From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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列車は逆走する
奇跡の物語へ遡るための路線の上を


49 - 0.1i 話 『あまねく奇跡の始発点へ』

 

 名もなき存在は、黙々と作業を続けていた。

 電車の外壁を補強し、内装のひび割れを”性質”の力で埋めていく。本来、物理法則の存在しない精神世界において、ここまで厳重に車両を修復することにどれほどの意味があるのかは彼にもわからなかった。だが、水色の少女に言わせれば、次元を越境する際の形式的にリスクを最小限に抑えるための、不可欠な儀式なのだという。

 

 鉄を打つ硬質な音が響く中、彼はふと思いついた疑問を口にした。

 

「……なぁ。もし、予定通り俺が生き返ったとしてだ。その場合、俺はどこに行きつくんだ?」

 

 作業の手を止めずに放たれた問いに、車内に座る水色の少女が静かに答える。

 

「……どこに行きつくかは、私にも分かりません。ですが、キヴォトスである可能性が極めて高いと思います。」

 

「キヴォトスか。……じゃあ、結局みんなが死に絶えたあの場所にまた戻るのかよ。憂鬱な話だな。せいぜい、あいつらの墓でも立てて回るか。」

 

 自嘲気味に吐き捨てた彼の言葉。その背中に向かって、水色の少女は微かな沈黙の後、誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。

 

「……そんなことには、なりませんよ。」

 

 その呟きは、確信に近い響きを持っていた。だが、彼には届かない。

 作業を進めていた名もなき存在は、突然、何かに気づいたように顔を上げた。その瞳には、子供のような無邪気さが宿っていた。

 

「いや待てよ。……どうせ生き返るんなら、カプラエやマルム、サオリや他の死んだ奴らも全員まとめて連れて行けばいいんじゃないか? 幸い、エネルギーは腐るほどあるんだ。一人も百人も変わらねえだろ。」

 

 水色の少女は悲しげに首を振った。

 

「……それをするには、気の遠くなるような、途方もない時間がかかるかもしれません。それに、私たちがやろうとしていることは……『今』じゃないといけないんです。」

 

 彼女の視線は、目に見えない砂時計の最後の一粒を追っているかのようだった。

 

「残念ですが、無理な話ですよ……。」

 

 本音を言えば、彼女には一刻の猶予もなかった。彼という異物を、この世界のバグである彼という存在を、特定のタイミングで現世に送り込まなければならない理由。それが彼女の抱える最後の使命だった。

 

「そうか……。」

 

 彼は深く、重い溜息を吐き出した。

 期待したほど甘い話ではないらしい。

 

「まぁ、普通は生き返りなんて概念自体が存在しねえんだ。贅沢を言ってもしょうがねえか。」

 

 彼はそう言って、自分を納得させるように無理やり現実を飲み込んだ。

 かつての仲間たちの影を振り切るように、彼は再び鉄を叩く音を荒野に響かせ始める。

 

 電車の修復作業もいよいよ終盤に差し掛かり、車内には火花と鉄の匂いが充満していた。名もなき存在は、歪んだ手すりを真っ直ぐに叩き直しながら、ふとした疑問を口にする。

 

「そういや……あんたは一体”何”なんだ?」

 

 その問いに、水色の少女は膝を抱えたまま、視線だけを彼に向けた。

 

「ここにいるってことは死んでるんだろうが、あんたには”輪っか”がある。ほかのやつらにはなかった。本当に何者なんだ、あんたは。」

 

 それは、この世界を歩き回ってきた彼が抱いた、最も素朴で、かつ核心を突いた疑問だった。キヴォトスの住人にとって死とはヘイローの消失を意味する。だというのに、彼女の頭上には依然として、淡く透き通った光の輪が浮かんでいる。

 

 水色の少女は、少しだけ間を置いて、静かに答えた。

 

「……あなたと同じですよ。色んなことに失敗してきちゃった、ただの人です。」

 

 その抽象的な答えに、彼は一瞬だけ作業の手を止めて振り向いた。

 

「いや、そういう話じゃなくてだな……」

 

 もっと具体的な正体についての答えを求めて真面目に問い直そうとした彼だったが、彼女はそれを遮るように、小さくいたずらっぽく微笑んだ。

 

「女の子には、一つや二つ秘密があるものですよ?」

 

 さらりとはぐらかすようなその物言いに、名もなき存在は一瞬だけしかめっ面をして、すぐに作業の方へ向き直る。

 

「あんたのことが理解できない。」

 

