From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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禁忌(タブー)なんて犯してナンボ


59話『Enter』

 

 見渡す限りの大海原。どこまで行っても青い地平線が続くだけで陸地なんてどこにも見当たらない。潮の香りと規則的な波の音。私は今、彼の後を追ってこの座標に転移してきた。

 

 目の前にはあのガラクタの体が浮かんでいる。海面に座るように座禅を組んだまま動かない。

 

「……何をしているの?」

 

 声をかけてみたけれど反応はない。無視されたみたいで少しだけ面白くない。私は近づいて、むすっとしたまま、彼の鉄屑の体を「ん」と揺さぶってみた。それでも彼は微動だにしない。

 

 数分経っただろうか。

 私たちが浮いていた場所に地面がぱっと現れた。さっきまでの波の感触が消えて、足の裏には硬い土の感触。

 視界の端まで続く、広大な土壌。大陸と呼んでも差し支えないほどの広さがある。けれど、そこには山もビルも草木一本すら生えていない。ただ真っ平らでまっさらな、何もない空虚な大地。

 

 ようやく、目の前のガラクタが軋んだ音を立てて動き出した。

 

「これが、キヴォトスのコピー……? 何もないけど……」

 

 私がそう問いかけると彼はがっくりと肩を落として、力のない合成音を漏らした。

 

「リソースが足りなかった。……この地面を敷くだけで限界らしい」

 

 リソース……。聞き慣れない言葉の意味がすぐには理解できなくて、私は小首をかしげた。

 

「キヴォトスにはサンクトゥムタワーがあるだろ。……あれはこの世界の構成を保持するための、中枢装置みたいなものらしい。例えるなら、CPUやサーバーってやつだな。それが今のこの世界に一つしかない以上、処理能力に限界があるんだ。これ以上『現実』を広げようとすると世界そのものがパンクしちまう」

 

 彼はそう言って何もない大地を見つめて嘆いた。

 形だけの大陸。けれどそこに街を造り、もう一つの学園都市として成立させるためのスペックがサンクトゥム一つでは足りない。

 

「……ん。つまり、もう一つタワーが必要、ってこと?」

 

 私の問いに彼は重々しく頷いた。それはこの計画がただの大工作では済まないことを意味していた。

 

 一応これ以上建物を増やさずにこのままの状態を維持するだけなら問題はないらしい。今は場所さえ確保できればそれでいい。タワーのリソース不足については、とりあえず後回しにすることになった。

 

「……じゃあ、今からは何をするの?」

 

 私が尋ねると、彼は迷うことなく次のステップを提示した。テンポ良く、淀みなく。何をすべきか、その道筋が彼の中では明確に組み上がっているみたい。ふと思った。こうやってまっすぐした迷いのない感じが本来の彼の姿なのかな、って。

 

「次はパス……つまり道筋を作るぞ」

 

 彼はそう言って、継ぎ接ぎの腕を真っ平らな大地へと向けた。

 

「死後の世界とこちら側を往来するにあたって、必ず構築するか、あるいは経由しなきゃならない『領域』があるんだ」

 

「……それは、なに?」

 

「混沌の領域、『ナラム・シンの玉座』だ」

 

 聞き覚えのある、けれど今の私にとっては遠い響き。彼は説明を続ける。

 

「そもそも死後の世界ってのは物理的に存在しない。だから肉体を持ったまま物理的に行けるような場所じゃないんだ。そこで、実在と非実在が混ざり合うその領域を経由することで疑似的な直通移動をしようってわけだ」

 

 今回は、すでにあるその混沌の領域に色彩を干渉させて、ここから直通で往来できるポータルみたいなものを作ってほしい。ということみたい。

 

「……できるか?」

 

 ポータル、門、あるいは道標。

 かつての私なら力をただ終焉のために使ったかもしれない。けれど、今は違う。

 

「……ん。それなら、私にもできると思う」

 

 私の体の中に眠る死の先へ導く神秘と、色彩。それらを繋ぎ合わせればこの座標とまだ見ぬ深淵を結ぶことは可能なはず。

 

 私はゆっくりと目を閉じて境界の狭間を探り始めた。

 

 座標を特定して、そこに色彩を使って移動する。

 真っ白な紙を折り曲げて、離れた点と点をつなぎ合わせるみたいに。空間と空間を強引に縫い合わせるとそこには黒いひずみが生まれて、ぽっかりと空中に開く穴の門になった。

 

「……できたみたいだな」

 

 彼の声が穴の向こう側、さっきの場所から響く。

 元の場所に戻って穴を見るとナラム・シンの玉座へと通じる、底の知れない真っ暗な闇が口を開けているような感じになっていた。

 

「……ん。接続成功。……ここからどうするの?」

 

 私が尋ねると彼は次の工程を口にした。

 

「次は、その混沌の領域から『死後の世界』へとパスを繋げるわけだが……。どうだ、同じように繋げられそうか?」

 

