[完結] From outside Kivotos 作:ケトゥ毛
「見て! 先生! 明るくなってきたよ!」
「あぁ……やっと空が見えてきた……」
私たちは今、要塞都市エリドゥへ向かう専用列車の中にいた。徒歩で直接出向くよりも、鉄路を使った方が遥かに早く到着するはずだ。
車窓を遮っていた暗闇が次第に薄れ、久々に青い空が視界に躍り出る。元のミレニアムは、まるで深い海の底に沈んでしまったかのように濃密な暗闇に覆われていたのだと、改めて実感させられた。
〈
ふと、充電器に繋いでいた端末の画面が明滅し、ノイズ交じりの音声がスピーカーから響いた。
『先生? ご無事でしょうか!』
どうやら暗闇のエリアを抜けたことで、通信機能が正常に復旧したらしい。
「“ヒマリ、私もゲーム開発部も大丈夫だよ。”」
『さすが先生ですね。ご無事のようで何よりです。私のような超絶完璧美少女から労いの言葉を直々にかけて差し上げたい所ですが、事態は一刻を争います。それは全てが終わってからでよろしいですね?』
「“構わないよ。今私たちは列車でエリドゥに向かっている最中だけど、そっちは順調?“」
『ユウカから作戦の内容は既にお聞きになられたようですね。“ビッグシスター”が遺したあの都市は、本来”終焉“に対抗するために造られたもの。あの人が想定していた状況とは異なりますが、十分に役には立つでしょう。』
「“それで、どうやってあれを幽閉するつもりなのか聞いてもいいかな?”」
『急拵えですが、エンジニア部によって製作された“秘密兵器”を使います。アベルさんを特定のポイントに配置して、その位置まで”ヌル“を誘導……そして”秘密兵器“で動きを完全に封じ込める、といった手順になります。』
「“『ヌル』……?”」
『おっと、先生にはまだお伝えしていませんでしたね。先生たちが怪物と呼んでいた“あれ”を、私たちで正式に”ヌル“と呼称することにしました。以後お見知りおきをお願いしますね。』
ヌル……null……何もない。コンピューター関連において、“何も示さないデータ”として使われる言葉だ。
『そしてその秘密兵器なのですが……配備に少々時間がかかっているため、想定より早く”ヌル“がエリドゥに侵入してきた場合、”時間稼ぎ“をしなければならないかもしれません……』
「”……つまり、私たちの出番……ということでいいかな……?“」
『その通りです。先生に現地で指揮を執っていただき、ヌルの侵攻を遅らせる……といった形になると思われますね。』
「“……だそうだけど、みんなは大丈夫?”」
座席の生徒たちを見渡すと、頼もしい声が返ってきた。
「問題ないです!」
「アリス、頑張ります!」
「わたしも……!」
「先生こそ、指揮を頼むね!」
「”分かった。任せて。”」
『頼もしいですね。それでは先生、また後ほど。』
「“うん、またね。”」
プチッと通信が切れる。
要塞都市エリドゥで、“あれ”……いや、“ヌル”との最終決戦になるだろう。
だが、私の胸の中にはどこか引っかかる違和感が残っていた。
もちろんヌルは恐ろしい脅威に違いないのだが、直接的な「敵意」や「悪意」のようなものが感じられないのだ。どちらかといえば、どこか知性の乏しい、本能だけで動く野生動物にも見えた。
これまでキヴォトスで様々な存在と相対してきたが、そこには共通して明確な敵意や悪意が存在していたはずだ。
しかし、“あれ”から感じるものは、そういった悪意から遠く離れた“何か”のように思えてならない。
「“……”」
「先生? 緊張してる?」
モモイが覗き込んできた。
「“……っ! いや〜、ちょっとね……”」
顔に出てしまっていたようだ。だが、少なくともこの疑問は今深掘りするべきではないだろう。私は思考を打ち切り、抱いた違和感を心の奥へとそっとしまい込んだ。
