From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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過去はあなたを失くさない


30話『縛られた亡霊』

 砂に埋もれた街を眺めながら、今日もサイクリング、その途中でアビドス工業地帯も通る。

 日差しは強くて、空はどこまでも澄んでいる。雲一つない空は、こっちの気持ちまで乾かしてくるみたい。

 

 ここを走っていると、先生と初めて会った時のことを思い出す。

 砂に倒れていた、不思議な大人。だけど、その出会いで私たちの未来は大きく動いた。アビドス高校の問題はまだ山積み。.......でも、先生がいてくれたら、なんとかなるかもしれない。そんなふうに思える。

 

「.......?」

 

 埋もれた街の道路に、珍しく人影があった。

 黒くて、重たそうなモサモサの長髪。背中には板のようなものを背負っている。それ以外は荷物らしいものもない。

 顔までは見えなかった。けれど、その足取りだけがやけに印象に残ってしまう。

 

 砂漠のほうへ真っ直ぐ歩いていく。まっすぐなようで、どこか迷っているようにも見えた。彷徨っているのか、行き先があるのか.......判断がつかない。その様子はどこか無謀で、寂しげで。

 

 それは放っておけないような感じではなく、もう手の施しようがない雰囲気のようにも思えた。

 

---------------

 

 

「うわ、本当にいたよ……。」

 

 シロコちゃんの言ってた通りだった。アビドスの砂漠をほんとに手ぶらで横断しようとしてる人がいたんだ。

 しかも全身真っ黒。あんなの、紫外線を集めてくださいって言ってるようなもんじゃないかな~……。ヘイローがないってことは……どこかの大人の人か、それともロボット?

 

 その人はとぼとぼ歩いているだけで、真っ直ぐ歩いてはいるけど、どこへ向かってるのかも分からない。

 目的も意思もなんだか感じられないというか……。うん、あれはもう、自暴自棄ってやつに近い気がするなぁ……。

 

 雲ひとつない快晴で、じりじり照りつける日差しが肌に刺さる。ふぁ~……暑くて、このままだとおじさん干からびちゃいそうだよ。

 一応、水はたくさん持ってきておいてよかったけど……。

 

 素性も分からない人だけど、あんな状態で“そういう目”に遭われたら……さすがに、ね。

 こっちだって後味が悪いし、このままだと胸を張れなくなっちゃうような気もするしし……うん、見捨てるっていう選択肢はないよねぇ。

 

 歩いて近寄ってみると、その人はふらつきながら前だけを見ていた。近くで見ても、カイザーの関係者って感じじゃない。……けど、全身真っ黒ってなると、ちょっとだけ例のアイツを思い出しちゃうよね~。まさかとは思うけど。

 

 うん、とりあえず声をかけてみよう。放っておくのは性に合わないし。

 

「お〜い、そんな手ぶらで大丈夫~?」

 

「……」

 

 返事はない。風の音に消えたのか、それともほんとに聞こえてないのか……。

 

「おーい」

 

「……」

 

 うんともすんとも言わない。ここまで無反応だと、さすがのおじさんでも心配通り越して不安になってくるよ。

 

「そんなに無視されちゃ、おじさん悲しいなぁ~」

 

「……」

 

 これでもまったく反応なし。ここまで無視されると、逆に怪しく見えてくるよねぇ……。まさかとは思うけど、ほんとに何か企んでる“悪い”大人?

 

 うん、仕方ない……。次は肩でも軽く叩いて、無理やりでも注意をこっちに向けてもらおう。

 

「ねぇ、君、何者?」

 

 肩に触れた、その瞬間に気づく。

 腕や首が……包帯でぐるぐる巻き。しかも赤茶色にじんでて古い血か汗のどちらにも見えてロクな状態じゃない。

 顔だっていろんな装備で固められてて、表情なんてまったく読み取れない。こんなの、普通の人じゃないよねぇ……。ヘルメット団とも毛色が違うし。

 

「……」

 

 それでも反応なし。ここまでくると“聞こえてない”じゃなくて“無視してる”んじゃないかな。段々と確信に変わってきた。

 

「アンタ、何が目的?」

 

 今度は声を張って語気を強める。やっぱりゲマトリアの連中と関りがあるような怪しい大人?

