27話『居場所』
「はぁっ……はぁっ……」
「なんなんだ……!?なんなんだよアイツは……!!」
「クソッどこに居るか分からな」
「後ろだ。後頭部の衝撃にご注意」
〈ガツン〉
「あがっ」
「……ふぅ。これで最後だな」
今日も生徒の悩みの手伝いをしたり、困っている人がいれば助けたりしている。数ヶ月過ごして知り合いもそこそこ出来てきた頃合いだ。
「……あったぞ。」
今回は貴重品が不良に強奪されていた子が居たので、それを取り返しに来ていたところだ。どうやら最近は闇バイトじみた犯罪が流行っているらしい。無事目的の貴重品を回収して、持ち主の元へ届けに戻る。
「あぁ……! ありがとうございます……! なんとお礼を言ったら良いか……!」
「礼ならいい。それよりもちゃんと自衛しろよ、また襲われてもおかしくないからな」
と言ってもこの治安じゃどうしようもない事もあるだろうが……。銃を持っていないほうが珍しい都市なんだ。逆にこれ以上どう自衛するんだって話ではあるな。
とりあえずさっさと立ち去ろう。次の目的を探さなくては。
「あの……あなたのお名前は……ってあれ……?居ない……」
名前を聞かれる前に離れた。困惑するその子を尻目に路地裏へ走り去る。キヴォトスで少しの間暮らしてみて分かったことは……とにかく名前がない事が不便だと言う事だ。
名前は何かと聞かれても“無い”としか答えられないし、そうすれば気まずい空間が完成する。元々戸籍も人権もないものだから一部のインフラが使えず不便なものなのだが、こうした人とのやり取りでも不和が生じる事がある。
やはりそろそろ自分の名前を考えるべきか……?
いや、それでいいのか……?
……そもそもなぜ俺は“名前が無い”ことに拘っていたんだ?
「……」
妙だ。大事な理由があったはずなんだが。
最近嗅覚が鈍ってきたような違和感を覚える。耳も前より聞こえが悪くなったような……。
呻く死体はもう見えなくなったが、それに反比例して、徐々に何かが薄れつつあった。
それだけじゃない、もっと大事な何かを思い出せなくなって手遅れになるんじゃないかという不安が如実に増してきている。
……まるで、俺が俺じゃなくなっていくような。
だがその大事な何かを言語化できない。暮らしが安定するに連れて、自分に意味を見出そうと必死になっている事実に気づき、
ビルの壁を蹴って駆け上がり、軽快に移動する。
やってる事だけ見ればヒーローだが、その実そんな大層なものではない。誰かに俺を必要とされてみようと思った、そこから意味を見出せるのではないかと考えたのが動機だ。つまり全て自分のためにやっている。
とはいえ、自分のためとは言いつつもそれなりに努力は積んできたつもりだ。だが悲しいことに努力が正しく実を結ぶことはあまりないらしい。
俺はあまり必要とされなかった。名前が無い事に拘り過ぎたのもあるが、思うように認知はされず、自分の実績は小さな噂程度にしか広まらなかった。
そしてそれ以上に先生という存在が大きかった。俺が何をしようにも彼の影響の方が大きい。依頼を引き受ける際にも立場上シャーレの名前を出す必要があり、手柄が全て“シャーレ”という共同体にいく。シャーレ=先生なので、先生のおかげだ!……となるのが世間だ。
シャーレへの賞賛の声は、なぜか俺の行動が無意味であるように感じさせられる。先生を妬ましく思っているわけではない。もちろん先生への嫉妬心が完全に無いと言えば嘘になるし、少し羨ましさを感じることもある。誰だって他人を羨むことはあるだろう。
だが、あの人だって努力の上で信頼されているわけで、こっちが勝手に悪い思いをするのは筋違いだ。別に悪く言いたいのではない。……ただ、俺に向いてないんだ。この環境が。
欲しいのは決して賞賛の声ではない。
大事な何か、俺を形作る大事な何かを、俺は欲していたはずだ
……皮肉なことにもうそれが曖昧で、言語化もできない。