「“いやー、ついに来たねぇエリドゥ”」
「ですねぇ」
列車がホームに滑り込み、私たちはついに要塞都市エリドゥへと足を踏み入れた。
〈
「“うん?”」
端末から軽快な電子音が鳴り響く。着信を受け取ると、聞き覚えのある澄んだ声が届いた。
『先生、聞こえてますか? ピース、ピース。』
「“トキ!”」「トキさん!」
『そうです、私です。今、ヒマリ部長の代わりに連絡をしています。』
「“代わり? ってことは何かあったの?”」
『そうなのです。大変です先生。』
「“トキ? もしかして暇だから連絡した訳じゃないよね?”」
『違います。断じて違います。』
間髪入れずに淡々と返される。
『先生、“あれ”が現れました。』
「”まさか……もう“ヌル”が?“」
『そうです、“ヌル”です。ヌルヌルです。』
「”トキ……?“」
『本当です。とりあえず至急こちらへお越しください。まだ侵入はされていませんが、直に来ます。』
「”そ、そうなんだ。分かった、すぐ向かうよ。“」
「(“……本当かなぁ……”)」
相変わらずマイペースなトキの報告に少し首をひねりつつも、私たちは指定された防衛ポイントへと急ぎ足で向かった。
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「”トキ! 来たよ!“」
息を切らしながら、私たちはエリドゥの中央タワーの麓に到着した。
見上げると、そこでは何やら不思議な構造をした大掛かりな設備が建設されている最中だった。ヘルメットをかぶったエンジニア部の部員たちが慌ただしく走り回っている。かなり手一杯なご様子で、挨拶は後にした方が良さそうだ。
「お久しぶりです、先生。可愛いアリスとその仲間たちも。」
待ち構えていたトキが、いつもの無表情ながらも丁寧な一礼で迎えてくれた。
「トキ、お久しぶりです!」
「そしてアビドス対策委員会の皆様も、お初にお目にかかります。ミレニアムサイエンススクール所属、C&C所属、コールサイン04、飛鳥馬トキです。」
「わあっ☆ メイドさんです☆」
「うへ〜……これが噂の……」
「ん、よろしく。」
「“それで……ヌルがもう近くまで接近して来てるんだったっけ?”」
「はい、その通りです。残念なことに、私たちはまだ“秘密兵器”の配備が完了しておりません。ですので先生方には先回りしていただき、足止めの準備をしてほしいのです。」
「“分かった。具体的にはどう編成すればいい?”」
「先生の連れて来た生徒さんたちには、二手に分かれてもらいます。小さなアベルさんを守るグループと、ヌルを足止めするグループに分かれていただければと。」
「先生にはまず、最初の足止め役のグループの指揮を担当していただきます。可能な限りヌルの侵攻を遅らせてください。その後にもう一つのグループと合流することになりますので、秘密兵器を作動させるまでの間、総員でヌルをこのエリアに留めておいてください。」
どうやらあの秘密兵器は、配置だけでなく作動させるのにも一定時間を要するらしい。
そして肝心の兵器自体もまだ作業途中だ。とにかく、一秒でも長く時間を稼ぐことがこの作戦の命運を分けるのだろう。
「“分かった。じゃあチームの配分は……”」
「前にも言ったように、アリスたちゲーム開発部がアベルを守ります!」
「“じゃあアビドス対策委員会のみんなには、最初の足止め役になってもらう事になるけど大丈夫かな……?”」
「もちろん構わないわよ! 私だって前にあの化け物にしてやられたんだから、一発仕返ししてやりたかったのよ!」
「おじさんもリベンジしたいしね〜」
いつになくセリカとホシノの士気が高い。頼もしい限りだ!
