From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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選べぬ無能に何ができる


36話『無力』

 

「それで……あの生徒は、自害……したと」

 

「……分からない」

 

 名もなき彼は、短くそう答えた。

 

「本当に自ら命を絶ったのか、それとも、あの瞬間に“輪っか”が割れただけなのか……そこまでは断定できない」

 

「……」

 

 リンは一度、言葉を探るように視線を伏せる。

 

「彼女は……」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

 そのまま話題を切り替えるように、リンは顔を上げた。

 

「それで。貴方は、“あの状態”について、何かご存知のようでしたが……」

 

 問いかけに、彼はすぐには答えなかった。

 沈黙の間が挟まり、重く息苦しい空気が満ちる。

 

「……」

 

「話して頂けませんか」

 

 促すリンの声は行政官としての冷静さを保っていたが、その奥には焦りが滲んでいるようだった。

 彼は小さく息を吐き、

 

「……ああ」

 

 とだけ答えた。そして名もなき彼はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 

「昔の話だ」

 

 視線はリンではなく、どこでもない一点に向けられている。彼方を見るような遠い目で。

 

「俺のいた世界で、色を失った”輪っか“を持つ天使たちが現れた。ドス黒い殺気と瘴気を纏ってな」

 

「“赫い空”が発生したのと、ほぼ同時だった。奴らが現れたのは。」

 

 淡々と語られる内容とは裏腹にその声はどこか躊躇いを感じさせる。

 

「意思疎通は不可能。異様に頑丈で攻撃的。慈悲なんてあったものじゃない殺戮者ども。」

 

「仲間……いや、現地の奴らは無差別に殺された。全部だ。理由は知らない。なんで殺されなければいけなかったのか何も分からない。」

 

 リンは口を挟まない。私情を挟まずただ記録するように耳を傾ける。

 

「だから、だ」

 

「今回の生徒も……同じだと思った。理性を失って、見境なく暴れる存在に変わったんだと」

 

 彼は一度、ここで言葉を切った。

 

「……だが違った」

 

「確かに被害は出た。だがあれは無差別じゃなかったように思える」

 

「何か“目的”があって、それを妨害する存在だけを排除しているようだったんだ。実際それ以外には、ほとんど関心を示さなかった」

 

 そこで、ようやく彼はリンを見る。

 

「……何か、法則性が見て気がしている」

 

「まだ核心には届いていないが」

 

「……そして残念なことにこれは行動パターンの話だ。治療法に繋がるとも思えない」

 

「……そう、ですか」

 

 リンの返答は短い。

 

 結果として、あの生徒は唐突に命を落とした事になる。ただの犠牲として。救いはなかった。こちらにとっての、だが。

 

 彼女は最後の瞬間には“救われた”のだろうか?

 

「……なあ」

 

 彼が再び口を開く。

 

「今回の件で負傷した住民や生徒の中に……“うわ言”を発するようになった奴はいるか」

 

「……居ます」

 

 間を置いた返答だった。その瞬間、彼の眉間に深い皺が刻まれる。

 

「……やっぱりか」

 

「できればそうであってほしくなかった」

 

「不安や精神的な負荷は……おそらく波及している」

 

「だから精神的な外傷トリガーになっていたなら……」

 

 彼の声がわずかに震えた。

 

「あれは“伝染”する」

 

「……ハハッ」

 

 乾いた笑いが零れる。

 

「ハハ……ハッ」

 

 笑っているのにどこにも可笑しさはない。

 

「笑えねえよ、おい」

 

 彼は顔を伏せる。

 

「どうしろって言うんだよ……」

 

 答えのない問いが、もはや嗚咽とも言える笑い声と共に響いた。

 

「“赫い空”、ですか……」

 

 リンは窓の外へと視線を向けた。

 

 今、空は平常通りの色をしている。

 あの異様な赫さは、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せていたのだ。

 

 例の“現象”が起きると空が変容し、その元が断たれれば元に戻るらしい。

 

