「うわぁぁあああん! サオリ姉さん……! サオリ姉さん、サオリ姉さんっ!」
ヒヨリは顔をぐしゃぐしゃに濡らし、喉を詰まらせながらサオリの胸へと飛び込んだ。
唐突な異変と予期せぬ別れ。自分たちが成すべきことも、伝えたい言葉もすべて中途半端に投げ出されたまま、永遠の平穏など訪れない死後の世界で分かたれてしまったはずだった。本来ならば決して許されない再会が、今ここに結実している。
「……ヒヨリ。すまない、心配をかけた」
サオリは戸惑うように、けれど愛おしそうにヒヨリの背中に腕を回し、優しくその体を抱きしめた。
「サオリ姉さん……本当に、サオリ姉さん……?」
「うん。サっちゃん……おかえりなさい」
一歩遅れて歩み寄ってきたミサキは、信じられないものを見るように、微かに震える声でその名を呼ぶ。アツコは穏やかな微笑みをたたえ、ただ静かにサオリの無事を喜ぶように、その白いドレスの裾にそっと手を添えた。
涙を流して感情を爆発させる者、言葉少なに事実を噛みしめる者、ただ静かに微笑みを返す者。アリウススクワッドの少女たちの反応はそれぞれに異なっていた。
この死後の世界という歪な空間のせいだろうか。彼女たちにとって最後に別れてからあまり時間が経っていないようにも思えた、あるいは果てしない孤独の時間を越えた遠い未来の出来事のようにも感じられた。矛盾は常に孕むものなのだろう。
そんな四人の様子を、名無しは少し離れた瓦礫の影から、無言で見つめていた。
その目には隠しきれない羨望の色が滲む。かつて地獄を歩み、だが決定的に異なる道を歩んだ彼女たち。その純粋で温かい空間を、血生臭い己の存在で汚してはならないと彼は一歩後ろに引いて空気を読んでいた。
失ったものがあるのなら、取り返せるチャンスをすべて足掻いて掴み取ろうとしたっていい。彼はその傲慢なまでのスタンスで、この死後の迷宮に抗い、計画を、実験を実行してきた。現に、その執念が奇跡の隙間を作り出したからこそ、アリウスの少女たちは今こうしてサオリとの再会を果たしている。
だが、彼は同時に得た名もなき神々の知識と、独自の研究から世界の法則性を理解してしまっていた。
この死後の世界に長く留まり続ければ、人間の記憶や人格は境界を失って少しずつ周囲へと溶け出していく。やがて個としての形を保てなくなり、いずれは何者でもない灰へと還る。
それは魂の死、完全な消滅だ。
彼の脳裏を、遠い昔に殺された“友人たち”の姿がよぎる。おそらく彼らはとうの昔に消え去っている可能性が極めて高かった。
彼はその非情な現実を最初から理解していた。理解した上で、自分に残された最後の友人『先生』が命を懸けて守り、大切にしていた生徒たちを、そして個人的に奇妙な因縁で結ばれていたサオリやアリスたちを救おうと、この身を粉にして奮闘してきたのだ。
自身が本当に再会したかった者は、もうどこにもいない。
傷を抱えたまま、この先も強く生きるとはそういうことなのだ。
この骨の髄まで染み渡る孤独は、これから先、どれほど新しい出会いを重ねようとも決して癒えることはない。他者で埋められるほど、彼の過去は浅くなかった。ズタズタでボロボロ、深く内臓に跡が残る凄惨な傷。
だが、それでも強く在り、ただ己の意志を貫き通す。
その“茨”の道を歩む覚悟など、蘇りを果たした瞬間にとうに済ませている。
「……はっ」
名無しは短く息を吐き出すと、残った片手で、自身の冷え切った頬を強く叩いた。
「ねぇ! あなたがシロコちゃんの言ってた協力者の人でいいんだよね?」
不意に、少し離れた場所から明るい声が飛んできた。四人の再会を邪魔しないよう、これまた空気を読んで外れていた少女、聖園ミカだ。
名無しにとって、彼女とはこれが完全な初対面になる。突然の接触に、彼は一瞬フリーズしながらも視線を向けた。
「ああ、あんたは……」
