シルキー・ブランケットの魔術師録 作:シルキー・ブランケット
「ねぇ、本当にここに座っていていいのかしら」
富豪の集まる会場で、アレクシアは所在なさげに言った。対面のリヴェリオは穏やかに微笑んで頷く。
「大丈夫。今日は彼等の説教の日のはずです。この後、彼等は自分の教室に向かうでしょうから、僕達もそれに乗じれば良い」
それは昨日、魔術の説明の後に聞いた話だ。手筈については今朝も確認をした。しかし、アレクシアは不安だった。何か良くないことが起きる気がしていた。
言うまでも無いが原因はビリーだ。昨夜、何をしていたのか尋ねたが何も話そうとはしなかった。その癖、こちらの知った事は聞き出そうとしてくる。
また喧嘩になるところをリヴェリオが上手くやってくれたお陰で一応は穏便に済んだ。が、何も解決はしていない。今日も単独行動をしているのだから、不安になるなという方が無理だ。アレクシアはそう考えていた。
「上手くいくかしらね」
カルト教祖の逮捕。それが命令だ。はじめは言い渡されるくらいなのだから成功の見込みがあるのだと思っていた。しかし、今は不審感を抱いている。
「随分大物が多いみたいだし、なんだか場違いだわ」
ここに居るのは殆どが富豪の一歩二歩手前の人間である事は見切りがついている。更に何人かはそれその人が混じっている事もわかる。つまり、皆ここでは新参か下っ端なのだろう。本物はもっと隠された場所に居るに違いなく、目標はその最奥だ。それを誘拐の疑いで逮捕する?無茶が過ぎる。例え証拠があっても踏み潰されるのがオチだろう。捜査局がわからない事だとは思えない。
「それにしても、アイツは何をやってるのかしらね…」
相棒はまた単独行動だ。私は完全に置いていかれている。辺りで見かけないから、この建物を探索でもしているのだろう。見咎められて面倒を起こしていなければ良いが。
…頭痛を感じる。実はもう八方塞がりなのではないか。出口の無い迷宮に飛び込んで居るのではないか。そんな予感が頭を過りもする。頭を抱えたい思いだ。
「えっと、どうかしましたか?」
声をかけられる。リヴェリオかと思ったが違う。女の、いや、女の子の声だ。見やると、ローブに身を包んだ色白の少女が立っていた。
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妙に悲壮感の漂う女性と、それを見守る男性のペア。女社長と秘書…?いやそれにしては男の方だけ普段着なのがおかしいように思う。アンの言う人物は、この二人のどちらかだろうか。
「えっと、どうかしましたか?」
そう思い話しかける事にした。女性はこちらを見ると、怪訝な顔をした。子供に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
「いえ、大丈夫よ。ありがとう。あなたは?」
「アン様の従者です。と言ってわかりますか?」
「…リヴェリオ?」
「代表の一人ですね。会長のジョン・スコットの下には二人の顧問が居るはずです。片方がカール・シャルンホルスト、そしてもう片方がアン・シャトレーヌ」
「あぁ、はい。そうですね」
ジョン・スコットについて詳しいことは知らない。カールについて話を聞いた時にでてきた人物だ。魔術師としては並だが、組織運営の手腕は優秀らしい。
「ねえ、もしよかったら座って話さない?私達、あまり慣れて無くて親しみやすい人を探したいところだったの」
女性はそう言ったが、表情は誰かに親しみを持とうという思いが表れていない。むしろ、子供なら付け入る隙があるだろうから上手く使おうとさえ考えている。それでいて、私の登場に少なからず希望を見出しているように見えた。
話しぶりからして会員では無いだろう。私は少しばかりこの二人に期待して自己紹介を始めた。勿論、手頃な椅子に腰掛けながら。
「シルキー・ブランケットです」
「アレクシア・カーシュナーよ」
「リヴェリオ・ロゥズヴェルトです。よろしく、ブランケットさん」
アレクシアは右の髪を耳に掛け直しながら、さりげなく耳裏を掻いた。緊張しているのが見て取れる。
敢えて言うと、この時点で私には彼女が捜査官或いは軍人と言った、ある種の訓練を受けた人間である事が何となく分かっていた。そういう人間特有の癖をアレクシアは持っていた。
一方リヴェリオは、特にこちらを警戒していない。むしろ優しげに微笑んでいて緊張も感じない。彼からはアレクシアと同類の気配はしなかった。
この二人は何故ここに居るのだろう。私は様々な可能性を頭の片隅に浮かべながら、アレクシアの言葉を待った。
「話し掛けてくれて助かったわ。知り合いに誘われて来たのだけど、あまりに場違いで困っていたの」
「そうでしたか。でもあまり気にしなくても大丈夫ですよ。アン様は善い意思をお持ちになる人を歓迎されるので」
「善い意思…?」
出任せだ。しかし、アレクシアは何も知らない。そして私が訳知りだと思い込んでいる。ある程度適当であれば創作を混ぜても分かりはしない。
「はい、善い意思です。言葉では表せませんが、私がこうして前にいるということは、何か特別な素養をお持ちなのでしょう。この世界の理不尽に抵抗出来る意思。そういったものを」
「…実感の沸かない話ね」
「実感出来る事でもありませんから。でもきっとそうです。アン様の教室は貴方達にお似合いだと思いますよ」
アレクシアは眉を顰める。それはそうだろう。何処にも根拠のない話だ。
「その、教室とは何の事かしら」
「それは見てみるほうが早いでしょう。良ければ案内します。もう少しで開かれるでしょうから」
「えぇ…それは…」
私の言葉に、アレクシアは微かに動揺の色を見せた。表面上は取り繕えているが、深入りはしたくないと気配が言っている。
「願ってもない申し出です、ブランケットさん。是非お願いしたい」
リヴェリオがそう言う。アレクシアは一瞬ぎょっとしたようだった。どうにも、この男性はにこやかだが内に強かさを感じさせる。とは言え今は気にすることもない。
「シルキーで結構ですよ。私、まだ子供ですから」
「僕は年齢で態度を変える事はしません。代わりにこちらもリヴェリオと呼んでください。よろしくお願いします、シルキー」
そう言うとリヴェリオは右手を差し出してくる。握手を交わすと、アレクシアも同じようにした。僅かな時間で肝を据えたらしい。
「アレクシアで良いわ。私だけ仲間外れは嫌だもの」
「わかりました。アレクシア。よろしくお願いしますね。では、そろそろ教室に向かいましょう。」
こうして、私は二人を連れてアンの教室に向かったのであった。