癒し手の殴り拳 作:熾天使チュリン
高評価で筆が進むぜ
メンバー募集
その日は鬱々とした雨模様だった。
メンバー募集。それは『始まりの足跡』に所属するパーティが合同で行うクランの一大交流会のようなもの。外部のハンターや内部のハンターそれぞれが入り混じり、今を輝く有力パーティに入る可能性を賭けて門戸を叩く。
今回は『嘆きの亡霊』も参加するらしい。クライからそう聞いた。クライは相変わらずヘラリとした顔をしていた。世の中の生ぬるさに辟易としているのだろう。
俺も『嘆きの亡霊』のメンバーとしてやる気を持って言う。
「露払いは任せて!」
「あー、うん。よろしくね…」
メンバー募集の一日前の話である。
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「ロキス…アンタ帰ってたの?」
「ただいま。つい数日前に帰ってきたよ」
「そ、そうなのね…」
メンバー募集の10分前、俺にそう話しかけるのはイザベラである。彼女は巷で人気の勇者、英雄にして《銀星万雷》アーク・ロダンが率いる『
まあ確かに彼女は真面目気質だから、俺のようにパーティのハントについて行かないハンターは理解できないのだろう。たまに行うクライに対する侮辱的行為の数々は極刑モノだが、それも全て無知ゆえの過ち。
根は善性だと分かっているからゆっくりとした改善を期待する人でもある。
「パーティでハント中に、パーティの内三人が単独行動するってどれだけ自由なのよ…」
「君の常識で他者を測るなんて、図々しい愚行そのものだと思わない? うん? クライのパーティは世界にとって輝かしきスポットライトなんだから、もうみんな別行動した方が世界のため…?」
「うわ出た怪文書。ほんと怖いからやめてよ!」
「ということは、クライのクランも世界のスポットライトに等しい…」
「ひっ!」
何故か恐れられた。否、畏れられた? 畏れと言えばクライだ。さすがクランマスター。さすマス。皇帝よりも帝都を掌握する男!
俺が真剣に考えている横で若干引いているイザベラは、急にムッとした顔になる。彼女も俺と同類だ。俺がクライを一番に思うと同時に、彼女はアークを一番に思っているのだ。
「というか、アークはあんたのところのマスターのお零れで輝くような人材じゃないわよ! 勇者ロダンの末裔にして選ばれるべくして選ばれた帝都最強のハンターがアークよ! 知名度だってアークの方が高いんだから!」
「へー」
「ッ!? ちょっと! 少しは興味持ちなさいよ!」
興味ない。最高最強のハンターはクライなのに、何故わざわざアークの評価を聞かねばならないのだ。勇者の末裔のくせに俺と同じレベル7だが、知名度で言えば確かにクライよりも優っている。しかしハンターの本質はそこではないのだ。
あぁ哀れだ。クライを信じないがために目玉が曇ってしまってるんだ。俺は本気でそう思う。
そんなことをイザベラと話していると、不意にイザベラの後ろから男がやってくる。金髪碧目の高身長でクランの白い制服がよく似合うその男は、俺たちが話していた《銀星万雷》アーク・ロダンその人だった。
「やぁロキス。久しぶりだね。君がメンバー募集に集まるなんて…今日は一体どうしたんだい?」
「アーク……今日の俺は一味違う。メンバー募集の露払い係なんだ」
「? なんだか今日は面白いことになりそうだね!」
「アーク!? 明らかに事件が起きるわよ!?」
俺の言葉に朗らかに笑うアークと顔を青ざめるイザベラ。失敬な。俺が事件を起こすんじゃない。起きた事件を解決するのが俺なのだ。
こう言ってはなんだが、ハンターなど荒くれ者の集まりである。喧嘩など始めようものならどちらかが気絶するまで止まらない。
今回間借りしているこの酒場の店主はクライと仲が良いのも相まって、俺は大乱闘が起きないようにしなければならないのだ。
俺がそう丁寧に説明すると、アークは面白い冗談だと笑っていた。この男は善性の塊だが、笑いのツボが壊滅的なので俺も諦めている。俺は冗談は言っていない。
「クライから何か言われてたりするのかい?」
「ふっ…事件は起こさないようにと言われた」
「いや、誇らしげにするところじゃないと思うわよ」
イザベラはジト目でこちらを見てくる。おそらく俺を制するための言葉だと思っているのだろう。だが違う。彼らとは違って俺はこの言葉をクライが俺を信頼する証だと理解しているのだ。
事件を俺が起こすはずがないのはクライも承知している。それなのに俺に言ったということはつまり……事件が起きる前に大乱闘を始めようとしている奴らをぶちのめせということだ!