「アビドスのみなさん……あの……ありがとうございます……」
恐縮するユズに、シロコが静かに告げる。
「大丈夫。それに……もしかしたらあの怪物、倒したら何か高く売れる珍しいドロップアイテムを落とすかもしれないから。」
「シロコ先輩……」
「”相変わらずそこはブレないなぁ……“」
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「先生! ターゲットが接近しています!」
アヤネの緊迫した声が通信インカムから響く。
エリドゥの中央タワーから十分に離れた市街区の一角で、私たちはヌルを迎え撃つべく陣を敷いていた。少しでも侵攻を遅らせるため、周辺にはエンジニア部から借り受けたタレットや爆薬など、ありとあらゆるトラップを設置してある。
ふと、視界の端から例の不気味な暗闇が周囲へとなだれ込んできた。
やはりこちらが居場所を把握しているように、向こうも大まかな位置を察知して追ってきているらしい。
崩れかけた高壁の影から、ついに”それ”が姿を現した。
{よこせ 寄越せ ]
「”来たね。みんな、準備はいい?“」
「「「「「はい!!」」」」」
「‘それじゃあみんな、いくよ!”」
静寂を破り、防衛戦の火蓋が切って落とされた。ヌルが不気味な足取りで凄まじい速度で接近してくる。
「“撃ち方始め!”」
〈ダダダダダダダダダッ〉
〈ドガアアァァァンッ〉
あらかじめ仕掛けられていた大爆薬が、セントリーガンの自動連射と生徒たちの銃撃によって一斉に起爆した。激しい衝撃波と火炎が異形を呑み込む。
〈シュウウウウゥゥ....〉
だが、立ち昇る黒煙が晴れるや否や、即座に肉体を再生させた“それ”が凄まじい勢いで飛び出してきた。
「やっぱり……聞いた通り、通常火力で完全に倒しきる事はできないんですね……!」
「これだけじゃ足りないわ! まだまだ行くわよ!」
〈ダダダダ〉
〈ドガアァァンッ〉
〈ドガアアアァン〉
セリカの叫びとともに連鎖爆破が次々と発生し、爆風に耐えかねた周囲のビルや壁画が派音を立てて倒壊していく。
〈ドドドドドドド〉
大量のコンクリートの瓦礫が路面を埋め尽くし、ヌルの頭上へと容赦なく降り注いだ。
「これでしばらくは来られないはずよ!」
「先生、今のうちに後退しましょう。」
「“分かった。みんな、移動しよう!”」
こうなれば、“それ”はわざわざ遠回りをするか、積み上がった瓦礫の山を乗り越えてくるしかない。
崩落した建物に足止めされている隙を突き、私たちはあらかじめ次の爆薬をセットしてある第2防衛ラインへと急ぎ移動した。
「“シロコ、ノノミ!“」
「ん、先生。準備OK。」
「いつでも行けますよ〜!」
角を曲がった先で待ち構えていたふたりが頼もしく頷く。
「来ました!」
アヤネの報告と同時に、瓦礫を押し退けてぬっと姿を現すヌル。
「それじゃあシロコ先輩! 早く爆弾を――」
「セリカ、待って。」
「……!」
引き金に指をかけかけたセリカを、シロコが手で制した。
「何か策があるってことね……!」
「そうですよ☆」
「“ヌルをギリギリまで引き寄せてから、足元の爆弾を起爆させるって事かい?”」
「その通りだよ。」
意図を察した私にノノミが微笑む。よし、ふたりの判断に任せよう。
「シロコちゃん! 今です!」
「了解」
〈ダダダダダッ〉
〈ドガアアァァァンッ〉
〈ドドドドドドドッ〉
「“……!”」
間近で起爆した爆発は、“地面そのもの”を派手に削り取った。足場を失ったヌルが崩れゆく大穴へと滑落していく。
同時に、計算し尽くされたかのように周囲の補強構造物が次々と倒壊し、窪んだ地面を完全に覆い隠すように圧し折れて埋めていった。
「なるほど……! 直接吹き飛ばすんじゃなくて、生き埋めにするつもりだったんですね!」
「これだけ重量があれば、もう簡単には出てこれないわね!」
「“いや、まだ甘く見ない方がいい。”」
ヌルの灰で構成された体は不定形だ。いくら質量で押し潰したところで、隙間から抜け出しいずれ再び這い出してくるだろう。
「ん、先生の言う通り。セリカ、アヤネ、次の最終防衛ラインまで後退するよ。」
「分かったわ!」
「了解です!」
