癒し手の殴り拳   作:熾天使チュリン

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模索

 

 

 

 無事に尋問部屋から生きて帰って来た僕はくたくただったが、どうにかエヴァのいる宿までやって来ていた。

 

「あー、酷い目にあった…」

「おそらくガーク支部長の方が酷い状況でしょう」

 

 スッとジト目でこちらを見てくるエヴァから顔を逸らし、宿についたフードコートの椅子に座る。それを見たエヴァもまた椅子に座った。

 

 安心感がすごい。相変わらずエヴァはいつも通りのスーツを着こなし、いつも通りだ。昨日の狼狽えぶりはどこへやら、今日もまた一段とキリッとしている。なんで尋問部屋まで来てくれなかったんだろう。

 

 そう思いながら机に突っ伏していると、エヴァははぁとため息をついて話を切り出した。

 

「どうやら、私が考えるよりもずっとシェーン商会はこの都市の中枢にいるみたいです」

「? へぇ、流石だね」

「クライさんほどではないです。そして付き合いの良い商人は皆、私の顔を見るなり逃げていきました」

「…それは、なんというか」

 

 すいません。ほんとうにすいません。ウチのロキスがすいません。

 

「それでやっと事件の詳細を知る方と接触が持てました。ハーリユの探協の職員の方です」

「エヴァはすごいなぁ…」

「……」

「…続けて?」

「……その方が言うには、2日前…つまり事件の前日にロキスさんをこの都市の探索者協会で見かけたそうです。そして襲撃。どれだけ調べてもロキスさんの罪が浮き彫りになるだけでした」

 

 そう言ってエヴァは沈黙した。事態は想像以上に最悪だった。唯一無実の証言を出せるのはロキスだけで、ロキスは行方不明。状況証拠だけがロキスの罪を露呈させている。

 

 どうしよ…。ロキスを見つけないといけないし、お嬢様も見つけないといけない。無実であることも証明しないといけないし、何より、それを僕とエヴァとティノだけで行わないとならないのである。

 

 うーん、ロキスとお嬢様を見つけるのはティノに任せよう。無実である証明はエヴァが理論詰めでやってくれるだろうから何も心配はいらないのだろうけど……何事もアクシデントが付き物である。

 

 盗賊が都市を襲うかもしれないし、魔物が襲ってくるかもしれない。こんな大都市にそんなのが来るわけないけど、僕は度々そういったところで遭遇したことがあるのだ。対策はしてしかるべきだろう。

 

「嵐の前触れ…か」

「!?」

 

 ハードボイルドに僕がそう呟くと、エヴァは驚愕を浮かべた。

 

 いつも通りだが、やはり今回も運が悪そうだ。ここ2日でかなり精神が参ってる。本当に、シトリーでもいてくれたらな………この際リィズでも良い。最高なのはアークなのだが、生憎アークはスカウトの日程調整のために予定を詰め込んでいるため、クランハウスにも姿は無かった。

 

 まあ無いものはしょうがない。今の僕にできることは早くこの事件を解決することだけだ。自力で解決したことあったっけな。誰か解決してください…。

 

 とりあえず僕はやるだけマシだと情報を集めることにした。

 

「他に、何か情報は掴めた?」

「他、ですか」

 

 エヴァは怪訝な目で僕を見る。何かおかしなことを言っただろうか。言ったんだろうな。最近は本当に評価と実像が離れすぎていて、当の本人である僕でも混乱してしまうのである。

 

 神算鬼謀ってなんやねん。未来視? 絶対防御? あ、絶対防御は合ってるのか(回数制)。僕が神算鬼謀というだけでお笑い話なのに、何故か周りの人は真剣に僕のことを評価できていると思っているらしい。

 

 なんで僕はレベル8なんだろう…。もう乾いた笑いしか出てこない。

 

「……すいませんクライさん。他にこれといった情報は入ってきてません。一昨日の朝方にロキスさんが商業ビルを襲って、最後は商業ビル内で大きな爆発が起こったということしか把握できていません」

「ば、爆発…?」

「…はい。中で一体何があったのかは分かりませんが、都市中に響き渡るほどの大爆発だったそうです。襲撃後も残っていたビルは骨組みごと吹き飛び、辺りの建物に大小の被害をもたらしたとか」

「そ、そう。被害ねぇ……」

 

 その周辺の建物の被害、僕のせいにならないよね?

