「はあ〜....」
行き詰まって、大きなため息をついた。
ミレニアムでの“例の事件”が収束してから少し経つ。
あの事件を思い返せば色々なことがあった。
暗闇の中で彷徨ったり、怪物から逃走したり戦ったりした。
そして“彼”と呼ばれる謎の人物の記憶....?を覗き見たりもした。
これらはかなり....刺激が強かったけど、新しいゲームのシナリオを作るには十分な経験だったし、インスピレーションも得られたと思う。
「お姉ちゃん?大丈夫?」
「....あっ、うん。ぼーっとしてたみたい。」
なぜか作業の進みが悪い。
何か頭の片隅に残った何かが邪魔をしているようだった。
先生もあの後無事だったようだし、C&Cも特に問題はなかったと聞いた。
でも....“あの子”は結局どこへ行ってしまったんだろう。
事件の後、そのことを先生にモモトークで聞いてみたら「”心配はいらない、気にする必要はないよ“」とだけ返事が来た。
はぐらかされたようで逆に気になってしまう。
....でもとりあえず全員無事だったことを良かったと思うべきなんだろう。今はゲーム作りに集中しなくちゃ。
締め切りはまだ先だけどサボってられる状況じゃない。
そう思った矢先に、あるメッセージが届いた。
「見学生....?」
それは、外....それもミレニアム郊外ではなくキヴォトスの外から来たある人物に部活を紹介して欲しいというものだった。
「これって....」
あるアイデアが浮かぶ。
「ねえ、この見学生を見つけてゲーム作りを手伝わ....体験させてあげればいいと思わない....!?」
「お姉ちゃん....言い方....」
「そうと決まれば早速....!」
〈ガチャ〉
戸の開く音、見れば外出していたアリスがそこにいた。
「モモイ!モモイ!」
「.....アリス....?そんなに急いでどうしたのさ?」
どこかせわしない様子だ。何かあったのかも。
「モモイ、聞いてください.....」
———————————-
「ここが....エンジニア部....?」
あるエリアまではるばる移動してきた俺。
視線はあったが意外と不審がられたような感じはしなかった。
ぶっちゃけ浮浪者っぽくも見えそうな自分を見ても過度な驚きを見せない事から、キヴォトスにはそこそこ浮いた格好をしている人が結構いるのかもしれない。
......いや、それは流石に無いか....ただ外見で判断していないだけなのだろう......そのはず.....
大きな部屋の前まで来た。
少し開きかかった扉の隙間から覗いてみる。ガレージのようで、機材や製作途中の機械なんかがそこらじゅうに置いてある。
勝手に入ってしまっても良いのだろうか.....?
「........」
「誰か居ないかー?」
自身の存在を知らせる。
....返事はない。
中に誰も居ないか、睡眠もしくは気絶しているか.....
「困ったな....」
「.......」
「入るぞー」
もう勝手に堂々と入室する事にした。正直に言うと中に何があるのか凄く気になってしまった。
留守にした方が悪いんだ、しょうがないんだ
もちろん暴論である事はめちゃくちゃ自覚している。
だが近づく気配に気づいた。
「君」
背後から声をかけられる。
「こんなところで立ち尽くして一体どうしたんだい?ミレニアムの生徒ではないみたいだけど...」
振り返ると一人の生徒が居る。彼女の頭の上に2個金属っぽいものが浮いている.....
どうなってるんだ?