「多分違うわよ」
イザベラが何か言ってるがまあ良い。俺は正義にして善性の塊。軽口は信頼の証だと知っている。アークは大爆笑していた。ティノがアークを嫌いになるのも分かるような気がする。
ひとしきり笑ったアークは涙を目尻に溜めて言う。
「それで…クライはいないのかい?」
「クライは……来るよ。多分」
もう10分前だけど…まあクライのことだから少し遅れてきて陰からハンターを見定めるなんてことをしてもおかしくない。
ふと外を見ると、窓の外には多くのハンター達の気配がする。どれも小粒だ。少しマシなのもいるがまだまだ磨かれていない原石。才能とかに関して俺は全く見透かすことはできないので、多分このメンバー募集で俺は飾りになるだろう。
クライは言った。ハンターって一般人の常識が通じないから嫌だと。であるならば露払いの基準はそこになるだろう。男女比率で言えば、将来ティノが入ると考えれば男を入れた方が良いかも知れない。
俺は小さく頷いて言った。
「全てはクライの意のままさ」
目の前の二人は目を合わせて困惑していた。
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「すごい……これ全員ハンター?」
ルーダはまるで田舎者が都会に出た時のような反応をしていた。だがそこに内在する感情は不安や恐怖ではない。未知に対する好奇心と感慨である。
ルーダは僕と違い、ハンターらしい感性で辺りを見渡していた。僕はというと早く帰りたくなっていた。クランメンバー以外のハンターなどどれだけの荒くれ者がいるか分かったものではない。
しかし、僕がビクビクしながらも辺りを見渡すとそこには意外な光景が広がっていた。やってきたハンターが皆、穏やかで暴力の陰もないような、物腰の緩やかな態度でパーティと交流を図っていたのだ。
「???」
「ねぇ、クライ。こういう場って思ったよりもしっかりしてるのね? もう少し早くハンター募集に来てみるべきだったかしら…?」
ルーダが少し困惑した様子で僕に尋ねる。
違和感は僕にもあった。確かにこれがメンバー募集の本来の姿で、見た限り毎年のものと遜色ないように見えるのだが……違和感が拭えない。
いや、内容自体はいつもと変わらないのだが……まあいいか。今日はアタリだったのかもね。
「こういうの初めて?」
「……クライは違うの?」
「……僕は五回目、かな」
「五回……そんなに何回もーーご、ごめんなさい」
よく分からないが、謝罪された。とりあえず返しておく。
「いや、別に……多分、今日来ている人の多くは初めてなんじゃ…ないかも? ごめん、分からない」
「?」
ハンターというのは余裕がない。それは駆け出しやソロに関しては特に顕著だ。そしてハンターというのは自我が強い奴か多い。ウチのパーティメンバーは大体自我が強い。
だからこういった場では余裕のないハンターが結構ピリピリとした雰囲気を放つものなんだが…今回は数が多いのに質が良いのかも知れない。
まあ、とりあえずは確認が大事だ。僕はそれぞれの列から離れて距離を取り、入り口近くの隅の方へと移動した。
どうやらほとんどのパーティがメンバー募集をしているようだ。奥の方へと目を向けると、『聖霊の御子』や『星の聖雷』もいた。そしてーー
「!?」
ロキスがいた。驚きすぎて心臓に悪い。おかしいな。ロキスがこんな場所に来るなんて誰が予想できただろうか。もしかしたら僕が無意識に許可を出したのかも知れない。怖い。
《死屍累々》ロキス・ロングウィットン。血潮の髪に、額の角。それはあまりにも目立ち、人々の記憶に残る。
この帝都において彼を知らない者はいないだろう。彼ほど悪名と勇名が綺麗に同じくらいなのはいないだろう。
よく知らない人は彼を正義の味方と呼び、よく知る人は彼を悪の敵と呼ぶ。帝都ハンター界隈屈指の罠である。
