癒し手の殴り拳   作:熾天使チュリン

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 原作読了推奨なう


第零部
嘆くと亡霊が寄ってくる


 

 

 

 この世はクソだ。やってらんねー。

 

 それが俺がいつも思っていることの全てだ。なんせ金がない。力がない。そして何より、運が無い。

 

 ごく普通の家に生まれた俺は齢5歳にして家族を亡くし、孤児院に引き取られたと思ったら次の日に燃えた。俺は孤児で乞食になるしかなかった。

 乞食になったところでこんな薄汚い子供の力になりたいやつはいないし、子供が働ける場所はない。いや、あるにはあるが明らかな違法労働。

 

 運が無ければツテもない。これが不条理か。

 

 

 トレジャーハンター黄金時代。この世に幾人もの英雄が乱立し、そして管理される時代。人々の歴史にいるのはいつも綺麗で清潔な探索者(ハンター)だった。

 俺みたいなのは塵芥扱い。精々タチの悪いレッドハンターに捕まらないように路地裏を這いずるのみ。

 

「はぁ…渋すぎだろ」

「なんだァ!? 文句あんのかよ!」

「いや、別に…」

 

 俺は路地裏で明らかに犯罪臭漂うおっさんの傷を癒していた。どうやらこのおっさんは闇稼業でちょっと失敗してしまったらしい。その胸には大きな裂傷が刻まれていた。

 俺はそれに手をかざし、マナを込める。すると白いような、緑のような、神秘の光が傷に纏わりそれを癒した。

 

 そう、こんな俺にも一つだけの財産がある。それが治癒術である。こんなにも金が無く、こんなにも力が無い俺が未だにスラムで生きていられる理由の全てだ。

 

 

 俺は治癒術師(ライター)である。それも凄腕な方の。

 

 

 この才能を知ったのはまだ5歳くらいの頃、両親が病に伏せていたころだ。俺はいつも両親の無事を祈り、回復を願っていた。そしたら使えるようになっていたのだ。あの時は驚いたね。自分の擦り傷が綺麗さっぱり消えてなくなったんだから。

 

 そんな俺の治癒の才能はずば抜けていたらしい。だからこそ俺はこの路地裏で生きていけるし、なんなら裏稼業のレッドハンター達からは絶大な庇護を貰っている。でも能力の増強とやらで宝物殿に連行されるのは勘弁だ。そうして俺は成長するにつれて力は強まり、今では少し欠けた身体の部位を再生する領域にまで達していた。

 

「おい、《忠犬(ドギー)》。てめぇに金払ってやってるのは誰だ? 俺たち裏のモンさ。お前は俺たちの庇護で生きてんだよ」

 

 うるさい。知ってるよそんなこと。渋い金で威張るな。

 どうやらこの男は俺に従順を植え付けようとしているらしい。馬鹿らしい。そんなことされなくても俺は基本的に逆らうことはないんだから無駄なのだ。

 

 俺にはもう反骨精神などない。齢15にしてこの人生に色々と疲れてきたのだ。今はもう生きていられればそれで良い。幸いにも俺は希少な治癒の能力を持っていて、この裏社会の大切な資源だ。

 

 裏社会は資源を大切にする。裏社会に集まるのは基本的に腕に自信がある荒くれ者たちだ。だから治癒術師(ライター)はまずいない。そしてそれゆえに俺は裏社会の脅威に晒されることない。

 もし俺に手を出そうものなら裏の世界の住人が一斉にソイツを殺しにかかるだろう。それくらい俺は希少な存在なのだ。

 

「へいへい」

 

 だから良いのだ。別に上昇思考なんてない。ダラけて生きていけるのなら、このスラムで呑気に生きているのも悪くないだろう。

 俺はおっさんから金を巻き上げておっさんを追い返した。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 裏社会で一目置かれている治癒術師(ライター)、《忠犬(ドギー)》として生きるのは苦では無かった。

 

 いや、嘘だ。結構苦しい。家が無い、ベッドも無い、これだけでも中々辛いものがあるが、一番は宝物殿に連行されることだ。裏社会の奴らは俺を所有物とでも思っているのか、偶にスラムをふらふらしている俺を捕まえて宝物殿に連れて行くのだ。