 名もなき彼の証言。

 赫い空と同時に現れた、ヘイローに異常を帯びた存在。

 

「発生地点周辺のみ、局地的に空が変色する……」

 

 呟きながら、リンは記録と報告を脳内で照合する。

 時間、場所、被害規模。

 確かに一致する点が多すぎる。

 

 先生が倒れた件はすでに公表されている。

 意識不明の重体と退院の目処が立っていない長期入院。

 その事実は、キヴォトス中の誰もが知っている。

 

 だからこそ問題はより深刻だ。

 

 先生という存在は単なる指揮官ではない。

 混乱が起きた時に“先生がいる”という事実が生徒たちに安心感を与えることもあるため、彼の存在は誇張した言い方をせずとも大きいのだ。

 

 だがその支柱が今は倒れている。しかも、回復の目処は立っていないという状況。大きな存在が欠ける時、安心は不安へと転じてしまうのだ。

 

 不安は連鎖する。

 恐怖は増幅される。

 そして精神的な負荷は、今回の“引き金”になり得る。

 

「……各学園生徒会への協力要請は、避けられません」

 

 理屈では、そう結論づけるしかない。

 

 だが。

 

「しかし、この状態で下手に情報を拡散させれば……」

 

 新たな不安を生む可能性も高い。

 場合によってはさらなる“発症”を誘発しかねないリスクも孕んでいる。

 

 彼女は一度、目を閉じた。

 

 先生がいたなら。

 “あの人”がいたなら。

 そう思わずにはいられない。

 

 願望ばかり考えている場合ではないことは彼女が最も理解しているだろう。それでも思考の継ぎ目には、息継ぎのようにこれを思い浮かべてしまうのだ。

 

 だからこそ、ここで判断を誤るわけにはいかないのだろう。

 

 連邦生徒会は、今や単なる調整役ではない。

 キヴォトス全体の“精神的防波堤”として、機能する必要がある。

 

「……冷静でなければなりませんね」

 

 自分自身に言い聞かせる言葉を呟く。

 

 赫い空が再び現れる前に。

 次の“異変”が起こる前に。

 

 

 彼女がそうしている間に物事は次の事態へと進む。休む余裕すらないようだ。

 

 思考を整理する暇すら与えられないまま名もなき彼の全身を、これまでに感じたことのない“気配”が貫いた。

 

 脳の奥で血管が弾けるような錯覚。

 神経という神経が、一斉に引き裂かれるような激痛。

 息が詰まり、視界が一瞬白く飛ぶ。

 

 来た。

 

 性質によりどうしても本能的に理解してしまう。

 

 過去最大。

 これまで相対してきたどの“化け物”とも比較にならない。

 圧倒的で、暴力的で、そしてあまりにも恐ろしい。

 

 同時に通信が入った。

 

「連邦生徒会地下観測班より報告! 未確認の巨大な負のエネルギー反応を感知しました!」

 

 勢いよく報告される次のアクシデント。

 それだけで異常性は十分すぎるほど伝わってきた。

 

「位置は……方向……座標照合中……アビドス自治区、近辺です!」

 

 その言葉が彼の中で最悪の形に結びつく。

 

 アビドス。

 

 彼は知っている。

 あの学園に在籍する生徒の数を。

 たった五人しかいないという事実。

 

 逃げ場がない。

 守る人数も、戦力も、あまりにも少ない。

 

 同時に“誰の身に”それが起きてしまったか、その可能性の対象がほとんど知り合いのみに絞られているのだ。

 

 嫌な想像が否応なく脳裏をよぎる。

 知っている顔。声。やり取り。

 あの場所で過ごしていた健気な生徒たちのあまりにもささやかな日常。

 

「……っ」

 

 思考よりも先に、身体が動いていた。

 

 連邦生徒会の廊下を蹴り、扉を突き破る勢いで外へ飛び出す。

 制止の声も指示も、あえて気にせず駆ける。

 

