From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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ようやく訪れた最後


47話『苦悩の終わり』

「サ、サオリ」

 

「本当に、お前なのか」

 

 情けない声が出た。信じたくなくて、そう尋ねた。

 明らかにまともでない状態の相手に。

 

「なぁ 頼む」

 

違うと言ってくれ

 

 まだ違う可能性だってあるはずだ。だがどれも彼女の所有物だ。武器も服装も“輪っか”の形状もなにもかも。

 

 まだ違うかもしれないんだ。

 

「……してやる」

 

「……ッ!」

 

 発砲。避けきれず肩に数発喰らう。

 動き自体は見切れた。本来なら避けれた。精神的な動揺のせいでうまく動けない。

 

「私は」

 

「お前を」

 

「許さないッ」

 

 怒声と共に距離を詰められる。咄嗟に下がるも既に遅く、銃床で側頭部を殴打された。そしてすかさず頭を掴まれ、顔の中央に膝蹴りを入れられ、蹴り飛ばされる。

 

グアァッ

 

 地面にのされ、体勢を崩したところにまた数十発撃たれた。

 抵抗できない。体が震えて言うことを聞かない。

 

「返せ……」

 

「ヒヨリを、ミサキを」

 

「そしてアツコを返せッ!!」

 

 腕を付いたタイミングで、また何十発も撃ち込まれる。喉が貫かれた。空気が抜けるような音が鳴る。

 

 立ちあがろうとしても蹴り飛ばされは地面に押さえつけられ、何回も殴られた。

 痛い。痛い。やめてくれ。

 

 ヒヨリ? ミサキ?

 なんの話だ。まさか彼女らの身に何かあったのか?

 

「ゲホッ、なぁ、どうしたッ」

 

「何があったんだッ」

 

「頼む 止まってくれ」

 

 自身に馬乗りになって殴る腕をやっとの思いで掴み、食い止めた。

 

 しかしそうするや否や、頭突きをされた。その上で今度は喉をナイフで串刺しにされる。

 

「アアッ」

 

 激痛が走る。ずっと激しく、耐え難いものが。

 

 痛みに呻きながらなんとかその場から脱出し、距離を取った。

 それでもまだ銃撃を加えられる。

 鉈を引き抜いた。そして一部を弾く。

 

 やっと体が言うことを聞くようになってきた。

 

ヒューッヒューッ

 

 荒く呼吸をする度に喉から汚い音が漏れる。息苦しさの中で思考を張り巡らせた。

 

 やっぱり戦うしかないのか。

 

 また距離を詰められた。今度は銃弾を弾き、近接攻撃をいなす。そして背後に回って鉈を後頭部に向かって、

 

……ッ

 

 振るえなかった。

 

 思考のラグが起きる。振り向いた彼女の反撃を対処できず、銃撃を喰らった。飛び退き、また距離を取る。

 

 次こそは、と鉈を投擲して攻撃する事を考えるも、なぜかできなかった。あらゆる攻撃手段は思いつく。でも、それらを実行に移せない。

 

 “輪っか”を、割れば彼女は止まる。

 

 無心になって再び攻撃を加えようとするも、直前でシャーレでの記憶が走馬灯のように駆け巡った。あの日々が蘇る。その度に手が止まる。

 

「(……できないッ)」

 

 結果、一度たりとも攻撃できず、何度も撃たれ、蹴られ、痛めつけられる。

 

 気がつけば逃げ出していた。みっともなく、情けなく、醜い様で。

 その際に何度も背中を撃たれた。もう向き合えず、もはや現実を放棄したも同然だった。

 

 どうしたらいい。どうしたらいいんだ。どうすれば良いんだ。

 

 俺にどうしろって言うんだ。やめてくれ。痛い。どうしようもなく痛いんだよ。

 もう止まってくれ。なんでこんな目に遭うんだ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 俺は彼女を、サオリを殺したくない。絶対に嫌だ。例え“化け物”に成り果てていたとしてもだ。

 なんで彼女を殺さなくちゃならない。だって、何も俺に悪い事をしなかったじゃないか。彼女も、彼女の仲間も。

 

 何故だ。俺達が何をしたって言うんだ。

 なんでいつもこうなるんだ。

 

 嫌だ。止めてくれ。

 

 なんで俺は、“こんな世界”に生まれてきてしまったんだ。

 俺が……俺が生まれなければ、こんな事にはならなかったのか?