「……そういや先生、あいつも最初はそうだったか」

 

 ふと思い出すかのように、名もなき存在が独り言を漏らした。

 その”先生”というワードに、水色の少女の肩が微かに跳ねる。彼女は何も言わず、けれど全神経を集中させるようにして彼の独白に耳を傾けた。

 

「俺は、あいつのことが理解できなかった。……なんで誰彼構わず、裏もなく優しく接して、平気な顔で手を差し伸べられるのか。正直、気味が悪くて仕方がなかったんだよ。根本的な回路が、俺たちとは違う生き物だと思ってた」

 

 彼は手を動かし続けながら、過去の疑問を吐き出す。水色はそれを、静かな湖面のような瞳で聞き入っていた。

 

「だが、最後に話したとき……なんとなく、理解できたような気がしたんだ。俺もあいつも、結局は似た者同士だったんじゃねえかってな。」

 

「……それは、どういう意味ですか?」

 

 水色の少女が思わず問い返す。

 あの日、すべてを託して散っていったあの”大人”と、目の前のすべての地獄の中心にいた”怪物”。正反対に見えるあの人と自分のどこに共通点を見出したのか。

 

「あいつは、生まれつきの聖人君子だったわけじゃねえと思うんだ。ただ……『善き人であろう』としてたんじゃないかって思うんだよ。そう在りたいからそうする。そこに高尚な理由なんてなくて、ただそうすることが、あいつにとっての『自分らしさ』……いや、『先生らしさ』だっただけなんだろうな」

 

 彼は自らの掌を見つめ、どこか遠くを見つめるように言葉を継いだ。

 

「理想像があったのか、それともただの意地か。……とにかく、自分を自分として保つために、あいつは最後まで『先生』をやり通した。俺がただ漠然と生きて、それでも『楽園』を目指し続けたいと思ったのと同じだ。理屈じゃねえ、ただの執着だよ。」

 

 その言葉は、水色の少女の胸に深く、鋭く突き刺さった。

 

 大人でも子供でもない、己を定義し直した中途半端な存在は言葉を続けた。

 

「不思議だよな。自分とは真逆の、住む世界が違う奴らばかりだと思っていたのに……。こんな場所にまで来て、今更共通点めいたものに気づくんだから。」

 

 彼は車内を見渡す。

 

「『自分は周りとは違う』っていう事実を意識しすぎて、似ている点を探そうともしなかった。……他人なんてのは理解できなくて、自分とは全く違う何かに見えるもんだが、皮肉なことに、そいつらが時に自分の『鏡』になるんだよ。本当に、変な話だがな。」

 

 それは、数多の戦場を駆け抜け、他者を踏みにじり、そして踏みにじられてきた彼が、ようやく辿り着いた”孤独の終わり”の予感だった。ごく当たり前で、深淵を覗き込んでようやく掴んだ真理の片鱗。

 

 彼の独白を聞きながら、水色の少女の脳裏にはある一節が浮かんでいた。

 

「(……理解できない他人(もの)を通じて、(たがい)の理解を得る方法。)」

 

 彼女が思考を巡らせていると、名もなき存在は作業の手を止め、彼女を真っ直ぐに見据えた。

 

「あんたが自ら正体を明かさない限り、俺はあんたのことは分からないままだ。……だが、もしかしたら。この先、そのうちあんたの『本質』くらいには、気付けるのかもな」

 

 その言葉は、彼女の秘密を暴こうとする脅迫ではなく、いつか対等な存在として向き合える日が来ることを予感させる、不思議な響きを持っていた。

 

 水色の少女はこの時、確信した。

 この存在は、世界を焼き尽くし、血塗られた人生を歩んできた恐ろしい”怪物”などではない。

 絶望に抗い、理不尽に怒り、それでもなお”自分”であることから逃げず、諦めきれない。誰よりも生々しい『人間性』を抱えた、一人の人間なのだと。

 

「……そう、かもしれませんね。いつか、あなたが私を見つける日が来るのかも。」

 

 少女は静かに微笑み、僅かに頷いた。

 

 

 

 

------------

 

 

 

 

 全ての準備が整った。

 名もなき存在は、重厚な装甲へと生まれ変わった電車の屋根の上に仁王立ちし、色のない風を一身に受けた。その姿は、荒野を征く略奪者のようでもあり、地獄の門を抉り開く先導者のようでもあった。

 

「準備はできたぞ! これで線路を現在進行形で生成しながら進む!」

 

