癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
「ドギー。君は自由だ」
退廃地区のとある居酒屋。裏の者が集まる情報組織『
無力で抗う力がない、それでもって呆気なくレッドパーティに攫われた俺を助けるために彼らが、《嘆きの亡霊》がその力を振るった結果だ。
クライ以外のみんなが血を流していた。それだけ戦いが激しかったのだろう。ある者は疲れたような顔をし、ある者は興奮したように声を上げていた。
膝をつく俺をクライが見下ろしていた。へらっと笑ってこちらを優しく、見つめていた。
「なん…で、俺を…」
「だって昨日から僕らは仲間じゃないか。《嘆きの亡霊》は仲間を見捨てない。当然君もだ」
「でも…そんなの、昨日入ったばかりの俺のために…」
「とりあえず顔を上げなよ」
そう言われて俯いた顔を上げる。長く続いた戦いで夜が明けたのだろう。朝日が差し込む。光が目に痛いくらいに突き刺さる。
こうして涙を流すのも、朝日のせいだ。そうしておく。
「改めて、君は自由だ。何者にもなれる。昨日はパーティの治癒術師として勧誘したけど、ウチは離脱とか自由だし、君を縛るようなものじゃない。君はどんな道にも進めるんだ」
「…ああ」
「それでさ、ほら…君を縛る者が無くなった今日は転機だ。そんな日だからこそ、君に改めてお願いしたい。僕と君は対等の立場だ。断ってくれても構わない。だけど、僕のパーティに入って欲しい。どうかな?」
クライはそう言って手を差し伸べてくる。こんな経験は初めてだった。初めて優しくしてくれた。初めて対等だと笑ってくれた。
夢を見せられた。直視するとジリジリと焼けてしまいそうなほど眩い夢を。それは明らかに無謀な夢、しかし彼らならできると思った。そしてそこには僕がいることが許されている。
下を向くな。顔を上げろ。後ろを指すな。前に進め。
その日に俺は誓ったんだ。いつか栄光を掴む彼らのために……クライのために、この力で尽くそうと。
だから、俺は…………
▼▼▼
生暖かい奔流に俺は身を任せていた。真っ暗な闇。ここには何もなく、否、何も認識できない。
暗い。暗い。
大いなるマナ・マテリアルの奔流は俺、ロキス・ロングウィットンに死を許さない。絶大な異能が身体機能を超越して魂的なナニカを保護している。
俺の意思ではない、ナニカの意思。
あぁ、クライ…クライ…!!俺を導く者。光をもたらしてくれる人。生きる道を示してくれた恩人!俺を正して、齎して、導いてくれる唯一の人!
突発的にクライに感謝し始めた俺を見て、ナニカが嫉くような気配がする。だが無視する。自己紹介もしない奴と心を通わせるなんて論外なのだ。
とりあえず早く復活したいけど、手元に『
だけど大丈夫だろう。クライは俺を見捨てない。みすみす行動不能になってしまった愚かな俺を救けてくれるはずなんだ…!
そんな中、腕に反応があった。どうやら腕輪が戻ったらしい。俺には確信があった。俺を助けてくれたのはクライだと。
やっぱりクライは俺を見捨てなかった!!
感激が魂に木霊する。巨大な奔流は感激する俺に怒っている。干渉するならまずは自己紹介だって言ってるだろうが!!