 

 この都市にはまだ『真実の涙(トゥルー・ティアーズ)』があるはずだが、このような現地産の責任追及ではまず使われることはない。その場合、パーティメンバーの関与が疑われているリーダーの僕が責任を受けることになる場合がある。

 

 これは自慢じゃないが、僕は基本疑われる身である。全く知らない事件で関与を疑われたことはしばしば。その影響なのか、気づけば僕の功績になっていたり、影の協力者のような扱いをされたこともあるのだ。

 

 逆もまた然り。僕が悪者にされたことは一度や二度の話ではないのである。周りからの評価は概ね最悪であった。何もしてないのに…。

 

 そうして僕が慌ててモノを言おうと口を開けたところで、僕らが座っている机に近づく人影に気づいた。

 

「ますたぁ! ここにいらっしゃったんですね!」

 

 ティノだった。やべ、そういえば昨日商会に呼び出しを受けてからティノのことを忘れていた。どうやら彼女はエヴァと連絡を取り合っていたらしい。護衛らしくて何よりだ。

 

 ティノは目をパッと輝かせてこちらに駆け寄ってくる。ごめんね…昨日構ってあげられなくて…。

 

「ティノじゃん。ごめんね、昨日はバタバタしててさ」

「いえ、巻き込ま………ますたぁの用事ほど優先されるものはありません!」

「ティノは偉いなぁ…」

 

 こんな良い子を僕はすっかり忘れていたなんて…口が裂けても言えないな。

 

 ティノは《嘆きの亡霊》に入りたいという僕とは正反対の性質を持つからか、本当に良くできている。仮初のレベル8よりも正真正銘のレベル4の方が役に立つのは火を見るよりも明らかなのだ。

 

 昔はトコトコと僕の後ろをついて来る可愛い後輩だったのに、今ではそろそろ幼馴染と同じカテゴリに入れるか迷っている僕がいる。ティノには少々過激な面が見られるからだ。その過激さは師匠であるリィズのものとは別物だが、誰にでも突っかかるティノはしっかりと師匠の性質を受け継いでいた。

 

 だがまあ、まだ当分マスコット枠でいいだろう。

 

 ティノは不安気な顔をして言う。

 

「ますたぁ。それで……用事は終わったんでしょうか?」

「………ま、まぁ、ほとんど終わりかけだよ。ほら、仕込みってやつかな。もう万事解決みたいなものだよ」

「!?」

「本当ですか! やっぱりこんな事件、ますたぁの前ではちりあくた…」

「……うんうん、そうだね」

「!?」

 

 エヴァが信じられないものを見る目でこちらを見ている。いや、だって……ティノの不安気な顔を見てよ。無理だよ。ただでさえハンターとはほぼ関係のない用事で連れ回して、一日放置してたんだよ? 流石の僕でも良心が痛む。

 

 ティノはパァッと目を輝かせていた。ニコニコと僕も中途半端な笑みを返す。なんだろう。とても心が痛い。

 

 僕の言葉ほど信用してはならないものはないというのに…。全く、ティノはまだまだ(?)だな。

 

 そう思いながらティノを見ていると、見つめられていたティノは突然モジモジしながら言った。

 

「それでは……約束の甘味巡りを、と……」

「…あ、うん。行こうか、甘味巡り」

 

 甘味巡りじゃなくて甘味探しなんだけどな…。まあいいか。

 

 あ、でもそうだ。ティノにはロキスを探してもらおうと思ったんだった。

 

 そうだな、甘味巡りで都市を回ろう。ティノはロキスの気配なら容易に感じられるだろうし、運が良ければお嬢様を見つけることができるかもしれない。

 

 よし、そうと決まればすぐに行動に移すとしよう。僕はティノの肩に手を置き、懐からお嬢様の写真を取り出して言う。

 

「ティノ、甘味巡りと同時にやってほしいことがあるんだけど…」

「……………なんでしょうか」

「この写真の人を探して欲しいんだ」

「あ、私そういえば急用が」

 

 僕の言葉を聞いてから、ティノの顔は歓喜一色から絶望の淵までに変化していた。どうやらこれから酷いことがあると思っているようだ。逃げられると思うなよ。

 

「まあまあ、大丈夫だよティノ。これはただの人探しだ。思っているようなことにはならないよ。本当に」

「これは、千の試練ですか……?」

「違う違う、全然違うよ」

 

 ティノがネガティブになってしまった……ネガティノだ。本当にただの人探しなんだけどな…。

 

 まあ、僕は人探しの依頼を受けたことはあるが、基本的に何か恐ろしい事が起きて、気づいた時には依頼が完了してるから人探しはしたことがないんだけど、それでも今回は本当に大丈夫なのだ。

 

