15話『苦悩の始まり』
彼の移動をしてもらっている間に連邦生徒会への業務連絡を済ませた。
リンちゃん曰く、サンクトゥムタワーの制御権も回復したようなので安心した。
巨大なヘイローは完全に消え、一部の地区が荒れたが逆に言えば被害はそれだけだったようだ。
空間のひびも無くなっていたらしい。
また、あの場所からは黒いオーバーコートが再度回収された。
結果的に都市が少し損壊しただけ
......逆に何かが引っかかる気がする。
〈
『先生、移動が完了しました。』
「“分かった、すぐ行くよ。”」
移動が終わったようなのですぐに向かう。
向かった先には開かれたいくつかの重厚な扉。
長い廊下を進んでいく。監獄のような病室が並んでいる。
薄々勘づいていたが精神病を患う患者を収容しておく区域のようだ。
「先生、こちらです。」
セナと合流する。そのまま案内される。
一際厳重に管理された部屋に入る。
「来ましたか、私も連絡を終えたところです。サンクトゥムタワー関係もこれで問題は無さそうですね。」
「”お疲れ、カンナ。“」
ヴァルキューレの生徒が武装して待機している。
鎮圧用の部隊だろう。
そして防弾ガラス越しにベッドに縛られた彼が見える。
まだ目覚めていないようだ。
「”.......私から言っておいてなんだけど......あそこまでやるんだ....“」
「安心して下さい。不必要に動こうとした場合のみ動作を妨げる働きをします。不快感は少ないはずです。」
「”そうなんだ.....“」
それから数十分監視を続けた。
そして”変化“が起きた。
「先生、見て下さい。」
「”.....んん?“」
彼がむくりと上半身を起こす様子がガラス越しに見える。
そして瞼を開く。
真っ黒な瞳だ。周囲を見渡す事も無くうつむいて呆然としている。
その様子はどこか虚ろだった。
「見て....!起き上がったよ...!」
「あれ.....ヘイローがない....」
生徒達が囁く。
ヘイローが現れる事は無かった。やはりアベルとは性質は違うのだろうか?
「覚醒しましたね。それでは今から接触を開始します。」
どのような調子か分からないため外からスピーカーで意志の疎通を試みる。
「こちらヴァルキューレ、聞こえているなら応答して欲しい。」
「.........」
音に反応したのかは分からないがガラスの外側にいる私たちを見た......?
どこか焦点が合っていない。
すぐに視線を下に戻した。
「聞こえているようだな。それでは幾つか質問をさせてもらう。そちらの音声はこちらに聞こえている。遠慮なく答えてほしい。」
「まず最初に、名前、年齢、出身地を答えてくれないか?」
「.......」
こちらを見もしない。
「答えたくないのか?」
「”少し変えてみようか。“」
「答えられる範囲で構わない。話してくれ。この際、偽名であっても良い。」
「...........」
喋らない。
「質問に応じる気がないのか?」
「.......憶測なのですが.....言語が分かっていないのでは....?」
「その可能性もあるのか....」
「”違う質問をしてみようか。“」
「言葉を理解しているのなら右手を挙げてくれ。」
暴れたりしなければ拘束具は反応しないらしい、なのでそのぐらいの動作はできるはずだ。だが....
「..........」
「..........あれは....」
無言のままだが反応を見せた。
手を耳に当てて塞いでいる。
「質問に答える気がないと言う事がはっきりしたな。」
「困りましたね.....」
「”ちょっといいかな?“」
「何でしょう?」
「”もしかしたら警戒しているのかもしれない。私が中に入って直接話してかけてみるよ。“」
起き上がってすぐに暴れる事は無かった。目に見えて危険というわけでは無さそうだ。
「先生....それは危険です、容認できません。」
まあそう言うのも無理もない。むしろ妥当な反対だろう。
「.....私は賛成です。」
「”セナ?“」
「あの様子....どこかで見覚えがあるのです。私として気になる事もございます。なので私も共に入れてもらえないでしょうか?」
「いざとなれば先生を守る事もできます。それに拘束もされているため危険性はそう大きくないはずです。」
「...........」
「分かりました....その条件で認めましょう。しかし先生、危険を感じたら直ぐに出て下さい。いいですね?」
「”は、はい。“」
扉が開く。
セナと共に入る。
足の音が響く。
「”やあ.....ええと....調子はどう?“」
とりあえず話しかけてみる。
反応は無い。
「おはようございます。私は救急医学部の部長、氷室セナです。お体の調子はいかがでしょうか?」
彼が耳から手を下ろした。
「安心して下さい。私たちはあなたを.....」
「......なぁ....」
「“.......!”」
彼が初めて声を発した。
「....そいつを踏まないでくれ.....俺の友達なんだよ.....」
セナの足元に目をやる。そこには何もない。
「“.......え?何を言って.....“」
「すみません。どきますね。」
「“セナ?”」
セナが立ち位置を変える。
「あなたを傷つけるつもりはありません。私たちはあなたの力になりたいのです。」
「........」
「ここは.....あんたらは.........本物か....」
混乱しているのだろうか?
