[完結] From outside Kivotos 作:ケトゥ毛
〈コンコンコン〉
部屋の静けさを破るように、白い引き戸を軽く叩く。
「入っても構わないよ」
〈ガララ〉
戸を開けると、無機質な清潔さに満ちた白い部屋が視界いっぱいに広がった。
「おはようございます、先生。」
「今日も早いね。休日なのに。」
清潔な白いベッドには、幾分衰えを見せながらもどこか気品を漂わせる、暗い肌の映える“あの人”が静かに横たわっていた。
「先生に会うためですから。」
「……」
私の言葉に、彼女は少しだけ眉を下げて寂しげに微笑んだ。
「私なんかの為に会いに来るのは、もう君ぐらいになってしまったよ。」
力無く身体を起こすと、彼女は自嘲気味に息を吐く。
「まあ、誰かが会いに来たとしても、私に出来ることと言えば……精々下らない雑学の話くらいしかないんだけどね。」
「そんな事ありません! 先生のお話は、聞いていてとても楽しいです!」
反射的に声を張り上げると、彼女は柔らかい目元をさらに緩めた。
「そう言ってくれるとありがたいんだけどね……」
ふと、思い出したように彼女の視線が真剣なものへと変わる。
「……野暮なことを聞くけれど……そろそろ、お友達は出来たかい?」
「……ええと……」
言葉を詰まらせる私に気づき、彼女は静かに見守っている。
「もう少しで……」
「……人との関わりは大事だよ。誰でもいいから、少しでも多く話せる人を作っておかないと……今の私のようになってしまう。」
「……でも、僕は……!」
「ッ、ゲホッゲホッ!」
「……!」
突如襲ってきた激しい咳き込みに、私は思わず肩を跳ねさせた。
「……私を話し相手にしてくれるから大丈夫、とでも言いたいかい?」
「それは……」
「私はもう、社会から完全に孤立してしまった身だ。元々友人が少なかった上に、実家の家族からも勘当されている。更には……こんな妙な病気まで拗らせてしまった。」
胸を押さえながら、どこか遠くを見るような瞳で呟く。
「私を助ける者なんて、どこにも居ない。数少ない友人も、自分の家族を養うので手一杯だからね。」
そして、まっすぐな瞳で私を見つめ直した。
「君は、私のようになっては駄目だ。」
僕は、心からこの人を尊敬している。それなのに、なぜこれほどまでに自分を卑下し、否定的に捉えてしまうのだろうか。やりきれない思いが胸を突く。
「……」
「はい、厳しい話はこれで終わり! 君はまだ若いんだ。これからなんとかしていけばいいさ。」
暗くなりかけた雰囲気を払拭するように、彼女はパンと手を叩いて見せた。
「……はい……」
「そんな暗い顔をしないの! さあ、今日は何の話が聞きたい? その為に来たんだろう?」
「そうですね……」
私は少し息を整え、ずっと気になっていた質問を投げかけてみることにした。
「先生は……その……どうして歴史を学んだんでしょうか?」
「なぜ私が歴史を学んだか……か……」
彼女は天を仰ぎ、懐かしむように言葉を紡ぐ。
「確かに今の時代において、マニアックな学問である事には間違い無いね。これで満足に稼ぐのも難しいだろうし……何より、厳しく情報が統制されているせいで、公にされている情報なんかは大体捏造されたものばかりだ。正確かも分からない嘘だらけの歴史を、わざわざ好き好んで学ぶ者は……かなりの物好きな部類に入るだろうね。」
「それじゃあ、なぜ……」
「理由は単純だよ。」
ふっと楽しそうに唇を歪める。
「好きだったんだ。その嘘がね。」
「どれが嘘か、どれが真実かを探し出すのが面白くてね。捏造された無機質な情報の中に、たまに本物の真実が紛れ込んでいる……どこか浪漫を感じるだろう?」
「まあ、単に自由に自分の好きな事をしていたかったから、というだけさ。」
どこかおどけて肩をすくめてみせる。
「そのせいで家族から呆れられて、今の惨状に至るわけだけどね。」
「それで先生は、“地球”の事もあんなに気に入っていたんですか?」
「ああ、そうだとも。人類の故郷とされる星……誰もが知っていたがゆえに、統制者側も完全に消し去り切れなかった情報の一つだ。きっとそこでは、誰もが何のしがらみにも囚われずに、自由に生きられたに違いない。」
彼女の瞳に、熱を帯びた輝きが宿る。
「この世界は、どこか作為的だ。」
「何もかもが不自然で、誰かの都合の良い思惑で動かされているようにすら見える。」
「だからこそ、無作為で……全てが自然の成り行きのままに行く世界がどんなものか、私は心底興味があるんだよ。」
「そうだったんですか……」
「……先生は、やっぱり凄いです……」
