癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
「はぁ……疲れたなぁ…」
「あぁ本当になッ!! なぁクライッ!!」
「え、なんで怒ってるの…」
僕はあの後なんとかロキスと合流を果たし、ティノを回収するために探索者協会へと赴いていた。探索者協会に入った瞬間、ガークさんが飛んできて僕は応対室へと連行された。
そこで僕はガークさんに事の顛末を話した。しかしなんだかガークさんはお怒りである。どうやら何か一悶着でも起きたのだろう。早く帰りたいな…。行き場のない怒りを僕に向けないでほしい。
ガークさんは貫禄のあるその顔に恐ろしい形相を浮かべてこちらを睨んでいた。
「クライ。良くやってくれたな。シェーン嬢の保護は無事達成された。未だに意識を戻さないが身体に不調は見当たらなかったそうだ」
「あ…あぁうん。それはよかったよ」
「それは良い。それは良いんだが……犯罪組織の情報を共有することもせず、独断で事を成したらしいな? あ?」
「情報を共有…? 僕は何も知らなかっただけなんだけど…」
「はぁ………なるほどな…」
ガークさんは怒るのも面倒になったのか、それとも怒ることを諦めたのか、ため息をつきながら勢いが萎んでいく。
いや…本当に知らなかったんだよ。知ってたら一歩も外に出なかったよ。ロキスを見つけられたのは良かったけどさ。
というかあれ?なんでガークさんがこのことを知ってるの…?
「というかなんで犯罪組織を壊滅させたことを知ってるの?」
「はぁ!? お前俺を舐めてんのかッ! ロキスが探協に殴り込みした時点で気づくわ!!」
「殴り込み…?」
…どうやら、ロキスはさっきの間になかなか…いや、かなりやらかしたらしい。僕は横にいるロキスをじっと見る。
ロキスはニコニコと僕の座るソファの後ろに待機していた。何か言ってよ……。
そうして見ていると僕の助けを求める視線に気付いたのか、ロキスは口を開いた。
「…まずガークはクライに犯罪組織ヒノアラスの討伐をしてくれてありがとうと述べるべきだよね。君たちさ、クライが居なきゃ犯罪組織を見つけようとも思わないわけ? 俺は自力でここに辿り着いたのに…辿り着けたのに、君たち探索者協会は何をしてたの? 各国各商会から資金を募るくせにやることはハンターの管理だけとは言わないよね。巨大な権力を握ってるからか……そもそも後方から指示出すだけってのが偉そうに見えちゃうよ。というか全部ハンター任せなのに君らが目上ってどうなってるの? まあ、人間はいずれ朽ち、劣り、細るものだけどさあ。抱えてる戦力は世界一、それなのにこの様か? ガーク。なぁガーク。君って元はレベル7ハンターなんだろ? そのレベルになれば戦略を考えたりしたはずだ。思考をしていたはずだ。……だけど今は? 君は《千変万化》クライ・アンドリヒに取り憑く寄生虫なのか? 賢き者の足元にまとわりついて、自分の不手際の責任を押し付ける足手纏いなのかな?」
「ロキス」
「ま…まあ、さすがに何の説明もなしに職員を血祭りにあげたのはこちらの思慮不足だ。だから君たちの怠けぶりをこれで帳消しにしよう」
「あ…ああ、感謝するロキス…………相変わらずだなクライ。その過剰な懐きようは…」
「は…ははは」
血祭りにあげたのか……そりゃあ怒りもする。ロキスのマシンガントークでガークさんが引いてくれたから助かったけど…というかガークさんがロキスのことを理解してくれてる人だからこそ助かったのか。
これが他の人なら通報からの即捕縛行きだったと思うと背筋が凍る。その場合ロキスと衛兵の戦いで多大な被害が出て僕のせいになるんだ。分かってるんだぞ。
そんなこんなで色々と有耶無耶になった。僕としては早く帰りたいのだが、この感じ、どうも帰らせてくれそうもないな。だから僕は何か問題を持って来られる前にとりあえず言う。
「とりあえずエヴァ呼んで」
エヴァなら全部解決してくれるだろうからね。
「なるほど……分かりました。事件の後始末は任せてください」
「エヴァを連れてきて良かったよ。じゃあ僕は今日は…」
「いえ、クライさんも付いてきてください。あなたが解決した案件ですよ?」
「え…?」
さすがに駄目か。いや、分かってたさ。毎度毎度僕は何もしてないのに僕が解決したみたいになって…本当に分からないのに秘密主義だなんだと責め立てられるんだ…!
