[完結] From outside Kivotos 作:ケトゥ毛
〈
『先生、ご無事でしょうか?』
「“リンちゃん! 丁度良かった! 実はアベルが居なくなったんだ! 何か知って……“」
『……騒動の直後で大変申し訳ございませんが、緊急事態です。サンクトゥムタワーの制御が……不能になってしまいました……』
「“なんだって……!? このタイミングで……”」
『連邦生徒会に移管されたはずの制御権が、原因不明のエラーで失効してしまっているようなのです……! このままではキヴォトス全体で深刻な混乱が生じ始めてしまいます……先生、至急サンクトゥムタワーまで戻って来ていただけないでしょうか?』
アベルの失踪、そしてサンクトゥムタワーの制御権の喪失……。この二つが同時に起きて無関係なはずがない。間違いなく、何者かが裏で動き出している。
「“分かった。今すぐ向かうよ。”」
『助かります、お待ちしております……!』
通話が切れる。焦燥感を隠せない私に、ホシノたちが心配そうに顔を寄せた。
「先生? どうしたの?」
「“今、連邦生徒会から連絡があってね……どうやら緊急事態みたいなんだ。私は今からサンクトゥムタワーへ向かう。もしかしたら、あの子が姿を消したことと直接関係があるかもしれないからね。だから、みんなは一度アビドスに戻って静養してくれて大丈夫だよ。”」
「……」
私の提案に、アビドス生徒会の面々は一瞬顔を見合わせた。
「それじゃあ、おじさん達が先生を送っていくよ〜」
「“そこまでしなくても大丈夫だよ。みんな、ヌルとの戦闘で心身共に疲れてるだろうし……”」
「それは先生も同じでしょ? 大体、さっきみたいにまた途中で倒れでもしたらどうするの?」
セリカが腰に手を当て、どこか呆れたように、でも心底心配そうに言いはなつ。
「“それは……”」
言葉に詰まる私に、シロコが静かに、だが強固な意志を込めた瞳で見つめてきた。
「これぐらいはさせてよ、先生。」
「“……”」
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サンクトゥムタワーの直下にまでやって来た。
見上げるタワーの光景に、私はこのキヴォトスで過ごした最初の日をふと思い出す。
だが、あの時から変わらずサンクトゥムタワーを中心に広がっていたはずの巨大なヘイローが、なぜか綺麗さっぱり消え去っていた。
ホシノたちにはタワーの近くまで送ってもらい、ここからは私一人で歩を進める。
『……先生。』
脳裏に、シッテムの箱のメインOSの声が響く。
「“A.R.O.N.A……?”」
『サンクトゥムタワーの制御権は何者かに“略奪”された可能性があります。十分にお気をつけください。』
「“略奪……?”」
奪われた……? 連邦生徒会の最重要設備であるサンクトゥムタワーの権限を、外部から力ずくで奪い去ることができる存在が、このキヴォトスに居るというのか?