やっぱり彼女は凄い。どんな境遇にあっても、自分の確かな夢や望みを持って生きている。
「君には、やりたい事は無いのかい?」
優しい問いかけが飛んでくる。
「僕は……よく分かりません……」
自分のやりたい事なんて、いくら考えてもよく分からないのだ。昔から“自分というものが無い”みたいだと誰かに揶揄されたこともあった。
だからこそ、揺るぎない自分をしっかりと持っている先生の姿が、僕には眩しくて仕方がなかった。
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「入りますよ、先生。」
「……」
「……あぁ……きみ……か……」
また先生に会う。ベッドに横たわる彼女の喉がかひゅうと掠れた音を立てて鳴っている。頭部に巻かれた包帯の隙間から覗く瞳も、生気を失って酷く虚ろだ。
「……ともだちは……できたかい……?」
「はい。」
「(“嘘だ”)」
「やりたい事は……夢は……見つかったかい……?」
「もちろんです。」
「(“そんなもの無かっただろう”)」
「それは……良かった……」
「……」
私の吐き出した偽りの言葉に、彼女は安堵したように小さく目を細めた。
「少し……頼んでもいいかい……?」
「……? 何でしょう?」
「私の隣の……装置の赤いスイッチを切ってくれないかい……?」
「良いのですが、何故でしょう?」
「それが付いていると苦しいんだ……大丈夫……心配は無いから……」
「……?」
「(“駄目だ”)」
「そうですか……?」
(”待て、やめろ“)
「分かりました……」
(”やめてくれ“)
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「“やめてくれっ”」
「先生っ!!」
ベッドの脇からノノミの切羽詰まった声が響く。
「大丈夫ですか!? 具合は悪くありませんか!?」
「“あぁ……ノノミ……?”」
意識が覚醒し、荒い息を吐きながら天井を仰ぐ。額にはびっしょりと冷や汗が滲んでいた。
「とてもうなされていたようですが……」
「“いや……なんでもない……なんでもないんだ……”」
記憶の濁流から這い上がり、胸を押さえる。
なんで今まで忘れていたんだろう。いや、違う。あまりに重すぎる記憶だったから、脳が意識的に思い出さないように封印していたんだ。“あの人”と過ごした記憶を。
そして……私が自ら“先生”になろうとした、本当の理由を。
「先生……酷い顔だよ……」
傍らに立っていたホシノが、痛ましそうな瞳で私を覗き込んでいる。
「“ホシノ……ごめん……ちょっと嫌な夢を見ていただけなんだ……”」
「気分は如何ですか?」
静かな足音とともに、あの異質な声が室内に響いた。
「“黒服……”」
「何をしに来た」
ホシノが反射的に身体をこわばらせ、低い声で威嚇する。
「落ち着いてください、小鳥遊ホシノさん。私はただ、先生と対話をしに来ただけですから。」
黒服はホシノの視線を軽やかに受け流すと、私の方へと静かに向き直った。
「それで……先生、あなたの“解釈”を聞かせていただきましょうか?」
「“……”」
一度目を閉じ、脳裏に刻まれたあの痛々しい記憶の断片を反芻する。
「“どういう理屈かは分からない……何者かの手によって自分自身が完全に破壊され、誰でもなくなってしまった者……そして、ただ失くしてしまった大切なものをを探し続けているだけの、空っぽで哀れな存在……それが、”ヌル“の正体……だと思った。”」
「誰でもなくなってしまった者、ですか……クックック……実に興味深い解釈ですね……」
「先生は、あの壊れた記号の群れからそのようなテクストを読み取られたのですね。」
空間が揺らぎ、ゴルコンダとデカルコマニーが滑り込むように姿を現した。
「歪んだ存在、という本質的な記号は依然として変わりません。ですが先生、あなたはあの記憶を見る前と後とで、明らかに違うテクストを読み取ったようですね。」
ゴルコンダは淡々とその観察結果を述べる。
「『恐ろしい怪物』から『哀れな存在』へと認識が不可逆的に転換し、“それ”に対して嫌悪感を感じていたはずが、今やその悲惨な境遇を哀れみ、同情すらしてしまっている……違いますか?」
「”…………“」
否定はできなかった。自覚があるからこそ、言葉が詰まる。
理解不能な『怪物』だった存在が、背景を知ることで理解の及ぶ『傷ついた者』へと認識が反転してしまったのだ。
元々は「脅威である」という強いバイアスがかかっていた。しかし今や、その前提すらも完全に崩れ去ってしまっている。
