「”な、名無し……?”」
「……なんであなたがここにいるの……?」
「ただの保険だ、俺のことは考えなくていいっ。それよりも先生、何をしようとしてんだ? この組み合わせはマズイんじゃないのか?」
スポンサーの登場により場の空気が騒然とする。そしてもっと後の時間に読んでいたはずの名もなき彼もなぜか乱入してきた。
「そうだった……スポンサーって……あの桐藤ナギサ……?」
「先生……なんでこんな大事なことを黙ってたわけ?」
「うわぁぁぁぁぁぁああん!もうダメです!おしまいです!このままトリニティに連れて行かれて、爪を剥がされるんです……!」
「いえ……今はもう、そういうのはしておりませんので……。」
「いや、爪剥がしより全身を引き伸ばされる“ラック”の方がキツイ!両腕を背中に縛り付けられて吊るされる”ストレッパー“なんか爪剥がしの何十倍も酷い……!」
「なんでそんな拷問の知識を持っているの……?」
「それじゃあ私たちはこれからトリニティで全身を引き伸ばされて身体を一生不自由にされてしまうんですね……!?そうなんですね……!?」
「いえ、だから今はもうそういうのはしておりませんから……!」
「今は……? それ、やってたことはあるってことでしょ?アリウス外典にも、それっぽい記述はあったけど……。」
「大成した宗教ってのは大体血塗られた歴史の上に成り立ってる。だからやってただろうな」
「あ、あなたは少し黙っていて下さい……!」
ミサキが自身の武器を握りしめた。このままではまた争いが起きてしまう。ここで私に取れる手段は一つ。立ち上がり、みんなの注目を私に向けさせる。
「せ、先生……?」「先生?」
良かった。みんなこっちを見てくれているみたいだ。
「“みんな、落ち着いて。私もナギサも、怪しいこと考えてるわけじゃないから。”」
大丈夫。私を信じてくれ。この曇りない眼差しでしっかりと意図を伝えれば……
「全然説得力ないんだけど!」
「うわぁぁぁぁぁぁああん!」
あ、あれぇ……
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「コホン、では改めてご挨拶を。こんにちは、アリウススクワッドの皆さん。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します。そして……あなたが『知られざる長子』ですね?先生からお話は聞いております。」
「……?」
「”あぁ待ってナギサ、そのことはまだ本人は知らないんだ……伏せておいてほしい……“」
「えぇ……? そうなのですか……? それなら先に言っておいて下さい……」
「し、しら……何……?」
「ああ、いえ……なんでもございません……。とりあえず、あなたの話は先生から聞いておりますのでご安心を。でも確か……あなたにはもう少し後にうかがってもらう予定だったのですが……」
「……すまん。色々あって早くきちまった。俺は離れておく、話の邪魔をして悪かった」
「いえ、この際ですし同席して頂いても構いません。それにあなたにする予定だった話も似たようなものですから……」
「大丈夫なのか?外部に聞かれてはいけないような話をすると思ったんだが……」
「”どうせ後ですぐに知らせることになるだろうから大丈夫だよ“」
「そうか……」
どうせ彼にも事情を伝えるなら、二度手間でなくなった方が良いか。
「こんにちは、ナギサさん。アリウススクワッドの秤アツコだよ。」
「戒野ミサキ。」
「つ、槌永ヒヨリです……えへへ。」
「……錠前サオリだ。私のことはよく知っているだろう?」
「はい。サオリさんだけでなく、皆さんのことも。少なくとも書類上では、すべて把握しております。」
「ですが皆さんも、私の経緯についてはご存知ですよね。」
「……なんでそういう言い方するかな。」
「ひ、ひぃぃ……。」
「ミサキ、もう少し話を聞こう?ーサオリもだよ。」
「……分かった。」「……気をつけよう。」
この双方の関係性を知っているのならこうなってしまうのも無理はない。
「少し場を移しましょうか。皆さん、中へどうぞ。」
「な、中って……船の中ですか……?」
「はい。今日一日貸し切っていますので、他人の目を気にする必要はありませんよ。」
「「!?」」「……」
