From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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再始動が始まる


再始章『Rebuild』
58話『結託』


 

 

「生きる上で苦しみは必ず付きまとう」

 

「負った傷が跡を残して消えないことなんて何度もあるだろう」

 

「俺は受け入れた」

 

「傷だらけで後悔まみれ。それを全部ひっくるめたのが今の俺なんだ」

 

 

「……でもな」

 

「やっぱり失くしたものは取り戻そうとしてもいいと思わないか?」

 

 人のいない路地裏。湿ったアスファルトに独り言のような、同時に誰かに語り掛けるような声が低く響き渡る。

 

 その場所に、一人の少女が音もなく姿を現す。砂狼シロコ……正確には、別の世界線で絶望の果てを彷徨った彼女、シロコ*テラーである。

 待ち合わせていたのか、あるいは引き寄せられたのか。彼女が訪れたその場所にいたのは、かつて青春の世界における最大の異物であった迷い人の成れの果てだった。

 

 かつての姿は見る影もない。今の彼は廃棄された機械や錆びついた鉄屑を歪に繋ぎ合わせた不気味なガラクタの塊と化している。人の外見を失い、化け物の形を成したその姿。

 だがシロコ*テラーの瞳には、それがどの時期の彼よりも『希望』、そして『野心』に満ちているように映った。

 

 今ある古い命は死して朽ち、その腐植土から新たな命が芽吹く。

 目の前の廃棄物からは単なる死や破壊の跡ではない、再生の段階に似た奇妙な輪廻の気配が漂っていた。かつて彼を殺した彼女だからこそ、その死の先にある胎動を敏感に感じ取っていたのかもしれない。

 

 シロコ*テラーは前回の邂逅で彼から投げかけられた問い、「朝が欲しいか」という問いに対する回答を今ここで告げようと口を開きかける。

 

「あの時の、答え……」

 

「あっ、あの時の答えはまだ待て。その前に伝えておかなきゃならんことがある」

 

 重苦しい金属音を立てて、機械の体が制するように動いた。

 意外な言葉に、シロコ*テラーは銀髪を揺らして不思議そうに首を傾げた。

 

「俺はあれから色々調べて、様々な知識を得た。それで、まぁ……いろいろ分かったわけだが、今からその事を話したい。多分、あんたの知ってることも含まれてるだろうが……」

 

 機械の身体が軋む音と共に、彼は重々しく、けれど確かな足取りで一歩踏み出した。路地裏の湿った空気を震わせ、彼がミレニアムなどで下調べを経て整理した事実を提示していく。

 

「まず事実確認からだ。無名の司祭についてのな。……名もなき神を崇拝する謎の集団。『王女』やその他もろもろのオーパーツを作ったのも、この集団らしいな」

 

 シロコ*テラーは黙ってその言葉に耳を傾けていた。世界の裏側に潜んでいた傍観者たちを思い出す。

 

「こいつらは大昔のキヴォトス……まだ『学園都市』なんてテクストを持つ前の世界にいた奴らだったが、何かがあって淘汰された。それで、今のキヴォトスにはびこる、自分たちからニッチを奪った『忘れられた神々』……もとい、生徒をあらゆる世界線から一掃することを目的としている。……多分、大体こんな感じだ。違うか?」

 

 彼は無機質なセンサーの光を向け、確認するように問うた。

 かつて自分がその尖兵として利用され、全てを失ったシロコ*テラーにとって、それはあまりにも重く呪わしい真実であった。

 

「……ん。大体合ってる、と思う」

 

シロコ*テラーは、静かに、けれど肯定を返した。

 

「……まぁ、それだけならはっきり言って、同情するね」

 

 次いで放たれた彼の言葉にシロコ*テラーは一瞬、耳を疑った。

 無名の司祭。それは彼女からすべてを奪い、絶望の深淵へと突き落とした元凶だ。その残虐な存在に対して、あろうことか「同情する」と言ってのけたのだ。

 

「な、なんで……?」

 

震える声で問い返した彼女に対し、彼は継ぎ接ぎの腕を組み、淡々と、けれど重みのあるトーンで答える。

 

「自分たちの居場所を追いやられた。だから憎悪と復讐に燃えている……とも解釈できる。俺もそうだった。そういう時の思考は、痛いほど分かる。まぁ、実際は生存競争に負けたようなもんだろうがな。それでも、同情してしまいそうになる部分もある……」

 

