From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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帰る場所などない


-1話『崩壊』

「……ふうん。キヴォトスは学園都市で、生徒会が仕切ってるってことか。」

 

「私も、そこまで詳しいわけじゃないですけどね。」

 

 彼女は、キヴォトスについて話してくれていた。どうやらこの都市では、生徒会なる“部活”が行政を担っているらしい。

 生徒つまり学生が、街の運営をしているということだろうか。そんなことが本当に成り立つのか、と素直に疑問が浮かぶ。

 

 学園、か……。

 

(俺もキヴォトスに着いたら、入学とかできたりするのか?)

 

 ……いや、その前にだ。俺は不法侵入者扱いにならないだろうか。

 そもそも自分は、人間の定義に当てはまるのかすら怪しい。下手をすれば、野生動物みたいに人権のない存在として扱われる可能性だってある。

 

(向こうに着いてからも、やることは山ほどありそうだな……)

 

 とはいえ、元より俺たちは放浪者だ。

 より豊かで、毎日満足に飯が食える環境に行けるなら、それで十分じゃないか。

 

「そういえば、どんな学園に通ってたんだ?」

 

「あっ……いえ、私は学園には通えてないんです。学園生活には憧れてはいたんですけど……」

 

「あー……」

 

 彼女は、孤児だったと言っていた。

 この世界では殺人に縁は薄いらしいが、治安そのものは決して良くないそうだ。

 

(治安が悪いのに、殺人はない……?)

 

 ますます謎が深まる。

 まさに未知の領域――そんな言葉がしっくりくる場所だ。

 

 もっとも、治安が多少悪かろうが、今よりは断然マシだろう。

 目的は変わらないし、むしろその混沌に紛れて、多少は好き勝手に動けるかもしれない。楽しみだ。

 

[オい、“気配”は感じるか。]

 

「少し感じる。だが大雑把で、どこからかもよくわからん。」

 

[ナるほど。少なくとも周辺には存在しないと思われる。]

 

 俺達が塩湖街に戻ることにした理由。それは“友人達”にある。虐殺を繰り返す、正気を失っているらしいキヴォトス人達。どの集落であろうと、いつかあれらから襲撃を受けるリスクがあることが、この三年の旅路で判明した。

 分かった現状はたったそれだけで、赤い空の原因は結局つかめなかった。

 

「……無事だといいが……」

 

 あの“人型”……友人達の一人は、明らかに常軌を逸した強さだった。誰かを失わなかったのは、かなりの豪運だ。

 あの小柄さ(と言っても自分よりは大きい)で俊敏に動き、怪力を持つ。何より銃弾をものともしない。規模の大きい塩湖街とも言えど、あんなものの襲撃を受ければ、半日もかからずに壊滅されそうな気すらする。

 

「あイつら、もうマチを壊しはじめたりしてねえよな?」

 

[マだ距離はある。だが、あり得る可能性だ。一刻も早く危機を伝える必要がある。]

 

「……」

 

 焦燥感が増す。不安が高まる。まだ確定しない恐れのせいで、心が落ち着かない。

 彼女と、現状にまったく関係のない話をしていたのも、不安を紛らわせたかったからだ。

 

 あの街にはそこそこ世話になったし、知り合いも多い。数年暮らしているうちに、自分の帰るべき場所であるかのように感じていた。

 それに、この車もあのオートマタに返さなければならない。一応、これも借り物なのだから。友人との約束は果たすべきだろう。

 

「(『楽園』を目指したはずなんだがな)」

 

 相変わらず酷い環境の世界だが、実のところ、三人でする旅もそこそこ気に入っていた。

 まだ見ぬ楽園に想いを馳せながら、日々、自分を上達させていく。毎日がとにかく地道だったが、確実に“生きている実感”があった。“自分がしっかり存在する感覚”を感じていた。

 意外と楽しかったし、順調だったんだ。

 

(『楽園』が遠くなった気がする……)

 

 本来の目的から逸れてしまっているようだ。

 

 自分でも考えないようにしていた嫌な事が、頭の中をよぎる。

 

(俺は、かけがえのないものを失う寸前まで来ているんじゃないか?)

 

 こんな事、まるで自分が何かを失うのが確定しているようで嫌だ。

 

「なあ、アテナ。塩湖街に着いたら、どうする?」

 

「えっ、そうですね……」

 

 現実逃避に彼女を使うようで申し訳ないが、もっと前向きな事を考えたい。

 俺が何かを失うなんて、あってはならないんだ。

 

 

 

 

 

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……最悪だ。7つほど気配が収束してそうな予感だ。」

 

ホう角(方角)は何だ]

 

「前方に4、後方に3つ。知らない間にテリトリーかなんかに入ったか?」

 

[ソの正確な位置は分析できるか。]

 

