From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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同時に最悪


41話『最善』

 

 連邦生徒会拠点、デスクで一人の少女が頭を抱えていた。

 

 まともに片付ける間もなかったのか、散らかったままのそのデスクには一つの雑に折り畳まれた後のある紙切れが。

 

 そこには震えた字と安定しない筆跡でこう書かれている。

 

『最善 は尽くし た』

 

『後 は 頼む』

 

『これから 俺は やれるだ けの事をやる』

 

 最善が何を意味するか、やれるだけの事とは何か、それは既に収容区で目にした事実により明白だった。

 

 ここは学園都市キヴォトス。導き手となる大人の居ない生徒の世界。また子供達が責任を負わされる物語が紡がれる。

 

 

 

 

 

 

——————

 

 

 

 

 

 

 俺は“最善”を尽くした。少なくとも、自分で選び得る中では一番“マシ”な選択をしたはずだ。やれるだけのことは、全部やっている。言い訳じゃない、本当にそうだと胸を張って言えるくらいには。

 

 手を尽くした。限界なんてとっくに踏み越えて、考えつく全てを試した。良くなる可能性が一ミリでもあるならどんな無茶でも飲み込んだつもりだ。

 

 一瞬も休まなかった。寝る事も、食事を摂る事も、排泄する必要ももうない。運が良いのか悪いのか体はもうそれを必要としなかった。

 

 全部だ。全部を切り捨てて、ただこの状況をどうにかすることだけに時間を注いだ。無駄な瞬間を作らないよう、息をする感覚すら意識の外に追いやってきた。

 

 それなのに、どうしてうまくいかない。

 どうして何一つ良くならない。

 それどころか、事態は悪化する一方だ。なんでだ。どうしてだ。どうして、いつも俺の時はこうなる。必死に足掻けば足掻くほど、結果だけが裏切ってくる。

 

 理由が欲しい。納得できる説明が欲しい。

 

 どうしてだ。

 

 クソッ

 

 ふざけるな

 

 ふざけるなふざけるなふざけるな

 

 地下に籠もりきりで、外には出ない時期。日付の感覚はとっくに失われ、変わらず白い照明が眩しく鬱陶しく思えた。様子がおかしくなった生徒たちを見つけては調べ、あらゆる治療を試し続けた。

 やった。全部やった。思いつく限りの手段を叩き込み、禁じ手も例外も躊躇わなかった。“性質”を使った試行錯誤も重ねた。 

 

 だが結果は一つ。改善はなく、残ったのは対象の消耗と損傷だけ。治すために触れたはずの手がただ傷を広げていく。そんなこととうに知り尽くしていただろうに。“輪っか”の変色は進むのみ。不可逆な変化で、色が元に戻ることはない。

 

 先生の容態について新しい報せは入らない。回復の兆しはなく、奇跡も起きない。彼は緩やかに、確実に、命を落としていく。その未来が確定しているという事実が積み重なっていく。嫌な話だ。死に目に会えないのも、目の前で燃え尽きていくのを見るのも、どちらも耐え難い。もう嫌なんだ。誰かが死ぬのは。

 

 それでも現実は受け入れなければならなかった。感情が拒絶しようとも理性は理解している。理解してしまっている。彼はもう死んだものとして想定しなければ、次の判断ができない。動けない。考えられない。だから脳内からその情報は既に切り捨てていた。希望を。願望を。感情を。もうそんなものは抱くな。

 現実から逃れることはできない。どれだけ最悪でも、それを直視しなければ前に進むことすらできない。失明しそうだ。

 

 結局、何一つとして進展はない。収容していた生徒たちは、近いうちに確実に化け物になる。つまり、テラー化の兆候が臨界点に達しつつあった。

 

 なぁ。

 

 俺は全部やったんだ。嘘じゃない。本当に、出せるものは全て出し尽くした。思考も、時間も、体力も、良心も、全部だ。

 

 だが

 

 救いはなかった。

 

 だからテラー化して暴走し、誰かを殺めてしまうような事態が起きる前に。ほぼ同時多発的にテラー化した生徒が現れて、完全に手がつけられなくなる前に。

 

 終わらせてやるしかない。もう、それしかなかった。そうするしかない。それが今この瞬間に選べる、“最悪”であり、同時に“最善”だと結論づけた。

 

 あのままテラー化させたところで、本当に誰のためにもならない。考えてみろ。自分が理性を失って、その間に大切な人を殺してしまっていたら? 自分の大事な存在が化け物になり、暴走し、それを自分の手で殺さなければならなくなったら? 