 彼は静かに嘆いた。

 理不尽の被害者であり、同時に敗者であった過去。かつての彼にとっても、憎悪がすべてであった時期があった。死線を幾度も越え、ある種の悟りや達観を得た今の彼だからこそ持てる俯瞰的な視点。

 しかし、未だ喪失の傷跡に苛まれるシロコ*テラーにとってその言葉は受け入れがたい毒のように響いたのか、彼女は隠しきれない難色を示した。

 

 当然の反応だ。被害者が加害者に、ましてや自分を陥れた者に同情するなど普通の倫理ではあり得ない。

 だが、彼は不敵な響きを声に乗せて続けた。

 

「そう。関係のない第三者として俯瞰して見るなら、同情はできる。……あくまで、”それだけ”ならな」

 

 ガリ、と金属の指先が装甲を鳴らす。

 

「こいつらはな、その俺を『無関係の第三者』で終わらせないことをやらかしたんだ。生徒を一掃するその過程で、こいつらは俺を利用しやがった。そのために俺の昔の仲間は全員殺されたし、俺はその反動でクソみたいに落ちぶれた。……まぁ、ムカつくよな?」

 

 一転して、彼から剥き出しの憤りが溢れ出した。

 自分たちの事情で勝手に他人の人生を泥沼に沈め、道具として使い潰した司祭たち。その身勝手さへの怒りはかつての復讐心とは似て非なる、もっと単純な不快感に近いものだった。

 

「……じゃあ、また復讐、するの?」

 

 シロコ*テラーが恐る恐る尋ねる。

 もし彼が再び憎悪の化身に戻るというのなら、それは彼女にとっても夜明けから遠ざかることを意味する。

 

「いや? もうそういう暗いのはやめたんだ。ようやく昔の因縁を断ち切れそうな『今』があるのに、わざわざ落ちぶれる真似はしたくねえよ」

 

 彼はきっぱりと断言した。かつての自分を縛っていた鎖を、自らの手で断ち切った。また自分を縛るような愚行は繰り返さない。愚かさにも理想があるのだろう。

 

「だが、まぁ……多少のやり返しはしてえな。」

 

 ぼやくように付け加えられたその言葉にはかつてのどす黒い怨念ではなく、どこか悪戯っぽく、それでいて徹底的に叩き潰してやるという冷徹で野心的な人間性を感じさせる。

 

「そういえば、どうして無名の司祭の話を……?」

 

 シロコ*テラーの問いに、彼は「まぁ待て、後の話に関わってくる」と短く制した。路地裏の空気が緊迫したものへと変わっていく。

 

「次からが重要な話だ。今から……全員生き返らせるための具体的な計画に入っていく」

 

 その宣言に、シロコ*テラーの身体が微かに震えた。

 彼はセンサーの光を鋭くし、確認するように問いかける。

 

「まず、俺たちがいた『あのキヴォトス』はどうなったと思う?」

 

 シロコ*テラーは何も言わなかった。薄々、最悪の可能性に気づいていながら言葉にすることを拒んできた真実。

 沈黙を肯定と受け取り、彼は残酷な事実を淡々と告げた。

 

「もう、無いんだ。跡形も無くな。そもそも空間自体が存在しない……可能性の一つであった世界線ごと、完全に消されてるらしい」

 

 無名の司祭が掲げる、すべての時空から忘れられた神々を消し去るという教義。それは単なる殺戮ではなく、世界というキャンバスからその記述ごと削り取る徹底的な抹消である。

 

「文字通り一つずつ消していくんだ。……だから、あっちの奴らを呼び戻そうにも、帰る場所がもうねえ。」

 

 俯くシロコ*テラー。帰るべき故郷そのものが消滅したという事実は、彼女にとって二度目の喪失に等しかった。それに彼女のように全員が違う世界線に適合できるとは限らない。

 

 だが、彼はそこで立ち止まってはいなかった。

 

「だから……こっちのキヴォトスに、生き返った奴らのための居場所を作る。つまり『キヴォトスのコピー』を、この世界に創るんだ。」

 

 あまりに途方もない信じられない提案にシロコ*テラーは弾かれたように顔を上げた。

 

「……っ、何を言ってるの? キヴォトスの、コピーなんて……どうやってつくるの?」

 

「これでも大真面目なんだよ。今、俺の考えうる限りでの最良の策だ。……まずな、このキヴォトスの『現実』そのものを広げるんだ。キャンバスのサイズ設定を書き換えるみたいにな」

 

 彼はガラクタの腕を広げ、虚空に巨大な円を描くような動作をした。

 