黒服が警告していた、裏で何かを企む第三の勢力の存在が頭をよぎる。
「“このシッテムの箱の力を使って、強制的に権限を復旧させる事はできないかな?”」
『恐れ入ります、現在の私の処理能力とアクセス権限では不可能です。……申し訳ございません、先生。』
「“……ううん、謝らないで。とりあえず状況は分かったよ、気をつけるね。”」
「“リンちゃん”」
連邦生徒会の緊急指揮所へ足を踏み入れると、疲れの滲む表情で端末に向かっていたリンちゃんが振り返った。
「先生、来てくださったのですね。」
「“今はどういう状態?”」
「タワーが連邦生徒会側のあらゆる操作を一切受け付けなくなってしまいました。現在、総力を挙げて原因の究明に取り組んでいるのですが……未だ進展が無く……」
彼女の張り詰めた声からも、事態が困窮を極めていることが嫌というほど伝わってくる。
「先生の『シッテムの箱』を使って、制御権を再初期化し回復させる事は可能でしょうか?」
「“ごめん……アロナに確認してみたんだけど、今はそれも難しいみたいなんだ……”」
「そうですか……」
リンちゃんは落胆を隠すように一度深く息を吐いた。
「“……リンちゃん、少し話を聞いてもらってもいいかな?”」
「何でしょう?」
「なるほど……エリドゥでそのような悲痛な事態が起こっていたとは……」
「“だから、アベルが居なくなった事とサンクトゥムタワーの権限喪失には、間違いなく何か深い関係があると思うんだ。”」
「……確かに、発生したタイミングが酷似していますね。連邦生徒会としても、その子の捜索を優先課題に組み込むべきでしょうか……?」
「“それについては私が引き続き捜索をやるつもりだよ。リンちゃんたちをこれ以上多忙にさせるわけにはいかないしね……”」
「“ただ……タワーの解析で何か異変や手掛かりがあったら、すぐに教えてほしい。あの子を見つける手掛かりになるかもしれないから。”」
「分かりましたが……」
そこでリンちゃんは言葉を区切り、じっと私の顔を覗き込んできた。
「“……? どうしたの?”」
「先生、ご自身のお顔を鏡でご覧になりましたか? かなり顔色が悪いように見えるのですが……相当にお疲れになっているのではないでしょうか……?」
「“え……?”」
不意を突かれ、言葉が詰まる。
……そんなに体調が悪そうに見えるのだろうか?
駄目だ。今の私はキヴォトスの“先生”なんだ。生徒に無駄な心配や動揺を与えてはいけない。もっとシャキっとしないと。
「“そんな事はないと思うけど……仮に私が少し疲れていたとしても、今はこの事態を放置して休んでいる暇なんてないしね。それに、連日の対応でリンちゃんたちの方がよっぽど疲れてるでしょ? 私も『先生』として踏ん張らなきゃ。”」
「……」
リンちゃんはどこか重苦しい眼差しで私を見つめたまま、静かに言葉を飲み込んだ。
「……そうですか」
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あれから数時間、街を歩き回って探し続けた。ヴァルキューレ警察学校の生徒たちにも全面的な協力を仰ぎ、防犯カメラの映像解析や聞き込みを進めているが、未だにあの子の痕跡すら見つからない。
やはり、黒服の言っていたような第三者の不穏な干渉があったのだろうか。追えば追うほどに霧が深まり、事態の全容が全く見えてこない。
焦りと不安ばかりが胸の内で大きく募っていく。
そう……強烈な、不安だ。
また、何か大切なものを失ってしまうかもしれない。
取り返しのつかない決定的な事態になってしまうかもしれない。
この痛烈な不安の感覚を、私は知っている。心底よく覚えているのだ。つい最近まで、私の記憶の中には存在しなかったはずの代物なのに。
「“はぁ……”」
無意識のうちに、重いため息が口から漏れ出た。自分が思っている以上に、精神の奥底で色々なものを溜め込んでしまっているらしい。
ここ最近の私は、本来ならキヴォトスの“先生”として考えなくてもいいような事ばかりに気を取られている気がする。
当然、私は目の前の生徒たちの事を第一に考え、事態の迅速な解決へ向けて対処に努めている。
しかし、雑音や雑念とも呼ぶべきドロドロとした思考が、絶え間なく頭を苛み続けているのだ。
あの記憶の主。“彼”は、このまま永遠に報われないのだろうか。
全力を尽くして死に物狂いで生き足掻いた、その残酷な結果があれで良かったのだろうか。全てを奪われ、引き裂かれ、最後は虚しく空っぽの怪物になったまま破滅を迎える。
そんな惨い結末があっていいはずがない。
理不尽な環境によって一方的に追い詰められ、あまりにも重すぎる世界の重圧を一人で背負わされる。
……まるで、大人の都合で理不尽な責任を無理やり押し付けられた、悲惨な子供のように。
……私は『アベル』を『ヌル』と統合させ、かつての“彼”の姿に戻したとして、一体何がしたいのだろうか?もしかしたら、私はただ彼を救ってあげたいだけなのかもしれない。
まだ幼い子供が、大人の都合や世界の理不尽な責任を負わされるなんて……そんなことは絶対にあってはならないのだから。
“あの日の僕“を、誰も救ってはくれなかった。
中身が空っぽになってしまった惨めな自分を埋めるための手段を、私は自分自身の手で必死に手探りで探すしかなかったのだ。
だから……だからこそ、私は大人になり、誰かを導く“先生”になった。
……でも、あの時。孤独に震えていた幼い自分が本当に望んでいたものは、一体何だったんだろう?