 

 何故かって?それは俺を、もとい俺の治癒術を強化するためだ。宝物殿はマナ・マテリアルという生命を進化させるエネルギーが豊富なため、滞在するだけでどんな人間の能力も向上するという凄まじい場所だ。そうしたところに連れ回された結果、今の俺はレベル3程度の強化率を誇っている。

 

 莫大な潜在能力を開花させるにはこれが手っ取り早いのだ。お陰で本来ならレベル6相当以上の実力者が使う『再生』レベルの治癒術を獲得した。

 

「あ…」

 

 ふと、路地裏から見える大通りを見た。人、人、人。綺麗なそこに、善良な市民が行き交いしていた。その中に時折混じる強者の気配。探索者(ハンター)だ。

 

 彼らは仲間と共に自信を持って胸を張り、目をギラギラと輝かせていた。高みを目指し、宝を夢見て、栄光を駆けあがらんとする彼らは俺の目にはあまりに眩しい。

 

 いいなあ。

 

 たまに、そう思う。俺の体は貧相だが、才能はずば抜けていると自負している。類稀なる治癒を誇る俺なら、ハンター達からも引っ張りだこなのは間違いないはずなのに。

 

『お前は俺たちの庇護で生きてんだよ』

 

 頭をブンブンと振る。何を考えてるんだ俺は。例え俺がハンターになって、それがなんだ?俺が無名から人と関係を築けるとは到底思えない。英雄願望は夢だけだ。夢見るくらいがちょうど良い。

 

 うずくまって横になる。身の程を弁えるのが大事だ。俺はだって忠犬(ボギー)だ。犬は英雄になれない。

 考えるな、惜しむな、嘆くな。何も起こさなければ、何も不幸にはならない。不幸じゃないのは、幸せだ。それで良いじゃないか。

 

 

 静かな路地裏に、カツカツという足音がする。ズルズルという何かを引きずる音と共に。人は二人か。このようなところに居るものは大抵ロクデモナイ奴らばっかりなので、俺は彼らと目を合わせないようにちょっかいをかけられないように寝たふりをすることにした。

 

「……」

「ごめんねぇクライちゃん。私ってばドジっちゃって…」

「良いんだよそんなこと。リィズちゃんは頑張ってるよ」

「クライさん。おそらくあの方がそうかと」

 

 おっと、来客な気がする。俺は瞬間、寝ていた姿勢を起こし、相手に向き合う。

 

 相手は少年一人と少女二人だった。どうやら引き摺っていたのは人間らしい。重さに曲がった少年の背中に乗せられた少女の足がどうやら音を出していたらしい。

 

「お客さんか…ですか?」

「あー…君がボギー?かな?」

「うん。俺が忠犬(ボギー)、治癒術師だ」

 

 やはり客のようだ。装備を見たところ駆け出しを抜けた辺りのハンターといったところか。少年の背中に乗せられた少女…少年が言ったリィズという名の少女には肩から胸にかけて大きな裂傷があった。大きな傷だ。血が肩を赤く染めていた。

 

 これだけの傷はたしかに致命的だ。それは超人揃いのハンターであっても変わらない。だがさすがというべきか、傷を負ったリィズは弱っていながらも普通に会話ができる程度には冷静だ。

 

「なるほど、大体わかった。じゃあ千ギールで良いぞ」

「千ギール!? そんな安くて良いの!?」

「あぁ。上限が千だからな」

 

 俺みたいな非公式の塊の治癒術師にとって、ちゃんとした治癒術師と対抗できるのは安さである。まあ練度も負けてはいないが、やはり信頼といった面でこちらは不利なのである。

 

 だからどんな傷でも千ギールは超えないようにしている。俺は富を得たいのではなく、生活に困らないだけの金が継続的に欲しいだけである。そういった意味ではこれが最も効率が良いのだ(さっきのおっさんは100ギールだった)。

 

