From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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another side of Serika


ちょっとした短編話です。



番外①『From Kivotos』

 

 

「……っ、……あ、……」

 

 頭が割れるように痛い。こめかみの奥で、誰かが鐘でも叩いてるんじゃないかってくらいのひどい拍動。視界はぐらぐらと歪んで、天地の区別すらつかない。

 

 ……なによ、これ。何が起きているの。

 

 重い瞼をこじ開けると、飛び込んできたのは最悪な景色だった。

 あたり一面、毒々しく赤茶色の砂漠。アビドス砂漠じゃない。砂を噛むような乾燥した風が私の頬をなでていく。空を見上げても、そこにあるのは青空でもいつものアビドスの夕暮れでもない。どす黒く、どろりと濁り切った不気味な曇り空。

 

「……はぁ、はぁ……っ」

 

 呼吸をするだけで、肺の奥がひりつく。

 思い出そうとしても、記憶の断片がバラバラに砕けて思い出せない。

 たしか、ホシノ先輩が……あんな、信じられないような姿になって。それで、私たちは……。

 

 ダメ。思い出せない。

 真っ白な病室のベッドにいたような気もするし、あの見慣れたはずのアビドス砂漠でブラックホールみたいな”黒い穴”を見たような気もする。

 

 記憶が飛び飛びで全く繋がらない……。

 パズルのピースが足りないみたいに、今の私がここにいる経緯がぽっかりと抜け落ちている。

 

「ここ、どこなのよ……。キヴォトスにこんな場所……あったかしら……」

 

 喉が焼けるように乾いている。

 立たなきゃ。こんなところで座り込んでたって借金が減るわけでも、学校が救われるわけでもないんだから。

 

「……っ、よいしょ……っ」

 

 鉛のように重い体に鞭を打って、砂の中に手をつく。

 手のひらに伝わる砂の感触はアビドスのそれよりもずっと冷たくて、生気がない。

 ふらつく足を必死に踏ん張って、私はようやくその場に立ち上がった。

 

 周りには誰もいない。

 風の音が依然として私の耳元で不気味に鳴り続けてる。

 

「ちょっと……誰か、いないの……?」

 

「アヤネちゃん? ノノミ先輩? シロコ先輩……? 先生……? 誰か……。」

 

 声は、濁った空に吸い込まれるように消えていった。

 

 ……一歩、踏み出す。

 たったそれだけのことが、今の私には途方もない重労働に感じる。

 

 目指すべき場所なんてどこにも見えない。ただ、この不気味な赤茶色の砂漠がどこまでも、どこまでも続いているだけ。それでも、ここでじっとしていたら、干からびてあの世行きなのは目に見えてる。

 

「……水。……どこかに、ないの?」

 

 掠れた声が、砂を噛んだような音になって漏れる。

 視界の端にひょろひょろと力なく生えた枯草や、刺々しいサボテンが映った。サボテン……そういえば、あれって中に水を溜め込んでるんじゃなかったっけ。

 

 一瞬、あの中の水を啜る自分の姿が頭をよぎる。……けど、ダメ。

 もし不潔な細菌だらけだったり変な毒でもあったら、それこそおしまいだわ。お腹を壊して動けなくなるところを想像して、私は小さく首を振った。……やめておこう、命取りになる。

 

 それにしても、みんなはどうしてるんだろう。

 シロコ先輩にノノミ先輩、アヤネちゃん……それに、先生。

 ホシノ先輩は結局どうなったんだっけ。

 

「……今は、何日なの?」

 

 ふと不安が胸をよぎる。記憶が飛んでるせいで、今日が何月何日なのかすら確信が持てない。

今月はまだまだバイトのシフト、ぎっしり入ってたはずなのに。こんなところで迷子になってる暇なんてない。早く戻らなきゃ、店長に怒られる。遅刻なんてプライドが許さない。

 

 そう思って、無意識にいつもの相棒に手を伸ばそうとして……血の気が引いた。

 