「ミカだよ! 聖園ミカ! よろしくね☆」
花が咲くような笑顔で自己紹介され、彼は記憶の引き出しを探る。トリニティの元パテル分派首長だかなんだかだったかと。彼にとってあまり学園の情報については関心がなかったもので定かではない。
だが、挨拶を交わした直後、彼の思考回路に一つの単語が引っかかった。
「……そうか。いや、待て。今『シロコちゃん』って言ったか? あんた、シロコと会ったのか?」
「うん! 会ったよ? 先生とも一緒だったし」
そこからミカが語ったこれまでの経緯は、名無しにとって驚くべき事実の連続だった。
色亡き世界の中で先生とシロコに出会い、その後、大所帯でたくさんの生徒たちを見つけて回収していったこと。その道中で地割れが起き、下に落ちてしまったサオリを探すためにミカが単身でこの深淵まで降りてきたこと。
「(……なるほど、そういうことか)」
彼はここで初めて、シロコが自分より先に先生を発見していたことを知った。それと同時に、向こうの“生徒の回収効率”がとんでもない速度で進んでいることにも気づかされる。
そして何より、ミカが「サオリを探しにちょっと降りてきた」と言える程度には、本隊との距離が近い可能性が浮上した。
「そうか。なら手間が省けたな」
彼は短くそう呟いた。自分から探しに行く必要がないのなら、渡りに船だ。
「とりあえず……なんとか上に上がらないと話にならねえよなぁ……」
名無しは手にしたバールを肩にかけ、自分たちが落ちてきた遥か高い亀裂の縁を見上げた。
神秘を失った体で、この垂直に近い上に凸凹な崖を登るのは容易ではない。合流の道筋は見えたが、最後に残された物理的な難所を前に、彼はどうやってこの少女たちを連れて這い上がるべきか、算段を巡らせ始めるのだった。
『~~~~!』
「あッ?」
突如として脳内の中心を直接揺さぶるような、大音量のノイズ交じりの声が響き渡った。名無しは思わず残った右手で頭を抑える。
『~あー! あー! 聞こえますか!?』
「なんだ? テレパシー?」
『パンパカパーン! 野生のアリスが現れた!』
それは間違いなくアリスの声だった。しかし、通信機器などないこの不毛の地で、一体どうやって脳内に直接干渉しているというのか。
「なんだこれは……。アリス、お前なのか? どうやってんだこれは」
『ヒマリ先輩とリオ先輩の力を借りたのです! 詳しい話は後にして、とにかく今すぐその場所から一歩右に避けて下さい!』
「えっ」
言われた直後、鼓膜を激烈に震わせる轟音が奈落の底に木霊した。
完全に反応が遅れた。視界を真っ白に染め上げる眩い光の奔流。それは斜め上の天井を強引にくり抜き、凄まじいエネルギーの太い束となって名無しのすぐ傍へと突き抜けていった。
「ああクソ」
光が収まった時、彼は気づく。
彼の左半身は、肩から脇腹、太ももにかけてが綺麗さっぱりと消し飛んでいた。避け損なった罰だ。
「う、うわぁ……」
それまで余裕の笑みを浮かべていたミカが、流石にドン引きしたような声を漏らす。異音に気づいたアリウスの面々もこちらを振り返り、案の定ヒヨリが「ひぃぃぃぃっ! 名無しさんが半分になってるぅぅうう!」と絶叫した。
「あの……大丈夫?」
アツコがトコトコと歩み寄り、屈んで覗き込むようにして純粋に彼を心配した。
死後の世界における、形式上用意されているだけのテクスチャに過ぎない肉体だ。そこから生々しい血が流れることはない。しかし、削り取られたその断面は、バグの起きた3Dモデルのように不気味な真っ黒。
「まぁ……あの“火”みたいに、情報ごと直接焼くような異常な性質を持っているわけでもないらしい。形だけなら問題はなさそうだ」
名無しが分析すると同時に、その真っ黒な断面からにょきにょきと無数の灰色の触手が這い出してきた。それらは互いに複雑に絡み合い、捏ねられる粘土細工のように、瞬く間に元の左半身の形へと再構成されていく。
