From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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近づく死


44話『蔓延』

 

 数日が経った。

 私は、あの日の会話を頭から追い出せずにいた。仕事に追われ、書類に目を通し、現場に出ては指示を飛ばす。だが思考のどこかに常に“彼”の言葉が引っかかったままだ。

 

 俺を止めたいなら、解決策を見つけてくれ。

 

 考えないようにしても、考えてしまう。

 そんな時だった。

 

『……局長、緊急です!』

 

 無線が弾けるように鳴り出した。

 私は即座に受信を切り替える。

 

「状況を報告しろ」

 

 返ってきた声は荒れていた。銃声と怒号が混じり、通信状況は最悪だった。

 

『第七区画で暴徒鎮圧中、黒い服の身元不明者が乱入……!』

 

「何だと?」

 

『無差別に攻撃され部隊が……!』

 

 その瞬間、通信が激しく乱れた。ノイズ混じりに銃声が響く。何かが破壊される音。そしてぷつりと無線は途切れた。

 

 指が自然と強く握られていることに気づく。

 

「……全隊に通達。第七区画へ即時展開。医療班も同行させろ」

 

 命令を出しながらも胸の奥で違和感が膨んでゆく。

 

 “無差別に”、だと?

 

 

 

 

 

——————————

 

 

 

 

 

 依然として私は彼を追い続けている。

 痕跡は断続的で不規則であるために追跡するのが困難であった。彼は通過した場所に痕跡をあまり残さない。

 

 そうしていると内に珍しく連続的な痕跡が見つかる。辿り着いた先は、交戦があったであろう場所だった。

 

 人が倒れている。数が多い。生徒も、住民も混じっている。一人、二人ではなく見渡す限りに。

 

 どれも脈がない。

 

 銃撃戦の痕跡がある。だが苛烈な撃ち合いという印象は受けなく、どちらかというと一方的に蹂躙され、そう長く抵抗も続かなかったように見えた。圧倒的な力量差があった事が推測できる。

 血痕はほとんどない。それだけ被弾が少なかったのだろうか。

 

 乱雑に打ち棄てられた屍の数々。どれも丁寧に置かれているような状態ではない。

 無差別だ。意図が感じられない。

 

 ここまで来てしまったのか。やはり憎悪に身を任せていただけだったか。それとも区別ができなくなってしまったか。

 

 どれにせよ、これ以上続けさせてはならない事には変わりはない。

 たとえ、私自身がどうなろうと。

 

 刺し違えてでも止める。

 それ以外の選択肢はもう存在しない。私は使命を完遂する。

 

 そうだ。

 そうしなければならない。

 

 彼女たちに被害が及ぶ前に。

 全てを虚しくさせないために。

 

 必ずお前を止めてやる。

 

 

「……いや」

 

「おかしい、何がか違う」

 

 何かが間違っているような気がした。同時に何かを忘れてしまっているような違和感を覚える。

 

 それで彼を止めた後、私は何をしに戻らなければならないんだったか。

 

 

 

 

 

 

———————

 

 

 

 

 

 

 いつも行く先々は屍に溢れていた。骸を踏み越えては、新たに骸を積み重ねる。そうしなければ先へ進めなかった。勝手に野垂れ死んだ弱者、狩られ喰われた被食者、残酷な運命に抗えなかった被害者。様々な死に溢れている。振り返れば屍の山、俺が這いずってきた道のりがそれだ。

 

 俺にとってはそれが当たり前で、自分もその大きな死の流れの一部だと思っていた。だから俺は常に死ぬことを恐れていた。死にたくないし、死なせたくなかった。

 

 皮肉な事に、こんなにも遅く自分が死ねない事に気付いた。自分は死ねない。周りが死んでいく。自分だけが常に生き残る。敵も味方も全てが俺を置いて行ってしまう。孤独になるのは必然だったのだろう。

 

 そして今、死が拒絶された世界でも同じ状況になってしまっている。また死んでいく。何人も。今度は罪のない者が死んでいく。

 

 

「……なんだ、これは」

 

 次の兆候が出た生徒を探しているとある場面に出くわした。大規模な火災が起きている。そして大量に死体が。俺はこれを知らない。なんでこんなに死亡者が出ている。

 

 交戦の跡はあるが、爆発も同時に起きたようだ。しかしそれで死ぬほど彼女らは脆くはないはず。何故?

 

 まさかテラー化が起きてしまった後なのか?

