From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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神秘の裏側


閑話③『テラー』

 

「……これはこれは。お久しぶりですね」

 

「あれから、何年が経過しましたか。もっとも、私と貴方とでは、体感時間に誤差が生じているでしょうが」

 

「……なるほど。私が“あの時”を境に、貴方との接触を()った理由については、お尋ねにならないのですね」

 

「いえ、今はそれどころではない。そう判断されたのでしょう」

 

「当然です」

 

「現在発生している“異変”。それへの対処こそが、貴方の最優先事項なのですから」

 

「かつて私たちの間で交わされた取引。その契約内容を覚えておられますか?」

 

「貴方に内在する“性質”を、私が解析・観測する代わりに、私が得た“性質”に関する情報を、貴方へ提供する」

 

「ーーそういう取り決めでしたね」

 

「しかし、数十年もの間、その契約は事実上放棄されたままです」

 

「このままでは、形式上とはいえ、私が“契約違反”の立場になってしまう」

 

「もっとも……」

 

「今の貴方が求めているのは、ご自身の出自に関する情報ではない」

 

「“別の情報”を必要としている、違いますか?」

 

「ですから」

 

「少しばかり、契約内容を更新してみてはどうでしょう」

 

「私は、この“異変”に関与している可能性が高いと判断した情報を私の知りうる限り提供しましょう。無論、貴方がそれを望むのであれば、ですが」

 

「……おや。対価、ですか。それを考慮して下さるとは」

 

「そうですね……では、貴方の血液を、頂きましょう」

 

「何度も増殖・希釈された複製ではなく、“原液”である方が、より強く“性質”を帯びる」

 

「解析にも、保存にも、実に都合が良いのですよ」

 

「それに…いざという時には、十分に“道具”として機能するでしょうから」

 

「ああ、それと」

 

「今後、私の事は『黒服』とお呼び下さい。この名前が気に入っていましてね。」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「……これで、契約の更新は成立です」

 

「では……さて。どこからお話ししましょうか」

 

「……生徒たちは、なぜ“化け物”になるのか……ですか?」

 

「なるほど。貴方は“アレ”を、そのように解釈しておられるのですね」

 

「確かに、今の貴方にとっては最も優先度の高い疑問でしょう」

 

「生徒たちの身に、いったい何が起きているのか」

 

「……ですが、先にお断りしておきましょう」

 

「残念ながら、ゲマトリア(私たち)は、あの事象を“完全に理解した”わけではありません」

 

「現象は観測できる。結果も把握できる。しかし原因の全てには、まだ手が届いていない。故に、確定した答えはお渡しできません」

 

「ですが、確認された事実から導き出された“仮説”であれば、お話しできます」

 

「“アレ”は何らかの過程を経て、『崇高』に至った存在ではないかと、私たちは考えています」

 

「生徒が有する『神秘』。そこに本来、表に出るべきではない不可逆の属性『恐怖(テラー)』が露呈し、異なる側面を顕在化させたもの」

 

「……便宜上、“テラー化”とでも呼びましょうか」

 

「実のところ、これはかつて私が行っていた実験において、観測を試みていた事象と極めて近しいものなのです」

 

「もっとも、今回のケースは、どうやら純粋な再現ではない」

 

「何らかの“異物”が介入した結果、発生した特殊事例のようですね」

 

「おや……?」

 

「ご安心ください。“異物”とは、貴方のことではありません」

 

「……とはいえ」

 

「貴方が“全く関わっていない”とも、言い切れませんが」

 

 

「貴方や連邦生徒会の方々は、“アレ”へと至る兆候を示した生徒たちを回収し、観測していたようですね」

 

「ええ、把握していますとも」

 

「もっとも……それは何も、貴方がたに限った話ではありません」

 

「私たち『ゲマトリア』も、同様の行為を行っておりました」

 

「兆候の抽出、隔離、経過観測……方法論に多少の違いはありましたが、目的は概ね一致していたと言ってよいでしょう」

 

