From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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まだ知識は足りない


閑話④『下調べ』

 

 デカグラマトンの預言者たちとの熾烈な激闘を終え、ミレニアムサイエンススクールには平穏な日常が戻っていた。かつて〈(Key)〉と呼ばれた存在は今や『天童ケイ』という名を与えられ、アリスの双子の妹という奇妙な立場の転校生として編入を果たしている。

 形式上は特異現象捜査部の所属ではあるものの、彼女が最も頻繁に姿を見せるのはゲーム開発部の部室であった。アリスやモモイたちを気に掛け、無軌道な行動に溜息をつきながら世話を焼く。それが今の彼女に与えられた、何物にも代えがたい”役割”となっていた。

 

「はぁ……。きっとまた掃除をサボってゲームをしているのでしょうね。今日は先生も来ているようですし、私がしっかり管理しなければ……。」

 

 天童ケイは手元の端末でスケジュールを確認しながら、少しだけ歩調を早めた。

 自らの足で地面を蹴り、目的地へ向かう高揚感。それを隠すように不機嫌そうな仮面を被り、彼女は慣れ親しんだ廊下を進んでいく。

 

 だが、ある角を曲がった瞬間、彼女のセンサーが鋭敏に跳ね上がった。

 

「っ……!? この感覚は……」

 

 ケイは足を止め、周囲の空間を凝視した。

 平穏なミレニアムの廊下に、突如として染み出した奇妙な気配。それは紛れもない異質でありながら、ケイにとっては呪わしいほどに馴染み深いものだった。

 冷徹で、無機質で、それでいて全てを規定するような絶対的な威圧感。

 

 名もなき神々の力。

 

「なぜ、この場所に……。」

 

 ケイは自らの胸元で手を強く握りしめた。かつて一つの器を共有した王女のものとも違う。だが、自分たちと同じ製造ラインの先にあるような、奇妙な親近感。

 

 警戒のレベルを最大まで引き上げ、彼女は武器に手をかける。もしこれがアリスを、あるいは自分たちの日常を脅かす脅威であるならば、この自分の手で排除しなければならない。だがまずは合流し、情報を共有すべきだろう。部室は近い。

 

「……先生、アリス。今すぐそちらへ向かいます。絶対に、勝手なことはしないでくださいよ……!」

 

 ケイは呟きを漏らすと部室へ向かって駆け出した。

 

 誰もいない廊下。ゲーム開発部の部室まであとわずかという場所で、異変は現れた。

 ケイが通り抜けようとした瞬間、前方の自動ドアが無機質な音を立てて閉じる。センサーの前に立ち、腕を振っても反応はない。嫌な予感に背後を振り返れば通ってきたばかりの扉も固く閉ざされ、ロックが掛かっていた。

 

「……ハッキング? いえ、これは……。」

 

 閉じ込められた静寂の中で、気配だけが急速に密度を増していく。

 頭上のダクトが、何かに内側から蹴破られるような金属音を立ててガタガタと激しく震えた。直後、ボルトの弾け飛ぶ音と共に金属の格子が強引に叩き外され、床へと重々しく落下する。

 

 天井の闇から、それは降り立った。

 

「っ……!」

 

 ケイは思わず息を呑む。

 ダクトという狭い空間を通るために、あえて四肢を歪な角度に折り曲げた壊れた機械やロボットのパーツ。それらが床に落ちた瞬間、磁石に吸い寄せられるかのように勝手に組み合わさり、継ぎ接ぎだらけの人型を形作っていく。

 それは、生命への冒涜と言わんばかりに不気味なジャンク品の集合体だった。

 

 ケイはルミナス・ノヴァを抜き、鋭い視線でその何かを睨む。

 

「何者ですか、あなたは。……なぜ私の前に現れたのですか?」

 

 警戒心全開で問うケイの脳内には、瞬時に二つの可能性が弾き出されていた。

 一つは、デカグラマトンの預言者に関連するもの。だが、その可能性は限りなく低い。あまりにも異なっているからだ。

 

 ならば、もう一つ。名もなき神々に関わる兵器の類。

 無名の司祭たちが、キヴォトスから忘れられた神々を一掃するために放った新たな刺客。

 

「司祭たちによって過去の遺物がまた動き出したというのですか……!?」

 

 ケイの手に力がこもる

 

 ケイは構えを解かぬまま、背後に回した手で端末を操作し、先生とゲーム開発部へ向けて最短の緊急信号を送信した。

 視線は一点、目の前の継ぎ接ぎの機械へと固定されていた。だが、その何かが発した第一声はケイのあらゆる想定を根底から覆す、拍子抜けするほど世俗的なものだった。

 