僕は……本当は誰かに助けて欲しかったんだろうか。
僕の狭い世界から唯一の理解者であった先生が消えてしまい、一人取り残されて完全な孤独になった自分を。
僕はいったい、何が欲しかったんだろう。
『自分を正しく導いてくれる先生』?
『自分が正しく導くべき生徒』?
『自分をあたたかく気にかけてくれる家族』?
『互いに愛し合える恋人』?
それとも……
『対等な立場で、共に立ち上がれる友達』?
「“……今更、考えても分からないな……”」
「それはどうでしょうね、先生。」
静かな嘲笑を含んだ聞き覚えのある声が、背後から響く。振り返ると、闇の隙間からあの男が滑り出るように現れた。
「“黒服……?”」
「私はこれまで、貴方のことをどこか不可解で不条理な存在だと感じておりました。」
黒服はゆっくりと私との間合いを詰めながら、淡々と語りかける。
「このキヴォトスという世界を意のままに再構築できる可能性すら秘めた、絶大な権力を所有していながら……その奇跡の力を決して私利私欲のために扱わない奇人……何があろうと常に『生徒の最善』のみを優先して思考する者……」
「そんな歪なまでに無欲な貴方が、この世界を一体どのように“解釈”しているのか……私には不可解でなりませんでした。」
「しかし……不思議なことに、どこか奇妙な親近感のようなものを感じていたのも事実なのです。」
「“……お前は、一体何が言いたいんだ?“」
「私は、先ほどからの無様に苦悩する今の貴方の姿を見て……一つの重大な『気付き』を得たんですよ。」
「“気付き……?”」
「貴方は決定的な力に溺れる事は無かった。だからこそ私には、貴方が一体何にこれほど執着しているのかが理解できなかった。」
「ですが今なら、ハっきりと理解できますよ。」
「貴方は『先生』という“役割”に溺れていたのですね。」
「“……何だと?”」
「私はあの後、ダイブの余波によって垣間見えた貴方の過去を、部分的に拝見させていただいたのですがね。」
黒服の声が、私の隠しておきたい傷口を容赦なく抉り開けていく。
「貴方の敬愛していた“先生”が失われ、家族も親しい知り合いも居なくなり完全な孤独となった貴方には……そもそも『人間関係の正常な構築の仕方』そのものが分からなかった。だからこそ、自分が唯一知っていた“先生”という概念の形に狂信的に執着していたのではありませんか?」
「そうして自分自身が“先生”になりきり演じることで……自分もあの憧れた“先生”と同じ存在になれると信じ込んだのでは?」
「そして……かつて彼女が自分に対して抱いていた本当の感情を知ることができると、そう思い込んでいたのではございませんか?」
「“…………”」
「つまり……貴方は“先生”という借り物の役割に、病的かつ歪に依存しているに過ぎないのですよ。昔も、そして今この瞬間もずっとね。ただ……『依存する対象の先生』が、他人から自分自身へとすり替わっただけに過ぎない。」
依存……? 私が……?
何で……何でこの男に、そんな言葉で表されなければならないんだ?