それはまるで、犯罪者の凄惨な犯行内容だけを見ていた者が、その哀しい背景を知り、情状酌量の余地を見出してしまう感覚に酷く似ていた。
「理解できないからこそ『怪物』は恐ろしい。しかし、完全に理解してしまえば……それは果たして、もう『怪物』と呼べるのでしょうか?」
仮にそれが変わらず危険な存在であったとしても、抱く感情の性質は根底から変質してしまう。
幽霊と熊。どちらも人間に危害を加える恐怖の対象だ。だが、怪談に覚える背筋の凍るような『恐怖』と、凶暴な野生動物に対峙したときの生死の『危険』は明確に異なる。“畏れる”と“怖れる”の違いのように。
理解できない完全な未知だからこそ、人はそれを“恐怖”と定義するのだろうか。
「わたくしからは以上です。」
「そういうこった!」
「“………”」
「“……黒服”」
「何でしょう?」
「“あの記憶の中には、お前の姿があった。お前なら……あの記憶の主のことを知っているんじゃないか?”」
記憶を紐解く中で生じた疑問は山ほどあった。何故あの世界に黒服が存在していたのか。そして、空を覆っていたあの『黒い太陽』の正体は何だったのか。
「勿論です。私は“彼”を知っていますよ。彼と最後に接触したのは、随分と昔のことになりますがね。」
“彼”……記憶の主は男性だったのだろうか。
ダイブ中の視点は常に彼自身の主観であり、鏡を見るような描写もなかったため、その容姿すら判別できなかった。
あの記憶の中では、“自分自身”に関する情報が徹底的なまでに破壊され尽くされていた。
どんな姿で、どんな声をしていたのかすら正確には掴めない。ただ、断片的な感情の揺らぎだけが伝わってきたのだ。
「“その彼は、一体何者なんだ?”」
「それは……なかなか難しい質問ですね……」
黒服は顎に手を当て、少しだけ思案する素振りを見せた。
「少なくとも、古い意味での人間の姿と人格を持っていた……とでも言っておきましょうか。」
「“どういう意味だ?”」
「元々、私が彼に接触したのは純粋な研究対象としてでした。あの領域には既に、古い意味で人間と呼べる定義の存在は残っていなかったはずなのです。しかし、正確な発生起源も分からぬまま、彼はそこに存在していました。」
古い意味での人間……。
今のキヴォトスにおいては、高度な思考を持つオートマタや機械でさえも人として扱い、共に暮らしている。
ならば、一切の神秘も持たない私のような存在こそが、彼の言う古い意味での人間ということになるのだろうか。
「あなたは生徒達が何故ヘイローを持っているのか、その根本的な理由を説明できますか?」
「“……できない……”」
「それと同じですよ。正確な起源は不明。しかし人間と同じような外形を持ち、心を通わせることができる。彼もまた、そういった不条理な存在の一人でした。生徒ではありませんでしたがね。」
少なくとも、かつては人間だった……ということか。
「“……もう一つ質問がある。あの”黒い太陽“は一体何なんだ?”」
「間違いなくあれは『色彩』でしょうね。この世界の理の外側から飛来する絶望の脅威です。ゲマトリアとしても、あれだけは絶対に忌避すべき存在です。」
「“忌避すべき存在?”」
「あれが引き起こすのは無秩序な『狂気』……私たちが求める探究とは程遠い、理解の拒絶です。我々がそのような理性の放棄へと堕落するわけにはいきませんからね。」
「“その『色彩』は……彼に何をしたんだ?“」
「彼の持つ特殊な“性質”に惹かれたのかは分かりませんが……接触し、その存在を無理やりに反転させようとしたのではないかと私は推測しています。」
黒服は静かに歩み寄ると、人差し指を立てた。
「通常、色彩が『神秘』に接触した場合、その裏側に潜む『恐怖』が顕現するとされています。『神秘』と『恐怖』はコインの表と裏のような関係……そのように例えられることも多いですね。」
「ですが、彼の場合に関してはコインの表裏ではなく、”球体“で例えた方がより正確かもしれません。中核を担う”本質“と、その表層を覆う様々な“人格や記憶”によって構成された球体……それが彼という存在だったと仮定しましょう。」
「表向きのコインを裏返せば、当然ながら裏側が露出しますよね? では、立体である球体を無理やりに裏返そうとしたらどうなると思いますか?」
「“……コインのように綺麗には裏返らない”」
「そうです。球体は平面とは構造が違います。外側から強烈な力で無理に球体を裏返そうとすれば……外側の表層は砕け散り、内側に詰まっていた中身は外へとこぼれ落ちてしまうでしょう。」