後方に地雷を散布しながら、私たちは最終地点へと急いだ。
「待ってたよ〜」
「ホシノ先輩!」
「ここからは大掛かりな爆弾は使えないからねぇ。私たちそれぞれの身一つで頑張ろうか。」
「はい!」
中央タワーの間近まで引き付けた以上、建造物を損壊させるような大爆破は使えない。ここからは真の総力戦だ。
「みんな、来たよ。」
{ お前 違う 何故 邪魔する >
瓦礫の隙間から這い出してきた”ヌル“が、再び眼前に立ちはだかる。だがその全身からは、先ほどまでとは少し異なる、不気味で歪な雰囲気が漂い始めていた。
「また来たわね! 何度でも叩きのめしてやるわ!」
「みんな、行くよ。」
ホシノの低い合図とともに、全員が一斉に銃撃を開始する。
〈ダダダダダッ〉
〈ダンッダンッダンッ〉
集中砲火を浴び、“それ”の脚部が吹き飛び、派手に体勢を崩した。
{ 痛 み 阻 み 何故 >
下半身が砂のように崩れ去ってもなお、不気味な黒い腕を伸ばし、這いずりながら中央タワーの方向へ進もうとする。
「させない……!」
〈カチッ〉
セリカの手によってピンを抜かれた手榴弾が、吸い込まれるようにヌルの至近距離へ投げ込まれた。
〈ドガアアァァアン〉
至近距離での爆風により、またしても”怪物“の全身が弾け飛んで崩壊する。そして、すぐさま蠢くような再生が始まる。
「また再生が始まります! 阻止してください!」
「任せてください☆」
〈ダダダダダッ〉
すかさず再開される銃撃。ノノミの機関銃弾が、再生しかけた”幽霊“の四肢を正確無比に砕き直していく。
{ 何 故 な ぜ >
立ち上がることすら叶わず、“侵入者”が地面に伏したまま悲痛な音声を漏らす。
その姿は、どこか痛切で、恐ろしい怪物というよりは……弱々しい存在のようにも見えた。
〈ダダダッダダダッ〉
どれほど立ち上がろうとしても、凄まじい火力を前に”ヌル“は幾度となく膝をつかされ、そして形を崩される。ただ、その残酷なまでの繰り返し。
{ なんで こんな目に }
その弱々しい呻き声を聞いていると、まるで罪もない弱者をいじめているかのような、不快な錯覚すら覚えてくる。
これまで私や生徒たちは、“怪物”、“幽霊”といった様々な恐ろしい名で“それ”を呼んできた。
あるいは”侵入者“や“ヌル”とも。
言葉も通じず、理解も及ばない未知の脅威であることに間違いはない。
だが……。
これは本当に“化け物”なんだろうか?
{ か えせ >
「“……なんだ?”」
{ かえせ )
何かが変わり始めている……そんな予感が脳裏をよぎる。
( 返せ 」
さっきまで機械的で人間味のなかった“ヌル”の動作が、急速に……まるで生きた人間のように滑らかになっていく……?
「 返せ 」
突然、“それ”の発するノイズ混じりの音声が、はっきりと意志を持った流暢な言葉へと変貌した。
あまりの変貌ぶりに気を取られ、私は自らに迫る致命的な危険に気づくのが遅れてしまった。
〈ドガッ〉
「先生っ! 危ない!」
「“……っ!?”」
凄まじい衝撃とともに、シロコに間一髪で抱きかかえられ、その場を離脱する。
しまった……! 思考を奪われて完全に油断していた!
なんで“それ”の雰囲気に明らかな異変が生じていたことに、もっと早く警戒しなかったんだ……!?
見れば、完全に肉体を再生し終えた“それ”が、これまでとは比べ物にならないほど禍々しく異様な気を撒き散らしながら立ち上がっていた。
{ 邪魔を するな }
“それ”から今まで絶対に感じられなかったものが、初めて肌を刺すように伝わってくる。
そう、明確な“敵意”。
ただの本能やプログラムのような不安定なものではない。一貫した冷酷な意志。
空間を支配するような圧倒的な気迫に、思わず息を呑む。
「シロコちゃん! 先生を連れて離脱を!」
{ 返せ }
〈バサッ〉
「っ!?」
叫んだ直後、ヌルの巨躯が突如として黒い霧のように崩れ落ち、舞い上がった。周囲に凄まじい密度の灰が吹き荒れ、それが吸い寄せられるように……ある一人の生徒へと一気に収束していく!
「“ノノミっ! 危ないっ!”」
私の悲痛な警告も虚しく、舞い散る灰はノノミの身体の中へとすり抜けるように侵入していった……!
