癒し手の殴り拳   作:熾天使チュリン

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メンバー募集②

 

 

 

 咆哮にも似た狂ったような怒声が場を凍らせる。威圧を超えて覇気となったレベル7ハンター(英雄)の視線はたった一人へと向けられる。

 

 本当に余計なことをしてくれた赤髪の少年は冷や汗をかいて目を見開いていた。おそらく彼は走馬灯でも見ていることだろう。ロキスの威圧は人を殺せる。

 

「早まるなロキス!」

 

 ロキスが椅子から腰を浮かせた瞬間、アークが飛んできてロキスの肩を掴む。その顔色は悪い。アークはアークで、これから起こる惨劇を止められないことを理解している。

 

 アークが何をしたところで、それは時間稼ぎにしかならないのだ。

 

「早まる? 俺の正義は今を正す。俺の次に正義に足るアークと言えども、立ち塞がるなら容赦はしない! 寛容は不寛容を招く悪の芽だッ!!」

「まずい…! イザベラ! アルメル! 周囲の保護を! ユウは結界の準備を!」

「言われなくてもっ!」

 

 荒狂う殺意はもう、誰にも収拾がつけられなかった。活性化したマナ・マテリアルの奔流が辺りのハンターを根こそぎ威圧し尽くし、高レベルパーティだけがなんとか膝をつかずに済んだ。

 

 僕の周りにいたルーダやグレッグ様もその圧に当てられ、腰を抜かしていた。…どうやら感知力の高い人が影響を受けやすいらしいな。

 

 僕ってばマナ・マテリアルを吸収する素質も無いからな。僕の周りで立ってる人間はいない。僕も座った方が良いだろうか…?

 

「なんなんだ! なんなんだよ『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』! どんなに小さな悪でも潰すのが正義だろッ!? 庇うのか悪をッ!! 邪魔をするのかこの俺をッ!!」

「落ち着くんだロキス。正義には怒りの感情は無いよ」

「自己的な物差しで…物事を知った気になるなァ!!」

 

 一触即発。クランマスターとして、僕は彼らを止めなければならない。だけどあそこに飛び出す勇気がない…。あそこに行けば絶対注目される。そして命の保証もない。

 

 だが流石に止めに入らなければ怪物どもは戦いを始めてしまう。血の気が多いのも大概にして欲しい。憂鬱である。後からエヴァに詰められるのも嫌だから、僕はロキスを止めることを決意した。

 

 

 

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 言葉とは万能だ。それは多彩に使い分けられる便利な恩寵。慰め、慈愛、励まし。全ての善を統括する。つまり正義だ。

 

 ならば悪とは何か。長い前置きはいらないくらい簡単だ。悪とは蔑み、罵倒、恐喝。正義の光に照らされない悪性だ。それらは世に蔓延る癌である。

 

 放っておくと周りを巻き込んで増殖するソレは治癒術師(ライター)として見過ごせない。俺の正義の王道がそれを許さない。

 

 俺には資格がある。はるか遠き栄光が俺に正義を囁いてくる。正義に近づけばよく分かる。かくもこの世には悪が蔓延っているのかと。

 

 取り除かなければならない。俺に与えられたこの強大な力こそが資格の証拠で、俺を救ってくれた人こそが正義だった。彼の御許から始まった俺が、やらなければならないのだ。

 

「正義とは、何人も曲げることができない柱だ!! 貫くからこその、正義ッ! 帝都のハンターも随分と粗暴になった……今一度正義を心に植え付けないと…」

「…ッ! 来るッ!」

 

 クライ曰く、暴れてはならない。ならば真空波は悪手。あくまでも悪の少年を処分するのが目的だ。ならば取り押さえ、心臓を破壊する。

 

 俺は駆けだした。初動で最高速度に到達し、アークの後ろにいる少年を目掛けて駆ける。対するアークは鞘から抜いていない聖剣を構えた。

 

 周りを考えるアークだからこその致命的な判断ミス。抜けば細かな手加減できない『歴史を拓く者(ヒストリア)』をアークが野次馬がいる中で使うわけがない。

 

 関連して魔法も使えない。制御が難しいお得意の雷魔法なんて論外だ。剣も魔法も使えない魔法剣士に俺は負けない。

 

 拳を握る。この間全身が吹き飛ばされたことで強化された右腕はアークを吹き飛ばすには十分な火力を秘めている。俺は拳を横に薙いだ。

 

