〈コンコンコン〉
白い引き戸を叩く
「入っても構わないよ」
〈ガララ〉
白い部屋が視界に広がる。
「おはようございます、先生。」
「今日も早いね。休日なのに。」
白いベッドには暗い肌の映える“あの人”が横たわっている。
「先生に会うためですから。」
「.........」
「私なんかの為に会いに来るのはもう君ぐらいになってしまったよ。」
「まあ誰かが会いに来たとしても、私に出来るのは下らない雑学の話ぐらいできないんだけどね。」
「そんな事ありません!先生のお話は聞いていて楽しいです!」
「そう言ってくれるとありがたいんだけどね.......」
「.......野暮なことを聞くけど.....そろそろ友達は出来たかい?」
「........ええと......」
「もう少しで........」
「......人との関わりは大事だ。誰でもいいから少しでも多く話せる人を作っておかないと今の私のようになってしまうよ。」
「.....でも、僕は....!」
「ッゲホッゲホ」
「.....!」
「私が話し相手になってくれるから大丈夫、とでも?」
「それは.....」
「私はもう社会から孤立してしまった身だ。元々友人が少なかった上に家からも勘当されている。更には妙な病気まで拗らせてしまった。」
「私を助ける者は誰も居ない。数少ない友人も自分の家族を養うので手一杯だ。」
「君は私のようになっては駄目だ。」
僕はこの人を尊敬している。なぜこうも自己否定的なのか分からない。
「.........」
「厳しい話はこれで終わり!君はまだ若い。これからなんとかしていけばいいさ。」
「.....はい....」
「そんな暗い顔しない!さあ、今日は何の話が聞きたい?その為に来たんだろう?」
「そうですね....」
「先生は....その....どうして歴史を学んだんでしょうか?」
「なぜ私が歴史を学んだか....か.....」
「確かに今の時代においてはマニアックな学問である事には間違い無い。これで稼ぐのも難しいだろうし、厳しく情報が統制されているせいで公にされている情報なんかは大体捏造されたものだ。正確か分からない嘘だらけの歴史をわざわざ好き好んで学ぶ者はかなりの物好きな部類に入るだろうね。」
「それじゃあ、なぜ......」
「理由は単純だよ。」
「好きだったんだ。その嘘がね。」
「どれが嘘か、どれが真実かを探すのが面白くてね。捏造された情報の中にたまに真実が紛れ込んでいるのはどこか浪漫を感じるだろう?」
「まあ、自由に自分の好きな事をしていたかったからというだけさ。」
「そのせいで家族から呆れられて今に至るんだけどね。」
「それで先生は“地球”の事もあんなに気に入っていたんですか?」
「ああ、そうだとも。人類の故郷とされる星。誰もが知っていた為に統制し切れなかった情報の一つ。きっとそこでは誰もが何のしがらみにも囚われずに自由に生きれたに違いない。」
「この世界はどこか作為的だ。」
「何もかもが不自然で、誰かの思惑で都合よく動いてるようにすら見える。」
「だからこそ無作為で全てが自然の成り行きのままに行く世界がどんなものか私は興味があるんだよ。」
「そうだったんですか......」
「.....先生はすごいですね.....」
やっぱり彼女はすごい。自分の夢や望みを持って生きている。
「君にはやりたい事は無いのかい?」
「僕は....よく分かりません.....」
自分のやりたい事がよく分からない。
自分が無いみたいだと揶揄された事もあった。
だからこそ自分を持っている先生の姿は眩しかった。
———————————————————
「入りますよ、先生。」
「.........」
「....あぁ.......きみ....か......」
また先生に会う。喉がかひゅうと鳴っている。包帯の奥の目も虚ろだ。
「....ともだちは....できたかい....?」
「はい。」
(“嘘だ”)
「やりたい事は.....夢は....見つかったかい....?」
「もちろんです。」
(“そんなもの無かっただろう”)
「それは....良かった.....」
「..........」
「少し.....頼んでもいいかい....?」
「.....?何でしょう?」
「私の隣の.....装置の赤いスイッチを切ってくれないかい....?」