「前方4つのうち3つは1時方向。その3つが互いに近い位置にいるように思える。4つのうち一つは孤立していて遠そうだ。後方はバラバラに散らばっているが、接近してきているように感じる。」

 

[マずい、前方の1時方向は塩湖街だ。最悪の事態が起きてしまった可能性が高い。]

 

「…………」

 

 心臓の鼓動が、緩やかに激しくなる。

 

(……落ち着け俺、まだ確定してない。)

 

 冷静さを欠くのは良くない。深呼吸をし、最悪の事態を想定する。アクシデントには慣れているつもりだったし、実際何度も経験してきた。だが、今回ばかりは規模が大きすぎる。

 

「もう塩湖街は“壊滅した”と想定して動こう。“奴ら”から身を隠せる状況であれば、生存者を探すのはどうだ?」

 

[リスクが高い。最悪、戦闘になった場合、生きて離脱できる保証がない。]

 

「だが、アイツの安否が気になる。」

 

 故郷に帰れなくなった人物。あの街で重要な役割を持つ彼の生存を、確定させたい。

 

[……ソうか、確かにアレが持つ技術は必要だ。]

 

[オ前とアテナ、二人で行け。我々では身を隠しながら迅速に移動するのが困難だ。]

 

 彼女が突然、自分の名を出され、驚いた顔をする。

 

「俺はいいんだが……」

 

 俺は隠密行動には自信があるし、いくら撃たれても生き残る“しぶとさ”もあると自負している。こうした役割は何度もこなしてきたし、俺を指名するのも互いに信頼があるからこそ成り立っている。

 “それ”はいい。だが、彼女を指名するのは何故だろう。

 

「何でアテナもなんだ?」

 

 彼女はトラウマを抱える身だ。もし“友人達”の姿を見たことでPTSDでも発症すればどうなる? 彼女には悪いが、冷静に行動できる保証がない。

 

[ソいつは“友人達”と、前と変わらず話していたと言った。つまり敵と見做されていない可能性がある。]

 

[イうなれば、“保険”だ。]

 

「……そうですか……」

 

 可能性の話でしかないが、敵――つまり攻撃対象として認識されていない彼女と共にいれば、最悪見つかっても攻撃されないかもしれない、ということだろう。俺に対する保険ということになる。だが……。

 

「なあ、それなら俺よりも待機してるお前らの方に、アテナが居た方がいいんじゃないか? お前らが奴らに見つからないとも限らない。」

 

 気配はバラバラだが、複数ある。これから街の周辺で俺が役割を果たすまで停滞するのなら、包囲された絶体絶命の状況とも言える。俺と違って二人は、負傷しても簡単に再生できない。

 

[シん配はない。良い場所がある。]

 

「……なるほど、そういうことか。」

 

 話している内に、塩湖街の近郊にある場所へと来ていた。

 

「すごい……サボテンがこんなに沢山……」

 

 歪で凶悪な形に変貌した、棘の生えたサボテンの群生地。通称『天国の森』である。

 ほとんどがサボテンで埋め尽くされており、身を隠すのに最適だ。そして、ここが天国の森と呼ばれるのには理由がある。

 

 生息するサボテンのほとんどが、強い感覚麻痺や幻覚作用を与える毒を持っており、ここでしくじって棘が刺さってしまえば、幸せな夢を見ながら死んでいく。つまり天国に行ける、という皮肉から付いた名前である。

 これらのサボテンは食用にも適さず、とにかく危険なため、ここには誰も近寄らない。

 

 俺たちなら、ここの比較的通り抜けやすいルートを把握している。それに俺は、これらの毒に耐性があるため、最悪見つかって逃げる時にも最適だろう。

 

 森に到着し、比較的高いサボテンに囲まれた場所に車と二人を置いて、街に向かう。

 

「ひぃっ」

 

 彼女が転びそうになる。

 

「うおっ」

 

 すかさず体を支える。

 

「すみません、ありがとうございます……もう少しで棘が刺さるところでした……」

 

「ん? 平気じゃないのか?」

 

「もしかして、キヴォトス人は全員が銃弾に耐えられるほど頑丈ってわけでもないのか?」

 

「いえ、銃弾は大丈夫ですが……」

 

「私たちは注射針だって通しますし……もしかしたら、サボテンの棘も刺さっちゃうかもって思って……」

 

「????」

 

 銃弾は大丈夫で、針はダメ……何だそれ?

