誰もいない廃ビルの暗闇の中、妙な蒸し暑さと眠気の中でふと過去の情景を見た。
エデン条約調印式、その日、放たれた巡航ミサイルが都市を焼き尽くすあの光景を夢に見た。
あの時の私は植え付けられた憎悪が全てだった。そして憎しみの先には何も無く、ただ虚しくなるだけ、そう思いたかった。
“ある女”が放った言葉を脳内で反芻する
『何が人を「人殺し」にすると思う?』
人殺し。
あの日、怪我人は大勢出たが、奇跡的に死亡者は出なかったそうだ。
私は、私達は人殺しにはならなかった。ならずに済んだ。
女が続けた言葉が蘇る。
『それは「殺意」の有無』
人が人殺しになる時、重要なのは“意志”。道具も手段も関係ない。
もし何かが少しでも違えば、私は人殺しになっていたのだろうか?
もし私が人殺しになっていたのなら、この場所に居ても良かったのだろうか?
「......」
もし私が人殺しになっていたとしたら、先生は助けてくれただろうか。仮に助けてくれたとしても、私は私自身を今よりも許せなくなっていただろう。自分が生きていても良いか、それを見つけに行くことすらできなかっただろう。
“殺意”の有無が人を人殺しにするのなら、あの時の私は人殺しだったのだろうか?
どのような人間が人殺しになるのだろう?やはり人殺しになるような人物は悪人なのだろうか?
「.......」
私は、悪人なのか?
暗闇の中で、自問自答が終わることはない。
分かるはずもない問いに眠気が削がれる。
〈ガシャン〉
何かが壊れる音がした。少し離れているが同じ廃ビルだ。
......何かがいる、そんな予感がする。
私は確認に向かった。
「....ハっ....ァア.....ァ.....」
薄暗い廊下に散らばる割れたガラスが目に入る。その近くの部屋からは不安定な呼吸が響いている。
「誰だ」
銃を構え、部屋に確認した。
その瞬間、“何か”に飛びかかられる。あまりにも速かったために対処が追いつかず、地面に押し倒された。
命を奪う“冷たさ”が首を掴んで私を拘束する。
目の前には、荒い息を放つ焼け爛れた瞳が二つあった。
「......なっ.....サオリ.....?....本物か....?」
“それ”が私から飛び退いた。瞳から火が消え、燻りへと戻る。
「私だ.....それよりもここで何をしている....」
“それ”の正体は、同僚と呼べる存在、名もなき彼であった。
外から差し込む月明かりに照らされた彼の顔は酷く弱って見えた。黒い瞳が光を反射している。
先程まで、あの瞳には確実な“殺意”が宿っていた
「幻覚じゃない....のか.....」
彼なら先生の住居に居着いていたはずだ。何故こんな深夜にこの廃ビルのいるのだろうか。
「幻覚?」
「.....いや....なんでもない.....ごめんな、首大丈夫か?」
「......それよりも、お前こそなんでここに...?」
月明かりの下で、予期せぬ邂逅を果たした。
私が何故ここにいるのかを端的に話す。
「.....そうか....悪い、睡眠を邪魔するつもりはなかったんだ。気配は感じたはずなんだが.....」
「いや、構わない。お前こそ何故ここに居る?」
「.......変な話なんだが.....」
彼も事情を話し始めた。
「これからは先生の住居に居るのはやめて一人で夜を過ごそうって思ったんだ。」
「なぜそんな事を....」
「野宿は慣れてるからどこでも良かったんだ。それでここに....」
「そうじゃない。私は動機を聞いているんだ。」
自暴自棄にでもなったのだろうか。
「.....そうだな....」
「とにかく....先生の所には居るべきじゃないと思った」
二人に何かトラブルが?だとしても想像がつかない。性格上。喧嘩なんて起きるわけがない。だからこそ、なおさら理由が分からない。
「何故だ?」
「きっかけは単純なんだが....」
「ある生徒が居たんだ。そいつは先生の事が恋愛的な意味で好きだったらしく、俺に不満気な態度をとった。多分、思い人の同居人である俺を面倒に思ったんだろうな」
「それが理由なのか?」
「いや....それだけじゃない。それとは別で、いつか俺が先生に迷惑をかけそうな気もした.....」
「だからそれらを総合して考えた結果、俺は自立すべきだと思ったんだ。」
決して自暴自棄ではなく、どちらかといえば前向きな理由だった。
どうしようもなく傷ついた彼は、彼なりに立ち上がると努力をしているのだろう。虚しさの中で、抵抗を続けている。
彼は一体何を経験して来たのだろう。
先生からは断片的には話を聞いている。キヴォトスの外から来ているが、先生とは出身が違うらしく、凄惨な世界で暮らしていたと聞いた。
ここ最近、仕事を共にこなしているが、私は彼の全てを知っているわけではない。
「とりあえず、事情は分かった。」
「とはいえ眠れない様子だな。丁度私も寝付けなかった所だ、良ければ少し話さないか?」