 なんたってロキスに関連した依頼だからである。ロキスはアンセムに拗ねて探索に来なくなってから、随分と犯罪組織狩りを行っていたのである。その名はこの帝国において、そして裏社会において知らぬ者はいないとされるほどに知れ渡っている。なんたって、帝都を血塗れにしたのはロキスが初なのだ。

 

 ロキスの近くには、犯罪組織は存在しない。物理的にも、精神的にも。まあ、そういう意味で今、犯罪組織は元々この都市にいないか、元々いたとしてもこの都市には居なくなっていることだろう。ロキスの話を聞きつけて来たがる犯罪者は中々いないだろうから……あれ? なんか大丈夫な気がしてきた。

 

 少し安心した僕は席を立ってエヴァに言った。

 

「じゃ、じゃあ、そういうことでエヴァ。僕らは都市を歩いて来るよ。ガークさんが来たら相手しといて」

「分かりました。そうしておきます」

 

 そうして不安そうな顔をしたエヴァを尻目に、僕とティノは意気揚々(?)と宿を出た。

 

 

 

-----

 

 

 

 なんという、掴みどころがない男なのか。

 

 それがエヴァ・レンフィードがクライ・アンドリヒに対して思ういつも通りの印象だ。いつもだらーとしているかと思えば、いつも事件の渦中にいる。切れ者の気配は無いのに、その未来視の如き情報収集能力と類稀なる神算鬼謀はますます牙を研いでいる。

 

 レベル8ハンター、《千変万化》クライ・アンドリヒ。いつものグータラとは別に感じるそのカリスマは止まるところを知らない。かつて彼の行動に逐一小言を吐いていたエヴァは、いつの間にか彼に纏わりつくあらゆる不条理を前にため息一つで立ち直れるようになっていた。

 

 今回だって、初めは商人絡みの大事件に慌てふためいていたが、今では落ち着いている。彼の活躍をパーティメンバー並みに近いところからずっと見ていたのだ。どうやら私はその奇想天外の連続に少し慣れてしまったらしい。

 

 そんなクライ・アンドリヒの神算鬼謀は私では推し量れない領域にある。そしてそれは今回も遺憾無く発揮されるだろう。

 

『そんな、僕じゃないよ!? 僕にはその商会を()()する理由がないよ!』

 

 ーー既にその兆しは見えているのだ。あれだけビル崩壊の件で念押しされたら誰でも分かる。

 

 この事件も程なく解決されるだろう。そしてあのニコニコと平気な顔をして言うのだ。今回もうまくいかなかったと。そう言わせないためにも、いつもなら負けじとサポートに入る私ではあるが今回は別だ。

 

 私は副クランマスターであり、だがその根っこは商人だ。

 

 おそらく今回の件、丸く収めるには時間がかかる。相手は商人だ。そんな相手が高レベルハンターが出した弱みを握らないはずがない。だからこそ、ここに私がいる。

 

「私が、クライさんを支えなければ…」

 

 彼はーー交渉事がすこぶる苦手なのだ。商人との()便()()交渉は私にしかできないだろう。

 

 思い立って席を立つ。彼女の目からは真剣が見てとれた。そしてその調律された佇まいを振り撒きながら、エヴァは己の役割を全うするために歩き出した。

 

 

 

-----

 

 

 

「ますたぁ! これって……」

「これは……」

 

 甘味巡り3件目。何かを見つけたのか、突然ティノが路地裏に入って行ったかと思えば、何かを持ってこちらに寄ってきた。

 

 なんだろうと顔を近づけてみる。

 

 ティノの手のひらに収まるそれは、果たして腕輪だった。無骨ながら鮮やかに真っ赤に染まるその腕輪は、その輝きから返り血ではなく純粋に赤色をしているということを窺わせる。

 

 そしてその腕輪を見た瞬間、僕にはそれが何か分かった。何故ならそれは何度も目にし、というか僕が()に贈った宝具なのだから。

 

「これって、ロキスお兄様の…」

 

 ティノも驚きで声が呆然としている。

 

 このフォルム、触り心地、大きさ、間違いない。ロキスの宝具だ。名を『賢なる王装(インペリアル・ネイク)』。僕がロキスに贈ってから彼が肌身離さず付けていた宝具である。それがここの路地裏にあるということはーー

 

 ビルの爆発、宝具の所在、ロキスは行方不明。点と点は繋がり、脳裏をよぎるのは最悪の二文字。何故か変な笑みが出てきた。

 

「やばい、ロキス死んだ…?」

 

 僕は力無く天を仰いだ。空は曇りなく晴れていた。きれいだね。ははは。

 

 

 





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