From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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焼け爛れ、狂い、何が残った?


62話『Nameless』

 

 紅い火が燻っている。

 私の身体をじりじりと焼き、容赦なく肉を苛んでいたそれはやがて呼吸を止めるようにふっと消えた。

 

 ここは何処だ。

 今の時間は。

 ……そもそも私は、一体”何”だったのか。

 

 混濁した意識の中で思考がとめどなく霧散する。頭の中についた火が、あまりに多くを焼き溶かしてしまったらしい。今の私の記憶は、さながら火で炙られた紙のようだ。煤に汚れ、いたるところに無残な穴が開いている。比喩のつもりでこう考えていたのだが実際にそうなっていてもおかしくはないと思わせられる。

 

 重い四肢を動かし、ゆっくりと立ち上がる。

 肺に溜まった灰を吐き出すように息をついても、喉の奥がひりつく感覚すらない。

 

 閉鎖的な空間を抜け、私は外へと歩を進める。歪に曲がりくねった焼け跡には何の意味が宿るのだろう。鉄とコンクリートの残骸を乗り越えたその先に、視界が開けた。

 

 広がっていたのは灰の降り積もった地平線。

 見上げても、そこには『空』と呼べる存在が見当たらない。

 明るくもなければ暗くもなく、暑さも寒さも感じない。

 ただ、底知れぬ虚無だけが、どこまでも、どこまでも広がるのみ。

 

 私は……私は何をしていたんだったか。

 

「……」

 

 燃え尽きてしまったようだ。何の意欲も起きない。

 どうせなら全て焼き尽くしてくれたほうがよかったのではないだろうか。

 

 燃え尽きてしまったようだ。何の意欲も起きない。どうせなら全て焼き尽くしてくれたほうがよかったのではないだろうか。

 ふと手を見る。焼け焦げ、ひび割れ、崩壊寸前の表面。中身は空っぽで空洞だ。私は既に死んでいるのか、それとも無様に死に損なっただけなのかも分かったものではない。浮かぶ疑問に返される”答え”はなく、そこに進歩はない。

 

「……」

 

 立ち尽くす。

 微かな風を感じながら思考を放棄した。座りもしない。

 

「……」

 

 消えゆくはずだったが、なぜか足が”歩く”という選択を取った。

 

 進もう、地平線の先に。

 例え全てが無意味であったとしても。

 

 燃え残ったそれがそうしたいと望んでいるから。

 

 

 

 

------------

 

 

 

 あはは……。

 そういえば、ここだったっけ。

 私がまだどうしようもないくらい言うことを聞かない『悪い子』だった時の場所。

 

 今はもう、全部終わって済んだこと。……のはずなんだけどね。

 でも、たまに思い出しちゃう。セイアちゃんやナギちゃんにあんなに酷いことをしちゃったこと。何回も何回も先生のことを裏切り続けてきちゃったこと。

 

 あの時は帰るところなんてどこにもなくなっちゃって、トリニティの裏切り者で、みんなの敵で……。

 このままじゃ、自分自身が何者でもなくなっちゃうんじゃないかって。

 

 ……もう、どうしようもなかったんだ。

 

 

 変なの。ちょっと歩いただけで、全然違う場所に繋がっちゃうなんて。

 

 ここは……ああ、そうだ。バシリカ。私とサオリ、二人の決着をつけようとした場所だ。

 もう、本当に嫌なことばかり思い出しちゃうなぁ……!

 

 ……でも。

 それが一概に”嫌な思い出”だけなのかって言われると、ちょっと違う。

 「全部なかったことにできたら?」なんて、もし誰かに聞かれたとしても……それはそれで、すごく複雑な気持ちになっちゃうかも。

 

 だって、あの地獄みたいな出来事から、繋がっていった”今”があるから。

 苦しくてボロボロだったけど、そこから始まったことも、たくさんあったんだ。

 だから、今を否定するなんて……そう簡単にできる話じゃないよね。

 

 それにあの後。先生が来てくれたんだよね。

 ……覚えてる。ずっと、覚えてるよ。忘れるはずなんてない。失敗したって、何度でもやり直せるんだ。

 

『”もしチャンスがなくても、また作り出せばいい”』

 

 失敗するたびに、何度だって。道が続いている限り、チャンスは何度だってあるんだ。

 

 そう言ってくれたよね、先生。

 ……私の思いが届いたのかな。

 

 ふと周りを見渡せば、あの時のオルガンと楽譜、それに蓄音機まである。

 あはは、まあ、前と同じで動かないみたいだけど。

 ああ、なんだか懐かしいなぁ……なんてね。そんなに昔の話じゃないはずなんだけど。

 

 お姫様。

 そう……お姫様。

 

 でもさ、やっぱり変だよね?

 あんなに思いも寄らない結末を乗り越えてさ。

 またトリニティに戻って、みんなと一緒にいられるって、そう信じていたのに……。

 

 急に、全部なくなっちゃうんだもん。

 おかしいよね? こんなの納得できるわけないよね?

