From outside Kivotos   作:ケトゥ毛

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最後に倒すべき侵入者は二つ


75話『決戦に備えて』

 

 一方、また少し離れたところで。

 

 震える肩を抱きすくめ、大粒の涙を流しながら互いの存在を確かめ合う少女たちの姿があった。死に別れ、壊滅したあの世界でもう二度と会えるはずがなかったアビドス生徒会の仲間たち。

 砂に埋もれたあの学び舎で虚しく散っていったはずの最愛の家族。

 

「シロコちゃん……っ、本当に、本当にシロコちゃんなの……!?」

 

 ホシノが涙で曇らせながらシロコの体を何度も確かめるように抱きしめる。

 

「うん……ホシノ先輩、ノノミ、アヤネ……」

 

 シロコは胸に懐かしい温もりがじわじわと広がっていく感覚を覚えた。ノノミは言葉にならない声を漏らしながらシロコの背中に腕を回し、ホシノもまた、いつもの気怠げな雰囲気を完全に消し去り、ただ愛おしそうにシロコの頭を自分の胸へと引き寄せていた。

 

 永遠の別れだと思っていた。地獄のような孤独の果てにプレナパテスと共に世界を渡り、ようやく辿り着いた再会の光景。本来であれば、これ以上ない幸福の絶頂であるはずだった。

 

 だがシロコは抱きしめ合う腕の中で微かな違和感を敏感に察知してしまう。

 

 目の前の先輩たちは確かに再会を歓喜している。しかし、その涙の奥、瞳の底には、拭いきれない暗い陰りとどこか申し訳なさそうな負い目がまとわりついていた。

 

 ホシノだけがその顔をしているのであればシロコにも理由は推測できただろう。かつて現世のキヴォトスで発生した、あの列車砲を巡る騒動。過去の因縁に囚われ、生徒会の仲間を置いて一人で先走ってしまったことへの、先輩としての責任感と不甲斐なさ。それがホシノの心を今も苛んでいるのだろう、と。

 

 だが妙なことにホシノだけでなく、ノノミも、アヤネも、全員が同じように、何かを隠すかのように視線を泳がせ、罪悪感に身をすくませている。

 

 シロコはホシノの身体から静かに身を引いた。そうして生徒会の面々の顔を一人一人、真っ直ぐに見つめ直す。

 

 先ほどからずっと胸に引っかかっていた、決定的な欠落。

 その疑問をシロコは率直に口にした。

 

「……セリカは? セリカはどこにいるの?」

 

 その名を聞いたアビドスの少女たちの身体がびくりと強張った。

 

 重苦しい沈黙の中、ホシノは絞り出すような声で、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

 

「……ごめん、シロコちゃん。……本当に情けないな、私は。」

 

「……見つからなかったよ」

 

 ホシノの言葉を引き継ぐように、アヤネが涙を拭いながら、震える声で事実を告げた。

 

「私たちは必死にセリカちゃんを探したんです……っ。でも、彼女だけどうしても見つからなくて……。そうしている間に地面が丸ごとの崩落してしまって……」

 

「……それで、ここに逃げ込むしかなかった……んだね」

 

 シロコの呟きに、ノノミが悲しげに頷いた。

 

 時間切れ。アビドス生徒会は今この瞬間も、たった一人、あの快活で生意気な後輩の姿を欠いたままだった。かつて世界が滅びたあの日と同じように、またしても全員が揃うことは叶わなかった。

 

 

「ううん。謝らないで、ホシノ先輩。……アヤネも、ノノミも」

 

 シロコは静かに一歩前へと進み出た。その顔にはかつてアビドスの砂漠で、どんなに膨大な借金を背負っても決して諦めなかった、あの頃の、いやそれ以上に強固な精神が宿っていた。

 彼女は様々な経験を経てより強靭になっている。

 

「まだチャンスが尽きたわけじゃない。……ここで終わりじゃないよ」

 

 呆然と見上げる仲間たちに、シロコはふっと優しく力強い微笑みを向けた。

 

「見つからなかったなら、また探しに行けばいいだけ。この世界がどれだけ広くて、どれだけ壊れていても、私たちが諦めなければ、絶対にまた見つけ出せる。……私は失くしたものを全部取り戻すって決めたから。」