「.....いや、そういうことか。君が先生の言っていた見学生だね?エンジニア部に興味があって来たのかい?」
「.......」
無断で立ち入ろうとしていた手前、一方的な気まずさを覚えた。
「.....ええと.....そんなところだ。誰も居ないもんだからどうしようか考えてたとこなんだが....」
「そうなんだね。それはすまなかった。とりあえず中に入るかい?」
と、いうわけで中....作業室と呼ばれる場所に入れてもらった。
彼女は白石ウタハ、3年生でこの部活の部長をやっているらしい。
「マイスター」と呼ばれる称号を持っているそうで、多種多様なロボットなどを開発しているとのこと。少し見渡すだけでもその発明品らしきものがいくつか見当たる。
とにかく、凄腕の持ち主らしい。
「それで....折角来てもらって悪いのだけど、これから試作品の修理をするところなんだ。見ていても単純作業の繰り返しで面白いものではないだろうし、ここは危険なものが多いからあまりおすすめできない。それでもいいのかい?」
おおっ、安全意識がちゃんとしてる。なんか意外だ。
「別に問題ないな。この場所を見ているだけでも割と面白いし、仮に怪我してもあんたが責任を負う必要はないから大丈夫だぞ。」
実際、どこかしらに落ち着く必要がある。ならせめて人の少ないここに居たい。気だるげな気分は付き纏う。
やりたい事が浮かびそうなのにやる気が起きない感覚だ。
とにかく、何かしなくては。
「そういう問題ではないのだけど......しかし...来た手前追い返すのも悪いな.....仕方ない。居ても構わないけど大人しくしていてほしい、いいね?」
「分かった。」
やっと見学らしいことができそうだ。
〈ゴトッ〉
ウタハは試作品の一つを運んで来て、そのまま修理を始めた。
「なんだこれ.....義足.....?」
「その通りだよ。名付けて、『メカ・フット』と言ったところかな。これを装着すれば跳躍力を1.3倍にもなる優れ物さ。電動アクチュエータと人工筋肉によるパワーアシスト型の“鋼の足”は通常の義足に比べて数倍の威力を出せるよ。」
「なにっ」
機械仕掛けの義足...!?めちゃくちゃ面白いもの作ってる....!
ん?いや待てよ?義足ってことは....
「誰か足の悪い人でもいるのか?」
足の不自由な人から依頼を受けて作ったなんて事もあり得る。
「居ないわけではないけど.........特に関係はないよ。」
えっそうなんですか。
じゃあなぜ....?
「何故か聞きたいかい?」
「ああ、聞きたい。」
何か重大な経緯が....?
「それはね....」
「『ロマン』さ」
「
「ああ、アイデアを元に一つの作品へ情熱を注ぎ込む....そこに理由なんて必要ないと思わないかい?」
「へえ...なるほど......」
とても高尚な意思を感じる.....だが分からなくもない感情だ。
「人は夢や希望を抱いて生きるものだろう?私は自分の中に浮かぶそれをとにかく形にし続けているのさ。」
夢....希望......明るい言葉だ。
俺にはもうなくなってしまったものにすら思える。
少なくとも....今は空っぽだ。探している最中といえば良いのか....そんなものもうどうでも良いと思っているのかは自分でも分からないところがある。
「逆にそれらを持たずして生きるのは....私には少し堪えられない。そうして生きるなんて死んでいるようだとすら思えてしまうんだ......」
「えっ」
少し心臓が縮んだような思いをした。
どこか今の自分を否定されたようだった。もちろん彼女にそんなつもりはなかっただろう。
死んでいる.......
夢や希望が無いなら死んだも同然......
俺は死んだままだったのか。
あの紅い血溜まりで。
「おっと....すまない。奇妙な事を言ってしまった。まだ夢がない人を愚弄したつもりではないんだ。あくまで私個人がこう考えたまで、だから気にしないでほしい。」
「.....ああ、いや....別に気にしてない、深い話だなって感心してただけだ。」
「そうかい?虚をつかれたような顔をしていたからてっきり何か思うところがあったのかと......」
「すまん、普通に感嘆して変な顔してた。」
「なら....大丈夫そうだね。」
作業は進む。
ネジが締まって行くのを見ながら思慮に耽る。
嫌というほど自分の望みという曖昧なものに考えさせられる。
「突然ですまないが、そこのスパナ、取ってくれるかい?」
「.....え?ああ、これか。」
工具を取り、手渡す。
「へえ.....こんな感じになってんのかぁ......」
粗末なパイプ製の道具とは異なってどこを見ても精巧な造りをしている。どこがどのような役割を持つのか部分的にしか分からない。
「そういえば...少し気になったのだけど.......君の背負っているその....板....?は一体なんだい...?」
「ん?これか?」
「んん....ええと......鉈.....?」
「鉈にしては少し雑というか...大きすぎないかい....?」
「正直俺もよく分かってねえんだよ、元々拾いもんだしな。」
なんだかんだでずっと愛用しているものだ。
とにかく頑丈で割と助けられて来た。
「そう....」
「でも、見たところ手入れはされているようだね。」
「汚れたままじゃ....流石になあ....」
「....不思議だけど....工具どころか道具かすらあやしいのに、きっとそれは意味を持ったのだね。」
「意味....か...」
確かに思い入れはある。それが...意味...?
