From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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嫌悪は消えない、傷も消えない
もちろん恨んでいる
だが


48.75 + 0.25i 話『和解』

 

 焼け付くような沈黙を打ち払おうと、緑色の彼女は懸命に明るい声を絞り出した。だが、荒野に漂う血の匂いと、灰色の存在の放つ凍てつくような嫌悪の視線が、彼女の言葉を虚空へと霧散させる。しばらくの沈黙の後、緑色の存在は切り出す。

 

「……良ければ教えてくれませんか。あなたたちの間に何があったのか。」

 

 彼女は、高身長の女性の目を見つめて率直に問うた。女性は濁った瞳を僅かに伏せ、掠れた声で肯定する。

 

「……あの子の言った通りだ。アタシは、アタシたちはあの子の仲間を殺した。……あの子のことも、殺そうとした。それだけだ。」

 

「でも、あなたはそんな悪い人には見えないよ! きっと、どうしてもそうしなきゃいけない理由があったんでしょ?」

 

 緑色の彼女の純粋な追及に、女性の唇が自嘲気味に歪む。

 

「……理由。それを口にすれば、言い訳にしかならない。アタシがやったことは、何があろうと消えない事実なんだ。」

 

 罪の重さを、”本当の理由”という安っぽい免罪符で薄めることを彼女の矜持が許さなかった。だが、その頑なな沈黙が、離れた場所でうずくまっていた灰色の存在を再び立ち上がらせる。

 

「……だったら、理由もなく殺したってわけか。なぁ、この人でなしが。」

 

 地面を這うような、低い嫌悪の滲んだ声。漆黒と白濁の双眸が、再び女性を射抜く。

 

「救いようのねえ化け物だな、ええ? ……自分の欲望のために、ただ他人を蹂躙した。そういうことなんだろ。」

 

「……ッ。」

 

 女性の表情が苦痛に歪む。灰色の存在は、止まらない血を撒き散らしながら、さらに一歩、残酷な踏み込みを見せた。

 

「お前の自慢の『妹』も、最後には愛想を尽かして逃げ出したんだろうな。」

 

 それは、彼女にとって最も触れられたくない、魂の聖域を土足で踏みにじるような言葉だった。

 

「ちょっと、そんな言い方……! いくらなんでもひどいよ!」

 

 緑色の彼女が慌てて割って入る。

 

 灰色の存在が、さらに鋭い毒を吐こうと唇を歪めたその時だった。

 高身長の女性の、張り詰めていた何かが音を立てて崩れ落ちた。

 

「……あの、世界の住民を……全員一掃すれば……故郷に、帰してもらえるって、そう言われたんだ……っ。」

 

 大粒の涙が、砂にまみれた彼女の頬を濡らす。戦場を蹂躙した「化け物」の仮面が剥がれ落ち、そこから現れたのは、ただ一筋の希望に縋って泥水を啜った、弱き一人の少女だった。

 

「みんなと一緒に……あの地獄みたいな世界から、元の世界に戻りたかった……それしかなかったんだ! 正しくないことなんて、分かってた……やりたくなかった……! でも、後輩を、何より妹を救いたかったんだよ……っ。」

 

 嗚咽が荒野に響き渡る。彼女は何度も何度も、砂を噛むように地面に頭を擦り付けた。

 

「アタシが悪い、全部アタシのせいなんだ……っ、すまない、いや、ごめん、ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」

 

 命乞いをするかのような、あるいは魂を削り出すような謝罪の言葉。

 緑色の彼女は、胸を締め付けられるような表情で彼女の傍らに跪き、震える頭にそっと手を添えて、無言で励まし続けた。

 

 その光景を、灰色の存在は、射抜かれたような目で見下ろしていた。

 

「……なんだよ、それ。ふざけんなよ……ッ」

 

 彼の声はもはや嫌悪よりも、行き場のない怒りと悲しみで煮え立っていた。

 謝られたかったわけじゃない。ましてや、こんな惨めな姿を見せられたかったわけでもない。

 

「これじゃあ、俺が……俺が悪いみたいじゃねえかよッ! 俺が癇癪起こしたガキみたいじゃねえか……っ!」

 

 彼は気づいてしまった。

 もし、自分の立場があの時、彼女と同じだったら。仲間の命を天秤にかけられ、他を全て殺せば救ってやると囁かれたら。自分は、高潔に拒絶できただろうか。

 