今まで私が積み上げてきた全ての選択、生徒たちと過ごした日常の全てが、根底から汚く否定されたように感じる。
私の『先生』としての人生の全てが……まるで自分勝手で独りよがりな自己満足の自己暗示に過ぎなかったと言われているようで、猛烈な怒りと苛立ちが沸き上がってくる。
「”……に“」
「”……お前に“」
こいつに私の人生の何が分かるんだ?
昔の苦しみの何を知ってるって言うんだ?
「お前に僕の何が分かるって言うんだ」
「僕には家族も友達も居なかった 彼女以外に話せる人間だって碌に居なかったんだ 僕には……僕にはあの時『先生』しかなかったんだ」
「僕は……僕は…………」
「“私は……”」
「“何が……欲しかったんだ……?”」
自分の本当の望みは、一体何だったんだろう。
絶望的な孤独の中で、無意識のうちに僕は“先生”になる事こそが唯一の自分の望みなんだと……そう思い込むようになっていた。
そうやって、“僕”は“私”になったのだ。
でも、本当にそれは幼かった“僕”の真の望みだったのだろうか?
『先生』で在り続けることは、“私”の本望なのだと思っていた。
……“私”の望みのはずだったんだ。
“私”の……。
……“僕”の望みでは、なかった。
「初めて”
黒服の顔の表面がニタリと歪む。それは嘲笑のようでもあり、どこか満足げな観察者のようでもあった。
「貴方はこの学園都市を通じて、失われた自分自身の“気づき”を得ようとしていたのでしょう。しかし……貴方は途中で“先生”という魅力的な役割に没頭してしまい、また違う形で自己を満たして満足してしまった。それが今の貴方です。」
黒服はゆっくりと腕を組み、得心がいったように首を頷かせる。
「何故、私が貴方に奇妙な親近感を感じていたのか……これでようやく理解できましたよ。」
「私と貴方……きっと、立場の違いでしかないのでしょうね。」
この理不尽な世界を自らの都合で解釈し、自らの乾いた望みに近づこうとしている。
この学園都市を、生徒たちを利用して、何かを探求し知ろうとしている。
ゲマトリア……そして、私……。
「“そうか……”」
恐ろしい事実に、ようやく気付いてしまった。
「“私は……利用していたのか……”」
生徒たちを……私が“理想の先生”で在り続けるための舞台装置として、利用していたのだ。
私はどこまでも生徒のためを思って、純粋な善意でこれまで動いてきたつもりだった。でも、その根本的な原動力は……自分自身を救い、維持するためのものだったんだ。
最初はどこか後ろめたい気持ちが胸の奥にあったはずだ。だけど、それに向き合うのが怖くて、無意識のうちに考えないように封印してきた。
そうして『先生』として振る舞い続けているうちに……“私”という虚構を維持するために、“僕”という本当の根底を忘れ去っていたんだ。
「“なんだ……私も、お前たちと何も変わらないじゃないか……”」
生徒たちを実験道具のように利用するゲマトリアに対して、私は強い嫌悪感を抱き続けてきた。
私利私欲の為に幼い生徒を都合よく巻き込むなど、断じて許されない言語道断の悪行だと。
私と彼らがこれまで行ってきた具体的な行為の差は、確かに大きい。だが……。
“本質”は……何一つ変わっていなかったのかもしれない。
表面上で何をしてきたかではない。
精神的な、根底の動機の問題だ。
結局のところ、私も彼らも……己の目的のために生徒を使っているに過ぎないのではないか。私が抱いていたあの嫌悪感は、ただの同族嫌悪だったというのか。
「やはり、私達と貴方は酷く似ている。」
黒服はどこか愛おしそうに言葉を重ねる。
「もしも出会い方や、置かれたそれぞれの立場が違っていれば……貴方もゲマトリアの一員であったかもしれませんね。」
「逆に私だって、かつては先生として…………」
「……いえ、これはただの戯言です。お気にされないで下さい。」
「“……それは、どういう意味だ……?”」
「少なくとも……やはり貴方は、私の真の理解者になり得るかもしれない、ということです。」
「“…………”」
「……ですが、その前に。まずは貴方自身を正しく理解してあげてください。」
「“……自分を?”」
「貴方は今、ご自身のことをどうお考えになられていますか?」
「“今の……私……”」
「『先生』で在り続けるために、過去を殺して創り出した都合の良い虚像……そうお考えになられているのではありませんか?」
「“…………”」
傷ついた“僕”の代わりに、“私”という大人を自らの主体とした。
「“私は偽物なのか……? 本当の自分では、無いというのか……?”」
私は、このまま『先生』として振る舞っていていいのだろうか?