 

「……誰だ、アンタ」

 

 初めて返事が返ってきた。

 かすれた男の声。敵意の気配は……ない。攻撃するつもりもなさそう。

 ただ、空っぽな力の抜けた声だった。

 

「まず君がなんなのか、おじさんは教えてほしいな~」

 

「……なんでもいいだろ。ほっといてくれ」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨てるような応答。

 こっちを見ようともしない。でも、その言葉よりも印象益だったものはその声の弱々しさ。

 砂に溶けそうなほど頼りなくて……今にも倒れちゃいそうで。

 

「ほっとけって言われてもねぇ……。君、何も持たずにここまで来たの? しかも徒歩で? まさかとは思うけど……自分から干からびようとしてるの?」

 

 自分で言っておきながら、自分の中でひやっとした悪寒のような感覚が広がる。この状況、どう見ても“そういうの”にしか見えない。

 

 自ら命を捨てようとしてるみたいな歩き方、あのレンズの奥に見えた虚ろさ。

 ……やめてほしいよ、ほんと。

 おじさん、そういうの苦手なんだよね。見てるこっちの気分まで悪くなっちゃうし……放っておけるわけ、ないでしょ。

 

 やめてよ、そういうの。

 

「……そんなわけ……ねえだろ。」

 

「一人にしてくれ」

 

 しばらく沈黙があって、この砂よりも乾いたドライな態度。

 でもさ……一人にしてほしいって言われても、この状況で“はいそうですか~”なんて帰れるわけないよ。

 

 たとえ自分で命を絶とうとしてるにしたって、こんな辛そうで、こんな苦しいやり方を選ぶって……効率が悪すぎる。

 痛いし、長いし、しんどいし……仮に本当に自殺がしたいのだとしても普通はそんあ計画立てないはずだ。

 

 本当に何か目的があるの?

 でも、あの手ぶらで? 水も食料も装備もなしに?

 

 ……うーん、やっぱりどう考えても“おかしい”んだよねぇ。

 

 こっちは道具も水も十分にあるし……結局、そのまましばらく“ついていく”ことにした。

 怪しいのもあるし、もし途中で倒れられでもしたら……それはそれで寝覚めが悪いからね。

 

 数十分歩いた。

 砂漠の景色は変わらないのに、日差しだけは容赦なく体力を削ってくる。

 

 暑い。

 ……相変わらず、いやになるくらい暑い。

 

 その暑さが、胸の奥のどこかをじわじわ刺激して……。

 ふと、嫌な記憶が、またぶり返してくる。なんで私はこんなことをしているんだろう。

 

「……ゲホッ」

 

 前を歩く黒ずくめの人が不意に咳き込む。

 それでも足を止める気配はなくて、ただ真っ直ぐ、砂の先だけを見て歩き続ける。

 

「ねぇ。水分とらなくていいの~?」

 

「……」

 

「持ってないんでしょ? おじさんの、分けてあげようか?」

 

 そう言っても、返事はなし。視線すら寄越さない。

 さっきまでは心配のほうが大きかったけど……ここまで無視され続けると、さすがに私の機嫌も揺らいでくる。

 

 ……なんだろう、この感じ。

 一応親切心から言ってるのに、拒まれてるみたいで。

 ちょっとだけ、腹が立ってきた。放っておくのも私の勝手なはずなのに。

 

 それから数時間後。相変わらず、ただ前へ前へと歩き続ける。

 風も砂も熱いし風は強い、普通ならもう倒れてるはず。

 

「……ゲホ……ゲホッ、ゲホッ」

 

 またその人が激しく咳き込み始めた。

 さっきの乾いた咳とは違う。胸の奥をひっかくような痛そうな咳。

 

「ちょっと……大丈夫なの?」

 

「……ゲホッ、ゲホッゲホッ……ゴホッ……!」

 

 咳はどんどんひどくなって、呼吸が乱れ、喉じゃなくて身体そのものが震えてきてるように見えた。手足が痙攣し始めている。

 