ロキスは真面目すぎるきらいがある。時にそれは過激な奔流となって相対する者に害をなすのだ。特にコミュニケーションにおいては。
誰だロキスをメンバー募集に呼んだのは。僕なら絶対呼ばないぞ。
「クライ、もしよかったら色々教えてくれない? こういうの、全然詳しくなくて」
「……いいよ。腕の良いハンターを助けておくのも悪くない」
「?」
僕の言葉に困惑した顔をするルーダ。それもそうだ。この穏やかなメンバー募集において命のやり取りなど起こり得るはずがない。だが起こしてしまうかもしれないのがロキスなのだ。
「これでも帝都に来てから長いんだ。有名なハンターは大体知ってるし、帝都のハンター達が気をつけていることも分かる」
「気をつけていること?」
ルーダがまたしても困惑した顔になる。大丈夫。マナーを守っていれば良いだけだよ。ほんとにそれだけだ。
ふと、最奥のテーブルにいるロキスへと目を向ける。案の定、誰もそのテーブルへと近づかない。だがどのテーブルよりも視線が向けられていることか分かる。
赤い竜人に気をつけろという言葉がある。初めそれは裏の者達が使っていた言葉だが、気づけばハンター界隈にも戒めとして根強く残っていた。
「《死屍累々》のロキスって知ってる?」
「ええ…帝都にいた犯罪者達を根こそぎ粛清したことでその名が付いたとか……」
改めて聞くとロキスやばいな。やってることが正気の沙汰ではない。そんな彼に纏わりつかれてる僕の精神はかなりキていた。全然不安も恐怖も感じない。僕は壊れてるかも知れない…。
そう考え込んでいると、ルーダが奥のテーブルに気づいた。
「《死屍累々》もこのクラン所属よね…? つまり、あそこにいる赤髪の子が…」
「そうだよ。彼がロキスだよ」
「へぇ……巨漢だと思ってたけど、意外と小さくて可愛いわね」
「!? それ絶対ロキスに聴かれないようにしてね!」
「あ、うん…分かった」
ロキスは意外と繊細だ。『嘆きの亡霊』において最も背が低いのはロキスのコンプレックスにあたる。身長154センチというのはまあ、歳にしては低い方だが、特別低いわけではない。
リィズも確か155だし、パーティ内で特別低いわけではないが……そのことを僕が指摘すると露骨に落ち込むのである。ちなみに『黒金十字』のリーダー、スヴェンがそのことを指摘すると激怒してスヴェンを吹き飛ばしていた。
最終的にロキスを取り込みたかった『黒金十字』は一時的にロキスの『世直し』に付き合わされる結果となったが、ロキスは結局『嘆きの亡霊』のままである。
戦々恐々とするルーダを前にして僕は言う。
「ルーダ。ロキスと話す時は『礼』を意識するんだ。それで多分なんとかなる」
「なんとかなるって…」
「おいおい、お前知識もなくここに来たのか?」
「!?」
そう言いながらルーダに向けて視線を向けるのは、先ほど外の列で絡んできた大男だった。
彼は部屋に溢れる静かな熱気に顔を赤くしていた。だがニヤリとしていると思ったその顔は呆れ顔だった。
先ほどの野生味溢れる獰猛な笑みは消え、だが興奮しているのかその身体の筋肉には力が入っていた。
「……何か私達に用? また怒られるわよ」
「そんなんじゃねぇよ。このグレッグ様が何も知らねえ新人にリスクを教えてやってんのさ」
グレッグ様…聞いたことないな。僕はやる気がない。さらにその上記憶力もないし熱意もない。だからハンターなど誰もが知っているような人しか知らないのだ。
このグレッグ様はかなりハンターをやってる口ぶりだったので、もしかしたら僕の知らない高レベルハンターの一人かもしれない。いや、メンバー募集に来てるから違うかも。
「俺はそこらの奴よりはロキスさんのことを知ってるぜ。『帝都血染め事件』を俺はこの目で見たんだ」
「そうなの!? 国中で話題になったっていう…」
「うぐっ…」
