み物を口にしてからの記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
「ごめんなさい……私……眠っちゃったみたい……」
「おはようございます。良く眠れたようで何よりです。」
「……?」
ノアは柔らかく微笑んでいたが、その瞳の奥には隠しきれない憂いが陰っていた。
「それは良いのですが……実は……」
「先生がまだ戻ってきていない!?」
報告を聞いた瞬間、ユウカの眠気は吹き飛び、勢いよく椅子から立ち上がった。
「そうなんです……避難指示を出しに行かせた生徒たちに尋ねても、先生の姿を見た者は誰もいないそうで……」
「そんな……まさか、ゲーム開発部も……ネル先輩も……?」
「残念ですが……捜索班からの情報も入っていません」
「まいったわね……まさか、あのスモッグの中にまだ居る訳じゃないでしょうね……?」
「それなんですが……まず、あれを見てもらえませんか?」
「あれ……?」
ノアに促され、ユウカは窓の外へと視線を向けた。
敷地内には避難してきた多くの人々と、それを整然と誘導するミレニアムの生徒たちの姿がある。その中には、応援に駆けつけたヴァルキューレ警察学校の生徒たちの姿も混じっていた。
「連邦生徒会には、無事に伝わったようね……」
ミレニアム内では通信機器が一切使えないため、書面を持たせた伝令を直接送るという極めてアナログな方法で通達を行ったのだ。どうやらミレニアムの外にも、この未曾有の異変がしっかりと共有されたらしい。
「そうなんですが……見てもらいたいのはそれではなくて……」
「どういうこと……?」
ノアが静かに、さらに遠くの空を指差す。
「あれは……!」
ユウカは息をのんだ。
遥か遠く、本来なら見慣れた街並みが広がっているはずの場所に、まるで黒い絵の具で塗りつぶされたかのような不気味なスモッグが蠢いていた。昨日映像で見た時よりも明らかに巨大化している。雲ひとつない快晴の空だからこそ、その異様な黒さが余計に際立って見えた。
「まさか……半日足らずであそこまで広がったって事なの!?」
「幸い、自治区内の避難自体は完了しました。ですので、これ以上あのスモッグに巻き込まれる市民や生徒が発生するような最悪の事態は防げたのですが……」
避難自体は完了している……だが、未だに戻ってこない先生と、ネル、そしてゲーム開発部の面々……。
「やっぱり……先生たちは、あの中に閉じ込められているって事でいいのね?」
「……そう断定しても、間違いではないかもしれません……」
あの不気味な闇の内部がどうなっているのか、外からは全く窺い知ることができない。だが、指を咥えて待っている猶予はないのだ。
「……ノア、一つ頼めるかしら?」
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「……なるほどです。つまり先生やゲーム開発部の部長など、未だ戻っていない人たちを探してほしい……という依頼ですね?」
「そうよ、アカネ。」
「確かに……この深刻な状況で未だミレニアムに戻らないということから、“あの中”で遭難している……という推測はできますが……」
「しかし部長ならあの辺りの地理は熟知しているはずだ。ただ道に迷って遭難しているとは考えづらい。」
カリンの言わんとする通りだろう。仮にもネル先輩はミレニアムの誇るC&Cであり、凄腕のエージェントなのだ。いくら暗闇に包まれているとはいえ、そんな人物が見知った街で迷子になるような真似はあり得ないし、同時にそんなこと、“あってはならない”。
「あなたたちにも“例の話”が伝わっているはずよ。」
「例の話……?」
「ねえ、その話って“お化け”……のことだよね?」
首を傾げて尋ねるアスナに、ユウカは真剣な眼差しを向けた。
「はい。そのお化け……いえ、“怪物”があの異変に関わっている可能性が高い……というより、ほぼ確実にその仕業だと私は思っています、アスナ先輩。」
「そして部長が、その怪物に関係する問題に対処しているからこそ、まだ戻ってきていないと……」
「あのスモッグの内部がどうなっているか分からないけれど、どの道調べる必要があるわ。かと言って、大勢の人員に調査させに行っても行方不明者が増えかねない。あの視界不良な状況じゃ、離陸機を飛ばして上空から捜索するなんてこともできないし……」
「だから、少数精鋭で動ける人が必要なの。」
「事情は分かりました。私たちも元々部長を探すつもりでしたので、むしろこちらとしては都合が良いですね。その依頼、お受けしましょう。」
「助かるわ。早速、具体的な内容を話しても良いかしら?」
「分かった。聞かせてもらえないか?」
「まず、先生、ゲーム開発部、そしてネル先輩の捜索。これが最優先事項ね。ネル先輩に関しては捜索というより”合流”が正しいかもしれないわね。あのスモッグ地帯の中でみんなを捜索してほしいんだけど、通信機器の使えない状況下だから、こちらからの支援は一切できないことを把握しておいて欲しいの。」