薄れゆく自分....いや、薄れていっているものは“在りたかった理想の自分”なのかもしれない。上を見上げる。そこには変わらず透き通った青空が広がる。青空を見慣れてゆくに連れて、自分の色もその空に溶け出してしまいそうだった。
〈ヴーッ〉
マナーモードのスマホが震える。通知が入ったようだ。
先生からのメッセージが届いている。どうやら数時間後に指定の場所まで来て欲しいらしい。今日のノルマは終えたのでやるべき仕事自体はもうない、先にそこまで行っておいてもいいだろう。
気怠げな気分が抜けないまま目的地へ向かった。これからもずっとこのままなんだろうか。
--------------
「……なんだあれ……巡航客船……?」
目的地周辺に着くと、そこにはデカいクルーズ船があった。まあまさかあそこが目的地じゃ……とは思ったが流石に違うだろう。
しかしクルーズ船か……。
旅行ってのも悪くないかもしれない。俺は安直に刺激が欲しているのかもしれないな。
「……ん?」
見知った気配を感じた。近いな、確認しに行こう。
「よう」
肩をポンと叩いて振り向かせた。
「……なんだ、お前か」
「サオリも呼ばれたのか?」
「そうだが……お前も先生に呼ばれたのか?」
「まあ指定された時間は違うがそんな感じだな。何をやるのかは聞いてるか?」
「いや、具体的な内容は何も聞かされていない」
「そうか……」
俺も(正確には数時間後にだが)来いと言われただけで何をするかは聞かされていない。少し怪しいな。
「もしや罠の可能性もあったりするか……?」
「何……?どういうことだ?」
「誰かが先生のアカウントを乗っ取ってなりすまし、俺達を誘き寄せようとしている可能性もありそうだな……」
「サオリ、いつどこに来いと命令された?」
「あのクルーズ船に十数分後までに到着するように言われているが……」
もちろん普通に船に入ったら先生が普通に鎮座している可能性もある。だが保険はあってもいいだろう。ここで取る手段を考えた。
「サオリ、お前は普通に待ち合わせてる場所まで向かってくれ。俺は潜伏しながらそれに着いていく。何か危険があれば知らせる、これなら罠だろうがそうじゃなかろうがリスクは防げそうだろ?」
こうすれば待ち伏せでもされているなら襲撃される前に対処できそうだ。
「そうか……。分かった、任せよう。」
ステルスは得意だ。サオリが豪華な客船へと足を進める。俺は光に当たらないようにしながらそれを少し離れた位置から追跡する。
突然日が照り、サオリに強い光が浴びせられる。反対に俺のいる場所は影が深くなる。互いの立ち位置が対象的になったこの瞬間、俺のいる居場所と彼女のいる居場所が全く別の世界に見えた。
------------
周囲を警戒し、ヤモリの如く壁に張り付いたりしながらクルーズ船に乗り込む。ステルスも得意だし、建物に潜り込むのも得意だったりする。映画でやってるようなダクトを使った移動もお手のものだ。
というのも、あくまで関節を自由に外したり場合によっては肉を削ぎ落として無理やり狭い空間を移動しているだけなので普通は不可能だからやめておいた方がいい。閉所から出れなくなるのは本当に心がまいるぞ。
どうでもいい話は置いておいて……。
「わ、わたしたち……これからデスゲームをさせられるんですね……そうなんですよね!?最後の一人になるまで戦わされて……お金持ちがそれを見て楽しむんです……。仲間同士で戦うなんて……もうダメです……おしまいです……うわあぁぁぁあん!!!」
あの辛くて苦しそうなのはアリウススクワッドの一人、槌永ヒヨリだろう。元気そうだ。他にもアリウススクワッドの面々が揃っている。前に聞いたアズサという子はいないようだが。
なんだ、普通に先生もいる。罠とか待ち伏せでないならそれで何よりだ。
「なんだと……?そういうことだったのか!?」
サオリも何やら妙な勘違いをして飛んでいったが多分大丈夫だ。
「……!?」