彼は静かに頷く。不思議な事に、時折彼は子供のように見える。
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「そうか....ミサキ、ヒヨリ、姫....それにアズサってのが居るのか.....。」
互いに身の上の話をした。あまり過去の事を話すのは好きではない。
....だが、彼の過去の話を聞くためには同じ立場になるべきだろう。
彼は私の行動に免じて自身の出身地について話してくれた。救いようのない程に荒んだ過酷な世界の話を。
「....でさ、アイツ馬鹿でよ、こんな事までしたんだ。ハハッ、笑えるだろ?」
「ハ....ハハッ.....」
だが彼の話は楽しかった事や面白かった事、“仲間たち”の話ばかりで、なぜ全てを失い、虚しくなってしまったかについて言及することはなかった。楽しいはずの話を、悲壮の隠せない表情で話す彼を見て私は何があったのか聞くことができなくなっていた。
だがそれでも、私は聞きたいことがあった。
「少し聞いてもいいか」
「なんだ?」
「.........」
「人を、殺した事はあるか」
何をもって人は人殺しとなるのか私は知りたかった。だから私は質問をする。彼がそれに繋がる答えを持っていそうだと感じたからだ。
「........」
「お前らはああいう二足歩行の動物みたいな奴らを人と呼ぶか?」
彼はそう言って外にいる市民を指差した。価値観の違いを感じる物言いだ。
「当然だろう。それがどうした?」
「あれを人と呼んでいいなら....」
「俺は殺した事になる。」
「......数え切れない程にな」
「逆にあれを人と呼ばないのなら、俺は14人だけ殺した」
ある程度は予想していた答えが返ってきた。戦闘中の彼は”そういう動き“をしている。非人道的な殺傷を与える可能性があるような動きだ。あまりにそうした戦い方に慣れすぎているため、その返答を予測するのは容易だった。しかし、この14人は何を意味するのだろうか。
「なんのために殺した?」
「俺を責めてるのか....?」
「.....殆どは生存のための合理的な理由だ。」
「資源も食糧も乏しいから奪い合いが起きるのは必然だったんだ。それに、気が狂ったやつや嗜虐性の強い畜生だって居た。生き残るには当たり前の行動だったんだよ」
「......」
当たり前に”殺害“という選択肢が入る世界だったのだろう。これまでの話からそれは容易に、だが、したくない想像ができる。なぜなら彼の話にはカニバリズムを示唆するような内容も含まれていたからだ。彼は自身の経験の一部を良い経験のように話すが、客観的に見れば十分に凄惨な事を忘れてしまっている時がある。
全てを失う前に価値観が徹底的におかしくなっていたのだろう。共食いが当たり前の世界なんて想像したくもない。
だからこそ、そこに“殺意”はないように思えた。当然の行動で、生存のために仕方なく行う行為に“憎悪”は含まれず、そこから生まれる悪意めいた本物の“殺意”もないように思えた。
「その14人とは.....一体なんだ?」
「.........」
それについて尋ねた瞬間、彼の瞳の奥が赫く燻った。
答えは近い。
「.....“あれ“は仲間も故郷も、何もかもを焼いて殺した」
「当然の報いを受けさせただけだ」
あからさまに声色が変わる。これまでにないほどに”憎悪“を感じる。全てを失った原因、それが彼の言う14人にあるのだろう。
これ以上は良くない。
だが私は質問を続けてしまった。
「もし今もその14人が存在しているとするなら、お前はどうする?」
そう尋ねた瞬間、確実な”殺意“を感じた。何よりも明確で、何よりも鋭利で、何よりも冷酷なそれを。
瞳が焼けてゆく
赫く、紅く、何よりも暗く
恐ろしい、それ故に目が離せなかった
これが”人殺し“なのか
「....いや、やめようこの話は.....もっとマシな話題を振ってくれ....」
表情が元に戻り、火が消えた。真っ黒な瞳が無理やり燻りを押し込めた。
「.....っ.....すまない、不快にさせてしまった....」
冷静に戻った。私は少しおかしくなっていたようだ。余計な質問で悲痛な過去を思い出させてしまったかもしれない。
「申し訳ない.....」
「いや、別にいいんだ.....今のは俺が変だった。だから気にしないでくれ....」
決して私のせいにしようとはしない。彼には人を思う心がある、少なくとも私にはそう見える。
”人殺し“になるのは悪人とは限らない。
”憎悪“がそうさせるのだ。
憎悪に対する畏怖を深める一方で、自分が罪人ではあったが、悪人ではないという妙な安堵を覚えた。
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サオリは何が知りたくて俺にあんな質問をしたのだろうか。
俺を試しているのか.....凶暴性を探っているのか.....