「了解〜」
「そして、もう一つ。余裕があればあのスモッグの性質も調べて欲しいわ。」
「調べる?」
「まあ”調べる”、という程でも無いわ。後で分かったことを報告してほしいってことね。」
「確かに、少しでも情報が欲しいですしね。」
「あっ! あと最後に一つ!」
「……? 何でしょう?」
「もし、報告にあった”怪物”と遭遇した際、巻き込まれないようにして欲しいのはもちろんなんだけど……」
ユウカは言葉を一瞬区切り、より一層強い調子で言った。
「できれば、交戦は避けて欲しいの。」
「……? どうしてだ? 確かに体を乗っ取る危険な存在とは聞いているが……」
「先生が提供してくれた情報の中に、”トリニティで正義実現委員会と交戦した”というものがあったのを覚えてる?」
「そうですね。確かその後は……」
「ほとんどが気絶した状態で発見された。もちろんこれも交戦を避けてほしい理由には含まれるけれど、今私が考えている問題はそこじゃないわ。」
「その問題とは?」
「今、すでにミレニアム自治区内にまで到達してしまっているという点よ。」
「うん……?」
「つまり、正義実現委員会という圧倒的な武力を持ってしても、撃退や拘束が不可能だった……ということは判るわね?」
「なるほど。つまり“武力による制圧自体が不可能”であると言いたいんですね?」
「そうよ。もしかすると“怪物”自体が、物理的に倒されることのない概念のような存在である恐れもあるわ。先生は“あれ”が直接殺害をしてくる事はないと言っていたけれど、危険極まりないことに違いは無いわ。だからなるべく遭遇してしまった場合は、戦闘ではなく離脱に専念して頂戴。」
「“怪物”というより、まるで“怪異”だな……」
「つまり『壊す』必要は無いという事ですね? でしたら『壊すこと』より『守ること』に特化した私たちであれば問題はないでしょう。」
怪異、あるいは都市伝説の類。カリンの例えはまさに言い得て妙だった。
「これじゃ捜索作戦というより”救出作戦”だな……」
「そういえばノアちゃんが見当たらないけど〜、一緒じゃないの?」
「今、彼女には”別件”に当たってもらっています。」
「とりあえず、作戦はまとまりましたね。」
アカネが姿勢を正し、静かに深く一礼する。
「では改めまして、その依頼、お受けします。」
「『00』との合流、そして先生、ゲーム開発部を救出すること……お約束しましょう。」
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ユウカと別れ、暗闇に足を踏み入れてから数時間が経過した。すでに上空の様子は窺えず、完全に空が見えなくなっていた。
しかし頭上を見上げると、まるで深い海の底から水面を見上げた時のように、微かにゆらゆらとゆらめく光が見える。あれは太陽の光だろうか。周囲にはスモッグが偶然薄くなっているのかは分からないが、ごく微かな光が差し込んできていた。遠くの景色は霧の向こうへ溶けたように全く見えず、すぐ近くにある建築物だけがうっすらと黒い影となって浮かび上がっている。
そして何より、辺りが驚くほど静かだった。まるで音が空気中に吸収され、全く響いていないような気がする。本当に水の中に潜っているかのような感覚だ。
「まるで“陸の深海”ですね……」
「ねえ〜、ほんと海の中みたい!」
光の届かない深海へと沈んだ都市、その残骸の上を歩く。
言葉にすればどこか神秘的な体験に聞こえるかもしれないが、肌を刺すような底知れぬ怖気もまた強烈だった。
「アスナ先輩! マスクをつけないと……」
作戦を決行するにあたり、事前にエンジニア部から”あるもの“を手渡されていた。
「でも、このガスマスクつけなくても何ともないよ?」
スモッグが人体に有害である恐れがあったため急遽作られた、特製のガスマスクだ。暗視機能も付いているはずだったのだが、この異質な暗闇が特殊すぎるのか、視界の暗さは変わらずあまり役に立ちそうになかった。
「少なくとも、このスモッグは人体には無害……のようですね……」
スモッグと呼んではいるが、毒性のあるガスといった感じでもない。
「だったら外しちゃってもいいでしょ? 良く分からないけど、このマスクの横についたボタンを押したらケチャップとマスタードが出てくるし」
「なんでそんな機能が……?」
相変わらずのエンジニア部クオリティにアカネが脱力しかけた、その時だった。
「……! アカネ、あれを!」
カリンに呼びかけられる。
「……? 火……でしょうか?」
少し離れた路上で、車が激しく燃え上がっている。おそらく視界を奪われ、事故を起こして炎上した跡だったのだろう。
しかし、これだけの火がついているなら、もっと周囲が明るくなっているはずだ。遠くからでも一目で判るほどに……。
「おかしい、そこそこ近い位置なのにさっきまで見えなかったなんて……」
「……このスモッグの影響かもしれませんね。」
