From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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始まるのも、終わるのも、全て砂漠に行き着く


32話『アビドス』

 

 砂漠はいい。

 猛暑と乾燥で体中の水分を吸い尽くされることさえ考慮しなければ、自分にとって最も冷静でいられる場所だ。

 

 “気配”がない。

 人とも、生物とも、ほとんど巡り合わない。キヴォトスの学園都市らしさとは最も遠い場所だ。

 未だに、生徒たちの背後にまとわりつく“漠然とした何か”が放つ気配には、どうしても忌避感が拭えない。

 

 死せる不毛の大地でしかない場所に、どうしてここまで思いを抱かされるのか。

 そんな疑問がふと脳裏をよぎるたび、俺はすぐにその考えを頭の外へ追い出す。

 

 理由なんて、いまさら掘り返すだけ無駄か。

 

 じゃあ今、その砂漠に一人で何をしているのか、だって?

 残念ながら、今は一人ではない。

 

「よいしょ……」

 

「これで全部ですね……!」

 

 気配がいくつか、複数の方向から近づいてくる。

 気配は視覚によらず、もっと別の感覚で感じ取るものだ。どんな仕組みなのか言葉で説明しようとしても、うまくいかない。目を瞑った時、瞼の裏に映る世界、というのが一番近いだろうか?

 

 暗闇の中に、曖昧で輪郭のぼやけた概念の欠片が浮かんでいるような、そんな得体の知れない存在を仄めかすもの、それが気配。

 

 時には人の姿のように感じたり、獣の影に見えたりする。とにかく大雑把で、曖昧で、そして未知であるがゆえに“恐ろしい”。自分より遥かに上位で、理解し難い存在を感じ取ってしまう。

 

 こういったものに接触した時、初めて人は神という概念を見出したのだろうか。

 キヴォトスは基本的にこれに満ちている。だから都市部や学園に長居すると気が狂いそうになってしまう。俺はまともに生徒の顔を見れていない。実はそもそも顔をあまり覚えていない。なにせ見れないのだから。

 

「うへぇ〜……おじさんもう暑くて干からびそう〜……君もよく頑張ってくれたね。お疲れ様〜」

 

 一瞬、鋭いハヤブサの瞳で射抜かれたような気がして、悪寒を覚え、振り返る。

 そこに例の“おじさん”を自称する子がいた。

 

「あ、あぁ……全部花火は積めたみたいだな。……しかしよくこんな車両持ってきたな。というか、ここでは高校生も免許取れるんだな……。」

 

 あの花火を見つけたあと、彼女は自分の高校の友人を連れて本当に戻ってきた。しかも車両つきで。

 事情を聞くに、これを売り捌けばかなりの資金になるらしい。金はいい。稼いだ分幸せになれるはずだ。

 

 気づけば、ぼんやり見ているだけだった俺もごく自然な流れで作業に組み込まれていた。

 

「ん、これ持って運んで」

 

 といった調子で。

 断る隙もなかったし、たぶん断る必要もなかったのだろう。別に嫌ではなかった。

 

 その最中、黒髪で頭に猫耳の生えた生徒に思い切り睨まれた。あれは完全に“怪しい大人を見る目”だと思われる。

 

 ああ、そうだ。俺は不審者だ。

 いかにも怪しい格好で砂漠をうろついてたら、そりゃ警戒もされる。わかっているさ、もう慣れてる。

 

 怪しいと言っても、前よりはマシなのだが。

 

 服を再生できなかった頃……いや、服がまだ自身の肉体の一部ではなかった頃……

 あの時期はひどかった。争いに巻き込まれたり、それに介入せざるを得なかった日の帰り道。血まみれのままだったり、内臓の一部がはみ出したまま、更には片目が抉れてぶら下がった状態でシャーレに戻ることも珍しくなかった。

 

 当然、通行人にはぎょっとされた。

 悲鳴を上げられたり、道を空けられたり、避けるように目を逸らされたり。命乞いされたり……

 今思うと、あれは“怪しいやつ“を通り越してほぼ“怪物”だっただろうな。

 

 それに比べれば、今日の猫耳の子の睨みなんてまぁ健全な反応だ。

 ただの警戒。厳しい世界を生きる人間としての正しい態度。

 

 そう考えると、ほんの少しだけ安心してしまう。

 “まだ俺は人間扱いされている”と、妙なところで安堵を得てしてしまう自分が嫌になる。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 荷を積み終わった車両に乗り込み、砂漠を発つ。