外側の表層は裏返って砕け散り……内側の中身は溢れ落ちる……。
表層とは、積み重ねてきた記憶と人格……。中身とは、その根底にある本質……。
「”まさか……!“」
「クックック……ようやくお気付きになりましたか……」
「無理な反転によって砕け散った人格と記憶の破片……それこそが、あなたが”ヌル“と呼んでいた歪んだ存在の正体。そして……」
「“そのこぼれ落ちた『本質』が……『アベル』……”」
「本質と言うより、正確には彼の“童心”と言った方がしっくりくるかもしれませんね。人ならば誰しもが生まれた瞬間に宿している、最初の自分自身。何の経験も知識も記憶も混ざっていない、成長を始める前の純粋無垢な中心人格……」
「あなたが”アベル“と呼ぶあの存在は、彼の肉体にその”童心“だけがポツンと取り残された姿なのです。」
黒服の言葉が、容赦なく私の胸を抉る。
「精神の中核である童心を失い、後から成長によって付加された記憶の破片だけでは、人格など到底成立しません。だからこそ……あのように歪み切った悲しい存在が発生してしまったのでしょうね。」
「“……アベルとヌルは……元々は一つの存在だった……”」
脳裏で全てのパズルが噛み合っていく。
なぜ“ヌル”が、あんなにも執拗に、なり振り構わずあの子を追い求めていたのか。その理由が、あまりにも残酷な形で証明されてしまった。
『{ 俺に 戻りたかっ ただけ なん だ }』
あの最後の凄惨な断末魔。
あれは……壊され、引き裂かれながらも、たった一つ失ってしまった自分自身を取り戻そうと、必死に手を伸ばし続けた末に倒れた者の、魂の底からの悲痛な叫びだったのではないか……!?
私は……私は今までずっと、その人が必死に探し求めていた一番大切なものを、ただ遠ざけ、奪い続けてしまっていたんじゃないのか……!?
「“なんて……なんて事をしてしまったんだ……”」
自責の念が猛烈な波となって押し寄せ、眩暈がする。
ただ理絶した悲惨な目に遭い続けてきた人に対して、私はさらに容赦のない追い討ちをかけ続けていたというのか。
最初は未知の脅威だからと接触を避けるのが最善だと信じていた。その次は、ただ目の前の子を守りたい一心で行動していた。だが……その独善的な配慮のせいで、これほどの犠牲と大規模な被害を出してしまったのではないか? 良かれと思って選択してきたすべての行動が、惨劇を悪化させる最悪の裏目に出てしまっている。
最初から何もしなければ良かったんじゃないか?
……今更そんな後悔に苛まれても遅すぎる。失意に沈んでいる暇はない、これからどう行動するべきかを考えなくてはならない。
私は胸の奥の重痛い塊を強引に押し込めると、顔を上げて黒服を鋭く睨みつけた。
「“つまり……その砕けた『ヌル』と『アベル』を再び接触させれば、元の一人の人間へ戻せる……ということでいいんだな?”」
「理論上は、元の彼の状態に戻るとは思われます。しかし……」
「先生……実は……その子は今、この場には居ないんです……」
不安そうに眉をひそめたアヤネが、絞り出すような声で言葉を挟んだ。
「“アヤネ……? どういう事だ?”」
「先生が意識を失って倒れている間に、どこかへ姿を消してしまって……エリドゥの内部どころか、電力が復旧したミレニアム全体の防犯システムで捜索しても、まったく足取りが掴めなかったそうで……」
「“そんな……!”」
目の前で事態が加速度的に悪化していく。どこへ向かったのか分からない以上、問題がさらに壊滅的な規模へ肥大化していっても何らおかしくはない。
「“早く探して見つけないと……!”」
事態の緊迫感に身を乗り出そうとすると、黒服は思わせぶりに首を横に振った。
「一言言っておきますが……私は一切関与していませんよ。ただ、自らの意思で脱走したのではないとするならば……我々とはまた別の何者かの干渉を受けた可能性は否定できませんがね。」
「“何だって……?”」
「不完全な状態とはいえ……“あれ”は過剰なまでの力を内に秘めています。いえ、むしろ何の余計な知識も偏見も混じらない純粋無垢な状態だからこそ、本来の自身の力を、かつての“彼”以上に効率よく使いこなしている可能性すらあるのです……。もし、それを良からぬ目的のために利用しようと企む存在が居るとしたら……先生、貴方は一体どうされますか?」
「“もちろん、何としてでもそれを止める。”」
「どのようにして? 『ヌル』と統合させ、元の状態に戻すことで、ですか?」
「“そうだ。それがどうした。”」