 やがて。

 

「……ウグッ……ッ……オエッ……」

 

「うわっ!? だ、大丈夫!?」

 

 嗚咽に変わり、絞り出すようにえずき、そして耐えきれずに嘔吐した。胃の奥底、何も残らなくなるまで吐き出そうとしているような、見るに堪えない吐き方。

 砂に落ちた液体はすぐ蒸発して、跡だけが残る。

 

 ……さすがに、私の方も不安になり始めてきた。

 ここまで来ると“放っておく”なんて無理だ。色んな意味で。

 

 駆け寄って、状態を確かめようとしたその時だった。

 視界の端で妙な違和感に引っかかる。

 

「……なにこれ……?」

 

 視界に入った吐瀉物。それを見て息を呑む、

 

 砂の上に落ちていたのは、ぐちゃぐちゃに胃液と混じった……クラッカーみたいな破片や、肉片のようなもの。

 どれもほとんど消化されていなくて、そのまま飲み込んでそのまま戻したみたいな異様な状態だった。

 

 こんなの普通じゃない。

 人間の吐瀉物って、もっとこう……形がなくなるはずなのに。

 

 驚いて固まる私を置き去りにして、その人は何事もなかったみたいにまた前へ進もうとする。ゾンビみたいだとすら思えた。

 

「ちょっと……ほんとに……なんなのさ……」

 

 その背中を見ていると不穏な感覚が這い上がってくる。ぞわりと神経を逆撫でるような感覚。

 

 目の前のその存在が。

 じわじわと不気味な“別の何か”に見え始めてきた。

 

 さらに1時間。

 

 日差しは容赦なくて、砂地はもはや熱された鉄板のよう。こちらの方も、さすがに足取りが重くなってきた。

 

 それでも彼は止まらない。

 歩幅はふらふらで身体も傾いているのに、ただ前へ。

 まるで“歩く”以外の選択肢を忘れてしまったみたいに。

 

〈ドサッ〉

 

 突然、砂を叩く鈍い音が前からした。

 気づいた時には、その人が前のめりに倒れ込んでいる。

 

「ちょっ……!」

 

 急いで駆け寄り、水筒を開けて口元へ運ぶ。

 でも、水を飲むどころか。

 

「……ァァ……ハッ……あァ……」

 

 肺の奥に乾いた風が吹き込んで、喉から絞り出されるような呻き声をあげた。本当に“声”ってより、壊れかけた道具が漏らす空気の音に近い。

 

 それでも彼は砂を掴んで、指を震わせて。

 地面を這って、まだ進もうとする。

 

 私の呼びかけも、水も、差しだした手も……なにもかも無視。

 いや無視っていうより私の存在そのものが認識されていないような反応だった。

 

 こんなの、このままじゃ

 

 ……ほんとに死んじゃう。

 目の前で。砂漠の真ん中で。

 また理由が分からないまま。

 

 ここまで何度も無視されて、いないものとして扱われて……。

 それでも放っておけなくて追い続けて、何度も声をかけても無反応で。

 

 “あの時”を思い出す。何をしてももう手遅れ。気づいた時には何をしても無駄だったあの日。こうして私がわざわざ何とかしようとしていたのも、あの時の後悔が原因だったのかな。

 

 もう限界だった。

 

「いい加減にしてよ!死なれちゃ面倒なんだよ!さっさと水を……飲めっての!」

 

 行かせまいと腕を掴むとほとんど重さを感じなかった。

 驚くほど軽くて、弱々しくて、このまま折れてしまいそうな身体。

 

 無理やり力を込めてひっくり返し、仰向けに倒す。

 そして顔を覆っている装備を乱暴に引き剥がすと、乾いた口へ水を流し込んだ。

 

 その瞬間、頬を支えた指先に伝わったのは……。

 冷たさ。

 

 真夏日の日が差し込まない場所のような、ひやりとした冷たさ。

 こんな炎天下で、なんで……?