 ビルすらも粉々に砕くだけのエネルギーを秘めた俺の右腕は易々とアークの胸元まで届き……

 

「ストップだ」

 

 だがそこに乱入者が割り込んだ。その男は自身の身体を無防備にアークの前に晒して俺の攻撃を受け止めた。

 

「ッ!?」

 

 硬い。硬すぎる。反動で俺の腕が潰れるほどに。空気が炸裂し乾いた音が辺りを抜ける。鈍い音もせず俺の腕は潰れてしまった。

 

 俺は警戒度を上げる。『聖霊の御子』ではない。気配も薄い。防御体勢も取ることなくこちらの攻撃を防いだ。明らかな脅威だ。

 

 観察。クライ曰く、敵を知ることが一番大切だと言っていた。見極めろとも。男を観察する。ローブを着ているから分かりずらいが中肉中背。立ち方から見るに男性。血の気配は無い。

 

 見るからに雑魚。だが、俺はこのような存在を見たことがある。記憶の中枢の大部分を占める存在を思い浮かぶ。まさか。コイツ…いや、この人って…!

 

「クライ!?」

「そうだよ。遅れてごめんねロキス」

 

 一瞬で血の気が引く。身体から力が抜け、冷や汗が止まらなくなる。恐怖ゆえではない。あまりにも正義として誤った行いをしてしまった己の恥ずかしさゆえである。

 

 完全に調子が冷めた。だからこそ考え始める。まず大前提として、無関係の人間に攻撃をしてしまうのは明らかな悪である。それは俺がクライと交わした三つの約束のうちの一つと抵触する。

 

 興奮していたときには浮かばなかった考えが頭を巡る。考えれば、突然アークの前に出てきた存在はまだ悪かどうかも分からないのに、俺はすぐに止められない速度で攻撃を行なってしまった。

 

 結果クライに攻撃を行なった。

 

 悪。俺は悪? 俺は膝から崩れ落ちる。心に到来する虚無。俺は《栄光(クライ)》に牙を剥いたのだ。ならば間違えていたのは俺の方。俺の正義は間違っていた。

 

 アークが合っていたのか? 何故だ。悪を摘むのは正義のはずなのに…。何故だ何故だ何故だ!? ただ俺は…俺は…!

 

「ごめん……なさい。クライ」

「え、なんで謝るの…」

 

 疑問そうにこちらを見つめる目線が獣の牙よりも痛く感じられた。失望されただろうか。怒っているだろうか。結果として騒ぎを起こさないという約束は守られなかったわけだから、怒っているに決まってる。

 

 俯いた俺を見て、クライは不思議そうにしていた。相変わらずクライは演技が卓越している。

 

「? まあ、ロキスももう少し落ち着きを持って欲しいよね」

 

 クライはとりあえずといったようにそう言葉を残してアークの方を振り返る。そしてフードを外して言った。

 

「アーク! 君がいて良かったよ!」

「……いや、うん。被害が出なくて良かったよ。クライ」

「うわっ…」

 

 アークとその仲間はクライの言葉にドン引きした。側から見ればクライがロキスを皮肉っているようにも見えたのだ。実際はただアークの安心感を実感していただけであるというのに。

 

 クライの言葉を聞いたロキスは弱々しく立ち上がり、アークの方へと近づいていく。顔が引き攣るアークを前にロキスは燃え尽きたように言った。

 

「アーク……君が次代の《正義》だ」

「え………」

 

 アークは何を言えば良いのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『なあ、ってことは…アレが嘆霊のリーダー?』

『あれが…』

『まさか本当に…《死屍累々》を完全に従えてる』

『あれが《千変万化》。噂通り優男にしか見えんな』

 

 あの"小さな"騒動の後、ハンター募集は何事も無かったかのように再開した。一応被害者はいないこの騒動は短時間だったこともあり、まるで無かったかのように落ち着きを見せた。

 

 今は突如現れたクライのことで話題が持ちきりだった。パーティメンバーとしても鼻が高い。格の高い存在というのは畏れられ、敬われるべき存在なのだ。このクランの古参共はクライを敬う精神が足りない。

 

 それに比べてこの野良ハンター達の反応は好感触だ。警戒と好奇心。実に"らしい"。そこには畏れがある。

 

「これが…孤立、か…」

 

 何やら黄昏て変なことを呟いているのが我らがリーダー、クライ・アンドリヒである。

 