 ここで”最善”の選択を取らなければ、そんな地獄がいずれ“当たり前”になる。

 

 彼女たちはみんな子供なんだ。大人顔負けの能力を持つような優秀な生徒は確かに多い。だが、だからといって、そんな残酷な役割を彼女たちが背負わされることになったら……それは、あまりにも哀れじゃないか。

 

 俺は先生じゃない。人を導けるような器でもない。むしろ、他者から奪うことで生き延びてきた卑しい存在だ。そんな俺ですら、そんな未来だけは起きてはならないと思っている。

 

 そして、そんな俺だからこそ。先生じゃないからこそできることもある。もう俺の手は、これ以上汚れようがないんだ。見ろ。真っ赤が通り越して黒ずんですらいる。

 

 決意を固めたんだ。既に人殺しである俺が、他に誰も殺させないために、俺が全てを処理する。そして生徒でも誰でもいい、俺よりずっと優秀で賢い誰かが解決策を見つけてくれるまで、ただ時間を稼ぎ続ける……そう決めた。

 

 ……だが、どうしようもない話だ。おかしい。なんでこんなにも、殺すのが辛いんだ。これまで何かを殺すときに、こんな感覚を抱いたことはなかった。何かを奪うために殺すときも憎悪と恐怖の塊の如き仇敵を殺すときもこんなものは感じなかったはずなのに。

 

 吐き気がする。胸が痛む。もっと別の手段があるんじゃないかという雑念が、何度も頭をもたげる。それでも手を緩めることはない。ここで選択を変えることは、決してしない。……しない、はずだった。

 

 俺の決意は驚くほど脆かった。あんなに恐ろしく、強大で、逃げ出したいほどの恐怖の塊だった化け物どもが、“輪っか”を割った瞬間、みんな小さく、儚く、哀れな、動かぬ少女になる。どれも苦しそうに、辛そうに、掠れた啜り泣きのような断末魔を残して。どうしてこんなにも胸が痛いんだ。もう張り裂けている。

 

 壊す、壊す、壊す。化け物を殺し続けて生きてきたはずだった。誰もが恐れるであろう、あの化け物を。

 

 だが、そうしているうちに、ある少女の瞳に映った自分自身を見て気づいた。化け物は俺だった。気づけば、俺が化け物になっていた。

 

 今や、みんなが俺を恐れている。嫌悪し、非難し、そして恐慌する。

 

 違う。違う違う違う。俺は化け物じゃない。ただ今を少しでもマシにしようとしているだけだ。お前たちを本心から殺したいなんて思ってない。本当だ。本当に悪意はない。助けたいだけなんだ。なのに、なんで誰も分かってくれない。

 

 ……いや、違う。これも違う。これは俺が一人で勝手に始めたことだ。誰かに理解されるはずがない。おかしい。自分が何を考えているのか分からなくなってきた。脳内で反響する自分自身の声が、いくつにも分裂して重なっていく。違う、違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。狂いそうだ。それとも“狂えば”もう苦しまなくていいのか。救われるのか。

 

 それから日時が経つにつれ、俺は“ほとんど助からない”という結論に、半ば思い込みで辿り着いていた。これは冷静に予測した結果なのか、それとも誇大妄想なのか、もう区別もつかない。

 再生は本格的に衰え始め、肉は崩れ、皮膚の大半は治り切る前に負傷で剥がれ落ちたまま、全身から痛みが引くことは一瞬もない。顔の皮膚も眼球も、まともに治せなくなっていた。