「……ない。……嘘でしょ、私のライフルは!?」

 

 腰にも、肩にも、あの使い慣れたアサルトライフルの感触がない。

 バイトに行く時だって肌身離さず持っていたはずなのに。こんな正体不明の場所で武器もなしに放り出されるなんて……。

 

 もし今、変な化け物や、ヘルメット団みたいな連中に襲われたら……。

 今の私には抵抗する手段なんて一つもない。

 

「……っ、どうなっちゃうのよ、私……」

 

 急に足が突然棒になったみたい震えだした。一人の孤独と無力感に押し潰されそうになる。

 

 ……喉が、熱い。

 ひび割れた土壌みたいにカサカサで呼吸をするたびに肺が燃える。

 息を吸うのも、吐くも、もう……精一杯。

 

「……あ、……」

 

 膝から崩れ落ちる。砂の熱が頬に伝わってきた。

 もう、指先一つ動かす気力も残ってない。瞼が鉛をぶら下げたみたいに勝手に閉じていく。

 

 ……ここで、終わりなのかな。

 アビドスの借金、まだ全然返せてないのに。

 みんなに……最後のお別れも、言ってないのに。

 

 意識がどろりと闇に溶け出していく。

 

 ……?

 なによ、これ。

 

 腕に妙な感触がする。

 何か……大きな口でガブリと噛まれているような、鈍い圧迫感。

 痛いっていうよりはひどく熱い。生暖かい、獣の吐息みたいなものが肌をなでている。

 

「……っ、……な、に……?」

 

 声を出そうとしたけど、掠れた吐息しか漏れない。体全体が宙に浮いて、ぶらぶらと揺れている気がする。

 誰かにあるいは何かに、どこかへ運ばれている……?

 

 地面を擦る砂の音と、規則的な足音。

 だけど、もう目を開けて確かめる力なんて、どこにも残ってなかった。

 

「……あ……あ……」

 

 思考がバラバラにほどけていく。

 

 私は、深い、深い眠りの中に、そのまま沈んでいった

 

 

 

 

---------------

 

 

 

 

「げほっ! ごふっ、……がはっ!!」

 

 なによ、なんなのよ!?

 眠っていたはずなのに、突然口の中に大量の液体が流れ込んできて、肺がひっくり返るかと思った。溺れる! 死んじゃう!

 

「……はぁっ、はぁっ! げほっ……!」

 

 がばっと上半身を跳ね起き上がらせる。

 視界がチカチカして、激しくむせ返りながらも、必死に辺りを見回した。

 そこは砂漠じゃなかった。天井が高くて、どこかガレージか工場を思わせるような、薄暗くて無機質な空間。

 

[ミ、ミて下さい!起きましたよ!]

 

 鼓膜に飛び込んできたのは、妙に抑揚のある、それでいてどこか無機質な機械音声。

 

[ワぁ☆本当ですね☆]

 

 今度はさっきよりも明るい、調子の外れたような別の機械の声。

 涙目のまま視界を凝らすと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 宙に浮いているのは、なぜか赤縁のメガネをかけたような……ドローン?

 そしてその横には、威圧感のあるガトリング銃を構えた、見上げるほど巨大な体格のロボットが平然と立っている。

 

 ……なによ、これ。カイザーのロボットの新型? それともミレニアムの試作品か何かなの?

 

「ハァ、ハァ……ッ、ン、ン、ン……」

 

 背後から低いうめき声のような、荒い息遣いが聞こえてきた。

 ビクッとして振り向くとそこには銀色の毛並みをした……狼? それとも大きな犬?