「それで今俺たちがいるこの場所の反対側に、大陸をまるごと置けるほどのスペースを強引に作る。キヴォトスのルールってのは、結構トンチキでチグハグだ。表面上の形さえしっかり整えておけば、中身はどうあれ成立しちまう。……理屈を通せるんだよ、この世界ならな」

 

 あまりにも滅茶苦茶な持論。神の如き所業を、事務的な作業のように語るその姿は狂気の沙汰に見える。だが一応は彼にも性質という力がある。知識を得た今では可能ではあるのだろう。

 

「それで、これで”居場所”は確保できたとする。次は、どうやって生き返らせるかの話だ」

 

 彼は淡々と、だが確信に満ちた口調で続けた。計画は”空間の創造”から、さらに踏み込んだ”魂の回収”へと移行する。

 

「まず、一度俺たちは死後の世界に行かなきゃならない。……まぁ、死ぬ必要があるってことだ。だが、死んでからこちらに戻る時、どの世界線のキヴォトスに行き着くかが分からない。死んだ瞬間、座標も道標もない虚無に飛ばされちまうからな。正確な位置に戻ってくる手段が、今の俺にはねえんだよ。……だがな、あんたがいれば話が変わる」

 

 その言葉に、シロコ*テラーの耳がぴくりと動いた。絶望の中で全てを終わらせようとした彼女にとって、復活の鍵が自分にあるという言葉は、あまりにも唐突だった。

 

「あんたは、自分の身に宿る神秘が何かわかるか?」

 

「……たしか、『死の神アヌビス』……そう言われた気がする」

 

 彼女は力なく答えた。その神秘を持っていたがゆえに、自分の周囲のすべてを死に追いやってしまった。たくさんの命を自らの手で終わらせてしまった。その自責の念が、彼女の心を今もなお苛んでいる。

 

「そう『アヌビス』だ! その神秘が活かせるんだ。」

 

 彼は場にそぐわないほど明るい声で言った。その無神経さとも取れる響きに、シロコ*テラーの内に微かな怒りが芽生える。

 

「……こんな、みんなを殺した力を活かすって……? 何が言いたいの?」

 

 拒絶に近い彼女の問いに彼は少し間を置いた。そして、何かに気づいたように「ああ」と声を漏らす。

 

「多分、その神秘のことをちょっと曲解してるな。……アヌビスってのは確かに死を象徴する神だ。だが、そんな物騒な『殺害の神』ってわけじゃない。本来は、死者を冥界へと導くための神なんだよ」

 

 彼は説明を続ける。その言葉は、彼女が背負ってきた呪いを別の側面から照らし出すものだった。

 

「あんたが得た能力も、使いようによっては対象を殺す力になる。だが実際は少し違うんだ。冥界……つまり『死後の世界』とのパスを作る。それこそがあんたの神秘の本質だ。殺すための力じゃなく、生と死の境界線を渡るための力なんだぜ。」

 

 シロコ*テラーは息を呑んだ。破壊の権能だと思い込んでいたものが、実は道標としての性質を持っていたという指摘。

 

「その神秘と、あとは色彩を運用できれば……文字通り、世界の間を行き来することすらできるようになる……! どうだ、何言ってるか分かんねえだろうけどヤバいだろ?」

 

 ガラクタの身体を揺らし、彼は愉快そうに笑い声を上げた。

 死を司る神と、万物を塗り潰す色彩。司祭たちが絶望を振りまくために利用したその力を今度は死者たちを連れ戻すための架け橋にする。あまりにも傲慢で、だがどこまでも希望に満ちた逆転の発想だった。

 

「多分あんたは、自分が生まれたせいでとか、自分が存在してるせいで自分を責めたりした時期があったろ。自分が『死の神』だったからな」

 

 その言葉に、シロコ*テラーの肩が微かに跳ねた。図星だった。自分の存在そのものが災厄を招き、愛する者たちを奪い去ったのだという呪縛。それは彼女がこの世界線に辿り着いてからも、片時も離れず心にこびりついていた影である。

 

「まぁ、どうしても気にするよな。でもな、あんたはただ生まれ持ったものを利用されただけだ。存在することに罪はない」

 

 彼は淡々と言い放ち継ぎ接ぎの身体を軋ませて一歩踏み出した。

 

「というか、殺すために生まれた存在だった俺のほうが、その悩みに関しては先輩だな」

 

「……えっ?」

 

 意外な告白に、シロコ*テラーは虚を突かれたように顔を上げた。

 

