From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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長い道のりに小さな積み重ね、その連続


53話『落ち穂を拾う』

 

 砂漠の地平線をなぞるように、彼らは歩みを進めていた。

 道中、かつての交通網であった駅や線路の残骸を辿ることもあったが、いくつかの駅では作業員や見慣れない制服の者たちによる復旧作業や改修工事が行われていた。熱心に働く彼女たちの姿を遠くから視界に収めると彼は無言でルートを変え、人目のつかないように瓦礫へと身を潜めながら進んだ。

 

 砂漠の沈黙が続く中、ある朽ち果てた駅舎の影を通り過ぎたときだった。

 

『……あ。』

 

 彼女の意識が、ふと何かに引っかかったように揺れた。

 

『ここ……前にも来たことがある気がする。そういえば、私……この砂漠のいろんな場所で、ずっと何かを探してた気がするの。』

 

 彼は足を止め、ガスマスクの奥で眉を寄せた。

 

「何かを探してた? 休む場所とかか?」

 

『ううん、もっと大事なもの……価値の高いもの。そうだ……! 私、『宝探し』をしてたよ!』

 

 脳内で彼女が嬉しげに、そして懐かしげに声を上げた。

 彼の中に、”宝探し”という単語が響く。どこかで一度聞いた言葉だ。

 

「……宝探し、か。なるほどな」

 

 彼は少しだけ口角を上げた。ただの廃品回収ではない。彼女の中にあったのは、夢や目標のようなものだったのかもしれない。だが、次の瞬間、彼女の声は少しだけ曇った。

 

『……でも、なんであんなに必死に値打ち物を集めようとしていたんだっけ。それに、探している間……私だけじゃなくて、誰かが一緒にいた気がするんだよね。』

 

 彼女の記憶はまだ霧の中にある。誰と何のために。その肝心な部分だけがどうしても手繰り寄せられない。

 

 それでも、彼は嬉しそうに呟いた。

 

「なんだ、結構思い出せるじゃねえか。十分だ、その調子で行こう。」

 

 彼にとって、彼女が何かを思い出そうとすることは、生きる価値の証明のように感じられた。少しだけ肩の荷が下りたような気分で、彼は砂を蹴る。

 

 閉鎖地区を抜け、また次の場所へ。自分たちが成す流れのままに進む。

 

 アビドスの街にたどり着く。ここには人がいる。

 

 彼はガスマスクの奥で深く溜息をつき人混みを縫うように歩いていた。隣を歩く彼女は今のこの平和な日常という名の宝の山を、目を輝かせて眺めている。

 

「見て見て! リュックサック型の水筒だって!」

 

 雑貨屋の店先に並べられた、やけに派手なデザインの水筒を彼女が指差した。

 

「(……夏のユニバーサルなテーマパークとかでこれに水鉄砲ついたやつ売ってた気がする。あれとそっくりじゃねえか。……ていうか、これ絶対重いだけだよな。)」

 

 その具体的なイメージは、当然ながら筒抜けだった。

 

『……便利そうじゃない?』

 

「(いや、ガチで使いづらそうだぞ。どう考えても給水時に重くて重心崩すしチューブがすぐカビそうだし、何より過剰包装のクソみてえな出来だ。)」

 

 彼女がむすっと唇を尖らせる。彼女によって勝手に動いた唇に彼は呆れたように肩をすくめた。

 

「……えっ、これ本気で欲しいのか? 悪いことは言わんが、やめとけ。高いわりに大したことねえし、背負って走ったら邪魔になるのがオチだ。第一今の俺たちには金が無い。」

 

 彼が冷徹な現実を突きつけると、彼女は少しだけ悲しげに、けれど懐かしむような表情を浮かべた。

 

『ひぃん……なんだか、昔”誰か”に同じようなことを言われて られた気がするよぉ……。』

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼の胸の奥が小さな衝撃で揺れた。彼女の記憶の霧が少しだけ晴れたような気がして。

 

「……誰か、か。お前の記憶においてその”誰か”が重要だったってことだな。」

 

 彼は歩みを止め、少しだけ優しく言葉を継ぐ。

 