 

 俺さえ生まれなければ、こうならなかったのか?

 

 俺が、生まれたから

 

「……」

 

 足を止めた。

 当然撃たれる。立ったまま殴られる。裂かれる。痛めつけられる。

 

 ここで、俺が殺された方がいいって事なのか。

 

 ここで、俺が生まれてしまった“報い”を受けろという事なのか。

 

 痛い。痛い。痛い。

 一切痛みは遠のかない。いつまでも慣れる事がない。

 

「……なんで」

 

「お前は死なないッ」

 

 いつまで経っても痛いだけ。体がどれほどグチャグチャになろうと、俺は死ねなかった。

 

「クソッ、クソッ、クソッ」

 

 俺を殺そうとする彼女の声が段々と震えているように聞こえた。

 

なんで、死んでくれないんだッ

 

 サオリの手が段々と遅くなる。

 

「……違う」

 

 殴る手が止まった。

 

違う、違う、違う……!」

 

「私は……」

 

私は、こんなことがしたかったんじゃない……!

 

「……!」

 

 一瞬だけ、元のサオリに戻ったように見えた。そう、一瞬だけ。

 

「うゥ……ああああ!!」

 

「おい……!」

 

 彼女はその場で頭を抱えて苦しみ出す。内なる何かに抗うように、もがいて呻いている。紅い火を抑え込むように、自分の色が呑まれてしまわないように。

 

「頼む……」

 

「私を、終わらせてくれッ」

 

「私が、私でなくなる前に……ッ!」

 

 終わらせる?

 一番嫌だった事。やりたくなかった事。それを俺にやらせる気か。

 

「ああ、ああああ!!」

 

 だが、俺がやらかったら彼女は、苦しみ続ける事になる。望まずにたくさんの罪を犯す事になる。

 

 俺が、やらないといけないのか。

 

 俺が、この手で、サオリを、殺さないといけないのか 

 

「あ、あぁ」

 

 手が震えてる。震えが止まらない。

 

「うぅ」

 

 呼吸が一層荒くなる。吐きそうだ。

 

フーッフーッ

 

 焦点が定まらないまま、歯を食いしばった。

 

「……ああ」

 

ああああああああッ

 

 狂いそうだ。

 

 

 

 

 

———————-

 

 

 

 

 

 憎い。憎い。憎い。

 

 胸の奥で、同じ言葉が反響する。思考を塗り潰し、他の何も通さない。

 

 許さない。

 なんとしても、殺してやる。報いを受けさせてやる

 

 見つけた。

 視界が一点に収束する。

 

 引き金を引く。

 反動。音。

 足りない。まだ足りない。

 

 何度でも撃つ。

 蹴る。殴る。

 壊れるまで、終わるまで。

 

 お前が、殺したんだ。

 

 ヒヨリも、ミサキも、アツコも、

 アリウスだけじゃない。キヴォトス中の、全てを。

 

 お前のせいだ。

 お前が、存在したせいで。

 

 死んで償え。

 

 それが当然だ。

 そうでなければならない。

 

 お前は、死ななければならない。私はお前を殺さなければならない。

 

 何故なら、それが正解だから。

 

 お前は、生まれるべきじゃなかった。

 私達は、みんな生まれるべきじゃなかった。

 

 いくら足掻こうが、生きることは苦しみにしかならない。

 そして最後には、何も残らない。ただ虚しいだけ。

 

 この世に、生まれるべきじゃない。

 この世に、生まれること自体が、間違いだ。

 

 だから、早く死んでくれ

 

 なんで、死なない

 

 何故だ。

 

 ……違う。

 

 違う。違う。違う。

 

 胸の奥で、何かが引っ掛かった。

 

 おかしい。

 違う、これは……私の思考じゃない。

 

 生まれるべきじゃないなんて、私は考えていなかったはずだ。

 苦しくても、それでも。

 

 ……私は、

 

 私は、何をすべきなんだ……?

