そこには何がある
灰色の地平がどこまでも続く。再び死後の世界に来たわけだ。色彩を奪われ、記憶の澱が形を成しては崩れるだけの終着点。憂鬱な場所だが……割と悪い気分じゃない。
ただあのアホ毛が特徴的なあいつもいれば少しは賑やかだっただろうか。色のない世界を歩くのは慣れた。というか『歩く』という行為にもはや自分のアイデンティティすら感じている。
進まなければならない人生だ。これまでも、これからも。
なら流れに飲まれるのではなく、乗ってやる。自分の意志で今は歩いている。
変な気分だ。幼い子供が抱くような全能感が途切れない。
意欲が尽きない。もう折れる気がしない。
何者にも勝てるわけではないが、もう何にも負けない。
変なんだが、同時にいい気分でもある。
自分のせいで何かが損なわれたならそれを元通りにすればいいだけのこと。まぁ実際は全部自分のせいでああなったというのは少しおこがましい話。俺も巻き込まれた木っ端の一つに過ぎないのが事実だが……まぁそれは置いておこう。
もちろんこれは償いとは少し違う。俺の自己中なわがままに近い。なにせ絶望し死んでいった者に、生き返らないかって聞いて回るんだ。いろいろと失礼で無粋な側面も多いと思ったほうがいい。
だから自分が与えるつもりなのは”機会”。喪失や傷の過去と向き合う苦難が確定している、そんな第二のやり直しの人生を本当に歩みたいか、それをまず最初に問おうと思っている。上から目線に聞こえるかもしれないが、それだけの覚悟はあったほうがいい。
俺に差し伸べられる手はない。せいぜい立ち上がりたいかどうか確認させられる程度だ。
そう。救うわけではない。それは”あいつ”の仕事だ。俺は下地を作れればいい。まぁこう言っちゃ悪いが生き返らせた後は丸投げだ。
そこも含めて覚悟はあったほうがいい。自分で道を見つけ直していくわけなんだから。正しい道を示してやるのは俺の本分じゃない。
壊れた記憶が散開するこの領域……。
面白いことに実は既にシャーレ纏わる憧憬は何度も見つけている。どれも微妙に違っていてサイズ感やある部屋などがそれぞれ違う。シャーレを訪れた人によって当然印象も変わるから当たり前のことではあるのだろう。
少なくともシャーレがあるということは誰かしらの生徒がこのあたりにいたということ、根気よく探していこう。もちろん先生の可能性もあるが。
不思議なことに学園都市キヴォトスに纏わる憧憬はあっても、育ってきた家庭の記憶などは見たことがない。生徒にはおそらく家族や家庭という情報が表面上、つまり設定的にしか存在しないのだろう。観測者である”何者か”がそれを観測する必要性が生じたときにその設定が具体的に内容を持って生成されると考えられる。キヴォトスの神秘にはまだまだ謎が多い。
こう考えると生徒が単なる創作物のキャラクターに見えてしまうかって?
まぁそういう見方もできるだろう。正直”知識”の習得に伴ってより奇妙な俯瞰した認識を持つようになってしまった。知ってしまうことに代償があるとは思わなかった。
だが、結局信じたいものを信じればいいだけのこと。俺はもう生徒という存在を恐れていない。やっと人として見れるようになった。例え正体が神々であろうとも、俺は……まぁ普通に人として接しよう。恐れを抱かなくなり、良くも悪くも関心を抱かなくなった。
前ほど疎外感は感じない。”裏側”に何を秘めていようとみんな”人”で、俺は”人間”だ。俺が自信をもって俺で在れるならそれでいい。仲間とまたバカをやれるなら、俺は胸を張って貪欲に進んでいられる。
来てみろ苦難。俺をもう止められると思うなよ。
「……ん。」
思わず声が漏れる。巨大な大聖堂らしき場所が見えた。少し訪れたことのある記憶があるようなないような……。とにかくあの中も探る価値はあるだろう。そこへ向かうことにした。
だが大聖堂と自分のいる場所の間には大きな崖があり、そこへとむかう道はない。
少し周囲を探索すると、奇妙な地下トンネルを通らなければそこへはいけない事が判明したためそこを通ることにした。地下道、暗闇。かつてはどうしようもなく苦手で嫌い、恐れたもの。今は強靭な理性が自身の導き手となる。
恐れは完全に消えたわけではないがもう取るに足るものではなくなったんだ。逆に”恐怖”という感情が消えれば、その時こそ人間性を失う。俺は人間で在りたい。恐れはあってもいい、克服すればいいだけだ。
たどり着いた灰色の聖堂にて。ステンドグラスは色を失い、鮮やかさは残り香でしか感じられない。ここは誰の記憶であったのだろう。
「……?」
誰かいる。
祭壇の前に人影が見えた。この色のない世界に似つかわしくない、花を思わせる特徴的な純白のドレスを纏った黒髪の女性?が倒れていたのだ。背中どころ肩あたりまでばっくりと空いたデザインはかなり攻めてるな……。
肌の色は灰色で色を失っているように思える。
倒れているという事は、この世界で気を失っているのだろうか……? 意識失えるのか……?