僕が秘密主義!?僕はありとあらゆる情けない姿を君たちに見せてるんだけどね!?何でもかんでも神算鬼謀で片付けるの良くない。というか便利だね神算鬼謀って言葉!魔法かな?
僕が嫌そうに身を竦めると、それを見たロキスが一歩前に出てくる。
「エヴァさん。クライは今回の功労者ですよ。ねぎらってください」
「え…あ、そうですね。クライさん、今回の案件お疲れ様でした」
「え、あ、うん」
え、先ほどのガークさんの対応を見るに、エヴァのことを説得しそうな雰囲気だったのに、ねぎらいの要求だけなの…?もっと頑張れロキス!!君に僕の今日の睡眠時間がかかってるんだ!
「エヴァさんはさぁ、今日は何してたの?」
「……私は今日、まず街に関する情報収集を行い、それと並行してシェーン商会各施設への挨拶とロキスさん捜索の協力要請を出しました。まあ断られましたが。それが終わると商会幹部数人に根回しを交渉しまして……まあ全員ロキスさんが殺しましたが。その後は事件解決後の商会への交渉の準備をしていました」
「なるほど……お疲れ様!」
どうもエヴァはロキスの尋問を回避したらしい。ロキスは基本、どんな人の話でも真面目に聞く。ロキスは真面目だからだ。でも彼は交渉ごとに向いていない。悪なら取り合わないし、善なら無償にするからだ。
こういった場合も論理的に説明されるとすぐに納得して僕を守ってくれなくなるのである。こういう時にリィズがいれば恫喝でも恐喝でもなんでもござれで僕のために相手に牙を剥いてくれるのに!
安心したかのように肩をすくめるエヴァは言った。
「では、行きましょうか。ティノさんも向こうにいるみたいですよ」
「あぁ、うん」
守りを失った僕は力無く頷いた。
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「たすけて…たすけて、私を守って…! 離れないで…離れないで離れないで離れないで! お願いだから離れないで!」
「もう……どうすれば…助けてくださいますたぁ…」
「やっほ、ティノ」
「ますたぁ!?」
僕達は応対室を抜け、休憩室のようなところに来ていた。そこにいたのはぶつぶつと何かを言いながら震える少女と、それに絡まれるティノであった。
よく見るとあの少女はアリエスだった。どうやら目を覚ましたらしい。《
裏の顔は恐ろしく、カリスマに溢れていた。実際に見た者としてはその指導者としての立ち振る舞いは是非とも参考にしたいくらいだ。だが今見ている彼女はそのような面影が一切無く、あらゆるものに怯えるような、か弱い少女のようだった。
まあ、十中八九ロキスのせいですねはい。これをヴェルヌさんに見せたら彼は発狂して死んでしまうのではないだろうか?心配である。
とりあえず僕は口を開いた。
「えっと…懐かれたね?」
「ち、違います! この人起きたら一目散に私に引っ付いてきて…」
ふむ。ティノは優しい子だからな。弱々しい少女の懇願を断れずズルズルとこうなるまで何もできなかったと…。
まあ害は無いだろうから放置しておこう。ロキスを彼女の目に入れないように注意しないと。
「ティノから離れろ悪党」
「ひっ!」
「………? 返答は人間のマナーだと思うんだけどさぁ…!」
「まあまあロキス、落ち着いて…」
僕は休憩室についてきたロキスを宥める。語尾に〜さぁ!と付くとボルテージが上がってきた証拠である。さっき鉢合わせないようにと誓ったばかりだというのにもう引き合わせてしまった…。
アリエスは酷く錯乱したようにティノにしがみつく。だがそれがかえってロキスの怒りを買っているようだ。怒りに当てられてアリエスのみならずティノも怯えてしまっている。
少し焦っていると、休憩室にヴェルヌさんとキャストルさんが入ってくる。ヴェルヌさんはアリエスを見た途端、目を見開いてアリエスに駆け寄った。
「お嬢様!!」
「ヴェルヌ…? ヴェルヌなの…? たすけてヴェルヌ。悪魔が…悪魔がいるの!」
「お任せください。私にお任せください…!」
「おいおいヴェルヌ。言ってたことと違うじゃないか」
悲壮感のある声を出すヴェルヌとは反対に、キャストルは元気そうな様子だった。今にも踊り出しそうなほどの笑顔である。よっぽど嬉しいことがあったのだろう。寡黙な印象も崩れてしまう。
そうこうしているうちにガークさんが休憩室に入ってきた。側には帝国調査員も2名連れている。調査員は僕を見てこちらを睨むが、ロキスの存在に気づいて慌てて視線を逸らす。
ガークさんは言う。
「全員集まったな? よし、なら始めるか」
そうして場が真面目な雰囲気になる。それを察して僕も真面目そうな雰囲気を出す。こういうのには全力で乗っかるのが一番楽なのだ。
まず初めに喋り始めたのは帝国の調査員だった。
「えーまず、今回の一連の騒動が終結致しましたので擦り合わせから始めましょうか」