「 どけ 俺を 返せ 」
〈ダダダダダッ〉
瞳から光を失ったノノミが、その手にある巨大なガトリング砲を無差別にぶちまけ始める!
「“……遅かった……!”」
「そんな……どうすれば……っ!?」
「ごめんノノミ、少しの間眠っててもらう……!」
〈ダダダッダダダッ〉
咄嗟にシロコがノノミの足を狙って銃撃を繰り出す。しかし――!
〈バサッ〉
再びノノミの身体から灰が弾け飛び、空中で舞い上がると、今度は引き金を引いたばかりのシロコの位置へと超高速で収束していく!
「ん……!?」
「”シロコ……!“」
一瞬で憑依されたシロコが、感情の消えた眼差しで銃口をこちらへと向けてきた。
「こ、今度はシロコ先輩!? どうなってるのよ一体!」
「先生!」
すかさずホシノが滑り込み、巨盾を掲げて私の前に立ちはだかる。
〈ダダダッ〉
〈ガンッガンッ〉
至近距離からの銃撃が、重厚な音とともに盾によって弾き返された。
〈バサッ〉
しかし、またしても灰が爆発するように舞う。周囲の空気は刻一刻と灰の粉末で濁っていき、視界は最悪なまでに悪化していく。
「はうっ!?」
「セリカちゃん……!?」
「”今度はセリカ……!?“」
〈ダダダダダッ〉
背後、全く異なる方向から容赦のない銃撃が飛んでくる。
「違います! またノノミ先輩です……!」
〈ダダダダダッ〉
〈バサッ〉
銃声と爆音の中、灰は絶え間なく舞い散り続ける。
「これじゃ誰が乗っ取られているのか、全く分からない……!」
「つ、次は誰なの!? 私に近づかないで!」
〈ダダダッ〉
「ち、違います! 私じゃありませんっ!」
「じゃあどっち!? そっちなの!?」
……まずい。視界の悪さと、仲間を撃たなければならない恐怖で、生徒たちが極限のパニック状態に陥りかけている!
「みんな! 落ち着いて!」
「全員、撃つのを止めろ!」
ホシノの鋭くも力強い制止の声が響き渡り、それに従って銃撃の音がピタリと途絶えた。
「”……誰も撃たなくなった……?“」
「……どういうことなの?」
静弾する灰の中、互いに距離を取り、誰もが互いを疑う沈黙が流れる。
「まずい……」
ホシノが苦々しく噛み締めるように呟いた。
「完全に……してやられたね。」
------------------------
「『即席かき氷くん』の設置が完了しました!」
「後は起動するだけだね。」
〈ガチャン〉
〈
「後は“ヌル”が来たら、このレバーを下ろすだけですね!」
「見て! あれ!」
モモイが叫び、指をさす。指示された方向の薄暗がりから、噂に聞いていた“それ”が凄まじい勢いで迫ってきていた。
「良いタイミングだね……後は限界まで引き付けてから装置を作動させるだけだ。」
「アリス、任せたよ。」
「!」
「分かりました! 任せてください!」
{ 返せ 返せ 返せ }
禍々しく恐ろしい雰囲気を纏わせながら、ヌルが一直線に直進してくる。その突進コースの正面上に、アリスが堂々と立ちはだかった。
「アリスちゃん! 今だよ!」
〈ガシャン〉
「光よ!!!」
〈ギュオオオンッ!!〉
圧倒的な火力で“それ”を呑み込み、一瞬で焼き払う。そしてすぐに黒い灰が凝集し、再生が始まる……が、
「今だ!!」
〈ガシャン〉
間髪入れずにレバーが力強く下ろされた。同時に装置から5枚の巨大な半透明の壁が伸長し、一瞬で立方体を形作る。内側が特殊な冷却液体で満たされていき、絶対ゼロ度近い超低温で急速に凍りついていく。
「やった! 成功だ!」
完璧な氷の立方体が完成し、その中心で“怪物”は再生の途中のまま完全に微動だにせず停止していた。
「悪いモンスターを封印しました! 勇者パーティーの勝利です!」
「やはり予想通りだね。何度でも再生する不定形の存在……なら、動かなくなるまで丸ごと凍らせてしまえばいいからね。」
「“おーーい!”」
「あっ、先生!」
「先生! アリスたちはやりましたよ!」
「うへ〜……すごいね〜これ……」
追いついた私たちが目にしたのは、さっきまで猛威を振るっていた脅威が完全に氷漬けにされている光景だった。
「“倒せないなら冷凍して密封してしまえば良いってことか……”」
その発想はなかった。こうして分子運動すら停止させてしまえば、あとは温度管理さえ怠らなければ永久に封じ込めることができる。