 

 彼女は力強く目を見開き、そう宣言するように言った。

 

 

 その時、シロコの肩がぽんと叩かれる。

 

 驚いて振り返ると、そこには見慣れた黒い髪の名もなき彼の姿があった。そして、そのすぐ傍らには、ちょこんと佇む先生も並んでいる。

 

 体感的には、本当に久方ぶりだと言える再会だった。

 

「よう。上手くやれたみたいだな」

 

 名無しは頭をがしがしと掻きながら、どこか申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

 

「悪いな。結局、肝心なところはほとんどそっち頼りになっちまった」

 

 思えば、彼という規格外の存在がいなければ、死者の復活などという世界の理を無視した不可能を実現させることはできなかった。彼がもたらしたきっかけがあったからこそ、シロコたちはここまで辿り着けたのだ。

 

「ううん、そんなことないよ。あなたがいなかったら何も始まらなかった」

 

 シロコは静かに首を横に振り、真っ直ぐに彼の瞳を見つめて、素直な感謝の言葉を伝えた。

 

「ありがとう。……本当に」

 

「……あぁ、いや。そう言ってもらえるのはありがたいんだがな……」

 

 面と向かって感謝された名無しは、少し決まずそうに視線を泳がせ、何とも締まりの悪い、歯切れの悪そうな表情を浮かべた。その様子に、シロコは微かな胸騒ぎを覚える。

 

「残念なことにまだ全部終わってねえんだよ」

 

「ん……? 終わってないって、どういうこと?」

 

 シロコが首を傾げると、名無しは声音を少しだけ低くし、真剣な眼差しを向けてきた。

 

「前に俺が、この領域の奥底から『ヤバい気配』を察知したって言ったこと、覚えてるか?」

 

「ん、一応……」

 

 シロコは記憶を辿り、少し自信なさげに頷いた。

 

「それがどうかしたの……?」

 

「まぁ、言葉で説明するより見てもらった方が状況が飲み込めるかもな。一度、こっちに来てくれ」

 

 名無しはそう言い残すと、見えない床を踏み締め、空間のさらに奥深くへと歩き出した。

 

 名無しと先生に連れられて向かった先はかつてこの死後の世界に入る前に、彼らが用意しておいた巨大な大地へと繋がる出口だった。

 

 かつて元のキヴォトスを複製しようと試みたものの、あまりにもリソース不足で建物も自然もないただの地面だけになってしまった場所。放置されたままになっていたまっさらな土壌だけが広がる大陸の存在をシロコは記憶していた。

 

「見てみろ」

 

 名無しがそう言い、空間に開いた歪な穴へと彼女を促す。シロコは境界の穴を潜り抜けた。

 

 その瞬間。

 

 ほんの少し、身体の一部が向こう側の空気に触れただけで、脳を直接殴られたかのような遥かに強烈で悍ましい“気配”が網膜の裏まで突き抜けた。

 

「……っあ」

 

 あまりの禍々しさに、激しい眩暈と吐き気がシロコを襲う。視界がぐにゃりと歪み、思わずその場に膝を突きそうになった。

 

「”大丈夫……!?“」

 

 異変を察知した二頭身の先生が背後から心配そうに声をかけてくる。その温かい声に辛うじて意識を繋ぎ止め、シロコは痛む頭を抑えながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

 視界に飛び込んできた光景は彼女の知るどの世界の空とも違っていた。

 

 現世。本来であれば、そこにあるはずの透き通った青い空が存在しない。

 

 片半分は様々な赤が混じり切らず混在する極彩色に染まり、その中心には光を吸い込む黒い点のごとき禍々しい『黒い太陽』が、空間を穿つようにして不気味に浮かんでいる。

 そしてもう片半分は、光を一切寄せ付けない、どす黒く濁り切った曇天が地平線の彼方まで広がり、世界を圧殺せんばかりに垂れ込めていた。

 

 赤と黒。二つの全く異質で等しく悍ましい『空』が、互いに領域を主張し、せめぎ合うようにして、元の美しい青空を激しく汚染し尽くしている。

 