「そいつは、お前にとって親しい奴だったんだろ。……いいヒントだ。その『誰か』、お前の記憶にかなり大きく関わっていそうだな。」

 

 彼女は少しだけ切なそうに、けれど満足げに微笑んだ。

 

『うん……誰だったかは思い出せないけれど、何だかすごく懐かしくて、温かい気分になるの』

 

 彼女の抱く温かい記憶。それに関わるのは一体誰なのか彼には分からない。だが、この街を歩くことが彼女の記憶の凝りを溶かしていることは確かだった。

 

「よし、どんどん歩こうぜ。また何か、思い出せるかもしれないからな」

 

 彼は人混みの中へと混ぜってく。

 

 次に彼らが足を踏み入れたのは『ブラックマーケット』と呼ばれる無法地帯だった。

 連邦生徒会の統治が及ばないこの場所は退学や休学した生徒たちが集い、巨大な闇市場が形成された場所である。錆びついた鉄骨とネオンサインがひしめき合い、武器、情報、身元不明の物資が平然と行き交う、文字通りのルール無用な犯罪の温床だ。

 

 泣いて詫びている弱者に対して冷徹非情にぶちのめす精神(メンタル)こそが"強さ"だと信じている野蛮人達の巣でもある。

 

 ガスマスクを被り、背中に防弾盾を背負ったミントグリーンの髪の少女。その異様な風体も、この掃き溜めのような街ではさほど目立たない。彼は行き交う不逞浪士や闇商人を冷めた目で見つめながら、ふと口を開いた。

 

「……一人デートしてる気分だ。変だろ。」

 

 突拍子もない冗談に、内なる彼女が面食らったような声を上げる。

 

『えっ、ど、どうしたの急に……? でも、確かに言われてみれば……誰かと歩いてる感はあるけど。体は一つだし……デートっていうのかな……?』

 

 戸惑う彼女に対し彼は自分の両手を合わせた。グローブ越しに伝わる、自分自身の体温。

 

「ほら見ろ。こうすれば手繋ぎデートもできるぞ。」

 

 少女の体を使って演じるシュールな独り芝居。

 

「それでこうすれば……。」

 

 両手の指を絡める。

 

『恋人繋ぎだね……。』

 

 彼はさらに指を複雑に組み合わせる。

 

「更にこうすれば……。」

 

『伏魔御廚子だね……。」

 

「いい機会だ。教えてやる。本物の呪術というものを。」

 

 一人で声マネをしながら掌印を結んだ。

 

『あはは! なにそれ、面白いことを言うね!』

 

 彼女は脳内で屈託なく笑い転げた。一人の体に二つの魂。客観的に見れば不気味で孤独な光景かもしれないが、これが彼らにとってのコミュニケーションなのだ。

 

 ネオンの光が毒々しく明滅するブラックマーケットの路地裏。湿った空気と排気ガス、そして得体の知れない薬品の匂いが混ざり合う場所で、その騒ぎは起きた。

 

「待て!」

 

 荒っぽい野太い声と、コンクリートを蹴る硬い足音が響く。視線の先ではトリニティ総合学園の制服を着た一人の生徒が、数人の不良たちに追い詰められていた。

 

「う、うわああ! まずっまずいですー!! つ、ついてこないでくださいー!!」

 

 彼女はパニック状態で逃げ惑っている。路地裏の常、日常茶飯事の風景だ。彼はそれを見て、鼻で笑った。

 

「……いつも通りやってんなぁ。」

 

 彼はそのまま通り過ぎようとした。だが、その足は一歩も前へ進まなかった。身体の共有、つまり彼女にも体を動かす権利があるということ。

 

『だ、だめだよ……! 助けなきゃ!』

 

 彼女は彼の足を止め続ける。

 

「分かった、やるか。」

 

 彼は素直に向き直り、背負っていたバリスティックシールドを引き抜いた。ガスマスクの下で彼の口元がにやりと歪む。正義感ではない、どちらかといえば”彼女がそれを望んだから”だ。ただ、どうせやるなら”面白く”やるという遊び心が鎌首をもたげた。

 

「今度はもっと”応用的”な戦い方をするか。」

 

 彼は走り出した。加速しながら、盾を水平に投擲する。

 防弾盾は不良の一人の腕に突き刺さるように角でぶつかる。それに思わず不良は武器を落としてしまう。。

 