「良いのですが、何故でしょう?」
「それが付いていると苦しいんだ....大丈夫....心配は無いから....」
「........?」
(“駄目だ”)
「そうですか....?」
(”待て、やめろ“)
「分かりました......」
(”やめてくれ“)
スイッチに手を伸ばす
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「”やめてくれっ“」
「先生っ!!」
「大丈夫ですか!?具合は悪くありませんか!?」
「”あぁ....ノノミ...?“」
「とてもうなされていたようですが.....」
「”いや....なんでもない...なんでもないんだ....“」
なんで忘れていたんだろう。いや、無意識に思い出さないようにしていたんだ。“あの人”との記憶を。
私が“先生”になろうとした理由を。
「先生.......酷い顔だよ....」
「“ホシノ......ごめん....ちょっと夢を見ていただけなんだ.....」
「気分は如何ですか?」
例の人物が現れる。
「“黒服......”」
「何をしに来た」
「落ち着いて下さい、小鳥遊ホシノさん。私はただ先生と話をしに来ただけですから。」
「それで.....先生、あなたの“解釈”を聞かせて頂きましょうか?」
「“.........”」
記憶を思い返す。
「“どういう理屈かは分からない.....何者かの手によって自分自身が破壊され、誰でもなくなってしまった者......そしてただ失くしたものを探し続けているだけの空っぽな存在.......それが”ヌル“の正体.....だと思った。”」
「誰でもなくなってしまった者ですか.....クックック......興味深い解釈ですね.....」
「先生はあの壊れた記号からそのようなテクストを読み取られたのですか。」
ゴルコンダとデカルコマニーが現れる。
「歪んだ存在、という記号は依然として変わりません。ですが先生、あなたは記憶を見る前と後で違うテクストを読み取ったようですね。」
「『恐ろしい怪物』から『哀れな存在』へと認識が転換し、”それ“に対して嫌悪感を感じていたはずが今やその境遇を哀れみ同情してしまっている....違いますか?」
「”..........“」
否定できない。いや、そうかもしれない。
理解できない怪物が理解のできる存在に認識が逆転してしまった。
元は恐ろしいというバイアスがかかっていた。
そのバイアスですら逆転してしまっているのかもしれない。
犯罪者の犯行内容とその背景を見て刑を軽くするかどうか決める情状酌量を行う時に似ている気がする。
「理解できないからこそ『怪物』は恐ろしい、しかし理解してしまえばそれはもう『怪物』と呼べるのでしょうか?」
変わらず恐ろしい存在であったとしてもそれは元の恐ろしさとは違うものになるだろう。
幽霊と熊がいたとして、それはどちらも恐い。しかし怪談に感じる恐怖と危険な野生動物に感じるものは大きく違う。”畏れる“と”怖れる“のような違いがあるのかもしれない。
理解できない未知だからこそ”恐怖“する、という事だろうか。
「わたくしからは以上です。」
「そういうこった!」
「“.......”」
「“黒服”」
「何でしょう?」
「“記憶の中には黒服の姿があった。お前なら記憶の主を知っているんじゃないか?”」
記憶を見た時に感じた疑問はいくつかある。何故あの世界に黒服がいたのか、『黒い太陽』は何だったのか
「もちろん。私は“彼”を知っています。彼と最後に会ったのは随分と前なのですがね。」
”彼“.....記憶の主は男性だったのだろうか。
一度も自分の姿を見た光景が無かったため外見などは全く分からない。
記憶の中では”自分“に関する情報が徹底的に壊れていた。
どんな姿なのか、どんな声をしているのかも正確に分からない。
部分的に感情が分かるだけ。
「“その彼は何者なんだ?”」
「それは難しい質問ですね.....」
「少なくとも人間の姿と人格を持っていた、とでも言っておきましょうか。」
「“どういう事だ?”」
「元々、私は彼には研究対象として接触したのですよ。あの領域には既に古い意味で人間と呼べるものは存在していなかった筈です。しかし正確な起源も分からず彼は存在していました。」
古い意味での人間.....