 

 ふと周囲を見る。住民の目には常に不安が浮かび、生徒たちも同様だった。先生の不在で、日に日に悪化していくキヴォトス。彼女らも順当に疲弊していく。その姿を見て、一瞬だけ羨ましいと思ってしまった。

 やりたくない行為への選択を迫られることもなく、綺麗で完全な肌を保ったままの彼女らを。おかしい。俺はそれが失われないように努力してきたはずなのに。自分が、融解し始めているようだ。

 

 そんなぐちゃぐちゃな頭の中でも、無意識に、どうあっても失いたくない“何か”だけは残っていた。純粋に幸せになってほしい、そう願う存在があった。

 俺は断絶されたエリアへのアクセスを妨害・交錯で断ち切り、外からの侵入も情報の伝達も遮断した。なぜならそこに被害が及んでほしくなかっただ。あの四人には、俺のようになってほしくなかった。

 

 それでも、テラー化の兆候が出た生徒を処理する手は緩めなかった。少しでも遅れ、アビドスのような事態になれば、これまでの努力は全て水泡に帰す。そして、ついに俺を止めようとする者まで現れた。

 スカジャンの子と、パワードスーツのような装備に身を包んだ生徒の襲撃。そこで、ホログラムの車椅子に乗った生徒から投げかけられた言葉が、ひどく堪えた。彼女の言うことは正しい。否定の余地はない。そうだ、最低だ。だが同時に、やらなければいずれ全員が死ぬ。

 

 俺はそこで、初めて取り乱した。決意が最も折れかかった瞬間だった。

 

 

 俺は何のために頑張っているんだ。何のために、こんな残酷な行為を続けている。答えは何度も考えた。元はといえば自らそれを決めたのだ。分かっているはずだった。だが思考を巡らせるほど、言葉はすり抜けていく。

 逃げ出したかったのだろう。心の底から。だが逃げられなかった。当たり前だ、何度も逃げることなどできないと自らに言い聞かせてきたはずだから。

 限界を超えてなお、いつも冷静な自分が、逃げ道を塞いでくる。感情が崩れかけても、理性だけが立ち上がり続ける。

 

 俺は初めて神に祈った。なんとかしてくれ、と。救いでも奇跡でも、何でもいいから止めてくれと懇願した。情けない。滑稽だ。自分でもそう思う。それでも一度、トリニティの教会に足を運び、誰もいない礼拝堂で手を合わせ本気で祈った。合理も理屈も投げ捨てて、ただ縋った。

 

 神は応えてくれなかった。……いや、違う。応えられるはずがなかった。そうだ、とっくの昔に死んでいたじゃないか。昔から神なんていなかった、奇跡なんて起きてくれなかったじゃないか。馬鹿馬鹿しい。

 

 それからは、思考を切り捨てた。疑問も、迷いも、意味も、理由も排除して、ただ黒ずんだ“輪っか”を破壊する作業に自分を落とし込んだ。壊す。割る。それだけを繰り返す。段々と、世界の色が曖昧になっていく。赤も、青も、恐怖も、悲鳴も、全部同じ濁りに溶けていく。

 

 ふと、街頭スクリーンが視界に入った。流れるニュースのテロップが目に入った。

 

 

 

 

 ……そうなのか。

 

 

 

 先生が倒れてから、もう100日経過したのか

 

 




前回とは逆で今回は文字ぎっしり。結局どっちが読みやすいんだろう。

最近お気に入り数が反復横跳びしてて爆笑してるのが、俺なんだ!せっかく読んでくれたのに登録解除させちゃうのは本当に申し訳ないですね....。
まあリタイアされるのも作風が作風なので仕方ないを超えた仕方ない。
暗い雰囲気が大好物な方ならありがたいんですが、苦手な方は本当に無理しないでくださいね。本当に趣味の悪い二次創作だと思いますので...
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