 舌をだらりと出して、熱心にこっちを見つめていた。

 

[ソの子はロコちゃんです、あなたを見つけてくれたんですよ☆]

 

 巨大なロボットが、ガシャガシャと音を立てながら補足する。

 

「……ッ! あ、あんたたちは……誰……? た、助けてくれたの……?」

 

 喉の奥がまだヒリヒリする。

 状況がちっとも飲み込めない。敵なのか味方なのかも分からないけれど、少なくともあの灼熱の砂漠で野垂れ死ぬのを見捨てなかったことだけは確かみたい。

 

 すると赤縁メガネのドローンが、少し困ったようなトーンで音声を返してきた。

 

[タすけた……というよりは拾った……に近いのですけどね……]

 

「拾った……? ゴミか何かみたいに言わないでよ……!」

 

 いつもの調子で言い返そうとしたけれど自分の声があまりにも弱々しくて、すぐに言葉が途切れてしまった。

 武器もない、仲間もいない、ここがどこかも分からない。

 そんな私が得体の知れない機械と獣に囲まれている。

 

[アあっ、まだ大きな声を出したりしないでくださいっ!喉が傷ついていますから水を……!]

 

 ドローンの慌てたような機械音声が響いたかと思うとその機体の下に吊り下げられていたプラスチックのボトルが、無造作に切り離された。

 

「あいたっ!」

 

 ボフッ、と鈍い音を立てて私の頭に直撃する。ちょっと、何すんのよ!……って言い返そうとしたけど、転がったボトルの中にはさっきまで喉から手が出るほど欲しかった透明な水が揺らめいていた。

 

 ……痛いけど。やり方はめちゃくちゃだけど。

 この得体の知れない機械たちは、どうやら本気で私を助けようとしてくれてるみたい。

 

[ワたしはS3-shat完全自律AIモデルドローンです。セシャトとおよび下さい!]

 

 赤縁メガネ(?)のドローンが、空中で器用にくるりと回転して自己紹介をした。セシャト、ね。……変な名前。

 

[チなみに私は……バルカン・クリスティーナだおっ♧]

 

 その横で、威圧感の塊みたいな巨大ロボットが、物騒なガトリング銃をギュィィィン!と景気良く回転させながら名乗った。……名前と見た目のギャップが激しすぎる。語尾もなんなの?だおって。

 

[サっきバルカン・クリスティーナが紹介してくれた通り、その子はロコちゃんといいます。喉頭麻痺のせいでワンじゃなくてン、としか鳴けないんです]

 

 セシャトが、足元でハァハァと舌を出している銀色の犬……ロコちゃんを指し示す。

 喉頭麻痺。……だからさっき、変な鳴き声だったんだ。

 

「…………」

 

 なによ、これ。

 夢でも見てるのかしら。砂漠のど真ん中で行き倒れて、目が覚めたら自律型AIの喋るドローンに、ガトリング持ちの変なロボットに、鳴けない狼っぽい犬。

 

 ……でも。

 一生懸命に私を介抱しようとしてくれるセシャトや、陽気なクリスティーナ、それに私を見つけてくれたロコちゃん。

 

 なんだか、変な話だけど。

 冷静にテキパキ指示を出すアヤネちゃんや、いつもニコニコしてるノノミ先輩……それに、言葉足らずだけど行動力があるシロコ先輩に、ほんの少しだけ……重なって見えた。

 

 ……弱ってるせいね。私、相当まいってるんだ。

 

「……はぁ。と、とにかく……助けてくれたのね」

 

 私は転がっていたボトルを拾い上げ、一口、慎重に水を喉に流し込んだ。

 沁みる。生き返るみたい。

 

「……ありがとう。助かったわ」

 

 素直にお礼を口にしてみる。

 

「ここはどこなの……?」

 

 そう問いかけようとした瞬間だった。

 

 鼓膜が震えるような、暴力的な衝撃音が壁の向こうから響き渡った。

 

[アぅっ、またですか……!]

 

 セシャトが機体を上下に揺らして、ひどく狼狽した声を上げる。

 何よ、今の音! 何が起きたの!?

