From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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あの出会いを再び


60話『初日は二度訪れた』

 

 色のない世界を私はただ一人で進む。

 道中、何度か人影を見かけた。けれど、それは私が知っている人じゃなかった。項垂れた亡者のように干からびた人や、キヴォトスでは見たこともない服装をした大人たち。みんな魂が抜け落ちたみたいに虚空を見つめていて、声をかけても反応はない。会話ができるような状態じゃなかった。

 

 ……少しだけ、不安になる。

 この広すぎる灰色の終着点で先生を見つけたとしても……。

 

 いくつもの知らない都市の残影を通り過ぎ、どれくらい歩いたか分からなくなった頃。不意に視界に見覚えのあるシルエットが飛び込んできた。

 何度も訪れた場所。

 

「……ここ。……シャーレ」

 

 灰色の霧に包まれてはいるけれど間違いなかった。先生の拠点。

 鼓動が少しだけ速くなる。私は期待と不安を混ぜ合わせたような気持ちで、建物のエントランスをくぐった。

 

 ロビー、エレベーター、廊下。

 景色は私の記憶にあるものとほぼ同じ。でもほとんど無音であまりにも静か。

 

「……先生? 先生、いる……?」

 

 執務室のドアを開ける。けれど、そこには山積みの書類も微かに香るコーヒーの匂いもない。

 応接室、休憩室、仮眠室……。どの部屋を覗いても誰もいない。デスクの上はさらさらとした灰が積もっているだけで、温もりなんてどこにも残っていなかった。

 

「……誰も、いない」

 

 ぽつりと独り言が漏れる。

 でもこの場所が形作られているということは間違いなく先生がここにいたという証拠のはず。

 

 ここにいたという、痕跡ではある。

 なら今はどこに?

 

 先生はもうここに長居せずどこか遠くへ行ってしまったのかな。

 

 ならここに居座っていても、意味はない。

 このシャーレの憧憬は先生がかつてそこにいたというただの記憶の抜け殻でしかない。私は一階のロビーを通り抜け、再び外へと踏み出した。

 

 この世界の光景はまるである写真を引き裂いて、それをデタラメに繋ぎ合わせたみたいだった。

 忘れかけた記憶のように途切れ途切れの景色。印象的に覚えている場所だけが鮮明に屹立し、それ以外は霧に溶けるように曖昧な形をとっている。

 

「人の記憶、そのもの……」

 

 不意に感心してしまった。

 まだらで、いろんな人の記憶が混ざり合い、そしてゆっくりと風化して消えてゆく。

 この世界はそれを絶え間なく繰り返している。古い記憶が積み重なり、分解され、新たな命の苗床になる……まるで、彼が言っていた腐葉土のように。

 

 すべてを忘れきったその時、何者でもなくなったまっさらな魂は、また別の場所で新しく生まれ変わるのかもしれない。

 ここは輪廻における、とても重要で静かな中継地点。

 それがきっと、この宇宙における”あるべき正しい循環”なんだと思う。

 

 ……でも、そうなる前に私は先生を見つけたい。

 本当は、よくないことなんだって分かってる。

 完成したジグソーパズルのピースを無理やり奪い取るようなもの。

 ”理に反する”というのは、きっとそういうこと。

 

「……でも。やっぱり、もう一度会いたい」

 

 私はその気持ちを否定しない。

 自分のせいで失われてしまった命を元に戻すという償い。それはもちろんある。

 だけど、それとは別に。今は少しだけ、”自分勝手に”なってみたい。

 

 誰かのためじゃなく、私が先生に会いたいから。

 私がみんなと、もう一度笑いたいから。

 

 それでいいんだ。自分の幸せを望むのは悪いことじゃない。

 

 見覚えのある、ひどく馴染みのある光景。

 どこまでも続く砂に埋もれたアビドスの廃墟地帯。何度も何度もロードバイクで駆け抜けたあの砂塵の匂いが残る道路。

 

「……ん。この景色……」

 

 この記憶は、一体誰のものなんだろう。……もしかしたら、この先にみんなが……。

 そんな淡い、けれど消えそうにない期待を抱きながら歩みを進めていた時、ふと視界の端に何かが映った。

 

 道端に、一台のあるものが立てかけられている。

 

「……あれ。自転車……」

 

 それは私が今持っているものとは違うけど、確かに昔乗っていたロードバイクだった。なんでわざわざこんなところに……。

 

「……。」

 

「……せっかくだし、乗っていく。こうしたほうが速いから」

 

 私はそのサドルに跨った。

 ハンドルを握る感触、ペダルに置いた足の重み。一つ一つの動作が身体に染み付いたリズムを呼び起こしていく。

 

 ちびシロコのおかげでサイクリング自体は最近もよくやっていたけど、それとは違う懐かしさを不意に感じた。

 

 一度地面を蹴れば、砂を噛むタイヤの音が静寂を切り裂く。

 歩くよりもずっと速く流れていく灰色の景色。

 

「……ん。やっぱり、この感覚……」

 

 風を切る感覚が少しだけ私の心を軽くした。最初は取り戻すこの作戦がつらい道のりになるかと思ったけど……今はまだリラックスしていてもいいのかもしれない。

 

 ……?