「……誰だあんた」

 

 合成音声特有のザラついた声。機械の身体はまるで自分のほうが思い違いをして損をしたとでも言いたげに、がっくりと肩を落としてみせた。

 

「てっきりアリスかと思ったんだがな。なんだあんた。あまりに気配が似てたせいで、完全に勘違いしちまった。」

 

 逆に疑問を呈され、ケイの理知的な思考回路は一瞬にして混濁した。謝罪でも威嚇でもなく、ただの人違いを主張されたのだ。

 

「し、質問を質問で返さないでください! 今、尋ねているのは私の方です! ミレニアム内の区域に不法に侵入し、この場所を封鎖した意図は何ですか!」

 

 威嚇にも似た怒声をぶつけるが、目の前のジャンク品は全く動じる様子を見せない。それどころか、金属の指先で顎をかくような動作をして品定めでもするようにケイをじっと見つめている。その仕草があまりにも人間臭いことに、ケイは形容しがたい薄気味悪さを感じた。

 

 やがて、その機械は何かを思い出したように頭を上げた。

 

「……ああ。まさか……あんたがあの『王女』の『鍵』とか自称してたやつなのか?」

 

 その言葉に含まれた奇妙な既視感。

 自分とアリスの関係、そしてかつて自分が背負っていた”役割”をこのガラクタのような存在が知っている。

 

「な……ぜ、それを……」

 

 ケイの喉が、緊張で引き攣る。

 

「なんだ。じゃあ、わざわざアリスを探す手間も省けたな。……こうしたほうが早い」

 

 屑鉄の肉体が、意思を持って一歩踏み出す。

 ケイは反射的にレールガンを水平に構え、トリガーを引いた。だが、その機械体は継ぎ接ぎの身体からは想像もつかない速度で軸をずらし、残像を残して回避した。

 

「遅いですよ……ッ!」

 

 迎撃を展開し、次弾を充填しようとした刹那。瞬き一つの間にその何かはケイの眼前に肉薄していた。金属の指先が、ケイの額にそっと触れる。

 

「……っ!?」

 

 衝撃も痛みもなかった。ただ、世界が裏返るような激しい眩暈がケイを襲う。

 気が付けば彼女は無機質な廊下ではなく、自身の深層意識。電子の海が揺蕩う精神空間に立っていた。

 

「(私の内側へ、直接介入を……!? こんな芸当が可能なのはアリスか、あるいは……)」

 

 ケイは半ば、最悪の答えに辿り着きかけていた。自分と酷似した性質を持ち、かつて自分が王女の鍵であったことを知る、名もなき神々の理を操る者。

 

 思考の波を切り裂き、闇の奥から一人の影が歩み寄ってきた。

 黒く長い髪を湛え、月明かりを浴びたように白い肌の顔立ち。男のようでもあり、女のようでもある。あらゆる属性を内包し、同時にそのどれでもない。不定形でありながらも明確な自我を持つ存在。

 

 その影はまるで自分の庭を散歩するような気軽さで、片手を挙げた。

 

「よう。」

 

 その声は先ほどの合成音声とは違う、芯の通った響きを伴う。

 

 電子の海が静かに波打つ精神空間。ケイは乱れた思考を強制的に統制し、眼前の黒い影を鋭い眼光で射抜いた。

 

「改めて問います。……あなたは、何者ですか」

 

 その問いに黒髪の存在は困ったように笑い、どこか遠い記憶を辿るような仕草を見せた。

 

「あんたに、”前に言われたように”言うなら……名もなき神々の系譜に連なる存在、ってやつだ。ええと、確か。最初期の完全有機体形式……のプロトタイプらしい。まぁ正直、俺自身もいまいち理解してねえんだけどな。」

 

 男は他人事のように頭をかいた。だが、その言葉がケイに与えた衝撃はレールガンの直撃にも勝るものだった。

 

 最初期に製造されたとされる、完全有機体形式のプロトタイプ。

 王女の従者として蓄積された膨大なデータベースの最深部、ノイズ塗れの古文書の如きファイルにのみ記述されていた失われた個体。『王女』が造られる遥か以前、概念がまだ形を成す前の試作体。

 

「……『長子』。そう呼ばれていた個体ですか」

 

 ケイは戦慄した。木端程度の断片情報しか残されておらず、とうの昔に廃棄されていた未知の存在。それが今、目の前で軽薄に笑っている。

 