スケールが違いすぎる……。こんな感じで私と皆はナギサについていき、船の中に向かった。
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「わ、わあぁ……。」
ヒヨリが目を輝かせている。もちろん船の中も豪華な感じだ。お金持ちの力のなんと恐ろしいことか……。
「さて、本題に入る前に……お腹は空いていませんか?このレストランにメニューはありませんので。何でもお好きなものをご注文ください。」
「どういう意味……? メニューがないのに、どうやって注文するの?」
「“違うよ……これは……。”」
「“どんな注文にも応えられるってことだよ……!”」
「そんなことが本当に可能なのか……?」
サオリが訝しげにそう言った。
「これが『最後の晩餐』じゃないといいけど。ほんと、何なんだか……。」
「い、いえ、そんなつもりでは……。」
「ごめんなさい。私たち、こういう場所には慣れてないんだ。」
「だから、ナギサさんにお任せしてもいい?」
「ええ、もちろんです。ええと……名無し……さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。悪いな、気を使わせて」
「いえ、お気になさらないでください。あなたは何かお好きなものをご注文しますか?」
「それはありがたいんだが生憎……」
「“彼は……その……味覚を失って味が分からなくなっちゃってるんだ……”」
「そうだ。だから俺は遠慮しておく。せっかく豪華なものを出されて味わえないんじゃ申し訳ないしな……」
彼は酷く残念そうな声色で返す。
「そうなのですか……。しかし……それでも何も振る舞えないのは客人をもてなす側としては少々心苦しいものですね……。なのでせめて軽いものでも構いませんからお召し上がりいただきませんか?」
「いいのか?」
「“ここはご厚意に甘えておこう?“」
「……分かった。何でも注文していいんだな?」
「ええ、もちろんです。」
「それじゃあパンが食いたいな、あるなら種なしので頼む。これもあればでいいんだが……ラム肉と、付け合わせに苦菜を、飲み物はぶどう酒がいい。」
どこかで少し聞いたことのあるラインナップな気がした。しかしそれが何だったかはよく思い出せない。
「マスター、よろしいですか?」
ナギサが合図をすると、マスターと呼ばれる人物が出てきた。
「ご要望をなんなりと。」
「それでは———-」
しばらくするとコース料理が次々と運ばれてきた。
ナギサは手慣れた様子で料理を楽しんでいたが、慣れていない私たちは、味がよく分からなくなっていた。
……一人を除いて
「お、おいひぃでふぅ〜……!んふ〜〜!」
まあ予想はできていた。彼女らしいと言える。幸せそうな様子を見ているとこちらまでほっこりした気分になる。
一方で彼は質素な食事をゆっくりと食していた。食べるというよりもどこか無理やり飲み込んでいるようで、幸せとは対照的な様子だった。
食というのは生きる上で重要な楽しみの一つだと思っている。それがなくなってしまうということは……一体どんな感じなのだろうか。
「“それ、どんな食感なの?”」
少し話を振ってみる。
「歯ごたえがあるな。食ってみるか?」
そう言うと彼は薄いパンをぶどう酒に浸して渡してきた。種なしパンは固いクラッカーのような食感で素朴な香ばしさがある。そこにぶどう酒の果実の甘味と、発酵による強い酸味で非常に複雑な味がした。独特な味わいは一度にさまざまな感情を呼び起こした。
「お食事はいかかでしたか?」
「“すごかった……。”」
食事を終えたが、感想がそれしか出てこない。
「では、食後のティータイムご一緒にいかかですか? 私が贔屓にしているトワイライト社の茶葉をご用意しました。香り高いのは特徴でして。」
ナギサはマスターには頼まず、自分で紅茶を淹れはじめた。見事な手順に思わず見入ってしまう。
芳しい香りが部屋全体を優しく包んだ。
「お待たせしました。粗茶ですが、どうぞ召し上がってください。」
「えへへ……あったかくて、おいしいです……。うぅぅ……昔の『ウォータータイム』を思い出しますね……。」
「……あったね。そんなのも」
「ウォータータイム、ですか……?」
「アリウスだと、訓練の優秀者には温かい水が支給されてたの。ちょうど今ぐらいの時間だったはず。」
温かい……水?