 言われた通り私は目を閉じてその非実在の領域を探ろうとしてみた。

 死を司る神秘に意識を沈め、境界の向こう側へ。けれどそこにあるのは果てしない虚無だけで、繋ぎ止めるべき明確な座標がつかめない。。

 

「……できない。……場所が、全くわからないから、移動できそうにない」

 

 正直にそう告げると彼は想定内だったのか、「まぁ、やっぱりそうか……」と少しだけ困ったように肩をすくめた。

 

「あそこはちょっと、ルールがややこしいからなぁ。……あの場所ってのは、パソコンでいう『ゴミ箱フォルダ』みたいな場所なんだよ」

 

 ゴミ箱。

 一度消去されたデータが完全に消える前に一時的に放り込まれる場所。

 

「俺が目印になる。一度、俺を非実在の領域に送ってくれ」

 

 彼は淡々とそう言った。

 私の持つアヌビスの神秘。それは対象をゴミ箱フォルダへと強制的に送り込む、ファイル削除のような権能。かつて、不死身のはずだった彼を殺せたのも、その力があったかららしい。

 

「……じゃあ、また……あなたを殺さないといけないの……?」

 

 思わず声が震えた。

 一度、自分の手で彼を終わらせた。その時の指先に残る嫌な感触も、耳にこびりついた雨音も、全部よく覚えている。正直もう、そんなことはしたくない。

 

「こんなの、殺すうちに入らねえよ」

 

 彼は自嘲するように関節のこすれる音をカラカラと鳴らした。

 

「どうせすぐに、向こうで『合流』する。それに、今の俺はこんなガラクタの体だ。中身はともかく外見はほぼ死んでるようなもんだろ」

 

「とりあえず俺を撃て。そうすれば俺の意識は死後の世界へと飛ばされる。それであんたなら俺の“気配”を感じ取れるはずだ。それを道標にして、もう一度空間を繋ぎ直してくれ。」

 

 彼はそう言って無防備にその歪な体をさらけ出した。

 

 ……少しだけ、間をおいて考えた。

 生きるのなら。自分の『望み』を叶えたいと願うのなら。苦難は必ず雨のように降り注ぐ。それを跳ね除けて進むための、揺るがない意志。強い心が必要。

 

 

 ゆっくりと使い慣れたアサルトライフルを構える。マズルの先には、彼の鉄屑の頭部。

 これが別れじゃない。再会のための通過儀礼。

 

 私は彼をあの世へ送るつもりで指先に全神経を集中させ、トリガーを引いた。

 

 銃声。

 放たれた弾丸が彼の頭部を貫通した瞬間、無数のパーツが糸の切れた人形みたいにバラバラと崩れ落ちた。

 

 足元に散らばる物言わぬ金属の塊。

 そこからはもう意志も気配も何一つ感じられない。

 

 静寂が、ナラム・シンの玉座を支配する。

 銃声の余韻が消えるより早く、私は彼の気配を辿り始めた。

 

 ゆっくりと目を閉じて意識を深層へと沈めていく。視覚じゃない感覚で見える世界はただただ深い真っ暗闇。光の届かない海の底、命の鼓動が一つも聞こえない死に絶えた深海のようだった。

 けれどその冷たい虚無のどこかに、彼がいるはず。

 

 漆黒の視界の隅にぽつんと一粒。夜空の隅で震える六等星のような消え入りそうで、でも確かにそこに存在する微かな光。

 

「見つけた……!」

 

 私はその光の座標、色彩で強引に引き寄せた。空間に歪な穴をこじ開けナラム・シンの玉座とその未知の領域を繋ぎ合わせる。

 

 まぶたを開けると、そこに生じた門の先にはすべての色が抜け落ちたような灰色の世界が広がっていた。空は存在していないように真っ黒。

 

「よくできたじゃねえか。」

 

 聞き慣れた声のする方向。そこには彼が立っていた。

 でもさっきまで足元に転がっていた、あの歪なガラクタの体じゃない。かつて私が昔見たことのある、人間の姿。

 

「……ん。……その姿、久しぶりに見た。ガラクタより、ずっといい」

 

「はは、そうか? まぁ、こっちじゃ自分が最も自分だと思える姿が適用されるからな。……これで、その穴を通るだけで現実とここを行き来できるぞ。いくら死のうが、これで何度でも復活できる。文字通りの不死身ってわけだ」

 

 彼は満足そうに、自分の手足を確認するように動かした。

 けれど、門を維持し続ける私の体には、じわじわと重い負荷がかかり始めていた。空間の裂け目から漏れ出す虚無を繋ぎ止めるために、私のエネルギーが刻一刻と削られていく。

 

「……でも、ずっと……。この穴を開いたままにするのは、ちょっときついかも……」

 

 呼吸が少しずつ速くなる。額に滲む汗。このままでは、大陸を創る前に私が力尽きてしまう。

 