 だがそういう気配は感じられなかった。じゃあこの大惨事はなんなんだ。一度にこんな大量に死人が出るなんて。俺にもこんな事はできない。ミサイルでも飛んできたというのか。

 

「……」

 

 ヴァルキューレの生徒やヘルメット団らしき生徒が遺体のほとんどを占めているな。

 交戦中に第三者が乱入したのだろうか。

 まだ確定させられないとはいえ、テラー化した生徒が発生したと考えるのが最も自然か。

 

「……クソッ」

 

 死人を出してしまった。止められなかった。先手を打っているつもりだったがついに手に負えなくなった。

 

 なんでいつもこうなるんだ。

 

 ……落ち着け、冷静になれ。いくら疑問を浮かべたところで答えはいつだって帰って来なかっただろう。無駄な事を考えている暇はない。

 

 とにかく、このまま攻撃されているのなら他にも被害が出ているはず。まだ処理できればいい。被害の拡大を食い止めるべきだ。

 

 そのまま別の交戦跡を探した。するとまた瓦礫の山が。ここも被害に遭ったのだろう。

 これらに共通している事は、人口が密集しやすい場所であるという事。おそらく多くを効率的に殺すためにこうした場所を狙っていると考えられる。

 

「……酷いな」

 

 想定していたよりも大規模な被害が出ているようだ。破壊された戦車や兵器の数々も散見される。遺体も同じく多かった。

 

「……」

 

 別に原型を留めないほど崩れているわけでもなく、内臓が飛び出たりしているわけでもない。むしろ俺が知っている死体よりは綺麗なものばかり。帰ってそれが不憫さを強調していた。

 

 遺体に触れると冷たかった、かなり時間が経っているのだろう。

 

 まずい。

 このペースじゃキヴォトスが本当に無事じゃ済まなくなる。不安が増幅し、また恐れが大きくなった。

 

 おそらく俺はテラー化した生徒を処理しきれなくなる。もう大多数を救う事は不可能だ。ここまで強大な力を持った化け物がいるのだったらもうどうしようもない。ジリジリと殺されてしまう。

 

「……」

 

「見捨てるべきか……」

 

 悪い、先生。俺はなるべく多く死なせないようにしたかったが無理らしい。それに実のところ、アンタのように全員を平等に気にかけられるほどの聖人でもない。面識のない者よりも優先すべき者がいる。

 

 許してくれ。

 ……いや、許さなくてもいい。

 恨んでくれてもいい。

 

 それでも俺には死んで欲しくない奴らがいるんだ。

 一つは同僚だった彼女とその仲間。もう一つはミレニアムにいる“ある少女たち”。記憶の片隅にミレニアムで彼女らと共にいた記憶がある。おそらく俺のものではない。だがそれのせいか、死なせてはならない大事な存在であるかのように思ってしまっている。

 

 アリウスとミレニアムか。今いる場所からならミレニアムの方が近い。アリウスなら断絶された場所にあるし、非物理的な移動でもしない限りはなかなか辿り着けないはず。

 

 ミレニアムが既に被害を受けていてもおかしくない。すぐに向かわなければ。なんでこうも余裕が生まれない。奥歯が小刻みに触れ合う。震えている自分に気付いた。

 

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

 ミレニアムへ向かう道すがら、違和感はすぐに確信へと転じた。崩れた建物、焼け焦げた路面、規制線も張られないまま放置された交戦跡。

 走る。視界に入る惨状を見ないようにしながらも、ただひたすら。被害の拡大は予想よりも圧倒的に早い。

 

 キャンパスが見えた。一部が、はっきりと崩壊している。爆心地のように抉れた建造物、散乱した瓦礫。最悪の想像が頭を占拠し、思考が雑音に塗り潰されていく。

 

 必死に走った。距離が縮まるにつれて、焦燥感が膨れ上がる。まただ。前と同じだ。俺のいない遠くで何かが起きる。必死で走るも手遅れ。二度だ。二度も経験する事になるのか。

 

 遠目に、人の流れが見えた。担架。何台も、何人も。運び出される影が連なっている。怪我人だと理解するまでに時間がかかった。

 

 違ってくれ。まだ襲撃なんて起きていない、ただの事故だ。実験の失敗でも、設備トラブルでもいい。そうであってくれと、意味もなく願い始めている。

 

 そんな都合のいい現実が残っているわけがない。

 

  全壊ではない。半壊で踏みとどまっている。被害の規模を見て、そんな冷静な分析が先に立った。やはり大規模な三大学園の一つという地力だろうか。耐久設計、分散配置、緊急遮断……理由はいくらでも思いつく。

 

 だが、崩れた区画の位置を見て、思考が止まった。あの辺りには、確かゲーム開発部の部室があったはずだ。

 

 嘘であってほしい。だが、現実は願いで書き換わらない。目を背けるな。確認しろ。そう自分に言い聞かせ、規制線の切れ目から中へ入ろうとした。

 