「あのときは....一口ずつ大事に....大事に飲んでましたね……。ただのお湯だったのに……何よりも美味しくて……。不思議ですよね……。」
味がないのに美味しく感じる……ないはずの味を感じる……
味覚と味……
私は彼女たちと彼の境遇を似ていると思っていた。どちらも辛い過去があって、何度も苦しい場面を乗り越えて今に至った、そう思い込んでいた。
だがそれは間違いだったかもしれない。彼女らと彼の立場は確かに部分的には似ているが、それ以外は真逆なんだ。0の状態から何も得ることが許されなかった彼女たちはこれから様々な獲得をしていくだろう。
そして……0の状態から様々な獲得をする自由があった人物に待ち受ける未来は……
「名無しさん……?どうされました……?」
露骨に表情が険しくなっている。紅茶が苦手だったのかな……?
「……おかしい」
「香りが、分からない」
——————————
おかしい。なんでだ?今朝までは嗅覚があったはずだ。おかしい。香りが、分からない。それどころか何の匂いも感じられない。何も感じない。鼻腔を空気が通り抜けていることすら分からない。
いつから? いや、それよりもなぜだ?原因が分からない。舌に続いて鼻の感覚も薄れてきた。なぜだ? なんで? おかしい、何も……
何も分からない
また失くした? いや、こんな前触れもなく? なぜ?
「あの……お気に召さないようでしたら、無理にお飲みになられなくても大丈夫ですよ……?」
「……いや、違う、そうじゃない……」
「……そうじゃないんだ」
ハッとする。顔を上げれば全員がこちらを見ていた。
「いや……鼻が詰まってたのか……せっかくの香りがよく分からなくてだな……」
咄嗟に嘘をついた。正直に言ったところで困惑させるだけだ。また気を遣わせたくない。
それからは必死に目の前のことだけに集中した。きっと鼻腔に何か不純物でも混じったんだろう。そのはずだ。そう思い込むことにした。
ただ目の前の会話を黙って聞く。スクワッドとナギサ、それに先生のやりとりが続いた。
少しすると、ナギサと先生が何かを互いに伝え始めた。
「え……? 気にせず、自分の決めたことをやれ、ですか?」
「……。」
「はい、そうですね。でなければ……トリニティの皆さんには内緒にしてまで、この場を設けた意味がなくなってしまいます。」
彼女は決心したような様子を見せる。
「皆さん。私は“個人として来た”などと、都合のいい言い訳はしません。」
「どのみち何をしても、どう言っても、それに込められた意味を問われるものです。生徒会長とは、そういう立場ですから。」
上に立つ者の宿命を彼女は語る。様々な責任や意志を背負う立場にある者の苦難を俺はまだ知らない。根無草には関係のない話だ。
「ですから……。」
「……申し訳ございませんでした。」
そんな彼女の口から出て来たものは謝罪の言葉だった。
「……え?」
「えぇっ……!?」
「……。」
「どんな言動にも真意を問われる立場……あなたはそう言ったよね。それなら謝罪の真意を聞いてもいい?」
スクワッドは様々な反応を見せた。アツコの言った通り、この行為にも大きな“意味”が問われる。
「言葉の通りですよ。一人のトリニティ生として。そして、ティーパーティーのホストとして。」
「……今のトリニティを代表する者としても。」
「私は皆さん、アリウス分校に、謝罪を申し上げます。」
上に立つ者として、一人のトリニティという集団の一員として、そして桐藤ナギサという一個人として、全てに意味を含んだ謝罪だったのだろうか。
罪と罰、謝罪と贖罪
もし……“あの化け物共”が人だったとして、俺の全てを殺し尽くした罪を謝罪して来たのなら、俺は許せるのだろうか? 俺が彼女を無駄に生きながらえさせた事は罪なのだろうか?
「謝罪 許し」
「……」
誰にも聞こえない声で小さく呟いていた。トリニティとアリウスのように、俺もしがらみに囚われていたのか? 例え自分以外がもう全て死に絶えていたとしても。
「じゃあ、次は私の番だね。」
「……!」
「かつてロイヤルブラッドと呼ばれた者として。あるいは……あなたと同じ生徒会長という立場に、アリウス分校で、最も近かったかもしれない者として。」
「私たちが起こした全てのテロ行為を、謝罪します。」
次はアツコがナギサの謝罪に応える形で、彼女からも謝罪が行われた。
「そのように言っていただき、ありがとうございます。」
「もちろん……
大層な肩書を持ってはいるが、彼女はまだ学生だ。俺からみれば大きな錘を背負わされているようにも思える。実際そうなのだろうが、彼女は既に進む決心をしているようだった。
トリニティとアリウス、どちらも加害者としての側面を持つ。そんな双方の代表的な存在である二人は互いに謝罪を交わすことで次のステージへの進歩を始めている。
許さなければ、次へは進めないのか?