 

 いや、理屈は分からないが、“奴ら”に対処する際のヒントになるかもしれない。

 

「……って、何してるんですか……? そんな突然、小玉のサボテンを集めたりして……」

 

「いや……ちょっと“使える”かもしれなくてさ。」

 

「そう……なんですか……?」

 

「まあ、あんま気にしなくていいぞ。」

 

 毒が残っていそうな棘を抜いて、ポーチにしまう。棘といっても異常な変異をしているため異常に鋭く大きい。ダガーのようでもある。

 

 棘を全て抜いたサボテンをかじり、水分を補給する。

 

「えっ……食べれるんですか? それ……」

 

「毒があるから、やめといた方がいいぞ。」

 

「じゃ……じゃあ、なんで食べてるんです……!?」

 

「俺は大丈夫なんだよ。そういうもんだと思っといてくれ。」

 

「へ……へえ……不思議ですね……」

 

「俺から見れば、あんたらキヴォトス人の方が不思議なんだけどな。」

 

 冗談っぽく答えた。

 

 今まで、食えそうだけど毒がありそうなものは、全部自分が摂ってきた。その度に腹を壊したり、幻覚を見たり、半日動けなくなったりしたが、お陰で今ではほとんどの毒に耐性ができた。

 この世界で、俺にだけ許された特権なのだ。

 

「……見えてきた……やっぱりか……」

 

「…………」

 

 塩湖街のプラントが見えてきた。植物や装置が荒らされ、もはやプラントとは呼べぬものに成り果てている。既に作物は焼け、爛れ切っていた。

 

「アテナ」

 

「……はい」

 

「嫌なものを見るかもしれないが、耐えてくれ。俺達の目的は“奴ら”に会わずに、“ある人物”の安否を確認する事だ。辛い事になるかもしれないが、耐えてくれ」

 

 念押しに言う。

 

「……分かりました」

 

 いくらトラウマを抱えているとはいえ、いつかはこの世界に慣れてもらうしかない。彼女には少しずつ順応してもらわなくてはならない。俺よりも多分年上だから、何とかなる……と思う。

 

 辺りを警戒しながら、燃え盛る家屋の残骸を越えていく。

 

「……っ!」

 

 無惨になった死体が目に入る。

 

「落ち着け。こんなもん、慣れればただの皮と骨だ。動きはしない」

 

 小声で伝える。

 

 彼女が口を手で覆う。やっぱり慣れるまでの段階を飛ばしすぎたか? 俺一人で来た方が良かったか?

 

「…………」

 

「……大丈夫です……進みましょう……」

 

 彼女が深呼吸をし、強気な表情で答える。みくびっていた。ちゃんと覚悟をしてきたようだ。

 

「そうか、分かった」

 

 気配は近い。その気配が収束している位置や火を避けながら進む。

 生存者が一人も見当たらない。もう遅かったか……?

 

ダダッ〉『ゔッ

 

「!?」

 

 銃声が聞こえた。だが撃たれたのはこちらじゃない。

 俺達のものではない呻き声が聞こえた。

 

『ぁ、ア、ぁ』

 

グシャッ

 

 何かを潰す鈍い音が、辺りにこだまする。

 

「(近い位置で誰かが殺された。慎重に動くぞ)」

 

「(はい)」

 

 可能な限り小声で彼女に伝える。

 身を屈めて移動する。向かうのは、かつて彼にもてなされたあの場所。

 

「(ここのはずだ)」

 

 間違いない。この場所のはずだ。だが、あるのは瓦礫、そして見知った顔の死体。

 彼らしきものは見当たらない。

 

「(あの……)」

 

「(ここには居ない。他を当たろう)」

 

「(……)」

 

 向かうのは、あのガレージ。

 

 気配を避け、遠回りしながら向かう。

 

 すっかり街並みは変わり果てている。

 頭が落ちている。この顔は知っている。声も知っている。どんなやつだったかも知っている。

 二人が地面に倒れている。この二人の顔も知っている。どうやって会ったかも覚えている。こいつらがいなけりゃ、俺達は街にたどり着いていたか分からない。

 知った顔がたくさん目に入る。不思議だ。人間じゃないくせに、意外と顔を覚えている。

 胸の内から、ふつふつと何かが湧き上がる。

 

「(あの……その……)」

 

「(…………どうした)」

 

「(もう……その人は……)」

 

「(……いえ、なんでもありません……)」

 

 俺は今、何も聞かなかった。何も聞いていない。

 

 珍しく形を保った家屋がある。

 この世界で初めて車に乗った、あの場所だ。衝撃と感動を、今でも覚えている。ここに車を戻す事、それが約束だったか。

 

(車、置いてきちまったな)

 

 歪んで開いたガレージのシャッターの下を、身を屈めて通り抜ける。

 

「よお」

 

 ようやく、たどり着いた。

 

「また会えたな」

 

 返事はない。

 

「随分、変わった見た目になったじゃねえか」

 

 見知った楕円形の頭。黒いモニターに、水色の目はもう映っていない。

 

 ここで何をしていたんだろうか。俺達を待っていたんだろうか。

 車のメンテナンスをしてもらいたかったんだが、残念だ。

 色々、話したい事もあったのに。

 

 

「……クソッタレが……」

 

 心の声が漏れる。

 

 深呼吸をする。

 

「アテナ、やる事は終わった。戻ろう」

 

 返事がない。

 

「アテナ?」

 

 振り返るが、誰もいない。彼女は中に入ってきていないようだ。

 

「どうした?」

 

 外に出て、立ち尽くしている彼女に声をかける。

 

「……ぁ、ぁあ」

 

 何故か唖然としている。

 

「何を——」〈ダダダッ

 

「ッ!!」

 

 腹部を撃たれた。視界の先には、あの時見た人型にそっくりなものがいる。

 

「(何故!?)」

 

 おかしい、気配は感じなかった。気を抜いていた訳でもない。

 

 銃弾が放たれた方向から、微弱なものを感じる。

 気配があまりにも小さくて、気付けなかったのか?

