「おはようございます、先生」
部屋に入り、挨拶をする。
“あの事件”が落ち着いて、セミナーとしてのやるべきことも随分と片付いた。先生も調子を取り戻しているようだし、キヴォトスもまた平穏な状態に戻りつつあるのだろう。来た場所は当然シャーレ、もちろん当番として。
心が自然と高揚してゆく。きっと仕事は山積みで、まただらしない事になっているのだろうし、私がサポートしてあげなければならない。今日はどんな話をしてくれるのか、また仕事をサボったりしているのだろうかなど考え、期待を膨らませる。
久しぶりに訪れる、あの二人きりの時間に....
「おいっ。ジャワティー買ってきてくれ」
「なんだ、この汚い処理は」
「”あのう。チンチン見せましょうか?“」
「新しく資料作り直すか?」
「そんな時間はない」
「”あのう、肛門見せましょうか?」
二人きりの時間に....
「おいデータ消し飛んでるぞ」
「“ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。ボケーッ。チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門肛門ジャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティージャワティー”」
「また先生が発狂した」
「先生!しっかりするんだ...!」
二人きりの時間に....なるはずだった.....
「な....な....」
「なんなのよ!?この有様は!?」
「というか誰なの!?あなた達!?」
書類の山、壊れる先生、謎のマスク?の二人組....とにかく状況は混沌を極めており、とてもまともな状態ではなく、平穏なんて言葉はこの場には似合わない。もう何が何だか分からないがとりあえず私の求めていた時間はなかったようだ。
「って、そんなことより先生!しっかりしてください!」
「“んえぇ....っ、えっ?あっ、ユウカ...!?もうそんな時間か....!”」
「すげえ、一瞬で戻した」
「“二人とも!そろそろ生徒の依頼解決に向かってくれないかい?“」
「了解した。行くぞ」
「分かった」
二人組がささっと出て行った。
「“バタついててごめんね......あとおはよう、ユウカ”」
「はい、おはようございます.......しかし先生、あの方々は....?」
「”もちろん説明するよ.....“」
先生は話してくれた。
「先生の補佐....?」
「“そうだよ、私の手伝いをしてもらったり、たまにこうして代わりに生徒の悩み事を解決してもらったりもしてるんだ。”」
「それは補佐というより代理なのでは....?もしかして...仕事も全て....」
「“全て任せっきりというわけではないよ....!?“」
流石に先生はそこまではしないだろう。それは分かっている。
「.......ですよね。でも仕事はきちんとなさってくださいよ?」
「”......は、はい“」
一時はどうなることかと思ったが、こうして少しの間二人の時間を過ごすことができた。予算案について話し合ったり、不意にまた変な領収書が見つかったり、前とそう大きく変わらない時間が流れてゆく。
仕事が大方片付いたところで、少し先生と雑談していた。
「....それにしても、最近食費が前と比比較して75.6%も増加しているようですが.....なにかあったのでしょうか?」
前は何も食べていなさそうな日もあったのに.....
それに加えて妙な領収書が見つかる。なぜ包帯を大量に購入した領収書があるんだろう.....