「俺の性質は、あらゆる要素や神秘を吸い上げて、それをエネルギーにして作用する。……これって、生徒みたいな神秘を持つ者を『殺すため』につけられたオプションの仕様らしい。」

 

 彼は自嘲気味に、けれどどこか他人事のように自身の設計思想を語る。

 

「それに、俺は……自分じゃ覚えてねえが、意識を取り戻す前、俺の体にいた『カイン』とかいう存在が無名の司祭に利用される形で、世界線を滅ぼしまくってたらしい。……実は、あんたより俺のほうが殺した数も断然多いだろうな。客観的に見りゃ、俺のほうがよっぽど『存在しないほうがいい部類』に入る。」

 

 路地裏に自己否定的な分析が響く。だが、その声に悲壮感はない。

 

「そんな俺ですら生きてる。……『生きる』という選択をできてるんだ。だから気にするな。」

 

 それはあまりにも強引で滅茶苦茶な理屈だった。自分よりも悪徳を積んだ者がいるから安心しろという、歪な励まし。けれど、その言葉には滅びをもたらしてきた彼にしか宿せない、不思議な説得力を感じさせる。

 

「あんたのは『死の力』で、俺のは『殺すための力』だ。だが、どっちも結局は道具と一緒、使いようだ。スプーンだって、その気になりゃ人殺しに使える。……何がダメなのかを数えるより、どう活かせるかを見出していけ」

 

 彼は高らかに笑い声を上げた。

 

「それができりゃ、後は自ずと自責感も減ってくだろうさ。まぁそれが簡単にできれば苦労しないって話でもあるんだが……。」

 

「ただ、こうやって一見順調そうな計画だが……ここで問題が発生する」

 

 高らかに笑っていた彼の声が急に冷え切った温度を帯びた。ガラクタの身体を軋ませ、彼はシロコ*テラーをまっすぐに見据える。

 

「なぁ、そんな簡単に破壊された世界線を再生できるとしたら……困る者もいると思わないか?」

 

「……! もしかして、無名の司祭が?」

 

 シロコ*テラーも即座に察した。自分たちの聖域を侵し、消し去ったはずの神々を呼び戻そうとする不届き者。彼らがそれを指をくわえて見ているはずがない。

 

「そうだ。そんなことされちゃあ、向こうからしたらたまったもんじゃない。十中八九、妨害してくると踏んだほうがいい。……それに、実は下調べの最中に『ヤバイ気配』を感じた」

 

 彼は忌々しいものを思い出すかのように継ぎ接ぎの頭部を振った。そのセンサーの光が、つてないほどに揺らめく。

 

「多分、俺の『読み通り』だったら……俺じゃ、あれはどうにもできない。」

 

 その言葉は自分の不可能を吐露するためのものではなく、ある種の”託し”だったのだろうか。

 

「だから、あんたに『アヌビスの神秘』の……嫌な使い方をさせることになると思う。」

 

「……いいか、この言葉を覚えておいてくれ。悪循環を断つための正しい終わりは必要だ。」

 

 

「俺は、あんたに殺されることで結果的に救われた。『死』は、時に救いになる。」

 

 

 短く、断片的な言葉。シロコ*テラーにはその真意が掴めず、胸の奥に冷たい不安と困惑が広がっていく。再びこの手で何かを終わらせる時が来るというのか。

 

「……これで伝えたいことは全部だ。さあ、あの時の答えを聞こうか」

 

 彼は迷いを振り払うように、鉄屑の拳を彼女の前に突き出した。

 

 シロコ*テラーはまだ自分に完全な自信を持ててはいない。自分が死の神として振るうべき力の重さに足がすくみそうになる。

 けれど目の前のガラクタが見せている、あまりにも無謀で、けれど眩しいほどの野心。何が正しいかではなく、何がしたいか。そんなフレーズが脳裏に浮かんだ。

 

「……ん。私も、”朝”が欲しい。だから、協力して」

 

 彼女は自身の拳をゆっくりと、けれど確かな意志を込めて彼の鉄の拳に突き合わせた。

 

 

「青春を取り返しに行くぞ。RE 青春(Aoharu)ってやつだ」

 

 

 

 

 

 

 





[補足]
-冥界のパス云々ってなんやねん何何何何何
 彼らは死後の世界と現世をつなぐネザーゲート的なものをやろうとしてます。


名無しにここまで厄ネタ設定をブチ混んでいたのはシロコ*テラーの罪、厄ネタ度合を相対的に軽くするためという意図もあったりします。
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