 

「っ!!」

 

「やめてっ!! 彼を撃たないで、“姉さん”!!」

 

 ハッとしたかのように、彼女が自分を庇うように立つ。

 彼女が射線上に立っているせいか、追撃はされない。

 

「(“姉さん”? いや、そんな事よりも……)」

 

 散らばっていた気配が急速に接近してくる。

 

「(まずい、今の銃声で位置がバレた)」

 

 腹部を再生させると同時に、立ち上がる。

 彼女が共に来たのは、俺の生存に保険をかけるためである。

 

「(上手くいくか……?)」

 

 敵対の意思は無い事を証明するために、両手を上げながら“姉さん”に視線をやる。

 

 銃口はこちら、正確には俺の頭を捉えている。

 

「姉さん……もうやめて……なんでこんな事をするの……!?」

 

 彼女が親しかったはずの姉に叫ぶ。

 

「……なんであれから同じ事しか言ってくれないの!?」

 

「なんで今も……ずっと意味のわからない理由を言ってくるの!?」

 

 おかしい、さっきから彼女は一体……

 

 誰と話しているんだ?

 

 あの人型から何も聞こえない。何も話していないようにしか見えない。

 意味のわからない理由ってなんだ? 彼女には何が聞こえているんだ?

 

 まさか……話していると思い込んでいるだけなのか?

 

 間も無くして、四つの気配に囲まれた。

 

「(気配の主は四つじゃない、五つだったのか!?)」

 

 今更気づいても遅い。いくつかは姿がもう見えている。

 

「(今度こそ、死ぬかもな……)」

 

 今、攻撃されていない理屈が分からない。だが、どちらにしろここから脱出しなければならない。

 

「なあ、アテナっ」

 

 思いの丈をぶつけている最中の彼女に声をかける。

 

「アテナっ!」

 

 返事がない。まずい、彼女は冷静でない。

 

 彼女の肩を叩いてこちらに気づかせようとするが——

 

ダダダッ

 

 別の方向から腕を撃たれた。接近していた別の気配だろう。

 

ッ!!クソッ

 

 体が反応し、追撃を避けるためにその場を離れる。

 

ダダダッ〉〈ダンッダンッ

 

 直後、複数の方向から銃弾が飛んでくる。

 

 正面の方向から捉えていた弾丸を避けようとする。

 だが、さすがに数人がかりで撃たれては避けられない。

 

グシャッ

 

 内臓から嫌な音がした。

 アテナは襲われていない。仕方がない、一時的に彼女を置いて離脱する。

 

 転がっている死骸を持ち上げ、肉壁にして遮蔽物まで向かう。

 

「すうっ、はあっ

 

 深呼吸をし、体に空いた穴を塞ぐ。

 

 どうすればこの状況を打破できる?

 今度は気を引き付ける仲間もいない。“保険”は意味を為さなかった。

 

 最悪の事態が起きた。

 実質、俺一人だけだ。

 

(たった一人で、あの化け物五人と戦わなければならないってのか!?)

 

 使えるもの……必死に手段を探る。

 

 ここに来るまでに聞いたあることを思い浮かべる。

 

『私たちは注射針だって通しますし……もしかしたらサボテンの棘も刺さっちゃうかもって思って……』

 

「(そうだ!サボテンの棘!)」

 

 サボテンの毒が効くかもしれない。注射針も通す可能性がある。

 

「(また危険な賭けになりそうだ……)」

 

 おそらく今の状態で逃げることは叶わない。少なくとも何人かを行動不能にしなければならないだろう。

 

 彼女の回収は……厳しいだろう。上手く撒いてから後で合流するしかない。今は自分の生存が大事だ。

 

ダンッ《/vib〉〉

 

 考えている内に、一体が接近してくる。

 

《vib:1》ダダダッ

 

グシャッ

 

 一発喰らった。だが、敢えて自分から低姿勢で近づく……!