 最悪が起きてほしくない。

 

 それだけだった。いつもそうだ。また“最悪”が起きそうになり、そうなっていてほしくないと願い走る。

 

 正義でも責任でもない。

 ましてや使命感などではない。

 

 ただ、知り合いが。

 関わった生徒たちが。

 あの“化け物”の標的になることだけは、彼にはどうしても耐え難いのだ。

 

 全速力で走る。

 地面を蹴り、瓦礫を踏み越え、障害物を無理矢理突破する。

 

 気配は膨大ではっきりと分かる。

 あまりにも大きすぎて隠す気すらないかのように『恐怖』を彼は観測させられていた。

 

 近づくほどに精神が削られ、頭痛。吐き気。視界の歪みが生じ始める。第六感がもたらす負荷は重く、一概に便利な機能とは言えなかった。

 過去の記憶と恐怖が強制的に引きずり出されるのだから。

 

 それでも止まらないのが彼だ。

 

 正しくは、止まれない、だが。

 

 歯を食いしばり、血の味を噛み締めながら彼は走り続けた。

 

 まだだ。

 まだ、間に合ってくれ。

 

 磨耗していく精神を無理矢理に強靭な理性で繋ぎ止めながら、名もなき彼は、アビドスへと向かう。

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 列車砲の稼働情報を掴んだホシノは、アビドスを守るため単独で行動を開始する。

 それは誰にも告げていない。最初から“帰ってこないかもしれない”覚悟の選択だった。異変による治安の悪化はアビドスとて例外でなく、それ故に立ちふさがる障害も多かった。

 

 異変に気づいたシロコたちは、ホシノの後を追う。

 だが、辿り着いた列車砲の制圧区域で彼女たちが目にしたのは、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナと対峙するホシノの姿だった。

 

 ヒナは列車砲を巡る混乱を鎮圧するため現れ、ホシノは『アビドスを守る』というただ一点のために引かない。互いに譲れない理由を抱えたまま、二人は激突する。

 

 その戦いは単なる力比べではなく、責任を背負い続けてきた者同士の武力衝突であり、膨大な神秘を持つ者同士の力のぶつかり合いでもある。

 

 遅れて到着したアビドスの生徒たちはホシノの姿を目の当たりにする。傷つきながらも前に立ち続けるその背中に、彼女がすべてを一人で終わらせようとしていることを悟る。

 

 そして……それは、起きてしまった。

 

 空が赫く染まり始めてしまう。

 

 それは兆候などという生易しいものではなかった。

 全身の神経が危機を告げているような感覚。視界が歪み、神経を直接撫でられるような悪寒が走る。

 

 “化け物”が現れた。

 

 名もなき彼がアビドスに辿り着いた時にはすでに遅く、戦場は完成してしまっていた。

 ドス黒い瘴気を纏ったそれは、これまで彼が見てきたどの存在よりも強大で、凶悪。ただただ巨大で、底の見えない深く深く恐ろしい『恐怖』。

 かつて自分の世界で仲間を蹂躙し、殺し尽くした“アレ”その記憶と重なるも、それ以上だと直感させられる。

 

 アビドスの生徒たちは必死に抗っていた。

 銃声と叫び声が交錯し、瓦礫が舞う中、彼女たちは倒れながらも立ち上がり続けている。

 

 そして最前線で、空崎ヒナが迎撃していた。

 風紀委員長としての威厳も、圧倒的な戦闘能力も、そのすべてを振り絞って、ただ一人で“それ”を止めようとしている。

 

 だが、多勢であっても逆に押されている。全員が歪に傾いた力関係に苦戦していた。

 

 その事実を認識した瞬間、彼は表情を歪ませる。なぜこうなってしまうのか。まだ戦ってすらいないのに精神がプレッシャーに押しつぶされてしまっていた。

 

 同時にその時。

 

「ホシノ、先輩……」

 