そうして語り始めたのは僕でも知っているような内容だった。ロキスがシェーン商会本社を破壊したり、アリエスが行方不明になったりとそうした事実のすり合わせのようだ。
この事実関係について、誰も口を挟む者はいなかった。僕としても僕のせいで本社が破壊された、などと風評を言われていないため言うことはない。
その後も多くの説明が流れていった。途中からよく分からなくなっていたがエヴァがいるので僕はもう考えるのを辞めた。横を見るとロキスはずっとアリエスのことを無表情で見ていた。怖いよ…。
「では、本題に行きます。では何故、この一連の騒動は起こり得たのか、です。《死屍累々》がわざわざシェーン商会の本社ビルを破壊したのは何故だったのか。それは《千変万化》が問題を解決したことによって明らかになりました。簡潔に述べますと、シェーン商会はその資金、流通、土地を目当てに犯罪組織の土台となっていたのです」
「な、何を言うかッ!! シェーン商会を取り仕切っているのはこの私だッ!! この私がッ!犯罪者だとでも言うのかッ!」
「いいえ、落ち着いて聞いてください。シェーン商会を食い物にしていた犯罪組織を仕切っていたのは……先代商会長の娘、アリエス・シェーン嬢なのです」
「は?」
調査員の言葉に激怒していたヴェルヌさんだが、調査員の一言に動きが止まる。口がモゴモゴと動くが声にはならない。アリエスを見て、縋るようにキャストルさんを見て、そして彼は強い憤怒を表した。
「ふ…ふざけるなッ! 齢15になろうという少女が、事もあろうに犯罪組織の長だとッ!? 馬鹿馬鹿しい妄想に私を巻き込むなッ!!」
「ヴェルヌ。信じたくない気持ちもわかる。だが、コイツは少女だとか、そういう括りで纏めてはいけない…化け物だ。俺がさっき何度も言った言葉だ」
ヴェルヌさんの叫びをキャストルが受け止める。どうやらキャストルさんは先にヴェルヌさんを説得していたらしい。だが意味は無さそうだ。ヴェルヌさんは意地でもこのことを認めるわけにはいかないのだろう。
前会長ヴィンター・シェーンの遺児であり、才に恵まれた神童。それがアリエスの評判だったらしい。元より神童であったが、会長が亡くなってからはその悲劇性も相まって一時期時の人だったそうだ。
ヴェルヌさんも前会長にはとてもお世話になって、忠誠心が高かったらしい。それが僕に牙を剥くのは本当に勘弁してほしいところである。
なんというか、犯罪組織を作るなんて本当に才能というのは何をしでかすか分からないものだ。才能に溢れる幼馴染もよくとんでもないことをしでかす時があるからそれと似ているような気もする。
感慨深くそう思っていると、ヴェルヌさんは錯乱したかのように言う。
「そうだ…! 証拠! 証拠がないッ! 誰がお嬢様の犯罪組織に関与している証拠を持ってるというんだ!? 証言は信用ならんぞ! 物的証拠が無ければなッ!! 無いのにここまでお嬢様を追い詰めるのは一種の侵略行為…商会の内政に干渉しているに等しいッ!! 誰かここに証拠でも犯罪組織の構成員でも連れてこい! 持って来れなければお前たちは全員帰れッ!!」
初対面の頃とは随分と印象が変わった。まあ焦る気持ちは分かる。僕もシトリーが冤罪をかけられた時は本当にヒヤヒヤしたものだ。結局シトリーのは冤罪だったから良かったものの、今回は僕でもはっきりとアリエスが黒だと分かる。
それくらい分かりやすい事件だったと言えよう。
「ヴェルヌ…ヴェルヌ!! 聞け。ソイツは悪魔だ。なぁヴェルヌ……兄が、ヴィンターが毒で倒れたあの日…いや、その日に至るまでの真実を俺は知っているんだ。そしてお前も知っているはずだぞ」
「……彼女は、まだ幼いんだ…………たとえ…たとえ、商会長に毒を盛ったのがお嬢様だとしても、私は彼女を罰することはできなかった…!」
ヴェルヌさんの、一見アリエスの悪行を認めたような言葉。しかしそれでも彼はアリエスの肩を持つのだ。僕にはその気持ちが痛いほどよく分かる。幼馴染が癇癪で人を殴ったり斬ったりしても、僕が彼らを見捨てたり嫌いになったりしないのと同じだ。
気持ちは分かる。よく分かるが…これいつ終わるの?調査員を睨みつけているロキスを抑えるのにも限界があるんだけど……。
「さあ…さあ! 証拠はまだかッ!」
これは長丁場になるかもしれないな。僕はこっそりとため息をつく。ガークさんもエヴァも何も言えていない。ヴェルヌさんを刺激するのは良くないし、そもそも証拠も、証拠がありそうな場所も全て潰えたのだ。
ガークさんは厳しい顔をしている。まあ今回ガークさんは置いてけぼりだったからな。そりゃあ証拠などあるはずもない。
そう考えていると、ガークさんや帝国の調査員がこちらを見ていた。なんだか困ったような顔をしている。え…?もしかして僕頼られてる?