 

ガンッ

 

 近接攻撃が届くまで接近し、相手が持つ銃身に蹴りを入れる。

 

 そして姿勢が崩れたと同時に、相手の懐に飛び込み、棘を首元に刺し込む。

 

「!?」

 

 浅い、だが刺さった。相手も急な攻撃に体が追いついていない。

 

ダダダッ

 

 背後から撃たれた。他の奴らも接近してきたため、即座に離脱。

 

 また遮蔽物のない、開けた場所に出てしまった。

 

ダダダッ〉〈ダダダッ

 

 距離が近く、銃弾を避けきれない。

 

(こればかりはしょうがないか……)

 

 背負っていた“鉄板の鉈”で一部を弾く。

 

キンッキンッ

 

「いてぇっ」

 

 手首が痛む。銃弾を防ごうとすれば当然、それ相応の衝撃を受け流さねばならない。それに、まだ慣れていないため防ぎきれず、いくつかは喰らってしまう。

 

ドサッ

 

「おお?」

 

 こちらに銃口を向けていた一人が倒れた。

 やはりだ。毒が回り、体が麻痺し始めている。

 

 しめた。

 飛び交う銃弾を避けながら、倒れた人型に駆け寄り、その体を引きずり起こす。

 

私……達は……帰るん……だ……

 

 うわ言のような言葉を吐いているが、どうでもいい。

 

ダダダッ

 

 追撃を、その体で受け止める。

 さすが化け物だ。頑丈な上に、獣人の死体よりも軽い。

 

「流石に、仲間は撃てねえんじゃないか?」

 

ダダダッ〉〈ダダダッ

 

「お構いなしかよっ」

 

 なんて奴らだ。仲間をなんだと思ってる。

 

 盾代わりの体で銃弾を防ぎつつ、“輪っか”を掴み、エネルギーを吸収しながら走る。

 

ぁ……ぁあ……

 

 毒が回りきったのか、動かなくなった。

 だが意識はある。扱いやすい。

 

ダダダッ

 

 一体が進路を塞ぐ。

 全方位の対応は無理だ。掴んでいた体を、そのまま投げつける。

 

「!!!」

 

 意識を持っていかれた隙に、“性質”を応用する。

 脚力を一気に増強し、背後に回り込み、棘を数本、確実に差し込む。

 

 これで、しばらくは動けない。

 

ダダダダダダッ〉〈バキッ

 

 他の二体から集中砲火を浴びる。

 肋骨が、何本も砕けた。

 

うぐっ……おえっ

 

 気管に血が溜まる。息が詰まる。

 

 二体が迫る。

 一体に懐へ踏み込まれ、銃床で殴られそうになるのを、反射的に躱す。

 

ペッ

ビチャッ

 

 溜まった血を吐きかけ、視界を潰す。

 即座に、自身の折れて肺に刺さった肋骨を引き抜き、そのまま相手の腕へ突き立てる。

 

 怯んだ瞬間、首元に棘を刺し込む。

 片腕では、まともに照準も取れまい。

 

グシャッ

 

「ぐうっ」

 

 もう一体——処理できなかった方に頭を蹴られ、地面を転がる。

 視界が揺れる。だが、すぐに体勢を立て直す。

 

 左手でリボルバーを引き抜き、発砲。

 銃弾など意に介さず突っ込んでくるが、狙いはそこじゃない。

 

 意識をリボルバーに向けさせる。

 右手でサボテンの棘を取り出し、避けられない距離まで引きつけて——投げる。

 

グサッ

 

「(刺さったっ)」

 

ダダダッ〉〈グシャッ

 

 だが毒は、すぐには回らない。

 至近距離で数発撃ち込まれ、さらに銃床で口を殴られる。

 

「ペッ」

 

 砕けた歯が、パラパラと地面に落ちる。

 どうせ、すぐ生える。

 

 さっきの一体が、片手で銃を向けてくる。

 

ダダダッ

 

 狙いが定まらず、逆に避けづらい。

 だが距離を詰め、銃身を掴み、蹴り倒して奪い取る。

 

 両手で小銃を構える。

 軽く、握りやすい。何より——“人間用”だ。

 

 それをもう一体へ向け、引き金を引き続ける。

 行動不能になるまで、容赦なく。

 

 残った二人も動きが鈍くなっていく。

 攻撃を躱し、耐え、時間を稼ぐ。やがて、どちらも崩れ落ちた。

 

「ざまあみろっ、クソッタレっ」

 

 あとは、とどめを刺すだけだ。

 “あいつ”の仇だ。一人ずつ、“輪っか”を砕いてやる。

 

ドゴッ

 

「うっ」

 

 突然、後頭部に強烈な衝撃。

 数メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

 全身の骨が、まとめて折れたかのような痛み。

 

「(どいつだ?)」

 

 おかしい。

 全員、毒が回り切ったはずだ。少なくとも数週間は動けなくなる強度の毒だぞ?

 

 それでも動ける?

 こいつら、耐性があるとでも言うのか……?