あの瞬間、ほんの少しの間、感情が顔に出てしまった。もし“奴ら”が居たら俺はどうするか.....
落とされる四肢、明確に感じた恐怖、不安と焦燥が鮮明に蘇り、“痣”が酷く痛み、同時に痒みに襲われる
きっと俺は何度でも殺すだろう
そうしなきゃ、“おさまらない”し、もう存在自体を許せない
だが、この思考自体がキヴォトスの相応しくないのだ。俺の課題はこの思考を捨て去る事なのだろう。
それは奴らを許す事を意味するのだろうか
.....長い旅路が始まりそうだ。
「おい」
「.....?」
考え耽っているとサオリに声をかけられた。
「見てみろ」
そう言って彼女は窓の外の空を指差した。
「今夜は月が綺麗だ」
満月が快晴の夜空に浮かんでいる。珍しく星が周囲で煌めいている。正直、月よりも星の方が美しく見えた
今思えば星空を見るのは初めてだ。
「本当だな」
星の数だけ世界が存在しているとしたら、苦痛の無い幸せな世界もあるのだろうか。
そんな世界を妄想してみる。
俺が居て、カプラエとマルムが居て、あのオートマタも居て、アテナも正常なままで他の仲間たちも居て.....
先生が居て、サオリも居て、無料の美味な料理や尽きない娯楽に溢れた、そんな世界だ。そこは安寧と幸福に満ちている。
(........んん?)
違和感、なぜかつまらなそうに感じた。
あまりにも刺激が無い。別に怠惰な生活がしたいわけではなかったはずだ。
俺の欲求は存外複雑らしい。
「なあサオリ、知ってるか?」
「なんだ?」
「『月が綺麗ですね』って『あなたが好きです』って意味にもなるらしいぞ」
「.....なっ...!?」
「わ、私はっ、そういうつもりで言ったんじゃないぞ....!?」
「いや、分かってる。ただの冗談だ、そこまで驚くなよ」
まだこういうふざけた話の方がいい。キヴォトスだろうがどこだろうが、俺はどうしようもない“あの時期”の事は考えたくないし、話したくもない。
俺が欲しいのはきっと絶対の理解者じゃない。友達なんだ。
俺の全てを知ってもらおうとは思わない。
どうしても過去について知りたいのなら話しても構わないが、それとは別だ。
友達ってのはもっと気軽でいいはずなんだ。
「にしても....」
「今夜は星も綺麗だよな」
錠前サオリという人物を俺は深く知らない。だが尊敬はしている。
俺は単純に友人が欲しいだけなのだ。彼女に求めているものもきっとそれだ。
この日見た夜空を俺は忘れないだろう。
濁り切ったあの空のように。
この先はトリニティ関係の展開にして行くと思われます。
お気に入りや評価はモチベーションの向上に大きく繋がっているので、してくださる方々には本当に感謝しています....
感想も気軽に書いてくれて構いませんので、改めてよろしくお願いします
[補足]
相関図もどき
名無し→先生 善人なんだろうけど、まだ少し分からない。
名無し→サオリ 尊敬。友人と呼び合える仲になりたい。
先生→名無し 同情。哀れ。救わなければ
先生→サオリ 一人の大事な生徒。一つの選択を提示。
サオリ→名無し 尊敬。もっと知りたい過去と人格
サオリ→先生 恩人。目標になりつつある
名無し→アリス 純粋で愛らしい。似た性質を持っている....?
アリス→名無し 不変の気持ち。仲間の一人
名無し→ゲーム開発部 健気。仲間が居るのが羨ましい
ゲーム開発部→名無し 変わってしまった。少し複雑
名無し→ウタハ 尊敬。かっこいい
ウタハ→名無し 不思議な人。同時に少し変な人
名無し→ユウカ 気まずい。
ユウカ→名無し 気まずい。先生と同居羨ましい