「う、うあっ、気持ち悪い……それあんまりこっちに見せないでよ……。」
ミサキが本気で嫌そうな顔をして、自身の手で視界を遮った。
なんか俺の扱い酷くねえかと文句の一つでも言おうとしたが、別に度を越した不運や冷遇なんて今に始まったことではない。そう思い至った瞬間、彼は何だか可笑しくなってしまい一人でケタケタと爆笑した。
気が狂ったように見えるだろうがそうでもない。彼は正気だ。“狂気”に陥らなかったからこそここにいる。
見上げれば、地上へと直通する完璧なトンネル状の縦穴が完成していた。少なくとも楽に上がれそうだ。これで良しとしよう。
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光の奔流が穿った斜面を、一行はぞろぞろと上っていく。先頭を歩くミカとアリウスの面々から少し離れ、隊列の最後尾。名無しはまだ肉体の再生が完全には追いついておらず、サオリに肩を貸してもらう形で一歩一歩と坂を踏み締めていた。
「なぁ」
不意に、名無しが重い口を開いた。
「……」
「俺は、お前に……」
「謝罪ならするな」
サオリは前を見据えたまま、彼の言葉を遮った。
「……いや、だが俺がお前、お前達にした事は」
「やめろ。もう“あの時の事”はもう終わった話なんだ」
低く、だが一切の迷いがない声だった。名無しは言葉を失い、少しの間をおいてから、観念したように息を吐く。
「……ああ、そうだな。悪い」
「おい、謝罪をするなと言っただろう」
サオリが呆れたように、肩を貸したまま名無しを軽く小突いた。
「今のは違う。」
名無しは苦笑しながら、少し視線を落とす。歩調を合わせながら、彼は再びサオリへと語りかけた。
「……ようやく『仲間たち』に会えたんだ。もっとお前も、なりふり構わず喜ぶと思ったんだがな。思ったより冷静というか、いつも通りだ」
「そう見えるのか?」
「まぁ、外面に出してないだけか。感情表現が不器用なのは相変わらずらしい」
名無しはそこで一度言葉を切り、遠い目をして、トンネルの先を見つめた。
「とにかく……良かったな。正直、お前たちを見ていると羨ましいと思っちまう。……悪い癖だな」
「羨ましい?」
「仲間ってのはいいもんだ。……今の俺に言えた話じゃないが、この先も大事にしろよ」
どこか寂しげで、一線を画した彼の物言いに、サオリは肩を貸したまま不思議そうに首をかしげた。
「何を言っているんだ? まるで他人事のように言うな」
「……? 他人事というか、まぁ、お前らの話だからな」
「何を言っている。お前も私の『仲間』じゃないのか?」
「……」
「……?」
名無しは歩みを止めかけ、これ以上ないほど素っ頓狂な顔をした。
「……俺が?」
彼は“孤独を抱えて己を貫く”というスタンスを胸に秘めている裏腹に、自身の内面に対する自己肯定感は、依然として低いままだ。せいぜい知り合いか、知り合い以上友人未満だと思っていた。自分からは友達になりたいと思っていたのだが、相手からは違うと考えていたのだろうか。
「当たり前だろう。いや、むしろお前は、私をそう思っていなかったのか?」
「いや、そういうわけじゃ、ないが……」
名無しは歯切れ悪く口を濁した。彼は奇妙なことに、こうした純粋な人間関係においては変に一歩引いた姿勢を取りがちなのだ。キヴォトスに流れ着いて以降の知り合いに対して、ひいては自分自身へも、ある種の根深い人間不信をこじらせていたのかもしれない。傷つくのを恐れるがゆえに、謙虚であろうとしすぎるのだ。
サオリはそんな彼の屈折を見透かすように、まっすぐ前を向いたまま、さらに肩を組む手に力を込めた。
「必要なら何度でも言ってやるぞ。お前も私の『仲間』だ」
「サオリ、お前……」
