シルキー・ブランケットの魔術師録   作:シルキー・ブランケット

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第3話

ビリー・サンダースは苛立っていた。

禁酒法などと言うクソのような法律のせいで多少汚いことをしなければ酒が飲めないからだ。それに昨日は賭博場で久し振りに痛い目を見た。

 

非合法である以上いつでも検挙してやれるが、折角の息抜きの場をその場の感情で台無しにする程の馬鹿じゃあない。少なくともビリーは自分を冷静な紳士だと思っていた。

 

それに真の問題は別にある。ビリーを苛つかせるのは、かつての相棒を陥れた謎の宗教組織だ。「銀の黄昏錬金術師会」とか言う巫山戯た奴らに関わったせいで相棒は行方知れずになってしまった。

騙されて何か売り付けられるぞ。と、笑うばかりに留まり、止めてやれなかった自分に苛ついていたし、間抜けにも奴らの手に落ちた相棒にも苛ついた。そして、半年ほど前から組んでいる弱いくせに偉そうな女にも苛ついていた。その上、その女より更に弱そうな男が引っ付いてきている。これ以上何かあれば、いくら紳士たる自分でも怒りを抑えきれないのではないかと、ビリーは思っていた。

 

憂さ晴らしに路上に唾を吐き車に乗る。後ろでバカ女が何か喚いているがどうでも良い。女だてらに警官をやるなら口より先に手を動かすんだな。などと思っていた。

 

フォードに火を入れアクセルに足を乗せる。後ろの二人が慌てて乗り込むのを待つつもりは無かったが、どうやら踏み込む前には間に合ったらしい。当たり前だ。これで置いていかれるような愚図は必要ない。

 

待っていやがれアーカム。そしてオカルト野郎共。このビリー様がぶちのめしてやる。

 

---

 

はっとする。

我に返ると、一人だった。大広間にたくさんの机と椅子が並んでいる。机にはクロスが敷かれ、キャンドルが用意されていた。会場設営という言葉が頭をよぎる。

 

「私がやったのかな…」

 

記憶がない。まるで眠っていて、今目が覚めたような、そういう感覚だ。ただ、体に安らぎはなく、むしろ疲労感がある。

気持ちが悪いな。と思った。私は深淵を覗き込んだことを後悔出来るだけの冷静さを取り戻しかけていた。

 

ふと、ポケットを弄ると日当にしてはやや大袈裟な額の金銭が入っていた。そう言えば、もう帰っても良いと言われた気がした。勿論そんな記憶はない。魔術とやらに弄ばれている。

 

ここを出れば解放されるだろうか。そうして、二度と彼らに関わらない事を祈って過ごすしかないだろうか。今こうしている時も、いつか、平凡な生活を送る時も、どこでもあの男に覗かれていて、いつでも、彼の好きなように動かされてしまうのだとしたら。そんな事を許せる訳がないし、全く我慢のならない事だ。

 

しかしどうすれば?

 

私の足はとぼとぼと、帰路につくように動きたがっていた。よく、意識を保たなければいけない気がした。

 

だからだろうか。不意に、舞台の奥から風が吹き抜けたような気がしたのは。何者かが穏やかに手招きしている気がしたのは。そんな風に、自分が自分で無くならないように気を付けたせいだろうか。

 

私は何とか、舞台の奥へと歩みを進める事を決める事が出来た。帰りたくて堪らないのに、まだ仕事をしなければいけないような、そういう苦痛を覚えたけれど。

 

舞台裏に潜り込み、機材をすり抜けて階段を昇る。二階だか三階だかわからないが、扉を開けて廊下に出ると、そこに一人の少女が立っていた。

 

「アン・シャトレーヌ…」

 

口をついて名が出てくる。呼ばれた女は冷たい無表情を浮かべ、凍てつく視線を私に向けていた。

 

「馬鹿な子ね。自ら滅びに向かうだなんて」

 

アンが私にそういう。その声には何の感情も乗ってはいなかった。そんな彼女が何故私を招いたのか不思議に思い次の言葉を待った。

 

「来なさい。お前に相応しい扱いをしてあげる」

 

そう言うと、アンは廊下を進み始めた。私はその後を追う。

 

悔しい事に、道順は覚えていない。いや、正確には覚えているのだが、どう思い出しても整合性に欠けるので言葉に出来ないのだ。

だから、この場の私は、ふと気付くとアンの部屋に居た事にする。

 

部屋に着くなり、アンは私の額を指で突き、強く押し付けこう言った。

 

「さて、今から私がお前の主人。だから働いてもらうわ。明日の賓客を饗す間、お前は私の侍女よ。お前の仕事は私の世話と客の案内。分かったなら返事をしなさい」

 

「は、はい。ご主人様…?」

 