 彼の咆哮が、音を失った世界を震わせる。彼は車内に向かって、さらに声を張り上げた。

 

「向かう先を言え! 操作はあんたに任せる!」

 

 その呼びかけに、車内で計器を操る水色の少女が凛とした声で応じる。

 

「分かりました。……座標を固定、方向を指定します。では、お願いします!」

 

「あわわわ、ついに、ついに始まっちゃうんだね……っ!」

 

 緑色の彼女は、これから起きる次元の激突を予感してか、座席の隅で小さくなって震えていた。

 

 直後、名もなき存在の全身から、凄まじい白い光が噴出した。

 無限のエネルギーが、彼の『純粋』の部分の本質を通じ、構築の力へと変換される。

 

「行くぞッ!!」

 

 彼が足元の鉄塊を強く踏みつけると、電車の車輪の下から、眩い白銀の線路が猛烈な勢いで前方へと射出された。

 それは本来、この死後の世界には存在し得ない”道”。それを、水色の少女がどういう手段を用いたのか、彼女の意志が羅針盤となり、線路は虚空を自在にうねりながら未知の座標を目指して伸びていく。

 

「さあ、出発しましょう!」

 

 水色の少女が、絶望に塗り潰されたこれまでの幾星霜を振り払うように、高らかに宣言する。

 

「この『必然』が吹き溜まった終着点から、『奇跡』が巡る始発点へ!」

 

 ガコン、と巨大な衝撃が走り、死んでいた鉄の塊が咆哮を上げた。

 電車は猛烈な加速と共に動き出し、水平線など無視して、色のない空に向かってそそり立つ線路の坂を逆走していく。

 

 重力を否定し、運命を否定し、死という結果すらも覆そうとして。

 列車は、天を衝く一条の光となって、虚無の空へと突き進んでいった。

 

「速度が足りません! このままでは次元の障壁を突破できません!」

 

 加速の衝撃に耐えながら、水色の少女が悲鳴に近い声を上げた。車体は激しく軋み、時空の摩擦で外壁が赤熱していく。

 

「っしゃあ! なら、いくらでも上げてやるよッ!」

 

 電車の屋根の上、名もなき存在は荒れ狂うエネルギーの奔流を素手で掴み、動力源へと力任せに流し込んだ。内側から溢れ出否定の熱量が、爆発的な運動エネルギーへと変換される。

 

ひぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいん! 速すぎるよぉぉぉぉ!!

 

 緑色の彼女の絶叫を置き去りにして、列車の速度は音速の壁を容易く突き破った。色のない空が、ガラス細工のように無残に砕け散る。

 次元を抜けた先。そこに広がっていたのは、虚無の砂漠とは対極にある、きらびやかな星々の海だった。

 

ハハッ! とんでもねえ銀河鉄道だなおい!

 

 暗黒の宇宙を背景に、自身の敷いた白銀の線路が星屑のように輝く。その美しさに、彼は爽快な笑い声を上げた。

 

「『奈落(Τάρταρος)』の領域を抜けました! これより『方舟(Κιβωτός)』の領域へ向かいます! その『権限』を持って、次元の障壁を突破してください!」

 

 水色の少女の叫びが、意識の直接通信となって脳内に響く。

 名もなき彼は、前方に立ち塞がる目に見えない”世界の壁”を見据えた。彼は両手を天に構え、自販機から得た知識、そして己の全存在を一点に集中させる。

 

 一時的なものか、あるいは性質の真価が呼び覚まされたのか。

 彼の頭上に輝きを放つヘイローが顕現したのだ。同時に、髪は汚れなき純白へと変質し、光を帯びてなびく。

 その姿は、かつての”幼子”そのもののようであった。

 

ぶち抜けッ!!

 

 神秘を得た一撃。次元の理を塗り替える絶対的な『権限』が、世界の壁を紙細工のように引き裂いた。

 銀河の闇を抜け、列車は透き通った青い光が満ちる高次空間へと突入する。そして視界が明るさに眩む。

 

 眩い白光に灼かれた視界を、名もなき存在はゆっくりとこじ開けた。

 

 そこは、どこまでも透き通った水面が広がる世界。その上空を、明け方のような、あるいは黄昏のような、淡く美しい光を湛えた空を列車は駆けていた。まだ現世ではない、次元の狭間。けれど、先ほどまでの色のない死界とは比べものにならないほど、生命の予感に満ちた場所。

 

「……突然ですが、私はこの場所にとどまって、やらなければならないことがあるんです。」

 