 

[トくになんてことのない、いつもある”襲撃”ですよ☆]

 

 隣でクリスティーナが、鼻歌でも歌いそうな軽い調子で答えた。けれど、その手にあるガトリング銃はすでにギュルルル……と不気味な回転音を上げ始めている。

 

[セん闘準備をして下さい!ほら、あなたも!何もしないと捕食されちゃいますよ!]

 

「ほ、捕食……っ!?」

 

 二人が慌ただしく外へ飛び出していく中、私は重い体を引きずって立ち上がろうとした。……でも、武器がない。素手でどうやって戦えっていうのよ!

 

「ン、ン、ン」

 

 足元からあの掠れた鳴き声がした。

 見ればロコちゃんが何かを口に咥えて、私の目の前にポイッと放り出した。

 

「これ……もしかして……」

 

 鈍い黒光り。無骨なフォルム。

 それは一丁のアサルトライフルだった。

 ……私がいつも使っているものとはモデルが違う。見たこともないタイプであまり手に馴染まない。でもこれなら……。

 

「……私も戦えってことね。上等じゃない!」

 

 状況は最悪。場所も不明。体調も万全じゃない。

 だけど水をもらったお礼、きっちり返さないと。

 

「行こう、ロコちゃん!」

 

 私は新しい武器をひったくるように構え、光の漏れる外へと一気に飛び出した。

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 ちょっと、前言撤回よ! 何が「上等じゃない!」よ! 私のバカ!

 外に出た瞬間に目に飛び込んできたのは、悪夢を煮詰めたような光景だった。

 

 2メートルは優に超える、二足歩行の醜悪な獣の群れ。そいつらが錆びついたノコギリやら血生臭い鈍器、お世辞にも精密とは言えない粗製銃を振り回して、こっちに殺到してきてるじゃない!

 

「なんなのよ、あの化け物どもは! しかも撃ったら……赤い血が出るじゃない! 冗談でしょ!?」

 

 キヴォトスのヘルメット団とかの抗争とは何もかもが違いすぎる。弾が当たれば肉が弾け、悲鳴が上がる。

 あまりに生々しい暴力に頭がクラクラしそうになる。……でも、横にいる”助けてくれた面々”は、もっと異常だった。

 

[ソう像してみてください、7.6ミリ弾が何百発も肉体を貫通するところを……♤]

 

[エグイなんてものじゃありません☆]

 

 巨大ロボット……クリスティーナが、あろうことか楽しそうな電子音を響かせながらガトリング銃を文字通り乱射している。火を吹く銃口から吐き出される弾丸の嵐が化け物たちの肉体をボロ雑巾みたいになぎ倒していく。……エグいのはあんたの攻撃の方よ!

 

[コら、無駄弾を撃たないでください! セリカさん、右から三体来ます! 頭を狙って!]

 

 セシャトはセシャトでどこに隠し持ってたのかマシンガンユニットを展開して、精密機械のような正確さで化け物の眉間を撃ち抜いている。的確すぎて逆に怖いわよ!

 

「ン、ンーッ!!」

 

 さらに足元ではロコちゃんが化け物の腕に飛びかかり、その鋭い牙で指を……ひぇっ、食いちぎってる……。

 

「ねーっなんなの、なんなのよこの場所はーっ! 野蛮人……っていうか、野蛮ロボと野蛮犬だらけじゃないのよーっ!!」

 

 もう、考えるのをやめた。

 理屈なんて後回し。今は、この手に馴染まないライフルの引き金を引くしかない。

 ここで死んだら、アビドスの借金はどうなるの? 私のバイト代は? アビドス高校の未来は!?

 

「んぁーっ、マジムカついてきたぁ! 邪魔よ、どきなさいこの化け物ども!!」

 

 私は半ば自棄っぱちになりながら迫りくる獣の群れに向けて銃口を向けた。

 

「もう、次から次へと……っ! しつこいのよ!」

 

 目の前の化け物を一匹仕留めた直後、視界の端で何かが爆発的に動いた。

 横から、もう一体。不意打ち!?