 

 立ち上がれないまま、めまいと頭痛を無理やり抑えて後方を見る。

 

「(なるほど、どうりで気付けなかったわけか)」

 

 “姉さん”が、俺を殺しに来たらしい。

 

「(アテナは……先に逃げたか……?)」

 

 ならいい、後は俺だけだ。

 体を再生させ、立ち上がる。

 

「(でかいな……)」

 

 180センチ以上はありそうだ。彼女の話では、グループをまとめていたリーダーだったか。間違いなく強いだろう。

 

 残った力を振り絞る。

 服は穴だらけ、血の匂いが染み付いている。最初は清潔だった包帯も汚れて破けている。何もかも、酷い有様だ。

 

¥(なんで俺がこんな目に遭わなきゃならない?)」

 

 弱みや疲れが胸の奥から漏れそうになるのを堪える。

 この一際恐ろしい人型から逃げられるだろうか。まだ一人も倒せていない、あくまで行動不能にしただけだ。それに、まだ遭遇していない三体の気配もある。

 

 滅茶苦茶だ。もう、とっくに詰んでいるのか?

 

 “輪っか”から吸収できるエネルギーは膨大だ。精神は治せないが、身体ならこれでいくらでも再生できる。

 

「(後は自分の心の持ちようか……)」

 

「(……何がなんでも、生き延びてやる)」

 

 意思を奮い立たせる。もう戦うしかないだろう。

 

ダダダッ

 

 小銃を構え、頭を狙って撃つ。だが全く効かない。

 

(……なら!)

 

 全身の身体能力を増強させ、相手に接近する。

 小銃を投げつけ、相手の背後を取り棘を差し込もうとする——が、裏拳が飛んでくる。

 

「!!」

 

 偶然にも等しい形だが、間一髪で避けた。

 頭に衝撃が蓄積すれば、気絶する恐れがある。

 

 すかさず体のどこかに棘を刺そうとするが——

 

ダダダッ

 

「ぐっ!?」

 

 あらぬ方向から銃弾が飛んできて、指が吹き飛んだ。

 

 咄嗟にその方向を見て、絶句する。

 

「あれ……私……なんで……」

 

 俺を撃ったのは、アテナだった。

 

「なっ……」

 

 今起きた事実を理解できない。その一瞬の空白が致命的だった。

 まともに近接攻撃を喰らい、地面に叩きつけられる。

 

ぐはっ

 

 肺の空気が強制的に吐き出される。息ができない。

 だが反射的に、仰向けのままリボルバーを向ける——が。

 

バキッ

 

うっ

 

 衝撃と共に、左手から銃が弾き飛ばされた。

 直後、腹部を踏み抜かれ、体が言うことを利かなくなる。

 

 視界が揺れる。呼吸が乱れる。

 

 そして、それは俺から“切り札”を奪った。

 

「俺の……鉈……?」

 

 そいつは鉈を拾い上げ、ためらいなく振り上げる。

 

ドンッ

 

っ!!

 

 鈍い衝撃が走り、下半身の感覚が急速に遠のいていく。

 次いで、腕にも同じような衝撃が重なる。

 

 力が入らない。

 体が動かない。

 

 四肢が役目を失い、もはや逃げるという選択肢そのものが消え去った。

 

クソ……」

 

 ここで終わるのか。『楽園』にも『キヴォトス』にも行けないまま俺は死ぬのか。

 

 ……嫌だ。

 目的が果たせないまま死ぬのも、“あいつら”に別れも告げずに死ぬのも。

 

恨むなら、アタシを恨むといい

 

 人型が何か声を発したその瞬間、視界の端で影が動いた。

 重い鉈の側面が振り下ろされる。

 

ガンッ

 

 鈍く、骨まで響く音。 そのまま、意識が途切れた。

 

 

 

 

————————————————————

 

 

 

 

 

「姉さん……なんで……こんな事をするの……」

 

 あのガレージで、四肢を失った彼が縛り付けられ、宙吊りにされたまま、執拗に痛めつけられている。

 目の前の光景が、心の奥に鉛のように沈み込む。逃げたい、目を背けたい。でも体は動かない。私もまた、他の友人によってここから出られないようにされている。

 もう一週間以上、終わりの見えない地獄の中にいる。

 

この子の仲間の居場所を聞くため。

 

「なんで……彼らも……殺すの……?」

 

そうしなきゃいけない。

 

「なんで……?」

 

『キヴォトス』に帰るため。

 

「分からない……なんで彼らを……この世界の人々を殺すことが……帰ることに繋がるの……」

 

そういう約束。

 

「分からない……もう何も……分からない……」

 

 胸の奥が締め付けられる。嫌だ……もう何もかも投げ出したい……。

 私は逃げたかった。逃げなければ耐えられない。もう何もいらない、何も見たくない……。

 

カハッ

 

 彼が血を吐いた。

 視界の端で、赤黒い液体がぽたぽたと床に落ちる。目を逸らしたくても、逃げられない。

 どうして……なんで耐えられるの。吐いてしまえば、もう酷い事をされなくても済むのに。

 