「“え?いやぁやっぱりもう一人の同居人がいるとどうもね....”」
「そうですか....確かに一人増えればそれだけ食費が上がるのも納得ですね.....」
「ど、同居人!?ま、待ってくださいどういうことですか!?」
「“あれ?知らなかったっけ...?”」
「聞いてませんし先生がそんなことをお話しされたことは一度もありませんっ!一体その同居人ってどなたなんですか!?」
突然の衝撃的な事実に動揺が隠せなくなってしまっている。先生と同居している人物って....まさか恋人?そんな人がいるならすぐにでも噂になっていそうなものの、多忙につきそんな噂を知る時間もなかった。
決してあり得ない話ではないのかもしれない、そう思ってしまったためか冷や汗をかいた。
「“特にそんな驚くことでもないと思うけどな......。前と同じで“あの子”だよ。まあ今は違う状態になっているから“あの子”とは言えないんだけどね.....“」
あの子.....?あの白い髪の幼子のことだろう。今思えばあの子との出会いも誤解だったもののかなり悪い驚かされ方をした。
でも....あの子は.....ミレニアムが暗闇に沈んだ”あの騒動“の原因、Nullと一つの存在である”記憶の主“の一部だったはず
それが現在どうなっているのか私には分からない。
「あの子が.....違う状態....それはどういう事なのでしょう....?」
「“....色々あって『記憶の主』の状態に戻したんだ。ユウカも彼の記憶を見ているからわかるはず。だから今はあの子じゃないんだ。”」
「はい....?」
頭では分かっているが心では理解できないという感覚ッ....
「とりあえず......わかりました......」
「それにしても....その彼はどんな人物なんですか?」
今の容姿や性格が全く想像できない。どんな人物に戻ったのだろうか。
あの子は手のかかる子だったけれど、とても綺麗な白い髪と瞳をしていて、顔も可愛いかった。もしあのまま成長した見た目になっていたとしたら.....?
危機感が募る。あの子の性別は結局把握できないが、もしかしたら考えうる限りの”最悪“が起きてしまっているのではないか?彼とは呼ばれているが、実際は女性で、体も女性的になってしまっていたとしたら....?
大変な事になってしまっているかも.....
「”あれ?さっき会ったでしょ?まだ話せてないかもだけど“」
「....え?」
どういう意味...?
困惑と同時に部屋に誰かが入室してくるのが聞こえた。
「ただいま戻った、先生」
「終わったぜ」
先生が補佐と呼んでいた二人組が帰ってきた。
「サオ....じゃなくて“補佐S”、汗拭きシートあるけど要るか」
「そうか、なら頂こう。」
「“あー汗かいてるならシャワー使ってもいいよ!”」
「いや、私は......」
「(多分先生は素直に言葉に甘えた方が喜ぶぞ)」
「(そうなのか...?)わ、分かった。すまない先生、恩に着る。」
青いマスクをした方が出て行って、黒い色の方が残った。
黒い色の人にはヘイローがない事に気づいた。
生徒ではない....?
「この時期は暑いな。マスクの中が蒸れてきつい。」
その人物がマスクを外し、バンダナを解いて素顔が顕になる。
「.......あっ」
どこか見覚えのあるような.....そんな顔だった。
「“ほらユウカ、さっき会ったでしょ?あの子の今の姿が彼だよ。”」
「え、えぇえ!?」
「確かに顔が面影がありますけど....!髪も瞳の色も全然違うしヘイローがないじゃないですか!それにあんなにぱっちりしてて可愛かった目が......」
「......なんだよ」
「い、いや....これは別にどうでもいいんですけど....!本当にあの子なんですか!?」
口が裂けてもあの子のぱっちりしていて可愛らしかった目とは真反対で、やつれて荒み切っていて既に人生に疲れてそうな全く可愛くない目になってしまっているとは言えない....!
「“いや、紛れもなくあの子だったよ。元はね。”」
し、信じられない......
「先生、今日くる当番って.....こいつか?」
「“そうだよ....って覚えてないの?”」
「そう言われると.....」
彼の黒い瞳が私の顔をまじまじと見る。少し睨まれているように感じて身を引いてしまった。
「な、なによ....」
「.....確かに.....見たことあるような.....気がするな」
そう言い終わると同時に顔を元の向きに戻すとさっさと自分の世界に戻っていった。掴みどころが無いというか....絡みづらい雰囲気を纏っている。あの頃の可愛げが少しも残っていない.....
「先生、なんか飲めるものないか」
「”エナジードリンクがあるけど要る?“」
「ほしい」
先生がエナジードリンクの缶をなぜか3つ彼に渡す。
そして彼は355ml缶を3本も飲み干した......!?