 

 不味い、ライフルの銃口が間に合わない。避けるのだって……この鈍った体じゃ……!

 

「しまっ……!」

 

 反射的に目を瞑り、衝撃に備えて体を硬くした。けれど襲ってきたのは鋭い爪の痛みじゃなく、ふわっと体が宙に浮く奇妙な浮遊感だった。

 

「ひぇっ!? な、なによ!?」

 

 慌てて目を開けると、そこには視界を埋め尽くすような分厚い胸板。

 

 私は……誰かに、お姫様抱っこされてる!?

 

 そのまま風を切るような速さで、化け物の凶刃から軽々と引き離されていた。

 

「えっ……ちょっ、誰……って、ひぃっ!?」

 

 見上げた先。そこにいたのは、人間じゃなかった。鋭い嘴に、精悍な眼光。ハヤブサそのものの頭部を持った、筋骨隆々の”鳥人”が私を抱きかかえていた。

 

「うっへぇ〜、オジさんにムリさせないでよぉ〜……」

 

 耳に届いたのはどこか聞き覚えのあるような……。でも酷くくたびれており、芯の通ったハスキーボイス。

 

「だ、誰よあんた!?」

 

[ヤっと戻ってきたんですか! 遅いですよ! ホーロス!]

 

 空中でセシャトが、安堵と怒りが混ざったような声を張り上げられる。

 ホ、ホーロス……?

 

「……ほら嬢ちゃん、怪我はなさそうだねぇ」

 

 敵のいない安全な場所まで移動すると、その鳥の男は私をそっと地面に下ろした。

 間近で見ると、片目には深い傷跡があって瞼が閉じたままだ。

 隻眼……。

 

「そ。オジさん、ホーロスって言うの。シクヨロね」

 

 シ、シクヨロ……? なによその聞いたことないような古臭い挨拶。

 呆気に取られている私を余所にホーロスは背中に背負っていた無骨な盾を構え、ショットガンをガシャリとリロードした。

 

 ……その飄々としていて、どこか底が知れない独特の空気感。

 片目を細めて、面倒そうに、でも確実に仲間を守ろうとするその背中。それにあの武器。

 

「(……あ、この人がホシノ先輩枠なんだ)」

 

 あまりの既視感に脳が勝手にそんな結論を弾き出した。……けれど、直後に私は自分の頭をぶん殴りたくなった。

 

「って、そうじゃないでしょ! なによホシノ先輩枠って! 全然違うじゃない!」

 

「……ん? 嬢ちゃん、なんか言ったかい?」

 

 ホーロスが不思議そうに振り返る。

 

「なんでもないわよ! ほら、前! 敵がまた来てるわよ!」

 

 私は真っ赤になった顔を隠すように、無理やりライフルを構え直した。

 セシャト、クリスティーナ、ロコちゃん、そしてホーロス。

 アビドス生徒会が、ものすごく”野蛮”に再構成されたような……。とんでもないチームに拾われちゃったみたいね、私。

 

 

 

 

-----------

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ。やっと終わった……。なによ、あいつらしつこすぎ……」

 

 銃の熱が手のひらに残ってる。

 戦場を振り返れば、そこには信じられない光景が広がっていた。さっきまで襲いかかってきた化け物の死骸にロコちゃんが……。

 

「うわっ! ちょっと、ロコちゃん! 何食べてるのよ!」

 

[スみません……いつもこんな感じで慌ただしくって……。]

 

 セシャトが機体を揺らしながら、申し訳なさそうに通信を入れてくる。

 いつもあんな感じなの!? 毎日が修羅場じゃないのよ、ここ……。

 

[ソういえば聞いていませんでしたね……。あなたは何者で、どこから来たのでしょうか?]