「はい。私たちはここに居ますよ。」
「......ここは.....何処だ.....」
「ここはD.U.の.....」
「“ここは『キヴォトス』だよ。”」
「............」
「.......夢じゃ.....なかったのか.....」
今のはどう言う意味なんだろう?
彼が頭を抱える
「.......頼むから今は静かにしててくれ.....」
「“私は何も....”」
「お前らはもう居ない頼むから俺の前に出てこないでくれ」
「もう.....終わったんだ.........」
会話がうまく噛み合わない
「先生、精神的ケアが必要だと思われます。」
「“そうなの?”」
「少し任せて頂けませんか?」
セナは信頼できる腕を持っている。とりあえず任せてみよう。
「失礼しますね。」
セナが彼の手を握った。その時、少し彼女の表情が歪んだ。痛みを感じた時のように。
「.......!」
「私が分かりますか?私はここに居ますよ。」
「......あんたは....生きてるんだよな....?」
うつむいたままそう彼が問う。
「はい。私は死体ではありませんよ。」
「だったら離した方が良い.........」
「そうですか....失礼しました....」
セナを見る。少しヘイローの色が薄くなったような気がしたがすぐに戻った。
「”大丈夫?“」
「不思議ですね.....彼に触れると体温を持って行かれているような感覚がします...」
「”....手袋越しとはいえ触れるのは避けた方が良いかもしれない。“」
私が見たのは主に記憶の主の周り。本人がどういった性質を持っているのかは分からない。
「“ええと.....何と呼べばいいかな....アベル....?”」
「....あんたが....『先生』なんだな.....」
「.....俺は....もうそれじゃない....」
私の事を知っている....?まさか......アベルの記憶を....?
「少しお顔を見せて頂けないでしょうか?」
「......無理だ.....
顔を伏せたまま。これはヘイローを持つ者への憎しみ.....?それとも.....
「......思ったより重症のようです。先生、皆さんと共に少し席を外して頂けませんか?彼について調べなければいけない事があります。」
「”....分かった。”」
今の私ではどうする事もできそうになかった。彼女に任せて撤退する事にした。ヴァルキューレも一時的に退かせた。
-------------------------------------
扉が開く。
「先生、診断が終わりました。」
「“お疲れ様....それで、どうだったの?”」
「何と申せば宜しいのでしょうか.....」
「単刀直入に言いますと....彼には幻覚症状が見られます。」
「“幻覚.....?”」
「私たちでは見る事ができず、彼にのみ見えるものがあるでしょう。」
「彼との会話を試みていたのですが一度も私の顔を見ようとせず、むしろ視界に入らないようにして拒絶しているような仕草も見られました。対人恐怖症に陥っている可能性もございます。」
思ったより重症とはそういう事だったのか.....
「これ以上の接触はかえってストレスを感じさせる事になると思い、離れて会話しようと考えたのですが.....そうすると私と幻聴の区別がつかなくなったのか意志の疎通ができなくなってしまったのです。」
「なので彼に対する取り調べをする前に治療が必要になるかと.....」
「なるほど....私たちではどうする事もできない訳か....」
「“気を落とさないで、カンナ。”」
「お気を使わせてしまい申し訳ありません....」
「先生、彼からは度々『輪っか付き』と呼ばれました。何かこれについてご存知になられていませんか?」
「“.......!”」
彼の記憶で聞いた言葉。彼の友人の一人がキヴォトス人をそう呼んでいた。
ある考えが浮かぶ。
「“カンナ、今度は私一人で行っても良いかな?”」
「それは.........」
「いや.....逆に先生なら....?」
「以前先生はあの子に懐かれていた.....もしかしたら......」
カンナが考え込んでいる。
「.....了解しました。幸い今のところは危険性も見られないようですし.....ただ、だからと言って油断はなさらいで下さい。」
「“ありがとう。”」
-----------------------------------------
再び部屋に入る。
彼が固いベッドの上で耳を塞いでうずくまっている。
「“また失礼するよ。“」
「.....あんたか.....」
気付いたようだ。
「”私の事は分かるかい?“」
「......先生で合ってるか....」
やはり私を先生だと認識している。
「”それが分かると言う事は....アベルの時の記憶があるの?“」
「はっきりしないが、部分的に」
さっきよりも会話が円滑に進む。
少し落ち着いたんだろうか。
それとも生徒が部屋から居なくなったから....?
「.....夢から現実に戻された気分だ.....子供の頃の記憶みたいに正確じゃない......」
「だから今の状況が飲み込めないんだ」
「.....ここはキヴォトスなんだな....?」
「”うん....“」
「.....そうか....」
顔を見る。
信じられないほど空虚だ。
逆に悲哀を感じない表情に少し恐ろしさを感じた。
人の末路の一つ、誰でもこうなる可能性があるのが怖いと感じた。
「....俺は.....」
「何もかも失くなったのか」
「カプラエも マルムも あのオートマタももう居ない」
「友達も あの街も 敵も無い」
「目的も約束も果たせなかった」
「俺は どうしたらいいんだ」
「死ぬわけにもいかない」
「どう生きたら いいんだ」
震えているわけでも泣きそうな訳でもない、ただ消え入りそうな声
昔の自身の姿に重なる。
自分の世界を失ってもなお終われない者。
僕がそうだった。
あの頃、僕が欲していたのは何だったんだろう
それはまだ分からない
一つの仮説を立てる。
僕は『救い』が欲しかったんじゃないか?