「ちょっと!!そんな事したら死んじゃうわよ!?」
「”落ち着いてユウカ、昨日5本イッキしても無事だったから“」
「先生もそんな事言ってないで止め...........5本....???」
もう滅茶苦茶だ。訳がわからない....
こんな意味の分からない人が先生と同棲なんて.....どうしてこうも世界とは不公平なんだろう.....
こんな滅茶苦茶な人が....先生と....
ずるい....
「”おっと....そろそろ行かなくちゃ....。ユウカ、今日は本当に助かったよ、ありがとう!“」
「そんな....先生、もう帰られるんですか....!?」
いつもより圧倒的に早い時間帯だ。このままでは先生との時間が....
「“今日は限定品のフィギュアの販売があるから急がなくちゃならないんだ....!“」
「“それじゃっ、今日は本当にありがとう!また今度ね!“」
こうなった時の先生は止まらない。そのまま外へ行ってしまう。
「あのっ」
特に意味もないはずなのに呼び止めようとして、間に合わなかった。そんなことをしても先生を困らせるだけなのに。
あの人はもう出ていってしまった。
居るのは私と....”彼“だけ.....
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(んん.......)
依頼の解決を終わらせてシャーレに戻って来たわけだが......。当番でユウカと呼ばれる生徒が来た。顔に少し見覚えがる気がする。
そういえばモモイが”冷酷な....仙術使い“?”蓮根の....殺術使い“?だかなんとか言っていたような......
それがユウカという生徒についての事だったか....とにかく正確に誰がどう呼ばれていたかは朧げにしか思い出せない。
(やっぱり睨んできてるよな.....)
そのユウカがなぜか俺を睨んでいるような気がする。
俺が直接何かしたわけではないはず....
だが、とにかくあまり俺の事をよく思っていない可能性はある。さっさとこんな気まずい空間から抜け出そう。
さっさとシャーレから出る準備をする。
「名無し君.....?.....で合ってるわよね」
(まっずい)
出ようとしたところで呼び止められた。クソ、逃げられない
「確か、先生と....同棲....してるのよね?」
「同棲...?どっちかっていうと居候の方が合ってるかもしれないが....」
「と・に・か・く!一緒に暮らしてるのかって聞いてるのよ!」
「あ、ああ」
若干怒気を孕んでいたような気迫を感じて少し身じろいでしまった。
「はぁあ.....どうしてあなたはそんな事が許されるのよ.....」
彼女はそう言うと項垂れて机に突っ伏した。
「.........」
そんなに先生と共に居るのが良くないのだろうか......。こんな感情的にさせるほど彼女にとって俺は穢らわしく写るのだろうか.。
先生はこの世界でおそらくとても、いや、想像するよりもっと大事にされている。だから俺のような得体の知れない異物が先生に迷惑をかけているように見えてもおかしくはない。
「はぁ〜....」
ユウカはため息を吐いた。
他人に不快感を与えないためには、もっと俺は弁えた立場にならなければならないのだろうか。
「.....俺は先生に悪さをするつもりもないし迷惑もかけたくない。俺を怪しいと思う気持ちも分かるし....信じられないと思うが....」
「え....?あ、いや....そういうことを考えていたわけじゃないの.......ごめんなさい.....」
「....??」
俺に疑心と不安を抱いていたわけじゃないのか?
なら本当になぜ....?
「なにか問題が?」
「......そうね」
少し考え込む動作の後に彼女は続けた。
「ちょっと.....聞きたい事があるんだけどいいかしら?」
「聞きたい?俺の何をだ?」
俺に聞きたいことか.....