「お前にだって、こうして再会できて私は心の底から嬉しいと思っている」
「えっと、あ、ああ……それはありがたい話だ……」
「本当だ。嘘じゃない。」
「お前は私の……」
「ああ分かった……! もうやめてくれ! そんな面と向かって堂々と言うもんじゃないだろう、そんなこっぱずかしいことを……!」
名無しは顔を真っ赤に染め、完全に狼狽してそっぽを向いた。
本音では震えるほど嬉しいのだ。だからこそ、あまりに直球な肯定の言葉が恥ずかしくてたまらない。さらに、しっかりと肩を組まれているので物理的に逃げることも叶わなかった。
サオリは、常に苦悶する表情か自嘲的な笑みしか浮かべなかった目の前の男が、これほど人間臭く慌てて照れている姿を初めて見た。
その様子がどこか奇妙で、新鮮で、そして……どうしようもなく可笑しかった。
「ふっ……くく、ははは!」
サオリの口から鈴が転がるような朗らかな笑い声が溢れ出す。
「サっちゃんが、ダジャレ以外でこんなに笑うところ……初めて見たかも……」
「わーお……。」
前方を歩いていたアツコとミカが、驚いて振り返りながら、しみじみと感心したように声を上げた。
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光の穴を上りきった先で、名無しを迎えたのは信じられない光景だった。
見渡す限り、どこを見ても生徒、生徒、生徒。死後の灰色の世界を埋め尽くすような、圧倒的な大所帯がそこに広がっていたのだ。
「な、なんだこれは……。おい、これだけの人数をどうやって集めたんだ?」
名無しが呆然と呟くなか、人混みを割って一人の少女が一気に駆け出してくる。アリスだ。彼女は名無しの顔を見るなり、満面の笑みで両手を広げた。
「パンパカパーン! アリスははぐれた仲間たちの地上へ生還を確認しました!」
「無事でよかったです! アリスたちの作った直通脱出ルートは完璧でしたね! まるで『あなぬけのヒモ』や『リレミト』のように一瞬でダンジョンからおさらばです! これでセーブポイントまで一直線ですよ!」
「アリス、一体何があったんだ?」
名無しが頭を掻きながら尋ねると、アリスは胸を張って、ゲーム開発部やミレニアムの天才たちが成し遂げた『裏技』について語り始めた。
あの崩落の直後、取り残されたヒマリとリオが瞬時に一つの仮説を立てたという。それは、アリスの根底にある『名もなき神々の力』の性質を利用すれば、名無しと同じように周囲の特定の気配を広範囲にソナー探知できるというものだった。
「ヒマリ先輩とリオ先輩が『仕様のハック』を提案したのです! アリスは近くにいた大きな気配に向かって急いでダッシュし、合流しました。そのあと、この死後の世界の不安定なバグ……いえ、法則性を分析して利用したのです!」
アリスはさらに声を弾ませる。
「アリスのエネルギーを限界突破させて、威力の桁をオーバーフローさせた『光の剣:スーパーノヴァ』を再構成して生成しました! そのウルトラハイパーな一撃で、地面のテクスチャをまるごと貫通させて通路を作り、救助を最優先したのです!」
「オーバーフローって……お前ら、死後の世界でなんてめちゃくちゃなシステム構築してんだ……」
ミレニアムの最高頭脳ふたりが手を組み、アリスという規格外の存在をパッチとしてあてた結果が、あの左半身を消し飛ばした光の奔流だったわけだ。名無しは戦慄しつつも、彼女たちの力技に苦笑するしかなかった。
「そして、気配との合流といえば……」
アリスは嬉しそうに、集まった生徒たちの中心を指差した。彼女の言う大きな気配とは、先に生徒たちを効率よく回収していた、先生やシロコのことだったのだ。
「そうか。シロコとあいつ……先生は、うまくやったんだな」
名無しはホッと胸を撫で下ろし、静かに安堵した。