「少し“あの人”の言葉借りるけど.....」
ウタハはこちらを向く。
「きっと君に使われるその道具も幸せだろうね。」
「そうか....?」
道具の気持ち....ねえ.....
「相変わらずどこか面映い言葉だ....やっぱり忘れてくれ。」
そう言うと彼女は手元に視線を戻した。
変な話だが......職人が作業している時は妙な魅力がある。
少なくとも自分の目にはどこか美しく映る。
「ここから精密な作業に入る。危険かもしれないから少し離れてくれ。爆発でも起きて煤だらけになってしまったら嫌だろう?」
「そうか、分かった。」
離れてようとしたその時——
〈バタン〉
「パンパカパーン!!!野生のアリスが現れた!!!」
「えっ」「あっ」
〈カチッ〉〈バシュッ〉
何かが射出されるような音を聞いた矢先、膝から下の感覚が無くなった。
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「はあっ...はあっ...ちょっ....アリス....速いって....」
見学生を探そうと思っていたところにアリスが戻って来て“あの子”を見つけたと言ってきた。
そのまま急いで出て行くものだから、今はミドリ、ユズと一緒に必死に追っている。
座りっぱなしだったから体思うように動かない。
「あれ....?見失っちゃった....」
「お姉ちゃん....この方向だと多分....エンジニア部の作業室に向かったんじゃないかな....」
「本当?じゃあすぐに行かなくちゃ...!」
再び走り始める。
「そもそも”あの子“を見つけたったからってなんでエンジニア部なの...?もう意味わかんない!」
「そんな事言ったってしょうがないよ.....」
そんな事を言っているうちに目的地の周辺に到着した。
「アリスー?どこー?」
「アリスちゃーん?」
返事はない。
「やっぱり作業室かな....」
「そうみたい。」
作業室の扉は既に開いていた。
「すみませーん....」
なぜだろう、どこか不穏な雰囲気が醸し出している。
恐る恐る入る......
「........!!」
「お姉ちゃん....?」
「待ってミドリ、来ちゃダメ!」
そこで目にしたものは多分....一生忘れられないと思う
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〈ビチャ〉
「いっ......てぇ.....」
鋭い痛みと冷たさがじんじんと染み始める。横を見れば何か刃状の金属片があらゆるものを貫通して壁に刺さっている。
「うぅ....大丈夫かい.....?」
「......っ!」
膝から下がぶった斬れている。
咄嗟の出来事だったが、何が起きたかはすぐに理解した。
おそらく試作品の修理中に何かが誤作動を起こした。
それで多分....あの刃物が射出されたのだろう。
「あっ....あぁ...そんな........足が.....」
「あぁっ、血を、血を早く止めないと.....!」
「待て、触らない方がいいぞ、汚れるから。」
彼女に触れされるのは良くない。止血はすぐにできる。
包帯で縛る。こうしなくとも断面を再生させて蓋をする事はできるが.....とりあえず血溜まりを作ってこの場所を汚すのは良くない。
縛った部分の布がじわじわと赤くなる。だが一応切れた血管の先を閉じれたようだ。
「す、すまない、私の手元が狂ってしまったばかりのに、あ、足が......なんと言えばいいか.....」
分かりやすくテンパっている。やはりこういう負傷は珍しいのだろう。
ここでは皆が銃を持っている。銃とは基本的に対象を傷付け、殺すための道具という認識だ。なのに何故かここではそういう目的の用い方をしない。そして人一倍、ここの人間は命にまつわる概念に敏感な気がする。
「なあ」
「......」
「一回深呼吸してくれ。」
「なっ....しん......深呼吸?」
「いいから」
「わ、分かった」
分かりやすく困惑しながらも深呼吸してくれた。
「落ち着いたか?」
「落ち着いた....と思うけど....」
「足ならすぐ繋がるから気にしなくていい。というか散々危ないって言われてたのに近くに居た俺の方が多分悪い。だから気にしないでくれ。」
多分、こういうのは彼女らにとってあまりよろしくないだろう。
なんらかの事故だったとはいえ不用意だった俺が悪い部分もあると思う。
「いや、だとしても.....すまない....技術者として私が注意を怠るべきではなかった....」
しっかり責任感のあるタイプなのだろう。こういうタイプはおそらくこちらが気にしなくていいと言っても罪悪感が残るかもしれない。
「じゃあさ、お詫びに、って言っていいか分からないけど....その義足、折角だし使わせてくれないか?やっぱり性能見てみたいしな。」
「それで良いのかい....?」
「ああ。....言っとくが地元がこういう怪我はしょっちゅうだったんだよ。本当に気にしなくて良いからな。」
地元イキリみたいになってしまっているが.....まあ、今はこれで良いか。
「あ、あの.....アリス....何か悪いことをしてしまったのでしょうか....?」
「アリス.......君は何も悪くないよ。ただ、できれば次からはもう少しゆっくり入って来てほしい。」
「はい....!」
アリス.......?