近づくと俺の数倍高そうな身長に気づき、少し驚く。なんか自分より高い奴にばかり会うよな。いや、別にコンプレックスをかんじているわけではないんだがな。
仰向けにさせて顔を除いたところ、どうやら頭部が一部変質して花びらを思わせる形状になっていることが分かった。
驚いたな……。いや、外見ではなく”自分”にだ。
不意に……。本当に不意にだ。この女性?を”美しい”と思ってしまった。衝撃だ、俺にまだそんなものが残っていたとは。
顔立ちは少しサオリに似ている気もするが別人だ。
うぅん……こちらと同じくキヴォトスの外の存在なのだろうか。
まぁとりあえず起こしてみよう。意思の疎通が取れなかったらぶっ殺せばいい。
「おーい、生きてるかー。」
この世界にいる時点で死んでいるだろうがという話は置いておけ。いちいち疑問を思い浮かべていたらキリがないぞ。
「ん……んん……。」
呻き声を挙げた。
「あ……あれ……?
彼女はゆっくりと上体を起こし、頭を押さえている。花びらについた一つ一つの目が開いていく。この姿にはどんな意味が込められているのだろう? 記憶の喪失で自認する姿が歪んだタイプなのだろうか。
「よう。会話できるぐらい脳ミソ残ってるか教えてくれよ。」
「……? 何を言っているのか……。あの、あなたは……?」
「まぁ……理性はありそうだな」
速攻で襲ってくる亡者でもないらしい。
ちょうどいい、少し”あいつ”のことを訪ねてみよう。
「なぁ、急で悪いんだが若い男を見なかったか。物腰の柔らかい……なんていうか、こう……どこか情けない感じの……。」
よく考えればキヴォトスと無関係そうな共通の点のない他人にどうやって先生のことを伝えればいいんだろうか?
「……。あの、その前に貴方が何者なのかを言うべきかと。無礼ですよ。」
「……。人探し中のしがない放浪者だ。これ以外に説明するすべがないから勘弁してくれよ。」
そう言いながら両手をひらひらとさせた。自己紹介に使える名前も肩書きも無いもんで。
この大人、思ったよりまともそうではあるが……。
大丈夫だろうか。
「そうですか。……若い男性らしき人物を見かけた記憶があります。良ければご案内しましょうか?」
どこか無表情で無感情な雰囲気だが、協力的な姿勢だ。
「本当か? 助かる。」
そう言い手を差し出して立たせた。すごいなこのドレスどこまで丈あるんだ、引っかけて転びそう……。スラリとしたシルエットとこの外見、“美”のテーマ性を帯びているのだろう。いや、逆にそれしか残らなかったのだろうか。
「アンタ、名前は」
歩き出したタイミングでそう尋ねる。
「……。さあ、何だったのでしょうか。」
女性は名を忘れていたようだった。
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二人は色亡き世界を歩く。視界に広がるのは激しく焼かれ、無残に荒廃した都市の残骸だった。崩れ落ちたコンクリートの塊や、煤けた鉄筋が突き出すその景色に彼は既視感を抱く。
「(……ここはアリウスに纏わる記憶じゃないか?)」
確信に近い推論が脳裏をよぎるが、隣を歩く女性にそれを問うことはしなかった。そもそも知っている可能性は低そうだったからだ。彼女は間違いなく”大人”の範疇に属する存在なのだろう。
しかし、その立ち振る舞いには気品こそ溢れているものの、人格の要となる何かが決定的に抜け落ちているようだ。
言葉を選び、淑やかに進むその姿。だがその瞳や言動には一切の感情が宿っておらず、どこか上の空で現実味を欠いている。忘却の世界において記憶を失うことがもたらす弊害なのだろう。
「(……まぁどうせ今限りの付き合いだ。深い事情なんて俺の知ったことじゃねえな)」
彼は心の中でそう毒づき、冷めた思考で自らを納得させる。目的はあくまで先生の捜索であり、隣にいるこの大人の正体を暴くことではない。乾いた砂塵が舞う中、二つの影は灰色の廃墟の奥へと足音とともに進んでゆく。
アリウスの廃墟を歩む二人の前で、ガシャリと何かが転ぶ乾いた音が響いた。
名もなき彼が反応するよりも早く、隣を歩いていた純白のドレスの女性が動いた。彼女はすかさず転倒した存在のもとへ駆け寄り、躊躇なくその灰色の体を支える。
「お怪我はありませんか?」