 不意を突かれ、唖然とする不良たち。だが、盾はその勢いを殺すことなく、彼の性質による運動エネルギーの回帰によって空中で弧を描き彼の右腕へと正確に舞い戻ってきた。

 

 彼は戻ってきた盾を空中でキャッチし、その慣性を全て右腕のラリアットに転換した。

 防御のための盾がそのまま質量兵器と化す。そして武器を落とした不良の首元に、盾の縁が強烈な衝撃として叩き込まれた。

 

 ズドンッと鈍い音と共に不良は吹っ飛び、コンクリートの壁に叩きつけられてそのまま沈黙する。

 

「おい、トリニティ生。今のうちに逃げとけ」

 

 彼は振り返りもせず、背中越しに短く合図を送った。追われていた生徒は、恐怖に震える足で立ち尽くしそうになりながらも、反射的に頭を下げた。

 

「どなたか存じませんが、あ、ありがとうございます!」

 

 少女は乱れた服装を翻し、路地の向こうへと駆け去っていった。

 残された不良たちは呆然としながらも、すぐに怒気を含んだ表情へと変わる。

 

「な、なんだこいつ!? ……ぶっ殺してやる!!」

 

 一人が回転式多銃身の機関銃を乱暴に構え、トリガーを引き絞る。激しい連射音が路地裏を埋め尽くすが彼は顔色一つ変えなかった。

 彼は盾を投げ、性質によって空間に固定する。銃弾は空中の鉄塊に弾かれ、火花を散らした。

 

「今なら俺はキャプテン・キヴォトス名乗ってもいいかもしれねえな。」

 

『戦っている途中に何言ってるの!?』

 

「頑張ればアベンジャーズ組めるぐらいは人数集まると思うぞ。」

 

「戦っている途中に何言ってんだお前!!」

 

 傍から見れば意味不明なことを言い続けている不審者なので不気味極まりない。

 

「チッ、盾一枚で防ぎやがって!」

 

 銃口がこちらへ向けられた刹那、彼は固定された盾に向かって走り、それを強引に踏みつけ空高く跳躍した。重力から解き放たれたかのように、彼は不良の懐へと一気に飛び込む。

 

 振り抜かれた足が不良の頭部を正確に捉えた。鈍い打撃音が響き不良は崩れるように地面に沈む。

 

「チィッ、なんだって虎腿蹴(タイガー・シュート)なんか打てる奴がいるんだよ」

 

 残った最後の一人が恐怖を押し殺すように拳銃を抜き、震える手で彼へ向けた。仲間二人を瞬時に屠られ戦意と焦燥が混ざり合っている。

 彼は着地すると同時に盾を回収、銃口を向けたままの不良へゆっくりと歩み寄った。ガスマスクの奥から低く威圧的な声が響く。

 

「……もう二人やったが、どうする。このまま続けるか? それとも、クソまみれのクソみてえな地べたと、クソみてえな熱いキスがしてえのか? ええ?」

 

「だ、だったらお前が死ねや!! こらあッ!!」

 

 不良が叫びと共に引き金に指をかける。だが彼の反応速度の方がコンマ数秒速かった。

 彼は瞬時に距離を詰めると不良の腕を掴み、捻り上げ関節を極める。自己流で磨き上げた、効率と暴力だけで構成されたCQCモドキの格闘術。悲鳴が上がる前に彼は喉元へ一撃を食らわせ昏倒させた。

 

 静寂が戻る。だが、路地裏には銃撃戦の跡がくっきりと残ってしまった。

 

「……やりすぎたな。騒ぎになる前にここから離れるか。」

 

 そういうと彼は倒れている不良から拳銃を奪い、金を持って逃走する。

 

 彼が去ったあと、何者かがすぐにそこまで追いついていた。

 

「うへぇ、とんでもないのが暴れてたね……。」

 

「”かなり近いかも。もうすぐだよ。”」

 

 二人の影は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 




[補足]
-拳銃
 Beretta 92A1。現実でも世界中の軍隊や法執行機関で広く使われている自動拳銃。一応バリスティックシールドにこれを格納できる。
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