「ついに終わった! これでもう安心だね!」
周囲を覆っていた例の不気味な暗闇が、潮が引くように急速に薄れていく。発生源の根本を封じた効果が、てきめんに表れているようだ。
「ん……待って」
静かに異変を察知したシロコが、眉をひそめて氷の結晶に近づく。
「どうしたんですか? シロコちゃん」
「この氷……少し溶けてきている気がする……」
「“それは……屋外で日の光に当たっているからじゃ……”」
そう言いかけた私の言葉は凍りついた。見れば氷の表面を、まるで滝のように大量の温水が激しく流れ落ちてきているのだ。
「“確かに……この溶け方はおかしいような……”」
{ 殺す }
「先生……! 良くない予感がする……! 離れ――」
{ 殺す }
〈ドガアアァァァンッ〉
「“……っ!?”」
凄まじい内圧に耐えかね、氷塊が派手に爆ぜ飛んだ。内部から噴き出したのは、常軌を逸した“紅い炎”。それに呼応するように、青空だったはずの上空までもが毒々しい赫色へと変色し始める。
「な、なに!?」
粉砕された氷の破片の渦から、再び“怪物”が姿を現す。だが今度は、これまでとは完全に姿形が一変していた。
紅の炎を全身に纏い、焼き焦げた漆黒の皮膚からは、禍々しい“山羊の角”のような突起が幾本も突出している。
{ 殺す }
{ 殺してやる }
{ 食い殺してやる }
大気を揺らすのは、溢れんばかりの純粋な“殺気”。そして、世界全てを焼き尽くさんとする無差別の“憎悪”。
あまりの圧力に、その場にいる全員が息を呑み、思わず身を竦ませた。
{ア ア ア ア ア}
凄まじい咆哮とともに、”怪物“が目の前にいたシロコへと牙を剥いて跳びかかろうとする。
「先生……!」
ハッとして意識を引き戻す。生徒が危険に晒されている……私が何とかしなければ!
こんな状況のために用意された最後の手段、そのカードへとポケットの中で手を伸ばす。
《b”大人のカードを取り出す“《/b》
これを使うことで、私自身にどんな苛烈な代償が支払われるかは分からない。だが、命に代えてもシロコを、生徒たちを救わねば――!
「その必要はありませんよ、先生。」
「”……!“」
ぬっと伸びてきた影が、私の手首を優しく、しかし確かな力で制した。
「お前は……黒服……!」
そこに立っていたのは、『ゲマトリア』の一員である『黒服』だった。私のカードを掴む手を静かに制して首を振る。
「では、“ゴルコンダ”。頼みますよ。」
黒服が背後に呼びかけると、いつか目にした首なしの身体とそれに抱えられた額縁の絵画、ゴルコンダとデカルコマニーが、ベアトリーチェを回収した時のように空間の歪みから姿を現した。
「おっと、先生。少し下がっていてください。」
ゴルコンダは淡々と告げると、懐から奇妙な儀式用の道具を取り出し、眼前で狂い咲く“怪物”に向かって謎の“しるし”を空間ごと刻み付けた。
{ ア アァ }
{ アアアァアアア アアア }
“しるし”を付与された途端、“怪物”の全身が激しい“身震い”を起こし始めた。苦悶に満ちた絶叫を上げながら全身の分子構造が崩壊を起こし、纏っていた紅い炎が急激に鎮火していく。
{ア……ァア……アぁ……ぁ……}
〈バキッバキッ〉
骨が砕けるような不快な音を立て、肉体の表面が内側から裏返るように折れ曲がり、小さく凝縮されていく。
{……ぅぅ……お……れ……}
{ 俺に 戻りたかっ ただけ なん だ }
哀愁の漂う、消え入るような断末魔を残すと同時に、崩れた灰の身体が急速に一点へと収束した。やがてそこには、ひび割れた小さな球体がひとつだけ転がっていた。表面はボロボロで、内側が空洞になっているように見える。
それと同時に、赫く染まりかけていた上空の景色は、何事もなかったかのように元の澄み切った青空へと戻っていった。
「シロコちゃん! 大丈夫ですか!?」
「私は無事だけど……」
唐突に引き起こされた一連の出来事に、誰もが頭の理解が追いつかず立ち尽くしている。静寂の中、ゴルコンダが穏やかに語りかけてきた。
「『カイン(最初の殺人者)』はノドの地に追放されました。今ここにあるのは、ただの“残滓”に過ぎません。」
最初の殺人者? 残滓? 一体何を言っているんだ?