 俺の前に降ろされたリィズの傷に手を翳し、治癒を行う。淡い光が傷を包み、傷を治していく。

 それを横で見ていた少年が感嘆の声を上げる。ふふふ、凄かろう凄かろう。裏に生きている者としてはこの瞬間が一番気持ちいいのだ。名誉欲のようなものが大きく刺激されて昂るぜ。

 

「はい、おしまい」

「すっごーーいっ!! 見て見てクライちゃん! ちゃんと治ってる!」

「良かったねリィズちゃん」

「もう! お姉ちゃんはしたない!!」

 

 リィズは直った直後、少年の前で服をはだけさせ、肩を見せてみせた。恥じらいは無いのか。少年はずっとニコニコするだけだし、妹らしい少女はぷりぷり怒る始末。第三者からは少年に迫る美少女二人だ。なんだコイツ殺意しか湧かないんだが。

 

 コホン、と気を取り直して言う。

 

「あの、お代は?」

「あ、あー、うんお代ね。ちょっと待ってね…」

 

 そうして少年は千ギールを俺に渡した。なかなか素直に渡すんだな。ここに来るやつ大体渋るのに…。ちょっと興味が湧いてきた。

 

「ねぇ、君らってハンターだよね」

「はい、私たちはハンターです。あ、自己紹介がまだでしたね。私はシトリー、シトリー・スマートです。錬金術師(アルケミスト)をやっています。でこっちのーー」

「私はリィズ。シトの姉。盗賊(シーフ)。最近シトの背が伸びてきたからって間違える奴が多いけど、私が姉だから」

「それは身長以前の問題じゃないかな…」

 

 少年がそう言って情けない笑顔を浮かべる。この少年は異質だった。ハンターなのに血の気配がしないどころか、マナ・マテリアルを吸っているようにも見えない。端的に言えば雑魚そうだった。

 

 であるのにトレジャーハンターをしているらしい。何かカラクリがあるのだろうか。それとも隠している?他の二人は鍛えられたオーラを感じるがために違和感があった。

 そんなことを思ってじっと見つめていると少年は何かに気づいたように口を開いた。

 

「ああ、僕の名前はクライ・アンドリヒ。一応パーティ、《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》のリーダーをやってるよ。今回は本当にありがとう。ここ最近、色々と他の人から避けられててね。治療を頼めるところが無いし、『慈悲深き献身(ヒーリング・ホープ)』じゃ治しきれなかったから助かったよ」

「《嘆きの亡霊》!? あの新進気鋭の超新星パーティ!?」

「…あはは。そうかもね〜…」

 

 随分と物腰がゆったりとした人だ。荒くれのトレジャーハンターの中でも特異な方だろう。何故他のハンター達から避けられているのかは分からないが、大方嫉妬と羨望でも受けてるのかもしれない。

 

 なんたって彼らは《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》。ここ最近、帝都ゼブルディアにやってきたばかりのパーティであるにも関わらず、パーティの認定レベルは5。その実力はすでに帝都のトレジャーハンターの中堅を超えているのだ。

 

 彼らはトレジャーハンター黄金世代と呼ばれる新進気鋭のパーティの一つである。曰く、六人の精鋭パーティである。曰く、歯向かう奴らは皆殺し。曰く、犯罪組織を嬉々として狙う狂人集団。

 終わった…。一番関わっちゃいけない奴らと関わってしまった。

 

「そういえば君って、ドギーって本名? 名前はあるのかな?」

「……おれは、《忠犬(ドギー)》だ。それ以上でもそれ以下でも無い」

「なるほどね、ドギー。君、僕らのパーティに入る気はない?」

「いやいや………えっ」

「僕らのパーティって、ちょうど回復役いなくてね。アンセムの守護騎士(パラディン)としての力量が上がったら回復もできるんだけど…やっぱりパーティにはバランスが大事だ。今の僕は宝具よりも……治癒術師(ライター)が欲しい」

「それは……素晴らしい考えです。クライさん!」

「んー? コイツ仲間になるのー? 私は賛成だけどねー」

「えっ? えっ?」

「本当に、ウチのパーティは血気盛んなんだよ…。だから毎回ルーク辺りはボロボロになるし、そもそも攻撃を避けようとしないし…。なんだよ攻撃を斬るって………。いや本当に入ってくださいお願いします」