 否だ。自分もまた、大切な仲間を守るために、他を犠牲にする選択を幾度となく繰り返してきた。

 

 自分も、彼女も、変わらない。

 守りたいもののために地獄へ手を伸ばし、結局何もかもを灰にした、ただの愚か者だ。

 

「……ああ、クソ……クソッ……!!」

 

 灰色の存在は頭を抱え、行き場を失った感情を吐き出すように呻いた。

 相手を一方的に憎めるうちは、まだ楽だった。だが、相手の中に自分の鏡像を見てしまった今、彼の振るった拳は、そのまま自分自身の心を打ち砕く重りとなって返ってきていた。

 

 荒野に響くのは、喉を詰まらせたような嗚咽と、逃げ場のない魂が上げる呻き声だけだった。

 灰色の存在は砂の上にうずくまり、ただ独りで、内側から溢れ出す懊悩に身を焼いていた。死してなお、永遠に報われることのないこの人生。平穏を願うことすら許されず、どこまで歩いても“自分という名の地獄”が追いかけてくる。

 

 ひとしきり泣き崩れる女性を励まし終えたのか、緑色の彼女が静かに、灰色の存在の隣へと歩み寄った。

 

「……君たちに何があったのか、私は見てきたわけじゃないから、勝手なことは言えないよ。でも、きっとみんな……根っこは同じだったんじゃないかな。君も、あの人も、ただ誰かを救いたかったんだよ。」

 

「……そんなこと、気づきたくなかったんだよ。」

 

 灰色の存在は、砂を噛むような声で吐き捨てた。

 

「俺の大事な友達を殺した化け物……そんな“敵”と俺が大差ねえ奴だったなんて。そんな現実、知りたくもなかった。」

 

 敵への憎悪は、今や同族嫌悪へと変質していた。

 彼女を責めることは、そのまま自分の過去を断罪することに他ならない。相手が怪物であればまだマシだった。だが、彼女が自分と同じ、壊れた人間であると理解してしまった瞬間、復讐という名の救済は、永遠にその手から滑り落ちた。

 

 ギチ、ギチ、と嫌な音が鳴る。

 彼の内面の苦悶に呼応するように、四肢に巻き付いた灰色の鎖がより一層、肉を断つほどに強く彼を締め上げた。

 

 ふと、灰色の存在は自分に謝り続ける女性の方へと視線を向けた。

 そこには、彼女を囲むように、寄り添う十三人の仲間たちの姿があった。彼女らは同じ罪を背負い、同じ絶望を共有し、死後の荒野であっても決して独りではなかった。

 

 現実はどこまでも残酷だ。

 

 自分は、孤独だ。

 価値は皆消え、残ったのは仇敵と同じ地獄に立つ自分だけ。

 一方、全てを奪った側の彼女には、共に地獄を歩む『家族』が残っている。

 

 死んでなお続く、この徹底した不条理。

 なぜ、いつも自分ばかりが。なぜ、自分だけが何も持たずに、ただ鎖に縛られていなければならないのか。

 

「……。」

 

 灰色の存在は、誰にも見られないように深く、深くうずくまった。

 両目から溢れ出す血涙を、砂の中に隠すように。

 

 緑色の彼女が差し伸べた”理解”という名の呪いは、今の彼にとっては、凍えた傷口を抉る何よりも鋭い刃であった。

 

「君が許せないものには、自分も含まれているんだね」

 

 緑色の彼女が呟いたその言葉は、誰にも触れさせたくなかった灰色の存在の核心を、優しく、けれど確実に射抜いていた。

 

 運命という名の巨大な歯車に巻き込まれ、傷を負い、その傷が癒える間もなく次の戦いへと駆り出されてきた人生。進めば進むほど心は削れ、その欠落は二度と埋まることはない。そんな救いのない生を、一体どうしてまだ進まなければならないのか。

 

 彼はうずくまったまま、耳に届き続ける声を聴いていた。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」と、震えながら繰り返される謝罪。その姿は、かつて世界を焼き尽くした”化け物”などではなく、ただ過ちに怯え、赦しを乞う迷子そのものだった。

 

 ふと、灰色は気づく。

 彼女の背後に控える仲間たちもまた、同じ虐殺に加担した共犯者だ。だというのに、彼女は誰を責めることも、責任を分かち合うこともしない。ただ独りで、すべての罪の泥を被り、仲間の代わりに盾になろうとしている。