 その時、正面から歩いてくる生徒とすれ違った。見覚えがある。ミレニアムの会計……ユウカ、だったはずだ。先生やアリスたちとも深い関係にあった生徒だと記憶している。

 

 だが、記憶の中の姿とはまるで違っていた。顔色は悪く、歩き方も不安定で、限界まで削られたような様子だ。

 

「おい、何があった。無事か」

 

 声をかけると、彼女は一瞬こちらを見たが、すぐに視線を逸らされた。

 

「……ごめんなさい、今は……一人にしてちょうだい」

 

 それだけ言って、足を止めることもなく去っていった。

 

 呼び止められたものではない。いつだって奇跡は起きてくれない。何が起きたか、なんて聞く必要はなかった。火を見るより明らかだ。

 

 

 進む。いつだって現実と直面しなければならない。立ち止まる理由はない。後退も、逃避も許されない。どれだけ不安でも、どれだけ目を逸らしたくてもだ。

 

 応急的に設営された医務室を見つけた。簡易ベッド、仕切りのカーテン、慌ただしく行き交う人影。怪我人や、脱出に成功した生徒たちは、ここに集められているらしい。

 

 カーテンをくぐり、中を進む。視線が集まる。警戒と恐怖が混じった目だ。だが、それを気に留める余裕はなかった。焦点は、別の一点にしか合っていない。

 

 パイプ椅子に座る少女が目に入った。

 

 生きている。座っている。自分の足でここまで来ている。

 

 それだけで、十分だった。

 

「あなたは……」

 

「無事だったか」

 

「アベル……」

 

 俺のものではない名前で呼ばれる。アリスだ。傷は見当たらない。あの現場には、直接巻き込まれていなかったらしい。

 

「……他は」

 

「あちらにいます……」

 

 彼女は奥を指した。

 

 一瞬、考えが止まる。生きている? 全員?

 早合点かもしれないが、最悪は免れた。少なくとも手遅れではなかった。良かった。

 

 ……良かった

 

 そう思いながら、示された方向へ進む。再びカーテンを捲った。

 

 そこにいたのは、一人だけだった。

 

 鏡の前に立ち尽くす、小柄な背中。“桃色”とヘッドホンが特徴的な見覚えのある姿。

 

「お姉ちゃん……」

 

 誰に向けるでもなく、呟いている。頭上の緑色の輪が、小さく揺れていた。

 

「ミドリ」

 

 声をかけても反応はない。ただ鏡に向かい続けている。

 

 なぜミドリがモモイの服を着ているのだろうか?

 おそらく、元の服は損傷して着られなくなって代わりに、といったところだろうか。

 

ミドリの頭には包帯が巻かれていた。何らかの負傷はしているらしい。立っていられなくなるほどの重症ではないようだ。

 

 だが、他の二人の姿がない。モモイとユズがどこにも見当たらない。

 

「なぁ、おい」

 

 呼びかけても反応はない。視線は鏡に固定されたまま、ぶつぶつと独り言を続けている。こちらを認識していない。まるで、鏡の向こうにいる誰かと会話しているかのようだった。

 

 これ以上ここにいても意味はない。そう判断し、アリスの元へ戻る。

 

 彼女は、先ほどと同じ場所に座っていた。

 

「モモイとユズはどうした」

 

「モモイは……私が見た時、眠っていました……。」

 

 間を置き、言葉を選ぶように続ける。

 

「とても冷たかったのですが……少し眠っていたから、肌が冷えているだけだと聞きました……。」

 

「そのまま、どこかへ運ばれていって……。」

 

「心配です……。」

 

 続けて、さらに声を落とす。

 

「ユズは……まだ見つかっていないみたいです……。」

 

 俯いたまま、動かない。

 

「……なんだと」

 

 冷たかった?

 とても冷たかった、そう言ったのか?

 

 なあ。嘘だろ。

 勘弁してくれ。

 

「みんな……戻ってくるでしょうか……。先生もまた会いにきてくれるでしょうか……。」

 

 とても弱々しい声色だった。

 

もしかしたら……もう……。

 

「……っ」

 

 無意識に体が勝手に動く。

 

「大丈夫だ。きっと良くなる、心配するな」

 

「いつかまた元に戻る。大丈夫だ。」

 

「きっと良くなる、はずだ」

 

「全部良くなるさ」

 

 彼女を抱きしめてそう励ますつもりで言った。きっと良くなる。いつかは元通りになるはずだ。そうだ。そうなるべきなんだ。

 

 きっと良くなる。

 

 良くなってくれ。

 

 これ以上彼女らを傷つけないでくれ。

 

 

 

 

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