なあ。
過去を全て許容しなきゃダメなのか?
許せない俺は一生このままなのか?
教えてくれよ。
なあ……
「では、ここからは本題に入らせていただきます。」
彼女らはどんどん進んでいく。しがらみを踏み越えて。
なんでそんなに早く進めるんだ?お前達は何も気にならないのか?憎しみは残っていないのか?
自分に愚かさを嫌というほどに自覚する。どんな事にだって耐えられたはずなのに、ある一点で子供のように心の中で駄々をこねて譲れないものがある。俺は愚か者だ。彼女達を見ろ、こんなにも立派だというのに、お前はまだそこで立ち止まっているのか?なあ
「先ほど、先生から『試験』の話があったかと思います。」
「……まさか」
「はい。」
「これも、私の独りよがり……独善的で傲慢な考えかもしれませんが……。それでも私も先生も同じく、
「心遣い、ありがとう。気持ちは受け取るよ。」
「ですが、見方によれば、『施し』と捉えられてしまうかもしれません。」
「優しさや親切の裏に、『私はあなたより優位にある』という意識が潜んでいる。そんなことにすら気づかずに、つい他人を教え導こうとしてしまう。」
「……。」
なあ。“アンタ”は俺を見てどう思ったんだ? 他の生徒と同じく救い導かなければならない子供として見ていたのか?
……俺は、“アンタ”と対等じゃないのか? 保護者であり続けるのか?
「自分の物差しで、他人の人生まで測ろうとする態度……それは時に、傲慢にもなり得ます。」
もし神がいて、俺をこの豊かで恐ろしい世界に連れて来たのだとすれば
……それは間違いなく傲慢だ。
「でも、ナギサさんはそうじゃないよね?」
「アツコさん……。」
「『そうかもしれない』って、自分で気づける人なら、私は信じられると思う。たとえば……先生がそうだから。そうでしょ、ミサキ?」
「……間違ってるとは思わないけど。」
「ナギサさんは美味しいものをごちそうしてくれたので……。私は……うん。信じてもいいのかな……って思います……。」
「……ありがとうございます。」
「みんな、思いは同じようだな。それで……私たちと先生は、これから何をすればいい?」
「えっ?わ、私はまだ、そこまでお話したつもりはなにのですが……何故……。」
「地べたを這いずり回って生きていると、見えてくるものもある。」
俺も地べたを這いずり回って生きていたつもりだった。だが、彼女の見えている景色はもう俺には見えない。実際には理不尽によって地べたに押し潰されて、引き摺り回されて来たのが俺だったのかもしれない。
俺が持っていたはずのものは全てペースト状に引き摺り潰されてもう原型も残らなくなってしまった。
「……とでも言っておこうか。」
「リ、リーダー……!」
「今のセリフ、かっこよかったところもあってけど……。うん。でも、ちょっと減点かな。」
「ままならないな……。」
「そうか……」
サオリ達もこれから忙しくなるのか。一般的な学園生活、つまり他の学園の生徒のような青春はもう完全には送れないかもしれないが、彼女達なりの青春を手に入れて行くんだろう。それなら俺も協力しなければ。
「俺にも出来ることがあったら言ってくれ。あんま役には立てないかもしれんが……」
「……いや、大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておくさ。これは私たちの問題だ。私たちが自らの手で解決するべき問題で、お前は巻き込みたくないんだ。」
「……っ」
「……そうか。」
「……ただ、それならそれで少し言わせてくれ。」
「なんだ?」
「これからまた面倒な事が続くだろうが……お前達なら努力した分だけ人生も良い方に向かっていくだろう。頑張れよ」
「ああ……!」
そうか。そもそも俺とお前のいる世界は全く違ったのか。
サオリ達が歩いて行く。明るい方へ、影からどんどん離れて行く。
待ってくれ、どうやったらそっち側に行けるのか教えてくれよ
俺も連れていってくれ、仲間なんだから頼ってくれとは言えなかった
----------------
「それで、名無しさんにもお話しすべき事があるのです。」
スクワッドとの話を終えた後で今度は俺に話を振って来た。