 

 セシャトの赤いレンズが、スキャニングするように私を上から下まで眺める。

 

[このあたりでは見たことのない”猫”のような形質、それにホモ・ベスティアにしては非常に人間に近い外皮を持っていますね……。それにその頭部に浮く奇妙な”輪”……。ますます不思議です。]

 

「な、なによ、その『ホモ・ベスティア』って! 私は普通の女子高生よ! それにこの『輪』は……ヘイローのこと? どこにでもあるじゃない、こんなの!」

 

 ……いや、待って。

 こいつらの反応、さっきからおかしいわよ。そもそも、クリスティーナのあのエグい弾幕だってキヴォトスなら”痛い”で済んでも、血まみれになって死ぬなんて普通は……。

 

「……ねえ、ちょっと。あんたたちの言ってること、さっぱりわからないんだけど。ここ、キヴォトスのどこなのよ。まさか、カイザーとかの秘密実験場とかじゃないでしょうね?」

 

[キヴォトス? それは都市か何かの名称でしょうか。]

 

 セシャトの声には計算ミスをした時のような戸惑いが混ざっていた。

 

[コこはかつてアメリカ国土のネヴァダ州であった座標に位置しているのですが……そのような都市の名前は聞いたことがありませんね……。]

 

「……ネヴァダ、州……?」

 

 何、その名前。聞いたこともない。

 どこかの自治区でも、連邦生徒会の直轄地でもない場所……?

 

 思考が真っ白になる。喉の奥が、さっき飲んだ水とは別の冷たさで凍りつきそうになった。

 

「嘘……でしょ……。冗談なら笑えないわよ。学園都市キヴォトスを知らないなんて、そんなの……」

 

 そんなの、ありえない。じゃあ、ここはどこなの? どす黒い空に、赤茶けた死の砂漠。

 私のヘイローを見て不思議だなんて言う、野蛮な機械と獣たちの世界。

 

「ここ……まさか……『キヴォトスの外』の世界なの……!?」

 

 でも、もしここが……本当に私の知っている場所の外なのだとしたら。

 

 私はどうやって帰ればいいの!?

 

[ソのキヴォトスという場所……もしかして『楽園』のことではないでしょうか☆]

 

 クリスティーナがガトリング銃の銃身を冷ましながら、電子音の混じった声で言った。楽園……? なによ、その古臭いおとぎ話みたいな名前。

 

[かつてこの地球に居た人類が移住したとされている理想郷のことですよ☆ あなたの居た場所は大気汚染は起きていない、違いますか?]

 

「う、うん……まあ、そうね」

 

 空がどす黒いなんてことはないし、ヘイローがあれば銃で撃たれたって死なない。……あ、でもアビドスが砂漠化して大変なことになってるって情報はなんとなく伏せておいた。

 

 ……でも、もしその楽園がキヴォトスのことだとしたら。

 

[エえぇ!?と、ということはですよ……? 『楽園』から来たのなら……つまり……]

 

 セシャトが興奮したように機体を上下させる。

 

「行く手段もある。てことじゃないかな~。だって、繋がりはあるわけだからね」

 

 横で無造作にショットガンを分解して整備していたホーロスが、低く掠れた声で付け足した。

 

「ね、嬢ちゃん」

 

 隻眼の鋭い、でもどこか穏やかな視線が私を射抜く。……この人、やっぱりあの”おじさん”に似てる気がする。

 

「で、でも……私、どうやってここに来たのか、全然わからないのよ。……何も、覚えてなくて……」

 

 絞り出すような私の言葉に、ホーロスは「おや」と眉を(羽を?)動かした。

 

「えっそうなの? 余計なこと言ってメンゴね」

 

 そう言うと、彼はまた淡々と作業に戻ってしまった。……メンゴって、本当に語彙が古いわね。

 

 ここはキヴォトスの外、かぁ。

 

 まだ卒業もしてないのに。

 

 

 ……戻りたい。

 アビドスのあの部室。あのバカみたいに高い借金

 まだまだやらないといけないことがある。

 そして私の名前を呼んでくれる先生にも……。

 

「……帰り、たいよ……」

 

 膝を抱えて座り込む。

 ここがキヴォトスの外の、滅びた後の世界だっていうなら。私はどうやってあの場所に帰ればいいの?