「なにせ、これは“緊急事態”ですからね」

 

「こちらで得られた観測結果ですが……」

 

「単なる精神的破綻や、神秘の暴走では説明がつかない点が多すぎる」

 

「そこで我々は、一つの仮説に至りました」

 

「ーー“何か”が、生徒たちに干渉した結果、テラー化に至ったのではないか、と」

 

「外因性であり、しかし極めて内面的」

 

「個としての意思や価値観に直接触れ、それらを“書き換える”類の干渉です」

 

「そして、その“何か”に対して……」

 

「私たちは、暫定的ではありますが、『狂気』という意味を与えました」

 

「倫理、道徳、正しさ、善悪……」

 

「それらを判断基準として機能させなくする概念」

 

「選択を歪め、必然を錯覚させ、本人に“正しいと思わせたまま”破滅へ導くものです」

 

「……研究者として、これほどまでに忌避すべき記号は、そう多くありません」

 

「……その『狂気』とは、何か」

 

「貴方は、既に“それ”を知っているはずです」

 

「いえ、正確には……“理解していないふりをしてきた”、と言うべきでしょうか」

 

「ですから、一つだけお聞かせください」

 

「貴方は、何故“彼女”を殺さなかったのですか?」

 

「……なるほど」

 

「“考えたくなかった”、ですか」

 

「確かに、それは人間として自然な反応でしょう」

 

「選択を迫られ、いずれかを選べば取り返しがつかないと理解していたなら尚更です」

 

「無責任、と評することもできますが……」

 

「今この場で、その点を追及するつもりはありません」

 

「問題は、結果です」

 

「その選択によって『狂気』の意味を帯びた『崇高』は、消滅しなかった」

 

「あの、恐怖に満ちた自然の領域……“地球”において、確かに“生き残ってしまった”のです」

 

「そして現在」

 

「それは、再び影響を及ぼし始めている」

 

「キヴォトスという閉じた体系に対して」

 

「……ええ、偶然とは考えにくい」

 

「何故なら」

 

「“あの時”と同じく、『色彩』が関与している可能性が、極めて高いからです」

 

「それが意味するところは、貴方が、誰よりもよくご存知のはずですが」

 

「……もし、次に“接触できる機会”が訪れたなら」

 

「その時は、決して躊躇をせず、そのヘイローを破壊し、確実に殺して下さい」

 

「決して、“ソレ”を受け入れてはならない」

 

「同情も、理解も、救済も不要です」

 

「一度でも受け入れれば、貴方自身が“境界”を失うことになる」

 

 

「……『色彩』とは何か、ですか?」

 

「クックック……やはりそこに辿り着きましたか」

 

「ですが、その問いに関しては…貴方は既に“答え”を一度、目にしているはずです」

 

「記憶の中では……」

 

「そう、貴方の人格を解体し、溶解させようとする“黒い太陽”として解釈されていた」

 

「概念としては歪で、定義は曖昧」

 

「それでいて、あらゆる『意味』を侵食する」

 

「……あれもまた、極めて危険な因子です」

 

「どうか、くれぐれもお気をつけを」

 

「実を言えば、私が地球という領域から手を引いた理由も、アレに起因しますので」

 

「……今回は引かないのか、ですか?」

 

「残念ながら……」

 

「既に、試みました」

 

「ですが、どうやら……」

 

「この“キヴォトス”という閉じた領域から外へ脱出すること自体が、既に不可能になってしまっているようなのです」

 

「因果が固定され、観測者も、干渉者も、まとめて“内側”に閉じ込められた」

 

「ええ、随分と不愉快な話でしょう?」

 

「ですが、だからこそ私ども『ゲマトリア』も、もはや静観という選択を取ることができなくなった、というわけです」

 

「……さて」

 

「これで、現時点において我々が把握している“異変”に関する仮説は、概ね全てお伝えしました」

 