 住宅エリアのあたりまでペダルを漕ぎ進めた、その時。

 視界の先、灰色の道路の真ん中に何かが落ちているのが見えた。

 

 ……なぜだろう。心臓が妙な跳ね方をする。強烈な既視感(デジャヴ)が、砂塵と一緒に胸に込み上げてくる。

 私はロードバイクを止めて、ゆっくりとその”何か”に近づいた。

 

 そこには白くて小さな小動物のようなサイズの物体が力なく横たわっていた。

 ……本当になんだろう、この奇妙なものは。

 白くて二頭身くらいの変に頭でっかちな人型。子供の落書きをそのまま三次元に引っ張り出してきたような簡素で、お世辞にも上手とは言えない雑な見た目。

 点のような鼻と、曲線で構成された最低限のパーツしかない顔。

 

 本当に、何なの、これ。

 

「う、うぅ……」

 

 その奇妙な物体が小さく呻き声を漏らした。

 私は屈み込んで恐る恐る声をかける。

 

「……大丈夫?」

 

「”あれ……私は……何を……うぅ……”」

 

「あ、生きてた。道のど真ん中に倒れているから、てっきり死んでいるのかと。」

 

 私がそう告げると、その白い物体はのろのろと上体を起こした。

 

「”……”」

「……」

 

 互いに顔を見合わせて数秒間の沈黙。

 風の音だけが私たちの間を通り抜けていく。

 

「”……あれ……シロコ……? なんでシロコが、ここにいるの……?”」

 

 耳に届いたのはあまりにも聞き覚えのある、穏やかでちょっと情けない、けれど何よりも温かい声。

 私は目を見開いたまま固まった。

 

 ……もしかして。

 これ、まさか……。

 

「……先生?」

 

 目の前の光景があまりにも信じられなくて。私は自分の視界が、この世界のバグかなにかで狂ってしまったんじゃないかと疑った。

 

「”シロコ……? シロコ……なんで、ここに……”」

 

「”……シロコ……そんな、まさか君も……”」

 

 その小さい落書きみたいな存在は震える声で嘆き始めた。

 

「”……ごめん、ごめんね……。私は……君を救ってあげられなかった……”」

 

 力なく私の足元にひざまずく白いちっぽけな体。

 

 ……あっ、そうか。

 先生は私がここにいるのを見て、私が死んでしまったんだと思ってるんだね。自分の命を賭したのに、結局救えなかったんだって……。

 

 でも自分のことよりも先に私のことを考えて、ボロボロ泣きそうな声で謝ってくれる。

 姿かたちは二頭身の奇妙な物体になっちゃってるけれど。色彩の影響で、自分に対する認識がぐちゃぐちゃになってしまったのかもしれないけれど。

 

 間違いなかった。

 この優しくてどうしようもなくお人好しな私の知っている先生だ。

 

 私は自転車を降りてその小さな体に視線を合わせるように姿勢を低くした。

 

「先生。」

 

 呼びかけると、先生はこちらを見上げてきた。

 

「”シロコ……”」

 

 不思議だった。

 ただの落書きみたいな顔なのにそこには言いようのない悲しみや、後悔や、愛おしさが、痛いほど詰まっているのが読み取れた。

 

 胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 気づけば、私は我慢できずにその小さな体を抱きしめていた。

 

「せんせぇ……!」

 

 ひんやりとしているはずの灰色の世界でそれは私にとって何よりも温かい。

 

 また会えた。

 姿形は変わってしまったけれど、とても奇妙で少しおかしいけれど。

 

 ようやく、また再会できたんだ。

 

「……よかった……! きえてなくてよかった……! あいたかった……!」

 

 私は子供みたいに我を忘れて先生を抱き上げた。腕の中に伝わる確かな重み。溢れ出しそうな喜びが言葉になって口を突いて出る。

 

 対する先生は突然のことに目を白黒させて困惑していた。

 

「”……!?……??”」

 