「……ああ、それなら俺が取り持つ。気にするな、今の俺ならエネルギーは無限なんだ。好きなだけ使いやがれ」

 

 彼がそう言って、透き通るような白い手をこちらへ伸ばした。

 その瞬間、肩にのしかかっていた、耐え難いほどの重圧がふっと消えた。まるで背負っていた巨大な荷物を、隣にいる大きな誰かがひょいと代わりに持ってくれたみたいに。

 

「……ん。……軽くなった。ありがとう。……これなら、いくらでも開けていられる」

 

「ここまでは順調だな。ようこそ黄泉の国へ。……ここからが本番だ」

 

 彼はそう言って、色のない灰色の地平線を指し示した。かつて私たちが命を奪ってしまった人たち。あの戦いの中で消えていったアビドスの仲間たち、そして終わらせてしまったキヴォトスの皆。

 

「……ん。今から、あの日失ったみんなを……探すんだね」

 

 私はアサルトライフルのグリップを強く握り直し、精神を引き締めた。けれど彼は首を振った。

 

「まぁ、それはそうなんだが……。一番最初に見つけるべき『重要人物』がいるんだ」

 

 また説明パートに入って悪いんだがな、と彼は前置きしてこの世界の構成について語り始めた。

 

「この死後の世界に形成される地形や建物が、どうやってできてるか知ってるか?」

 

 またこの流れ、慣れてきた。

 

「……ん。わからない。教えて」

 

 私が素直に首を振ると彼は「だろうな」と笑って、足元の灰色の土を蹴った。

 

「ここは死人の『記憶』が元になって、形が作られる場所らしい。……つまり、探したい人物がいるなら、そいつにゆかりのある風景を辿っていけば自ずと近づいていけるってわけだ。……それを踏まえるとなぜ最も優先すべき人物がいるのかが分かってくる。」

 

「……いるだろ。生徒たちについて誰よりも幅広く、誰よりも熟知している人物が。」

 

 そのフレーズを聞いた瞬間、私の脳裏にある一人の姿が鮮明に浮かび上がった。

 どんな時も生徒の側に立ち、一人ひとりの個性も、悩みも、歩んできた道も、そのすべてを慈しむように見守っていたあの背中が。

 

「……先生!」

 

「正解ッ」

 

 彼は満足そうに笑った。

 先生の記憶。そこには、キヴォトスのあらゆる生徒たちの記録が刻まれている。

 もし先生を見つけ出すことができれば、そこを起点にして散り散りになった生徒たちの”アドレス”を特定できるはず。

 

 でも、私は覚えている。あの時の先生は『色彩の嚮導者』にさせられていた。その異質な状態で命を落としたら、この死後の世界でどんな姿になっているのか私には想像もつかない。

 

 不安が胸を掠めた。隣に立つ彼にその懸念を伝えると、彼は短く、けれど力強く言い切った。

 

「そこは、信じるしかないだろ」

 

 ……ん。それもそうだね。疑って立ち止まるよりも、今は一歩でも前に進むべきなんだ。

 

「死んだ奴らは、この領域で過ごすうちに徐々に記憶を失っていく。もしかしたら多少は記憶が飛んでる可能性もあるが、そこは正直あんまり問題じゃない。……人の”本質”はそう簡単に変わらない、俺も自分の本質を思い出せた。先生だって先生のままだろうな。」

 

「それに、失った記憶は後からだって取り戻せる。……梔子ユメっていう、先例もいるわけだしな」

 

 彼はそう補足して私の不安を解きほぐすように笑った。

 私たちは今、互いの”気配”を通じて位置を共有できている。この広大な灰色の世界を効率よく探すために、ここからは二手に分かれることになった。

 

「それじゃあ、また後で合流しよう」

 

「……ん。分かった。気をつけて」

 

 私たちの失った青春を取り戻すための旅路。最初に見つけるべき落とし物は、先生。

 先生、それにアビドスのみんな……。ずっと、心の奥底で会いたいと願っていた。でも、二度と叶わないと思っていた。

 

 今ならそれが叶う。

 この手で、あの透き通った日々をもう一度再建することができる。

 

 なんだろう、この胸の奥から湧き上がってくる不思議な感覚。

 死の神の力も、忌まわしい色彩も、すべてが目的のための”翼”になったみたい。

 

「……ん。『無敵』になった気分」

 

 私はアサルトライフルを持ち直し、先生の記憶が色濃く残る景色を探して灰色の荒野へと駆け出した。

 

 

 

 





[補足]
-シロコ*テラー
 名無しの彼に救われたというよりは”自分の力”で立ち上がっていってる。救いがないなら自分で満足のいくものをつくってしまえばいい。

-名無し
 名無しの彼は基本的に誰にも救われず、同時に誰も救えない存在。だから上から手を差し出すのではなく、同じ対等な立場から共謀する。自分の意志で立ち上がるきっかけを与えることができる。先生ではないからこその行いである。

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