 こんな現実、言葉で止めてくれるなら……もう、見なくても済むのに。

 

グハッ」〈ビチャッ

 

アタシだってこんな事はしたくない。

 

でも、やらなきゃみんな帰れないの。

 

アタシ達は手を汚しすぎた。だからもう戻れない。嫌でも、やるしかない。

 

 姉さんが、暴力を好む人物じゃないのは知っている。

 それなのに、この現実……この手のひらに吸い込まれるような絶望は、どうしても受け入れられない。

 私の心は混乱し、恐怖と怒りと悲しみが渦を巻き、どこにも逃げ場はない。

 

「こんな事をしてまで……帰る必要があるの……?」

 

「私は……みんながいるだけで十分だった……姉さんは……違うの……?」

 

 姉さんの動きが、ほんの一瞬止まった。

 その隙間に、私の胸がざわつく。まだ、答えがあるのかもしれない──でも、その希望はすぐに飲み込まれる。

 

アタシは……

 

いや、もう遅い。

 

 拷問の手が、また冷たく動き出す。

 痛みが身体に刻まれる前に、心はすでに粉々になっていた。

 

「なんで……こうなるの……」

 

 いつも、私だけが苦難から遠ざけられていた。

 彼女はいつも私を守ってくれた。

 でも、共に苦難に立ち向かってほしいとは、言ってくれなかった。

 

 私だけが苦しんでいないという罪悪感が、胸を締め付ける。

 この世界は、私に逃げる自由さえ与えない。

 

「これは……私のため……?」

 

そう、でも違う。アタシが自分のためにやっているだけ。

 

「なんなんですか……それ……?」

 

 もう姉さんが、分からない。

 あんなに親しいと思っていた彼女が、今はただ恐ろしく感じる。

 限界が、心の奥で小さく崩れ始める。

 こんな現実、やめてしまいたい……。

 

 助けてもらった先でも、酷い光景を見るしかない。

 何をしても、何もしなくても、結果は最悪になる。

 もうどうしようもない。

 

 もう嫌だ……元に戻りたい……。

 

 嫌だ……。

 

 気持ち悪い、怖い、みんなが嫌。

 

 でもそれ以上に、何もできない自分が嫌だ。

 

 まだ自分は何にもできていない。

 何の役割も果たせない無能だ。

 

 もう嫌だ……。

 

 嫌だ……。

 

嫌だ

 

もう限界だ

 

耐えられない

 

 ……なんでこんな現実を見なきゃいけないの?

 

 ……私が……私達が……生きてるから……?

 

 生きてるせいでこうなるの……?

 

 生きていなければ……こうならない……?

 

 ならみんなが……しまえば……。

 

 そうなれば……もう……。

 

「   」

 

……そう……それは本当……?

 

「……」

 

……それを知っていて何で黙っていた?

 

「……」

 

……いや、いい……みんなを集める……アテナはここで待ってて。

 

 彼女が出ていく。すぐ彼を下ろし、鎖と枷を取り、その場に寝かせる。

 

 これでいい。もうすぐ、誰も苦しまなくてもよくなる。

 

 きっとそうだ。

 

 これでみんな、苦しみから解放されるはずだ。

 

 きっと。

 

 きっとみんな元に戻る。

 

 生きているから苦しまなくてはならない。

 

 生まれてくる必要なんてなかった。

 

 元より私たちは、みんなどうせ死ぬ運命なんだ。

 

 私たちを苦しめるこの世界が悪いんだ。

 

私が みんなを助けるんだ

 

救うんだ、この世界から

 

 

「……なんで、言った」

 

なんで、言った

 

なんで、言った

 

 震えた声で、魂の抜けたような顔をした彼が言った。

 

 

 

 

 

————————————————-

 

 

 

 

 

なんで、言った

 

 怒りとも悲哀とも言える激情が、胸の奥から一気に噴き上がり、血流に乗って全身を駆け巡る。

 喉が焼け付くように熱い。思考が追いつかず、感情だけが先に爆ぜていく。

 

「なんでだ」

 

言えよ

 

言えよ

 

 腕も足もない。

 だから、睨みつけることしかできない。

 その視線だけが、必死に自我を繋ぎ止めている。

 

「……みんな……死ねばいいんです……」

 

 空気が凍りつく。

 理解が、数拍遅れて脳に届いた。

 

「…………は?

 

「……みんな生まれてしまったからこうなるんです。みんな死んでしまえば、みんな苦しまなくて済む。……ふふ……は……はは

 

 背骨をなぞるように、悪寒が走った。

 これは言葉じゃない。思想でもない。ただ、壊れた何かが零れ落ちているだけだ。

 

なんなんだ……お前……

 

「……死んじゃえば……いいんだ……」

 

……ふざけてんのか……

 

「……はは……」

 

 ついに狂ったのか。

 それとも、最初から壊れていたのか。

 殺されたいのか? それとも、何も感じなくなっただけなのか?