 誰かが、震えた声でそう呼ぶ。

 

 その名を耳にした瞬間、ごちゃごちゃと乱雑に絡み合っていた思考が止まる。

 視線が“化け物”へと吸い寄せられ、瞼が震えた。

 

 赫い空の下。

 歪み、膨れ上がった神秘。

 生徒それぞれに決まった形がある。それは“裏側”も同様。否定しようと他の相違点を探しても何から何まで一致してしまう。

 

 ホシノが化け物になっていた。否定しようのない事実が襲い掛かる。

 

 考えうる最悪のケースだ。

 彼にとって最も向き合いたくない現実であろう。知り合いが憎き仇になるだけではなく、それがホシノであったために戦力差が大きく開く。何重もの苦が重なってしまうのだ。

 

 殺すという選択肢が、著しく取りづらい相手。

 知り合いであり、友人と呼ぶべきほどではないかもしれないが、言葉を交わし、同じ時間を過ごした存在。

 

 彼の人間関係に、友人以上は存在しない。数少ない人間関係に彼は価値を見出している。だからこそ、友人を殺すという行為は、彼にとって最大のタブーであり、最も残酷な選択だった。

 

 それでも赫い空は消えない。

 化け物は止まらず、攻撃を続けている。

 

 そして彼は自分が選ばなければならない“何か”が、すぐそこまで迫っていることを理解してしまった。

 

 彼は、瓦礫の向こうに倒れているアヤネの姿に気づく。

 

 立つ力もなく、地面に伏したまま動かない。

 次の瞬間には瘴気を帯びた攻撃がその位置を薙ぎ払う、そう直感した彼は、反射的に身体を投げ出していた。

 

 引き寄せ、抱え上げる。

 爆風と衝撃が背後を掠める中、彼はアヤネを庇うように身を翻し、そのまま走った。

 

 なんとか遮蔽物の陰まで辿り着き、彼女をそっと寝かせる。

 呼吸は浅いが生きている。

 

 良かった、まだ死んでいない。彼はそう束の間に安どする。こうなった時、いつだって既に死んでいたから。

 

 ここからだ。

 

 一瞬、彼は立ち上がろうとした。

 応戦するべきだと、頭では理解していた。

 

 だが、足が動かない。“怯え”だ。みっともなく足が震えあがっていた。

 

 自分に何ができる?

 

 純粋な力では、キヴォトスの生徒たちに遠く及ばないのが彼だ。

 これまで渡り合えてきたのは、“性質”という歪な能力や、毒や奇策といった手段に頼ってきたからに過ぎない。

 

 だが相手は、ホシノ。おそらく生徒の中でも最も強大な力を有している。

 彼の持つその力を使えば、どれだけ強い相手でも確実に殺せる。殺せてしまうのだ。殺すこと以外には使えない、それが現状の性質なのだろう。

 

 選べず、決断ができない。時は一刻一刻と過ぎるばかり。

 

 どうすればいい。

 どうすればいい。

 

 答えは出ないまま、思考だけが同じ場所を何度も巡る。体を動かせばよいものを。どうせ答えなどないのだから。

 言葉にもならず、表情にも出ず、彼はただ立ち尽くしていた。

 

 戦場が徐々に近づいてくる。

 

 瘴気と衝撃が、こちらへ流れ込んできた。

 その只中で、空崎ヒナの声が響き渡る。

 

「……っ! 早く、彼女を連れて安全な場所まで行ってちょうだい!」

 

 名もなき彼の姿に気づいた彼女の、その一言が彼を現実に引き戻したようだ。

 

 彼ははっとして振り返り、再びアヤネを背負う。

 重い。だが行動に躊躇はない。少なくとも足は動いた。

 

 走る。

 とにかく、走る。

 

 その背中を追うように、戦闘音が遠ざかっていく。

 彼の思考もまた、少しずつ朧げになり始めているのだった。

 

 何を考えているのか。

 何を恐れているのか。

 