 

 問いが浮かぶ。

 

 私は何がしたかったんだ……?

 

 彼を殺すことか。

 誰も生まれないようにすることか。

 

 何が正しいんだ。

 おかしい。私がどれだったか分からない。

 

 答えは返ってこない。

 

 私はどうしたらいいんだ?

 

 虚しい。

 全ては、虚しい。

 

 その場に立ち尽くし、崩れかけた思考を必死に繋ぎ止める。

 

 ふと、記憶が駆け巡った。

 

 まだ小さかった頃。

 暗い世界の中で、それでも共に生きていた、みんなとの記憶。

 

 名前を呼べば、返事があった。

 厳しい環境で共に生き延びた。

 

 ……アズサは。

 今も、元気にしているのだろうか。

 

 そういえば、まだスバルとも和解できていなかったな。

 

 ……一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、私は“元の自分”の形を思い出した。

 

「……頼む」

 

 声は掠れていた。

 それでも、確かに届くように、絞り出す。

 

「私を、終わらせてくれッ」

 

「私が、私でなくなる前に……ッ!」

 

 最後の正気を振り絞って、目の前の最後の“仲間”に向かって叫ぶ。それに反応して装備の剥がれた顔がこちらを向く。

 

 私が最後に見たのは、悪意に満ちた人殺しの顔ではない。

 誰よりも死を恐れ、怯え、これ以上何も失いたくないような。

 ただの臆病者の顔だった。

 

 

 

 

 

——————————

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

「……大丈夫だ、お前は……まだ生きてる。みんなに、会わせてやる。アリウスまで連れて行ってやる」

 

 名もなき人の子は、錠前サオリであった存在を背負って足を引き摺りながら歩いていた。

 

「……私は……一体。」

 

 サオリの意識が朧げに覚醒する。

 

「……ああ、そうだった。」

 

 寒い。自分の体温が感じられない。

 彼女は自分が“死ぬ寸前”である事を思い出す。

 

「……?」

 

 サオリはふと下を見る。彼女を支える彼の手には鉈が、引きずられるようにしてかろうじて持たれている。

 

「そうか……。」

 

「“あれ”はお前ではなかったんだな。」

 

 無差別に人を殺していた“黒い人物”。それが持っていたのは銃。決して鉈ではなかった。

 

 ヒヨリも、ミサキも、アツコも。他のアリウス生も彼が殺した訳ではなかったのか。

 

 事実に気づくと、サオリは、微かに安堵した。

 

「……勘違いでお前を憎んで、殺そうとまでしてしまった。」

 

「すまない」

 

 その謝罪に対して、彼はすぐに応える。

 

「……いや、俺も間違いをたくさん犯した。謝られた義理じゃない。」

 

 彼も無差別でなかったが、選んで殺していた。それがいくら合理的で、被害を抑える方法だったとしても、彼は悔やみ、罪悪感に苦しんでいた。

 

「……」

 

 サオリは悟る。迎えが近い事を。

 

「……もう……ここまでか……。」

 

「私は……先に行かせてもらう。またいつか……会おう」

 

「おい、やめろ、そんな事を言うな」

 

「みんな……先生……今……そっちに……」

 

「……」

 

「なぁ、もうすぐだ。待っててくれ。」

 

「……」

 

 返事はない。構わず彼は歩き続ける。

 

「なぁ」

 

「……」

 

 返事はない。背中が冷たくなるのを感じる。

 

「サオリ?」

 

 返事はない。その時、彼は気づかないふりをした。

 仲間が旅立った事に。

 

「なぁ、起きてるか?」

 

 虚無にそう尋ねる。無意味で無価値な行動。

 

……なぁ……起きてるか?