 無名の司祭たちが、あるいはそれ以前のものが積み上げてきた歴史のさらに底。

 そこにあるのは未知ゆえの絶対的な恐怖だ。そして、それが名もなき神々の兵器とする以上、その行動原理は一つしかないとケイは断定する。

 

「今のキヴォトスの理を否定し、かつての名もなき神々の体系を再構築するつもりですか。そうならば、私は……」

 

 ケイは対抗手段を画策する。

 かつての自分がそうであったように。今のミレニアムの日常を、破壊しにきた亡霊。彼女にとって目の前の存在は、断ち切るべき負の遺産そのものに見えた。

 

 黒髪の『長子』は、眉一つ動かさなかった。それどころか、心外だと言わんばかりに両手を広げて首を振る。

 

「いや、違う。俺は……それを聞きに来たんだ。」

 

 拍子抜けするような言葉だった。

 破壊の意志も、再構築の野心も感じられない。ただ純粋な、底の知れない空虚だけがそこにある。

 

「そもそも、無名の司祭だの、名もなき神々だのが何なのか……俺はこれっぽっちも理解できてない。自分が何者で、何のために造られたのか……結局のところは、まだ”無知”の段階なんだよ。」

 

 彼は困ったように笑い、自身の胸に手を当てた。

 その言葉にケイの思考回路は一瞬フリーズした。それが真実である可能性を指し示していたからだ。

 

「……無知、ですか? 蓄積されたデータベースすら持たずに、このキヴォトスを彷徨っていると?」

 

 驚愕と共にケイは推論を重ねる。

 もし彼が有機体形式、つまり生物ベースであるならば後継機である自分たちのように、最初から情報を詰め込み命令をプログラムする手法が確立されていなかった可能性がある。

 機械のように制御できず、生物のように不安定。ゆえに欠陥品として廃棄され長い眠りについていたのだとしたら、目覚めたばかりの彼が何も知らないという状況は十分にあり得る話だった。

 

 だが、ならばこそ解けない謎が一つ残る。

 

「……納得のいかない点があります。ならば、なぜ。なぜあなたは私を『鍵』だと認識できたのですか」

 

 ケイは一歩踏み込んで問い詰めた。

 何も知らないはずの迷子が、なぜこの世界の最深部に触れる固有名詞を正確に言い当てられるのか。

 

「違う世界のあんたが、そう名乗ったから。」

 

その言葉を聞いた瞬間、ケイは脊髄反射的に「冗談を言わないでください」と返しそうになった。しかし、すぐさま論理回路がその否定を制止する。

 多次元解釈、そして異なる世界線の存在。それが100%の虚実を否定する。

 

 ケイは言い知れぬ重圧を感じ、静かに問うた。

 

「あなたは……一体、何を見て、何を経験してきたというのですか」

 

 問いかけられた彼は、少しだけ肩を落とした。果てしなく遠い場所をなぞるような目線。彼は意外にも正直に、自らの歩みを語り始めた。

 

 彼が語ったのは、ここではない”別のキヴォトス”の記憶。

 そこで先生やアリスと出会い、共に時を過ごしたこと。

 そしてあまりにも膨大な死の積み重ねの末に、自分自身もまた命を落としたということ。

 死という絶対的な終止符を打たれたはずが、暗い虚無の底を這いずり、名もなき神々の力を使うための知識を一部得たこと。理を捻じ曲げてこの世界線で目覚めたのだと。

 

 ケイは沈黙の中で、その情報の整合性を組み上げていく。

 彼の語るエピソードには、本人の推測や主観が混じっていた。だがその言葉に宿る熱量と心の欠片から漏れ出す痛切な響きが、これが単なる妄想ではないことを証明していた。

 自分とは程度や形に違いはあれど、この『長子』は向こう側の世界で先生やアリスと絆を結んでいたのだ。

 

 もしこれらすべてが真実だとするならば。嘘でないのなら。

 ケイは最後の、そして最も重要な核心を問うた。

 

「……あなたが狂言師でないのなら、今のあなたの目的は何なのですか。なぜ、わざわざミレニアムまで足を運び、私に接触したのですか。」

 

 その問いにそれ、いや”彼”は短く応えた。

 そこには先ほどまでの飄々とした態度はなく、決意と野心が秘められていた。

 

「失ったものを取り戻す」

 

「それが目的だ。そのために”知識”がいる。それを一番持ってそうなのがこっちの世界のあんただと考えた。だから今、ここにいる。」

 