 それさえも、徐々に分からなくなっていくような……そんな兆しを残して。

 

 彼は薄々察し始めていた。

 

 ここでホシノを止めなければならない。

 殺すという手段を選ばなければ、いずれ、全員が殺されるだろう。

 

 仮に命までは奪われずとも、取り返しのつかない重傷を負わせてしまう。“致命傷”を甘く見てはならない。自分が滅多にその傷を身体に追わないからこそ、他人の傷には敏感なのだ。

 あの生徒たちをそんな目に遭わせてはいけない。

 

 そして何より、ホシノ自身にそんなことをさせてはいけない。

 だってあまりにも……哀れではないか。自分の大事な仲間を、価値を、自らの手で傷つけることになってしまうのだから。

 

 それは理屈としては、あまりにも明白で通っている。当たり前だ。絶対にあってはならないのだ。

 

 だが。

 

 彼の顔は、恐怖と不安で引き攣っていた。

 歯が噛み合わず、視線は定まらない。

 

 ずっと限界だった。

 ずっと崩れる寸前なのだ。それも随分と前から。

 

 ここまで、よく耐えてきただけ。

 今も、ただ耐えているだけに過ぎない。

 

 

 彼は尽力するも救助は思うように進まなかった。

 

 負傷者を運ぼうとすれば、次の攻撃に巻き込まれる。

 防ごうとすれば、別の場所で悲鳴が上がる。

 

 判断が遅れるたびに、負傷者は増えていく。

 状況は確実に悪化の一端を辿るのみ。

 

 発刊は止まらず、視界が滲み、呼吸が浅く速くなっていく。

 

 冷静さを保つほうが無理のある話だ。

 

 だが思考できる余力は残っている。

 それを繋ぎ止める余裕が摩耗してきていたとしてもだ。

 

 そんな中で

 

「……だれ、か……」

 

 かすれた声が、聞こえた。

 

 彼は、はっとして振り返る。

 瓦礫の陰に横たわる瀕死のアヤネから発せられたものだ。

 

 声は弱く、ほとんど風に消えそうだった。

 それでも確かに“誰か”を呼んでいる。

 

 彼は倒れ伏したアヤネの傍に膝をつき、震える指で肩に触れ、声を落として呼びかける。

 

「どうしたっ、何があった」

 

 返事はすぐには返ってこなかった。話すのでさえ厳しいほどに体力は残っていない。

 だが、しばらくして、かすかな息と共に言葉が返される。

 

「……列車砲を……止めて……くだ……さい……」

 

 声は途切れ途切れで、意味を繋ぐのがやっとだった。

 

「このまま……だと……アビドスが……みんな……が……」

 

 そこで言葉は途切れ、アヤネの身体が力なく崩れ落ちる。意識を失ったようだ、そう早々と断定するほどには、彼に脈などを確かめる余裕がない。

 

 彼の思考が周囲と分断され、その残された言葉の意図を探る。

 

 列車砲。

 

 おそらく重要なもの。

 彼の知らない問題。彼の知らない、もう一つの“引き金”。

 

「クソッ」

 

 吐き捨てるように呟き、彼は立ち上がった。

 

 考える余地はない。この場において今重要なのはホシノでも化け物でもないらしい。

 

 今はその列車砲とやらを止めることが最優先だと、そう言いたいのだろうか。

 

 理由も全容も分かったものではないがそれでも、そうしなければならないとだけ無理やり頭に理解させた。

 

 彼は視線を走らせ、音と振動の向きを探る。

 答えを求める余裕もなく、ただ次の“すべきこと”を追って。

 

 列車砲を探すために彼はその場を離れた。背後で続く苛烈な戦いに負い目を感じながら。

 

 膨大な熱量を感じ取った。エネルギーの気配を辿り、彼は列車砲と呼ばれた兵器に辿り着く。

 