俺は巨大な奔流を吹き飛ばし、この身に宿る異能を活性化させた。
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腕に腕輪を差し込んだ瞬間、明らかに空気が変わった。まるで魔物に囲まれたように、まるで宝物殿の中にいるかのように、目に見える変化はないが劇的に何かが変わった。
「な…何をした……《千変万化》!! その宝具は一体…!」
「え…服を生み出すだけの宝具だけど……」
そう言って視線を腕輪に下ろすと、腕が肘から先まで生えて、今では胴体まで身体が再生しているところだった。
とんでもない再生速度だ。腕が治り、胴体ができ、足が生え、頭ができる。10秒とかからない間に、ソレは終わっていた。
『ヒノアラス』はこの異様な光景に何もできないでいた。だが再生された人を見て、皆が一様に顔を青く染めた。
「そ、んな……お前は…殺したはずじゃ…」
「うそぉ…」
「クライ! 久しぶり!」
《死屍累々》ロキス・ロングウィットン。彼は人間離れした超再生で、この都市に降臨した。
『クライさん! ロキスさんがすごいんです!』
ふと、シトリーがロキスのことを興奮して話してきた時のことを思い出した。あれは…僕がハントに行かなくなってからのことだった。
突然シトリーがクランマスター室に入って来たと思えば、まるで新しいオモチャでも見つけたかのように大輪の笑顔を浮かべて話を始めてきた。
『へぇ、何か良いことでもあった?』
『面白い事がありました! ロキスさんの治癒術の特異性です!』
『特異性…?』
あの頃は未だにロキスのことを普通の治癒術師だと思っていたから、僕はその話を理解するつもりもなく聞いていた。
『ロキスさんの治療は施した相手の部位をより頑丈に、より強力にするのですが、その謎に一歩近づいたかも知れません! というのも、前のハントでロキスさんの頭がすり潰された時から仮説は立てていたんです』
『うんうん、そうだね…? うん?』
『結論だけを言えば、ロキスさんは強力な異能を持っています。先天性か後天性かは定かではありませんが、危険なモノではありません。とりあえず動物と植物と人間、それからロキスさん自身で実験をしてみました。結果、ロキスさん以外は治癒術の論理に当てはまる反応を示しましたが、ロキスさんはーーー』
ここから先は覚えていないが、目の前の光景を見れば自ずと分かる。そういえば、ロキスがたまに自身を《不死》と名乗り始めたのもこの辺りだったな……結局二つ名は《死屍累々》になってたけど…。
「クライ! どう? 約束守ってたでしょ?」
「えっと……偉い偉い。偉いなぁ、ロキスは」
ロキスの声で現実に戻される。約束って何だっけ?今の一瞬で守っていたか分かるような約束ってどんな内容だ?怖いな。僕はどんな約束を結んだんでしょう…。
自然と僕にもたれかかっていたロキスは僕の褒め言葉に満面の笑みを浮かべた後、姿勢を正して振り返る。その目は未だに青ざめる『ヒノアラス』の面々へと向けられていた。
「で、この人達は?」
「あ、あぁ……彼らはロキスが撃ち漏らした犯罪組織の…えっと、ヒノアラスだよ。今僕脅されてるんだよね」
「あ…ああぁああぁ! ごめんクライ! 宝具を届けてもらうだけに留まらず、油断しすぎて呆気なくやられた俺の尻拭いまで押し付けちゃって…!」
「いやいや、ロキスはよくやってるよ」
僕に比べたら仕事しすぎなくらいである。ロキスは犯罪組織を潰しすぎてゼブルディア帝国の犯罪件数を24%も減少させているらしい。どこかの雑誌がそう書いていた。
僕が呑気にそう考えている時にロキスの雰囲気が変化したことを僕は察知できなかった。アセアセしているロキスは瞬時にチリチリとした殺気を放って言う。
「厚かましいけど、後始末は俺がやるよ」
そう言った瞬間、ロキスの腕がブレた。僕には全く見えなかったが、ロキスがその腕を横に薙いだのだ。ヒュンという軽い音がして、次の瞬間にはギャリギャリというような世界が軋む音が聞こえた。
慌てて前を見ると、アリエスとギールと呼ばれた男以外の上半身と下半身が泣き分かれした。グチャリという音と共にレベル4相当の傭兵達は全滅していたのだ。
アリエスと側に仕えるギールという男は、アリエスの持つ結界指で生き残ったのだろう。危なかった…! 依頼失敗になるとこだった!
「ひッ! や、やめて……待って…この都市には爆弾が…!」
「爆破する前に殺す」
「待ってロキス! 『
「分かった」
「間違えたッ! そこの少女は殺さないで!」
「分かった」
「ボスッ! たすけーー」
気づいた時にはギールは首が捥がれていた。本当にロキスは容赦がない。ルーク並みに人をバンバンやっちゃうところを見ると本当にロキスが敵じゃなくて良かったと思う。
「今の俺は、リィズよりも速い」
瞬時にアリエスの背後をとったロキスがアリエスの首と右手首を掴む。そして何かスイッチのようなものを持っている右腕を引きちぎった。
「あぁあああああああああ!!!」
「うるさい、起爆装置はこれか?」
「うぇ…はっはっ…うぅ…」
「は? 人の質問無視するとか、脳みそどうなってるの?」
「お…ぉまえが……お前も…私のぉ…腕が…!!」
「悪は人じゃない。人じゃないから何をしても良いんだ」
ロキスはそう自己論を吐き捨てて、己の行動を正当化してアリエスの右腕を再生させた。そしてまた右手首を掴む。彼は何でもないように言った。
「で、起爆装置はお前が持っていたものか? 一つだけか?」
「ひっ……そ、それが起爆装置…です。私のポケットにもまだある、あります…!」
ロキスはその言葉を聞いたのち、アリエスから手を離す。怖い、怖いよ! ロキスは幼馴染とは別ベクトルのやばさを内包している。なんだろう。やってることはリィズとかルークと似てるはずなのにすごくグロさを感じる。
まだパーティに入ってきたばかりの頃はルーキーで、先輩ヅラできたけど…今の彼にはできそうもない。僕に危害を加える可能性はゼロだが、想像しただけで震えてしまう。
「はい、おしまい」
ドン引きしている僕を置いて、ロキスは起爆装置を踏みつけて破壊した。ロキス発見、犯人制圧、兵器無効化、依頼のターゲット確保。うん? 運が悪いと思っていたけど、風向きがこちらに来ているような気がする。
あれ? もしかして運が良い?