「……そういえばそうだったか。」
「”そうだよ。実は……君にも『試験』を受けてもらいたいと思っているんだ。“」
先生が話し始めたか思えば、なかなか奇妙な事を言い出した。
「……俺に?」
「そうです。あなたもアリウスの皆さんと同じように『試験』を受けてもらって、編入して頂こうかと考えているのです。」
「何をしていけば良いか分からない状況だと先生から聞いております。ですから、あなたも社会の一員として馴染んでいけるように、学園生活を通じて進路を見つけて行けるように協力したいのです。もちろんお望みであればの話なので断って頂いても構いませんが……。」
「”将来を考えるなら学校に通うのも良い選択だと思うんだ。連邦生徒会にも話はしてあるし、ここでようやく君に戸籍を与えられる口実になるかもしれないんだ。どうかな?“」
「学校って……トリニティにか……? いいのか?」
俺の知る限りじゃ女子高みたいな男女比0:10の場所だ。俺が入るのもよろしくないんじゃないだろうか。
「ええ。見たところ……私たちと同年代のようですし……そういう意味では問題はありませんが……。」
「”良い子も多いし、上手くやって行けるはずだよ”」
「……。」
「……いや、気持ちはありがたいんだが………。俺は……悪いが断らせてもらう。」
悩むこともなく断っていた。
「“………え? ほ、本当に?”」
「“そ、そう………。ま、まあそう思うならしょうがないよね……。”」
「ナギサさん、せっかくの厚意を無下にしてしまって申し訳ない。だが……俺はいいんだ。」
本当に感謝はしてるつもりだ。だが、こう気を遣わせてしまうのがたまらなく耐え難い。
それに、学園生活を送りたいとも思えなかった。
「そうですか……。すみません……突然の話で困惑させてしまいましたよね……。」
「いや、もう謝らないでくれ。本当にありがたいとは思ってるんだ。」
「だが……」
「……。」
「悪い。」
席を後にして歩く。不機嫌そうな酷い面をしていなかったか後から心配になり始めた。
俺の居る世界と、お前たち生徒のいる世界は全く別なんだ。場所や社会的な立場の話じゃない。異物の俺がそっちに混ざったところで今より更に酷い事になりそうな不安しか思い浮かばなかった。
最初はアリウスのように似たものが居ると思っていた。だが、そんなわけが無い。俺はこの世界において唯一無二ですらない。そもそも無いんだ。誰とも違う。本当に俺の境遇に近い奴は誰もいない。キヴォトスに俺の席は、どこにも無いんだ。
だから、どこにも混ざることなんてできるわけがないだろう。
どんなコミュニティにいても嫌悪感と焦燥が募るだけだ。
誰かを羨んで、過去の栄光と憎悪を見返して、そうして前を見ないまま時間だけが過ぎていく。
不安だ。不安ばかりが増幅していくんだ。もう大事なものがなんだったかを忘れて始めている。
恐いんだ、恐怖と不安でいっぱいなんだ
ああ
溺れそうだ
温度差がえぐい回。オリ展開が9割だったから原作のストーリーなぞるのは何気にこれが最初になるかもしれない。これからオラトリオ編の二次創作やるってわけではないんだけどね。
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[補足]
-最後の晩餐
種無しパン、ぶどう酒、ラム肉に苦菜はイエス・キリストが処刑される前にとった最後の夕食のラインナップだったらしい。己の未来を悟っていたのだろうか?
ここからは見ない方がいいかもしれない解説なので遠慮なく飛ばしちゃってOK
[解説]
-名無し
自分と周りのギャップ、違いにストレスを感じている。何もしていない、または進歩のない状態自体が彼にとってはストレスになるので、キヴォトスで目覚めた時から一生ストレスを感じっぱなしだったりする(テンションは変わったりするけども)。元々プライドや自尊心が高めだったために自己嫌悪や無意識の嫉妬、羨望で精神的にじわじわと追い詰められている。自分以外の全てを嫉妬していたカインはある意味では自分の成れの果てだったのかもしれない。
ただ、今も昔も、利己的な奴ではあるが、心の底は仲間思いであるということだけは事実なのだ。