「貴方がそれを望むというのであれば、私は止めません。ですが……どうか覚えておいてください。あの幼い器に引き裂かれた記憶と人格をすべて戻した時……それはもう、貴方が護ろうとした”アベル“という存在ではなくなります。」
「“……っ!”」
その指摘は、私の一番甘い部分を的確に突き刺してきた。
「そして仮に一つへ戻ったとしても、覚醒した“彼”がどのような精神状態になるかは全くの予測不能です。先ほど垣間見た記憶から察するに、彼はヘイローを持つ者……つまり生徒たちに対して、根深い強い憎しみを抱いている恐れがある。そんな壊れた状態の彼がこのキヴォトスで目覚めた時、一体どうなるでしょうか?」
「“あの……最後の記憶の中のような惨劇になる、とでも言いたいのか?”」
「万が一、ですがね……」
「先生、貴方は遠からず選択を迫られる事になる。どちらを選んだとしても、誰にとっても都合の良いハッピーエンドへは進まない……それでも貴方は、その手で選択しなければならないのですよ。」
「“……”」
絞り出すような沈黙の末、私は短く答えた。
「“……覚えておくよ”」
思考を切り替え、私は周囲の生徒たちを見渡した。
「“みんな、行くよ。”」
「先生、まだ体調が戻っていません! 無理は禁物です……!」
「“シロコ、私の体調のことは気にしないでくれ。それよりも一刻も早く、あの子の居場所を探し出すことに専念して欲しいんだ。”」
「……」
シロコは私の目をじっと見つめ、何かを察したように引き締まった表情で小さく頷いた。
「分かった……すぐに行こう……!」
誰かの痛ましい記憶を追体験したのと同時に、私自身がずっと心の奥底に閉じ込め続けていた昔の惨憺たる記憶を……自分という存在の原点を思い出してしまった。
だとしても……今の私はキヴォトスの“先生”だ。生徒たちの眩しい青春と日常を守らなければならない立場なんだ。
“先生”とは、“生徒”のために己を削ってでも最善を尽くす存在だ。どこまでも“生徒”のためを思って、常に“生徒”を第一に考えて行動するものだ。
間違いなくそのはずだ
そうでなくてはならない
そうじゃなきゃおかしいんだ
本当の望みを忘れてしまうことがある。そうでないものに無意識に逃避してしまう事もよくある事だ。
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[補足]
-あの人
“先生”の恩師である褐色肌の女性。美人でなかなかの美脚。不治の病を患い、『事故』によって病室で亡くなった。歴史を教える立場にあった彼女は、もちろん歴史が大好きだった。嘘の混じった過去の出来事の中の真実を探すのが好きだった。その中でも“人類がかつて住んでいた星”を一際気に入っており、“少年”にもそれを語るのが好きだった。
自分に正直に生きてきたつもりの彼女は矛盾を抱えていた。後悔故に自分の人生を肯定し切れずにいた。
-『先生』
連邦捜査部シャーレの先生であり、20代前半のまだまだ若い男。
そして名も無き存在の理解者になってしまった男。記憶を直接覗き見た男は酷く同情してしまった。かつての自分以上に悲惨な目に遭ってしまった存在に。今より若かった彼はある人物に恋慕していた。その人物は歴史の教授であり、先生であった。憧れであり、導き手であった彼女を自らの手にかけるまでは。
彼女の役割は彼の目標になっていた。いや、なってしまった。“責任”が故か、“後悔”が故か。幸か不幸か、今の彼はたくさんの生徒を導く事ができた。少なくとも彼は今の役割に満足している。だが心の傷は完全には癒え切らず、膿んだまま。”先生“という役割にのめり込む内に自身が何故それを目指したのかすら無意識に心の奥に封じ込めていた。
異常なまでに生徒思いな事には理由がある。”生徒思いな先生“で在りつづける事で過去の自分から逃避していたのだ。本当は先生になって知りたかったはずだ。彼女が自分をどう思っていたかを。
説明役の問題でこの世界線の黒服は色々知っている設定になっております。
オリキャラ周りがかなりダークな雰囲気になる可能性があるのですが、参考にしたいのでできれば......
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暗い。陰鬱な雰囲気は好き
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別にいいと思う
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あまり好きでは無い