 

「(……お前は、一人で背負おうとしてるのか。こんな死後の世界でまで。)」

 

 その歪な献身は、先ほど彼が後悔した”自分一人の力でやり切ろうとした過ち”そのものだった。

 灰色の存在は、重い鎖の音を響かせ、ゆっくりと立ち上がった。そして、膝をつき、砂に頭を擦り付けている女性へと歩み寄る。

 

 彼女を見下ろす灰色の顔。そこには、死後硬直のような強張りが消え、人間としての表情が戻っていた。

 

「……お前のことは、今でも嫌いだ。」

 

 第一声は、吐き捨てるような嫌悪だった。

 

「今でも恨んでる。顔も見たくないし、正直に言えば、今すぐにでも消えてほしいと思ってる。」

 

 剥き出しの嫌悪に、女性は再び罰を待つように身を縮める。だが、続く”彼”の声には、先ほどまでの刺々しい熱はなかった。どこか諦めたような、あるいは残酷な運命をすべて受け入れたかのような、深く穏やかな響き。

 

「……だが、俺はお前を許すよ。」

 

 女性が、虚を突かれたように顔を上げた。

 再び殴られるのを、あるいは永遠の呪いを宣告されるのを覚悟していたその瞳に、信じられないといった驚愕が広がる。

 

「……ッ、何、を……。アタシは、お前から、全部を奪ったんだぞ……?」

 

「ああ、だが……いや、だからもう終わりにしたいんだ。」

 

 それは、彼女を聖人のように赦したのではない。

 自分自身を縛り続けてきた”憎悪”という名の鎖を、自らの意志で断ち切るための、悲しくも力強い離別の決断だった。

 

 灰色の存在は、無言のまま震える女性へと片手を差し伸べた。

 女性は、自分の目を疑うような戸惑いを見せながらも、恐る恐るその手を掴む。

 

 その瞬間、彼女は息を呑んだ。

 掴んだ手には生きた人間の温度など欠片もなく、驚くほどに細い。どこか子供のようであり、女のようでもある、あまりにも脆い手。

 

 自分と比べてこんなにも小さい手。

 

「……あ、ああ……っ。」

 

 女性の瞳から、再び涙が溢れ出した。それは自らの罪の重さを再認識した苦悶と、あまりに不条理な“許し”がもたらした、救いようのない安堵の涙だった。

 

「さっさと立て、このデカ女。いつまで地面と睨めっこしてやがる。」

 

 灰色の存在は乱暴に手を引っ張り、彼女を無理やり立ち上がらせた。呆然と立ち尽くす女性の手を、彼は汚いものでも払うかのように、乱暴に振り払う。

 

「もう終わった。言いてえことは、これで全部だ。……さっさと行っちまえ。」

 

 彼はあっちへ行けと言わんばかりの仕草を向け、背中を向けた。

 女性は、そのぶっきらぼうな背中を見て、確信した。彼はただ自分を免罪したのではない。自分を縛り、心を蝕み続けてきた憎悪の因縁を、この場所で強制的に終わらせたのだ。それが、彼が未来へと一歩を踏み出すための、たった一つの、そして最も受け入れ難い険しい方法だった。

 

「……行くぞ、アホ毛。」

 

「アホ毛……って私のこと!?」

 

 彼は立ち止まることなく緑色の彼女に声をかけ、再び歩き出した。

 だが、数歩進んだところでふと思いついたように足を止める。彼は振り返ることなく、背後の静寂に向けて、掠れた声で呟いた。

 

「……あぁ、そうだ。」

 

 立ち尽くす女性とその仲間たちが、固唾を呑んでその言葉を待つ。

 

「……アテナはもう死んだ。……早く見つけに行って、あいつにも謝ってやれ。ずっとほったらかしてたんだろ。」

 

 かつて彼女たちが愛した”妹”の名。そして壊れてしまった少女の名。

 それを託された女性は、天を仰ぎ、声を殺して泣いた。

 

「……ごめんなさい。」

 

「でも、ありがとう……。」

 

 掠れた感謝の言葉が、遠ざかる灰色の鎖の音に混じっていく。

 灰色の存在は、その声に一度も応えることはなかった。ただ、隣をふよふよと舞う緑色の光に導かれるように、色のない砂漠の先へと足を進めていった。

 