やめてくれ……僕の前でその話題はしないでくれ。僕は悶え苦しむ。たが彼らはお構いなしに話し始める。
「あぁ…あれは凄まじいものだった。退廃地区から飛んでくる犯罪者共の血と臓物が降り注いで……地獄だった。夜だったから騒ぎもあまり大きくならなかったが、何人ものハンターが使い物にならなくなった」
「……」
「ロキスの姿も酷かった。血と臓物で汚れて、装備もボロボロ。だが嗤ってやがったんだ。逃げ惑う荒くれ者を潰して潰して…」
そう言ってグレッグ様はぶるりと震える。顔は青く染まり、身体も縮こまっていた。ルーダも異様な雰囲気を察知して恐れを抱いている。
どうやらグレッグ様は本当に例の事件を見ていたようだ。僕はお腹がキリキリと痛む。話は全て本当だがロキスは良い人なんだ…。
「奴は自分を《正義》だと思っている。高次元に位置した存在だと。竜人の価値観は分からないが、アレは
「……ロキスは、良い人だよ」
「ああ、そうだ。だが忘れちゃならねえのが彼の前では清廉潔白でなくちゃならないということだ。今日のメンバー募集、みんな穏やかだろ? 《死屍累々》に目を付けられたくないからなんだよ」
「へぇ…」
グレッグ様の言葉を聞いてルーダは今度は興味深そうな目をしていた。ルーダはどうやら恐れ知らずらしい。今の説明を聞いて興味が湧くなんてどうかしてる。
ルーダは少し興味を持ったように奥のロキスのいるテーブルを見て言う。
「あそこのテーブルって、グレッグの言うとおりなら…」
「あぁ、あそこは『
「……」
気まずい…。まさかその『嘆きの亡霊』のメンバー…それもリーダーが遅刻しましたなんて言えない。いや、そもそもあの地獄みたいな空気の中に行くなんて僕にはできない。
まあ、逆に考えよう。ロキスが来たということは募集の条件は満たしている。僕の義務は出席だけ。顔さえ出しておけばいい。募集のテーブルにつく義務があるわけじゃない。
そうだよ。コソコソッとロキスのところへ行って、少し話して、後は適当に理由つけてよろしくすればそれで終わりじゃないか。
そもそもロキスがこんなところに来るからいけないんだ。多分僕が許可を出したんだろうけど、君一度もメンバー募集来てないのに今日来るなんて誰が予想できただろうか。
よし、少し話に行こう。あまり人の目に触れないように慎重に行こう。僕は人混みに紛れてロキスのテーブルへと近づく。
だがそこで事は起こった。
「おい! お前が『嘆きの亡霊』だと!? あの帝都最強パーティの《嘆きの亡霊》が俺よりもチビなガキなのか!?」
「あっ…」
瞬間、空気が凍った。誰もが動きを止めた。外部のハンター、内部のハンター、運営、『黒金』、『聖雷』、『聖霊』……あのアークでさえもが冷や汗を流す。
その言葉を発したのは赤い髪の少年。わあ、ロキスと似た色だね。仲良くなれるかなー?
僕の現実逃避は即座に打ち破られる。人混みから黒い少女が飛び出してきたからだ。
「ロキスお兄様! ま…待ってくださいっ!!」
ティノだった。まずい。ロキスは何も行動を起こさないが、ティノは慌てて手振り羽振りに腕を振る。しかし段々とその顔色も悪くなっていく。
「おい! なんだお前!」
「ッ!……黙って…ッ!!」
赤い少年は何も理解しないまま、ただただ周りの温度が下がる。ハンター達は全員10歩は下がり、地獄の劇場が出来上がる。
その血生臭いスポットライトの先で最奥のテーブルに座るその竜人は、《不死》のロキス・ロングウィットンは裁決を下す。
「身体的特徴というのは残酷だね。理想は遠く、渇望は悪。誰もが下を探すことに躍起な凡夫達。外見だけで本質を知った気になる愚者。知の檻で喚く小物。あぁハンター…ああハンター!! その大多数がヒトから退化した獣の集まり! 極めつけは正義を汚す! あぁ悪悪悪!! 人の痛みを知らないから恐れを知らないんだ! 優劣を身長で決めるなら! お前の足を消してやるッ!!!」