 

「ガボッ……ッ、ゴボボッ……!」

 

 彼は水に溺れるみたいにもがき、窒息するように喉から泡を立てる。

 だけど、こちらも手を緩めない。

 

 気管に入ろうが、むせようが、もう知ったことじゃない。

 生きる気がないなら、こっちが無理やりでも飲ませるしかないでしょ。

 

「ゲボッ ハァッ……ハァッ」

 

 ようやく吐き出すように激しく咳き込み、それから必死に空気を吸う音が返ってきた。

 

 それでも彼は……立とうとした。

 ぐらぐら揺れて、今にも倒れそうなのに、それでも前へ行こうとする。

 足に力なんて入ってないのに、意志が無理やり体を動かしているように。

 

 何度も。何度も。

 何度も何度も何度も。

 

 死ぬ気なら、なおさら行かせられない。

 

 立ち上がろうとする背中に腕を回して、後ろから押さえつけるようにして砂へ倒す。体温を感じない体とその軽さに、また背筋に悪寒が走る。

 

「は……なせ……」

 

「だめ……! 行かせないってば……!」

 

 腕の中で力なく暴れながら、彼は途切れた声で言葉を絞り出した。もう音のない声。囁くような儚い声。

 

「お……れは……取り返さなきゃ……ならねぇんだ」

 

 砂に顔を押しつけられながら、それでもかすれ声にだけは強い芯が通っているように思えた。その芯のせいで決まった形でしかいられず、だから元の形を保とうとするしかない。

 

「じゃ……なきゃ……“俺”が……分からなくなる……!」

 

 その必死さと弱さが混ざった声に、気圧された。もはや狂気すら感じた。

 何を“取り返す”のかも、何が“分からなくなる”のかも分からないけど……。

 

 その言葉は断末魔のように聞こえてしまう。

 

 そうだ。

 ようやく腑に落ちた。

 

 この人はきっと“あの存在”だ。

 

 あの時ミレニアムで見てしまった光景。奇妙で、凄惨で救いの欠片もなかった外の世界の記憶。

 あの記憶の主。その本人。

 

 最悪の辛い世界に生まれたけど、ひたすら地道に、しぶとく歩き続けた。

 それでも裏切られて、友達はみんな殺されて、帰る場所は燃やされて……。

 追われて、痛めつけられて、何度も、何度も文字通り潰されかけて。

 

 最後には復讐すら終わって、憎しみだけだった意思がそのまま燃え尽きた。……本当に何も残らず、ただ奪われ続けた。

 全ての努力が、全ての苦しみはなんの意味も成さず、何の見返りもなかった。

 

 

 ただただ救いがない。哀れまれようにも綺麗さもなく美談にもできない。

 

 そうして最後に在ったのは“手の施しようがない虚しさ”だけ。

 

 その記憶の中心にいた存在が今もなお、私の腕の中で……砂の上でもがいているんだ。何の意味もないのに。こんなに弱く力も残っていないのに。

 

 死ぬ気なんかじゃない。でもそのせいでずっと苦しみ続けている。

 

 この人はただ失くしてしまった“何か”を、必死に……必死に取り戻そうとしているだけなんだ。

 

 ……でも。

 

 失くしたものは戻らない。戻ってくるわけがない。

 

 私がそれを知っている。何よりも、誰よりも知っている。

 

 どれだけ願っても。

 どれだけ後悔しても。

 どれだけ考えても。

 

 戻らないものは、戻らない。

 

 ……そうですよね、先輩。

 

「もう……やめてよ」

 

 手を伸ばしても届かない過去を求めて、

 戻れない場所を引きずって、

 今にも崩れそうな身体で前へ進もうとするその姿が

 

 私の目には、

 情けなくて、哀れで、

 だけどどうしようもなく悲しくて、腹立たしくて。

 

 気がつけば震えているのは地面に縋る彼の指先だけではなく、私の手も震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと書き方を変えて試してみたりしてます。



-------以下、解説-------

[解説]
吐瀉物は全く消化されていない食べ物でしたね。これは名無し君の消化能力が失くなったということです。体が食事という行為を必要としなくなったのかもしれません。




------


ちょっと[補足]とは違う感じで解説を載せることが度々あるので、色々考察したい人は見ない方がいいかも。

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