 

 震え切った声で、また。

 寒い。

 

……な、ぁ

 

 ゆっくりとおぶっていた体を下す。

 そして寝かせ、虚になった目を瞑らせた。

 

 彼はその日、初めてサオリの顔を見た。裏側の恐怖の介在しない、錠前サオリという人物の顔を初めて直視した。

 

 現実が、押し寄せる。

 

 彼女は死んだ。

 

 なぜ?

 

 お前が殺したからだ。

 

 違う。

 

 お前が殺した。

 

 違う、違う違う違う違う違う違う違う。

 こんなつもりじゃなかった。

 

 殺した。

 

 やりたくなかった。

 

 事実は変わらない。

 

「俺が、殺した」

 

「俺が、俺が」

 

「あ、ぁあ」

 

ぁあああああ

 

あああああああああああ

 

「   」

 

 その日、名もなき人の子は、生まれて初めて泣いた。

 今まで封じ込め、感じないように目を背けてきたあらゆる悲しみが押し寄せる。耐えてきたあらゆる苦痛の経験が溢れ出す。涙は血涙となって止まらない。

 

 ただ天に向かって慟哭した。叫んだ。咽び泣いた。

 

 嗚咽し、何度も壁に頭を打ちつけ、地べたを指が削れるまで引っ掻いた。

 

 頭を抱え、掻きむしり、喉が裂け切るまで叫んだ。

 

 初めて苦しみに耐えきれなくなった。自分の境遇に完全に絶望し、一切肯定できなくなった。

 

 雨が降り出す。聞く時耐えない声を掻き消すように。あらゆるものを押し流すように。

 

 苦悩の果て、ようやく不屈の精神が折れた瞬間だった。

 

 

 

 

 

——————————

 

 

 

 

 

 “黒い太陽”が見える。

 声が聞こえる。

 

 聞き覚えのある声。二度と聞きたくなかった声が。

 なんだ。何が欲しいんだ。もう俺を解放してくれ。ほっといてくれ。

 

 

 呼んでる。

 

 彼女が呼んでる。

 

 彼女が俺を呼んでる。

 

「やっと、私を見てくれた」

 

 目が合う。嫌だ。来るな。

 

「私の言った通りだったでしょう? みんな、何かを救うために酷い事をするんです。そして苦しむ事になってしまう。」

 

「生きていたって酷い事ばかり。こうなるぐらいなら生まれない方が良かったと、ようやくあなたも理解したはずです。」

 

 あの日見たひび割れた“輪っか”。髪色。一生こびりついて消えない狂った微笑みの顔。“彼女”だ。一生忘れない、一生思い出したくない”彼女“だ。

 

アテナ

 

「私の名前、覚えていてくれたんですね。嬉しいです。」

 

 目を逸らしたくて、周りに目を向ける。

 真っ暗な空間。どこを見ても”それ“がいる。いくら目を逸らしても目が合う。逃げ場がなくなっている。

 

「ずっと苦しかったでしょう? 辛かったでしょう?」

 

「でも、もう大丈夫。」

 

 アテナが両手を広げた。

 やめろ。来るな。こっちに来るな。

 

 逃げようとするも腰が抜けてこけてしまった。

 恐い。尻這いになって後ずさるも、すぐに目の前まで来る。

 

「私が、あなたの側にいます。」

 

 迫れた。恐ろしくて、無意識に腕を顔の前に出して自身の視界を防いでいた。子供みたいに、情けない格好で。

 直後、抱きしめられた。温もりが伝わってくる。初めて暖かさを感じた。それが何よりも不快だった。こんなにも暖かくて、優しい温もりを“これ“から感じさせられるなんて気持ち悪くて仕方がない。

 

 狂いそうだ。

 

「大丈夫、私を受け入れて」

 

「あなたを救いますから。」

 

 狂いそうだ。

 

「……は、なせ」

 

「はなしてくれ」

 

 狂いそうだ。

 

「私が……嫌いなんですか?」

 

……離せッ!