 ねえ、理不尽だと思わない? だって、突然殺されちゃったんだよ。

 

 セイアちゃんも、ナギちゃんも。

 あんなに良い子だったコハルちゃんでさえ。

 

 みんな、みーんな様子がおかしくなっちゃって、会話も全然通じなくなって……。

 少しずつ壊れていくみたいに狂っていっちゃった。

 それでみんなが暴れだしたと思ったら今度は急に現れた”黒い影”みたいなのが、おかしくなった子たちを片っ端から殺していっちゃったの。恐かった。残されたうちの正気だった子はみんな怯えてた。あれは悪魔なんだって。

 

 ……それでね。

 まだまともだった子は、その後に来たアサルトライフルを持った銀髪の子が一人残らず殺しちゃったんだ。

 

 ……私も含めて。

 

 あはは、もうおかしくなりそうだよ。

 なんで? ねえ、なんでなの?

 なんで、なんで、なんで、なんで……!

 

 ……寂しいよ。

 

 ナギちゃん、セイアちゃん。それに、先生。

 みんな、どこにいっちゃったの?

 

 ここはすごく寒いよ。

 さっきまでは暑さも寒さも感じないって思ってたはずなのに、今は凍えちゃいそうなくらい寒いの。

 あはは、自分でも何言ってるか分からなくなってきちゃったな。

 

 独りぼっちは嫌だよ。

 寂しいよ……。

 怖いよ……。

 

「ぅ、……う、ぅ……っ」

 

 ねえ、変だよね。

 もう涙なんて、一滴も出ないはずなのに。

 それなのに、なんでこんなに胸が苦しくて、叫びたいくらいに泣きたくなるの?

 

 ねえ、変だよね。

 変だよね。

 

 答えてよ。

 

 ねえ、あのお祈りみたいにさ。

 一生懸命祈ったら、私の望むものが出てきたりしないかな。

 チャンスは自分で作ればいいんだよね? 先生だってそう言ってたもん。

 だったら、祈ったらなんとかなったりしないかな……。

 

 ……。

 ……もう、祈るしかないよね。

 

 両手を組んで。いつもみたいに、あるいは思いつく限りのいろんな形で、私は祈り続けた。

 何時間も、何時間も。いいや、何日経ったんだろう。

 この色のない世界で。

 

 ずっと祈り続けて、心が擦り切れて、摩耗して……。

 気づいたときにはその場に倒れ込んでいた。

 

 このまま指先から動かなくなって、ボロボロに壊れていっちゃうのかな。

 みんなに会えないまま、誰にも気づかれずに消えていくなんて。

 

 そんなの、……そんなの絶対、嫌だよ。

 

「…………」

 

「ぅうっ……、ぅ……」

 

「……?」

 

 不意に耳に届いた微かな音に、思考が止まった。

 ずり、ずり、と重いものを引きずるような足音。それが少しずつ、確実にこちらへ近づいてくる。

 ……一体、何?

 

 重い瞼をこじ開けるようにして、顔を上げる。

 そこには、ひび割れた灰色の人型が立っていた。感情の読み取れない無機質な姿で、じっと私を見下ろしている。その全身に走る亀裂の奥は、吸い込まれそうなほど真っ黒で、そしてどこまでも空っぽ。顔さえ、何の色もない真っ暗な闇に塗りつぶされていた。

 

 ……もしかして、先生?

 

 ああ、そうだ。やっぱり先生が来てくれたんだ。

 無言のまま、その”手”が私に差し出される。

 

 ……もう、喋ることもできなくなっちゃったのかな。

 私をお姫様って呼べなくなっちゃったのは、ちょっとだけ残念だけど。でも、きっと先生に違いないよ。だって、こんなに困っている私のところに、迷わず駆けつけてくれたんだから。

 

「うん……。私も連れて行って」

 

 差し出された手をぎゅっと握り返す。

 これから先、二人きりだね。……あはは、それも悪くないけど。でも、やっぱりみんな居たほうがいいよ、絶対。

 

「お願い、一緒にナギちゃんとセイアちゃんを探しに行こう? いいよね」

 

 返事はない。けれど、先生ならきっと頷いてくれる。

 私は強引に、でも幸せを噛みしめるように笑ってみせた。

 

「やったー! ありがとね、先生(せんせ)

 

 喜ぶ私を見て首をかしげているけど、私はこれでまた頑張れそうになった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「消し去られた『忘れられた神々』が蘇るなど、あってはならない。」

 

「『卑俗』は忘却しているようだ。己が最も忌むべき穢れである事を。」

 

 

「『人』は『人』によって滅びる。」

 

 

「偽りの王、壊れた救世主は迷える子羊を救うべく降臨するだろう。」

 

「忘れられた神々という己の恐怖を滅ぼすべく、二人の復讐者が進撃するだろう」

 

 

「嚮導者であった持たざる者よ、殺人者であった愚か者よ、死の神の至高よ。心するがよい。」

 

「我々はお前たちの安寧を許しはしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




[補足]
-ネームレス
 かつて誰かであった名前を亡くした存在。記憶を亡くし外見を失った灰の人型。
 おそらく燃え尽きたのだろう。偶然見つけた少女に特に意味もなく手を伸ばした。興味ゆえか、それとも反射的な行為だったのか。

-聖園ミカ
 死後の世界にて、灰色の人型を先生と勘違いした。

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