 

 そう言って少年、クライは僕に対して土下座する。なんだこれ…。

 これが噂に名高い狂気のパーティのリーダーなのか?噂とは違うな。いや、そもそもそんな恐ろしいパーティがここを訪ねるか普通?《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》を騙った偽物の可能性は…十分にあるな。

 

 というか、そもそも俺みたいな奴が入ってもパーティにマイナスの印象を与えてしまう。こんな気の良い人たちのパーティなんだから、たとえ《嘆きの亡霊》じゃないとしても、かなり余裕のある結束の固いパーティなんだろう。

 そんなところに俺が居て、パーティ崩壊なんてさせたら立ち直れないくらいに気が沈む。パーティ加入は論外だ。

 

「ありがとう…あの《嘆きの亡霊》に勧誘されるなんて光栄だよ。でも俺なんかが入ったらみんなの迷惑になるし…馴染めるとも思えない。ありがたいけど辞退するよ。それに…俺は裏の人達に逆らえないんだ。だから迷惑しかかけないと思う」

「えぇー! そんなぁ…」

「裏の人達……というと、十中八九『赤の酒場(レッド・リンク)』でしょう。どうも裏の者たち御用達の情報が集まる酒場らしいです。おそらくドギーさんに目をつけているのはそこに関係のある人たちでしょうね」

 

 シトリーがそう言う。俺には正式名称は分からないがおそらくそうなのだろう。俺が退廃都区に近づかないのはそこに潜んでいるやつらにできるだけ見つからないようにするためでもあったりする。

 

 クライは考え込んでいる。彼はパーティのリーダーだ。彼の言葉はパーティの総意であり、絶対的な決定権を持つ。彼の次の言葉で今回の顛末は始まるか、終わるのだ。

 

 そして彼は口を開いた。

 

「うーん…君は、どうしたい?」

「どう…って…?」

「僕としては入って欲しいなーなんて思ってるし、けど断られたら潔く諦めないととも思うけど……でもドギー、僕はまだ君がいることのデメリットしか教えてもらってない。()()()()()()()()()教えてもらってないよ」

「……俺が、どうしたいか」

「あ、うん。でも入って欲しいなーって! うん、大丈夫だよパーティ資産は分配だし、貢献度とかじゃないから治癒術師(ライター)でも均等に分配されるし、お金の面は困らせないと誓うよだから」

 

 俺が、どうしたいか。

 俺は、どうしたい。俺は、忠犬(ドギー)で、薄汚い路地裏で過ごす、照らされない者。でも、探索者(かれら)を見て、何も感じないような奴らとは違う。

 俺は、彼らになりたい。彼らと同じ土俵で、同じ冒険を紡いで、思いを共にして、彼らの栄光を感じて、それで…自分の人生が良かったって、満足だったって……そう思いたい。

 

 そうだ…俺は━━━━照らされたいんだ。

 

「一つ、聞いても良いか」

「! なんでも聞いて!?」

「俺が《嘆きの亡霊》に入ったら、俺は前を向いて、胸を張って、生きていけるのかな…」

「!? うーん、そうだな…。まあ、慣れだよ。ルークは堂々と人を斬ろうとするし、アンセムは毎月身長が10センチは伸びる。気づいたら犯罪組織を潰すことになったりもするけど、まあそれに比べたら前を向いて歩くなんて思ったよりもずっと簡単なことだよ」

「…そう、か」

 

 だったら俺は、

 

「入るよ、俺。よろしくな、《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》」

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 世はまさに、トレジャーハンター黄金時代。帝都ゼブルディアに煌めく輝きの中に、一際異質な者たちがいた。

 

 彼らは皆一様に髑髏を被る。その過激さはある者を震撼させ、またある者を釘付けにする。

 

 《嘆きの亡霊》。彼らはトレジャーハンター黄金世代のトップパーティだった。

 

 

 これは、そんなパーティの中で、かつて下を向いて歩いていた少年が果てしない上を目指して走る話である。

 

 

 





 『赤の酒場(レッド・リンク)』は一日後に滅びた。

 続かない
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