まだ人混みの向こうにいる彼らの姿を直接視認することはできていない。だが、これだけの生徒たちが一堂に会しているのなら、合流はもう時間の問題だ。
「……行くか。“あいつ”のところへ」
「ああ、そうだな」
名無しはサオリに肩を借りたまま、水色のマフラーを握り直し、光に満ちた生徒たちの輪へとゆっくり歩みを進め……。
ようやく歩き出そうとした、まさにその刹那。
先ほどまでの衝撃を遥かに凌駕する、文字通り世界を揺るがすような地鳴りが轟いた。
「な、なんだ!? 尋常じゃねえぞ!」
地響きは断続的に、そして徐々にその規模を増しながら、激しく身悶えさせていく。
直後、色亡き空間を切り裂くようにして、禍々しくも鮮やかな『色彩』の穴が開く。その光の裂け目から、滑り込むようにして姿を現したのはシロコだった。色彩の転移能力を強引に使って、ここまで跳んできたのだ。その表情には、かつてないほどの切迫感が満ちている。
「ごめん、詳しい説明をしている暇がない! とにかく、この領域に入ってきたときに使った『入り口』がここから近いから、みんな早く走って!」
それだけ言い放つと、シロコは再び色彩の渦へと溶け、どこかへ瞬間移動していった。余計な言葉を一切省くほどの、正真正銘の緊急事態。
直後、彼女の警告を証明するように、足元の地面が蜘蛛の巣状に割れ、次々と底の抜けた闇へと崩落し始めた。流石に明確にこちらを妨害しようという意図を感じずにはいられない。さらに最悪なことに、その悍ましい『何者かの意図』によって、空間に無数の色彩の穴が開き、そこから敵対的な亡者の群れが次々と吐き出されていく。
『”生徒のみんなは直ちに避難を開始して! 撤退路の確保を最優先するよ!“』
どこか遠くから、拡声器のような大音量で響き渡る大人の声。その号令を合図に、周囲を埋め尽くしていた生徒たちが、一斉に一方向へと走り出し、地響きを置き去りにするような足音が辺りを支配していく。
「これって、もしかして……」
ミカが顔を引きつらせて呟く。名無しはその隣で、まだ完全に再生しきっていない左半身を気にしながら、最悪の懸念を口にした。
「おいおい、まさかこの領域自体が丸ごと崩壊を始めてるなんて言わねぇよな……!? そんなことありえるのか!?」
その言葉の端から、彼らのすぐ足元の地面が音を立てて崩落していく。
全員が何かを察したように無言で顔を合わせた。
「走れッ!」
「目指すは『脱出』だッ!」
誰の叫びだったか、二つの声が同時に響き、彼らは地を蹴った。
最後尾は自分たち。ようやく果たされそうになった再会も、募る話も、全ては最悪のタイミングで後回しにされた。
「急げっ、乗り遅れるな! “エスケープ・ラッシュ”だッ!」
「今のムキムキのおじさん誰!?」
前方を爆走していく生徒たちの中から、聞き覚えのない野太い声が響き、ミカが走りながら鋭いツッコミを入れる。
「うわぁぁぁああん! 辛いですよね! 苦しいですよね! どうしていつも、私たちはこんなに余裕がないんですかぁぁああっ!」
泣き叫びながら必死に足を動かすヒヨリの声が、崩壊していく世界の轟音に文字通り掻き消されていく。
世界の終わるような異常事態。迫り来る亡者。足元から消え去っていく大地。死後の世界が死ぬという大矛盾。
展開はあまりに慌ただしく、目まぐるしく、一歩間違えれば全員が持っていかれかねない危機的状況。それなのにこの空間はどこか、狂おしいほどに賑やかだった。
滅茶苦茶で、理不尽で、混沌としている。
だが、窮地を仲間と共に駆け抜けるこの泥臭さは、もしかしたら、ほんの少しだけ『青春の物語』らしいと言えるのかもしれない。いや、ただの妄言か。そんなフレーズが彼の脳裏にふと思い浮かんだ。
「まぁ……なんでもいいか」
目標に向かって走る。どれほどの苦難が待っていようと、こうして、彼らの道はどこまでも続いていくのだから。