シルキー・ブランケットの魔術師録 作:シルキー・ブランケット
アーカムの地を踏んでしばらく。アレクシアは正直なところ、途方に暮れていた。
捜査が進む進まないと言う話ではない。相棒、と言うには合わなさ過ぎる、あの男の話だ。
自分勝手で、サボり癖があり、乱暴で粗野で下品。賭博や飲酒をしているらしいが、指摘されても悪びれる様子なく情報収集のためなどと嘯いていると聞く。
犯罪者を追い込む時だけは活き活きと動き出すあの男を、アレクシアは嫌悪していた。
「さぁて、どうしたものかしら」
「先ずは聞き込み…でしょうか?」
暮れる思案の果てに溢れた独り言に、返事がある。アレクシアは一歩遅れて歩く臨時の相棒に意識を引き戻した。
「え?あぁ、そうね…。いつもならそうだけど、あまり嗅ぎ回るのは辞めておきましょう。それはアイツがやるだろうし、下手に動くよりはこの街を観察してみたほうが良いと思うの」
そう、臨時だ。本来の相棒であるはずの男はさっさとどこかへ行ってしまった。二人組で動くべきだと言えば、ここに居る彼と組んでいろと言い捨てられ、かと言って引き止めたいとも思えずに流されてしまった。
だから、アレクシアは派手に動く事をしないようにした。当てつけでもあるが、そもそもリヴェリオは一般の協力者だ。「銀の黄昏錬金術師会」と言う、件の団体を密かに調査していたらしい。
それを、不用意に危険に晒す訳にはいかない。本来は守られるべき人間だと思うから。
「それにロゥズヴェルトさん。私は貴方の知識を頼りにしたいの。銀の黄昏錬金術師会について、改めて教えて頂けるかしら」
「リヴェリオで結構ですよ。えーっと、そうですね。銀の黄昏錬金術師会は、権力者による参事会のようなものです。マサチューセッツ中の大物が集まる組織で、地域、州、国がどう動くかを議論する場所ですね。だから基本的には閉鎖的で、一般市民が覗くことは出来ませんし、入会審査も非常に厳しいんです」
「入り込むのは難しそうね」
「えぇ、内部に潜り込むのはね。でもやりようはあります。彼らが開く食事会に参加するんです。それなら入会の必要はありません。問題は、食事会は市民を洗脳する為の会合なので、上手く立ち回らなければ危険であることです」
「それは…承知の上よ。でも一つ聞かせてもらえるかしら。どうやってそこまで調べたの?」
「大したことではないですよ。この街に住めば彼等のことは嫌でも耳に入ります。そして、殆どの場合は彼等に疑問を抱く前に賛同者にされてしまいます。不思議な魔術でね。僕はたまたま、運良く彼等に知れる前に彼等を知れただけです。まぁ、その代わり実際に彼等に接触した事は無いですし、その優位性も今回で失われそうですけど」
リヴェリオはにこやかに言った。その、リヴェリオの言葉にアレクシアは疑問を口にせずには居られない。
「失礼、魔術と言ったの?それは…何かの比喩表現よね。つまりどういうことかしら」
「いえ、比喩では無いですよ。彼等には魔術がある。それがどういったものかは説明出来ませんが、僕には確信があるんです。彼等は少なくとも、人の心を覗き見、思いのままに操る術を持っている。それから、ある場所からある場所まで瞬間的に移動する事も出来るはずです」
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「瞬間移動…?」
気が遠くなりながらも読まない読書を続けた結果、私はある神秘に触れた。それはエルダーサインと言われる不思議な星の模様。中心には瞳が描かれていて、瞳孔からは灯火が立ち上っている五芒星だ。
それが私の日記帳に描き込まれている。
「そう。それが元々守護の印である事を利用して、作られた魔術。脱出や撤退は防御と言えると解釈してね」
「なるほど…。これを描き込んだ二つの場所を行き来出来ると。随分便利ですね」
「何処かへ出掛ける時や入り込む時、必ず出発点に描き込みなさい。危機に陥りそうな時は迷わず持ち物に刻まれたサインを使って逃げるのよ」
魔術の指南。私は僅かに常識を失う気配を感じながら、これを聞き入れていた。エルダーサインへ精神の波動を注ぎ込む手法を学んでいた。
「貴方ももう知っている通り、魔術とは夢の揺らぎよ。水面に投げ込んだ石の立てる波紋が、思い通りの形になるようなもの。魔術師とは、大いなるものの精神が変質し、独立したそれの宿主。その一部を炸裂させて、夢へ思い通りに干渉する力を持つ者を言うのよ」
「だから、魔術を使うものは次第に現実味を帯びなくなる?」
「その通り。精神はすり減っていき、正気を失うの。そのままだと自己を保てなくなるから、自我が希薄で価値のない精神を奪って補充する。これが狂っているように感じるのは、まだこの世界を本物だと信じている無知だけよ。真理を知るものは誰もがこれを夢だとわかって割り切っている。貴方も直にそうなるわ」
「なるほど…。では精神の接続とは、思いの外容易なのですね。元々ひとつなのだから、それを防ぐ術は自分が完全に分かたれた存在であると認識するところに肝があるのでは?」
私がそう述べると、いや、そう述べてもアンは眉一つ動かさない。しかし、私はそこにこそ答えを見た気がした。
「魔術師の業から逃れるには、そう言った心持ちが必要なのでしょう。丁度、ご主人様のように、冷たく、鋭利でいることが」
事実、これが私の魔術への対抗に至る最初の一歩であったのは間違いない。
「考え方は及第点よ。でもそれでは足りない。魔術の在り様に気付き、エルダーサインを用いても、正しく心を閉ざせなければ意味はないわ。先ずは世界から遠ざかりなさい」
そう言うと、アンは再び視線を本に落とした。もう話は終わりということだろう。次なる課題は世界から遠ざかる事。よくわからないが、読まずに読むと言う奇行をこなした私は何となく、やれる気がしていた。