これから先、私は一体どうすれば良いというんだ?
「それを決めるのは、私ではありませんよ。」
黒服は静かに手を差し伸べるような仕草を見せた。
「ですから先生……これからそれを、焦らず知っていけば良いではありませんか。」
「自分を肯定するも否定するも、全ては貴方次第です。」
「生徒を通してでも、あの壊れた“彼”を通してでも構いません。貴方が偽物かどうか、そして……本当の望みが何であったのかを、探求していけば良いのです。」
探求……か……。
「“……結局、お前は私に何を望んでいるんだ?”」
「何も変わりませんよ。貴方がこれから理解していく世界の中に……私という存在も含めて欲しい、ただそれだけです。」
「“…………”」
黒服の理解者に、か……。
彼がホシノやアビドスに対して行ってきた仕打ちは、決して許されるものではない。私はずっと彼を、排除すべき明確な“敵対者”として見続けてきた。
今まで、彼らを理解しようなどとは到底思えなかった。
だが……。
理解できない異質のものだからこそ、理解しようとする姿勢を持つことが大事……なのかもしれない。
……「かもしれない」ことばかりだ。今の私には、何一つとして正確な答えなんて出せない。
でも……それをこれから、自分の足で見つけていけばいいのだろうか。
「“…………”」
「“……考えておくよ。”」
「クックック……期待しておきましょう……。」
「ところで先生、あれをご覧下さい。」
「“……ん?”」
黒服が静かに夜空を指し示す。
「“……な!? なんだあれは……!?“」
夜空に、見上げるほど巨大な“異形の大ヘイロー”が浮かび上がっていた。空間を歪めるように輝くそれが放つ重圧感は、あまりにも莫大だ。
〈
ポケットの中で端末が激しく鳴る。
『先生! サンクトゥムタワー周辺にて超高濃度の未知エネルギー体が観測されました! 座標を送りますので至急、指定した座標まで移動してください!』
「いよいよ、決断の時が近付いて参りましたね、先生。」
黒服は闇の中へ一歩下がりながら、告げる。
「貴方はこれを酷く嫌うでしょうが……」
「たまにはその『先生』という重苦しい役割から外れてみるのも、自分自身を正しく俯瞰する上で重要だと……私は思いますよ。」
役割から、外れる……?