 

「……ふふ……」

 

「……うぅ……」

 

「……本当は分かってるんです……私がした事が酷い行為だって……」

 

今更何ほざいてやがる

 

「……もう……何が正しいか……分からない……」

 

「みんな何かを救うために酷い事をする……でも酷い事をしなきゃ……自分か、自分の大切な人が酷い目に遭うんです……」

 

「何が正しいのか……もう……何も……分からなくなってしまいました……ふふ……ははは……

 

あぁぁ……あぁ……うぅ……

 

姉さん……帰りたいよ……もう会いたくない……見たくもない……あぁぁ……頼むから……死んで……ゔゔ……

 

 何を言っている?

 なんなんだ?

 情緒が壊れている……そう判断したかった。

 

 いや、違う。

 分からないようにしていただけだ。理解できないふりをしていた。

 分かりたくなかった。これを理解してしまえば、何かが決定的に終わるから。

 

 彼女は壊れた。

 いや、もうずっと前から壊れ始めていた。

 ただ今、この瞬間に完全に“自分”を見失っただけだ。

 “輪っか”はひび割れ、感情は正しく循環せず、笑いながら泣いている。

 

 俺のせいなのか?

 

 俺が彼女を連れて来なければ……いや、あの時、一緒に来るかどうかなんて聞かなければ、こんな事にはならなかったんじゃないか。

 

 あのまま死なせていれば良かったんじゃないか。

 

 俺のミスなのか?

 

 俺の……ミスだったのか?

 

「…………ふふっ……殺して……嫌だ、死にたくない……はは……

 

あぁ……うぅ……ふふ……ぅぅぅ……ゔゔゔ……

 

クソッ

 

 ソレから目を逸らした。もう人間の精神をしていない。

 目を見ているとこっちまで気が狂いそうになる。

 

 激情と罪悪感が混在している。俺にこれはもう殺せない。

 

 いや、これをどうするか考えるのを放棄した。

 

 もうこれの顔は見たくない。これの事は考えたくない。

 

 ……腕と足を取り戻さなくてはならない。片目だけはっきりと見えるところまで持ち直した。

 

 必死に這いずる。いや、這う事もまともにできない。陸に打ち上げられた魚のように跳ねて外に出る。もう衣服も何も着ていないから、ガラスの破片が身体中に刺さる。

 

 ふと思う。今、自分はどんなに惨めな見た目になっているんだろう。

 腕も足もない上に全裸で、文字通り茨の道の上で馬鹿馬鹿しい動きをしている。

 

 惨めだ。なんでこんな目に遭わなきゃならない。

 

 腕と足が打ち捨てられている。

 ぐしゃぐしゃで骨折もしており、半ば虫に喰われている上に腐り始めている。

 

 雑な切られ方だったために断面が酷く歪だが、こんなのでも繋げればまた使えるようになる。

 

 その場にあった針金や自身の髪の毛を使って、何とか縫って補強した上で繋げた。

 

 まだ動く。

 

 あの鉈もあった。痛みが、感覚が途切れる瞬間がフラッシュバックする。

 

 “自分の”血がこびりついて、未だ乾かず、紅く湿っている。

 

 自分の得物を取り戻し、一刻も早く仲間の元に向かう事にした。

 

 頼むから、生きていてくれ

 

 

 

 

 

——————————————————

 

 

 

 

 

「突飛な事もあるものだ。」

 

「今頃『狂気の神(アーテー)』が顕現するとは。」

 

「なり損なったはずの『崇高』が手に入る。」

 

「だが、『知られざる長子』をどうする。あれは『崇高』を壊す。」

 

 

 

「……いや、全ての『崇高』が潰えたとき、それそのものが使えるだろう。」

 

「我らは『忘れられた神々』をあの地から一掃できれば、それで良い。」

 

 

 

 

 




-『姉と友人達』
あらゆる非道には理由がある。何者かに非道の末に故郷に帰れる事を約束されたのだろう。帰ったところで同じ事を命じられるだけであると言うのに。

-『狂気の神、アーテー』
自我が崩壊した事により顕現した不和の神々の一柱。
元の少女も、彼女の姉も友人達も、三人の探求者も皆、理不尽の被害者に過ぎない。悪役はどこにもいない。
今、“これ”は全てを愛しており、同時に憎んでいる。

-『アテナ』
“姉さん”も“彼”も共に恩人だと思っている。だがより長い期間とも在ったのは姉だった。故に彼女が攻撃されそうになった時、咄嗟に体が反応してしまった。そして最悪の事態を引き起こした。
“彼”とはそこそこ上手くやれていた。このまま何も起きなければきっと良い友人になれていたかもしれない、出会い方が違えばそういった親しい関係になる事もあり得た。渦巻く全ての原因となった行動の最初にはきっと純粋な善意があった。それが全てを台無しにした。



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