「何、これ……」

 

 シロコの声が恐怖と困惑に震えた

 『何か』が来ている。徐々に近づいてきている。

 

 名無しが、吐き捨てるように言葉を返す。

 

「ああ。新たな“侵入者”らしい。」

 

 

 

 

 

-------------

 

 

 

 

 シロコは再び元の『ナラム・シンの玉座』へと戻ってきた。

 

 シロコは痛む頭を押さえながら、名無しに向けて切迫した声を絞り出した。

 

「あれは……何?」

 

 名無しは苦々しい表情のまま静かに口を開いた。

 

「前に話しただろ。……『無名の司祭』どもだよ。簡単に破壊された世界線を再生できる仕組みなんて作られたら、あいつらにとっちゃ困るはずだ。だから“介入”してきやがった」

 

 名無しはさらに視線を鋭くし、忌々しげに言葉を続ける。

 

「多分、その司祭どもの介入のせいで、あの“アレら”がこの世界線に招かれたんだろうな。蘇ろうとしてる俺たちを二度と現世に戻れないようにするために。」

 

 シロコはその話を思い出した。そういえば死後の世界へ旅立つ前にそんなことを言っていた。

 

「なぁ、お前はさっき、あの境界の向こうで強烈な気配を感じたはずだ」

 

 名無しはシロコの目を真っ直ぐに見つめ、静かに問いかけてきた。

 

「率直に、どう思った? お前の感覚でいい、何を感じたか教えてくれ」

 

 シロコは再び脳裏に焼き付いたあの異質な空を思い浮かべ、頭を抱えながら、記憶を振り絞るようにして答えた。

 

「……一つは、物凄くたくさんの数が、分裂したり混ざり合ったりしたような……ぐちゃぐちゃな気配の集合体、みたいだった。底がなくて、際限なく増え続けていくような……」

 

「……で、もう一つは?」

 

 名無しの催促に、シロコはそこで言葉を区切った。言い淀むような、強い躊躇いの混じった間が空間に流れる。シロコは視線を泳がせ、恐る恐る名無しの顔を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「もう一つは、その……。あなたと、一緒だった。……あなたと、同じ気配がした」

 

 その言葉を聞いた名無しは驚くわけでもなく、ただ深く溜息をついた。

 

「……そうか。」

 

 彼は一言だけそう返す。

 

「とにかく、敵は二つだ。この二体の化け物を倒す。それが再生のための『最後の関門』だ。もしこれができなければ生き返るどころか、この世界線ごと綺麗さっぱり滅ぼされる」

 

 また重苦しい沈黙と空気が広がっていく。死の淵から這い上がり、ようやく掴みかけた奇跡のすぐ隣に、世界を終わらせる破滅が口を開けて待っていたのだ。

 

「……だがな」

 

 名無しは不意に勢いよく顔を上げた。その瞳には絶望など微塵も染みついていない。

 

「思い出してくれ。今、この場所に“何”が在る?」

 

 名無しの力強い声に導かれるように、シロコもゆっくりと顔を上げた。

 

「そう。俺がいる。お前がいる。そして……」

 

 名無しが視線で示す先、そこには先生がコクコクと頼もしく頷いていた。

 

「先生がいる。他にも、奈落の底から這い上がってきた、何人もの優秀な生徒たちがここに揃ってる」

 

 名無しは口角を不敵に吊り上げ、ニッと笑ってみせた。

 

「何が言いたいかは、わかるだろ?」

 

 その言葉の意図を察した瞬間、シロコの狼の耳が、ぴょこぴょこと嬉しそうに、そして好戦的に跳ね上がった。

 

「決戦準備だ。今から徹底的に敵の分析をして、作戦会議を開いて、対策を練りに練ってから最終決戦に挑もうってわけだ。各学園の生徒会長でも技術者でも動かせる戦力はとにかくありったけ全部ここに集めてこい」

 

 名無しは腕を組み、仁王立ちする。

 

「再会を喜ぶにはまだ早い。後の楽しみにとっておけ。最後の総力戦だ、存分にやろうぜ。」

 

 

 

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