安全性でも証明すれば良いのだろうか。
「そうじゃなくて、先生のことで....」
勘違いだったようだ。
.....かなり自意識過剰だった。
「先生のことをか?なんでだ?そのことで気になることでも?」
「なんでって.....理由は別に....いいじゃない.....?」
彼女はわざとらしく目を逸らして誤魔化すようにそう言った。
彼女は先生についての質問をしたいようだが、そもそも先生をどう思っているのだろうか。
「なあ、あんたは先生のことをどう思ってるんだ?」
「どう思ってるって.....それは....その....」
様子が慌ただしくなった。少し彼女の頬に赤みがかかったように見えた。
(あー.....)
理解した。そういうことだったか。
彼女は一人の”悩める乙女“なのだ。
そう考えると合点がいく。確かに交際する人の家に同居人がいるとなれば....色々と面倒だろう。少し俺は自意識過剰だったかも知れない。たった今会った人間を穢らわしいなんて思う者なんてそう多くはいるまい。
今、彼女の質問答えてやれば、それも人の役に立っていると言えるのではないだろうか。
「いや、やっぱり言わなくていい。それで、何を聞きたいんだ?」
答えられる範囲でだが、質問に応じよう。もちろん先生のプライバシーは守るつもりだが。
これもきっと、この先必要とされたいのならやっておくべきことだ。
「そ、そう?じゃあ質問するわね.....」
彼女は決意を固めるかのように固唾を飲んで、その質問を口に出した。
「先生と....付き合っている方はいるのかしら...?」
これの返答次第で彼女の春が大きく左右されるのだろう。
「恋人か......」
先生の部屋の様子や、ちらっと見えたメッセージアプリ(モモトークだったか?)から考えてみるに、彼女がいるとは考えづらい。
男の知り合いも少ないようだし、あの薄い本から考えて実は同性愛者でしたなんてオチもないと仮定する。
「おそらく、いないだろうな」
「本当?そうなのね....」
ホッと胸を撫で下ろしたように見えた。
とりあえず彼女にとっての第一関門は突破したのだろう。
「もう一つ聞いてもいいかしら....?」
「なんだ?」
「先生の好きな女性のタイプは分かる....?」
こういう質問も来るかも知れないと考えていた。
しかし....困ったな.....
先生はおそらく、まごうことなき”年上好き“で”褐色フェチ”だ。
ユウカは......この条件には当てはまらない。これを本人に伝えてもいいものなのか?
「んん.....」
「んんん.....」
考えろ、最適な答えを
先生の傾向をなんとか推測する。外見的特徴ではなく内面で考えろ。
「経験豊富で....落ち着いた大人のような性格の人....なん....じゃない....か.....」
なんとか頭から質問の答えを捻り出した。これが彼女にとっての地雷でない事を祈る。
「そう....経験豊富で大人......」
「ありがとう、参考になったわ」
俺の返答を聞くと、彼女は少し浮かないような、考え込むような表情を浮かべていた。
(や、やっちまったか...?)
恋愛どころか人間関係に関しての記憶は酷く曖昧だ。そんな俺にとって乙女の心など分かったものではない......
はず.....?
果たしてこれは人の役に立ったと言えるのだろうか.....
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「経験豊富で....大人.....」
オフィスから出ながら私は考えた。あの人に女性として見てもらうために私に必要なものは.....
「経験....」
そうだ。もっと経験を積まなくては。私に足りないものはそれなのかもしれない。
新たな目標が芽生えた。彼にも感謝しなくては。
思いに耽りながら歩いていたら、名無し君ではない方の補佐の人とすれ違った。しかし先程とは違ってマスクはしておらず、素顔が見えた。
「......!」
その人物は、如何にも“できそう”な雰囲気を持つ生徒だった。大人な性格がどうか分からないが、経験豊富そうな風貌だ。
(ま、まさか......)
一瞬良くない考えが過ぎる。だが先生に恋人は居ないはず、彼の言っていたことを思い返して自分を落ち着かせる。
......こうしてはいられない、負けてはいられない、とにかく努力しよう。そんな意欲がみなぎった。
そしてモチベは絶命した