「いやいや、油断するなクライ・アンドリヒ。ここから酷い事があっと押し寄せてくるんだ…!」
「クライー! 犯罪組織の奴らって何人いるかなー?」
「…えっと、イチ、ニー…12人だね」
「ありがとう! ちょっとコイツ道案内として借りてく!」
少し遠くの方でロキスから組織の人数を聞かれたから、目の前の死体を数えてロキスに言う。するとロキスはアリエスを抱えてものすごい跳躍で中央の方へと飛んでいった。
え、もしかしてまだヒノアラスって構成員いるの…?
まずいッ!適当に言ってしまった!これでもし残りの構成員が10人に満たなかったら、尋問でアリエスが殺されるかもしれない!追いかけないと!
「ロキスーー!ロキスーー!」
「はぁ…はぁ…」
「レベル4ってところか。《千変万化》が連れているから《嘆きの亡霊》かと思っていたが、本当に見習いだったらしい」
「…チッ!」
キャストルの経営するスイーツ店の内装は酷い有様だった。テーブルは粉々に砕け散り、カウンターも破壊され、まるで廃屋にいるかのようだ。
対峙するのは大男と少女。一人は退屈そうに、もう一人は苦渋に顔を染めていた。威勢が良かったティノは所々に傷をつけ、勝敗は誰の目からも明らかだ。
「にしても、《千変万化》ともあろう者がよくこんな雑魚よこしたモンだよ。未来を見通せないことは分かっていたが……こんな簡単なことも分からないとは」
「ますたぁは…お前如きが理解できる範疇にいない…ッ!」
「高レベルハンターなんて理解したくもない。はぁ…俺は早くキャストルを追わなきゃならねぇのによォ!」
「ガハッ!」
「まあ、ウチの商会にも探索者協会にも内通者がいるから意味ねぇんだけどなぁ!!」
「グゥッ!!」
バザルの蹴りがティノをカウンターへと吹き飛ばす。ティノは防御をしたが限界だった。たった10分程度の戦いで彼女は持てる全ての力を発揮して戦った。だが彼とは練度が違う。赤子のようにいなされ、鉄塊のように重い攻撃を喰らった。
全く歯が立たない。吸っているマナ・マテリアルの量が違う。磨いてきた技の練度が違う。駆けてきた経験の量が違う。バザルは全てが格上の戦士だった。
「私は……ますたぁに期待されている」
だが彼女は折れない。彼女をここまで連れてきてくれた全ての試練が彼女の力となっている。鉛のように重い身体を奮い立たせる。
これは『千の試練』だ。ならばますたぁは諦めなければ勝てる相手しか用意しない。ますたぁは、期待している。私がこの男を打倒することを。
だから、私はーーー!