「先生!! どちらにいらっしゃいますか!?」
夜の街の遠くから、切迫した呼び声が響いてくる。
「先生! ここにいらっしゃいましたか……!」
声の方向から息を切らして駆け寄ってきたのは、警邏中のヴァルキューレ警察学校の生徒だった。
「“黒服”」
「“黒服……?”」
ハッと黒服のいた方向に向き直るが、そこにはもう誰の姿もなく、ただ夜風が吹き抜けているだけだった。
「先生? どなたかとご一緒されていたのでしょうか?」
「“…………”」
「“……いや、少し端末で通話をしていただけなんだ。”」
胸の動悸を抑え、私は息を整えて警察生徒に向き直る。
「“早く行こう、残された時間があまり無いかもしれない。”」
「えっ……あ、はい! 分かりましたっ!」
送信されてきた座標の示す場所へと、私は走り出す。
決断の時……。
少しずつその意味を理解し始めた。
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最初に先生に会った時の印象は、はっきり言って怪しかった。
シロコちゃんが連れてきた、見知らぬ大人。
『大人』という存在そのものを信用できないという自分なりの偏見もあったが、どこか頼りない雰囲気を纏ったその人物の瞳は……何かを隠して偽っているような、必死に何かを演じているような感じがした。
そして……なぜだろう。その瞳の奥に、どこか見覚えがあるような不思議な感覚を覚えていた気がした。
先生と共に、アビドスに関する様々な問題を一つずつ解決していった。
時が経つにつれ、彼の瞳に宿っていた暗い曇りが、少しずつ消えて澄んでいったように感じた。
当時の私はそれを、先生を信用できるようになったことで自分自身の見方が変わっただけだと思っていた。
それからの彼の瞳は、いつだって透き通った光を宿したままだったのだ。
あの“怪物”の記憶を覗き見る、あの瞬間までは。
黒服のあまりにも怪しげな要求に、なぜか先生はあっさりと応じた。
正直、私には理解できなかった。
もちろん、この悪夢のような事態を解決するために必要な手順なのだという説明はあった。
頭では理解していたつもりだったけれど、心がどうしても拒絶するような感覚。
どこか……いつもの“私たちの先生”らしくない感じが漂っていたのだ。
記憶を見て倒れた後、目を覚ました先生の瞳は……出会った最初の時のように、深く重く曇り、濁ったものに戻ってしまっていた。
それからというもの、先生は痛々しいほど平気なふりをし続けているように見えた。
お節介で優しすぎる彼の事だから、また無理をしているのかもしれない。あんな恐ろしい地獄のような記憶を直接脳内に流し込まれたのなら、誰だっておかしくなってしまう。
私は……そう自分に言い聞かせていた。
けど、先生はあれからどこか必死すぎた。傍目には自暴自棄にすら見えた。
……まるで、かつての“誰か”を見ているみたいだった。
顔色は青白いままで、目の下に浮かんだ酷いクマも消えない。
先生はいつだって自分を低く見がちで、生徒のためなら平気で自分を削るような自己犠牲的な行動も辞さない人だ。
だからこそ、私はあまり先生から目を離したくなかったのだ。
先生を一度見送った後……何か危険な目に遭ってから後悔したのでは絶対に遅いから。後輩たちと一度別れ、一人でまた先生と合流しようと後を追っていた。
そこで……私は見てしまったのだ。
暗闇の中、先生とあの黒服が、密かに言葉を交わしているところを。何について話しているのか、遠くからでは詳しい内容まではよく聞こえなかった。
けど……先生は会話の途中で、今にも溢れ出しそうな激しい感情を爆発させていた。
あんな取り乱した先生の姿を見るのは、初めてだった。
私のまだ知らない、触れてはいけない先生の側面を見てしまった気がした。
先生という存在が、どこか遠く……手の届かない場所へ行ってしまうような、そんな不吉な予感が背筋を駆け抜ける。
……先生、お願いだから居なくならないでね。
もしも先生まで……あの“先輩”みたいにどこかへ行ってしまったら、私はもう耐えられないから。
選択の時は近い
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[補足]
-ひび割れた球
現在は先生が所持している。小さくてしまいやすい。
記憶や人格が詰まったもの。灰の匂いがする。
これを例えるなら更新データに近いのかも。
上手く描けてるかは分かりませんが、11話を境に先生の性格はどこか不安定で空元気な感じにしているつもりです。
この作品の先生は原作の先生とはまた違うので混同に気をつけて下さい。
オリキャラ周りがかなりダークな雰囲気になる可能性があるのですが、参考にしたいのでできれば......
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暗い。陰鬱な雰囲気は好き
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別にいいと思う
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あまり好きでは無い