 憎悪の幕引きは、あまりに無愛想で、あまりに静かなもの。

 それでいいのだ。派手な終わりなんて場違いも甚だしい。

 

 灰色の存在の鎖がいくつか消える。足取りが軽くなった。

 だが、それでもまだ浮かない表情を浮かべている。

 

 なぜ苦しまなくてはならないのか、なぜ傷を負わなければならないのか。

 

 死んでもなお考える。生きるとは何か。

 

 色亡き存在は、問いを得た。

 

 

 

 

------------------

 

 

 

 

 二人の足跡は、砂漠を抜けて巨大な工場跡へと続いていた。

 そこは、かつて高度な文明がうねりを上げていたであろう鉄の墓場。剥き出しのクレーンは首を垂れ、製造ラインのベルトコンベアは無残に引き裂かれている。ロボットの残骸や兵器の端材が転がる光景に、緑色の彼女は物珍しそうに視線を泳がせていた。

 

「すごいね……ここ、全部ロボットの工場だったのかな。なんだか、大きな生き物の骨の中にいるみたい」

 

「工場も死んだらここに来るんだな。」

 

 灰色の存在は、引きずる鎖を鉄の床に響かせながら冗談をこぼした。実際、工場が生命扱いなのかどうかはまた別の話。

 

 幾つかの区画を練り歩き、薄暗いスペースに出た時だった。

 澱んだ空気の中に、場違いな”光”が灯っていた。

 

「……あ、見て! 自販機があるよ!」

 

 それは、紙コップにコーヒーを注ぐタイプの自動販売機だった。だが、周囲の設備がすべて沈黙している中で、その一台だけが鮮やかにライトアップされている。パネルには誇らしげに『最新AI搭載モデル』という文字が踊っていた。

 

「自販機か。」

 

「自販機だねぇ。……って、あれ?」

 

 緑色の彼女の声が、不安げに震えた。

 ここは死後の世界だ。動力源などどこにもない。ましてやこの工場そのものが死んでいるというのに、なぜこの機械だけが、まるで客を待つように稼働しているのか。

 

「なんでこの自販機だけついているの……?」

 

 不穏な空気を感じ取った灰色の存在が、自販機を乱暴に蹴り上げた。

 その瞬間、ガコンと大きな音が響き、買ってもいないのにスピーカーから明るい合成音声が流れ出す。

 

[ご購入ありがとうございます! 美味しいコーヒーを飲んで、どうか今日もいい一日を!]

 

 明るすぎる声は、故障した蓄音機のように何度も繰り返される。

 

[……今日も……優しい……ブレンド……元気……]

 

 音声は次第にノイズにまみれ、狂ったような速度で再生され始めた。明滅する自販機のライトが、二人の影を不規則に揺らす。灰色の存在は、反射的に拳を固め、重心を低くした。

 

「……“何か”がいる。」

 

 

 





 正しく過去を清算した。憎悪の根源、連鎖と因縁がようやく終わる。

 問いが浮かんだ。なぜ苦しまなければらないのか。なぜ傷を負うのか。


[補足]
-高身長の女性
 女性とは言っているものの、精神はまだ高校生ほど。彼女らは時間の経過で年齢だけ大人になってしまった。地球で目覚める前、元は先生が来るよりもだいぶ昔の時代のゲヘナの不良生徒だった。名前は明記しないが、姓は高落。

-高落アテナ
 本当は彼女のバックストーリーを描写する予定だったけど、省略したためここで補足。物心ついた時からゲヘナ自治区にいた、というより捨てられていた孤児。なのでどこの学園の生徒でもない。本人は自分には白い翼という身体的特徴があるため、周りから言い聞かされて自分はトリニティ出身だと思い込んでいるが本当はアリウスのロイヤルブラッドの系譜。なのでアツコの先祖のそのまた親戚の可能性が高い。ある年、生徒会長になる事が確定していた子が生まれてくる日。だが、いざ生まれてきたものは双子であった。そのため面倒になる前に捨てられた片割れが彼女。奇跡的に彼女は拾われて、庇護のもとで育ち、学園にあこがれる日々を送っていた。



 第0章とか書いてた当初はここまでこのオリキャラ引っ張るとは思ってなかったですね。自分の中でこの作品で何がしたいかが明確化していく内にどうでもいいキャラじゃなくなっていた。

 前書きがおかしくなってたので修正。
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