 ここへ来るまでには嫌になるほど時間がかかったというのに、帰り道は拍子抜けするほど一瞬だった。

 同じ道なのに、向きが変わるだけでこんなにも距離感は変わるものなのか。そんなことをぼんやり考えながら、窓の外を流れる埋もれた街並みを眺める。

 

 砂に呑まれた廃区画を抜け、やがて辿り着いた先はアビドス高等学校であった。

 他の学園と比べれば規模は小さく、どこかさびれた外観。

 初めて見るはずなのに、どこか懐かしい輪郭をしている。

 

 古き良き日本の学校……そんな言葉が自然と脳裏に浮かんだ。

 特有の校舎の匂い、夕立に濡れた廊下、夏の終わりの昏い教室。

 そんな記憶の残滓をつなぎ合わせたような姿なのがこのアビドスだ。

 

 そして俺は、またしてもごく自然な流れで荷下ろしだの後片づけだのを手伝わされていた。

 まあ……構わないのだが。

 気づけば身体が勝手に動いている。拒む理由も、拒む気力も、どちらも見当たらない。もう目的にあったものではないのだ。やることは与えられたほうがいい。

 

 仕事を終えたあと、例のおじさんっ娘に腕を引かれるようにして校舎の中へ連れていかれた。

 それで日の差し込む廊下を抜け、案内されたのは教室の一室だった。

 どの教室も似たような造りをしているのに、なぜかこの部屋だけ少しだけ空気が違って感じる。乾いた砂の匂いが僅かに薄れているようだ。

 

 全ては流れのままに。

 自分の意思は薄弱で、どうなろうと知ったことではないという諦めが心の奥底に沈んでいた。

 嫌でもなければ、喜んで受け入れるわけでもない。

 ただ、流れ着いた場所で、流されるように居着くだけ。

 さながら海を揺蕩う死体のよう。

 

「それで、あんたは何者なの? いかにも怪しいけど……」

 

 猫耳の生徒に問いかけられる。じっと刺すような視線。敵意と警戒が混じった単純なもの。

 

「……さぁ。一体誰なんだろうな、俺は」

 

「な、なによ……それ……」

 

 言葉に困ったように眉をひそめる彼女を見ても、何も感じない。俺も困っている。どう答えればいいかすら分からない。というより俺が一番知りたい。

 

 俺は一体なんなんだ。

 

「ああっ……! と、とりあえず自己紹介でもしましょうか……!」

 

 気まずい空気を振り払うように眼鏡の子が声を上げた。

 あの必死さは、場を繋ごうとしているのか、それとも俺にこれ以上追及させないためなのか。どちらにせよ、その場の空気は少しだけ緩んだようだ。

 

 

「私たちは“アビドス生徒会”です。」

 

 眼鏡の子が姿勢を正して名乗る。その声音は緊張を含んでいるのに、不思議と場を整える力があるように思えた。

 

「私は、生徒会の書記とオペレーターを担当している一年のアヤネ……。こちらは同じく一年のセリカ……そして、二年のノノミ先輩とシロコ先輩……」

 

 視線を順に巡らせながら紹介してくれる。

 眼鏡の子がアヤネ、猫耳がセリカ、緑の輪っかを持っているのがノノミ、そして銀髪の犬耳がシロコらしい。

 

「そしてこちらは生徒会長の、三年のホシノ先輩です。」

 

「いやぁ〜、そういえばまだ名前は言ってなかったね〜……」

 

 ゆるい調子で手を挙げた“おじさんっ娘”は、どうやら本当に生徒会長らしい。ホシノという名だった。

 

 生徒会長だったのか……。

 

 この生徒は見た目によらず、他の生徒の比べて圧倒的に気配が大きい。

 実は近くに居るだけで神経がじりじりと焼け付くような感覚に見舞われているがそれは置いておこう。

 生きたまま焼かれるのとはまた違った居心地の悪さがある。

 

「……ん? そういえば、なんで俺はここに招かれているんだ?」

 

 ようやく疑問が口をついて出た。

 流れが自然すぎて気にしていなかったが、気づけば自己紹介の輪の中にいて、当たり前のように話が進んでいる。

 妙だ。俺は部外者のはずなのに。

 

「それなんですが……ホシノ先輩が……」

 

 アヤネが気まずそうにホシノへ視線を向ける。

 