 

 腕を振り払って、また後ずさる。

 

 頭がおかしくなりそうだ。ただ見ているだけで、触れるだけで、どんどん頭の中の正しさの形が狂っていく。

 

「そうですか……。残念ですね」

 

「では、これならどうでしょう」

 

 ”それ“の姿が瞬きした瞬間に切り替わる。

 瞬きのたびに、今まで俺が会ってきた生徒たちの姿に変わる。

 

「これなら私を受け入れてくれますか?」

 

 そして、最後のサオリの姿になった。

 

「なんなんだ」

 

「なんなんだよお前は」

 

 もはやまともに声もでなかった。理解できない。何がしたいのか全く分からない。恐い。恐いんだ。

 

 サオリを汚すな。彼女を騙るな。その姿で、その声で俺に話しかけるな。

 

「これでも、いけませんか。」

 

 元の剥き出し恐怖の姿に戻る。

 

「錠前サオリと呼ばれていた彼女は、私を受け入れてくれましたよ。」

 

「彼女だけでなく、たくさんの子が私の声を聞いて受け入れてくれました。そして、”こちら側“に来てくれたんです。」

 

 サオリに他の生徒。”こちら側“?

 

「それをみんな、あなたが”救って“くれた。」

 

 俺が……救った?

 

「みんなみんな、私とあなたで救ったんですよ!」

 

「……まさか」

 

 生徒がテラー化する原因。全部、”これ“のせいだったのか?

 

 俺が生徒を殺さざるを得なくなったのも、サオリを終わらせなければいけなくなったのも、“これ”のせいだったのか?

 

「お前か」

 

「ええ」

 

「お前のせいか」

 

「そうです!」

 

「お前が」

 

「お前がお前がお前がお前が」

 

 もうなくなったと思っていた。久しい感情。

 最後の意思を燃やす憎悪が広がる。

 

 殺してやる。

 殺してやる。殺してやる。殺してやる。

 

「死ね」

 

「……ああ」

 

 久しい感覚だ。首を掴んだ。“輪っか”を砕いてやる。

 

 死ね。死んでくれ。死ね。全部お前のせいだった。空が赫くなった“あの日”、お前が現れたあの瞬間から俺の人生は台無しになった。

 

 死ね。死んでくれ。頼むから消えていなくなってくれ。

 返せ。返せ。全部返せよ。なあ。

 

 俺の故郷を。仲間を。友達を。

 俺の人生を返してくれ。

 

 もう半分も思い出せなくなった“大事な記憶”を。

 

 ……返してくれ。

 

「やっと、私を殺してくれるんですね」

 

「私もあなたが憎い。」

 

 ”それ“は俺の首に手をかける。

 

「だから……あなたを愛しています。」

 

 手から感じる感触。“輪っか”が砕けた。

 最後の瞬間、アテナは俺の唇を撫でた。

 なんで殺されるっていうのに、そんな嬉しそうな顔をするんだ。

 

 終わった。過去の復讐も、因縁も、何もかも。

 

 全部終わった。もう何も残ってない。

 結局こうなるのか。

 

「……」

 

 もう、全部どうでもいい。

 もういいんだ。

 

 虚しい。

 全てが虚しい。

 

 気がつけば元の場所。土砂降りの雨。

 

 音が何も聞こえない。

 

 空っぽになった両手を見る。

 これが俺の”全て“らしい。

 

 誰もいない。何もない。大通り。

 

 その中央に仰向けに倒れる。背中をぶつける痛みも、雨に打たれる感触もない。

 

 長かった。ここまで長かったなぁ。

 

 もう、いいか。

 

 

 

 

 

—————————-

 

 

 

 

 

 私は、ただ進んでいた。

 選別はしない。理由もない。生きているものを終わらせる。それが、今の私の役割だった。終焉をもたらす者として、与えられた仕事を淡々とこなすだけ。

 

 撃って、倒して、確認して、次へ。

 感情は波立たない。迷いもない。世界は静かで、私の中も同じだった。

 

 やがて、進路の先に人の気配が途切れる。

 瓦礫に覆われた道路。建物が崩れてもなお、道の形だけが辛うじて残っている。

 