気品に満ちた、けれど温度のない声で問いかける。支えられた色のない存在は、痛みに呻きながら「えへへ……すみません、ありがとうございます……」と軽く礼を言い、顔を上げた。
だが、大人の顔を視認した瞬間その表情は恐怖に凍りついた。
「ひ……ひぃっ!? う、うわぁぁぁぁぁああああん!!」
絶叫と共に、彼女は這うようにして後ろへ転がり、子供のように泣きじゃくり始めた。
その泣き声に応じるように瓦礫の陰からもう一人の存在が飛び出してきた。
「ヒヨリ、大丈夫……ッ!?」
駆け寄ってきたその少女もまたヒヨリに触れようとしていた大人を見た瞬間、動きを止めた。表情を険しくこわばらせ、その場に固まる。
名もなき彼は怯えきるヒヨリと、警戒を露わにするミサキの姿を交互に見やった。かつての知り合い、錠前サオリが決して手放そうとしなかった大切な仲間たちの残影。
「ヒヨリとミサキ、あんたらだったか。」
彼は事もなげに呟き、泣き叫ぶヒヨリを気遣うように立ち尽くすドレスの女性へと視線を向けた。先生よりも先に見つける予定だった生徒が見つかったなどとお気楽に考えていた。
「……なんだ、知り合いだったのか?」
その問いにミサキは顔をさらにこわばらせ、震える唇から絞り出すように呟く。
「……マダム」
その一言には深い嫌悪と、決して拭い去ることのできないトラウマが重く重く宿っていた。
「まさか……なんでここに……。何が目的? これ以上私たちの何を奪おうっていうの?」
ミサキの絞り出すような声には鋭い刃のような敵意とそれ以上に深い絶望が滲んでいた。彼女は『マダム』と呼ばれた大人を射抜くように睨みつける。その視線はかつて自分たちを地獄へ突き落とした元凶に向けるものそのものであった。
「……。」
大人は、突き刺さるような憎悪を向けられてもただ静かに佇んでいた。その表情には困惑の色が浮かび、記憶の深淵を探るように視線を彷徨わせる。
「……。貴女の事は……どこかで会ったはずですが……ごめんなさい、私と貴女方は知り合い……だったのでしょうか……?」
その声にはかつての支配者が持っていたはずの傲岸不遜な威圧感は微塵もなかった。ただ欠落した記憶の穴を埋められない者の所在なげな問いかけ。
彼女はパニックに陥って泣きじゃくるヒヨリの前に膝をついた。そして迷いのない動作で自らの純白のドレスの裾を掴むと、力任せにそれを引き裂いた。
「な……っ!?」
ミサキが息を呑む。
この死後の世界において肉体は形式的で希薄な概念に過ぎない。血が流れることはないが、負った傷は癒えることなく刻まれ続ける。そしてここで完全に死を迎えれば、魂はどこか別の場所へと霧散し二度と再会できない可能性すらある。
そんな過酷な理を理解しているのか、それともただの直感か。大人は剥ぎ取った布をヒヨリの擦りむいた膝に丁寧に巻き付けた。その指先には傷を労わるような、献身的な温もりすら感じられる。
「え……えへ……え? な、なんで……?」
手当てをされたヒヨリは涙に掠れた顔で呆然と大人を見上げた。ミサキもまた、かつて自分たちを部品としてしか扱わなかったはずの女が見せた、その身を削るような自己犠牲的な振る舞いに信じられないものを見るような表情でぎょっと目を見開いた。
煉獄の世界、目の前で起きている事象が彼女たちの知る”
灰色の荒野になんとも形容しがたい気まずい沈黙が流れる。
「子供がこのような場所でいるのは危険ではないでしょうか。私が貴女方を導きましょう。共に来なさい。」
マダムと呼ばれた大人はドレスの端でヒヨリの手当てを終えると穏やかに、そしてあまりにも自然に手を差し出した。その迷いのない聖母のような振る舞いに名もなき彼は「(……こいつも先生みたいなタイプなのか)」と、とんでもない勘違いをし始めていた。
だが差し出されたその手を見て、ヒヨリとミサキの体は目に見えて強張った。
「……導く、ですか? また……またどこか、光も届かないような場所に閉じ込めるために? そうですよね、人生はそういうものですから……」
ヒヨリは顔を真っ青にしながら震える声で自嘲気味に笑った。その瞳には救いへの期待など微塵もなく、ただ次はどんな苦しみを与えられるのかという怯えが宿る。
「……ふざけないで。その手で、私たちがどれだけ……」