アリス......ありす.......
聞き覚えがあるような.....?
「あ、あの.......その足....大丈夫なんですか....?」
「あっユズ....まだ入らない方が良いって.....」
赤っぽい髪少女と双子の猫耳ヘッドホン.....
見覚えが.....?
でも....誰だ?
少し親しみを覚えた。遠く朧げな記憶からのものだ。
「すごく痛そう.....」
なぜか自分の方が罪悪感を覚え始めた。
「ええと......どうやってこれ着けるんだっけ....?」
「あ、ああ....説明するよ....」
さっさと切れた痛々しい部分を隠さなければという念に駆られた。
—————————————
「えっと....アリス....?あれが....アベル.....?」
「そうです!」
「いやどうみても....べつ....じん....?」
背丈も髪の色も声も全く違うけど.....どこか面影があるような.....?
そのまま成長させたような見た目でもある...
でも目つきはあの子の純粋なものとは打って変わって荒んでやつれているように見える。少し近寄り難い雰囲気だ....
「お姉ちゃん、一応あの人は見学生のカードを下げてるみたいだけど....」
「じゃああの人が見学生って事になるんだね...?」
「多分...」
それが分かったところで謎が多い事には変わりない。
「ねえモモイ....あの『黒服』って人の話を覚えてる...?」
「え?」
“怪物”の記憶を見て倒れた先生が目覚めた時に何か難しい話をしていたような....
「“あの子”と“怪物”は元は一つの存在だったって話。もしそれが本当なら....」
「えっそれじゃあ、あの人はまさか....」
アベルとヌル、そのどちらも....という事になる。
そう思ってみるとその二つのどちらの面影もあるように見えてきた。
「私たちの事は覚えてないのかな...」
「それは....分からない....」
凄く切ないような気持ちになった。
少しの間だったけど全て無駄になってしまったのだろうか。
「.....よし...と。これで装着できたはずだよ。」
「うし....問題なく立てる.....これすごいな、全く力まずに立てたような感触だ。」
あの人がエンジニア部の作品であろう義足を付けて立った。
さっきまで足が千切れていたのに少しも痛そうにしていない。
ぱっと見ただけじゃ男性か女性かも分からない....本当に何者なんだろう。
そんなことを考えていたらアリスがあの人の方へ向かって行った。
「ちょっアリス...!?」
「アベル!久しぶりです!前よりも大きくなったみたいでアリスも嬉しいです!」
「......」
少ししかめたような表情になった。機嫌損ねてしまったのだろうか?
「あ...りす.....アリスで合ってるんだな....?」
「そうです!もしかして分からないのでしょうか....?」
「いや....少しだけ覚えてる...気がする....」
「覚えてるの?」
少し話しかけてみる。
「ああ、あんたは....ももいだろ?違うか?」
「え!?じゃあ、この二人はわかる?」
「ええと....みどりと....ゆず....?」
「うん、合ってる。」
「私たちのことが分かるんだ...」
決して忘れてなんか居なかった。
でも.....これは再会といってもいいのだろうか?
「えっと...アベル.....」
「......アベルか.....俺はもうそれじゃないんだ。」
「.....ごめんな」
なぜか謝られた。この人が謝らなければならない理由はないはず。
でも....どこか望んだ再会ではないと感じてしまった自分も居る。
きっとこの人はそれが分かったんだと思う。
分かった、というより、分かってしまった、の方が正しいかもしれない。
「....いやいや、消えたりしたわけじゃないから良かったよ!あのまま完全にいなくなったらどうしようかと思ったからね!また改めてよろしくね!」
心の奥の落胆を噛み殺して素直に再会を喜ぶべきだと、そう思いこの人の手を握った。
その手はとても冷たかった。
[補足]
-メカ・フット
もちろん元ネタはめっちゃ“タフ”な漫画。ただしこの作品においては元ネタと違って両足あるよ。
-な、なんで冷たいのん...?
吸熱反応に近い現象が起きていると考えられる。