「もっとも。仮説である以上、最悪の形で裏付けられないことを祈るばかりですが」

 

「……おや?まだ、お知りになりたい事がおありでしたか?」

 

「先生を治すことはできないのか、と? ああ、その件ですか」

 

「結論から申し上げましょう」

 

「残念ながら、『無名の司祭』たちの技術を駆使しても不可能でした」

 

「肉体的損傷、精神的乖離、因果の断絶……いずれの観点から見ても、回復の余地は存在しません」

 

「彼は確実に、命を落とすでしょう」

 

「……もっとも」

 

「通常の場合であれば、ですが」

 

「貴方のその表情を見るに……やはり、納得はされませんよね?」

 

「ご安心を」

 

「貴方の“性質”であれば…理論上、手段が存在しないとは言い切れません」

 

「とはいえ」

 

「少なくとも、今のままでは到底不可能」

 

「何かを“得る”のではなく、何かを“捨てる”必要があるでしょう」

 

「数億、いえ、それをも遥かに超える膨大な意思と同等の価値を持つ、強大な自我が、“人の形”を取っているに過ぎない存在」

 

「かつて私は、貴方がある種の『崇高』へ至る可能性を持つと考えていましたが……」

 

「今となっては」

 

「どちらかと言えば、『色彩』に近い」

 

「自己を中心に世界を再定義できる、危険なほどに純粋な存在」

 

「……もし、貴方が“人であること”を捨てるなら、あるいはーー」

 

「ほんの僅かに、可能性が生まれるかもしれません」

 

「ええ、本当に“僅か”ですが」

 

「覚えておいて下さい」

 

「理論上、本来の貴方に“不可能”は存在しないはずなのです」

 

「ですが、同時に代償を伴わない奇跡もまた、存在しない」

 

「先生の意識が戻るその瞬間」

 

「それは、貴方が再び“喪失”を得たということを意味するでしょうね」

 

「何を失うのかは……その時にならなければ、私にも分かりませんがね」

 

「率直に申し上げましょう」

 

「貴方が“人でなくなる”という結末も、私にとっては十分にリスクなのですよ」

 

「ええ、何も不思議な話ではありません」

 

「貴方は元より、理解可能な枠組みに収まる存在ではない」

 

「かつて貴方が内包していた“憎悪”、それは『恐怖』とは性質を異にするものでしたが……」

 

「外面的挙動、影響範囲、因果への侵食度合いにおいては極めてよく似ていた」

 

「事実、あれは観測対象としても、危険因子としても十分すぎるほどの脅威でしたからね」

 

 

「……おや」

 

「もう行かれるのですか」

 

「どうやら、兆候が確認された生徒が再び現れたようです」

 

「しかも一人や二人ではない……あちらこちらで、同時多発的に。これは、想定よりもずっと事態の進行が早い」

 

「クックック……どうやら、これからは互いに“休む暇”など無さそうですね」

 

「共通の課題、共通の障害、共通の“終焉”」

 

「それらを前にしては、我々も自然と連携せざるを得ない」

 

「なにせ…」

 

「これほど頻繁に『終焉』が訪れては、私の探究も進められたものではありませんから」

 

「……そうでしょう?」

 

 

 

 

 

 

「そう言えば……顔の皮膚は再生させていないのですか?今の貴方はとてもとは言えませんが……」

 

「……いえ、なんでもありません。忘れて下さい」

 

 

 

 

 




[補足]
-テラー化
キヴォトス中の生徒たちが次々とテラー化していってる状態。ホシノ*テラーと似た感じの暴走した感じ。ただホシノの時ともテラー化の条件が違う。

-黒服
以前地球で会っていた時からかなり時間が経過している。その間にホシノに黒服と呼ばれてそれを気に入ったり、先生と邂逅したりと、キヴォトスでの出来事が起きた。地球での出来事はブルアカ本編よりだいぶ前の時系列。数百年以上前の可能性だってある。



-狂気
彼女が呼んでる


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