 一人の個としてのあまりにも強欲で、同時に切実でもある。神のような理不尽に抗ってでも奪い返そうとする強い意志。

 

 ケイには見えた。誰かに似た青い光を宿している目を。

 

 その光を見た瞬間、彼女は何を思ったのか自らのデータベースの一部を開放し、彼へと流し込む。

 

 情報の奔流が途絶えた瞬間、世界が再び裏返る。

 気が付けばケイは無機質な廊下に、武器を構えた姿勢のまま立ち尽くしていた。額に触れていた金属の指先がゆっくりと離れていく。

 

「……こうすれば、現実のほうじゃ一瞬も経たねえらしいから、便利だよな」

 

 目の前のジャンクの人型が、合成音声でカラカラと笑った。

 歪極まりない外見。だが今のケイにはそれが恐怖の対象には見えなくなっていた。

 

「助かった。……ありがとうな」

 

 機械音声で告げられた、正直な感謝の言葉。

 へこみ、歪み、損傷だらけのガラクタの身体で、笑顔を浮かべることなどできるはずもない。

 けれど、ケイには分かった。その継ぎ接ぎの装甲の内側にある魂は、決して壊れてなどいない。失ったものを求め、何度でも立ち上がる、その気高さ。同時に傲慢さが。

 

「……ケイ! 大丈夫!?」

 

 背後の自動ドアが強引にこじ開けられ、先生とゲーム開発部の面々が雪崩れ込んできた。

 

「うわぁっ、なにそれ!? ゲ、ゲテモノ!? 新種の自律兵器!?」

 

 モモイが悲鳴を上げ、ユズが怯え、ミドリが銃を構える。アリスだけが、不思議そうにそのジャンク品の塊を見つめていた。

 

「あー……見られちまったか。」

 

 彼は合成音声を小さく漏らし、がちゃがちゃと音を立てて身体を竦めた。

 そして、警戒と驚愕を浮かべるモモイたちを、どこか切なげに、懐かしむようなセンサーの光で見つめる。

 

「こっちの世界の……『こいつら』には、なるべく会いたくなかったんだがな」

 

 小さく、ほとんど聞こえない声量でそう呟いた。

 

「”ケイ! 大丈夫!?”」

 

 廊下に響き渡ったのは、必死に教え子を案じる先生の叫び声だった。

 普段の穏やかさをかなぐり捨て、未知の脅威から生徒を守ろうと遮二無二駆け寄る先生。その様子を継ぎ接ぎの機械体はセンサーを明滅させながらじっと観察していた。

 

「……誰だあいつ」

 

 合成音声が、心底不可解そうに漏れた。

 

「”輪っか”のない女なんているんだな。ミレニアムの職員か?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ケイの思考回路に激しい火花が散った。

 精神空間であれほど「先生と出会った」と語っていたはずの彼が、今、目の前にいる当人を「知らない」と言い放ったのだ。

 

「何を言っているのですか……! 先生と知り合いだったのではなかったのですか!?」

 

「……?」

 

 ジャンク品の身体が、分かりやすすぎるほど困惑の間を置いて静止した。

 彼は首の関節をギチギチと鳴らしながら、駆け寄ってくる先生と、眼前のケイを何度も交互に見る。

 

「先生? ……あれが? 誰だよアレ知らねえよ」

 

 吐き捨てられた言葉には嘘偽りも、はぐらかす意図も感じられなかった。

 

「俺が知ってる『先生』は野郎(おとこ)だぞ。……まさか、こっちの世界じゃ女でしたなんて言わねえだろうな。」

 

「そ、そうですが……。」

 

「マジか」

 

「……マジか」

 

 禁断のマジか、二度打ち。信じられないものを見た、と言わんばかりの様子。

 

(Key)……いや、ここではケイか。じゃあな。安心しろ。別にあんたやアリス達に害が及ぶようなことをするつもりはない。」

 

 彼はなんとか精神を持ち直し、そうケイに伝える。そして先生たちが接触する間もなく彼はその場で跳躍すると、最寄りの窓を文字通り突き破って空へと躍り出た。

 

 音を立てて砕け散るガラス。

 ミレニアムの校舎から、金属の塊が空気圧に逆らうような勢いで消え去っていく。

 

「……なんだったの? アレ。新型の不審者?」

 

 モモイがミドリの袖を掴みながら聞く。

 

「さぁ……」

 

 ミドリは割れた窓を眺めながらそう答えた。

 

 

 

 

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