「サ、サオリ姉さん!?」
……まあ俺の出る幕は無さそうだ。しばらくは草葉の陰から見守っておこう。別にあの世からってわけじゃないが。
「まさか、スポンサーってリーダーだったの!?」
「(なんか……楽しそうだな)」
……良くない癖だ。また羨んでしまっている。やっぱり良いものなんだろうな仲間がいるってのは。
それから先生がなぜ彼女らをここに呼んだかを詳細に語り始めた。それを盗み聞く。なんでもスクワッド含むアリウスの生徒らに『試験』を受けさせたいようだ。
「……。」
先生の話を聞いたサオリは重い表情をした後に話し始める。
「編入した生徒も、きっと楽しいばかりではなかっただろう。どんなに周りが優しくしてくれても、それに追いつかない自分がいるはずだ。無意識に他者を恐れたり、世間のやり方に馴染めなかったり。」
「“……たしかに、そういう雰囲気は感じたかな。よく分かってるんだね。”」
「……他人事ではないからな。」
俺にとってもそう言えそうだ。実際、俺とアリウスの子らの境遇は似ている。突然全く違う世界に連れて来られればそりゃあ恐い。その子らは自分たち以外の全てが敵に見えたりしなかったのだろうか。きっと不安の絶えない毎日だったろうに。
俺はまだ比較的成熟した精神を持っていたが、彼女らはまだ子供だ。俺よりも辛い思いをしたに違いな
“欺瞞だ”
……違い……ないだろう
“違う 自分こそ最も苦しんだ 本音だ“
「……」
違う、そんなはずはない
そんなはず ない
取り消せ
嘘だ そんなはずがないだろう 取り消せ
……やめろ、こんなもの気にするな、時間の無駄だ。ここで取り乱すわけにはいかない。落ち着け。冷静になれ、あいつらに迷惑はかけたくないだろう?
「そ、そうですよね.....世界は、辛く苦しいことばかりですし……。」
そうだ、ヒヨリの言う通りだ。みんな苦しんでいるんだ。自分が最も苦しんだなんて思うはずがない。
だってそんな驕りを認めてしまえば、まるで俺が彼女らの苦しみを否定しているも同然じゃないか。
「”よかった。分かってくれると思ってたから……。“」
「”実はもう一人、連れてきているんだ。“」
先生の声で我に帰った。
「え?」
「待ってくれ……もしかしてその生徒が、今回のスポンサーなのか?」
「そういうことだったんだ。納得。」
「え、ええと……ど、どういうことですか……?」
「そういうのは、先に一言あってもよかったんじゃ……。」
「いや、もういいや。はぁ……。」
「それで、誰なの?」
「こんにちは、アリウススクワッドの皆さん。」
足音と共に新たな気配が接近してくる。
「本日、この集まりのスポンサーをさせていただいております。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します。」
「なっ……!?」
「……なるほどね」
ティーパーティー……??
待て、スクワッドと会わせるには色々とマズイ相手じゃないのか??
なぜ先生がそんな人物とスクワッドを会わせたのかは分からんが、もしもを避けるために介入した方がいいか?
考えてる暇はない。なるようになれだ。得物を手に最低限の時間稼ぎができる体勢を取って飛び出す。
〈シュバッ〉
「ひっ……!? 今度はなんですか……!?」
「サオリ、どうする? 脱出するか? 決めるなら早い方がいいぞ」
「え……? いまどこから飛んできたの……?」
「……なるほど……ね……?」
この章以降は内面描写と葛藤が特に増えると思うので注意。最初の方はまだ大丈夫だと思いますが、やりたかった重い展開を徐々に詰めていくと思うのでそれも注意。
[補足]
-気配を感じ取るとは?
第六感とも言える感覚で神秘や恐怖を察知している。潜水艦のソナーに似ているため大まかな位置が分かる。便利な機能だが今やトラウマを刺激する要因の一つでもある。第六感のみで感じ取るキヴォトスは例えるならば深海に近い。