「おっと、すみません。端的に言い直しましょう。無力化した、ということです。“これ”が今後、あなた方に直接危害を加えてくることは絶対にないという認識で構いません。」
「あなた方の努力を横取りしたような形になってしまい申し訳ないのですが……この存在を完全に無力化するには、一度”最初の殺人者“という状態へと還元してもらう必要があったのですよ。」
「”……“」
あの紅い炎を纏った凶暴な状態のことだろうか。詳しい原理は分からないが、とにかくこれで長かった異変がついに終わった……ということなのだろう。
「それで? お前たちの目的は何なの?」
ホシノが盾を持ち直し、鋭く刺々しい視線で黒服たちを睨みつける。
「ああ、どうか落ち着いてください。わたくし達はあなた方と敵対するつもりは毛頭ございませんので。」
そう言ってホシノを宥めた黒服は、静かに私の方へと向き直った。
「先生、この存在と対峙して……どのように感じられましたか?」
「“……”」
突然投げかけられた問いに、答えを詰まらせる。
最初は言葉も通じない恐ろしい怪物だと思った。目的も分からず、ただ不気味で害をもたらす悪意の塊だと感じていた。
だが……最後の変暴の瞬間を迎えるまで、そこには明確な敵意や殺意なんてものは一切存在しなかったのだ。
まるで失われた何かに必死で縋りつくような、絶望的な渇望。どこか哀れで、惨めで、弱々しい存在に見えていた。
しかし最後には、抑えきれない敵意と殺意を振り撒く恐ろしい怪物へと変貌してしまった。
「“……正直、良く分からない。結局、これは一体何だったんだ?”」
「そうですか……様々な側面から“解釈”しようと試みた結果、かえって思考が混乱してしまったようですね……」
こちらの葛藤など全てお見通しだと言わんばかりに、黒服は小さく頷いた。
「……先生、私はどのようにしてこの存在が誕生したのか、その詳細までは知りません。しかし、”もう一つの存在“には大いに心当たりがあるのです。」
「あなた方が”アベル“と呼ぶそれ……いえ、あれが身に纏っている“コートの持ち主”に、極めて強い思い当たる節があるのですよ。」
「“……!”」
「アベルの正体を知ってるっていうの!?」
モモイが思わず声を上げる。
「しかし、何故“彼”の所有物であったそれをあの存在が所持していたのか、如何にして”この一連の存在たち“が発生したのかは、依然として不明のまま……」
“彼”? 一体誰のことだ?
アベルの正体……? コートの持ち主……?
「私は今、このキヴォトスで発生している事態の起源を知りたい。そして先生……あなたもまた、この存在達の真の正体を知りたいはずだ。」
黒服は怪しく、けれど拒みがたい魅惑を込めて、私に向かって静かに手を差し伸べた。
「先生、私たちと協力してはいただけないでしょうか?」
—————————————————
「“
「どうする。如何にしてこの時空の『忘れられた神々』を追放する。」
「……“無垢なる子羊”に神性を与えよ。」
「そしてこの地の”運命“を書き換えれば良い。」
[補足]
-即席かき氷くん
こんな名前だけど凍らせたものを強引にシュレッダーする機械らしいので普通に物騒
オリキャラ周りがかなりダークな雰囲気になる可能性があるのですが、参考にしたいのでできれば......
-
暗い。陰鬱な雰囲気は好き
-
別にいいと思う
-
あまり好きでは無い