 雨が降っていた。

 土砂降りで、視界が滲む。音がうるさい。

 

 その道路の中央に、何かが倒れていた。

 

 近づいて、気づく。

 ……名前のないあの人だ。暴走したホシノ先輩のヘイローを破壊したあの人。

 

 状態は、ひどかった。

 戦闘の痕跡がそのまま残っている。体は損傷し、呼吸もほとんど感じられない。首元や腕はズタズタ。お腹には切開されたような跡があって、中身は空っぽ。両足の義足は歪んで、外れかけていた。

 

 雨に打たれながら、彼は仰向けのまま動かない。

 

 残っている片方の目だけが、虚ろに開いている。

 焦点は合っていない。それでも完全には終わっていないみたいだ。

 

 私は立ち止まった。

 

「……」

 

 彼の目がこちらに向いたが、もう何も言わない。

 ただ、そこに在るだけ。廃人のようだった。

 

「ねえ」

 

 声をかける。

 反応はない。もう何も聞こえていないみたい。

 

 それでも見ていると、彼の口が、わずかに動いた。

 

「もう 疲れた」

 

「殺してくれ」

 

 ……そう。

 生きることを、自分で手放してしまうほどに。

 

 私は、彼の記憶を知っている。

 過去に何があったのか。どれだけ長く、苦しくて、誰にも頼れなくて、それでも一人で耐えてきたのか。

 

 ずっと、孤独だった。

 頑張るしかなくて、休む暇もなくて。

 

 きっと、彼に必要なのは休息。

 そして……正しい終わり。

 

 私は銃を構えた。

 

 もう大丈夫。

 これ以上、誰もあなたを傷つけられない。

 

 ……もう休んでいいんだよ。

 

 引き金を引く。

 音は雨音に混じって消えた。

 

「ぁ……あぁ……」

 

 消え入りそうな声。

 

「灰色の……空……」

 

 彼は、絞り出すように続ける。

 

「濁った……曇り空……俺の……色……」

 

 きっと、もう色は見えていない。

 世界が灰色に見えているんだろう。

 

 それでも、一瞬だけ。

 残された目に、微かな光が宿ったように見えた。

 

「は……はは……」

 

やっぱり……死ぬのは……恐えな……ぁ……

 

 その光が、静かに消える。

 

 雨音だけが残った。

 

 ……ようやく。

 長い、長い苦しみが終わったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 








[補足]
-高落アテナ
 地球で反転し、狂気の神アーテーとなった後。無名の司祭達に回収された。そして異変のタイミングで彼女自身も動き出し、『色彩』を通じて少しでも精神が不安定になった生徒に干渉して正しさを狂わせ、より精神を悪化させてテラー化させようとした。その干渉されている間に兆候が出る。 

 地球で自分に手を差し伸べてくれた名前のない彼の事が好き。そして同時にトラウマの象徴でもある。きっと彼女も死ぬが恐くて、それでも死にたかった。

-変なフォント
 この作品で時々見られるフォント、igyoumincho (こんな感じのやつ)やigyoumincho2(こんな感じのやつ)は狂っている、壊れているような状態のキャラクターに使用しています。
 igyouminchoはあえてセリフを読めなくしたい時に使っています、理解したくない感じを演出するためです。igyoumincho2は比較的読みやすいのでセリフを読ませたい時に使っています。
 一部の特殊タグで読めなくなっているところは基本的に読む必要も、理解する必要もないところです。でも、一応コピーしたりすれば読めますよ。


-シロコ*テラー
 無差別な虐殺は反転して死の神となった彼女がやったもの。これは原作通りの流れ。

-名無し
 ようやく、正しい形で死ねた。生きる事への執着プライド、美学全て忘れてしまったが、ともかく彼の苦しみは終わった。それは“区切り”を意味する。
 最後に一瞬だけ、あの濁り切った楽園を思い出したのだろう。



書きたかった中でおそらく一番重いであろうシーンが終わりました。
ここ以上に暗いのは多分今後もう書かないと思う。


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