誰かに助けて欲しかったんだろうか?
これが”自分の探求“の第一歩になる。
“彼を救う”
そして
彼も生徒と変わらない、子供なんだ。
理不尽な環境のせいで重荷を背負うなど合ってはならない。
子供が責任を負うのは合ってはならないんだ。
「“私と共にシャーレに来ないかい?”」
「“まだどうすれば良いか分からないかもしれない。でも、きっとまた目標を見つけられる。”」
拘束具を外す。
彼の全ては虚しくなってしまったかもしれない。
でも、まだ生き足掻いているんだ。
「目標.....か.....」
「”そう、新しい目標。“」
青春とは無縁だった彼にはこの世界はそぐわないかもしれない。
銃弾一発で骨の砕ける体ではこの環境は厳しいかもしれない。
もう透き通った青春の物語は送れないかもしれない。
またしても”かもしれない“事ばかり。
でも、試してみる価値はあるだろう?
「”さあ、行こう“」
手を彼に差し出す。
「................」
「.......いや.......」
「自分で立つさ」
私の手は取らない
だが彼は自分の力で立ち上がった。
------------------------------------------
彼と共に外に出る。
「”終わったよ。彼はシャーレで保護する事にしたよ。意志の疎通もできるから安心してね。“」
「そうですか、それは良かった。」
「良かったのですが.......」
カンナが訝しげな顔をする。
「何故、彼を全裸のまま連れて来たのですか?」
「”えっ?あっ“」
うっかりしていた.....!
「私たちだけでなく彼へのセクハラにもなりますよ!?」
「”ご、ごめん....“」
「それに....あなたも隠したりしないんですか....!?」
「そうか....ここは法律があるのか......」
彼は暮らしていた環境的にエチケットどころかプライバシーの保護も無かっただろうからその辺りの感覚が衰えているのかもしれない
「なあ、あんた、そこの包帯を取ってもらえるか?」
彼が顔を背けながらセナに話しかける。
「これでしょうか?」
セナが彼に包帯を渡す。
すると彼は器用に下半身など包帯を巻いてその部分を隠した。
下着のようになっている。
上半身にも包帯を巻いたりしている。
「”よくそんな事できるね.....”」
「向こうは下着が無かったからな、こうするしか肌を保護する術が無かった。」
「........しかし駄目です。つまり下着という事ですよね?公然わいせつ罪に当たります。」
「別にこのぐらい水着みたいなもんだろうに......」
「あなたはあの子のように可愛げがありませんね.....」
「”そうだ....!“」
「“ねえカンナ、”あの時“に回収したものをここに持って来させる事はできる?”」
「あの時....ですか?」
「局長!持って参りましたっ!」
運ばれたのはボロボロの黒い衣服や鉄板の鉈など、彼の所有物だったもの。
「これは....!」
「なんだ....あったのか.......」
彼の顔が衣服を見て目を見開いた。
「“多分、君のものでしょ?”」
彼が頷く
「しかし...これで宜しいのですか?新品の衣服を手配する事もできますが....」
「いや、これでいい。」
「俺の大事なものなんだ。」
私は一つ、記憶の一端を思い出す。
大きな山羊がコートを渡してくれる光景
大事な思い出だ
彼が衣服を見に纏う。
見窄らしいはずの損傷がかえって雰囲気に威厳を持たせている。
「”それじゃあ行こうか。“」
「”それじゃあセナ、本当に助かったよ。“」
今回の件は彼女にも色々助けられた。
どうやら私が倒れているのを発見したヴァルキューレが救援を手配した時、偶然にも近隣に彼女がいたらしい。
今度改めてお礼をしなければ
「先生、これから何処へ向かわれるのでしょうか?」
カンナに問われる。
「”とりあえず彼を連れて連邦生徒会へ報告しに行こうかな。“」
「そうですか。了解しました。他に用が無ければ我々に送迎させて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「“本当に?助かるよ。”」
カンナ達に送ってもらう事にした。
最初の出来事を思い出す。
突然現れた子供と私とカンナの3人
そして今も.....
何処か運命めいたものを感じた。
[補足]
-名無し
歪められ、捻れて沈んだ物語の主人公だった者。
そして最悪の結末を迎えても終われぬ者。
神秘無き、恐怖に満ちた自然の領域から流れ着いた。
理不尽に抗うも、その理不尽の被害者同士で憎み合い、殺し合い、最後には自分をも失うという無惨な目に遭った。
何十もの友人と仇、そして何千もの罪なき者達の屍を乗り越えて自分とその肉体を取り戻した。心的外傷後ストレス障害(いわゆるPTSD)、統合失調症、鬱病、バーンアウト症候群などを患っている。
好みの展開、表現を教えてください
-
絶望、病的
-
背徳、非道徳、インモラル的
-
暴力、残酷、汚物、下劣など酷いもの
-
曇らせ(晴らしアリ)
-
全部好き