光の波長そのものに何らかの影響を及ぼしているのだろう。これも水の中を進む光の伝播の仕方に似ている。音が途中で遮断されて響かないのも、同じような影響を受けているせいかもしれない。
光も音も届かず、通信は完全に遮断された世界。
先生やゲーム開発部のみんなは、最初からこの異常空間の中に閉じ込められていたせいで、外からの避難勧告に気づくことすらできなかったのかもしれなかった。
「ねえ」
「なんでしょう? アスナ先輩。」
「こっちに行ってみない? 何かありそう!」
「そうでしょうか……? 別に構いませんが……」
直感に突き動かされるアスナ先輩に示された方向へ、周囲を厳重に警戒しながら足を進める。
しばらく歩いていると、遮蔽物の影にうっすらと見えてくるものがあった。
「何か……人が倒れてる……?」
小さな影が、地面に突っ伏すように倒れているのが見えた。
「……! あれっ! リーダーじゃないか!?」
「あの見慣れたスカジャン……髪型……間違いありませんね。」
「警戒しながら調べましょう。」
敵の罠である可能性も捨てきれない。武器を構え、足音を殺してゆっくりと近づいていく。
「リーダー? 無事か?」
「………………」
「……ゲホッ、ゲホッ」
「リーダー? 大丈夫?」
揺さぶると、彼女はうっすらと目を開けた。意識はしっかりあるようだ。
「……あー……発散(はっさん)……やっと“出ていったか”……あの野郎……」
不機嫌極まりない掠れ声。だが、毒づくだけの威勢はあるようで、割と元気そうだ。
「大丈夫ですか? 一体何が……」
「……あん? 何でてめぇらがここに?」
彼女は顔をしかめ、鬱陶しそうに頭を掻きむしりながら身体を起こした。
「いや……それよりも先生とチビ共は無事か?」
チビ共というのはゲーム開発部のことだろう。とりあえず顔を見合わせ、ここまでの事情を素早く説明した。
「……大体話は分かった。その様子じゃ、あいつらはまだ見つかってなさそうだな。」
「リーダーは一体何を……? もしや“怪物”と遭遇して……?」
「……チッ……」
彼女は不快そうに盛大に舌を打った。
「あんま言いたくねえけど……それでこの有り様だ。」
あの『00』が……負けた……?
いや……違う。
「乗っ取られていた……違いますか?」
「……そうなんだろうな。実際、自分の身体が全く言うことを効かなくなったしな」
リーダーは悔しそうに拳を握りしめると、鋭い視線を私たちに向けた。
「“あれ”には気をつけろよ。どういう理屈か全く分からねえけど、銃弾も打撃も一切通用しねえ。ただ気色悪い声で意味不明なことをほざきながら追ってくる。」
ほざく? 意思の疎通のようなことを試みているのだろうか?
「今、“それ”がいる場所は分かりますか?」
「さぁな、しばらく意識が飛んじまってたから分からねえ。」
「少なくとも……先生とゲーム開発部が一緒に行動しているという確証は得られましたね。」
「リーダーも合流できたことですし、引き続き作戦を続けましょう。」
立ち上がったネル先輩は、自身の装備を確認しながら問いかけてくる。
「なあ、爆薬は持ってきてるか?」
「はい……? もちろん”いつも通り“ですが……」
「ならいい。もしかしたら使えるかもしれないからな、持っておいてくれよ。」
リーダーを加え、4人で深い暗闇を進む。
あとは、先生たちの救出だけだ。
[補足]
-美甘ネル
とんでもない根性と心身の強さによって、1日以上乗っ取られていたにも関わらず普通に起きて活動している。平均的なキヴォトス人じゃ後遺症が残るぐらいの時間を耐え抜いているのでまさに不屈。めっちゃタフやし。見事やな.....(ニコッ)
-“怪物”
“蓄え”を得て、災害に近くなったもの。もはや生死の概念があるか不明。これに負けても仕方がない。
-黒崎コユキ
反省部屋にいる。メタい話、このキャラクターをどう扱えばいいか分からないので保留。セミナーだから出すべき....?
なるべくキャラクターの良さが生きる作品にしたいですね....マジでね.....
前回のネルのように一時期的に乗っ取られて〜みたいな描写はありますが決して弱いというわけではありませんし、作者としては“噛ませ”みたいな弱く見える書き方もあまりしたくはないです。もし前回の話で誤解させていたのなら申し訳ないです。でも話の都合上、時々それっぽい描写が含まれるかもしれないのでご了承ください....
念の為アンチ・ヘイトタグを付けていますが、作者は特定のキャラを嫌っているわけではないですのでご安心を。
オリキャラ周りがかなりダークな雰囲気になる可能性があるのですが、参考にしたいのでできれば......
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暗い。陰鬱な雰囲気は好き
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別にいいと思う
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あまり好きでは無い