今の時代ではオートマタなどの存在も人と呼び、人として扱う。
私のような存在は古い意味での人間という事になるのだろうか
「貴方は生徒達が何故ヘイローを持っているか説明できますか?」
「“......できない...”」
「それと同じです。正確な起源は不明、しかし人間と同じような外形を持ち、接する事ができる。彼もそういった存在でした。彼は生徒ではありませんでしたがね。」
少なくとも人だった、か.......
「“もう一つの質問だ。あの”黒い太陽“は何だ?”」
「間違いなくあれは『色彩』でしょうね。外から来る脅威です。ゲマトリアとしてもあれだけは忌避すべき存在です。」
「“忌避すべき存在?”」
「あれが招くのは『狂気』、探究とは程遠いもの。我々がそのようなものに堕落してはならないのです。」
「“その『色彩』は彼に何をしたんだ?“」
「彼の”性質“に惹かれたのかは分かりませんが.....接触して無理に反転させたのではないかと私は見ています。」
「色彩が『神秘』に接触した場合、その裏側である『恐怖』が顕現するとされています。『神秘』と『恐怖』はコインの表と裏のような関係....という例えもありましたね。」
「しかし彼の場合はコインの表と裏ではなく、”球“で例えた方が正しいかもしれません。中核を担う”本質“と表層を担う様々な“人格や記憶”で構成される球、それが彼であるとしましょう。」
「表向きのコインを裏返せばもちろん裏側が見えますよね?では球を裏返すとどうなりますか?」
「“......コインのようにはならない“」
「そうです。球は平面とは訳が違います。無理に球を裏返そうとすれば外側の表層は砕け散り、内側の中身はこぼれ落ちるでしょう。」
表層は裏返り砕け散る.....中身はこぼれ落ちる....
表層は記憶と人格.....中身は本質.....
「”まさか....!“」
「クックック.....気付いたようですね......」
「砕け散った人格と記憶が貴方の”ヌル“と呼んでいたもの、そして......」
「“そのこぼれ落ちた『本質』が『アベル』........”」
「本質と言うより正確には彼の“童心”と言った方が良いかもしれませんね。人なら誰しもが生まれた瞬間に持つ最初の自分自身であり、何の経験も記憶も混ざらず、成長を始める前の純粋な状態である中心の人格....」
「貴方が”アベル“と呼ぶその存在は彼の肉体に童心のみが宿ったものです。」
「その中核を失い、成長して付いた部分だけでは人格は成立しないでしょうね.....だからあのように歪んだ存在が発生したのでしょう。」
「“......アベルとヌルは元は一つの存在だった.....“」
なぜ”ヌル“があの子を追い求めていたのかこれではっきりした。
『{ 俺に 戻りたかっ ただけ なん だ }』
あれは、あの断末魔は追い求めていたものを目の前に倒れた悲痛な叫びだったのではないか?
私は、今までずっとその人物の大事なものを遠ざけて奪ってしまったのではないか?
「“なんて.....事をしてしまったんだ.....”」
ただ悲惨な目に遭い続けて来た人物にさらに追い討ちをかけているようなものじゃないか....!
最初は未知の存在同士の接触を避けるのが最善だと思った。その次にあの子を守るのが目的になった。しかしそのせいで大規模な被害が出てしまったのではないか?良かれと思ってやった事が全て裏目に出てしまっている。
最初から何もしなければ良かったんじゃないか?