チラッとエヴァの方を見る。エヴァはこちらを見てコクリと頷いた。いや分からないよ。何がウンなのか。僕を頼られてもこちらが困るのだ。
そもそもの話、僕も証拠を持っているわけではないのだ。おそらく周りからは影に潜む犯罪組織を見つけ出して潰した男などと評価されているのだろうが、全て偶然である。
つまり彼らが期待しているような証拠は本当に存在しない。あるとすればロキスだが、彼は基本的に犯罪組織のものは全て破壊し尽くすので、証拠などあるはずがないのだ。
…いや、待てよ?僕はあることを思い出した。思い出したというか、これはまさに天啓だ。それはこの状況を完璧に打開するとある代物だった。そうだよ、これを使えばいいんだ。
そして僕は興奮しているヴェルヌさんに向けてハードボイルドに言った。
「分かったよヴェルヌさん。じゃあ調査員の方、『
僕は天才かもしれない。
☆☆☆
それからの話はスムーズに進んだ。ヴェルヌさんはやれそれは帝国十法に違反しているだとか、使われるべき重さではないとかとゴネにゴネまくったが、『
まあ初めに僕に対して使ったのはヴェルヌさんなのだ。僕に対して『真実の涙』を使うことはヴェルヌさんも合意の上ということになるのである。
そして結果は当然黒。アリエスの罪はこれ以上なく露呈した。つまり、一件落着である。
「はぁ…一時はどうなるかと思ったよ」
「ご、ごめんねクライ…俺がヘマしたばかりに…」
「いやいや、今回はそれが功を奏したというか……アリエスを殺さなかったからこそ、ロキスが無罪だと示せたからね。これからはロキスも犯罪組織のボスは生かしていた方が良いかもね」
「そう…だね。シトリーさんも証人は作った方がお得だと言ってたし、今度からはそうするよ」
うんうん、それが良いよ。何度もロキスの騒動に巻き込まれた身としてはそれだけで安心する思いである。
ひと段落つくとドッと疲れが押し寄せてくる。緊張が抜けた。ここ数日は本当にヒヤヒヤしっ放しでまともに眠れもしなかったのだ。疲れたよ。ハンター辞めたい。
本当に、才も強さもない一般人が商会規模の事件に巻き込まれるなんて身がもたないよ。早く帰ってゆっくりしよう…。
「クライさん、帰りますか?」
「うん、もう帰るよ。ティノも回収したし、疲れたし…」
エヴァの言葉にそう返す。エヴァの小言が飛んでくるかと思ったが、飛んでは来なかった。
エヴァは言う。
「そうですね、クライさんは早くお帰りになった方が良いですね。スカウトも近いですし………私はシェーン商会との話し合いがひと段落してから帰ります。彼らは我々にデカい顔ができなくなりましたからついでに交渉もしてきます」
「そっか。エヴァは偉いなあ……たくさんコネ作ってきてね」
「はい。それはもう。クライさんが恩をたくさん作ってくれたので」
良かった良かった。多分周辺建物の賠償金とかも払わなくて良くなりそうだ。
今回も運が悪いと思っていたが、案外悪くはなかったな。色々とやることがダメダメな僕だったが、まあとりあえず当初の目的は果たせたからよしとしよう。
「じゃあ、帰ろうか」
僕は後ろにいるティノとティノの、アリエスがくっついていた服をはたいているロキスに声をかけた。
終わり。
次からが本編なんだ…!気分転換で書いたものがなんだかんだ10話近くまで続くとは思ってませんでした。途中で逃げるための匿名だったので…。
気づけば評価40近く貰ってるので、まあスランプ気味だった方も書きつつ、こっちも書いていきます。必然的に筆が遅くなりますが、高評価くれたら頑張って筆を早くしますぜへへへ…