「いやぁ〜、君のおかげで資金源を見つけられたから、ちょっとお礼をしたくてね〜?」

 

 相変わらずの緩い笑み。だが、その裏にある意図は読めない。

 

「……? そんな礼をされるようなことをした覚えはないぞ?」

 

 俺はただ転がって全身、特に頭部を激しく打撲しただけだ。あの花火は偶然見つけただけで、別に俺が見つけたつもりもなかったのだが。

 

「でも確かに、見ず知らずの人なのに色々手伝ってもらったわけですし……私も、何か謝礼をしてもいいと思います……!」

 

「そうか……」

 

「……じゃあ帰りの駄賃をくれ。今はそれだけで十分だ」

 

 とりあえず、シャーレに戻るための小銭でももらえればいい。

 こういう場面は、礼を突っぱねるよりも軽く受け取っておく方が互いに後腐れがない。

 

「そんな悲しいこと言わないでよ〜。実はね、ちょっと付き合ってほしいことがあるんだ。だから、もうちょっとこの学校に居てほしいんだけど……」

 

「いや、これ以上長居するのも悪いしな。気持ちはありがたいんだが……それじゃあな」

 

 踵を返す。

 この場の好意に甘える資格は、自分にはない。そう思っていた。

 

「あっ、ちょっ、今帰ろうとしたでしょ! もう少し待ってよぉ〜!」

 

 ホシノが慌てて俺の腕を掴んだ、その瞬間、膨大な熱が肌を伝って全身に駆け上がった。

 

「あ、熱ッ!? 痛い痛い痛い!」

 

「つ、冷たっ!? な、なにこれっ!?」

 

 互いの悲鳴が重なる。

 ホシノは反射的に俺の腕をぱっと放した。

 

 俺は思わず腕を押さえる。

 ホシノは目を丸くして、指先を見つめていた。

 

「……ご、ごめん……? なんか、すっごい冷たかった……保冷剤でも仕込んでた……?」

 

「いや、そうじゃないんだが……何も言わなかった俺も悪かった……。だが、急に触るのは危ないから気をつけてくれ……」

 

 この生徒はとんでもない量のエネルギーを秘めていたんだろう。この量は久々だ。血管が焼け付いたような痛みが残る。

 

「え、ええっと……ごめんね? その……」

 

 ホシノが、あの緩い雰囲気を保ったままに少しあたふたしている。

 さっきの焦りと驚きがまだ残っているようで、それが逆に妙な誠実さがあるような印象を与えられる。

 

 ……なんだか、この子のせっかくの好意を無下にするのも悪い気がしてくる。

 

「……分かった。何かする必要があるみたいだが、俺はどうしたらいいんだ?」

 

 ……そうだな。

 どうせシャーレに戻ったって、何もせずに時間だけが腐っていくのを眺めるだけだろう。

 

 折角だ。応じてみよう。

 

 どんな“お礼”が待っているのか。

 あるいは、どんな厄介ごとに巻き込まれるのか。

 

 そんなものはまだ分からない。

 

 だが、こうして流れに身を任せていけば、

 いつか、どこかに辿り着くのかもしれない。

 

 暗い深海を漂う鯨の死骸にだって、変化の流れの中にあり、いつかはどこかに浮上する。

 

 目標も理想も失った今の俺に必要な事は、何であれその流れを受け入れる事なのだろうか。

 

 

 

 

 

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「臨時ニュースをお伝えします。先ほど、シャーレ本部オフィスにて大規模な爆発が発生しました。」

 

「現場は依然として黒煙が立ち上っており、周辺区域には立入禁止の措置が取られています。」

 

「爆発の原因は現時点でまったくの不明です。警備局は“調査中”とだけ発表しており、詳細の発表はまだありません。」

 

「なお、オフィス内にいたとされるスタッフについてですが、こちらも安否は確認されておらず、通信が断続的に途絶えている状況です。」

 

「現地と中継がつながり次第、さらに詳しい情報をお伝えしますが....周辺で目撃された複数の生徒の話では、“突然の閃光のあと、建物が揺れた”という証言のみが寄せられています。」

 

「繰り返します。シャーレ本部オフィスで原因不明の爆発が発生。内部の状況は依然不明で、救助活動も難航しています。」

 

「現在警備局は周辺地域への不要不急の接近を避けるよう呼びかけており、近隣の機関にも注意喚起が行われています。」

 

「続報が入り次第、お伝えします。」

 

 

 

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