 無理もない。死んだ人間がこんな風に歓喜してはしゃいでいるのは今の先生の目には奇妙に映っているのかもしれない。

 

「”……シロコ? 大丈夫……?”」

 

 腕の中から私を気遣うようないつもの優しい声が聞こえた。

 その声に少しだけ熱くなっていた頭が冷える。……そうだ。まだ、手放しで喜んでいる場合じゃない。私にはもっと会いたい人が、見つけ出さなきゃいけない人たちがいる。

 

 一度深呼吸をして先生をゆっくりと地面に下ろした。

 少しだけ心を落ち着かせて真っ直ぐに先生の目を見る。

 

「違うよ、先生。私は死んでない」

 

 そこから私はこれまでの事情を一つひとつ説明した。

 自分が今、一時的にこの死後の世界へ来ていること。そしてアビドスのみんなやあの時死んでしまった生徒たちを連れ戻すために、まずはその手がかりとなる先生を捜していたこと。

 

 私の言葉を先生は静かにでもどこか真剣な眼差しで聞き入っていた。

 

「”……そっか、もう一人の私が……。”」

 

 先生は静かに頷きながら、私の話を聞いてくれた。

 先生がプレナパテスとなった後に支えてくれた『もう一人の先生』のこと。違う世界のもう一人の私である、よわシロコ。そして、あっちの世界のみんなのこと。

 彼女たちがどれだけ必死に戦い、どれだけ私を想って言葉を掛けてくれたか。その一つひとつを、先生は「うん、うん」と慈しむような目で見守るように受け止めてくれる。

 

「”よく頑張ったね、シロコ。……本当に”」

 

 その一言だけで胸の奥に溜まっていた澱が溶けていくような気がした。

 

 けれど元の世界線で私が殺したはずの”名もなき彼”が現れ、みんなを生き返らせる計画を提案してきたことを伝えると先生の表情が慈しみとは違う感情に溢れた。

 

「”え、ちょっと待って……名無しがいるの……!?”」

 

 意外そうな、それでいてどこかこれまでと違う反応。そういえば二人は面識があったんだっけ。どういう関係だったのかはあまりよく知らない。

 

 とにかく今は細かいことを気にしている余裕はない。この広大な死後の世界から、散り散りになった全ての生徒を見つけ出すためにはどうしても先生の助けが必要だと伝えた。

 

「”あはは……なんだかめちゃくちゃだね……。状況を整理するだけでも大変そうだ”」

 

 先生は困ったように笑って、それから小さく息を吐いた。

 そして、の小さな体で精一杯に胸を張り、力強く言い切って見せた。

 

「”でも……そういうことなら、私は喜んで協力するよ!”」

 

「”だって……困っている生徒を助けるのが、『先生』の仕事だからね!”」

 

 屈託のない笑顔。迷いのない言葉。

 姿は変わってしまっても中身は変わっていない、私の知っているあの先生のままだ。

 

「……やっぱり、先生は先生だね」

 

 私は少しだけ口角を上げて、先生の手を握った。

 

「ん、それじゃあ行こ」

 

 私は先生を軽々と抱え上げると、慣れ親しんだロードバイクのサドルに跨った。

 先生は小さな手足で私の背中にスローロリスみたいにぎゅっとしがみついている。

 この小動物仕草は一体……?

 

 ふと思い出した。

 初めて先生と出会ったあの日。あの時も、こうして自転車に乗せて走ったっけ。

 

 失ったものを取り戻す。

 その言葉の意味を今、この感覚が教えてくれている気がする。かつての日常を、一つひとつ丁寧に拾い集めていくみたいに。

 

 私はペダルに力を込め、再び死後の世界の静寂を切り裂くように疾走し始めた。

 風が頬を撫で景色が後ろへと流れていく。そう、前に”進んで”いくんだ。

 

 

 その時背後から声が聞こえた。

 話しかけるというよりは独り言に近い、微かに囁くような声が。

 

 

「”ありがとう。”」

 

「”……まだ、私を『先生』で居させてくれて”」

 

 

 

 

 

 

 

 




[補足]
-シロコ*テラー
 この世界ではアビドスの制服を着ており、まだ体も成長していない昔の外見を取っている。

-()プレナパテス先生
 まんまアロナが描いた似顔絵先生みたいな外見。ちっちゃい白ハゲクリーチャー。
 本編世界線の先生にすべてを託した後ここに流れ着いた。もう色彩の嚮導者ではない。

 

エモい展開かけるように努めているつもりだけどやっぱり自分で読み直してもどのぐらいできてるか、ちゃんと適切にかけてるかが分からないですねぇ……。

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