....今更そんな事を考えても遅い。これからどうするかを考えなくては
「“つまり....その球になった“ヌル”と“アベル”を接触させれば元に戻せるという事でいいのか?‘」
「元の彼の状態に戻るとは思われます。しかし.....」
「先生....実は......その子は今、この場には居ないんです....」
「“アヤネ?どう言う事?”」
「先生が倒れている間に居なくなってしまって......エリドゥ内どころか電力が復旧したミレニアム全体でさえ見つからなかったそうで.....」
「“そんな.....”」
事態が急変してしまっている。そして問題が肥大化していってもおかしくはない。
「“早く見つけないと....!”」
「言っておきますが....私は関与していません。ただ脱走したというわけでないのならば、我々とはまた別の存在の干渉を受けた可能性はありますがね。」
「“何だって?”」
「元の状態でなくとも“あれ”は十分に力を秘めています。いえ、むしろ何の偏見も混じらない純粋な状態だからこそ自身の力を“彼”よりも使い熟している可能性すらあるのです.....それを良からぬ事に利用しようとする存在が居るとしたら.....先生、貴方はどうされますか?」
「“もちろん何としてでも止める。”」
「どのように?元の状態にする事で、ですか?」
「“そうだ、それがどうした。“」
「貴方がそれを望むならそれで構いません。ですが覚えておいて下さい。あの器に離れた記憶と人格を戻した時、それはもう”アベル“と呼べる存在では無くなります。」
「”........!“」
「そして戻ったとしても”彼“がどういう状態になるかは予測不能です。記憶から考えて、彼はヘイローを持つ者、つまり生徒に対して強い憎しみを抱いている恐れがあります。そんな状態の彼がキヴォトスで目覚めればどうなるでしょうか?」
「”あの最後の記憶のようになる、とでも?“」
「万が一、ですがね.....」
「先生、貴方は選択を迫られる事になる。どちらを選んでも良い方向には進まない、それでも選択しなければならないでしょう。」
「”...........“」
「”覚えておく“」
「”みんな、行くよ。“」
「先生、まだ体調が....!」
「”シロコ、私の事は気にしないでくれ。それよりもあの子の居場所を探すのに専念して欲しい。”」
「............」
「分かった.....」
誰かの記憶を見たと同時に閉じ込めていた昔の記憶を、自分を思い出してしまった。
だとしても今の私は“先生”だ。生徒達の青春を守らなければならない。
“先生”は“生徒”の為に最善を尽くすものだ。
”生徒“の為を思って、”生徒“を第一に考えてやるものだ。
間違いなくそのはずだ
そうでなくてはならない
そうじゃなきゃおかしいんだ
本当の望みを忘れてしまうことがある。そうでないものに無意識に逃避してしまう事もよくある事だ。
——————————-
[補足]
-あの人
”先生“の恩師である褐色肌の女性。美人でなかなかの美脚。不治の病を患い、『事故』によって病室で亡くなった。歴史を教える立場にあった彼女は、もちろん歴史が大好きだった。嘘の混じった過去の出来事の中の真実を探すのが好きだった。その中でも“人類がかつて住んでいた星”を一際気に入っており、“少年”にもそれを語るのが好きだった。
自分に正直に生きてきたつもりの彼女は矛盾を抱えていた。後悔故に自分の人生を肯定し切れずにいた。
-『先生』
連邦捜査部シャーレの先生であり、20代前半のまだまだ若い男。
そして名も無き存在の理解者になってしまった男。記憶を直接覗き見た男は酷く同情してしまった。かつての自分以上に悲惨な目に遭ってしまった存在に。今より若かった彼はある人物に恋慕していた。その人物は歴史の教授であり、先生であった。憧れであり、導き手であった彼女を自らの手にかけるまでは。
彼女の役割は彼の目標になっていた。いや、なってしまった。“責任”が故か、“後悔”が故か。幸か不幸か、今の彼はたくさんの生徒を導く事ができた。少なくとも彼は今の役割に満足している。だが心の傷は完全には癒え切らず、膿んだまま。”先生“という役割にのめり込む内に自身が何故それを目指したのかすら無意識に心の奥に封じ込めていた。
異常なまでに生徒思いな事には理由がある。”生徒思いな先生“で在りつづける事で過去の自分から逃避していたのだ。本当は先生になって知りたかったはずだ。彼女が自分をどう思っていたかを。
説明役の問題でこの世界線の黒服は色々知っている設定になっております。
オリキャラ周りがかなりダークな雰囲気になる可能性があるのですが、参考にしたいのでできれば......
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暗い。陰鬱な雰囲気は好き
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別にいいと思う
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あまり好きでは無い