 電車の中央、水色の少女が静かに告げた。その瞳はどこか遠く、けれど確かな未来を見据えている。

 

「あなたたちが本当にキヴォトスに向かうなら……ここでお別れですね。」

 

 淡い微笑に混じる、隠しきれない寂寥。彼女の言葉を聞き、名もなき存在は屋根の上から窓を蹴って車内へと戻った。

 

「お別れ? ……じゃあ、俺たちはここからどうすればいいんだ。まだ空の上だぞ。」

 

 水色の少女は、まっすぐ地平線の先を指差した。

 そこには、より鮮やかな、より透き通った青空が広がる方角があった。

 

「あそこを、まっすぐ飛んで行ってください。……ですが、この電車は、あの人やあの子のたちのためにまだ私に必要なので……。」

 

 彼女は一瞬、いたずらっ子のような表情を浮かべて言い放った。

 

……ここから飛んでください!

 

えぇぇぇぇ!? 無理だよぉぉ!

 

 緑色の彼女が絶叫し、ガタガタと震える。だが、その横で名もなき彼は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

「……そうか。分かった。」

 

 彼は迷いなく緑色の彼女の脇腹を片腕でがっしりと抱え込み、全開になった窓枠に足をかけた。

 

「じゃあな。……まぁ、機会があったらまたどこかで会おうぜ。」

 

「アホ毛、フライトの準備はできたか? シートベルトは締めたか? あるかわかんねえが舌噛むんじゃねえぞ?」

 

 腕の中で暴れる緑色を意に介さず、白髪の存在は、かつて絶望の底にいた者とは思えないほど自信に満ち溢れた声で宣言した。

 

ええ!? ちょっと、本当にやるの!? 無茶だよ、死んじゃう、もう死んでるけどもっと死んじゃう!

 

いいや、今なら俺は何でもできる!飛ぶことだってなッ!

 

 言うが早いか、彼は無謀にもその身を空へと投げ出した。

 自由落下。空を切り裂く音。絶叫する緑色の声。

 

 重力に魂が引かれるその刹那、彼の背中から肉を突き破るような感覚と共に、何かが猛烈な勢いで展開される。

 

 それは、眩いばかりの純白の翼。

 

 ハヤブサの翼に酷似した、鋭く、気高く、強靭な羽ばたき。

 神秘を纏い、死を渡り、生へと手を伸ばす。彼は巨大な翼で次元の風を切り裂き、まっすぐに、あの青い青い空の境界線へと突っ込んでいった。

 

俺は、なんだってできるんだ

 

 青い次元の壁がガラスのように砕け、その先から溢れ出す圧倒的な光が、二人を包み込んでいく。

 

 そこで意識が、真っ白に染まった。

 

 

 







[補足]
-水色の存在 
 連邦生徒会長。終焉を迎えるたびに、なんども新たな世界線を作り、やり直すという試行を繰り返してきた。そのうえでやり直すたびに何かしら改変を加える為に代償を払いすぎた。結果、生きることも死ぬこともできなくなりあの電車に幽閉されていた。最終的に彼女はこの場所に留まり、自身がアロナとなる分岐をつくった。(あくまでこの二次創作における設定。)

-死を渡る翼
 アベルの時に絶対者になりかけた時の名残の部分、つまり名無しの背中にあった千切れた翼の根っこのような部分から神秘を顕現させたもの。なぜハヤブサの翼なのかというと理由があります。
 彼はかつて『ホルス』の神秘を吸収したことによってエジプト神話を由来とする神秘・恐怖と繋がった。彼の能力は歪みや模倣なので、そうした概念を偶然模倣することに成功したためこのような変化が起きています。エジプト神話におけるハヤブサは死後の世界を旅し、再生・復活を司る聖なる鳥で、現世(生)と来世(死後の世界)を自由に行き来し、魂を導くシンボルのようです。蘇りというテーマにピッタリだったんですよね。

-名無しのヘイロー
 一時的に得たもの。この時は髪がアベルのような色合いになり、左目がアリスのように青く輝く。神秘に満ち溢れるという、テラー化の逆をイメージしてる。一瞬だけの無敵状態。




 第4章はあらかじめ何話構成か、それぞれの話でどんなイベントが起きるのか、を決めてから書き始めたのでめちゃくちゃコンパクトになってます。あんまキヴォトス外とかいうブルアカから離れた場所の話を長引かせたくない、けどちゃんと描写したい展開がある……それでこんな感じになったという経緯があります。あらかじめ細かく決めておくと書きやすいですね。


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