 クライはこの帝都でも屈指のフランクさを持つクランマスターである。ゆえに長く彼と接した者はみな、畏れを抱かなくなる。クライ・アンドリヒの()()を見た者は別としてだが。

 

 この、皆がクライを畏れ、警戒している(あるべき)光景が実現できただけでも不祥事を起こした甲斐があった。クライは自分を格下に見せようとするきらいがあるので、悪癖の対処は俺がしなくてはならない。

 

 輝かしい功績を積み上げた上で空虚で透明な存在になるなんて、そんな悲しいことはありえない。俺がこの世界にクライの威光を刻むんだ。

 

「それにしてもクライ、遅かったね。こっちは大変だったよ…」

「ごめんごめん、寝坊してた」

 

 アークの問いにクライが答えるが、嘘だ。まさしく世界の愛し子たるクライが大事な日に寝坊だなんて、あり得ないのだ。それに見た限り潜伏していた格好だった。

 

 遅れて罪悪感、なんて俺たちの関係ではあり得ないし、裏で選定していたのだろう。さすがはクライだ!!

 

「あははは! 相変わらず面白い冗談だ」

 

 クライの明らかな嘘に、アークは大きく笑う。笑いどころが分からず焦った俺だったが、そこであることが思い浮かんだ。

 

 …そうか、これはユーモア?というやつなんだ。遊び心という、場を和ませるためのジョーク! 俺が作った雰囲気を軽いものにしようとしてくれてるんだ!!

 

 厳格な正義は大事だが、適度な柔軟性は正義の庇護の下を明るく照らしてくれるのかもしれない。

 

 そういえば、いつもパーティが問題を起こす度にクライが関係者を煽っていたが、今思えばアレも遊び心…!? 場を明るくするためのものだった…?

 

 たしかに煽っても最終的に最良の結果を辿っていた。それは単にクライが万能なる存在なのだと思っていたが…遊び心は問題解決能力を有しているのか…?

 

「煽り…嘘…悪の側面ばかり見ていたが、活用次第では正義の助けになるかもしれない…」

「!? ロキスお兄様! 多分、変な方向に考えが行ってます!」

 

 俺の呟きに隣にいたティノがギョッとしていた。ティノは探究心が足りない。曲げられぬ芯がある者は変な方向へ突き進んでも変わらないのだ。

 

 どんな方向へ行ってでも、どんなことをしてでも、進まなければならない。でなければ置いていかれるんだ。栄光の道は叩いて確かめる前に突き進まなければならないのだ。

 

「で、誰か良いメンバー見つけた?」

「……正直、難しいね。何人か優秀そうな人はいるんだけど、うちの攻略する宝物殿について来れるかというと――」

 

 クライとアークはその間も話を続けていた。話題は今日集まった人材の選定だ。そうは言っても何も制限をかけていない募集である。当然集まるのは精々がレベル3から4の中堅がいいところ。

 

 クライ曰く、怪物は怪物の中で生まれる。つまり、現段階の強さは当てにするなということだが……俺には才を見抜く力がない。とりあえずパーティメンバーの代表としてここにいるが、俺がここにいる意味が分からなくなってきた。

 

 必要にされないのは辛い。クライの邪魔はしちゃいけないし、他のパーティメンバーはいないしで、どうしても手持ち無沙汰だ。意義を見出せないことに時間を使うのは良くない。

 

 俺の正義とはなんだ?…そう、悪を滅ぼすこと。今日は小さな悪は潰してはならないということが分かった。おそらくその他の善人の都合を阻害していたからだろう。

 

 ならどうすれば良かったのか……まあ、改心させれば良かったのかな。愚かな悪の芽を宿すさっきの少年から芽を取り除けば良かったんだ。正義を植え付けるのではなく、悪を取り除けば穏便に済んでいた。

 

 ……いや、取り除くんだ、今! 変わるための一歩は常にそばにある。あの少年を改心させよう!!それが良い!!

 

 意義をもって大義を成す。素晴らしいことだ。今日もまた、クライといれば全てが良い道へ辿っていった。この考えを思い付かせてくれたことに感謝しないと…!

 

 そう考えていた折、話し込んでいたクライとアークのテーブルに一人の少年が近づいていった。

 

「どうしてもと、頭を下げるんだったらッ! この俺が、入ってやってもいいぞッ!」

 

 少年の言葉にテーブルにいた三人が顔を青ざめさせる。それと同時に、俺はいつの間にか会話に入ってきた赤髪の少年を見て、爽やかな一歩を踏み出した。

 

 

 

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