「ここが最後らしいな」
「!?」
昂っていた闘志は、背後からかけられた言葉によって急速に冷める。ティノは瞬時に高まった緊張から、まるで機械のようにぎこちなく背後を振り返る。
血潮の髪、額の角、果たしてそこにいたのはロキスだった。ロキスは返り血で血塗れになっていた。
「ロキス…お兄様?」
「こんばんは、ティノ。とても辛そうだね」
月明かりに照らされ、ロキスに付いた血が輝いていた。悍ましい姿であるのに、ティノはその姿を恐ろしいとは思えなかった。
ロキスはティノに左手を向けて治療する。緑の発光がティノの身体を癒していく。そこでティノは安堵した。これは試練ではなかったのだと。
ロキスはティノを治療し終えた後、ティノの頭をポンポンと撫で引き摺っていたアリエスをティノに手渡す。ティノは急に渡された少女を見て困惑した。
ロキスがバザルに目を向けて言う。
「ここは俺が引き受けるよ。代わりにティノはコイツを連れて帰って。クライが生かしておけって言ってたから殺さないように」
「は、はい!」
ティノは返事をすると、混乱しながらも気絶しているアリエスを抱えて探索者協会の方へと駆けて行く。
だがその光景を見て待ったをかける者がいた。バザルだ。彼は目の前の悍ましいオーラを醸し出す《死屍累々》に怯んだが、それでも声を出さないわけにはいかなかった。
なんといっても、連れて行かれたのは彼の組織のボスだったからである。内心焦ると共に彼は、ボスが《千変万化》に敗れたことを悟った。そして目の前の《死屍累々》と戦わなければならないことを理解する。
絶望が身を竦ませる。だが何もしなければ死ぬ。これだけは本能に刻まれたように鮮明だった。
ティノが去った瞬間、暴力的で悍ましいオーラを放ち始めた《死屍累々》を前にして懇願するかのように口を開く。
「ま、待ってくれ! おお俺はただの雇われの傭兵だ。俺はこの店の傭兵で、この店に不法侵入したガキをーーー」
「はぁ…交渉するならさぁ……信頼を確保するところから始めるものじゃないの? 俺はティノを知ってるけど、お前のことは知らない。まずは自己紹介からが道理で礼儀だ。それを通過して初めて一定の信頼が結ばれる」
「だから俺はこの店の傭兵だ! 名前はバザル・プレン!」
「信用に値しない」
瞬間、バザルの右腕が根本から吹き飛んだ。吹き出す血。バザルは痛みのあまり絶叫した。恐怖と錯乱で頭が燃えるように痛い。だがまだ不条理に怒りを抱けるほどの理性があった。
「ふ、ふざけるなァ!! 自己紹介しただろおおおお!」
「この状況で自己紹介されてもなぁ……」
「お前が自己紹介しろって言ったんだろうがァ!!」
バザルはそう言うがロキスはどこ吹く風のように心底どうでも良いといった顔をしていた。
彼は残った左腕でロキスを勢いよく殴る。右腕を失えどバザルはレベル4ハンターを下した傭兵である。彼の全力のパワーは鋼鉄を凹ませ、人を殺せる威力だった。
「声がうるさい」
だがロキスは微動だにしなかった。傷もない、跡もない。不動であった。
瞬間、バザルの左腕が千切れた。ロキスが花でも摘むようにヒョイっと腕を引っ張ったのだ。バザルはまたしても絶叫した。痛みに堪えきれず膝をつく。
「両腕を取り上げた。君はもうフォークもスプーンも持てない。人と握手を交わせない。どう? 人を殴るという行為の愚かさが分かった? 手は何かを生み出すものなんだ。奪うものじゃない。施しは善行で、簒奪は悪だ。あぁ、俺は例外さ。だって俺は《正義》だから」
「はぁ…はぁ…なんなんだお前はぁッ…!」
「! そういえば自己紹介をされたのにこちらが名乗ってなかった」
バザルの左腕を持つロキスはバザルの言葉にあることを思い出した。そしてバザルの左腕を放り投げてその辺にあった無事なイスに座り、仰々しく名乗る。
「俺は栄光を掴みし《
「ッ………悪魔、め」
バザルは最後にそう言い残して倒れた。血が足りない。取られた両腕の付け根から血が、命がこぼれ落ちていく。
「くそ…ようやく、ここまで……き…」
「感謝は?」
バザルが最期に聞いたのは忌々しい男の、頭のおかしい言葉だった。正義に潰された悪の末路は悲惨である。犯罪者バザルは最期まで不快な気持ちのまま、その意識を途絶えさせた。
ロキスはそれを見下ろして、見下して、ため息をつく。
「クライに迷惑かけちゃったなぁ…」
その瞳にはバザルはもう写っていなかった。
名前:ロキス・ロングウィットン
年齢:18歳
性別:男
職業:
所属:《嘆きの亡霊》
血潮の髪、額の角が特徴の竜人。過去にクライから助けられ優しくしてもらった経験から、クライのことを崇めるようになった。流石に神とは思っていないが、神になってもおかしくないと思っている。
悪に搾取される経験を持っているので、悪を嫌い正義を唄う。自身の行動は全て正義の下に行われていると思っている。犯罪組織を潰しまくった結果、問題児ながらレベル7の頂きに到達した。平常時は《正義》を名乗り、激昂すると《不死》を名乗るようになる。
彼が持つ宝具は『
彼の持つ異能は『