 手がかりも何もない。記憶だって霧がかかったみたいに真っ白なのに。

 

「この砂漠にはね。過去に人類が使っていたシェルターや研究所の跡がまだまだ残っているの」

 

 ホーロスがまるで独り言のように、低い声で語り出した。

 

「でもね……そこは危険でこわ~い怪物が跋扈してるせいで、オジさん一人じゃなかなか近づけないの。それに、ただ戦えばいいってわけじゃなくてさ、”オジさんだけじゃダメな装置”もあったりして」

 

 ガシャリ、とショットガンの整備を終えた音が響く。彼はゆっくりと立ち上がり、隻眼の視線を真っ直ぐに私へと向けた。

 

「でもね、今は一人じゃない。文字通り別の世界から来た異物(イレギュラー)の君がいる。……うへへ、これなら、”奇跡”が起こせるかもねぇ~。」

 

 ホーロスは背中に盾と銃器を背負い直すと、私の目の前まで歩いてきた。

 

「戻りたい?」

 

 その短い問いかけに、私は迷わず大きく頷いた。当たり前じゃない。

 

「なら、オジさんたちに夢、見させてほしいな。……もちろん、バックアップは完璧にするからさ」

 

 彼はニカッと嘴の端を歪めて笑った。

 

[……! ツいに”あのシェルター”の探索に向けて動き出すんですね!?]

 

 セシャトが機体を激しく上下させ、興奮した声を上げる。

 

[テき()が出たら私が一瞬で跡形もなく消滅させてやりますよ☆]

 

 バルカン・クリスティーナもガトリング銃を構え直して立ち上がる。その頼もしさは本物だ。

 

「ン、ン」

 

 ロコちゃんも尻尾をちぎれんばかりに振って、私の足元に寄り添ってきた。

 

「…………」

 

 なによ。

 さっきまで絶望して座り込んでたのに。この野蛮で、変で、でも……ただただ奇妙なはずの連中に囲まれていると。

 不思議と胸の奥から熱いものが湧き上がってくるのを感じた。

 

「……っ、はぁ。し、仕方ないわね……!」

 

 私は乱暴に涙を拭うと、拳を強く握りしめ天に掲げる。

 

「協力してあげるからあんたたちも足引っ張らないように頑張りなさいよ……! 私が元の世界に戻るためなんだからね! 勘違いしないでよね!」

 

 いつもの強がりが口をついて出る。でももう弱音は吐かない。強く生きて見せる。

 この過酷な死と暴力の砂漠で、私は絶対に生き抜いてみせる。

 

 アヤネちゃん、ノノミ先輩、シロコ先輩。

 ……それから、ホシノ先輩。待っててね。

 

 私は……黒見セリカは、絶対にアビドスに戻るから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





[補足]
-S3-shat(セシャト)
 ドローン型アンドロイド。メガネはおしゃれのためで特に特別な効果があるわけではない。

-バルカン・クリスティーナ
 2m超えのバキバキアンドロイド。ちなみに持っている武器は厳密にはバルカンに分類されない。

-ロコちゃん
 人工的に造られたホワイト・スイス・シェパード・ドッグ。毛並みが白でなく銀色っぽいのは遺伝子操作が理由。

-ホーロス
 ムキムキ上裸の鳥頭おじさん。超イケボ。30代半ばのガチおじさん。

-黒見セリカ
 プレナパテス世界線のセリカ。記憶が一部飛んでいるのでアヤネ、ノノミ、ホシノが死亡したことを覚えていない。



 プレ先世界のセリカは行方不明って言われてたしこんな可能性もあったかもしれない……わけねえだろ

 次回から流石に次の章書き始めます。


 

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