ミサキは吐き捨てるように言い、マダムの手を拒絶するようにヒヨリを背中に隠した。彼女の指先は、今にも自分たちの命を断つための何かを探るように、虚空を彷徨っている。度々「意味なんてない」と口にしながらも、その防衛本能だけは鋭く研ぎ澄まされていた。
この妙にズレた、それでいて一触即発の気まずい空気を感じ取った彼少し状況が呑み込めないながらも間に入った。
「おい、一旦落ち着け。……事情を説明するから、歩きながら聞いてくれねえか」
彼は二人に今自分が全ての生徒を生き返らせるための計画を進めていること、その鍵となる先生を探す道中でこの記憶喪失の大人に出会ったことを淡々と伝えた。何やら因縁があるようだがとにかく今は記憶がないせいで害はないだろうし、仮にあったら俺が何とかすると言ってとりあえず身の安全を約束する。
ミサキとこの大人との間に流れる、吐き気を催すような因縁。それを彼は深く掘り下げようとはしなかった。語りたくなさそうなミサキの様子もだが、何より本人がいる前で言えないようなことがあった場合聞くのはまずいと思ったからだろう。
「……ところで、サオリやアツコはどうした。一緒じゃないのか?」
彼の問いに、ミサキは視線を地面に落としたまま答えた。
「……アツコは、さっきまで一緒にいた。でも、霧に巻かれて……はぐれた。サオリは、そもそもこの世界に来てから一度も会えてない。どこにいるのかも、生きてるのかも……死んでるんだからこう言うのはおかしいけど」
「ああ、そうですね……。アツコちゃん、どこに行っちゃったんでしょう……。心配ですね……心苦しいですね……。」
ヒヨリが力なく笑いながら付け加える。
「そうだな、じゃあアツコを探しつつ行くか。」
と彼は返した。
奇妙な四人組が灰色の荒野を征く。
そしてかつての因縁を灰色の霧に包んだまま一歩ずつ進む名無しとアリウスの少女たち、そして正体不明の『マダム』。
「……ねえ、先生は本当にいるの?」
ミサキが歩みを止めずにぽつりと尋ねる。
「少なくともあいつは……俺が聞いた限りじゃ死んでいるらしいからこの世界のどこかにいるはずだ。」
その言葉にヒヨリが反応する。
「先生に……。あ、会えたら、また……宿題とか出されるんでしょうか……えへへ、楽しみです……」
彼女は先生のことを思い浮かべながら無邪気にほほ笑んだ。希望と絶望、そして忘却が混ざり合う中で死者たちは行進する。
表面の汚れが落ちたら、そこに現れるのは素なのだろうか?
[補足]
-『マダム?』
色を失った肌を持つ大人。一応扇子も持っている。彼女は自身を表す名も青春の物語における役割も忘れてしまったようだ。今の彼女の性格は素なのか、それとも壊れただけなのか。
-名無しの精神性
今更ながらに補足。コイツは一応メンタルは強いっちゃ強いんだけどHPで例えるなら最大値が超でかいのと回復速度が速いだけでちゃんとダメージは喰らう。だから0〜3章は基本的にそのHPの0〜2割ぐらいを一生行ったり来たりして常に限界状態だったりしていた。復活後は防御力もついて無敵になりつつあるけどね。勇気のあるビビり、それが名無しです。強がってるけど根は恐がりだからね。
例えるのが難しいけど……全部悪い方向に進んだアズサみたいな感じなのかな……?
-名無しの口調
他人を呼ぶとき、排他的でよそよそしい時は「アンタ」、ある程度敬意を抱いている相手には「あんた」、仲の良い相手、もしくは嫌う相手には「お前」を使わせるようにしています。この辺は結構基準が曖昧で割と安定しません。~ない、と、~ねえをよく混同して使いますが、~ねえを使うときは若干語気が強くなるタイミングだったりします。
彼は物語の進行に応じて性格が荒れていったという設定があるため口調もだんだん荒っぽくなっていってますが、表面上強がって振舞っているからこういう口調になっていたりもします。こっちも基準が曖昧な気がするのは気のせいだから気にするな。
長っ何言ってんだこいつ
要するに口調が安定していないけど一応理由はあるんですよっていう言い訳みたいっス
まぁ結局はワシのセリフ作りが下手くそなだけなんやけどなブへへへ
口調で性格の変化を表すのは難しいですねぇ……。
しかし久々に名無し視点の一人称書いたな内海
これからもちらほら書いていくつもりなんですけど……!