何となく、そう言わないといけない気がして返事をすると、頭の中で何かが炸裂したような感覚に襲われる。同時に、意識も鮮明になったような、体が軽くなったような気がした。

 

「よろしい。一先ずはこの屋敷にいる間、助けてあげましょう。その間に価値を示しなさい。そうすれば、貴女に降り掛かる問題に対抗出来るようにはしてあげる。勿論、その後は貴女の努力と運次第だけど」

 

もう、早く帰りたいとは思わない。気怠さも抜けた。すると、好奇心が、私の持つべき気力が湧いて来るようだった。

 

「一体、私に何を…?」

 

「元に戻しただけよ。あのままじゃ使い物にならなさそうだったから。さて、先ずは話しなさい。生まれはどこ?」

 

「えっと…イングランド、ニューカッスル・アポン・タインです」

 

「あぁ、そうなの。私はスコットランドの出なのよ。故郷は300年も前に燃えてなくなったけれど…」

 

そう言うと、アンはほんの少しの間遠い目をした。相変わらず鉄面皮で、人の温かみの欠片も無さそうな鋭い雰囲気ではあったが。

それはそうとして、私は当たり前に引っ掛かった。その疑問をそのまま口にする。

 

「それは、残念です。えっと、つまり…貴女は300歳を超えているのですか?」

 

「面白い話よね。魔女狩りと言って何もかもを焼き払ったのに、その焼け跡から魔女が生まれるなんて」

 

アンが笑った気がした。しかし、表情は動いていない。私は我が目を疑ったが、動じてはいけない気がして何とか気を保った。

 

「えーっと、すみませんが何とも言えません」

 

「結構よ。貴方はこれまでどう育った?答えなさい」

 

「普通ではなかったと思います。両親は私に沢山の知識を与えてくれましたけれど、遊びに行ったりは出来ませんでした。私は白皮症だから。でも、大学に行かせてくれたり、生活に不自由がないようにはしてくれています」

 

「大学?その割には幼い顔をしているわね」

 

「あぁ、飛び級なんです。特別な待遇で。私は10歳で高校を卒業していて…えっと、こう見えて心理学で博士号を取っています」

 

「何故そんな扱いを受けられたのかしら」

 

「…えっと、そうですね。祖母が6代公爵で、色々事業を興していて、両親も投資家とか起業家とか、そういうふうな人みたいです。だからかな、学校にも沢山出資していたみたいですし」

 

「…あぁ、そう。なら次よ。どうして貴女はわざわざ海を渡ってこんな事になっているのかしら」

 

「それは…私としては見聞を広めるための旅ですけど、お家としてはほとぼりを冷ましたかったのかも。私はちょっと、体質が特殊過ぎるので」

 

「その体質とは何?」

 

「完全記憶です。私は見たものや聞いたものを忘れません。私の認識の限りであれば、それが起きた時間も正確に覚えていられます。それが少し騒ぎになった事があって…」

 

「持て囃されたのね。良いわ、もう十分」

 

パンッとひとつ柏手の音がする。はっと我にかえるとアンは相変わらず、冷ややかで鋭い目をこちらに向けていた。

 

「失礼、また何か魔術を?」

 

「今のは簡単な催眠術よ。貴女は素直過ぎる」

 

そう言うと、アンは一冊の本を手渡してくる。

 

「読みなさい。ただし読まずに。きちんと読み取れたなら、そうね…。もしかしたなら生き残る事が出来るかも知れない、と期待しても良いわ」

 

「え、うーん…。すみません、ご主人様。読まずに、とは?私にはよくわからないのですが…」

 

何せ目に入れば覚えてしまう。その時理解しなかったとしても、後から読み直せてしまう。説明したと思ったが伝わらなかったか。と思っていると、アンが鼻で笑った。

 

「やりなさい。これを手渡してあげることが、私に出来る唯一の助けよ」

 

「えぇ…」

 

何て無茶な。と思わないことも無かったが、必要な事なのだろうと思えないことも無かった。仕方なく、私は空いている椅子に座って中空を見つめることにする。

 

読まずに読む。とは?どのようにすれば達成出来るのだろうか。

しばらく考えて見たものの、特に良い案は浮かばなかった。

簡単に考えるなら、文字は読まずに図形や絵だけを見ると言うことになるが…。

 

ちらとアンを見やるが、もう何も告げてはくれなさそうで、私は仕方なく中身が見えないかと本を見つめるだとか、手に持って念じてみるだとか、奇怪なことを始めた。 

 

が、当たり前に何も読めないので、仕方なく開くことにした。しかしそうなると読まざるを得なくなる。なので、何も頭に入れないように、ただめくる事にした。その内、何か良い考えが浮かばないかと思いながら。

 

 

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