 視界に収まった瞬間、悟った。

 これはまともな手段じゃどうやっても止められない代物なのだと。

 

 装甲は分厚く、構造は複雑で、出力はすでに限界域に達しているようだった。物理的に壊すには時間が足りないだろう。制御系に手を出すには知識も設備もない。

 今から何をしても間に合わないのだ。彼はこれの前で無力感を覚える。

 

 ただその内部に感じるは圧倒的なエネルギーの塊。

 

 近づくだけで空気が焼け、肌が粟立つ。

 兵器というより、巨大な炉のようだ、と彼は思った。

 

 その熱量を前にして、ふと、過去の記憶が彼の脳裏によぎる。偶然にもまだ完全には忘却されていなかった、朧げな記憶が。

 

『そのエネルギーは他のあらゆる要素を吸収して増殖したのですよ。それも与えた分だけ無制限に。』

 

『運動、熱、光、電力、それだけではなく『恐怖』由来のものまで。』

 

 誰の言葉だったかはもう曖昧だ。

 だが、内容だけはやけに鮮明に残っている。

 

 彼は自分の身体を意識する。内部に満ちる異質の性質。正規の方法ではなく、歪んだやり方で力を得るための“ズル”。

 

 この列車砲に対して、通用する手段は限られている。

 否、選択肢は、ほとんど残っていない。

 

 彼は唇を噛み、視線を逸らさずに装置を見据えた。

 

 導き出される答えは、一つだけ。彼は覚悟を決める暇すらないままに行動を始める。自暴自棄に等しいが今更知ったものではない。行動しなければならないのだから。動けることしか自分には能がないのだから。

 

 かろうじて外装をこじ開け、彼はそこへ身を投げ入れた。

 絶対的な正気によって行われる狂気の沙汰。

 

 人が入ることなど最初から想定されていない空間だ。

 狭く、当然逃げ場もない窮屈な内部は灼熱のエネルギーで満ちている。

 

 彼はただ、取り込み続けた。その熱量を。放たれようとしている火種の力を。

 

 生きたまま蒸され、焼かれた彼の喉が裂けきったようなおぞましい絶叫が金属の内壁に反響する。拷問をはるかに上回る絶対の苦痛。人間の意思を持つが故に痛みに慣れることなどない。

 

 なぜ自分はこんなことを?

 誰のために?

 何の見返りもないのになぜ?

 

 一瞬だけ、そんな思考の数々が浮かぶ。

 だが次の瞬間には痛みに叩き潰され、そんな雑念は跡形もなく消え去った。

 

 想像を絶する苦痛により考える余地が消え失せる。

 

 だから全て反射反応に近い速度で次の行動を取った。彼はより長くエネルギーを吸収し、消費させるために取り込んだすべてを“身体の再生”へと回し続ける。

 

 焼かれ、壊れ、再生し、また焼かれる。その永遠すら等しいと感じる苦しみのループ。

 痛みは途切れることなく続く。この今感じている熱の苦痛だけで何人の人間が死んでいることだろうか。

 

 残酷なことにこれしか彼に取れる手段は残されていない。それ以外に、膨大なエネルギーを処理する方法が彼には思いつかなかったのだ。

 

 出血は止まらず、内部構造へと血液が流れ込んでいく。それが、次に起こる出来事の引き金になったのかどうかは、もはや分からない。

 

 彼はただ出力用のエネルギーを奪い続けた。奪い、消費し、耐え続けた。

 ひたすらに“耐えた”。これまでの人生のように。

 例えそれに輝かしい成果が待ち受けていない凄惨な事実を分かりきっていたとしても。

 

 やがて、唐突に視界が白に染まる。

 

 音も、熱も、痛みの感覚も。

 その瞬間だけ、綺麗に霧散するのだった。

 

 

 シェマタが暴発した。

 

 





そうだ。お前のせいだ。お前の怠慢が引き起こした惨状なのだ。選んでいれば、早く選べていればこうはならなかったはずだ。
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